Depot

つれづれなるままに、日暮し、PCにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとをそかはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

Curriculum Vitae

Yamanatan Kac

日本科学技術大学理学部物理学科(上田次郎ゼミ)

帝都大学大学院理工学部物理学科(湯川学ゼミ)

Ph.D.

專門:システム科学

f:id:yamanatan:20151229233043j:plain

About #stars

  • ☆ (must read)
  • ☆☆☆ (nice read)
  • ☆☆☆ (partly interesting)
  • ☆☆ (a bit interesting)
  • ☆ (oops!)

Favorite Food

  • Chocolate-mint ice cream
  • Gōngbǎo Jīdīng(宮保鶏丁)

What I don't like

  • 手段と目的が一致しないこと
  • 本質的でないこと
  • 無知なのに傲慢な人
  • 自己愛性パーソナリティ障害な方々

Favorite Drama

Favorite Movie

Favorite Anime

Todo

帝都大学の有名人について

  • 僕の指導教官でもある湯川学帝都大学物理学助教授(准教授)
  • 理工学部の名物教授といえば、渡来角之進教授。何言ってるかわからない講義で有名
  • 附属病院の下村教授。奥さんと娘さんが美人揃いであることでも有名。
  • UCLA元教授の国立笙一郎さんはうちの医学部出身。
  • 学生時代に文学部を主席で卒業され、現在は文学部で心理学を教えている秋山教授。よく一緒にいる女の人は奥様?
  • 同じく心理学専攻で帝都大学史上最年少で教授になった葛城リョウ先生。秋山さんと葛城さんは学生時代にライバルだったとかいう噂も・・・。
  • 今は刑事になったらしいですが、昔は動物生態学分野で有名だった都島さん。
  • 講義しに来ている推理作家の高村耕司さん。
  • 直森賞、菊川賞、国際文学芸術賞大賞受賞作家の宇佐見さんはうちの法学部OB。

反脆弱性

  • 社会を脆くし、危機を生み出している主犯は、〝身銭を切らない 〟人たちだ。世の中には、他者を犠牲にして、自分だけちゃっかりと反脆(はんもろ)くなろうとする連中がいる。彼らは、変動性、変化、無秩序のアップサイド(利得)を独り占めし、損失や被害といったダウンサイド・リスクを他者に負わせるのだ。そして、このような他者の脆さと引き換えに手に入れる反脆さは目に見えない。ソビエト=ハーバード流の知識業界は反脆さに対して無知なので、この非対称性が着目されることはめったにないし、教えられることは(今のところ)まったくない。さらに、2008年に始まった金融危機でわかったように、現代の制度や政治事情が複雑化しているせいで、破綻のリスクを他者に押しつけても、簡単には見破られない。 かつて、高い地位や要職に就く人というのは、リスクを冒し、自分の行動のダウンサイドを受け入れた者だけだった。そして、他者のためにそれをするのが英雄だった。ところが、今日ではまったく逆のことが起こっていて、逆英雄という新しい人種が続々と出現している。官僚。銀行家。ダボス会議に出席する国際人脈自慢協会の会員のみなさん。真のリスクを冒さず説明責任も果たしていないのに、権力だけはやたらとある学者など。彼らはシステムをいいように操作し、そのツケを市民に押しつけている。歴史を見渡してみても、リスクを冒さない連中 、個人的なエクスポージャーを抱えていない連中が 、これほど幅を利かせている時代はない」
  • アリの集団では手段としての自己犠牲は厳然と存在しているが、個々のビジネスマンが経済全体のためにハラキリをしようとは思わないはずだ。したがって、ビジネスマンは自分自身が反脆く(少なくともある程度頑健に)なろうとする。これは、必ずしも集団(つまり経済)の利益とは一致しない。こうして、全体(集団)の性質と各部分の性質が対立するという問題が生じる。実際、全体は部分へと害を押しつけようとする。
  • だからといって残酷さが改善の原動力だなんて考えるのは、いくらなんでもつらい。
  • じゃあ、解決策は? 残念ながら、みんなが喜ぶ解決策はない。だが、いちばんの弱者が受ける害を緩和する方法ならある。
  • 問題はあなたが考えるよりも深刻だ。人々がビジネス・スクールに通うのは、生き残りつつ、がっぱりと金を稼ぐ方法を学ぶためだ。しかし、経済全体が彼らに求めているのは、生き残ることではなく、勝算に目が眩んで、とんでもないリスクを冒すことなのだ。人々が失敗を繰り返すたびに、それぞれの業界は改良されていく。母なる自然や自然と似たシステムは、個人がある程度自信過剰であることを求めている。つまり、失敗が他人に影響を及ぼさないかぎりは、ビジネスの成功確率を過大評価し、失敗確率を過小評価してくれたほうがいいわけだ。ひと言でいえば、大域的な自信過剰ではなく、局所的な自信過剰が必要なのだ。
  • すでに説明したとおり、レストラン業界がとびきり効率的なのは、個々のレストランが脆弱で、いつつぶれてもおかしくないからだ。そして、オーナーが勝ち目はあると思い、つぶれる可能性なんてまったく考えていないからだ。つまり、ある意味では軽率な、場合によっては自殺行為的なリスクを冒すことは、経済にとっては健全なことなのである。ただし、全員が同じリスクを冒すことがなく、リスクが小規模で局所的であるという条件付きだ。
  • さて、あとで詳しく説明するように、政府は企業救済によってこのモデルをぶち壊しにしている。政府はたいてい、被害がほかの企業に及ぶのを避けるために、大きくてつぶせない。一部の企業を優遇している。これは健全なリスク・テイク、つまり集団から不適応者へと脆さを移転するのとは正反対だ。
  • なかなか理解してもらえないのだが、唯一の解決策は、誰かが破綻してもほかの人々が巻き添えを食わないシステムを構築することだ。なぜなら、失敗の繰り返しはシステムを守るからだ。逆説的なことに、政府の介入や社会政策の多くが、結果的に弱者を傷つけ、強者をいっそう強くしている。

