人工知能―――機械といかに向き合うか

オーグメンテーションとは何か

  • 自動化が労働市場に及ぼす影響を丹念に追跡しているマサチューセッツ工科大学(MIT)教授で経済学者のデイビッド・オーターは、最近の論文で 「ジャーナリストや専門家のコメンテーターたちは、人間の仕事がどれほど機械に奪われるかという点ばかり強調し、機械の強力な補完性によって生産性が上がり、収入が増え、熟練労働者の需要が増す点を無視している」と不満を述べた。柔軟性や判断力、常識が求められる作業への機械の導入には大変な困難が伴うとし、「コンピュータで置き換えることのできない作業は、一般的にコンピュータで補完することができる。このことは見落とされているが重要な点である」と主張した。
  • オーターが指摘した補完性。これを探究することが、我々の提唱するオーグメンテーション戦略の中核である。
  • オーグメンテーション戦略は、かつて効率重視の企業が追求した自動化戦略とは対照的な性格を持つ。自動化戦略は、人間がある仕事をする時の作業を基準とし、そこから引き算する考え方だ。コンピュータを導入し、体系化できた作業から順々に機械処理に移行して、人間の作業を減らしていく。 高度な自動化を目指すことによりコスト削減が期待できるが、その半面、既存の仕事の枠内に思考が限定される。
  • オーグメンテーションはこれとは対照的で、現行の人間による作業を基準とし、機械処理の拡大によっていかに人間の作業を深められるか(削減できるか、ではなく)を見極める。思慮深い知識労働者らは、このことを明確に理解している。
  • たとえばカミーユ・ニシータが社長兼CEOを務める調査会社ゴンゴスは、デトロイト大都市圏を拠点とし、クライアントが消費者インサイトを獲得できるようにサポートしている。しかしこのような業務は、ビッグデータによって購買行動のすべてが明らかにされているいま、存続が危うくなるともいわれている。ニシータも、大量のデータに基づく高度な意思決定分析によって、新たに重要なインサイトが見つかるだろうということは認めている。

 

ブランドテスト

  • バイアスを最小化し、信頼性をさらに高めるため、ペトコとパブリックスはブラインドテストを実施している。 被験者は自分が実験に参加していることを知っていると、意識的または無意識的に行動を変える傾向があり、これはホーソン効果と呼ばれている。 ブラインドテストはこのホーソン効果を防ぐのに役立つ。
  • ブラインドテストは常に実施可能とは限らない。 パブリックスでは、新しい設備や業務手法をテストする場合、通常は実験群に選ばれた店にその旨を知らせている。(より高度な実験法に「ダブルブラインド」 〈二重盲検〉 テストがある。ここでは実験者も被験者も、誰が実験群で誰が対照群かを知らされない。ダブルブラインドテストは医学研究では幅広く用いられているが、ビジネス実験では一般的ではない)。

 

  • 機械学習とは、大量のデータを処理しながら「分け方」を自動的に習得することである。
  • では、何をもとに分け方を決めればよいのか。現代のコンピュータは、人間では困難な複雑な計算をいとも簡単にこなすものの、計算させるためには事前に式を与えてやる必要がある。式を与えるとは、そこで用いる「変数」を決めて、変数を中心とした関係をモデル化することだ。
  • これまでは、人間の手で現実世界の森羅万象の中から変数を取り出し、それをコンピュータに与えていた。たとえば、ビールの売上げと気温の関係を重回帰分析するとしよう。この時は気温が変数だが、気温ではなく湿度や曜日を変数に置くことも考えられ、何を変数に定めるかは個人の判断で変わる。 人間の勘と経験に依存していたともいえる。
  • 機械学習では、こうした変数を「特徴量」と呼び、特徴量に何を選ぶかで予測、分類、回帰、分析の精度は大きく変化する。人間の場合、同じ作業を何度も繰り返す中で適切な特徴量を決めるコツをつかむ。 同様の作業を視覚でもやっており、子どもの頃から、目の前に何があるかを理解するために、さまざまな特徴量を無意識のうちに導き出している。従来のコンピュータは、何が特徴量かを自発的に構成することができなかった。 これが機械学習における最大の問題であったと言っても過言ではない。
  • そうした中、二〇一二年、カナダのトロント大学が開発した“Super Vision” が大きな衝撃を与えた。 データをもとにコンピュータがみずから特徴量をつくり出す機械学習の方法であり、「表現学習」の一つとされる「深層学習」 (ディープラーニング)によって、驚異的な画像認識の精度を実現したのだ。
  • AIの研究が始まってからの約五〇年間、コンピュータが自動的に特徴量を探し出せることなど想像もされていなかった。それをディープラーニングが可能にしたことで、「人間の知能はコンピュータで再現できる」という当初の仮説の証明に向けて大きな前進を迎えた。そしていま、我々は第三次AIブームを迎えているのである。

