Depot

つれづれなるままに、日暮し、PCにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとをそかはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

Curriculum Vitae

Yamanatan Kac

日本科学技術大学理学部物理学科(上田次郎ゼミ)

帝都大学大学院理工学部物理学科(湯川学ゼミ)

Ph.D.

專門:システム科学

f:id:yamanatan:20151229233043j:plain

About #stars

  • ☆ (must read)
  • ☆☆☆ (nice read)
  • ☆☆☆ (partly interesting)
  • ☆☆ (a bit interesting)
  • ☆ (oops!)

Favorite Food

  • Chocolate-mint ice cream
  • Gōngbǎo Jīdīng(宮保鶏丁)

What I don't like

  • 手段と目的が一致しないこと
  • 本質的でないこと
  • 無知なのに傲慢な人
  • 自己愛性パーソナリティ障害な方々

Favorite Drama

Favorite Movie

Favorite Anime

Todo

帝都大学の有名人について

  • 僕の指導教官でもある湯川学帝都大学物理学助教授(准教授)
  • 理工学部の名物教授といえば、渡来角之進教授。何言ってるかわからない講義で有名
  • 附属病院の下村教授。奥さんと娘さんが美人揃いであることでも有名。
  • UCLA元教授の国立笙一郎さんはうちの医学部出身。
  • 学生時代に文学部を主席で卒業され、現在は文学部で心理学を教えている秋山教授。よく一緒にいる女の人は奥様?
  • 同じく心理学専攻で帝都大学史上最年少で教授になった葛城リョウ先生。秋山さんと葛城さんは学生時代にライバルだったとかいう噂も・・・。
  • 今は刑事になったらしいですが、昔は動物生態学分野で有名だった都島さん。
  • 講義しに来ている推理作家の高村耕司さん。
  • 直森賞、菊川賞、国際文学芸術賞大賞受賞作家の宇佐見さんはうちの法学部OB。

新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ

  • 経済的独立にはいくら必要か
  • 人生はいちどしかないのだから、自分の思うがままに自由に生きたい。誰もがそう願っています。これが、人生設計におけるゴール(目標)です。ところで、「自由 Liberty」とはいったい何でしょう。それは、「なにものにも束縛されない状態」のことです。
  • このように考えると、自由に生きるためには一定の条件を満たさなければならないことがわかります。その条件とは資産、より端的にいえば、お金、です。
  • 「自由」を経済的な意味で定義するならば、「国家にも、会社にも、家族にも依存せず、自由に生きるのに十分な資産を持つこと」になります。これが「経済的独立 Financial Independence」です。
  • 経済的独立という考え方はロバート・キヨサキの『金持ち父さん貧乏父さん』によって広く知られることになりましたが、自由とお金の関係をはじめて日本人に教えたのは、投資家のR・ターガート・マーフィーとエリック・ガワーの『日本は金持ち。あなたは貧乏。なぜ?』でした。
  • 私はそれまで、自由とは主観的な問題だと素朴に思っていましたから、「お金がなければ自由もない No Money, No Freedom」という徹底したリアリズムはたいへんな衝撃でした。そこで、平凡なサラリーマンが経済的独立を達成して自由に生きるにはどうすればいいかを考えたのが『ゴミ投資家のための人生設計入門』(メディアワークス 1999年1月/現在は『世界にひとつしかない「黄金の人生設計」』として講談社 + d文庫に収録)です。

 

次々と現われるあやしいひとたち

  • 私は個人的な興味から海外の金融機関に口座開設し、さまざまな金融商品に投資してみたのですが、そのマニュアル本をつくるうちに、あやしげなひとたちが次々と現われるようになりました。
  • 「君はなんで、タックスヘイヴンの利用法を1600円の本に書いたりするんだ」と、ある紳士は私を怒鳴りつけました。彼はオフショアバンクの口座開設を、100万円ちかい手数料を取って請け負っていました。「本になどしないで、私と組んで富裕層向けのコンサルティングビジネスをすれば年収1億なんて簡単だよ」と誘ってくるひともいました。彼は税理士や会計士のネットワークを持っており、税金を払わない方法を知りたがっている金持ちをいくらでも紹介できる、というのです。
  • 「いいかい、贈与・相続税がタダになるなら、10%の手数料なんてみんな喜んで払うよ。相続財産が10億円なら手数料は1億円、100億円なら10億円の儲けだ。それを山分けするのでどうだい」
  • 要するに彼も、タックスヘイヴンを利用した(合法的な)節税術が1600円で書店で売られていることが都合が悪かったのです。その当時、オフショアバンクやアメリカのネット証券、香港やシンガポールの金融機関の情報はほとんど知られておらず、口座開設やその活用法をマニュアル化すると、本が書店で売れるだけでなく、読者葉書や掲示板(「海外投資を楽しむ会」のサイトに読者の掲示板を設置していました)への投稿などで大きな反響がありました。一部の専門家や富裕層だけが知っていた情報を公開することには「世の中を変えている」という実感があり、わくわくするほど面白かったのです。
  • これを「出版ビジネス」の醍醐味とするならば、「金融ビジネス」のひとたちの考えはニッチな情報を囲い込み、特定の顧客に高額で販売してボロ儲けする、というものでした。確かにこの方が短期的には高収益をあげられるかもしれませんが、何度話を聞いても私には興味が持てませんでした。
  • 私はやがて、世の中にはきわめて知性が高く、それと同時に「楽して金儲けしたい」「額に汗して働くなんて真っ平だ」と思っているひとがいるという事実に気づきました――それも、ものすごくたくさん。金融業の本質はマネーゲームですから、その特殊性がこうしたひとたちを惹きつけるのです。
  • 彼らは、徹夜して本をつくる私の仕事をまったく理解できませんでした。そして私も、彼らのビジネスのどこが楽しいのかわかりませんでした。しかしこのときの体験は、私にとって大きな財産になります。その後私は、『マネーロンダリング』(幻冬舎 2002年5月)で作家としてデビューすることになりますが、金融業界の周縁に棲息するあやしいひとたちは小説のなかの登場人物として活躍してくれることになったのです。
  • ベストセラー『金持ち父さん貧乏父さん』も例外ではありません。まだ読んでいないという方のために、その内容を要約してみましょう。金持ち父さんになりたければ、
  1. まずは収入を増やしなさい(著者はゼロックスの営業マンとして仕事をしながら、株式投資や不動産売買で資産を増やした)
  2. 次に支出を減らしなさい(金持ち父さん =著者の親友の父親は、大きなビジネスを手がけながらも、質素な生活をしていた)
  3. さらにリスクを取りなさい(著者は不動産不況の際に、銀行から借金をしてまで割安の不動産に投資した)
  4. サラリーマンを辞めて起業しなさい(著者は、サラリーマンのままでは金持ちになれないと説く)
  5. 税金を払うのをやめなさい(この本では、会社をつくって合法的に節税する方法が紹介されている)
  6. 家計のバランスシートをつくって自分の資産と負債を管理しなさい

 

  • すべてのお金持ち本は、原理的に、こうした一般原則に還元されてしまうのです。
  • 最初にお断りしておくなら、確実に金持ちになる方法など、この世にありません。もしそんなものがあれば、世界じゅうのひとが金持ちになっているはずです。百歩譲って、仮に確実に金持ちになる方法があるとしても、それが本に書いてあるわけはありません。他人に教える前に、著者自身がその方法で金持ちになるはずだからです。
  • では、金持ちが書いた お金持ち本”なら信頼できるのでしょうか?残念ながら、そうともいえません。なぜなら、そこに書かれているのは著者個人の体験でしかないからです。金持ちになるヒントを得ることは可能でしょうが、一般化はできません。
  • お金持ち本"には、読者を錯覚させるあるトリックが隠されています。それは、「成功したひとしか本を書かない」ということです。
  • たとえばロバート・キヨサキは、市況の回復を確信して、多額の借金をしてハワイの不動産を買い漁りました。しかし不動産の値下がりで苦境に陥り、め年には夫婦でホームレス生活を余儀なくされ、一時は古ぼけたトヨタを「家」にしていたといいます。見かねた友人が自分の家の地下室を貸してくれるまで3週間、ホームレス生活は続きました。その後、キヨサキの予想どおり不動産は大きく値上がりし、資産形成に成功するわけですが、不動産価格の下落がさらに続けば、借金を返済できずに破産していたかもしれません。その場合は、『金持ち父さん貧乏父さん』が書かれることは永久になかったはずです。
  • ロバート・キヨサキがハワイの不動産を買っていた80年代半ばに日本の不動産に多額の投資をしたひとがいるとすれば、90年代のバブル崩壊で間違いなく破産しています。さらにいえば、ハワイの不動産市況が回復し、キヨサキが投資に成功したのは、バブルの最盛期に大量のマネーが日本からハワイに流れ込んだためです。こうして金持ちになったキヨサキが、バブル崩壊で苦しむ日本人に成功譚を語るというのも、考えてみれば皮肉な話です。
    .
    本を読み終えるまで:2時間2分

 

  • 同様の状況は、大麻覚醒剤などのドラッグや上限金利を超えた融資など、現代の日本でも見られます。ヤクザのシノギは、常に法律のブラックゾーンやグレイゾーンの領域で行なわれるのです。違法とはいえないものの、社会的にはきわめて評価の低いビジネスがあります。風俗業や産業廃棄物処理業などがその典型で、こうした業種で成功して金持ちになったとしても世間一般の評価は低いままです。
  • ほとんどのひとは、たんにカネ儲けがしたいのではなく、それによって社会的な評価も上げたい(みんなからちやほやされたい)と思っています。一流大学を卒業したり、MBAを取得したひとは、〝汚れ仕事、で成功したいとは思いません。ここから、「社会的評価による歪み」が生まれます。優秀な人物が誰もやりたがらない仕事に本気で取り組めば、ほかの(社会的評価の高い)業種より成功する確率はずっと高くなるでしょう(私はそういう理由で風俗業を始めたひとを知っています)。

日本の社会の"秘密"

  • 私も含めほとんどのひとは、国家から役得を得られるような立場でもなければ、法を犯すつもりもなく、*汚れ仕事”に人生を賭ける覚悟もありません。利益をもたらす歪みがあったとしても、それを利用できるひとは限られています。考えてみればこれは当たり前で、誰にでも利用できるなら収益機会はたちまち失われてしまうはずです。
  • しかし、実はそのなかでひとつだけ、その気になれば誰でも利用できる歪みがあります。それが「社会制度的な歪み」です。そのための条件はただひとつ、自営業者(または中小企業の経営者)になって「個人」と「法人」のふたつの人格を使い分けることです。
  • なぜこのような不思議なことが起こるかというと、戦後の日本社会のさまざまな制度がサラリーマン(+公務員)を基準につくられてきたからです。その結果、サラリーマンでないひとたちを平等に扱うことができなくなり、そこから制度の歪みが生じたのです。
  • 地方都市の商店主や、地域に根差した中小企業の経営者たちは、特定郵便局や農協、医師会などと並ぶ重要な票田で、政治家の後援会の中核でもあります。彼らのために便宜を図ることが、自民党から公明党共産党に至るまで、すべての政治家にとって重要な関心事でした。そのため、収入や資産の多寡にかかわらず自営業者や中小企業はすべて、社会的弱者、として優遇されることになりました。
  • もちろん賢いひとたちは、こんなことは当然の常識として知っているでしょう。しかし私は、自分がサラリーマンだった頃は日本の社会制度に大きな歪みがあることにまったく気づきませんでした。これは私だけではなく、(サラリーマン・公務員である)読者の大半も同じではないでしょうか。サラリーマンを辞めて事業を始めれば、誰でも富を獲得できるわけではありません。しかし日本では、*お金持ち、と呼ばれるひとは成功した自営業者か中小企業の経営者で、大企業のサラリーマン社長になってもせいぜい東京の郊外に一戸建ての家が持てる程度です。
  • なぜこのようなことになるのか――それが私の素朴な疑問でした。そして、自営業者になってはじめて、そこに経済合理的な理由があることに気がついたのです。

 

  • 資産運用の初期においては、金融資産に投資するよりも、人的資本に投資した方が合理的です。なぜなら、他人はあなたのために働いてくれませんが、あなたはあなた自身のために真剣に働くだろうからです。
  • サラリーマンが金持ちになるのが難しい最大の理由は、税・社会保険料コストが大きいためです。年収1000万円のサラリーマンだと、実質税負担は250万円にもなります。こんな大金を毎年国に払っていたのでは、金持ちになれるわけがありません。
  • 誰もがキャリアを積んで、年収1000万円を超えるエリートサラリーマンになれるわけではありません。「自分に投資する」とよくいわれますが、その投資の大半は無駄になっているという現実もあります。サラリーマンとして出世したり、ビジネスを立ち上げて成功したり、そういう理想像だけを追い求めても成功の果実を手にできるひとは限られています。では、人的資本に投資しても思うような成果を挙げられない私たち凡人は、どうすればいいのでしょうか?
  • 実は、ここにもちゃんと解決策があります。それは、支出を減らすことです。当たり前のことですが、誰もが確実に資産運用に成功する方法があるはずはありません。さらには、必死になって努力したとしても、100人が100人とも出世レースに勝ち残ったり、ビジネスで成功できるわけでもありません。しかし、支出を減らすことは誰にでもできますし、それによって確実に家計の純利益は増大し、資産は大きくなっていきます。
  • 「金持ちはケチだ」とよくいわれますが、これは論理が逆で、「ケチだからこそ金持ちになれた」のです。確実に資産を増やす方法が目の前にあるにもかかわらずそれを実行しない人間が、資産形成に成功できるはずがありません。
  • 宝くじで大金を当てたひとの大半は、浪費癖によってけっきょく貧乏に戻ってしまうのです。
  • 日本企業の最大のコストは人件費です。日本は世界でもっとも人件費の高い国なので、社員数を減らせば人件費が圧縮され、利益は一気に拡大します。だからこそ、追い詰められた企業は人減らしに必死になります。
  • 同様に、日本の家計の場合、最大のコストは住居費です。親と同居していたり、安い社宅を利用していたり、ローンを払い終わった家に住んでいる場合は別ですが、たいていの人は、年収の20-25%を住宅ローンの支払いや家賃に充てています。年収500万円のサラリーマンの平均的な住居費は年100万~120万円程度でしょうから、これを減額することができればキャッシュフローは劇的に改善します。
  • パラサイト・シングルと名づけられた、親と同居する独身の男女がブランド物を買い漁り、贅沢に海外旅行を楽しむ姿を見れば、住居費をリストラする効果は明らかです。彼らは父親をパトロンに、母親を家政婦にして、世界でもっとも優雅な身分を満喫しています。
  • 不況で収入が減ってきたら、もっと安い家に引っ越せば問題は解決します。住宅ローンの負担が重くなってきた場合は厄介ですが、妙な見栄やプライドは捨てて、いったん持ち家を売却し、身の丈にあった賃貸に移ることを検討するべきかもしれません。赤字を続けていれば、確実に家計が破綻してしまいます。
  • この10年で住宅価格が半値になったということは、現金を持っているだけで、年利7%で運用できたのと同じです。商業物件は3分の1になりましたから、こちらはなんと年利2%相当です。そのうえ、衣類や電化製品をはじめとして、日用品の価格もずいぶん下がったので、生活も楽になっています。
  • それに対して、資産運用に大失敗したのは、株や不動産に投資したプロたちです。
  • 企業も機関投資家も、株や不動産で大損して不良債権の山を築きました。それをすべてバブル崩壊のせいにしていますが、現在問題になっているのは、それ以降の投資の失敗です。
  • 投資指南本の類はこうしたプロ、が書くことになっているので、素人が投資に成功し、専門家が失敗したとは口が裂けてもいえません。そこでみんな、素知らぬ顔をしているのです。

 

  • 日本では「公営ギャンブル」という摩訶不思議なものがあって、国や自治体が法外なテラ銭を取って賭博を開帳しています。最悪なのは宝くじで、購入代金の半分は、買った途端に国に持っていかれます。こんな割の悪いギャンブルは、世界的にも例を見ません。サッカーくじtotoも同様で、誰も買わなくなったのはサッカー人気が下火なのではなく、胴元が強欲すぎてゲームに魅力がないからです。このような公営宝くじは、「国家が愚か者に課した税金」と呼ばれています。
  • 競馬・競輪・競艇オートレース公営ギャンブルも、胴元の取り分が5%という悪質なゲームです。100万円を投じた瞬間に、まだ試合も始まっていないのに賭け金が75万円に減ってしまったのでは、最初から勝負は決まっています。八百長でもないかぎり、法外にテラ銭の高いゲームに継続的に賭け続けて勝てる人間などいないということは、数学的に証明されています。「競馬必勝法」はこの世に存在しないのです。
  • 日本で広く行なわれているギャンブルでもっとも胴元の取り分の少ないのはパチンコで、ゲームへの参加コストは3%前後といわれています。公営ギャンブルよりもはるかに良心的で、勝てる可能性はずっと高くなります。競馬で食べていける人はいませんが、パチンコやスロットで生活している人がけっこういるのはそのためです。

 

  • 地価が大きく下がっていれば、家を売ってもなお借金が残り、身動きがとれなくなります。
  • 会社をリストラされて返済が滞ると、金融機関が不動産を処分してしまいます。こうなると、あとは自己破産するしかありません。ローン完済後に手にする不動産は、こうした多くのリスクに対して支払われる報酬(プレミアム)です。しかし、8年も先の不動産にはたしてそれだけの価値があるのか、いったい誰にわかるでしょうか? マンションの場合、所有者の利害が対立して建替えができなければ、無価値の廃墟になっている可能性すらあります。
  • そのうえ、含み損が生じていては家を買い替えることができません。これでは、家の広さに合わせて家族形態を決めるという本末転倒なことになってしまいます。もともと住宅ローンでの持ち家の購入は、買い替えを前提とした資産運用法なので、現在のようなデフレ経済では無理が生じるのは当然なのです。
  • 不動産は、保有しているだけでコスト(固定資産税)がかかる特殊な資産です。売買時には、不動産業者に支払う手数料(3%)のほか、不動産取得税や登録免許税、登記費用などもかかります。地価の大幅な上昇を前提にしなければ、不動産投資は、もともと割に合わないものだったのです。
  • 将来のインフレと地価の上昇を予想するなら、持ち家も合理的な選択のひとつでしょう。しかしそれでも、不動産の購入を検討するのは、実際に地価が反転するのを待ってからでも遅くはありません。
  • ここ数年で大量供給されたマンションはいずれ中古物件として市場に放出され、不動産価格や賃料を押し下げるのは間違いないでしょう。なにも、わざわざ好んで損をする道を選ぶことはありません。
  • 一方、賃貸はこうしたリスクから完全に解放されています。生活水準や家族構成に合わせて、住む家を替えていけばいいからです。田舎に住むことも、海外に居住してみることも自由です。
  • 30年後に、賃貸と持ち家のどちらが得かは、現時点では誰にもわかりません。したがって、家を買うか買わないかは経済的な選択ではなく、「自由」に対する考え方の違いといってもいいでしょう。
  • 持ち家を購入することで仮に何らかの報酬が得られるとしても、それは自由を放棄した代償かもしれないのです(図1のケース3)。
  • ――いま読み返してみても、不動産投資についての2年前の説明にとくに付け加えるところはありません。とはいえこの理屈は、私が資産運用について書いたなかでもっとも理解してもらえないもののひとつです。再度繰り返しますが、私はマイホームを否定しているわけではありません。マイホーム(不動産)に資産としての特権的な優位性があるわけではない、という当たり前のことを述べているだけです。不動産については『臆病者のための億万長者入門』(文春新書)のなかで別の角度から論じているので、興味のある方は参考にしてください。

 