 

いじくり回し(ティンカリング)ー自然はオプションを行使する

  • フランスの偉大な生物学者、フランソワ・ジャコブは、自然の体系に備わっているオプションの概念(またはオプション風の性質)を科学の世界に取り入れた最初の人物である。彼は、試行錯誤によって得られるこのオプションを、フランス語で「ブリコラージュ」と呼んだ。ブリコラージュとは、「工夫」と同じような意味を持つ一種の試行錯誤のことで、普段なら捨ててしまうようなものを再利用して、あり合わせのものですませることを指す。
  • ジャコブは、子宮の内部でさえ、自然は選択のすべを知っていると主張する。すべての胚のうちおよそ半分は自然流産する。そのほうが、設計図から完璧な胎児を作るよりも簡単だからだ。母なる自然は、自分の基準を満たすものだけを手元に残す。または、カリフォルニア流の「早めに失敗する。というやり方に従う。つまり、自然はオプション(選択肢)を持っていて、それを行使するわけだ。効果を理解しているのだ。自然は人間よりもずっと明確に、そしてアリストテレスよりは間違いなくはっきりとオプション性の効果を理解しているのだ。

 

  • 産業革命のころのイギリスと同じで、アメリカの財産は、ひと言でいえばリスク・テイクとオプション性の使い方にある。アメリカは、合理的に試行錯誤する驚くべき能力を持っている。失敗し、やり直し、また失敗しても、そんなに恥をかくことはない。それと比べて、現代の日本はどうだろう。失敗は恥になる。だから、人々は金融や原子力のリスクを絨毯の下に隠そうとする。小さな利益のた
    めに、ダイナマイトの上に座ろうとする。朽ちた英雄、つまり“高貴なる敗北、に敬意を払ってきた昔の日本とは、奇妙なくらい対照的だ。

 

