仮想通貨革命

供給スケジュール設計は経済学者の仕事

  • 経済学者は、ビットコインの供給が一定のスケジュールにしたがって機械的に行なわれており、最終的には一定の値になることを批判している。ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンも、そうした観点から批判している。シラーの反対も含めて、経済学者の反対は、ほぼ供給スケジュールの問題に集中している。
  • アンドリーセンなどのコンピュータ・サイエンティストは、ブロックチェーンプルーフ・オブ・ワーク(第2章の3参照)に関心があるので、供給スケジュールはあまり重視していない。だが、この問題は、決してなおざりにしてよいものではない。これは経済学者が担当すべき分野である。 マネーの供給スケジュールは、昔から経済学者が議論してきたものだ。これは、金融政策や財政政策をどう運営すべきかという問題の中核にあるものだ。
  • 一方の極には、金本位制が最も望ましいという意見がある。 ビットコインの現在の仕組みは、これに近い。 シラーがビットコインを「中世への逆戻り」と批判したのは、このためだろう。他方の極には、経済情勢に合わせて、裁量的な調整を行なうべきだとの意見がある。多くの経済学者の意見は、これだ。
  • ミルトン・フリードマンの「kパーセント・ルール」は、その中間と考えることができる。中央銀行による管理通貨制度を認めるが、裁量的な政策は認めず、貨幣供給を一定のルールによって縛ろうというものだ。

三者のいないエスクローを実現

  • スマートコントラクトの一つの例として、ビットコインを用いたエスクローがある。
  • エスクローは、不動産取引に関連してアメリカで以前からあったが、eコマースが普及するにつれて、新たな重要性が認識されるようになった。
  • eコマースでの一つの問題は、つぎのようなことだ。売り手から見ると、商品を発送したのに入金されない危険がある。買い手から見ると、送金したのに商品が届かない危険がある。あるいは、届いた商品が不良品や欠陥品である危険がある。通信販売では、つねにこの種の問題がつきまとう。
  • この問題に対処する一つの方法は、補論の4で説明する認証システムによって、売り手の信頼性を保証することだ。ただし、これは中央集権的な仕組みなので、運営にはコストがかかる。また、買い手が送金しないリスクには対処できない。
  • そこで、信頼できる第三者を間に立て、購入代金を預託することが考えられる。預託がなされれば、売り手は商品を発送する。買い手が商品を受け取って問題がなければ、れれば、売り手は商品を発送する。買い手が商品を受け取って問題がなければ、第三者は預託されていた代金を売り手に送る。これがエスクローだ。
  • こうすれば、売り手としては、商品が欠陥品でない限り、確実に販売代金を回収できる。また、買い手としては、購入代金を預託すれば、必ず望みどおりの商品を手にすることができる。
  • ただし、このシステムでは、信頼できる第三者が必要だ。そのため、コストがかかる。 また、第三者が破産してしまうと、預託金が取り戻せなくなってしまう。
  • ビットコインを用いると、エスクローと同じ結果を実現する取引を行なうことができるのである。売り手と買い手の紛争が複雑な問題でなければ、自動的に実行できるだろう。そうすれば、信頼できる第三者は必要なくなり、コストが下がる。第三者の破綻という問題もない。つまり、エスクローが簡単に実現できるわけで、これによってeコマースの安全性が向上するだろう。
  • なお、クレジットカードでは、「チャージバック」 (charge back) が従来から面倒な問題として意識されていた。これは、クレジットカード発行会社が、加盟店に対してカード売上の取り消しを要求することだ。加盟店が限度額以上の購入を認めてしまったり、無効カードに対して売上を実行してしまった場合などにこれが生じうる。チャージバックがあると、店舗側の負担が大きくなる。ビットコインを用いたエスクローは、こうした問題にも対処できる。

 