  • 生命保険も、不動産(マイホーム)と並んできわめて強い感情的なバイアスがかかっている金融商品です。
  • 生命保険は、原著で述べているように、その本質は「不幸な出来事が起きたときに当せん金が支払われる宝くじ」ですが、保険会社は,家族への愛情の証、と宣伝しています。これは、不幸の宝くじ』としての特徴が、「自分が死んだときに家族を守る」という純愛の物語に適しているからです。
  • その結果、保険はたんなる金融商品であるにもかかわらず、巧みなマーケティングによって特別の地位を確保するのに成功しました。こうして多くの日本人が、必要以上の保険に加入してお金を無駄にしているのです。
  • 住居費と並ぶ人生の大きなコストに、生命保険があります。仮に20歳から8歳までの1年間、月額3万円の保険料を払い続ければ総額約1500万円の支出になり、ワンルームマンション1軒買うのと同じです。しかし多くの人が、この無駄な出費に気づいていません。保険というのは、宝くじの一種と考えることができます。
  • 住宅ローンを組んだひとも、その際に強制的に死亡保険に加入させられるので、それ以上の保障は不要です。本人が死亡するとローンの残債が保険金で相殺されるので、遺族の生活費は持ち家の売却で賄うことができるからです。
  • 保険は損をする可能性が高い商品ですから、最低限の保障さえ確保できれば、それ以上は無駄です。日本人のほとんどは何らかの保険に加入していますが、大半は意味のない保険料を払っているだけです。有り体にいってしまうならば、生命保険とは、扶養家族の多い低所得者向けの金融商品なのです。

 

  • 世の中には生命保険を資産運用の一種と信じ込んでいる人がいますが、これは完全な誤解です。終身保険にしろ、個人年金にしろ、資産運用系の保険商品は、宝くじ(保険)部分のコストがかかっているだけ、ほかの資産運用手段よりパフォーマンスが落ちるからです。日本の保険会社はバブル期に実現不可能な高利回りを約束して保険の勧誘をしていましたが、その多くが経営破綻して年金支給額は大幅に減額されてしまいました。
  • 最近は、死亡保障や医療保障に個人年金を加えた総合型の保険が大々的に宣伝されていますが、この手の商品を販売する大手生保は経費率が高く、格安生保と比べて商品に競争力がありません。それをごまかすためにわざと商品を複雑にしているので、検討するだけ時間の無駄です。
  • 現在、もっとも保険料が安いのは、全労済(こくみん共済)、日本生協連(CO・OP共済)、全国生協連(生命共済)などの共済系の生命保険でしょう。これらは毎月1 000円程度の定額掛金制で、加入年齢が上がっても掛金(保険料)が変わりません。それに対して一般の保険商品は、加入年齢に応じて保険料が上昇します。
  • これから新たに保険に加入する場合でも、共済系3社でほとんどのニーズに対応可能です。これらはもともと保険料が安いうえに、決算後の利益を割戻金として保険加入者に還元しているので、割高なうえに契約者配当もない国内大手生保の商品と比較するとコストは半分程度まで下がります。
  • ある経済週刊誌が保険特集をしたときに、大手生保の役員が匿名で共済系の保険に入っていることを告白していましたが、自社の商品に詳しいほど加入する気にならないのも当然です。
  • 経済紙誌は生命保険会社が広告の有力クライアントなので、圧倒的な価格競争力を持つ共済系保険についてはほとんど触れません。そのため認知度がいまひとつ上がらないようなので、ここで紹介しておきます(最近では掛金の安いネット生保も増えてきたので、共済と比較してみてもいいでしょう)。

保険金はできるだけ受け取りにくくする

  • 1カ月の生活費が30万円とすれば、100万円の貯金があれば3カ月は無収入でも生きていくことができます。このようなひとにとっても、もっとも経済合理的な医療保険とは、入院後3カ月たってから無制限に保険金が支払われる商品です。これなら長期入院で貯金が底をついても収入が途絶えることはありません。
  • 3カ月以上の長期入院をする確率はきわめて低いので、ほとんどの場合保険料は払い損になるでしょうが、その分保険料は安くすみます。これで万が一、のときの心配がなくなるのだから、これこそが保険に期待される役割でしょう。
  • ところが日本の医療保険は入院直後(場合によっては初日)から保険金の支給が始まり、8日程度で支給が終わってしまうものもあります。本来必要とされる商品とはまったく逆なのです。

 

  • 世間一般の通念に反して、「子どものいる家庭はマイホームをあきらめるべきだ」という結論が導かれます。住宅ローンを組む際に、それまで蓄えたキャッシュを頭金として吐き出さなくてはなりません。現金がない状態で子どもに多額の教育費がかかるようになると、資金繰りがつかず、家計は簡単に破綻してしまうからです。
  • 一般に、サラリーマンの生涯年収は3億~4億円といわれています。生涯年収を3億円として、このうちの2割 = 6000万円は税金と年金・健康保険などの社会保険料で天引きされ、手取りは2億4000万円。ここから住宅関連支出(7000万円)と各種保険料(1000万円)を引くと1億6000万円。そのうえ子ども2人を育てると4000万円の教育費がかかり、残りは1億2000万円です(図3)。老後の資金として3000万円程度の貯蓄が必要だとすると、実質可処分所得は、残金の9000万円をサラリーマン人生40年で割った年200万円程度にしかなりません。子どもが増えれば、盆暮れに家族で帰省しただけで家計の余裕はなくなり、赤提灯で一杯やる小遣いにも窮するようになります。こうして、見えない「貧困化」が徐々に進行していきます。

 

  • 厚労省は、「将来世代でも厚生年金は2.1倍もらえる」と主張しています。それを信じれば、厚生年金も得になって「年金問題」は消失してしまいます。
  • トリックは、厚生年金の保険料の半額が会社負担になっていることにあります。厚労省はそれを利用して、サラリーマン個人が負担する半額の保険料を基準にすることで、厚生年金の利回りを2倍にかさあげしているのです。
  • 厚労省のこの詐術は、当の政府によって暴露されています。内閣府が会社負担分を加えた総保険料で厚生年金の利回りを試算していますが、それによれば(2014年時点で)6歳以下のサラリーマンでマイナスになっています。厚生年金は、男性に限れば現役世代のほぼ全員が払い損なのです。
  • 日本では消費税を3%上げるのにも大騒ぎしていますが、厚労省にとって都合のいいことに、年金保険料の料率改定に国会の議決は必要ありません。これは払った保険料がいずれ本人に返ってくるとされているからですが、現実には、サラリーマンが納めた保険料の半分は国民年金の赤字の穴埋めに流用され、消えていくのです。

 

  • 国営医療保険は大きく、自営業者が加入する国民健康保険(国保)、大手企業や業界団体が設立した組合健康保険(組合健保)、健保組合を独自で持てない中小企業のための全国健康保険協会(協会けんぽ)の3つに分かれます。
  • 国保は自営業者などが加入するもので、申告所得に応じて保険料を支払い、医療費の7割が公費負担(本人3割負担)です。組合健保(+ 協会けんぽ)は保険料の半額が会社負担で、給与(標準報酬月額)に対して決められた料率の保険料を支払います。
  • 97年6月以前は、サラリーマンの加入する組合健保は、自営業者の国保より保険料が高いものの、保険金の給付も恵まれていました。国保の加入者が3割負担なのに対して、組合健保は本人が1割、家族が2割負担で、そのうえ世帯主の保険料で扶養家族全員の保険がカバーできたからです。
  • ところが97年の健康保険法改正で組合健保の医療費負担が本人2割、家族3割になり、さらに2003年4月の改正で本人・家族ともに一律3割負担になるに及んで、国保と組合健保の給付面での違いはなくなってしまいました(扶養家族の保険料免除は維持)。
  • なぜこのように、サラリーマンの加入する組合健保だけが一方的に改悪されていくのでしょうか。これも、年金制度と構図は同じです。
  • 組合健保の保険料率は、法定上限以下であれば各組合が自由に決めていいことになっており、企業の負担割合を3%以上にすることも可能です。こうして高度成長期に大手企業が競って健保組合を設立し、利益を従業員に還元してきました。
  • 企業や業界団体にとって、健保組合設立の最大のメリットは組合員から集めた保険料を自ら運用できることでした。かつては保険金を支払っても毎年かなりの額の資金が余ったので、それを原資に保養所をつくったり、スポーツ施設の会員権を取得したり、社員旅行を企画したりできたのです。無論、全国の健保組合には旧厚生省のOBが指定席のように天下りました。しかし、幸福な時代は長くは続きません。
  • 企業が運営するとはいえ組合健保も公的保険の一部ですから、組合員の医療費を負担するほかに、公的医療保険の一部、とりわけ高齢者の医療費を分担する義務を負っています。日本の医療費は高齢化によって急速に膨らんでいますが、自営業者の加入する国保の保険料を大幅に引き上げることは政治的に困難です。そこで厚労省が目をつけたのが潤沢な資金のある大企業の健保組合で、次々と法律を改正して後期高齢者支援金、前期高齢者納付金として収奪できるようにしたのです。
  • その結果、健保組合のなかには支援金・納付金が組合員の医療費を超えるところが出てきました。国民医療費のうち約3割(3兆円)が高齢者の医療費で、そのうちの7割(9兆円)は健保組合からの拠出で賄われています。これでは、いったい誰のために組合を運営しているのかわかりません。
  • 健保組合の負担があまりに重くなったことで、厚労省は老人医療費に対する公費をこれまでの3割から5割に引き上げました。しかしこれからも高齢者は増え続けるのですからこの程度の改革は焼け石に水で、制度が危機に陥るたびにサラリーマンにツケが回る構図は今後も変わらないでしょう(もちろん、こうした仕組みは介護保険も同じです)。これが、私たちが暮らす日本という社会の現実なのです。

 

  • かつては法人登記にあたって、銀行に資本金相当額を預け、出資金払込証明書を発行してもらう必要がありました。ところが実際に銀行に依頼すると、取引がないことを理由に証明書の発行を断られることが多く、これがマイクロ法人設立の障害になってきました(オウム真理教のダミー会社の口座が某都銀に集中し、問題になったからだといいます)。
  • しかし会社法の改正によってこの手続きは簡略化され、現在は定款に記載された資本金が代表者の口座に振り込まれたことを通帳のコピーで証明できるようになり、払込証明書は代表者が自分で作成すればよいことになりました。なお法人設立後は、大手銀行でも会社謄本さえあれば簡単に法人口座を開設してくれます。
  • 自分で会社を登記する場合の費用は、登録免許税(5万円)、定款認証料(5万円)に印鑑一式(2万~3万円)などの諸費用を加えて万円程度です。このうち定款認証料は、公証役場で定款に間違いがないことを認証してもらう費用です。こんなことは登記を受け付ける法務局でやればいいのですが、公証人は裁判官・検事や法務事務官の再就職先なので、強制的に彼らにお金を払うようにできているのです。ハンコひとつで5万円ですから、ボロい商売です(なお、以前は定款の認証に4万円の印紙が必要とされていましたが、これは電子公証を使えば不要です)。
  • 登記が終わると、税務署と都道府県税事務所に税金関係の書類を提出しなくてはなりませんが、これもわざわざお金を払って税理士に相談する必要はありません。書き方がわからなければ、税務署で聞けば親切に教えてくれます。
  • 法人を設立すると、労働基準監督署(労災)や公共職業安定所(雇用保険)、社会保険事務所(年金・健康保険)にも登録することになっています。厚生労働省は未加入の事業者に対し、租税情報などを活用して厚生年金・協会けんぽへの加入を促すとしていますが、現実には、マイクロ法人を含む小規模企業の大半は国民年金国民健康保険を利用しています。

 

  • 経済が成長し、パイが大きくなっている時代には、制度に大きな歪みがあっても問題は起きませんでした。再分配が特定の人たちに偏ってもなお、国民全体が豊かさを実感できるだけの余裕があったからです。
  • ところが10年以上に及ぶ長い不況で、これまでの大盤振舞いのシステムは崩壊してしまいました。それでも多額の借金をしてなんとかここまで維持してきましたが、それももはや限界です。こうして、国家による再分配の柱である公共事業の大幅縮小が誰の目にも明らかになりました。今後は建設業を中心に、膨大な補助金でなんとか生きながらえている産業が次々と破綻していくでしょう。
  • しかしそれだからといって、国家が再分配をやめることはありません。そんなことになれば政府・公務員の存在価値がなくなるばかりか、国家そのものが不要になってしまいます。
  • 現実には、不況になれば、国家の役割は強化されます。 弱者保護のためにさらなる再分配が必要になるからです。

 

  • 自営業者が「法人成り」すると、税・社会保険料のコストを大きく節約することが可能になります。そればかりか、取締役1人の会社でも、立派な事業者として、公的金融機関から低利の事業資金を借りることができます。
  • 世の中には、年利0.4%の資金で事業を行なっている経営者がいます。その対極には、商工ローンから高利の資金を借りて返済に苦しんでいる人もいます。ここでもまた、同じことが問われています。あなたは、どちら側に立つのでしょうか?

ヒトはなぜ太るのか?

  • 健康の専門家たちは、この第1法則が「ヒトはなぜ太るのか」に関係していると考える。それは,ニューヨークタイムズが書いたように,彼らが彼ら自身に対して,そして私たちに対して「使う以上のエネルギーを摂取する人たちは、体重が増えるだろう」というからである。これは真実である。真実でなければならない。より太り,重くなるためには,私たちは過食しなければならない。使う以上のカロリーを摂取しなければならない。それは当然のことである。しかし、熱力学はこれがなぜ起きるのか,つまり私たちはなぜ消費するよりも多くカロリーを摂取するのかについて何も示さない。ここでは単に、もし私たちが余計にカロリーを摂取すれば体重は増え、体重が増えれば余計にカロリーを摂取したというだけのことである。
  • ここで「ヒトはなぜ太るのか」について話す代わりに、「部屋がなぜ混んでいるのか」という話題を扱っていると想像してほしい。ここまで私たちが論議してきたエネルギーは,脂肪組織だけではなく、人間のからだ全体に存在する。つまり10人の人間はそれ相当のエネルギーをもち, 11人はより多くもち……という具合である。そこで、私たちが知りたいのは,この部屋がなぜ混雑していて、エネルギー(つまり人々)であふれかえっているのかについてである。
  • もしあなたが私に「部屋がなぜ混んでいるのか」という質問をしたとして、私が「そうだねえ,それは部屋を出た人よりも入った人のほうが多いからだよ」と答えたとすれば、あなたはおそらく私が賢い男か,あるいは逆にばかであると思うだろう。「もちろん、出た人よりも入った人のほうが多かった」とあなたはいい、「それは明白だ。しかし、なぜか?」と聞くだろう。実際,出る人よりも入る人のほうが多いから部屋が混んでいるということは冗長,つまり同じことを2つの違ういい方で表すことであり、意味がないのである。
  • さて、肥満に関する社会通念の論理を借りて、この点を明らかにしたい。私が「あのね、出る人よりも入る人が多い部屋は、混んでいるだろう。熱力学の法則を避ける方法はない」といったとする。するとあなたは「それはそうだが,それがどうした?」と答えるか,私は少なくともあなたがそういうことを期待する。なぜなら、私はまだ原因についての情報を与えていないからである。私はわかり切ったことをくり返しているだけである。
  • 過食が私たちの肥満の原因であると結論づけるために熱力学を利用すると,このようなことが起きる。もし私たちがより太り,重くなっているのなら,熱力学では「からだから出て行く以上のエネルギーが入っている」という。過食は消費するエネルギーよりも摂取するエネルギーのほうが多いことを意味する。それは同じことを違う方法で述べているだけで、いずれも「私たちはなぜ消費する以上のエネルギーを摂取するのか?」「私たちはなぜ過食するのか?」「私たちはなぜ太るのか?」という疑問に対して答えていない。
  • ここでは「なぜか?」という疑問に答えることが,本当の原因を説明することになる。米国国立衛生研究所(NIH)は、インターネット上で「肥満は、人間が消費する以上のカロリーを食物から摂取すると起きる」といっている。NIHの専門家たちは実際のところ,「起きる」という言葉を使うことにより,過食が肥満の原因であるとはいわず,単に必要条件であるといっているのである。専門的にいうと彼らは正しいが,そのとき「わかったよだからどうした? 肥満が起きたとき、次に何が起きるかということは話してくれるけど,なぜ肥満が起きるかについては話してくれないんだね?」というかどうかは、私たち次第である。過食が原因で肥満になる、あるいは過食の結果で肥満になるという専門家たち (大部分だが)は,高校の理系クラスで落第点を取る(または、少なくとも取るべき)ようなレベルの間違いを犯している。彼らは,私たちがなぜ太るのかについて,まったく何も語らない自然の法則と,私たちが実際に太っている場合に起きるべき現象(過食)を取りあげ、語るべきすべて
    の内容を語っていると思い込んでいる。これは20世紀前半に共通した過ちであった。それ以来,それは普遍的なものになってしまった。だから私たちは答えを求めてどこか別の場所を探す必要がある。
  • そのためによい出発点となるのは1998年に出版されたNIHの報告書かもしれない。当時のNIHの専門家たちは,肥満を起こす可能性のある因子に対してもう少し積極的かつ科学的であった。彼らは「肥満は遺伝子型と環境との相互作用から発症する,複雑で多数の因子が関与する慢性疾患である」と説明した。また,「肥満がどのように,そしてなぜ起きるかについての私たちの理解は完全ではないが,社会的,行動的,文化的,生理学的,代謝的,遺伝的な因子が総合的にかかわっている」とも述べている。
  • したがって,これらの因子の総合的な関係のなかに見つかるべき答えがあるのかもしれない。生理学的,代謝的,遺伝的な因子から始め,それらの因子が環境的な引き金へと私たちを導く。私たちが確実に知っておくべきことは、熱力学の法則は常に正しいものではあるが,私たちがなぜ太るのか,あるいは太りつつあるときに、なぜ消費する以上のカロリーを摂取しているのかについては、何の説明もしてくれていないということである。

 

  • 要するに,私たちが摂取するエネルギーと消費するエネルギーは相互に依存している。数学者たちは,これらをここまで取り扱われてきたような独立変数ではなく従属変数であるというだろう。一方を変えると,他方がそれを補正して変わる。すべてではないにしても,毎日または毎週消費するエネルギーのかなりの割合がエネルギーの摂取量を決定し,その一方で摂取し,細胞に供給されるエネルギーが(後述するように重要な点である),エネルギーの消費量を決めることになる。この2つは密接につながっている。これと違うことを主張する人はみな、複雑な生命体をあたかも単純な器械装置のように扱っている。
  • 2007年,ハーバード大学の医学部学長であるジェフリー・フライアーと,彼の妻で肥満に関する共同研究者であるテリー・マラトス - フライアーは雑誌サイエンティフィック・アメリカン(Scientific American)に「脂肪に燃料を注ぐもの」という題名の論文を発表した。そのなかで、彼らは食欲とエネルギー消費の密接な関係を述べ、この2つは人間が意識的に変えることができるようなものではないこと,またこの2つの補正の結果が単に脂肪組織の増減を示すような単純な変数ではないことを明らかにした。
  • 食物を突然制限された動物は不活発になり、細胞のエネルギー利用を低下させることによってエネルギー消費量を減らす傾向があり,それによって体重の減少を抑えている。また空腹感が増し,その結果,食物の制限が解除されると,元の体重に戻るまで以前の基準量以上に食べてしまう。
  • フライアーは100年に及ぶ直感的にわかりきった食事に関する勧告(食べる量を減らしなさい)が,なぜ動物には効果がないかをわずか2つの文章で説明した。もし私たちが,動物の食餌量を制限すると(動物に少なく食べろと命令できないので、動物に対して選択の余地を与えないようにするしかない),動物は空腹になるだけでなく,実際にエネルギー消費量を減らす。そのため代謝は遅くなり,細胞が消費するエネルギーはより少なくなる(なぜなら、消費するためのエネルギーが少ないからである)。動物は、望むだけ食べられるようになると,すぐに体重を取り戻す。
  • 同じことがヒトにもいえる。動物の研究で見られた効果が,ヒトにおいても同様にくり返し示されてきたので、私はフライアー夫妻がなぜ「ヒト」ではなく「動物」といったのか理解できない。ありそうな答えはフライアー夫妻(あるいは学術誌の編集者)が,研究の意味するところをそこまであからさまにしたくなかったということである。つまり,主治医や公衆衛生の専門家たちが常に提唱する食事に関する勧告が間違っているということ,つまり「もっと食べる量を減らし、もっと多く運動をすることが肥満や過体重の有望な治療法ではなく,そのように考えるべきではない」ということである。それには短期的な効果はあるかもしれないが、数か月あるいは1年以上続くものではない。最終的には私たちのからだが埋め合わせをすることになるのだ。