  • 七面鳥は1000日間、肉屋に育てられる。1日がたつたびに、七面鳥アナリスト
    は、肉屋が七面鳥を愛しているという統計的信頼度が高まっていると確信する。肉屋は、感謝祭の数日前まで七面鳥を育てつづける。そしてその日はやってくる。おいおい、七面鳥というのはどうやらあんまりいい身分じゃないみたいだぞ。「肉屋は七面鳥を愛している」という命題の信頼度が最大になり、七面鳥の人生が、非常に安定、していて、何もかも予測どおりに進んでいたちょうどそのとき、肉屋は七面鳥をびっくり仰天させる。そして、七面鳥は今までの信念を改めるのだ。この例はバートランド・ラッセルの比喩を脚色したものだ。
  • ここで重要なのは、このサプライズは七面鳥にとってはブラック・スワン的な事象でも、肉屋にとってはそうじゃないということだ。
  • この七面鳥の話から、質の悪い間違いの根本原因がわかる。「(有害性の)証拠がないこと」を「(有害性が)ないことの証拠」と勘違いしてしまうことだ。あとで説明するように、この種の間違いは知人の間で蔓延していて、社会科学の分野にもすっかり根を下ろしている。
  • したがって、私たちの人生の目標は「七面鳥にならないこと」であり、欲をいえば七面鳥の逆になること、つまり反脆くなることだ。「七面鳥にならない」ためには、まず真の安定と作り物の安定を見分けられるようにならなければならない。
  • 変動性を奪われ、抑圧されていたシステムが暴発すると、どんなことになるかは簡単に想像できるだろう。その好例がある。2003年、アメリカによってサダム・フセインとその政権は突如崩壊し、バアス党は解体され、 10万人以上が亡くな った。それから1年がたった今でも、混乱は続いている。
  • 厳密な制御が裏目に出て、崩壊を引き起こすことを科学的に説明したのが、電磁理論で有名なジェームズ・クラーク・マクスウェルだ。「ガバナー(調速機)」とは、突然の変動を相殺することで蒸気機関の速度を制御する機構である。その目的はエンジンを安定させることだ。一見すると安定させられるように見えるのだが、予測不能な動作や崩壊を起こすことがあった。軽い制御はうまくいくのだが、厳密に制御しようとすると過剰反応を引き起こし、機械がバラバラに壊れることもある。1867年に発表された有名な論文『ガバナーについて(On overnors)』で、マクスウェルはこの挙動をモデル化し、エンジン速度の厳密な制御が不安定性につながることを数学的に証明した。
  • 驚くべきことに、マクスウェルの美しい数式や厳密な制御の危険性は、色んな分野に一般化できる。そして、偽りの安定性や目に見えない長期的な脆さを明らかにするのにも役立つ。市場価格を固定すると(あるいは、同じような意味として、「ノイズ・トレーダー」と呼ばれる投機家を排除して、適度な変動性をも取り除こうとすると)、市場は安定したように見えるが、平穏な時代が続いたあと、急激
    な変動が訪れる。投資家たちは変動性に慣れていないので、わずかな価格変動さえもインサイダー情報や状況の変化とみなし、パニックを起こす。為替がずっと微動だにしなければ、ほんのちょっと変動しただけでも、人々は世界が滅亡すると思うだろう。ある程度の混乱があるほうが、システムは安定するのだ。
  • 変動性を人工的に抑えることの問題点は、システムが極端に脆くなることだけではない。同時にリスクが見えなくなることだ。変動性は情報だと話したのを思い出してほしい。実際、脆いシステムでは、物言わぬリスクが水面下で蓄積していても、システム自体は静かで、ほとんど変化がないことが多い。政治のリーダーや経済の政策立案者たちは、口では変動を抑えてシステムを安定させると言っていても、実際にはたいがいその逆を行っている。人工的に抑圧されたシステムは、ブラック・スワンの影響を受けやすいからだ。このような環境は、やがて一気に吹っ飛び、みんなに不意打ちを食らわせ、ずっと続いていた安定を帳消しにしてしまう。そしてたいていは、不安定だった時代よりも、はるかに状況が悪化してしまうのだ。システムが吹っ飛ぶまでの時間が長ければ長いほど、経済や政治のシステムに及ぼす被害は深刻になる。
  • 干渉主義には欺瞞の要素があり、専門化した社会ではその傾向がますます強まっている。「私はこんなことをしてあげました」とアピールするほうが、「私はこんなことを防いであげました」とアピールするよりも、ずっと簡単だ。もちろん、パフォーマンス・ベースのボーナス制度がこの問題を悪化させている。
  • 私は、何かをしなかったことで名声を得た英雄がいないものかと歴史を調べてみたが、何かしなかったというのは探すのが難しい。結局、なかなか見つからなかった。(お金のかかる)腰の手術をする代わりに、自然治癒に任せた医者は、いかにも手術が必要であるかのように見せかけ、患者を手術のリスクにさらしつつ治療を施し、莫大な金銭的報酬を得る医者と比べれば、報われないし、名声も得にくい。ピンクのロールス・ロイスを乗り回すのは、たいてい後者のような医者だ。
  • また、損失を回避した企業経営者も評価されることは少ない。ブラック・スワンの世界では、大災害を防いだ人こそ本当の英雄だ。だが、災害は起きなかったわけだから、当然評価もされないし、ボーナスももらえない。倫理、ボーナス制度の不公平さ、そしてそういう不公平さが複雑化によって拡大する仕組みについては、第7部で詳しく扱う。
  • ハーバード大学の経済学者の論文を読むのは、論文を書こうとしている人たちだけだ。そしてその論文を読むのも、論文を書こうとしている人たちだ。そうして彼らは、歴史という名の無情なたわごと発見器に飲みこまれ、消えていく(そのほうがありがたい)。一方、小セネカとも呼ばれるルキウス・アンナエウス・セネカの書物は、彼の死から2000年近くたった今でも、本物の人々に読みつづけられている。