スマート・プロパティ

  • ビットコイン取引対象拡張の第二の方向は、「スマート・プロパティ」と呼ばれるものだ。これは、自動車や電機製品などの耐久消費財や不動産などの所有権移転をビットコインのシステムで行なおうとするものだ。
  • スマート・プロパティの基となる技術は、すでに存在している。自動車のイモビライザーがそれだ。鍵が暗号技術で作動するようになっているので、合鍵を作っても、ドアは開くがエンジンはかからない。
  • ただし、現在の形のものは、スマート・プロパティではない。所有権を簡単に移動できないからだ。そこで、イモビライザーの暗号をビットコインと同じく公開鍵暗号方式にし、ビットコインシステムの取引対象をコインでなく自動車にして、ブロックチェーンを用いて取引できるようにする。スマートフォンダッシュボードにかざせば、正当な所有者と認められてエンジンがかかる。したがって、正当な保有者でないと車を使えないわけだ。このシステムが使われるようになれば、所有権の移転のために、現在のような煩雑な書類作業は必要なくなる。
  • もちろん、このためには、自動車がそうした構造に変わらなければならないし、自動車登録の仕組みもいまとはまったく異質なものになる必要がある。だから、簡単にはできない。 しかし、技術的には実現可能である。
  • これが実現すれば、レンタカーも簡単になる。 一定の時間だけ所有権が移るような契約にすればよいからだ。期限が来たら、自動的に所有権が戻り、車のエンジンが動かなくなる(ただし、道路運転中に突然切れる等の問題が発生しないようにする)。
  • エアコンやテレビや冷蔵庫にも適用できる。これらを遠隔で操作するIoT(Internet of Things) と呼ばれるものが技術的に可能になっているので、所有権移転をビットコインのシステムで行ないうる。
  • 不動産の賃貸もこれで処理できるだろう。家賃を支払わない場合、鍵が作動しないようにする。
  • スマート・プロパティが一般化すれば、現在は存在しない取引も可能になる。例えば、個人保有の耐久財を担保にして、借入ができるようになる。これによって低所得者向けの貸付が容易になる。
  • 現在の消費者金融では、個人の信用履歴が必要だ。信用履歴がよくないと借りられない。あるいは、きわめて高い金利になる。したがって、低所得の人々は、貧困の悪循環に落ち込んでしまう。これはアメリカ社会では大きな問題だ。
  • 日本でも、サラ金問題として、同じことが社会問題化した。信用履歴が悪いときわめて高利の借入しか利用できず、返済ができないため、借入が膨らんで悪循環に陥る。この問題は、一定以上の高利を禁止することによって表面化しなくなったが、これで問題の本質が解決されたわけではない。なぜなら、借入需要は存在しているからだ。担保権を容易に実行できるようになれば、もっと低い金利での貸付が可能になるはずである。

DAC:自動化された企業

  • 第三は、「DAC」 (Decentralized Autonomous Corporation : 分権化した自動企業)と呼ばれるものだ (Decentralizedでなく、 Distributed と言われることもある)。
    これは、組織の運営を、ビットコインの手法を用いて自動化しようとするものだ。これは、きわめて野心的な計画である。
  • DACは、中央集権的なトップの管理者がいなくても機能する組織である。「ビザンチン将軍問題」に対する解が提案されたということは、組織原理での大きな進歩なのだ。したがって、一般の組織までその応用範囲が広がっても、少しも不思議でない。
  • ビットコイン自体がDACだとの見方もある。それは、つぎのような解釈だ。
  • ビットコイン保有者は株主であり、マイナーは従業員である。マイナーは、ビットコインシステムを維持するサービス(マイニング)を提供し、報酬を得る。
    業務の方法は、ビットコインプロトコルに書かれてある。それは、二重支払いを認めない、マイナスの残高からは払えない、分岐したら長いチェーンをとる、等々のルールである。また、マイナーの報酬(マイニングで与えられる額、手数料)やプルーフ・オブ・ワークの難度も、そこに書かれてある。
  • 株主である利用者がビットコインを使わなければ、システムはすたれて駄目になる。だから、彼らがどれだけ買うか、どれだけ売るかが、基本的な意思決定だ。彼らが状況判断に基づく決定をしている。その決定によって、自分たちが持っているビットコインという株の価値が決まるのである。重要なのは、意思決定しているビットコイン保有者は、世界中に分散しているということだ。つまり、組織のトップが分散しているのである。
  • 組織管理者をコンピュータのプロトコルで置き換え、企業組織を自動化してしまうというのは、われわれの常識にあまりに反するので、なかなか実感が湧かない。しかし、ビットコインが機能し、すでに金融機関も無視しえない段階にまでなっているのである。DACを、「現実の経済活動には関係がない夢物語」と片付けるわけにはいかないだろう。なお、DACがもたらしうる影響については、本章の5と6で再び論じる。