 

志望調節機構にゅうもん

  • 今や袖をまくって、仕事にとりかかるときである。私たちが知る必要のあるのは、脂肪組織内の脂肪の量を調節する生物学的因子が何なのかである。特にこの因子が食事によってどのような影響を受けるのかが重要で、それを知ることによって,私たちが何を間違えているのか,それをどう変えるべきかがわかる。いい方を換えれば,何が体質を決定するのか(なぜ肥満になるのか,やせたままでいるのか)そして,この傾向に影響を及ぼしたり,それを改善するために養育,食事,生活習慣のどの要素を変えることができるのかを知る必要がある。
  • ここでは基礎生物学および内分泌学に関することを説明する予定であり,当然のことながら,これらはすぐに読み進めるのは難しいかもしれない。ただ、注意して読み進めば、ヒトがなぜ太り,改善するために何をしなければならないのかについての知識をすべて得ることができると約束する。
  • 私がこれから話す科学は1920年代から1980年代の研究者たちによって解明されたものである。それはどの地点においても,特に議論を巻き起こすものではなかった。研究を行った人たちはそのしくみに賛成し,彼らは今も同じ立場である。しかし,問題は,前述してきたように肥満の「権威たち」が心理学者や精神医学者でない人たちさえも巻き込んで,過食と座りっぱなしの行動が肥満の原因と盲信してしまったことである。その結果,脂肪組織がどのように調節されているかという科学も含め、肥満に関するすべてがどうでもいいものになってしまったのだ。しかし,「権威たち」は脂肪組織の調節が意味することを嫌ったため(この点については後述する)、それを完全に無視したか,かたくなに拒絶した。この現実を直視しない彼らの態度がどうであろうと,私たちの脂肪組織の調節は重要である。私たちが太るかやせたままでいるかは,脂肪組織の調節にかかっているのである。

基礎(なぜ太る人がいるのか)

  • 【簡単な質問】そもそも私たちはなぜ脂肪が蓄積するのか? その理由は何か? そう,脂肪の一部は保温のための断熱材の役割を担っているし、その内側にある弱い組織を守る緩衝材の役目も果たす。しかし,その他についてはどうだろうか?たとえばウエスト回りの脂肪はどうか?
  • 専門家たちの典型的な見方は,脂肪の蓄積が一種の長期的な定期預金のように働く(退職金の口座のように,差し迫った必要のあるときにのみ手をつけることができる)というものである。この考え方は、からだが過剰なカロリーを摂取して、それを脂肪として溜め込んでおく。そして、十分な食糧を得ることができずに(ダイエットをしたり,運動をしたり,離れ小島で座礁したりしてその脂肪が動員される日が来るまで脂肪組織に留めているというものである。こうした状況に陥ったら、溜め込んだ脂肪を燃料として使う。
  • しかし,この概念が間違っているのは1930年代から知られていた。肪はたまたま連続的に脂肪細胞から流出し,燃料として利用されるためにからだを巡り、もし燃料として利用されない場合には脂肪細胞に戻される。これは、私たちが直近に何か食べたかや運動をしたかに関係なく続く。1948年にこの科学が詳細に解明された後、ドイツ人の生化学者でイスラエルに移住し、脂肪代謝の分野の父と考えられたエルンスト・ウェルトハイマー(Ernst Wertheimer)は「脂肪の動員と蓄積は,その動物の栄養状態に関係なく連続的に行われる」と説明した。
  • 脂肪細胞の脂肪は,細胞がエネルギーとして使用する燃料のかなりの部分をどんなときにも供給するだろう。栄養学者たちが,どういうわけか、からだにとって炭水化物が望ましい燃料であると考えたい(私たちにいいたい)理由は,(これは単純に間違っているのだが)細胞が脂肪を燃やす前に炭水化物を燃やすということである。これは食後の血糖値の上昇を抑えるために行われる。そして多くの人たちと同じように,あなたが炭水化物を多く含む食事を摂れば,そこには細胞が脂肪に手をつける前に燃やす炭水化物がたくさん存在することになる。
  • ここで炭水化物と脂肪の両方を含む食事(たいていの食事がそうである)を食べていると想像してほしい。脂肪が消化されると,それは貯蔵のために脂肪細胞へ直接送られる。もっとすばやい反応が求められる炭水化物にからだが対応しているあいだ、脂肪は一時的に隅に置かれていると考えてほしい。これらの炭水化物が消化されると,これは血液中にブドウ糖のかたちで現れ、これが「血糖」における「糖」である(「果糖」と呼ばれる炭水化物は特殊な例で後述する)。からだの細胞は燃料としてブドウ糖を燃やし、さらに予備の燃料の補充に使用するが,細胞は何かの助けがなければ血糖の上昇についていくことができない。
  • ここでホルモンであるインスリンが登場する。インスリンはからだのなかでさまざまな役割を果たすが,重要な役割の1つは血糖を調節することである。あなたは、まだ食事前だというのに(膵臓から)インスリンを分泌し始めるだろう――実際,インスリンの分泌は食べることを考えるだけで刺激されるのだ。これはパブロフ反射(条件反射)で無意識に起きる。このインスリンの分泌は,これから食べようとしている食事に対してからだの準備をしているのである。あなたが最初の一口を食べると,インスリンがもっと分泌されるだろう。そして食事から得られたブドウ糖が血液中にあふれると,さらに多くのインスリンが分泌される。
  • 続いてインスリンは、ブドウ糖を血液から細胞内に取り込むスピードを速めるように、からだの細胞に対して信号を送る。前述のように、細胞はこのブドウ糖の一部分を燃料としてただちに燃やし,それ以外は後で使用するために貯蔵する。筋肉細胞はブドウ糖を「グリコーゲン」という分子として貯蔵する。肝細胞は一部をグリコーゲンとして貯蔵し,一部を脂肪に変える。そして脂肪細胞は脂肪として貯蔵する。
  • 血糖(ブドウ糖)が下がり始め、それに伴いインスリン濃度も下がると、不足を補うために、食事中に貯蔵された脂肪が脂肪組織からどんどん遊離されるだろう(少なくとも遊離されるべきである)。これらの脂肪はもともと炭水化物であったものや、もともと食事に含まれていた脂肪だったものであるが,いったん脂肪細胞に貯蔵されると区別がつかなくなる。食事から時間が経過すればするほどより多くの脂肪を燃やしブドウ糖の使用はわずかとなる。夜中に数時間ごとに起きて冷蔵庫をあさることなく眠れる理由(少なくとも眠ることができるべき理由)は,脂肪組織から流れ出す脂肪が朝まで細胞にうまく燃料を送っているからである。
  • したがって、脂肪組織は預金口座や退職金口座というよりも、財布と考えるほうが適切である。脂肪をいつもそのなかに入れ,いつもそれから取り出す。食事中と食後にわずかに太り(脂肪が脂肪細胞から出るよりも多く入る),食事が消化されたらわずかにやせる(逆のことが起きる)。そして睡眠中にさらにやせる。あなたがまったく太らない理想的な世界においては、日中の食事により脂肪として蓄積されるカロリーは,食事が消化された後と夜間に脂肪として燃やされるカロリーと釣り合いがとれているのだ。
  • これに関する別の考え方は、脂肪細胞がエネルギーの緩衝材として働くというものである。脂肪細胞は,食事から摂取してもすぐに使わないカロリーを入れる場所を提供し,必要に応じてカロリーを血液中へと戻すーちょうど財布がATMから引き出したお金を入れる場所を提供し,1日を通して必要に応じて取り出すようなものである。予備の脂肪が一定の最低量に達するときにだけ再び空腹を感じ始め、食欲を感じる(ちょうど,財布に入れておきたい最低限の額があり,そこまでお金が減るとATMまで行って補充するようなものである)。脂肪代謝の分野の卓越した科学者としてエルンスト・ウェルトハイマーを手本にしたスイス人の生理学者アルベール・ルノルド (Albert Renold)は、1960年代初期に,私たちの脂肪組織は「エネルギー貯蔵と移行の積極的な調節機構の主要部分であり,いかなる生物の生存にも重要な調節機構の1つである」と説明した。
  • しかし、細胞がどの脂肪を出し入れし、どの脂肪を閉じ込めておくのかをどのように決めているのかは、脂肪が脂肪組織を1日中出入りしているため明らかにならない。この決定は脂肪の形態をもとに,非常に簡単に行われる。からだのなかの脂肪は異なる目的をもつ2つの異なる形態で存在する。まず,細胞の出入りを行う脂肪は「脂肪酸」と呼ばれる分子のかたちをとる。これはからだで燃料として燃やされる形態である。一方,脂肪の貯蔵は「トリグリセリド(中性脂肪)」と呼ばれる分子のかたちで行われる。これは3つ(トリ)の脂肪酸が1分子のグリセリン(グリセリド)によって,結合されたものである。
  • この役割分担の理由も驚くほど単純である。中性脂肪は脂肪細胞を取り巻く細胞膜をすり抜けるのには分子が大きすぎるのに対して、脂肪酸は細胞膜をすり抜けるほど小さいため、比較的簡単に出入りすることができる。脂肪酸は1日中滞ることなく流れて脂肪細胞を出入りしながら,必要なときにはいつでも燃料として燃やされる。中性脂肪は将来使用されるために脂肪細胞に溜め込まれ、いわば脂肪細胞で脂肪が固定されたかたちをとる。中性脂肪は脂肪細胞のなかで構成要素である脂肪酸からつくられている(専門用語でエステル化という)
  • 1分子の脂肪酸が脂肪細胞へと流れ込む(あるいは脂肪細胞でブドウ糖からつくられる)と,グリセリン1分子に他の脂肪酸2分子とともに結合し,その結果,大きな分子のトリグリセリド(中性脂肪)となり,脂肪細胞の外へ出られなくなる。これら3分子の脂肪酸中性脂肪が分解されるかバラバラになるまで脂肪細胞に閉じ込められ,そして、再び細胞を出て血液循環に戻ることができる。家具を買った後に初めて、大きすぎて部屋に入らないことに気づいた経験のある人なら,お決まりの手順を知っているだろう。(可能ならば) 家具を分解し1つずつドアのむこうに運び、むこう側で家具を組み立てる。そして、引越しでその家具を新居にもって行きたい場合は,同じことを逆にくり返す。
  • 結果として、脂肪酸中性脂肪へと変える脂肪細胞への脂肪酸流入を促進するものは,すべて脂肪を蓄積させるように働き、つまりそれはあなたを肥満にするのである
  • これらの中性脂肪をその構成分子である脂肪酸に分解して脂肪細胞をすり抜けられるようにするものはすべて,あなたをやせさせる。前述のように,それはきわめて簡単である。エドウイン・アストウッドが半世紀前に示唆したように,これらの過程に関与する数十ものホルモンや酵素がある。それらが阻害されることで大量の脂肪が脂肪細胞にに入りすぎ,十分な量が出ていかなくなることは容易に想像できるだろう。
  • しかし,この働きにおいては1つのホルモンが最も重要であり,それはインスリンである。アストウッドは約50年前にこれを指摘し,それに対して異論が出たことはなかった。前述のように,インスリンはおもに食事中の炭水化物に反応して分泌され,この本来の目的は血糖の調節である。しかし,インスリンは同時に脂肪と蛋白質の貯蔵と利用を調節する役割も果たす。たとえば、筋肉の増強と修復に必要な蛋白質が筋肉細胞に十分にあることを確かめ、食間に効果的に働くのに十分な燃料(グリコーゲン,脂肪,蛋白質も)があることを確かめる。そして、燃料の貯蔵庫の1つは脂肪組織であることから、インスリンは「主要な脂肪代謝の調節器」であるといえ,これは1965年にサロモン・バーソン(Salomon Berson)とロザリン・ヤロウ (Rosalyn Yalow)により説明された。この2人の科学者たちは、血中のホルモン量を測定するために必要な技術を開発し、多くの関連する研究を行った(この研究により、ヤロウは後にノーベル賞を受賞した。バーソンがこの受賞以前に死去していなければ、当然この賞を分けあっていただろう)。
  • インスリンはこの仕事をおもに2つの酵素を介して行う。1つ目はLPL(リポ蛋白リパーゼ)で,これはラットの卵巣を除去するとどのように肥満になるかについて説明したときに出てきた酵素である。LPLはさまざまな細胞の細胞膜上に突き出しており、血液から細胞内へと脂肪を取り込む働きをもつ。筋肉細胞の表面にあるLPLは脂肪を燃料として使用するために脂肪を筋肉へと取り込む。LPLが脂肪細胞の表面にある場合には脂肪細胞をさらに太らせる (LPLは血液中の中性脂肪をその構成分子である脂肪酸に分解するため、その脂肪酸が細胞中へと流入する)。前述のよう
    に女性の性ホルモンであるエストロゲンには脂肪細胞上のLPLを阻害することで脂肪の蓄積を減らす働きがある。
  • これまでに述べた,どの部分がいつ太るのかに関しての疑問の多くは、LPLが単純な答えとなる。男と女が違う太り方をするのはなぜか?LPLの分布が異なるため,LPLに及ぼす性ホルモンの影響も異なるのである。
  • LPLの活性は男性では腹部の脂肪組織において高く,したがってそこが脂肪の溜まりやすい場所となる。一方で、ウエストから下の脂肪組織のLPL活性は低い。男性が歳を取るとともにウエストより上の部分が太る理由の1つは男性ホルモンであるテストステロンの分泌が減るためで、テストステロンは腹部の脂肪細胞のLPL活性を抑制する働きがある。テストステロンが少なくなるということは、腹部の脂肪細胞のLPL活性が上昇することを意味し,その結果,脂肪が増えるのである。
  • 女性ではウエストから下の部分の脂肪細胞においてLPL活性が高く,そのため腰まわりや臀部が太りやすい。一方で,腹部の脂肪細胞におけるLPL活性は低い。閉経を迎えると、女性の腹部脂肪細胞のLPL活性は男性と同様になるため,女性は腹部にも過剰な脂肪をつける傾向がある。また,女性が妊娠すると臀部と腰においてLPL活性が上昇する。この部分は、彼女たちが後に乳児を育てるために必要なカロリーを溜めている場所である。脂肪をウエストよりも下に,そして背中側につけると,からだの前方にある子宮で育つ子どもの体重とバランスがとれる。出産後にはウエストより下の部分のLPL活性は下がり,溜めていた脂肪のほとんどを失うが,胸部の乳腺のLPL活性は上昇するため乳児に与える母乳をつくる脂肪をここに溜め込むことになる。
  • LPLは,私たちが運動をするときになぜ脂肪を失わないのかという疑問に対する非常によい答えでもある。私たちが運動をしている間,LPL活性は脂肪で低下し,筋肉細胞で上昇する。これは脂肪組織からの脂肪の放出を促進するため燃料を必要とする筋肉細胞で燃やすことができる。その結果,私たちは少しやせるので,ここまではよい。しかし私たちが運動を終えると、この状況は逆転する。筋肉細胞のLPL活性は失われ、脂肪細胞のLPL活性が急上昇して、脂肪細胞は運動の間に失われた脂肪を補充する。このようにして私たちは再び太るのである(このことは運動が私たちを空腹にするのはなぜかという理由でもある。運動後に筋肉はその補充と修復のために蛋白質を必要とするのに加え,積極的に脂肪の補充も行う。からだの他の部分はこのエネルギー流出を補おうとするため、その結果として食欲が増すのである)。
  • インスリンは脂肪代謝の主要な調節器であるから,それがLPL活性の主要な調節器でもあることは意外なことでない。インスリンは脂肪細胞,特に腹部の脂肪細胞のLPLを活性化する。研究者たちがいうように,インスリンはLPLを「上方調節」する。インスリンを分泌すればするほど,脂肪細胞のLPLはより活発になり、より多くの脂肪が血液中から脂肪細一胞へと貯蔵のために流入する。インスリンは筋肉細胞のLPL活性を抑制するため,筋肉での脂肪酸の使用を減少させる(また,インスリンは筋肉細胞やその他の細胞に脂肪酸を燃やさず,その代わりに血糖を燃やし続けるように指示する)。もし脂肪酸が脂肪細胞から抜け出すときにインスリン値が高ければ,これらの脂肪酸は筋肉細胞には取り込まれず,燃料として使用されないことを意味し,それらは最終的に脂肪組織に戻されるのである。
  • また,インスリンはまだ説明していなかったある1つの酵素——ホルモン感受性リパーゼ (HSL)に影響を与える。これはインスリンが貯蔵する脂肪の量をどのように調節するかにおいてきわめて重要なものである。ちょうどLPLが脂肪細胞を(そして私たちを) 太らせるよう働くように、HSLは脂肪細胞を(そして私たちを)やせさせるように働く。HSLは,脂肪細胞で中性脂肪をそれらの構成分子である脂肪酸に分解し,脂肪酸が血液循環へと流れ出ることができるようにする作用をもち,このことにより脂肪細胞内の脂肪が減少するのである。HSL活性が高いほど脂肪細胞からより多くの脂肪が放出され,それを燃料として燃やすことができるため貯蔵する脂肪量は明らかに減る。インスリンはHSLの働きを抑制して脂肪細胞内での中性脂肪の分解を防ぎ,脂肪細胞からの脂肪酸の流出を最小限にとどめる。インスリンはごくわずかな量で,HSLを抑制し,脂肪細胞に脂肪を閉じ込める偉業を達成する。したがって、インスリン値がたとえわずかでも上昇すると脂肪細胞に脂肪が蓄積してしまう。
  • インスリンはまた(ちょうど筋肉細胞で行うように)脂肪細胞にブドウ糖を送り込み,代謝を上げる。その結果,脂肪細胞内のグリセリン分子(ブドウ糖代謝の副産物)の量が増えるのだが,これらのグリセリン分子は脂肪酸と結合すると中性脂肪になり,さらに多くの脂肪が貯蔵される。さらにインスリンは、脂肪細胞が脂肪で満杯になってしまう場合に備え,新たな脂肪を貯蔵する場所を確保するために新しい脂肪細胞をつくるように働く。そしてインスリンは肝細胞に対して、脂肪酸を燃やさずに中性脂肪につくり直し,脂肪組織に送り返すように信号を送る。肝臓と脂肪組織において、インスリンは炭水化物を直接脂肪酸に変換するよう誘発することさえあるが,(研究室のラットに比べて)ヒトにおいてこれがどの程度行われているかについてはまだ議論の余地がある。
  • 要するに,インスリンが行うことはすべて,私たちが貯蔵する脂肪を増やし,私たちが燃やす脂肪を減らすように作用し,私たちを太らせるのである。

 