黄金の中庸を忘れよ

  • バーベル戦略の探求を続けよう。中庸が黄金の中庸にならない分野はいっぱいある。その分野でこそ、二峰性戦略(極端な安全策+極端なリスク・テイク)が活躍する。
  • 作家を例に取ろう。あらゆる仕事の中で、いちばん成功の望みが薄く、一か八かで、骨が折れ、リスクのある仕事だ。
  • フランスをはじめとするヨーロッパの文学作家の間では、閑職に就くという風習があった。たとえば公務員のように、不安がなく、ほとんど頭を使わずにすみ、雇用が保障されていて、リスクの低い職業だ。いったん職場を出てしまえば仕事のことを考えなくてすむので、空いた時間を執筆に充て、自分の思いどおりに好きなことを書ける。フランスの作家には、驚くほど学者が少ない。一方、アメリカの作家は、メディア界や学界の一員になることが多い。メディア界や学界の囚人となり、文章は壊れていく。研究者ともなれば、日常的な不安や重圧にさらされ、魂は著しく劣化していく。売春婦と同じように、他人の基準で一字一句を書かなければいけない。そのたびに、心の奥にある思いを押し殺すことになる。
  • 対して、閑職に就きながら執筆するというのは、とても安心なモデルだ。経済的な自立の次に、いやそれ以上に望ましい状態だ。たとえば、フランスの偉大な詩人、ポール・クローデルとサン=ジョン・ベルメや、小説家のスタンダールは、外交官だった。イギリスの作家の多くは公務員だった(トロローブは郵便局の職員だ)。カフカは保険会社に勤めていた。とりわけ、スピノザはレンズ磨きで生計を立てていたので、彼の哲学は学界の失敗に影響されることがなかった。
  • 私は10代のころ、真の文学や哲学をこころざすなら、私の多くの家族と同じように、暇で、楽しくて、ラクな、外交官みたいな職業に就くほうがいいと思った。オスマン帝国には、正教徒を密使や大使、さらには外務大臣にするという伝統があり、この伝統はレヴァント諸国にも引き継がれた(私の祖父と曾祖父は外務大臣だった)。私はキリスト教の少数派に対する風当たりが強くなることを心配していたが、その心配は的中した。しかし、私はトレーダーとなり、空いた時間に執筆をするようになった。そして、みなさんもお気づきのとおり、自分の好きなように書きつづけた。ビジネスマン兼研究者というバーベル戦略は理想的だった。午後3時か4時になり、会社を出れば、翌日まで仕事のことは考えなくていい。自分がいちばん重要で面白いと思うものを、好きなだけ追求できるのだ。学者を目指していたころは、まるで囚人のような気分だった。他人のいい加減で独善的な計画に付き合わざるをえないからだ。
  • そして、同時にふたつの職業に就かなくてもかまわない。ものすごく安定した職に就いたあと、リスキーな職に就くという手もある。たとえば、私の友人は、書籍編集者というとても安定した職業に就き、かなりの名声を築いた。それから10年くらいして、彼は非常に投機的でリスキーな仕事をするために退社した。これこそバーベル戦略そのものだ。挑戦に失敗したり、思っていたほど満足できな
    かったりしたら、いつでも前の職業に復帰できる。

 

 

 

 

 

漫画202006

本編は早々に断念したのだけど、こちらも辛くなってきました。

最初の3巻の面白さをなかなか超えてこない。

 