 

組織を適応させることに秀でる

  • アリババでは、組織の柔軟性を維持することがひときわ重視されている。同社の実体験から導き出された教訓の中で、とりわけ目立つものがいくつかある。その一つが、最初から変化を見越す姿勢を、企業文化に織り込むことが重要だという教訓だ。「変化を受け入れること」は、同社が創業当初から提唱してきた六つの中核的価値観の一つである。
  • 同社の創業者であり会長を務めるジャック・マーは常に従業員、投資家、顧客に対してこの重要性を説いている。 「情報時代にあって、変化ほど落ち着きをもたらすものはない。非の打ちどころがなく、あらゆる問題を解決できる組織構造など、どこにもない」と、彼は言う。この考え方がアリババの新規採用を支える柱になっている。同社は候補者の専門的スキルだけでなく、急速に変化する状況下で成長していく能力を示せるかどうかも評価するのである。
  • もう一つ重要なのは、変化は単に甘んじて受け入れるのではなく、積極的に追求すべきものだという教訓である。伝統的な企業では、組織変革はめったにない大がかりな取り組みを通して行われることが多い。これに対して、みずからのチューニングを欠かさない企業は、こうした一か八かの単発的変革が必要にならないよう抑止している。
  • アリババが二〇一二年に試みた新しいプログラムを考えてみよう。この時、同社は幅広い事業ポートフォリオ全体で上級マネジャー二二人のローテーションを行った。業務の継続に支障を来すことを危惧する声も上がったが、マネジャーたちがナレッジの制度化や移転を図ったこともあり、このプログラムは成功した。

 

  • ブリニョルフソン: 経済の健全性を測る四つの指標は、一人当たりGDP労働生産性、 雇用の数、家計所得の中央値です。 これらすべてに関する米国のデータを調べたところ、興味深い発見がありました。第二次大戦後三〇年以上、四つの指標はどれも着実に、ほぼ足並みを揃えて上昇しました。別の言い方をすれば、雇用の拡大と賃金の増加は、生産高および生産性の上昇と連動していました。 米国の労働者はより多くの富を創出しただけでなく、その増加分に見合う分け前も得ていたのです。
  • ところが一九八〇年代になって、所得の中央値の伸び悩みが始まりました。 最近の一五年間ではマイナスです。 インフレ調整すると、所得分布の真ん中にいる平均的な米国世帯は、 世帯規模の変化を考慮しても一九九八年に比べて所得が減っています。 民間部門の雇用の伸びも減速しています。二〇〇八年の不況だけが原因ではありません。二〇〇〇年代全般を通じて、景気が拡大している局面でも雇用は伸び悩みました。
  • この現象を私たちは「グレート・デカップリング」 (Great Decoupling) と呼んでいます。繁栄サイクルを担うはずの四つの指標はもはや二対二に分断されました。つまり、GDPと生産性が表す経済的豊かさは引き続き上向きなのに、一般的な労働者の所得と雇用の見通しはぱっとしないのです (図8-1 「労働者はいつ繁栄から脱落し始めたのか」を参照)。