  • 血中インスリン濃度は,おもに摂取された炭水化物(その量と質)によって決まるため、最終的にどの程度の脂肪を蓄積するかを決めるのは、これらの炭水化物である。ここに一連の流れを示す。
  1.  炭水化物を含む食事を食べる
  2. インスリンを分泌し始める
  3. インスリンは (HSLを抑制することにより)脂肪酸の放出を止め,血液中から (LPLを介して)もっと多くの脂肪酸を取り込むように脂肪細胞に信号を送る
  4. 空腹になる,またはもっと空腹になる
  5. 食べ始める
  6. もっとインスリンを分泌する
  7. 炭水化物が消化され、ブドウ糖として血液中に入り,血糖値が上がる
  8. さらにインスリンを分泌する
  9. 食事に含まれる脂肪は中性脂肪として脂肪細胞に貯蔵される。また肝臓で脂肪に変換された一部の炭水化物も同様である
  10. 脂肪細胞は太り,あなたも太る
  11. インスリン濃度が低下するまで、脂肪は脂肪細胞にとどまる
  • あなたは、他のホルモンも私たちを太らせるのではないかと考えるかもしれないが, 1つの例外を除いて,その答えは事実上「ノー」である。ホルモンの役割についての1つの考え方は、ホルモンがからだに対して何かを行うように指示を出すもの「成長し,発達する(成長ホルモン),生殖する(性ホルモン),逃避する,または闘う(アドレナリン)]である。また、ホルモンはこれらのさまざまな活動に必要な燃料を供給する。とりわけ,脂肪組織に対して脂肪酸を動員し燃料として使用できるように信号を送る。
  • たとえば、私たちは危険を感じるとアドレナリンを分泌する。それにより必要に応じて逃げるか,闘う準備をする。しかし、襲いかかってくるライオンから逃げなければならないときに,ライオンよりも速く,遠くへ走るための燃料をただちに利用できなければライオンに捕まってしまうだろう。だから、あなたはライオンを見たらアドレナリンを分泌し、アドレナリンは脂肪組織に脂肪酸を血液中に放出するように信号を送る。理論的には、これらの脂肪酸は逃げるために必要なすべての燃料となるだろう。この意味では、インスリン以外のすべてのホルモンは脂肪組織から脂肪を解放するように働く。したがってこれらのホルモンによって少なくとも一時的にはやせる。
  • しかし,血液中のインスリン濃度が上昇しているときに,他のホルモンが脂肪組織から脂肪を取り出すことは,はるかに難しい。インスリンはその他のホルモンの効果に勝るからである。それはすべて非常に合理的である。大量のインスリンがあちこちにある場合,それは燃やすべき大量の炭水化物もあちこちにある(血糖値が高い)ことを意味するはずで、その場合。脂肪酸に邪魔される必要はないし、邪魔をしてほしくない。その結果,これらインスリン以外のホルモンは、インスリン濃度が低い場合にのみ脂肪組織から脂肪を放出する(これらのホルモンはHSLを刺激することにより中性脂肪を分解するが,HSLはインスリンに対する感受性が非常に高い
    ため,その他のホルモンはインスリンの作用を上回ることができない)。
  • 例外はコルチゾールである。これは、私たちがストレスや不安を感じているときに分泌されるホルモンである。実は、コルチゾールは脂肪組織に脂肪を蓄積させる作用および脂肪組織から脂肪を取り出す作用をもつ。それはインスリンと同様にLPLを刺激し、次章で述べる「インスリン抵抗性」という状態を引き起こしたり、悪化させたりすることにより脂肪を蓄積させる。インスリンに耐性をもつようになると,からだはもっとインスリンを分泌し、もっと脂肪を溜めるようになる。
  • このように、コルチゾールはLPLを介して直接的あるいはインスリンを介して間接的に脂肪を蓄積するように作用する。一方で他のホルモンと同様に,おもにHSLを刺激することで、脂肪を脂肪細胞から放出するようにも作用する。したがって、インスリン濃度が高いときコルチゾールはより太らせる方向へ,インスリン濃度が低いときには,その他のすべてのホルモンと同じようにやせさせる方向へと働くのである。ストレスや不安を感じているときやうつ状態のときにたくさん食べて太る人たちがいることやその逆になる人たちがいることは、これによって説明がつくかもしれない。
  • 結論は40年以上知られてきたが,ほとんど無視されてきた。私たちがもっとやせたい(脂肪組織から脂肪を取り出して燃やしたい)と思ったときに絶対にしなければならないことは,インスリン濃度を下げることとインスリン分泌量を減らすことである。ヤロウとバーソンは1965年に,脂肪を脂肪組織から解放し、それをエネルギーとして燃やすことには「インスリン不足の負の刺激のみが必要である」と書いた。もしインスリン濃度を十分に下げることができれば(インスリン不足の負の刺激),脂肪を燃やすことができる。もし下げることができなければ、脂肪は燃やされないであろう。インスリンが分泌されているときや血液中のインスリン濃度が異常に上昇しているときには、脂肪は脂肪組織に蓄積するだろう。このことは科学が私たちに示している。

その関連

  • 脂肪の貯蔵と燃焼の24時間の循環については前述したが,私たちは食事を消化しているときに脂肪を獲得し(炭水化物がインスリンに与える影響のため)、次の食事までの数時間や夜間眠っている間にそれを失う。理論上、蓄積の段階で得られた脂肪は、燃焼の段階で減らす脂肪とつり合いがとれる。私たちが日中に溜める脂肪は夜間に燃やされるが、この循環を制御しているのはインスリンである。前述の通り、インスリン濃度が上昇すると脂肪は蓄積される。インスリン濃度が下がると,脂肪は燃料として動員され、使用される。これは通常必要とされる以上のインスリンを分泌させるものや,高いインスリン濃度を必要以上に長く保つものは、すべて脂肪を蓄積する時間を延ばし、燃焼する時間を短くする。その結果起きる不均衡(脂肪がより多く蓄えられ、より燃やされる量が減る)が1日20カロリーというごくわずかの差になる可能性もあり,このことは私たちを20年以内に肥満へと導
    く可能性がある。
  • 脂肪を燃やす時間よりも脂肪を貯蔵する時間を延ばすことにより,インスリンは間接的に別の影響をもたらす。食後数時間は血糖値が食事をする前の値へと低下するとともに,からだは燃料として脂肪酸を使用することを思い出してほしい。しかし、インスリンは脂肪細胞からの脂肪酸の流出を抑制するため、他の細胞に対しては炭水化物を燃やすように指示する。したがって血糖が正常値に戻るにつれて、からだは代わりの燃料の供給を必要とするようになる。
  • インスリン濃度が上昇したままでは脂肪を利用できない。通常ならば、細胞は必要に応じて蛋白質を燃料として使用できるが,インスリン濃度が高い状態ではそれも利用できない。なぜならインスリンには蛋白質を筋肉にしまっておく作用もあるためである。さらに,肝臓と筋肉組織に貯蔵した炭水化物も使うことができない。なぜならインスリンはそれらの供給にも鍵をかける作用があるからである。
  • その結果,細胞は燃料不足に陥ったことに気付き,そして私たちは文字通り細胞の空腹を感じる。そして,私たちは通常よりも早めに食べたり,いつもよりも多く食べたりする。前述した通り、私たちを肥満にするものは何でも,その過程で私たちを過食にさせるが,これはインスリンによって引き起こされる。
  • このようにインスリンが作用する間は脂肪が増えていくため,からだはどんどんと大きくなり,その結果,燃料の要求も増えていく。また,太るにしたがって脂肪を支えるために筋肉も増える(インスリンのおかげもあって、摂取された蛋白質は、それが何であれ筋肉細胞や臓器の修復、必要であれば筋肉を増やすため使われることなる)。つまり、私たちが太るとエネルギー要求が増え,そのために食欲(特にインスリン濃度が高い場合,炭水化物は細胞が燃料として燃やす唯一の栄養分になるため,炭水化物に対する食欲)も同様に増加する。これは悪循環であり、まさに避けたいものである。太りやすい傾向にあるとき,私たちは肥満の原因となる炭水化物の多い食物を切望するようになるだろう。

 

なぜ私が太り,あなたは太らないのか(逆もしかり)

  • インスリンが人々を太らせるのであれば,それはなぜ一部の人だけを太らせるのだろうか? 私たちは皆インスリンを分泌するが,多くの人はやせているし、彼らは一生やせたままだろう。これは性質(nature, 遺伝的素質)の問題で,この性質の引き金を引くのは養育(nurture) や食事あるいは生活様式といったものではない。
  • その答えはホルモンが孤立している状態で働かないという事実にあり、インスリンも例外ではない。特定の組織または細胞に対するホルモンの影響は,細胞内および細胞外の多数の因子(たとえばLPLやHSLなどの酵素)に依存している。これにより,ホルモンの効果は細胞から細胞,組織から組織,そして発達や人生の各段階においてさえも異なるようになる。この状況におけるインスリンに対する1つの考え方は、インスリンがからだのなかでどのように燃料を分配するかを決めるホルモンであると見なすことである。食後,インスリンとそれが影響を与える各種の酵素(たとえばLPL)は,異なる栄養分がどのくらいの割合で、どの組織に送られるか,どの程度燃やされるか,どの程度貯蔵されるか,そしてこれが必要性と時間によりどのように変わるかを決定する。私は燃料がエネルギーとして利用されるか、貯蔵されるかに関心があるので、インスリンとこれらの酵素が,燃料分配計の上でどちらに針を向けるか決めると想像してほしい。それは車の燃料計のようでもあり,右側の「F」が「full」(満タン)ではなく「fat」(脂肪)を表し、左側の「E」が「empty」(空)ではなくて「energy」(エネルギー)を表すと想像してほしい。
  • 針が右側(「F」の方向)を指すと,それはインスリンが摂取されたカロリーのうちわずかな分しか筋肉で利用しない代わりに,脂肪の蓄積にまわしていることを意味する。この場合,あなたは太る傾向にある。つまり,身体活動に使えるエネルギーが減るため,座りがちな生活になるかもしれない。針がさらに「F」の方向を指すようになるほど,カロリーがもっと蓄積され,さらに肥満が助長される。もちろん,座りがちな生活を避けるためには、脂肪の蓄積により失われたカロリーを補うためにもっと食べなければならない。燃料分配計の最右端の世界に住んでいるのは病的に肥満の人たちである。
  • 針が反対方向(「E」の方向)を指すことは、摂取されたカロリーの不相応な量を燃料として使用していることを意味する。身体活動のためのエネルギーがたくさんあり,脂肪としてはほとんど蓄積されない。このような人はやせていて、活動的で、適度に食べるだろう。さらにEの方向へ傾くと、より多くの身体活動のためのエネルギーが存在し,脂肪の蓄積はもっと減り、よりやせるだろう。やつれて見えるマラソンランナーたちはこの辺りで見かけられる。彼らのからだはカロリーを燃やし(カロリーを溜めない)、そして彼らには燃やすカロリーがたくさんある。第二次世界大戦前の代謝に関する研究者たちが「身体的に活動的であろうとする非常に強力な衝動」と呼んでいたであろうものを、マラソンランナーたちはもっている。では、針が指す方向を決めているものは何であろうか? その答えはインスリンの分泌量といった、ごく単純なものではないだろうが,おそらくその一部には関与しているだろう。同量の炭水化物を含む同じ食事を与えられても,他の人たちよりもインスリンを多く分泌する人たちは脂肪を溜め,身体活動に使うエネルギーはあまり存在しない可能性が高い。彼らのからだは血糖値を制御するために働く。これは高血糖はからだに毒であるためで,必要とあれば脂肪細胞に脂肪を無理して詰め込むこともいとわない。
  • もう1つの重要な因子は細胞がインスリンに対してどの程度の感度を示し,そして分泌されるインスリンに対して細胞がどれくらいで反応しなくなるか(「インスリン抵抗性」と呼ばれる特性)ということである。インスリンに対して抵抗性があるという考え方は,私たちが太る理由と肥満に関連する多くの病気について理解するためには非常に重要である。この問題にはたびたび立ち戻るつもりである。インスリンを分泌すればするほど,細胞と組織はインスリンに対する抵抗性が強くなる可能性がある。それは同じ量のブドウ糖の負荷があっても,血糖値を正常に保つためにより多くのインスリンが必要になることを意味する。これに関する1つの考え方は,細胞がすでに存在する以上のブドウ糖を必要としないと判断し(過剰なブドウ糖は細胞にとって毒である), インスリンによって血液中から細胞内にブドウ糖を取り込ませる働きを抑えるのである。
  • 問題(見方によっては解決法)は、膵臓がより多くのインスリンを分泌して,これに対応することである。その結果は悪循環である。たとえば、簡単に消化される炭水化物に反応して大量のインスリンが分泌されると,少なくとも短期的に,細胞(特に筋肉細胞)はインスリンの効果に対して抵抗する可能性が高い。なぜなら,筋肉細胞にはすでに十分なブドウ糖があるからである。もし、細胞がインスリンに対する抵抗性をもつと、血糖値を正常に保つためにはより多くのインスリンが必要になり、その結果、さらに多くのインスリンが分泌され、インスリンに対する抵抗性をもっと高める。そして、脂肪細胞がインスリンに対する抵抗性をもたない限り,インスリンは脂肪組織を太らせる(カロリーを脂肪として貯蔵する)ように作用する。これは、より多くのインスリンを分泌することが燃料分配計の針を貯蔵(F)の方向へと動かすことを意味する。しかし,健康的な量のインスリンが分泌されているにもかかわらず,筋肉細胞が比較的すぐにインスリンに抵抗性を示すようになる場合にも,同じことが起こるだろう。このインスリン抵抗性に反応してもっと多くのインスリンが分泌され、さらに太ることになるのだ。
  • 3番目の因子は,脂肪細胞,筋肉細胞,肝細胞がインスリンに対して違う反応を示すことである。それぞれの細胞が,インスリンに対する抵抗性を同時的に同程度に,あるいは同じように示すことはない。程度の差はあるが,インスリンに対して他の細胞よりも感受性の高い細胞があり,これは同じ量のインスリンであっても、組織によってその影響の度合いが異なることを意味する。また,これらの組織がインスリンに対してどのように反応するかは、個人により異なるし、たとえ同一人物でも時間の経過とともに異なることだろう。
  • ある組織のインスリンに対する感受性が高ければ、インスリンが分泌されたとき、その組織はより多くのブドウ糖を取り込むだろう。それが筋肉の場合,より多くのブドウ糖がグリコーゲンとして貯蔵され,多くが燃料として燃やされることだろう。一方で、脂肪組織の場合にはより多くの脂肪が貯蔵され、燃料の放出はより少なくなる。もし,筋肉細胞がインスリンに対して非常に高い感受性を示し,脂肪細胞は低い場合,燃料分配計の針は燃料を燃焼させる方向を指すだろう。筋肉は摂取された炭水化物からより多くの割合のブドウ糖を取り込み、それをエネルギーとして使う。その結果、あなたはやせて、身体的により活発になるだろう。もし筋肉のインスリン感受性が脂肪細胞に比べて相対的に低い場合,脂肪組織は摂取さ
    れたカロリーをより多くの割合で蓄積するだろう。その結果,あなたは太り、座りがちになる。
  • ここで事態は複雑になる。インスリンの変化に対し,組織がどのように反応するかは時間とともに変わる(後述するように、食事によっても変わる)。年をとるとともにインスリン抵抗性は高くなるが,これはまず筋肉組織に起こり,その後,脂肪組織に見られるようになる。一般的なルールとして、インスリン感受性は、脂肪細胞では筋肉細胞よりも常に高い状態が続く。そのため、たとえ若いときにはやせていて、活動的で,燃料分配計の針が燃料燃焼の方向を指していても、年をとるに従って,筋肉細胞はインスリン抵抗性を示す可能性が高い。それに伴い,からだはもっと多くのインスリンを分泌して対応するだろう。
  • このことは、年をとるにつれて燃料分配計の針が右に動く(もっともっとカロリーが脂肪へと向けられ,からだの残りの部分への燃料はどんどん減る)ことを意味する。中年になるとやせたままでいることが、いよいよ難しくなってくることに気付くだろう。また、このインスリン抵抗性とそれに関連して起こる高インスリン血症に伴う他の代謝障害,つまり血圧の上昇,中性脂肪の増加,HDL(通称,善玉コレステロール)の低下,血糖の調節が困難な耐糖能異常などを示すようになる。そして、エネルギーの脂肪組織への流入の副作用として、あなたはますます動かなくなるだろう。
  • つまり、世間一般の見解である「中年になると肥満になるのは,私たちの代謝が低くなるからである」という説は、おそらくその原因と結果が逆になっている。筋肉がインスリン抵抗性をだんだんと強め、これが摂取されたエネルギーを脂肪へとより多く分配し、筋肉や臓器の細胞が燃料として使用するエネルギーが減るという可能性が高い。私たちが「代謝が落ちる」というのは,これらの細胞で使用されるエネルギーが減少することを意味しているのだ。私たちの「代謝率」は低下する。もう一度くり返すが,太る原因のように見えるもの(代謝の低下)は、実は結果である。代謝が低下するから太るわけではない。太るから代謝が低下するのである。
  • この問題の食物 (nurture)に関する側面,つまり事態を悪化させる食物,そして、なくても生きていける食物について話す前に、取りあげるべき性質(nature)に関する問題がもう1つある。それは、わずか20~30年前と比べて,今日,子どもたちが太っているのはなぜか? また, 子どもたちが太って生まれてきているようなのはなぜか? これは,世界各国の研究で、最近明らかになった肥満の流行の1つの側面である。今日,かつてないほど多くの子どもたちが肥満であるのみならず、大部分の研究において子どもたちは生後6か月の時点で、以前に比べて著しく太っていると報告されており,この現象は子どもたちの行動とは明らかに何の関係もない。太っている子どもたちは肥満の両親から生まれる傾向があるが,その理由の一部は、インスリン分泌やインスリンに反応するさまざまな酵素,さらにどのようにして、いつインスリンに抵抗性を示すようになるかを,遺伝子が制御しているためである。しかし心配の種となるもう1つの因子もある。子宮内の胎児は栄養分を母親の血液中の栄養分の量に比例して(胎盤と臍帯を通して)受け取る。これは母親の血糖値が高いほど,子宮内で胎児が受け取るブドウ糖の量が多いことを意味する。
  • 胎児は、膵臓を発育させインスリン分泌細胞を増やすことにより,より多くのブドウ糖に対応するようになるらしい。したがって、妊娠中の母親の血糖値が高いほど,胎児ではより多くのインスリン分泌細胞が発達し,出産が近づくにつれてもっと多くのインスリンを分泌するだろう。近年,新生児はより多くの脂肪をつけて生まれ、インスリンを過剰に分泌する傾向があり,成長するにつれてインスリン抵抗性になるだろうと考えられる。また、その新生児は年をとるとともに肥満になる傾向があるだろう。動物実験においては,この傾向は動物がヒトでいう中年に達したときにのみ認められる。この結果がヒトにあてはまるとすれば、たとえ若いときにはこの傾向をほとんど示さないとしても,中年になると肥満になることが、子
    宮のなかにいる段階でプログラムされていることになる。肥満の母親,糖尿病の母親,妊娠中に体重が過剰に増える母親,そして妊娠中に糖尿病になる母親(「妊娠性糖尿病」として知られる状態)が皆,より大きく,より太っている子どもを生む理由はほぼ間違いなくこれである。これらの女性はインスリン抵抗性を示し,血糖値が高い傾向にある。
  • しかし,肥満の母親が肥満の子どもを生み,肥満の子どもが肥満の母親になるとすると,それはどこで止まるのだろうか? このことは、肥満の流行が始まり,私たちがみな肥満になり始めたことにより,もっともっと多くの子どもたちを生後数か月の段階から太るようにプログラムし始めたことを意味する。実際,この特殊な悪循環が肥満の流行の1つの原因であるとしても驚くことではないだろう。このように、私たちが肥満になったときには,自分たちの健康以上に考えるべきことがある。私たちの子どもたちも、そしてその子どもたちも、その代償を払うことになるかもしれない。そして、後に続く世代は、その問題を元に戻すことをはるかに難しく感じるかもしれない。