漫画を大量に買うなら、豪邸に住んでいない限りkindle一択です。無印kindleは容量と解像度に問題があるので。Paperwhiteがおすすめです。

  

漫画202005

巻末はアダルト成分強め

武闘会がやや長め、キャラが多いからね。そして移住がどんどん増える。最終的にはシムシティ

いまいち乗り切れなかった。

20巻が一つの目安ですかね。アニメと映画で、ある程度やりきった感があります。

漫画を大量に買うなら、豪邸に住んでいない限りkindle一択です。無印kindleは容量と解像度に問題があるので。Paperwhiteがおすすめです。

  

鬼滅の刃完結

www.crank-in.net

  • 今や国民的漫画となった本作が人気のピークで完結したことを受け、ツイッターでは「#鬼滅の刃最終回」「#鬼滅完結」「#鬼滅ロス」など『鬼滅の刃』完結に関するワードが軒並みトレンド入りを果たし、読者からは「唯一の楽しみが終わってしまった」と完結を惜しむ声と共に、「本当にお疲れ様でした!」「最高の作品をありがとうございました」といった賛辞や感謝のメッセージが多数寄せられた。

yamanatan.hatenablog.com

20巻で決着なら間延びもなく、名作のまま終わる気もしてきました。

 ほぼ予想通りの完結になりました。

  • 本編は完結したが、本作と共に掲載された「鬼殺隊報」にてスピンオフ短編『煉獄外伝』の始動が報じられた。炎柱・煉獄杏寿郎の活躍が、今後の週刊少年ジャンプで掲載予定となっている。また、7月31日には「JUMP j BOOKS」より、矢島綾による小説版『鬼滅の刃 風の道しるべ』が発売。本作に登場する風柱・不死川実弥の誕生秘話をはじめ、時透無一郎と刀鍛冶の里の小鉄の交流や、伊之助とカナヲの友情秘話を描いた「キメツ学園」のエピソードが収録されている。

yamanatan.hatenablog.com

本編終わったら、それぞれのキャラの過去を丹念に掘り下げてほしい。

こちらも予想通りですね。

 

まだまだ熱は冷めないと思いますが、とりあえずの完結おめでとうございます。古参ファンですが、ここまで人気になるとは思いませんでした笑

 

初レビューは2017年の8月、「台詞回しの変な漫画、プロットは王道展開なのだけれど、キャラ力が際立っていて、謎の魅力」という評価でしたが、最後までこの評価は不動でした。やはり漫画はキャラありきだな、と再認識させられました。

yamanatan.hatenablog.com

引用:ウォーレン・バフェットはどう動く!?我々はこれからの相場にどう対処すべきか

media.rakuten-sec.net

  • 株価の世界的な大暴落は、一旦は落ち着いている。しかし、30%程度の下げは通常の景気後退期の平均的な下げ率に過ぎない。次は、「2番底」という恐怖が襲ってくる確率は小さくない。

  • この暴落相場を買い支えたのは、各国政府と中央銀行である。相場の世界でマニピュレーション(価格操作)ほど脆いものはない。米国の連銀が不良債権のゴミ箱と化すなか、もう資本主義の市場メカニズムなど誰も信じていないのである。

  • ナシーム・タレブは『反脆弱性』のなかで、「社会を脆くし、危機を生み出している主犯は、〝身銭を切らない〟人たち」であるという指摘をしている。『まぐれ』や『ブラック・スワン』を書いたナシーム・タレブは金融界でのそうそうたる経歴を経た後、現在は文筆業と研究に専念している。

  • 彼は金融トレーダーとして、リスクや不確かさの定量化に関しては常に懐疑的であった。しかし、今日の大多数の人々は「だまされたがっている」のかもしれない。ニーチェが指摘した日々の奴隷的生存および社畜国畜労働に疲れた人々は、「考えたくない」のである。「だまされていた方が楽だ」という気持ちが意識の深部に宿っているのだ。

  • 社会を脆くし、危機を生み出している主犯は、〝身銭を切らない 〟人たちだ。世の中には、他者を犠牲にして、自分だけちゃっかりと反脆(はんもろ)くなろうとする連中がいる。彼らは、変動性、変化、無秩序のアップサイド(利得)を独り占めし、損失や被害といったダウンサイド・リスクを他者に負わせるのだ。そして、このような他者の脆さと引き換えに手に入れる反脆さは目に見えない。