 

あらゆる仕事がなくなるわけではありませんよね。 なぜ職種によって影響の度合いが違うのですか。

  • マカフィー: 給与処理ソフトや在庫管理ソフト、FA(ファクトリーオートメーション)、コンピュータ制御式の工作機械、スケジューリングツールなどのテクノロジーが、現場の作業員や事務員、定型的な情報処理労働者に取って代わりました。
  • 対照的に、ビッグデータやアナリティクス、高速通信は、エンジニアリングやクリエイティブ、デザインなどのスキルを備えた人材のアウトプットを拡大し、彼らの価値を高めました。実質的な影響としては、スキルの低い情報労働者の需要が減り、スキルの高い人の需要が増えたのです。
  • ブリニョルフソン:このトレンドは、経済学者による多くの研究で裏づけられています。 オーター、ローレンス・カッツ、アラン・クルーガー、フランク・レビー、リチャード・マーネン、そしてダロン・アセモグル。 私がティム・プレスナハン、ロリン・ヒットらと発表した論文もこのトレンドを実証しています。 経済学者はそれを「スキル偏向的技術進歩」と呼びます。
  • 要するに、教育や訓練や経験を積んだ人のほうが重宝されるというわけです。オーターとアセモグルによるある論文は、スキル偏向的技術進歩の影響を浮き彫りにしています。 一九七三年以前、米国の労働者は皆賃金が上昇していました。生産性の向上により、教育水準の高低にかかわらず、全員の所得が増加しました。そして一九七三年のオイルショックと不況で、誰もが豊かになるというこの傾向が終わります。
  • その後は、格差が拡大していきました。一九八〇年代の初めには、大卒者の賃金は再び上昇に転じます。 一方、大卒でない労働者のほとんどにとっては、雇用状況が厳しくなりました。賃金は伸び悩み、高校中退者の場合はたいてい下落しました。 PC革命の始まりが一九八〇年代初めだったのは偶然ではないでしょう。
  • さらに目を引くのは、大学入学者数が一九六〇年の約七五万人から、一九八〇年の一五〇万人強へと倍以上になったことです。大量の卒業生がいれば相対賃金も下がったはずですが、そうはなりませんでした。給与が増え、供給も増えるということは、スキルの高い労働者に対する相対需要の伸びが供給の伸びに勝っていたということでしょう。

 

「第二の機械時代」が進んでも、人間のする仕事はありますか。

  • マカフィー:はい。三つのスキル分野では、人間のほうがまだはるかに優れているからです。一つ目は高度な創造力。 新規事業の素晴らしいアイデア、科学的な大発見、人を引きつける小説などを生み出す力です。 テクノロジーにできるのはあくまで、これらに秀でた人の能力を増幅することです。
  • 二つ目の領域は、感情、対人関係、思いやり、育成、コーチング、 意欲喚起、統率など。何百万年もの進化を通じて、私たちは他者のボディランゲージを読み解くのが得意になりました。
  • ブリニョルフソン: それから、シグナルを読み解くこと、さらには他者の言葉を汲んで代弁すること。機械はここではかなり後れを取っています。
  • 三つ目は、機敏性、可動性。混雑したレストランの中を歩く、テーブルを片づける、食器をキッチンに戻す、食器を壊れないように流しに置くといった作業をロボットにさせるのはしかもレストランのお客さんが怖がらないようにそれをさせるのは信じられないほど困難です。 感じることや巧みな操作はロボットにとって至難の技なのです。
  • でも、絶対に不可能というわけではありません。機械はこれら三つの分野にも進出し始めています。
  • マカフィー: 今後も中間層の空洞化と二極化が続くでしょう。本当に優れた企業幹部や起業家、投資家、小説家はみんな報酬を手にします。