 

私たちにできること

  • 太りやすい体質をもって生まれるかどうかは、あなたにはコントロールできない。しかし「肥満症入門」が示していることは,私たちが食べる炭水化物(炭水化物の量と質)は太りやすい体質を助長していることである。前述したように,インスリンの分泌を最終的に決めるのは炭水化物であり,体脂肪の蓄積を促すのはインスリンである。炭水化物を食べたからといって私たち全員が太るわけではないが,太る人にとってその原因は炭水化物である。炭水化物の摂取量を減らすほど,私たちはやせるだろう。ここではタバコと比較してみよう。すべての長期喫煙者が肺がんになるわけではない。男性6人あたりたった1人,女性では9人あたり1人が肺がんになる。しかし,肺がんになる人たちにとって、タバコの煙は最も一般的な原因である。かつてそうであったように,タバコのない世界では肺がんはまれな疾患だろう。そして、炭水化物を多く含む食事がない世界であれば、同じように肥満はまれな状態だろう。
  • 炭水化物を含むすべての食物が同じように肥満の原因となるわけではない。これは重要な点である。最も太りやすい食物は血糖値とインスリン濃度に最も大きな影響を与える食物である。これらは濃縮された炭水化物,特にすばやく消化されるもので、精製された小麦粉からつくられた製品(パン, シリアル, パスタ)、液体の炭水化物(ビール,フルーツジュース,ソーダ)およびデンプン(ジャガイモ,米, トウモロコシ)である。これらの食物はすばやく血液中にブドウ糖を氾濫させるため、血糖値が急上昇し、インスリン濃度が急上昇する。その結果,私たちは太る。驚くことではないが,過去200年近く,これらの食物は特に肥満の原因になると考えられてきた(後述)。
  • ほとんど例外なく,これらの食物は入手可能なもののうち最も安価なカロリー源でもある。これは、貧困な人ほど肥満になる可能性が高い理由をはっきりと説明している。なぜか? 最初に述べたように,今日の米国や欧州諸国と肩を並べるほどの肥満と糖尿病発症率を示すきわめて貧しい集団を見つけることは,過去から現在まできわめて容易なことだからである。これが1960~1970年代に,これらの集団の治療をした医師たちによってなされた説明であり,今や,それが科学によって裏付けられることは明らかである。
  • 英国からジャマイカに移り住んだ糖尿病専門家のロルフ・リチャーズは、1974年に「第三世界の大部分では、炭水化物の摂取量が多い」と書いた。また,「動物性蛋白質よりもむしろデンプン(スターチ)を入手しやすいことが,当然のようにこれらの集団のカロリー摂取量増加に貢献し、脂肪の産生と肥満の発症につながる」とも述べた。これらの集団の人たちは、食べすぎやあまり動かないことにより肥満になるのでなく、彼らが依存している食物(彼らの食事の大部分を構成するデンプンと精製された穀物)が彼らを太らせるのである。
  • その一方,ホウレンソウやキャベツ類などの緑色の葉野菜に含まれる炭水化物は、消化しにくい繊維と固く結びついているため、消化されて血液中に取り込まれるまでには,はるかに長い時間がかかる。また,これらの野菜は水分を多く含むため,その重量の割には消化されるデンプンの量がジャガイモなどに比べて少ない。ジャガイモなどと同じ量の炭水化物を摂るには、はるかに多くの量を食べなければならず,その炭水化物を消化するには時間がかかる。したがって,これらの野菜を食べても血糖値は比較的低く保たれるため,インスリン反応はごくわずかで太りにくい。しかし,なかには食事中の炭水化物に非常に敏感で,これらの緑色野菜でさえも問題となる人たちがいるかもしれない。
  • 果物に含まれる炭水化物は比較的消化が容易であるが、水分が多く希釈されているため,デンプンに含まれる炭水化物ほど濃縮されていない。同じ重量のリンゴとジャガイモを摂取した場合,血糖への影響はジャガイモのほうがかなり高く, これはジャガイモのほうが,より太りやすいことを示唆する。しかしそれは果物によって太る人がいないことを意味するのではない。

 

 

  • 肥満症入門の観点から見て,果物がやっかいである理由は、果糖という一種の糖を含んでいるため甘く、これは炭水化物と同様に太るもとであることだ。栄養学者や公衆衛生の専門家たちが肥満の流行を阻止しようと必死になるにつれて、彼らは緑色野菜と一緒に果物をたくさん食べるように執拗に勧めるようになった。果物は食べる前に加工する必要がないし,脂肪とコレステロールを含まず、ビタミン (特にビタミンC)と抗酸化物質を含むため、論理的にはからだによいに違いないだろう。しかし、太りやす.い体質なのであれば果物の大部分は肥満を改善するどころか、悪化させることはほぼ間違いない。
  • 私たちにとって最悪の食物は、ほぼ間違いなく糖〔特に,スクロース(白糖)と高果糖コーンシロップ)である。最近、公衆衛生の専門家とメディアは、高果糖コーンシロップが肥満流行の原因であるとして攻撃し始めた。高果糖コーンシロップは1978年に導入され,1980年代中ごろまでに米国内の清涼飲料の大部分に含まれる糖に取って代わった。米国人は果糖が糖の一種であることを認識していなかったため,糖(米国農務省は「ノンカロリー甘味料」と区別して「カロリー甘味料」と呼んでいる)の総消費量は,年間1人120ポンド(約54kg)から150ポンド(約68kg) へとまたたく間に増加した。しかし果糖は糖である。事実上,砂糖と果糖はまったく同じであるため,これら両方を糖と呼ぶ。白糖,つまりコーヒーに入れたり、シリアルに振りかけたりする白い顆粒状のものにはブドウ糖と果糖が半々に含まれる。一般的に,私たちがジュース,炭酸飲料,フルーツヨーグルトから摂取する高果糖コーンシロップは、55%が果糖(食品産業でHFCS-55という名称で知られているのはそのため), 42%がブドウ糖,3%がその他の炭水化物である。
  • 果物を甘くするのと同様に,これらの甘味料を甘くしているのは果糖である。そして,私たちを極度の肥満にしている原因はこの果糖であり,したがって甘味料は健康にとても悪いと考えられる。米国心臓病協会(AHA) やその他の専門家は,最近(遅くても何もしないよりはまし),果糖,すなわち砂糖と高果糖コーンシロップを肥満の原因、またおそらく心臓病の原因でさえもあるとし,標的にするようになった。しかし,彼らの主張のおもな根拠は、これらの甘味料は「空っぽのカロリー」,つまりビタミンミネラル, 抗酸化物質を含んでいない点である。しかしこれは的外れである。実際に果糖は健康に悪影響(肥満を含む)を及ぼし,このことはビタミンや抗酸化物質を含んでいないこととはほとんど関係がなく,一方でからだが果糖をどのように処理するかという点と非常に大きな関係がある。果糖とブドウ糖が半々に含まれるという糖の組み合わせは、私たちを肥満にするのに特に効果的かもしれない。
  • 私たちがデンプンに含まれる炭水化物を消化すると,それらは最終的にブドウ糖として血液中に入る。血糖は増加し,インスリンが分泌され,カロリーは脂肪として貯蔵される。砂糖や高果糖コーンシロップが消化されると、ブドウ糖の多くは最終的に血液中に入り血糖値を上げる。しかし,果糖はほとんど例外なく肝臓において酵素によって代謝される。したがって果糖は血糖値やインスリン濃度に対してすぐに影響を与えることはないが,キーワードは「すぐに」であって,長期的には多くの影響がある。
  • ヒトのからだ,なかでも肝臓は,現代の食事から摂取される量の果糖を処理できるようには進化してこなかった。果糖は果物のなかに比較的少量(たとえば,ブルーベリー1カップに30カロリー分) 存在する(しかし,後述するように、果糖の含有量を増やすように何世代も品種改良された果物もある)。ペプシやコカコーラの355mL缶には80カロリー分の果糖が含まれる。リンゴジュース355mLには85カロリー分の果糖が含まれる。肝臓はこの膨大な量の果糖に対して,その多くを脂肪に変え,それを脂肪組織に送り出して対応する。これが,生化学者たちが40年前にあっても果糖を最も「脂肪を生成」する炭水化物(最もすみやかに脂肪に変わる糖)と呼んだ理由である。一方、果糖と一緒に摂取されるブドウ糖は血糖値を上げ、インスリンの分泌を刺激し、脂肪細胞をどこから来た脂肪であろうとすべて(肝臓内で果糖からつくられた脂肪も含む)貯蔵する状態にする。これらの糖を摂取すればするほど、またそれらが食事に含まれている期間が長ければ長いほど、からだは糖を脂肪に変換することに適応していくと考えられる。英国人の生化学者で果糖の専門家のピーター・マイヤーズ(Peter Myers)がいうように,私たちの「果糖代謝の様式」は時間とともに変化する。これは脂肪を直接肝臓に蓄積する(脂肪肝として知られる状
    態)原因となるだけではなく、肝細胞のインスリン抵抗性によって引き起こされる一種の連鎖反応により、筋肉組織がインスリン抵抗性を示す原因にもなると考えられる。
  • そのため、果糖が血糖値とインスリン濃度に対してすぐに影響を与えないとしても、時間とともに(おそらく数年)インスリン抵抗性の予測される原因となり、脂肪として蓄積されるカロリーが増加することの原因にもなる。燃料分配計の針が最初はそうではなかったとしても,やがて脂肪蓄積の方向を指すようになるだろう。
  • もし,これらの糖をまったく食べなかったとすれば,たとえ食事の大半がデンプン質の炭水化物と小麦粉であったとしても,肥満や糖尿病にならない可能性は十分にある。世界で最も貧しい集団で炭水化物の多い食事を摂っていても,肥満や糖尿病にならない集団がある理由はこれにより説明されるが,その一方でそんなに幸運ではない集団もある。日本人や中国人のように肥満や糖尿病にならない(少なくともならなかった)集団は、昔からほとんど糖を摂取していなかった。あなたが太り始めたとき,それを停止させ状況を反転させたいのであれば、まずこれらの糖を除くべきである。
  • アルコールは特別な例である。アルコールはその大部分が肝臓で代謝される。たとえば、ウオッカひと口のカロリーの約80%が直接肝臓に行き、少量のエネルギーと大量の「クエン酸塩」と呼ばれる分子になる。そして、そのクエン酸塩はブドウ糖から脂肪酸をつくる過程を促進させる。そのためアルコールは肝臓内の脂肪産生量を増やし,これがおそらくアルコール性脂肪肝症候群の発症機序であろう。アルコールは別の場所も太らせるかもしれないが,これらの脂肪を脂肪として貯蔵するか燃やすかは、アルコールと一緒に炭水化物を食べるか,飲むかにより支配される。通常,私たちはアルコールと一緒に炭水化物を摂取する。たとえば,一般的なビールのカロリーは、その3分の2がアルコールそのものであるのに対し,約3分の1は麦芽糖(精製炭水化物)に由来する。ビール腹はその顕著な結果なのである。

 

不公平が生む悪循環

  • 肥満症入門のメッセージはきわめて単純である。あなたが太りやすい体質で,健康を損なうことなく,できるだけやせていたいのであれば,炭水化物を制限し,血糖値とインスリン濃度を低く保たねばならない。注意するべき点は,カロリーを減らして脂肪を減らすのではないことである。太らせる食物(炭水化物)を削ることで、脂肪を減らすのである。もし体重を希望の数値まで落とした後に,これらの食物を食事に戻せば,再び肥満になるだろう。一部の人だけが炭水化物によって肥満になるということは(ちょうど一部の人だけがタバコを吸って肺がんになるのと同じように),もしあなたがそのうちの1人であって脂肪を減らしたり,脂肪を減らしたままにしたりしたいのであれば、これらの食物を避けることでしか実現できない。
  • ここで関係する不公平はこれだけではない。それは最悪のものでさえもない。イントロダクションで述べたように,この肥満の解決には、犠牲を払わずに減量する方法やそれを維持することはできない。これまでのメッセージは,炭水化物が私たちを太らせ,太ったままにしておくということである。しかも、私たちを太らせる原因となる食物は,私たちが大好きで、それなしでは生きられないというぐらい食物のリストの最上位に位置するだろう。ここにはベーグル, パン, ポテト, スイーツ,そしてビールが含まれる。
  • これは偶然の一致ではない。動物実験からは、動物たちが優先的に、おそらく過剰に摂取する食物は,細胞に最も速くエネルギーを供給するもの(簡単に消化される炭水化物)であることが明らかになっている。
  • そして、もう1つの要因は私たちがどのくらい空腹であるかであり、これは最後の食事からどの程度時間が経過したか,その間にどの程度のエネルギーを消費したかを示している。食間が長いほど,そしてより多くの工ネルギーを消費するほど,私たちはより空腹になるだろう。そして空腹であればあるほど食物をよりおいしく感じるだろう。あー, とてもおいしとよくいわれるが、それに理由がないわけではない」と、1世紀以上前に書いた。
  • 食前であっても,インスリンには空腹感を増す作用がある。食べること(特に炭水化物の多い食物と甘いものを食べること)について考えるだけでインスリンは分泌され始めるが,このインスリン分泌が食物をひと噛みして数秒以内に増加することを覚えているだろうか?それは消化が始まる前,ブドウ糖が血液に取り込まれる前に起こる。インスリンには血液中にある他の栄養分(特に脂肪酸)を蓄え,もうすぐやって来る大量のブドウ糖に備えてからだを準備する働きがある。そのため私たちの空腹感は単に食べることを考えるだけで強くなり,そして最初の何口かを食べることで、さらに強くなる(フランスには「食べるほどに食欲が出る」ということわざがある)。
  • フランスの科学者ジャック・ル・マグナン (Jacques Le Magnen)がいったように,食事が続くにつれて,この「空腹の代謝的背景」は弱まり,食欲は満たされるが,それと同時に食事への嗜好性,つまりどれだけおいしく感じるかという感覚も弱まる。インスリンは脳内で食欲と食事行動を抑制するように働いている。結果として,最初の何口かは,最後の何口かよりも、常に、おいしく感じられるだろう(「最後のひと口までおいしい」という文句が,特に味がよく楽しめる食品やそうした経験を描写するために使われたのはこのためである)。これが,私たちの多く(やせていようと,
    太っていようと)がパスタやベーグル,その他の炭水化物に富んだ食物を「好きになる理由として,もっともらしい生理学的な説明である。それらの食物を食べることを考えるだけで,インスリンは分泌される。インスリンは栄養を血液循環から一時的に取り除いて貯蔵することで私たちを空腹にし,その結果,最初のひと噛みがよりおいしく感じられるようにする。血糖とインスリンの反応が大きい食物ほど,私たちはそれを好み,よりおいしいと感じるのである。
  • この「血糖値とインスリンによるおいしさ」の反応は,太っている人や太りやすい体質の人たちでは、ほぼ間違いなく増大されている。そして、彼らが太るにつれて,インスリンはより効果的に脂肪を脂肪組織に,蛋白質を筋肉に溜め込み,それらを燃料として使えなくするため,彼らはますます炭水化物の多い食物を食べたくなる。
  • いずれ起こることだが、いったんインスリン抵抗性になると、より多くのインスリンが静脈のなかを1日のほとんどの時間流れるようになるだろう。その結果,燃やすことのできる燃料が炭水化物由来のブドウ糖のみであるという状態が、1日のなかでより長くなるだろう。インスリン蛋白質,脂肪,グリコーゲン(炭水化物の貯蔵型)までも,後のために安全にしまい込む働きをしていることを覚えているだろうか? インスリンは、細胞に対して燃やすべき過剰なブドウ糖があることを示しているが,実際にはブドウ糖はない。そのため、私たちはブドウ糖を渇望する。たとえ脂肪と蛋白質(たとえば、パンなしのハンバーガーやチーズの厚切り)を食べたとしても,インスリンはからだがそれらを燃料として燃やすかわりに,これらの栄養を貯蔵するように働くだろう。それに,少なくとも炭水化物をたっぷり含むパンが一緒でなければ,あなたがこれを食べたいと思うことはほとんどないだろう。なぜなら,その時点において,からだは脂肪や蛋白質を燃料として燃やすことがほとんどできないからである。
  • 甘いものは特別な例であるが,これは甘党の人たち(あるいは子どもを育てた経験のある人たち)にとっては驚くことではないだろう。まず,肝臓内における果糖の独特の代謝は、ブドウ糖インスリン刺激効果と合わせて、太りやすい体質の人たちに甘いものへの渇望を起こさせるのに十分かもしれない。さらに脳に対する影響もある。プリンストン大学のパートリー・ヘーベル(Bartley Hoebel)の研究によると、砂糖を摂取するとコカイン, アルコール、ニコチン,その他の常習性のある物質が標的とするのと同じ脳の部位(「報酬中枢」として知られている)の反応を引き起こす。すべての食物にはこれと同じ効果がある程度あり,これは報酬中枢系統がこのような行動,つまり種に利益をもたらす行動(食べることや繁殖行為)を強めるために進化したためと考えられる。しかし,砂糖はコカインやニコチンと同じように,その信号を不自然なまでに脳へ送っているようである。動物実験の結果を信用するのであれば,砂糖と高果糖コーンシロップは薬物と同じような常習性があり,それはほぼ同じ生化学的な理由によるものである。
  • さて、それは悪循環としてどのようなものか? 私たちを太らせる食物は、私たちが太りやすい食物をほしがるように仕向ける(くり返しになるが,これは喫煙と変わらない。肺がんを起こすタバコもまた,私たちに肺がんの原因になるタバコを渇望させる)。それらの食物が私たちを肥満にしやすいほど,それらを食べるときにあなたが肥満になりやすいほど渇望は大きくなる。その循環を断ち切ることは可能であるが,こうした渇望と闘う必要があり(ちょうどアルコール中毒者たちが禁酒し,喫煙者たちが禁煙するように)、継続的な努力と注意なしには断ち切ることができない
    のだ。

 

  • 定期的な運動を行うことによって余分な体重を減らしたと断言する人たちにも,同じことがいえる可能性が高い。週5回のランニングや水泳,エアロビクスを始めたにもかかわらず,食物には何の変更も加えないという人たちはまれである。むしろ, ビールや炭酸飲料の摂取を減らし,甘い物を控え,おそらくデンプンを緑色野菜に置き換えようとさえ考えるだろう。例によって、カロリー制限を用いた食事療法が失敗するとき(運動プログラムについても同じことがいえる),その理由は肥満の原因とはならない食物を制限するからである。こうした食事療法はインスリンと脂肪蓄積に対して長期的な影響はないが,エネルギーや細胞や組織を修復するために必要となる脂肪と蛋白質を制限してしまう。こうした方法は脂肪組織を確実に標的にするのではなく,からだ全体の栄養とエネルギーを枯渇させてしまったり,半枯渇状態にしてしまったりする。食事療法を行っている本人が半飢餓状態を我慢できる限り,減らした体重は維持できるが,その間にも筋肉細胞が修復と機能維持のために蛋白質を得ようとするのと同じように,脂肪細胞は失った脂肪を取り戻すために働き、食事療法を行っている人が消費する総エネルギー量はそれを補うために減少するだろう。
  • 肥満症入門が最終的に示唆することは,減量は食事に含まれる太らせる原因となる炭水化物を取り除けば成功することである。炭水化物を取り除かなければ失敗する。本質的に脂肪組織を調節し,過剰に蓄積したカロリーを放出させることである。この目的のためにならないような変更を行っても(特に摂取する脂肪と蛋白質を減らすこと),別のかたち(エネルギーや筋肉を修復するために必要な蛋白質)でからだを飢餓状態にし,その結果として起きる空腹が失敗へと導くだろう。