  • ソビエト=ハーバード流の知識業界は反脆さに対して無知なので、この非対称性が着目されることはめったにないし、教えられることは(今のところ)まったくない。さらに、2008年に始まった金融危機でわかったように、現代の制度や政治事情が複雑化しているせいで、破綻のリスクを他者に押しつけても、簡単には見破られない

  • かつて、高い地位や要職に就く人というのは、リスクを冒し、自分の行動のダウンサイドを受け入れた者だけだった。そして、他者のためにそれをするのが英雄だった。ところが、今日ではまったく逆のことが起こっていて、逆英雄という新しい人種が続々と出現している。官僚。銀行家。ダボス会議に出席する国際人脈自慢協会の会員のみなさん。真のリスクを冒さず説明責任も果たしていないのに、権力だけはやたらとある学者など。彼らはシステムをいいように操作し、そのツケを市民に押しつけている。歴史を見渡してみても、リスクを冒さない連中 、個人的なエクスポージャーを抱えていない連中が 、これほど幅を利かせている時代はない」(ナシーム・タレブ『反脆弱性』)

  • タレブ流にいうなら、日本国の政策はさしずめ、「国民にリスクを押し付ける政策」ばかりだ。

  • 今、我々は統制経済と国家の相場操縦の中で相場をやっているのである。

僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう

ディスカッションできる環境

  • 山中 アメリカにいたときは、まさにそういう経験をさせてもらいました。サンフランシスコはボストンと並んで、アメリカの研究の拠点になっていますから、ノーベル賞受賞者や同程度の研究者が大勢います。彼らが僕らのような若い研究者に、非常にフランクに「シンヤ、シンヤ」って接してくれて、自分の研究をちょっと説明すると「素晴らしい研究だから頑張れ」と励ましてくれました。だからそれで自分に研究の才能があると勘違いしていた面もあるんですが(笑)。日本に帰ってからは「こういうやり方はだめじゃないか」という忠告の方が多くなって……それがPADの原因の一つの部分でもありました。
  • 今も毎月アメリカに行っているんですが、アメリカでは、ノーベル賞受賞者、もしくは数年後にノーベル賞をもらうのは間違いない人も、皆で集まって自分の研究データを出してディスカッションしています。アメリカでは、研究者はいつまでも研究者でいられるんです。でも、日本ではノーベル賞をもらってしまうと、ディスカッションの内容が日本の研究のあり方や予算の内容になってしまうことがままあって、研究者が経営者や政治家に変わっていくような感じがすることがあるんです。

 

  • 永田 大学っていうところは、何かを与えられるところじゃないと思うんです。黙って口を開けて待っていれば食べ物を放り込んでもらえるんじゃなくて、自分から食べにいかないと何も得られないところだと思うんですね。大学で教えてもらえることなんて「知識」としては、大したことないんです。大学にいる間に、何よりも自分から何かを食べに行こうという態度を学んでほしいと思うんです。高校までの勉強には、答えが必ずあります。でも社会に出たら正解があることなんて、何もないんです。そもそも、答えがあるかどうかすら、わからないことの方が多い。先生でも先輩でも上司でも、誰も答えを知らない「問い」自体を、自分で見つけなければならないんですね。
  • 山中さんのiPS細胞は二十一世紀の最大の発見の一つです。大学時代ラグビーに打ち込んで怪我をたくさんして、いろいろな回り道をして辿り着いたものがiPS細胞だったわけです。そして、それは、山中さんの「自分から何かを食べにいく態度」がなければ実現しなかった夢だったと思います。

 

様々な物差しが挑戦を支える

  • 羽生 では、挑戦を続けていくために必要なことは何でしょうか。ひとつには、「様々な種類の物差しを持つ」ことではないかと、私は思います。みなさんは、何か新しいことに挑戦するときには、どこかで過去に自分がやった、あるいは他の人がやっていたことを物差しにして、判断しているのではないでしょうか。
  • その物差しには、長いものから短いものまであって、例えば、子どものときに竹馬に乗るために一週間練習して乗れるようになったとしたら、 これは「一週間」という短い物差しを一つ身につけたということです。あるいは、英語がうまくなるために三年間勉強した経験があれば、それは「三年間」という長い物差しを身につけたといえるでしょう。
  • その後、もうひとつ新しい語学を身につけようと思ったとき、英語では三年かかったのだから、最初の半年ぐらいはわからなくても当たり前だ、と割り切ることができます。日々の生活の中で、長いものから短いものまで、たくさんの物差しを持つことが、今後、何かに挑戦をしていくとき、必要以上に不安にならない、考えすぎないために大事な要素になります。