野心的なイサリアムの計画

  • ビットコインに刺激されて生まれたプロジェクトのうち、「イサリアム」 (Ethereum)もDACとは別の意味で野心的だ。これまで述べたものは、個々の取引ごとにプロトコルを定義しようとする。それに対して、イサリアムは、これらすべてが動作しうるプラットフォームを提供することによって、これらを統合しようとする。つまり、個々の目的ごとに固有のシステムを作るのではなく、共通のプラットフォームを準備する。これは、任意のスマート契約または取引をブロックチェーンに記録するためのプロトコルだ。その上で利用者が具体的な応用をする。こうしておけば、さまざまな契約が簡単に書ける。
  • これが実現すれば、応用範囲は大きく広がる。例えば、個人が債券を発行することもできるし、契約の内容を個人が定義することもできる。
  • ここまで来ると、日本の現状とのあまりに大きな格差に、言葉を失う。 「アメリカでいま進展しつつあるのは、産業革命に次ぐ新しい社会革命だ」と言う人がいるが、それもあながち誇張ではない。

共有地の悲劇」を避ける

  • ビットコインを拡張する第二の方向は、プルーフ・オブ・ワーク(POW)の改善だ。
    ビットコインのPOWに対しては、いくつかの批判がある。一つは、現実世界の資源(コンピュータの計算能力や電力)が費やされていることだ。これは、「浪費」としか言いようがないもので、この点が、多くの人にとって奇異に映る。
  • POWの本質は、「難しいこと(マイナーにとって負担となること)を行なった」という証物をマイナーが提出することだその証拠が正しいかどうかを、他の人が簡単に確かめられることも必要だ。
  • しかし、この目的のためには、現実世界の資源を浪費する必要はないのかもしれない。そうであれば、POWは改善の余地があるわけだ。
  • ビットコインの仕組みに対する第二の批判は、遠い将来までビットコインのシステムが維持できるどうかに関わるものだ。「共有地の悲劇」が起こるのではないか、との懸念があるのだ。
  • ここで「共有地の悲劇」とは、つぎのようなものだ。共有地には羊を放つことができる。利用は無料なので、人々はできるだけ多くの羊を放つ。すると、共有地の草は食べ尽くされてしまう。
  • ビットコインでなぜこれが起こるのか? 遠い将来、マイナーの報酬は手数料だけになる。多くの利用者に利用させようとして、手数料を低くすると、マイナーの報酬は減る。だから、マイナーは離れてしまう。 マイナーの数が減ると、計算の難易度が下がり、攻撃に弱くなる。システムに対する信頼が薄れ、放棄される。
  • この問題に対処するために、つぎのような方法が提案されている。
  • プルーフ・オブ・ステイク (POS)
  • プルーフ・オブ・ステイク (Proof of stake) では、 マイニングが成功する確率は、マイナーが保有するコインの量に依存することとされる。例えば、全体の一%のコインを持つマイナーが成功する確率は一%だ。
  • この方式は、攻撃に対してPOWより強いとされる。攻撃するには、ビットコインを多く持つ必要があるから、攻撃すれば、自分自身が最大の被害者になってしまうのだ。
  • 二〇一二年八月にリリースされたピアコイン (Peercoin) は、 POWとのハイブリッドになっている。時代が経つにつれて、POSに移行する。ネクストコイン (Nxtcoin) は、 POWを用いるのではなく、最初からPOSで運用しようとするものだ。
  • プルーフ・オブ・バーン(POB)
  • プルーフ・オブ・バーン (Proof of burn) では、マイナーがコインを燃やす。 「燃やす」とは、使えないアドレスに送ることだ。必要とされる量だけ燃やしたマイナーがブロックを代表する権利を得る。
  • POSやPOBは現実の資源を使わない方法だ。
  • ③コンセンサス
  • 第3章の2で紹介したリップル(Ripple) がこの方式を採用する。ただし、リップルは、特定の団体が運営しているから、「管理者なし」とは言えない。