  • この2000年の分析が示したように,重要な点は,今日の典型的な西洋の食事における全摂取カロリーの60%以上を占める現代の食物 (穀類,乳製品,飲物,植物油とドレッシング,砂糖とキャンディーを含む)が,「典型的な採集・狩猟生活者が食事から摂取するカロリーにはまったく関与していなかった」ということである。容易に消化できるデンプン,精製された炭水化物(小麦粉と白米),砂糖が太る原因とされるもっともらしい理由は,私たちの遺伝子が炭水化物を食べるように,また今日ほどの量を食べるように進化しなかったことだろう。こうした食物を含まない食事がより健康的であることは一目瞭然のように思われる。蛋白質と脂肪を摂取するための肉,魚および鶏は,250万年の間,私たちの祖先にとって健康的であった食事の主成分である。
  • この進化に関する議論をひっくり返すと,現代の西洋化した社会で,伝統的な食事から,だんだんと私たちが日常的に食べるような食事をするようになった集団に行きあたる。公衆衛生の専門家たちは、これを「栄養の「移行」と呼び,それは例外なく病気の移行(今日,西洋の病気として知られている一連の慢性疾患の出現)も伴う。これらの疾患には肥満,糖尿病、心疾患、高血圧と脳卒中,がん, アルツハイマー病やその他の認知症,虫歯, 歯周病,虫垂炎,潰瘍,憩室病,胆石,痔核,静脈瘤,便秘症が含ま
    れる。これらの病気や健康状態は,西洋の食事を食べ、現代的な生活を送る社会において一般的であるが,そうでない社会においては,まったく存在しないとまではいかなくても、まれである。それらの伝統的な社会が,西洋的な食事と生活習慣を[貿易または移民(自発的または奴隷貿易のように強制的に)を通して]受け入れると,これらの疾患がほどなく出現するだろう。
  • この慢性疾患と現代の食事生活習慣との関連は,19世紀中ごろ,フランス人の医師スタニスラス・タンショウ (Stanislas Tanchou) が「がんは、精神異常と同様に,文明の進歩に伴い増加するように思われる」と指摘したときに初めて注目された。マイケル・ポランが指摘するように、それは、今や食事と健康に関する疑いの余地のない事実である。西洋の食事を摂れば西欧の疾患(特に肥満,糖尿病,心疾患,がん)に罹る。
  • これが,公衆衛生の専門家たちががんも含めたすべての疾患の原因は食事と生活習慣である(不運や悪い遺伝子の結果ではない)と信じる理由の1つである。
  • この例として、乳がんを考えてみてほしい。この疾患は日本では比較的まれで、米国の女性のような悩みの種でないことは確かである。しかし、日本人女性が米国に移住すると,彼女たちの子孫がその地域の他の民族集団と同じ乳がん発症率となるまでに、たったの2世代しかかからない。これにより米国の生活習慣や食事に関する何かが乳がんの原因になっていることがわかる。問題はそれが何かということである。

 

健康的な食事の本質

  • 炭水化物が私たちを太らせる原因であるからには,肥満を避ける最善かつ唯一の方法は炭水化物の多い食物を避けることである。このことは,すでに肥満の人やもう一度やせたい人が行うべき最善かつ唯一の方法であることを暗に示している。その論理は単純明快である。しかし、医師はこうした食事が有益である以上に害をもたらすと信じており,そうでないと信じることは困難である。
  • ここに1960年代からくり返されてきた,炭水化物制限食に対する3つのおもな反対論を示す。
  1.  炭水化物制限食は食べる量を減らすことや運動をすること,またはその両方を行わずに減量することを約束しているが,これは熱力学の法則と入るカロリー/出るカロリー説の最優先事項に反するため詐欺である
  2. 炭水化物制限食は1つの栄養素(炭水化物)のみを制限しているが,健康な食生活の第一法則はおもな食品群のすべてから偏りなく食べることであるため,この食事は栄養のバランスがとれていない
  3. 炭水化物制限食は高脂肪食でもあり,特に飽和脂肪を多く含むため、コレステロール値を上げて心臓病を引き起こすだろう
  • 太りやすい炭水化物を制限する食事においては,必須栄養素(ビタミン,ミネラル,アミノ酸を含む)が不足しているという論議は説得力がない。まず、この食事法で避ける食物は太りやすいものであり,葉物・緑色野菜やサラダではない。これだけでもビタミンやミネラル不足に対するいかなる表面的な懸念も取り去られるはずである。さらに,太りやすいため制限される炭水化物(デンプン,精製炭水化物,糖類)は、どのみち必須栄養素を事実上含んでいない。
  • たとえあなたが体重を減らすには摂取カロリーを減らす必要があると信じていても,太りやすいこれら炭水化物はまさにこの理由により減らすのには理想的な食物だろう。あなたが一般通念に沿って、総摂取カロリーをたとえば3分の1に減らすとすれば,すべての必須栄養素も3分の1に減ることになる。英国人の栄養学者ジョン・ユドキン (John Yudkin)が1960~1970年代に論議したように,砂糖,小麦粉,ジャガイモ,ビールを禁止し,肉,卵,葉物・緑色野菜の摂取を無制限に認める食事法は,すべての必須栄養素を残すことができるどころか、増やしさえするかもしれない。なぜなら,この食事法ではこれらの食物を多く食べることができるからである。
  • 動物性食品は飽和脂肪を含み,それは健康に悪影響を及ぼす可能性があると初めて論議された1960年代以来,栄養学者は肉には生命に必要なすべてのアミノ酸,すべての必須脂肪酸,13種類の必須ビタミンのうち12種類が驚くほどたくさん含まれていると指摘することを控えてきた“。それは事実である。特に肉は豊富なビタミンAとE,すべてのビタミンB群の源である。ビタミンB12とDは動物性食品にのみ含まれる(しかし、日光浴を定期的に行うことでも,十分なビタミンDを得ることができる)。
  • ビタミンCは動物性食品には比較的少ない唯一のビタミンである。しかし、ビタミンB群において見られるように,太りやすい炭水化物を多く摂るほど,これらのビタミンが必要となる。ビタミンBは細胞内でブドウ糖代謝するために使用されるため,炭水化物を多く摂るほど,(脂肪酸の代わりに)ブドウ糖を燃やし、食事からさらに多くのビタミンBを摂取する必要がある。
  • ビタミンCはブドウ糖と同じしくみを使って(必要とされる)細胞内に入るため、血糖値が高いほどブドウ糖が余計に細胞に入り,ビタミンCの吸収は少なくなる。インスリンもまた腎臓におけるビタミンCの吸収を抑制し,その結果,炭水化物を食べると,体内に保持して利用すべきビタミンCが尿と一緒に排泄される。もし食事に炭水化物が含まれなければ,必要とするすべてのビタミンCは動物性食品から得られる可能性が高い。
  • これは進化の観点から見ても理屈に合っている。なぜなら,赤道から離れ長い冬を経験する場所に住む集団は、数か月あるいは数年(たとえば氷河期)の間,猟によって手に入れた獲物以外は何も食べずにすごしていたからである。これを考えると,必要なビタミンCを得るためにオレンジジュースか新鮮な野菜を毎日食べる必要があるという考えは不合理のように思われる。これはまた、ほとんど炭水化物を食べ物も食べなかったであろう孤立した採集・狩猟生活者がそれでも繁栄した理由を説明することになるだろう。
  • 炭水化物は健康的な人間の食事に必要ではない。別のいい方をすれば,(炭水化物制限食の支持者がいったように)必須炭水化物といわれるようなものは存在しない。栄養学者は健康な食事には120~130gの炭水化物が必要だというだろうが、これは食事中の炭水化物が多い(1日あたり120~130g)場合に,脳と中枢神経系が燃料として燃やすものと,私たちが実際に食べなければならないものとを混同しているだけである。
  • 食事に炭水化物が含まれない場合,脳と中枢神経系は「ケトン体」と呼ばれる分子を燃料とする。これらは肝臓において、脂肪や炭水化物を摂取せずにインスリン値が低いときに脂肪細胞から動員される脂肪酸,さらにアミノ酸からも合成される。食事に炭水化物が含まれていない場合、ケトン体は脳が使うエネルギーの約4分の3を供給するだろう。炭水化物を厳しく制限した食事が「ケトン生成 (ketogenic)」食として知られている理由はこれである。残りの必要なエネルギーは、中性脂肪が分解されるときに遊離されるグリセリンや,蛋白質アミノ酸を使って肝臓で合成されるブドウ糖から得られるだろう。太りやすい炭水化物を含まない食事には多くの脂肪と蛋白質が含まれており,脳の燃料不足は起こらないだろう。
  • 脂肪を燃料として燃やしている(結局,私たちが脂肪を使って行いたいこと)ときはいつでも,肝臓もこの脂肪のいくばくかを使い, ケトンに変換し,それを脳がエネルギーとして使っているだろう。これは自然な作用である。これは私たちが食事を抜いたときに起こり,昼間に蓄積した脂肪を使ってからだが機能するもので(少なくともからだの脂肪を使って機能しているべき)、特に夕食や夜食と朝食の間の時間帯に顕著に起こる。夜がふけるにつれて、徐々に多くの脂肪を肝臓に動員しケトン合成を増やす。朝までに専門的に「ケトーシス」として知られる状態になり、脳はおもにケトンを燃料として使用している。これは,炭水化物を1日あたり約60g以
    下に制限した食事により起こることと違いはない。研究者たちはブドウ糖よりもケトン体を燃料としたほうが脳と中枢神経系がより効率的に機能することを報告している。
  • この軽度のケトーシスを,炭水化物を食べていない時代(人類の歴史の99.9%の期間)のヒトの代謝の正常な状態と定義することができる。こうした理由から、ほぼ間違いなくケトーシスは単なる正常な状態であるのみならず、健康的な状態でさえあるといえる。この結論を支持する1つのエビデンスは、1930年代から医師たちが手に負えない小児期てんかんを、ケトン生成食事法を使用して治療し,治癒までさせていることである。そして,最近,研究者たちは成人のてんかんも同様にケトンを生成する食事法で治療でき,そしてがんの治療と治癒すらも可能であるという考え(私が論議するように,あなたが思うほうど非常識ではない考え)を検証し始めた。

 

  • さて、私がここまで勧めてきたことを行うように指示した臨床試験(これまで食べていた太りやすい炭水化物を,脂肪や飽和脂肪が多い動物性食品と交換する試験)において,対象者たちに何が起きたかを見てみよう。
  • 過去10年間に,研究者たちは炭水化物が非常に少なく、脂肪と蛋白質が非常に多い食事(おもに1972年のベストセラー『アトキンス式 低炭水化物ダイエット(Dr. Atkins' Diet Revolution)」で, ロバート・アトキンス (Robert Atkins)医師により知られるようになったアトキンス式ダイエット]を,米国心臓病協会(AHA)や英国心臓財団(BHF)により推奨される低脂肪,低カロリー食と比較するかなり多くの試験を行ってきた。
  • これらの試験は高脂肪,高飽和脂肪の食事を摂ることが,体重および心臓病と糖尿病の両方に関する危険因子に与える影響について調べた,かつてない優れた研究である。その結果は驚くほど一貫していた。これらの試験では、被験者たちは食べたいだけの脂肪と蛋白質(食べたいだけの肉、魚,鶏)を食べ,炭水化物を避ける1日50~60g以下(200~240カロリー相当)]ように指導され,一方で,総カロリーを減らすのに加えて,特に脂肪と飽和脂肪を避けるように指導された対照と比較された。その結果,主として脂肪と蛋白質を食べた人たちには次のようなことが起きた。
  1. 少なくとも体重が大きく減少した
  2. HDLコレステロールは増加した
  3. 中性脂肪はかなり減少した
  4. 血圧は低下した
  5. コレステロールはほとんど変化しなかった
  6. LDLコレステロールはわずかに増加した
  7. 心臓発作に対する危険性はかなり低下した

 

結未

  • これはダイエット本ではない。なぜなら私たちが論議しているのはダイエットではないからである。過食や座りがちな生活ではなく炭水化物が私たちを太らせるという事実を,あなたがいったん受け入れれば、体重を減らすために「ダイエットを始める」という考えや健康の専門家が「食事療法による肥満の治療」と呼ぶものは,もはや実質的な意味をもたない。今や、議論する価値がある唯一の話題は,原因である炭水化物(精製された穀物,デンプン類,糖類)を避ける最適な方法と,健康へのベネフィットを最大にするために他に何を行うかである。
  • 1950年代以降,いくつかの非常によく考えられたダイエット本が体重を調節するために炭水化物を制限することを勧め,これらの本は近年かつてないほど重版されている。当初、その著者は医師で、一般的には彼ら自身が体重の問題を抱えていた。そのため彼らの経験は似たようなものであった。彼らが食べる量を減らして運動をしても体重は減らず、最終的に炭水化物を制限する考えに行きあたった。彼らはそれを試し,うまくいくことに気付き,それを患者に処方した。それから、彼らはそのメッセージを伝えるために,彼らは経験に基づく本を書いた。その食事法が効果的であったこと,またその食事法がうまくいく可能性があると思えばどのような新しいダイエットでも試してみようとする人たちが常に存在するため、当初これらの本は売れた。
  • 「脂肪を食べてスリムになろう(Eat Fat and Grow Slim, 1958年)」,『カは、継続はどちらを食べるほうが容易で,最も楽しみが得られるのはどちらかという点である。あなたが,皮のない鶏の胸肉,脂肪の少ない肉や魚の切り身,卵白のオムレツで満足であるならばそうすればいい。しかし,肉の赤身と同様に脂身を食べること,卵白と同時に卵黄を食べること,バターとラードで調理された食物を食べることは、この食事法を継続するために,そしてまた健康のためにも,よりよい処方であるかもしれない。

副作用と医師について

  • 摂取する炭水化物を脂肪に置き換えるとき,あなたは細胞がエネルギーとして燃やす燃料に,根本的な変化をつくり出している。細胞は,おもに炭水化物(ブドウ糖)で動いている状態から、脂肪(からだの脂肪と食事中の脂肪の両方)で動いている状態になる。しかし,この変化には副作用を伴う可能性がある。副作用には虚弱感,疲労,悪心,脱水,下痢,便秘,起立性低血圧(急に立ち上がると血圧が急激に低下し,めまいを起こしたり,気を失ったりすることさえある),痛風の悪化などが含まれることがある。1970年代に専門家たちは、これらの「副作用の可能性」が,その食事法を「一般的に安全に使用すること」ができない理由であると主張し、絶対に行うべきでないと示唆した。
  • しかしそれは、炭水化物の禁断症状として考えられる短期的な影響と,その離脱症状を克服し,より長い期間やせて、健康的に生きることの長期的な利益とを混同したものであった。炭水化物の禁断症状は、より専門的な用語では「ケト適応 (keto-adaptation)」と呼ばれ,これは1日約60g以下の炭水化物しか摂取しなかったことにより起こるケトーシスの状態に適応しているためである。炭水化物の制限を試みる人たちのなかで、すぐにあきらめる人がいる理由はこれである。ウェストマンは「炭水化物の禁断症状は,しばしば「炭水化物の必要性」と解釈される」という。さらに「それはタバコを止めようとしている喫煙者たちに向かって,その禁断症状は『タバコの必要性』により引き起こされ,その問題を解決するために,再び喫煙するように示唆するようなものである」と述べている。
  • 副作用の理由は、明らかであり,炭水化物の制限を処方する医師はそれらの治療と予防が可能であるという。これらの症状は食事の脂肪含有量が高いこととは何の関係もない。むしろ、それは蛋白質の摂取が多すぎ,脂肪の摂取が少なすぎること,食事に慣れるまで十分な時間をとることなく激しい運動を試みること,また,ほとんどの場合,炭水化物制限に対してからだが十分に埋め合わせをできずインスリン値の急激な低下が起こることの,いずれかの結果であるように見える。
  • 私が前に,少し話したように,インスリンは腎臓にナトリウムを再吸収するように信号を送り、その結果、水分が保持され血圧が上昇する。炭水化物を制限する際に起こるように,インスリン値が下がると,腎臓は貯留していたナトリウムを水と一緒に排出するだろう。ほとんどの人にとってこれは有益であり,炭水化物の制限により血圧が下がるのはこのためであるこの水分の喪失は体重200ポンド(約90kg)の人で、6ポンド(約3kg)以上になることもあり、初期の体重減少の大部分を占める可能性がある]。しかし,人によっては、水分の喪失を妨げる必要があると,からだが判断
    することもある。それは代償性反応のネットワークを通して行われ,水分の保持と電解質不均衡(ナトリウムを保持するために、腎臓がカリウムを排出する)へとつながり,その結果、先に述べた副作用が起こる。フィニーが言及したように,この反応はナトリウムを食事に加えることで予防することができる。つまり、1日あたり1~2gのナトリウム(小さじ1/2~1杯の塩)を摂るか,鶏か牛を煮出したスープを毎日2カップ飲むことであり,現在,ウエストマン, バーノン,その他の医師はこれを処方している。
  • これらの副作用は、太りやすい炭水化物を避ける決心をする際に,知識の豊富な医師の指導を受けることの重要性について語っている。あなたが糖尿病や高血圧症である場合には,医師の指導は必須である。炭水化物を制限することは血糖値と血圧の両方を下げるため、同じ作用のある薬をすでに飲んでいる場合には,その組み合わせは危険である可能性もある。血糖値の異常な低下(低血糖として知られる)はけいれん、意識の喪失、また死に至ることもあるかもしれない。血圧の異常な低下(低血圧)はめまい,失神,けいれんを起こしうる。
  • ヒトがなぜ太るのか,そして、それにどのように対処すべきかを理解している医師を見つけることはとても困難である。そうでなければ,この本は必要ない。本当に残念ながら,体重調節の現実を理解している医師たちでさえも,患者に炭水化物の制限を処方することをしばしばためらう(たとえ、彼らが自分の体重をそのように維持しているとしても)。肥満の患者に対し,食べる量を減らし、もっと運動をするように指導したり,専門家たちが勧める低脂肪,高炭水化物の食事を摂るように指導したりする医師は、患者の誰かが2週間後、2か月後に心臓発作を起こしたとしても,
    医療ミスにより訴えられることはないだろう。確立された医学的慣習に逆らい、炭水化物の制限を処方する医師にはそのような防衛手段はない。

 

限られた量であれば食べられる食品

  • チーズ:1日4オンス(約110g)まで。スイスチーズ、チェダーチーズなどの固く,熟成させたチーズ,またブリーチーズ,カマンベール,プルーチーズ、モッツァレラチーズ,グリュイエールチーズクリームチーズ,ヤギ乳チーズを含む。ヴェルヴィータのような加工(プロセス)チーズは避ける。ラベルを確認し,炭水化物の量は1食あたり1g以下であるべきである
  • クリーム:1日大さじ4杯まで。高脂肪のもの、低脂肪のもの、サワークリーム(コーヒーに入れるクリームは不可)
  • マヨネーズ:1日大さじ4杯まで。Duke'sマヨネーズとHellmann'sマヨネーズの炭水化物含有量は少ない。他社の製品はラベルを確認のこと
  • オリーブ(黒,または,緑): 1日6粒まで
  • アボカド:1日半分まで
  • レモン/ライムジュース:1日小さじ4杯まで
  • 醤油:1日大さじ4杯まで。キッコーマン醤油の炭水化物含有量は少ない。他社の製品はラベルを確認のこと
  • ピクルス、ディルピクルスまたは砂糖無添加:1日2食分まで。Mt.Oliveは砂糖無添加のピクルスをつくっている。ラベルで炭水化物と1人前の分量を確認のこと
  • 間食:豚の皮を揚げたもの、ペパロニの薄切り,ハム,牛,七面鳥,その他の肉を巻いたもの、辛く味付けした卵