 

  • 永田 逆に、棋士になって、捨てなければならないと思ったことって、何かありましたか。
  • 羽生たとえば子供の時に将棋をやっていて、駒を動かすのが楽しかった時期ってありますよね。そういう楽しさは捨てなければいけませんでした。
  • 永田 それを職業として選んでしまったのですからね。
  • 羽生それで将棋の奥深さのようなものは知ることになるんですけれども、やはり、将棋を楽しんで駒を動かすという喜びは、捨てなければならなかったと思います。また、十六歳ぐらいのことですが、夜中まで対局をすると電車がないので、始発を待って家に帰るわけです。そうすると、通勤通学の人たちがこれから出かけるという中を、自分は逆に歩いて家に帰っていく。なんだか完全に自分は道を踏み外して、違うところにきちゃったんだという実感がありました(笑)。

「しがらみ」を科学する

  • 社会とはしがらみの集まり・・・人々に一定のしかたで行動するように促しているしがらみが、そうした人たちの行動そのものによって生み出されている状態が社会なんだよ。・・・本当のことを言うと、インセンティブ構造という言葉が使いたいんだけど。

 

  • メスの場合には、いくらモテてたくさんのオスと交尾しても、作ることができる子供の数には限度がある。だから、多くの場合、モテる性質が進化しやすいのはオスの方なんだ。
  • 大きくて派手な羽が健康の印
  • こうして、何千世代、何万世代もたつと、派手なハネの雄を好む雌の性質が種の特性として一般化していきます。最初のきっかけは健康のしるしに対しての穏やかな好みだったのが、その好みが増幅されることで、雄のハネがますます大きく派手になり、そして大きくて派手なハネを好む性質を雌がますます強く持つように進化が進んでいきます。
  • その結果、ハネの大きさや派手さは本人の生存にとって望ましくないほど極端になるんだけど、それでも派手なハネは雌にとって魅力を持ち続けるんですね。それは、派手なハネが自分の生む子どもの生存にとって有利だからではなくて、ほかの雌がその性質に魅力を感じているので、派手なハネを父親から受け継いだ男の子が雌たちにモテるからなんだ。
  • だから、仲間たちとの競争に勝ってたくさんの子孫を残す性質が進化したからといって、その性質が本人の生存にとって有利な性質になるとは限らないんですね。

 

  • 実は、教育ママと呼ばれているお母さんたちの多くは、ほんとうはもっとのびのびと子どもを育てたいと思っているのかもしれないかもしれない。だけど、まわりのお母さんが子どもたちに勉強をさせているかぎり、自分も同じように子どもの尻を叩いて勉強をさせることになってしまう。だから、実は受験戦争というのも、予言の自己実現や不況などと一緒で、誰も望まないのに生まれてしまう社会現象としての側面を持っているんだよ。

 