おもな制限:炭水化物

  • この食事法では,糖類(単炭水化物)とデンプン(複合炭水化物)を用いない。唯一推奨される炭水化物は、次のリストに示されている,栄養分が高く,食物繊維を多く含む野菜である。
  • 糖類は単炭水化物である。この種の食物は避けること。具体的には,白砂糖、黒砂糖,蜂蜜,メープルシロップ,糖蜜, コーンシロップ,ビール(大麦モルトを含む)、牛乳(乳糖を含む),味付けされたヨーグルト, フルーツジュース,果物である。
  • デンプンは複合炭水化物である。この種の食物を避けること。具体的には、穀粒(「全」穀粒さえも),米,シリアル,小麦粉、コーンスターチ、パン, パスタ, マフィン,ベーグル,クラッカー,じっくり調理した豆(インゲンマメ, ライマメ,黒豆),ニンジン,パースニップ(シロニンジン)トウモロコシ,豆, ジャガイモ,フライドポテト, ポテトチップスなどの「デンプン質の」野菜である。

油脂(脂肪と油)

  • すべての脂肪と油は、バターであっても食べられる。オリーブ油とピーナツ油は,特に健康な油であるので調理に使用したほうがよい。トランス脂肪を含むマーガリンやその他の硬化油は使用しない。
  • サラダのドレッシングに関しては,家庭で手づくりした油と酢のドレッシングが理想的であり,必要に応じてレモンとスパイスを足す。ブルーチーズ,ランチ,シーザー, イタリアンドレッシングも, ラベルに1食分の炭水化物が1~2g以下と表示されていれば使用してもよい。「低カロリー」ドレッシングは、一般的に多くの炭水化物を含むので避ける。細かく刻んだ卵,ベーコン,おろしたチーズをサラダに加えてもよい。
  • 脂肪は味がよく,満腹感を与えるので、一般的に脂肪を加えることは重要である。したがって肉と一緒に出される脂肪や皮は,皮にパン粉をまぶしていない限り食べることができる。低脂肪ダイエットをしようとしてはならない。 

甘味料とデザート

  • 何か甘いものを食べる必要性を感じるときには,最も理にかなった代替甘味料を選ぶべきである。入手可能な代替甘味料には,Splenda(スクラロース), Nutra sweet(アスパルテーム), Truvia(ステビアとエリスリトールの混合), Sweet'N Low(サッカリン)などがある。さしあたり糖アルコール(ソルビトール, マルチトールなど)は避けること。これらは時々胃を痛めることがあるが,今後,少量の使用は許されるかもしれない。

飲物

  • 許可されている飲物を飲みたいだけ飲みなさい。しかし、無理に飲んではいけない。最良の飲物は水である。風味の付いた人工炭酸水,ボトル入りの天然水やミネラルウオーターもよい選択肢である。
  • カフェインの入った飲物:カフェインの摂取により減量と血糖値の制御が妨げられる患者もいる。この点を考慮し,コーヒー(ブラック,人工甘味料,またはクリーム入り),お茶(無糖,または人工甘味料入り),またはカフェインの入ったダイエット炭酸飲料を1日3カップまで飲んでもよい。

アルコール

  • この食事法では,最初はアルコールの摂取を避けること。減量し,食習慣が確立したところで,後日,炭水化物の少ないアルコールを適度に食事に足してもよいかもしれない。

摂取量

  • 空腹なときに食べること。お腹がいっぱいになったらやめる。この食事法は、「食べたいときに食べる」方式(つまり,空腹であればいつでも食べ,満足する以上に食べない)が一番効果的である。からだに耳を傾けることを学びなさい。低炭水化物食には、無理なく食事の摂取量を徐々に,ゆっくりと減らしていく自然の食欲減少効果がある。したがって,食物がそこにあるからといって、皿の上にのっているものをすべて平らげることはやめる。一方で、空腹をがまんしないこと。カロリー計算はしません。空腹感や渇望のない、無理のない減量を楽しむことが重要である。
  • 1日を栄養価の高い、低炭水化物の食事で始めることを勧める。ただし、多くの薬や栄養サプリメントは、食事ごとまたは1日3回,食物とともに服用する必要があることには注意が必要である。

重要な情報と助言

  • 次の品目はこの食事法には含まれていない。砂糖,パン, シリアル,小麦粉を含むもの,果物,ジュース,蜂蜜,全乳または無脂肪乳、ヨーグルト,缶入りスープ,乳製品代用品,ケチャップ,甘い薬味と付け合わせ。
  • 以下のよくある間違いを避けること。「無脂肪」または「低カロリー」のダイエット製品や食品には、「隠された」糖やデンプンが含まれることに注意する(たとえばコールスローや無糖クッキーとケーキなど)。飲み薬、咳止め、咳止めドロップ,その他の薬局で入手可能で糖を含む可能性のある薬はその表示を確認する。「低炭水化物ダイエットに最適」と表示された製品を避けなさい。

 

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勝つ投資 負けない投資

  • 一般に機関投資家は大きな資金を動かします。資金力さえあれば勝てると考えている人もよくいますがこれは誤りで、その巨大さが時には大きな足かせとなる場合もあるのです。
  • また、彼らは大概顧客の資産を預かって運用する立場なので、投資には透明性と説明責任が常に伴います。資産運用ビジネスには信用が何よりも大切ですから、預かった大切な資産をギャンブルのような取引で運用できないように、投資判断をするファンドマネージャーや、取引を行うトレーダーには様々なルールが課せられているのです。
  • そのひとつが、流動性に乏しい銘柄には投資しないというものです。株式投資における流動性とは売買代金のことで、トヨタであればある日の商いをみると751万株、626億円もの取引が行われているため、億単位で投資をしていても1日から数日で売買を完了させることができます。しかし、上場企業の中にも、一般にほとんどその名を知られていないような小型株も存在します。そうした銘柄は時価総額が数十億円程度の小さいものから存在し、1日の売買代金は数百万円から数千万円。時には1日を通じて売買が成立しないこともあります。このような銘柄では、買うにも売るにもとても時間がかかってしまうし、その間に不測の事態が起こった場合、売るに売れないまま巻き込まれてしまいます。これではリスクが高過ぎるということで、「流動性が基準に満たない銘柄への投資は避けよう」ということになるわけです。
  • もうひとつは、「フルインベストメント」という考え方です。ほとんどの投資信託やファンドでは運用資産のうち現金で持っておけるのは数%までとルールで定められています。
  • これは何を意味するかというと、今はあまり儲からなさそうな相場だとか、下手をすればこれから株価が下げていきそうだと運用者が思っていても、株を売って次のチャンスに備えることができないということです。
  • 普通の人が聞くといかにもバカバカしいと思うかもしれませんが、これは市場平均より好成績を納めれば優秀とみなす運用業界の評価基準から来るものです。つまり、ベンチマークとしている指数である日経平均株価TOPIXが年間で5%下落していたら、10%の下落ですませたファンドマネージャーは「非常に優秀」ということになります。
  • しかし、個人投資家には上記の2つのことはいずれも理解し難い話だと思います。将来上がりそうな良い銘柄であれば、流動性に乏しかろうが買うべきだし、自分の大切な資産が目減りしている状態で、ベンチマークより下落がマシだったから今年は良かったなと振り返られる人はほとんどいないでしょう。
  • まだ日の目を見ていない銘柄を先に仕込んでおいて、人気が出るのを待つ。下がると思えば売っておいて、安くなってから買い直してリターンを得る。そうした自然な投資行動を取れる機動力こそが、個人投資家機関投資家に対して優位に立てる唯一の武器なのです。それをどう活かすかが、投資活動の成否を決める重大な鍵となっていきます。
  • 慎重に銘柄を選別しますから、大きく外すリスクはかなり低減されているはずです。ただ、その一方で得られるはずのリターンの一部は、取り逃がしてしまっています。「この銘柄、いいかもしれないな」というインスピレーションが湧いたところから数えて1か月後、2か月後にようやく投資行動に出るのですから、その間に他の投資家が、その銘柄の価値に気づいて買い進め、株価がかなり上がってしまうケースもよくあります。この投資の意思決定の遅さは、組織で運用を行う機関投資家にとっては、大きな制約のひとつといえます。
  • つまり、こうした機関投資家の弱点を知ってさえおけば、個人投資家でも十分、機関投資家に太刀打ちできるということです。巨砲を持つ戦艦大和が、機動力に勝る駆逐艦に負けるようなことは、株式市場では頻繁に起こっています。

漫画2021上期

ゴブリンスレイヤー、つくづく・・・一人では上手くいかんことが増えた

裏切られたハーレムギルド、ヒロインの頭がおかしいのレビューに納得

 

蜘蛛ですが、なにか? 蜘蛛子四姉妹の日常、本編と違ってまったく面白くなかった

無職転生、アニメ化も好調でよかったね。ようやく退屈な学園編も終わりそう、ストーリーも核心に近づきつつあるようで楽しみ。

ランウェイ、ご都合主義だけど、テンポよくストーリーが進むのでいいんじゃないでしょうか。

キングダムは大台の60巻、激熱の魏と同盟

生徒会は大台の20巻、同じノリでこの巻数はすごいですね。

 

波よ、ストーリーの柱が欲しいですね。

邪剣さん、どうしよう・・・私には彼らをまったく制御できない・・・

司波達也暗殺計画、あんまりプロットがおもしろくない。そのうち面白くなるのかな。

葬送のフリーレン、もう付き合っちゃえよ!!!

からかい上手の高木さん、ウチ、来る? 高木さんだけどんどん大人になっている気がします。

元高木さん、身に覚えがあるのかな?

スコップ無双、スコ堕ち賢者、スコップ面(サイド)・・・変な造語がどんどん増えていくよ

印刷所、メインプロットあり、各プロットの完成度も高い、素晴らしいです。

ダン飯、どんどんプロットが複雑になってますね。ワンアイデアで単純プロットのほうが良かった気がするなぁ。終わりどころを間違えた?

兄弟、最大の敵は読者の飽き

きみかわ、お父さんのエピソードで泣いた。

咲、胸の大きさがおかしい。お姉さん強すぎ

ばけ、

ちょっと唐突な気もするけど、完結おめでとうございます。原作は続きがあるらしいので、またコミカライズを期待しています。

ちはや、50で完結?見守ります。力技で伏線を回収、話を収束させていく作者の力量がすごい。

おにいさんもあと1巻で大台ですか。

ダンボーは節目の15巻。

農家、さすがにキャラが増えなくなったか笑。どうやって終わるんだろうか、この話。永遠に続けられそうだけども。

 

ハイスコダッシュ、期待の続編。ちょっとテンポ悪いかな。2巻以降は改善するんでしょうか。

もはや、カイジ本体より面白いという。

漫画を大量に買うなら、豪邸に住んでいない限りkindle一択です。無印kindleは容量と解像度に問題があるので。Paperwhiteがおすすめです。

 

科学の発見

 

  • 私は物理学者であって歴史家ではないが、年を経るにつれて、科学史というものにますます魅力を感じるようになってきた。科学史は驚嘆すべき物語であり、人類史の中で最も興味深い歴史の一つである。また、私のような科学者にとっては、個人的な利害関係もある。過去の研究を知ることは現代の研究の役に立つかもしれないし、科学者の中には、科学史の知識が現在の研究のモチベーションに繋がっている人もいる。科学者とは、自らの研究が科学史の一部分に(たとえ、ほんの小さな一部分であっても)なってくれることを願うものである。
  • これまでも著作の中で私は科学史に触れたことがあったが、それはおもに、十九世紀後半から現在までの現代物理学及び天文学の歴史だった。たしかにこの時代にも数々の新発見があった。とはいえ、物理学の目標及び標準はその間に実質的には変わっていない。一九○○年の物理学者が現代宇宙論素粒子物理学の標準モデルを知ったとしたら大いに驚くだろうが、「森羅万象を説明するために、数学的な公式と実験に裏付けられた客観的な法則を追い求める」という目標自体には何ら違和感を覚えないだろう。

 

  • 講義の準備をしていて、私は何度も、過去の科学と現代科学の違いの大きさを思い知らされた。L・P・ハートレーの小説に、「過去は外国。そこでは人の振る舞い方が違う」というよく引用される一節があるが、まさにそのとおりである。本書によって、科学の歴史の中で何が起きたかという事実だけでなく、科学が現代のような姿になってくるのがいかに大変なことだったかを読者に伝えられれば幸いである。
  • したがって本書が扱うのは、世界のさまざまな事柄を人類がどのようにして知るに至ったか、ということだけではない。当然のことながら、これはどんな科学史にとっても関心事である。だが本書の焦点はこれとは少し違う。本書で私はおもに、世界の探究の方法を人類がどのようにして習得するに至ったか、を語っていく。

 

  • 特筆すべきは、パルメニデスやゼノンの論法が誤っている点ではなくむしろ、「運動が不可能であるなら、なぜ物体は動いているように見えるのか」を彼らが説明しようとしていない点である。実際、ミレトスでもアブデラでもエレアでもアテネでも、タレスからプラトンに至る古代ギリシャの哲学者たちは誰一人として、より深いレベルの現実に関する自らの理論が見かけ上の世界をどう説明するのか、詳らかにしていないのである。
  • これは単なる知的怠慢ではない。 ソクラテス以前の自然哲学者には、見かけ上の世界の理解を一段低く見なすという、知的スノビズムの傾向があった。これは、科学を長年にわたって害してきた姿勢の一例に過ぎない。かつて様々な時代において、円軌道は楕円軌道よりも完璧だ、金は鉛よりも高貴な金属だ、人類は類人猿よりも高等だ、などという考え方がずっと存在してきたのである。

 

  • 万物の根源を探究したギリシャの自然哲学者について書く場合、彼らの思想がいかに現代科学を先取りしていたかを強調するのが従来、一般的だった。中でもデモクリトスは特に賞賛の的である。現在、ギリシャには、デモクリトス大学という有名大学がある。たしかに、物質の基本的構成要素を特定しようとする試みは、時代によって元素の種類は変わったものの二千年以上にわたって続いた。近世にはすでに、錬金術師たちが水銀、塩、硫黄という三種類の元素(と考えられた物質)を特定していた。
  • 化学元素という現代科学の概念は、十八世紀末にプリーストリー、ラヴォアジエ、ドルトンが起こした化学革命にまでさかのぼる。現在、化学元素には、水素からウランまでの、自然界に存在する元素九十二種類が含まれている(水銀と硫黄はその中に入っているが、塩は入っていない)。これに、ウランよりも重い人工元素(訳注 : 自然界に存在しない、人間が作った元素)が加わり、化学元素の数は次第
    に増加しつつある。通常の条件下では、純粋な化学元素は同一タイプの原子から構成されており、元素はそれを構成する原子のタイプによって区別される。現在、われわれは化学元素どころか、原子を構成する素粒子までをも研究対象にしているが、それはある意味では、ミレトスで始まった万物の根源の探究を続けているとも言える。
  • そうは言っても、アルカイック期や古典期のギリシャ科学の現代的側面を強調しすぎるべきではないと私は考える。現代科学のある重要な特徴が、これまで言及してきたタレスからプラトンに至る思想家にはほぼ完璧に欠けている。彼らのうちの誰も、自分の理論を実際に確かめようとしていないのである。誰も(おそらくゼノンは別として)、自分の理論の正しさを論証することさえ試みていない。彼らの著作を読んでいると、絶えず、「だから、どうやってそれを知ったのか」という問いが浮かんでくる。この疑問は他の思想家と同様にデモクリトスにも当てはまる。現存する彼の著作の断片には、物質が本当にアトムでできていることを証明しようとした跡はどこにも見られない。
  • 五種類の元素についてのプラトンの記述は、証明に対して彼が無頓着だったことを示すいい例である。「ティマイオス』の中で彼は、正多面体ではなく三角形から説き起こし、三角形を結合して多面体の面を形作ることを提案する。それはどんな三角形だろうか。プラトンは、その三角形は四十五度、四十五度、九十度の角を持つ直角二等辺三角形と、三十度、六十度、九十度の角を持つ直角三角形でなければならないと言う。土を構成する原子である正六面体の面(正方形)は、直角二等辺三角形二個で形作ることができ、火の正四面体、空気の正八面体、水の正二十面体を構成する面(正三角形)はもう一つの直角三角形二個で形作ることができる(コスモスを表すとされる正十二面体は、この方法では形作ることができない)。
  • この選択を説明するため、プラトンは「ティマイオス」の中で、「もしも誰かがこれら四つの正多面体を形作るのにもっと適した三角形の選択を思いついたら、その人の批判を喜んで受け入れよう。だが、われわれとしてはこの他の選択は考慮に入れないことにしよう。……理由を述べようとすればあまりに長くなるのでやめておくが、われわれの考察のとおりでないことを誰かが証明できるならば、彼の功績を歓迎しよう」と述べている。もし私が論文の中で新仮説を支持し、「時間がかかりすぎるので、支持する理由は説明しないことにする」と述べた上で、その仮説が正しくないことを証明してみろと物理学者たちに要求したら、一体どんな反応が返ってくることだろうか。

 

数学と科学にはまだ区別がなかった

  • 文体という問題よりも重要なのが(それと無関係ではないが)、数学に触発されて、「理性だけの力で真実に到達する」という誤った目標が自然科学に設定されたことである。『国家』の中で哲人王の教育について論じたくだりで、プラトンソクラテスに、天文学幾何学と同じ方法で研究すべきだと主張させている。ソクラテスの発言によれば、「天体を観測することは、数学において幾何学の図形を見ることが有益であるのと同様に、知性への刺激として有益かもしれない。だが、どちらの場合も真の知識は思考によってのみ得られる」のである。『国家』に登場するソクラテスは、「われわれは天体を単に、目に見えぬ真実を学ぶための模型として利用すべきである。見事に描かれた幾何学図形を前にしたときと同じである」と説明する。
  • 数学は、物理原則の結果を推論する手段である。それだけでなく、数学は、物理学の原理を表現するのに必須の言語である。数学はしばしば新しい科学理論のインスピレーションの源となるし、逆に、科学が数学の発達を促すことも多い。たとえば、理論物理学エドワード・ウィッテンの理論は数学の進歩に大いに貢献したため、一九九〇年、彼は数学最高の賞であるフィールズ賞を受賞した。しかし、数学は自然科学ではない。観察を伴わない数学それ自体だけでは、世界について何も説明することはできない。逆に、数学の定理は、世界を観察することによって証明したり反駁したりできるものではない。
  • 古代世界においては、この違いは明確ではなかった。近世においてさえ明確ではなかった。すでに述べたように、プラトンピタゴラス学派は数や三角形といった数学的対象を自然の根源だと考えたし、(後述するように)哲学者の中には天文学を自然科学ではなく数学の一分野と見なす者もいたのである。
  • 現在では、数学と科学の区別はほとんど確定している。ただ、「自然とは何の関係もない理由で発明された数学が、物理理論に役立つのはなぜなのか」という謎は残っている。物理学者ユージン・ウィグナー (訳注:一九六三年、ノーベル物理学賞受賞)はある有名な論文の中で、「数学の不合理な有効性」について述べている。だがわれわれは一般的に、数学の観念と科学の原理(つまり、世界を観察す
    ることによってその正当性が証明される原理)とを何の苦もなく区別している。
  • 現在、数学者と科学者の間でときどき摩擦が起きるとすれば、それは一般的に、数学的厳密さという問題をめぐっての摩擦である。十九世紀の初め以来、純粋数学の研究者たちは厳密さを必須と考えてきた。定義と前提は正確でなければならない、そして、それに続く演繹は絶対的確実性を持っていなければならない、と。これに対して物理学者はもう少し日和見主義的である。正確さと確実性に関しては、深刻な誤りさえ避けられればそれでよしと考えるきらいがある。私は、場の量子論に関する論文の序論に、「本書には、数学好きの読者を悲しませる部分がある」と書いたことがある。
  • この違いが意思疎通を図る上で問題となる場合がある。数学者たちは、「物理学者が書いたものはいらいらするほど曖昧だと思うことが多い」と言う。私のような、高度な数学的ツールを必要とする物理学者としては、「数学者の書いたものは、厳密さに対する彼らのこだわりのせいで、物理学にとってはほとんどどうでもいいところでややこしくなっている」と感じることが多い。
  • 数学者的傾向を持った物理学者によって、現代素粒子物理学―場の量子論――を数学的厳密さに基づいて構築しようとする高貴な努力が続けられてきた。そして、興味深い進歩も確かにあった。しかし、過去半世紀にわたる素粒子の標準モデルの研究において、数学的厳密さの追求がその発達に貢献した例は一つもない。