  • 単純な原因―結果という考え方をしないからといって、世の中のできごとについての説明を放棄することにはならないんだよと言いたいんです。
  • 世の中のできごとを説明しようとすれば、まず必要なことは、一人ひとりがどういう原理で行動しているかを知ることだよね。この章で話した例を使えば、いじめのクラスの生徒たちは、安心できれば「いじめ阻止」に参加するという原理で行動している。あるいは、クジャクたちのハネがどう進化するかは、どういうハネを持った子どもの数が増えるかで決まってくる。
  • これが分からないと、なぜある現象が存在しているのかが分かりようがない。進化の原理が分からないと、クジャクのハネがなぜ派手になったのかを説明できない。だけど、進化の原理がクジャクのハネが派手なことの原因じゃあないよね。同じ進化の原理に従って、さまざまな生き物がさまざまなかたちに進化しているんだから。
  • 同じように、生徒たちが傍観者を決め込むかどうかが、「いじめ阻止」に加わってもどれくらい安全かどうかによって決まってくるということが分かっても、それだけではみんなが傍観者にまわるかいじめ阻止に参加するかは分からない。
  • だから、一人ひとり(一羽いちわ)の行動原理そのものは、社会の中で生まれるでき
    ごとの原因にはならない。重要なのは、みんながそうした原理に基づいて行動をした結果、どんな環境が生み出されるかなんだ。
  • たとえば、「いじめ阻止」に何人が参加しているかによって、同じ原理に従っても、参加した方が有利かしないほうがいいのかが変わってくる。あるいは、ほかの雌たちが派手なハネに魅力を感じているかどうかによって、派手なハネの雄を好きになった方が有利かどうかが変わってくる。ということで、「社会」の中での人々(鳥々)の行動を説明しようとすると、一人ひとり(一羽いちわ)の行動原理と、そうした行動原理を持つ人や鳥の行動が生み出しているインセンティブの両方が、どう組み合わさるかが重要だということになる。この二つの組み合わせによって個人の行動が変化するし、その結果、社会環境そのもの(「いじめ阻止」に参加している人数、雌クジャクの好み)も変化する。そうなると、このプロセス全体が原因だと考えざるをえない。これを単純な原因―結果という枠組みで見よう
    とすると「同じことの繰り返し」になってしまうし、場合によっては「心でっかち」になってしまうんだよ。

 

  • 山本七平さんが言っている「空気」というのは、要するに、この本で話してきた「社会」です。つまり、ほかの人たちからの反応を予想してとる行動が、その反応をとるインセンティブを作り出している状態のことです。
  • いま紹介した調査の結果からも分かるように、日本人は協調性があるとよく言われるけど、みんな必ずしも協調的な生き方が好きだというわけではないんですね。協調的に行動している場合でも、必ずしも進んで協調しているわけではない。
  • その典型的な例として、山本七平さんは『「空気」の研究』(文春文庫)という本の中で、戦艦大和の出撃をめぐる大本営での議論をとりあげています。
  • 大和がアメリカ軍に攻撃されている沖縄に向けて出港したのは、第二次世界大戦の末期になって、日本のまわりの制空権を完全にアメリカ軍に奪われてしまった時期でした。そうした状況を正確に判断し、大和が沖縄に到達してなんらかの成果をえる可能性があるかどうかを考える人にとっては、大和が沖縄に到達する前に撃沈されてしまうだろうということは疑問の余地のない結論だった。
  • 大和が属する第二艦隊司令長官の伊藤整一中将もその一人で、大和の出撃に最後まで反対していたけれど、ほかの高級軍人たちは精神論を振りかざすばかりで、論理的な結論に聞く耳を持たない。高級軍人たちが、大和は国民全員が特攻するための手本になるんだという精神論を振りかざしている中で冷静な判断を下しても、そうした判断は無視されるだけじゃなく、精神力が足りない証拠としてまわりの人たちから見下されてしまう。
  • こうした場面で偉い軍人たちが読んでいた「空気」というのは、みんなが友達の間で浮いてしまわないようにと思って読みあっている「空気」と同じ。「空気」というのは、こんなことを言うと馬鹿にされてしまうとか、ここではとてもこんなことは言えないという共通理解のことなんだ。
  • この共通理解の下では、誰も自分が非難されるようなこと、つまり冷静な判断は口にしない。誰もが冷静な判断を口にしないので、多くの人が個人的には冷静な判断を下していても、そうした判断を口にしようとしなくなる。そのため、そうした判断を口にする人間は見下されるだろうという理解に疑いが生じる余地がなくなってしまう。こうした状況を山本七平さんは「空気」という言葉で呼んでいたんだよ。
  • 要するに、予想されるまわりの人たちからの反応に従って行動することで、そうした予想に従わざるをえない状態が生まれてしまうということを、山本七平さんは「空気」という言葉で表現していた。
  • まわりの人たちの反応を読んで行動するという点では、KYという言葉を使っている現代の日本の若者たちも、意味のない作戦を強行した大本営の高級軍人たちも同じ原理で行動してたんですね。
  • こうした高級軍人たちは、この本で「社会」と呼んでいる状態に直面していたわけなんだ。そうした「社会」は、そこにいる人たちにとっては、逆らうことができないけど目に見えない空気のように思えるよね。だけど、そうした状態そのものを作り出しているのは、自分たち自身の行動なんだよ。