 

  • 「地球は平らだ」と長らく信じられてきたのは、地球が球形だとすると当然生じる、「地球が丸いなら、裏側にいる人はどうして落ちてしまわないのか」という問題のせいだったのではないだろうか。アリストテレスの理論はこの問題を解決することができた。アリストテレスは、どこに置かれた物体でもそちら向きに落ちるような、「下」という普遍的な方向は存在しないことを理解していた。地球のどこであっても、土と水という重い元素でできた物体は世界の中心に向かって落ちるのだ、これなら観察結果と一致する、と考えたのである。
  • この点では、「重い元素の自然な場所は、コスモスの中心にある」というアリストテレスの理論は現代の重力理論そっくりに機能する。ただし、両者には重要な違いがある。アリストテレスにとってコスモスの中心は一つしかないが、現代のわれわれは、大きな質量を持つ物体はそれ自体の重力の影響によって収縮して球形になる傾向があり、他の物体を自分の中心へと引き寄せることを理解している。アリストテレスの理論は、地球以外の天体が球形であるべき理由を説明していなかった。だが彼は、月が満月から新月へ、そしてまた満月へと徐々に満ち欠けすることから、少なくとも月は球形であることを知っていた。

 

過去の偉人たちが軽視してしまった、実験結果の不確実性

  • アリスタルコスの科学と現代科学との違いを際立たせているものは、彼の観測結果の数値的な誤りではない。観測天文学や実験物理学の分野では、現在でも時として深刻なエラーが起きる。たとえば、字宙の膨張速度は一九三〇年代には実際の七倍も速く見積もられていた。アリスタルコスと現代の天文学者や物理学者との本当の違いは、彼の観測データが誤っていたことではなく、彼がデータの不確実性の評価をおこなおうとしなかったこと、あるいはそのデータが不完全かもしれないことを認めてさえいなかったことにある。
  • 現代の物理学者や天文学者は、実験結果の不確実性を肝に銘じるよう教え込まれている。私はコーネル大学の学部生だった頃から、実験とは無縁の理論物理学者を目指していたが、物理学部では実験講座は必修だった。実験講座の授業時間の大半は、測定結果の不確実性の評価に費やされた。しかし、歴史的に見れば、この不確実性に注意が払われるようになったのはつい最近のことである。私が知る限り、古代及び中世には誰も測定の不確実性の評価を真面目におこなおうとしていないし、第十四章で述べるように、ニュートンでさえ実験の不確実性を軽視することがあった。

 

  • 1610年9月、ガリレオは五番目の偉大な天文学上の発見をした。望遠鏡を金星に向け、金星も月と同じように満ち欠けすることを発見したのである。彼はケプラーに、「愛の母(金星)はシンシア(月)の形をまねる」という暗号化されたメッセージを送った。金星が満ち欠けすることはプトレマイオス説でもコペルニクスでも予想されることだったが、満ち欠けの形は両者で異なるはずだった。プトレマイオス説では金星は常に地球と太陽の間にあるから、金星が半分以上輝くことは絶対にないはずである。これに対してコペルニクス説では、金星は地球から見て太陽の向こう側にあるときには全面に太陽の光が当たる。
  • これは、プトレマイオス説が誤りであることを示した最初の直接証拠だった。各惑星の従円の大きさをどう選んでも、地球から見た太陽と惑星の動きという点ではプトレマイオス說はコペルニクス說とまったく同じである。しかし、惑星から見た太陽と惑星の動きとなると、プトレマイオス說はコペルニクス説と同じではない。もちろん、ガリレオには、どこかよその惑星へ行って太陽や他の惑星がそこからどう見えるかを確かめることはできなかった。だが、金星の満ち欠けを見れば、金星から見た太陽の方向が分かる。明るい面は、太陽に面している側だからである。天動説の立場でも、金星の満ち欠けの形を説明できるある特別なバージョンが一つだけあった。それは、すでに述べたようにティコが唱えた、水星と金星の従円が太陽の軌道に一致するバージョンである。これがプトレマイオスやその信奉者たちに採用されたことは一度もない。

 

  • 1623年にマッフェオ・バルベリーニがローマ教皇に選出されてウルバヌス八世となったとき、ガリレオは事態の好転を期待した。新教皇フィレンツェ出身で、しかもガリレオの崇拝者だった。彼はガリレオをローマに迎え入れ、六回謁見を許した。その機会にガリレオは、1616年以前から取り組んできた潮汐に関する自説を披露した。
  • ガリレオ潮汐理論は、地球が動くことを絶対的な前提にしていた。ガリレオは、「地球が自転しながら公転するため、地球上のある地点の速度は地球の公転の方向に沿って速くなったり遅くなったりを繰り返している。そのために、海水が押し寄せたり引いたりする」と考えた。「これによって一日周期の波が生まれる。他のすべての振動と同じようにこの振動にも倍音があるので、半日周期の波、三分の一日周期の波も生まれるのだ」と。ここまで月の影響について言及されていないが、満月と新月の時に大潮が起き、半月の時に小潮が起きることは古くから知られていた。そこでガリレオは、何らかの理由で(月が地球と太陽の間に来る)新月の時に地球の公転が加速し、(月が地球から見て太陽と反対側に来る)満月の時に減速する、と考えることによって月の影響を説明しようとした。
  • これはガリレオらしからぬ失敗だった。彼の理論が間違っていたことが問題なのではない。万有引力の法則を知らないガリレオ潮汐を正しく理解することは不可能だった。しかし、地球が動いていることの証明として、明確な実証的根拠のない潮汐理論を持ち出してはならないことは弁えるべきだったろう。
  • ウルバヌス八世は、「地動説を事実である可能性のあることとしてではなく数学的仮説として扱うのであれば、潮汐理論の発表を許可する」と言った。自分としては一六一六年に異端審問所が出した公式命令には反対なのだが、それを撤回させるつもりはない、と教皇は説明した。その際、ガリレオは、異輔問所から受け取った非公開の命令書のことを教皇に黙っていた。

命令書に違反した著作を発表したガリレオ

  • 一六三三年、潮汐に関する著作が完成した。それは潮汐理論に留まらず、包括的なコペルニクス説擁護論となっていた。それまでのところ、教会はまだ公式にガリレオを批判してはいなかったから、彼の申請に対して、フィレンツェの司教は彼の新しい著作「二大世界体系|プトレマイオス体系及びコペルニクス体系―に関する対話』(訳注:「天文対話』という邦題で知られている)に出版許可を与えた。
    「二大世界体系」というこのタイトルは奇妙である。当時、おもな世界体系は二つではなく四つあった。プトレマイオス説とコペルニクス説だけでなく、同心天球が地球を中心として回転しているとするアリストテレス説、及び、地球は静止していて太陽と月は地球の周りを回っているが、他のすべての惑星は太陽の周りを回っているとするティコ説を加えた四つである。ガリレオはなぜアリストテレス說とティコ説を考えに入れなかったのだろうか。
  • アリストテレス説については、観測結果とのずれが明らかだったから、と言えるかもしれない。だが二千年前からそのずれが知られていながら、信奉者は減っていなかった。第十章で引用した、十六世紀初頭のフラカストロアリストテレス說擁護論を思い返してみてほしい。ガリレオとしては、そのような主張には反論するだけの価値がないと思ったのだろう。だが、どうしてアリストテレス説に言及しなかったのかは不明である。
  • 一方、ティコ説のほうは観測結果に非常によく合っていたので論駁が困難だった。ガリレオは確実にティコ説を知っていた。ガリレオとしては、地球が動いていることは自分の潮汐理論で証明されていると考えたのかもしれないが、それは何ら定量的説明によって裏付けられてはいなかった。もしかしたら、ガリレオコペルニクス説を手強いティコ說と戦わせたくなかったのかもしれない。
  • 「天文対話」は、三人の登場人物の対話という形を取っている。第一の登場人物サルヴィアティはガリレオ自身を表し、その名前はガリレオの友人でフィレンツェ貴族のフィリッポ・サルヴィアティから借りたものである。第二の登場人物シンプリチオはアリストテレス派の哲学者で、おそらくシンプリキオス(訳注:六世紀の新プラトン学派の哲学者)から名前を借りたのだろう(「単純な人間」という意味
    合いも込められているものと思われる)。そして第三の登場人物は、ガリレオヴェネチア時代の友人で数学者のジョヴァンニ・フランチェスコ・サグレドから名前を借りたサグレド。前者二人の審判という役所である。最初の三日間で、サルヴィアティがシンプリチオを完膚なきまでに論破する。潮の満ち引きが話題に上るのは、ようやく四日目のことである。この著作は、異端審問所からガリレオに下された無署名の命令書の内容に確実に違反していたし、これよりは緩やかな、署名入り命令書の内容(コペルニクス説を信ずること、あるいは擁護することを禁ずる)にもまず間違いなく違反していた。さらにまずいことには、「天文対話』はラテン語ではなくイタリア語で書かれていた。つまり、学者だけでなく、読み書きできるイタリア人なら誰にでも読むことができる言語で書かれていたのである。
  • この時点で、ウルバヌス八世は一六一六年にガリレオに出されていた無署名の命令書の内容を知った。おそらく、太陽黒点や彗星をめぐる論争の際にガリレオが敵に回した人々が告げ口したのだろう。シンプリチオのモデルは自分なのではという疑念が、ウルバヌスの怒りの火に油を注いだかもしれない。根機卿時代にウルバヌスが実際に語った言葉のいくつかがシンプリチオの言葉として使われていたことが事態をさらに悪化させた。異端審問所は『天文対話』の販売を禁止したが、その措置は遅すぎた。「天文対話』はすでに売り切れていたのである。

 

  • 一般的に、公表を決意することは、科学的発見というプロセスにおける決定的な要素である。公表するという行為は、「この研究結果は正しい。よって、他の科学者の利用に耐えられる」という論文執筆者の判断を意味している。だからこそ、現在では、科学的発見の功績は通常それを最初に発表した人のものとされているのである。だが、微積分法を最初に発表したのはライプニッツではあるけれども、これから述べるように、微積分法を科学に応用したのはライプニッツではなくニュートンだった。ライプニッツは(デカルトと同じく)哲学者として非常に高く評価されているし、偉大な数学者ではあるが、自然科学には何ら重要な貢献はしていない。

文明のターニングポイントとなった重力理論

  • ニュートンの運動と重力の理論は、歴史に最大級の影響を与えた。「物体を地面へと落下させる重力は、地面から離れるに従って弱くなる」ことを考えついた人間はそれまでにもいたかもしれない(明確な言葉でそう述べている古代人はいないが)。だが、この力が惑星の運行に関わっていることに思い至った人間は一人もいなかった。「惑星をその軌道に留めている力の強さは、太陽からの距離の二乗に反比例する」という説を一六四五年に最初に唱えたのは、フランスの聖職者イスマイル・ブリオだったかもしれない(のちに王立協会会員に選出された。その著作は、ニュートンにも引用されている)。だが、この説に説得力を持たせ、その力を重力に関連づけたのはニュートンだった。

 

  • 命題24で、ニュートン潮汐に関する理論を展開している。地球の、月に面している側では、 (海底の上に乗って いる)海の部分のほうが固体の地球よりも月に近いために月に強く引きつけられ、地球の反対側では、同じ理由で固体の地球のほうが海よりも強く月に引きつけられる。そのため、月に面している側と反対側の両方で海水が膨らむ。月に面している側では海水が月に引きつけられ、反対側で
    は固体の地球が海水から引き離されるからである。これによって、満潮が二十四時間毎ではなくおよそ十二時間毎に現れる理由を説明することができる。しかし、潮の満ち引きは非常に複雑なので、この潮汐理論の証明は当時は不可能だった。ニュートンは、潮の満ち引きには月だけでなく太陽も関係していることを知っていた。大潮は、新月あるいは満月のときに起きる。太陽、月、地球が一直線に並んでいるために、重力の影響が増幅するからである。しかし、やっかいなことに、海への重力の影響は大陸の形や海底の地形に大きく左右される。そこまで考慮に入れるのはニュートンにも不可能だった。
  • これは物理学の歴史に共通するテーマである。ニュートンの重力理論は惑星の運行といった単純な現象の予測には成功したが、潮汐のような、それより複雑な現象を定量的に説明することはできなかった。現在、われわれは、量子色力学という理論(クォーク原子核內部の陽子と中性子の中に保っている強い力に関する理論)について同じような状況にある。エネルギー電子とその反粒子が崩壊する際の、強い相互作用をするさまざまな粒子の生成といった、高エネルギー状態のプロセスがうまく説明できるため、この理論は正しいと信じられている。しかし、この理論は、陽子や中性子の質量といったものの正確な数値の計算には使えない。計算が複雑すぎるからである。ニュートン潮汐理論と同じく、この場
    合も辛抱して待つのが正しい態度である。物理理論というものは、計算したいと思うすべての物事を計算できるわけではなくても、単純なものの計算が確実にできることが実証されれば、その正当性は証明されたものと見なされるのである。

 

  • 『プリンキピア」は運動及び万有引力の法則を確立したが、ニュートンの功績はそれだけではない。ニュートンは、幅広いさまざまな現象を精密に支配するシンプルな数学的原理という、物理理論の一つの模範を未来に示したのである。ニュートンも充分承知していたとおり、重力が唯一の物理的力というわけではないが、当時分かっていた範囲内では彼の理論は、「宇宙のあらゆる粒子は他のあらゆる粒子を、その質量の積に比例し、互いの距離の二乗に反比例する力で引きつける」という普遍性を持った理論だった。『プリンキピア』は、惑星の運行に関するケプラーの三法則を、「単一の重い天体の重力に対する質点(訳注 : 力学上の概念。質量だけあって大きさのない点状の物体)の運動」という単純化された問
    題の正確な解として導き出しただけではなかった。『プリンキピア』はさらに、その他のさまざまな現象ー春分点の歳差、近日点の移動、彗星の軌道、惑星の月の運行、潮の満ち引き、リンゴの落下などーをも説明していた(中には定性的說明に留まるものもあったが)。これに比べれば、ニュートン以前の物理学理論はすべて狭い範囲の成功に過ぎなかった。
  • ニュートンの理論は広く一般に受け入れられたわけではなかった。ニュートン自身はユニテリアン派(三位一体の教理を否定し、神の唯一性を強調するキリスト教の一派)の敬虔な信者だったが、イギリスには神学者ジョン・ハッチンソンやバークレー司教など、ニュートンの理論の無機質な自然主義にショックを受ける人もいた。このような評価は、敬虔なキリスト教徒たるニュートンにはフェアではなかった。彼は、「惑星が重力によって引きつけ合っているのに太陽系が安定しているのはなぜか、太陽のように自ら光を発している天体もあれば、惑星やその衛星のようにそれ自体は暗い天体もあるのはなぜか、という問題は神の介入以外に説明がつかない」とまで主張していた。もちろん、現代のわれわれは、太陽や恒星の光を「太陽や恒星は、中心部の核反応によって熱せられて輝いているのだ」と自然主義的に理解することができる。
  • ニュートンの理論の普及にとってもう一つ障害となったものは、第八章で引用したロドスのゲミヌスの言葉に見られるような、数学と物理学との因習的な対立だった。ニュートンは本質や特性といったアリストテレス的用語を使わなかったし、重力の原因を説明しようともしなかった。ニコラ・ド・マルプランシュ神父(一六三八~一七一五年)は「プリンキピア」を評して、これは物理学者の著作ではなく幾何学者の著作だと述べた。マルブランシュの言う物理学とは、明らかにアリストテレス流の物理学のことである。ニュートンの物理学が物理学の定義を変えたことに、マルブランシュは気づかなかったのである。

 

  • ニュートンの理論のような、数多くの観測結果を見事に説明する理論を考えもな
    しに否定してはならない、という教訓である。その理論がうまく機能する理由を考案者自身も正しく理解していない場合もあり得るし、科学理論はいずれ、さらにうまく機能する理論の近似理論だったと判明するものだが、それらは決して単なる誤りではない。
  • この教訓は二十世紀に時として軽んじられることがあった。一九二〇年代、物理理論のまったく新しい枠組みである量子力学が誕生した。量子力学では、惑星や粒子の軌道を計算する代わりに、確率の波(任意の位置と時間におけるその強さによって、その位置と時間に惑星や粒子が発見される確率が分かる)の展開を計算する。決定論の放棄にショックを受けた、マックス・プランク、エルヴィン・シュレーディンガー、ルイ・ド・プロイ、アルバート・アインシュタインなど量子力学の考案者らは、量子力学理論の容認しがたい結果を示したきり、それ以上その理論を研究しなかった。量子力学に対するシュレーディンガーアインシュタインの批判は鋭いものだったし、それらは今でもわれわれ物理学者を悩ませ続けているが、量子力学は一九二〇年代末までにはすでに原子や分子や光子の特性をうまく解き明かすことに成功し、シリアスに受けとめざるを得ない存在になっていた。量子力学理論をこうした超一流の物理学者らが否定したという事実は、一九三〇年代から一九四〇年代にかけて達成された固体・原子核素粒子物理学における偉大な進歩に彼らが参加できなかったことを意味している。

 

生物学とその他の科学の統一の難しさ

  • 経験的事実には、一見、標準モデルのような無目的の物理理論に基づく見解を否定するかに思える側面がある。生物について語るとき、目的論を避けて通ることはできない。心臓や肺、根や花を記述するときには、それが果たす目的という観点から記述するのがふつうである。この傾向は、ニュートン以後、カール・フォン・リンネやジョルジュ・キュヴィエのような博物学者によって動植物の知識が増大するにつれて強まるばかりだった。神学者ばかりでなくロバート・ボイルやアイザック・ニュートンといった科学者たちも、動植物の驚くべき能力を知るにつけ、それを、慈悲深い創造者が実在する証と考えてきた。動植物の能力を超自然的存在抜きに説明できるとした場合でさえ、生物学はニュートンの理論のような物理理論とはまったく異なる目的論的原理の上に成り立っているのだという見解が長い間当然視されてきた。
  • 生物学とその他の科学との統一は、十九世紀半ば、チャールズ・ダーウィンとアルフレッド・ラッセル・ウォレスがそれぞれ別個に提唱した自然淘汰による進化論によって、初めてその可能性が開かれた。当時、生物が進化するという考え方は、化石の研究からすでに珍しいものではなくなっていた。進化という現実を受け入れた人々の多くは、それを、「よりよいものになることは、生物が本来持っている傾向だ」という生物学の基本原理の結果だと説明した。このような原理が当てはまるとすれば、生物学と物理学の統一は絶対に不可能である。これに対してダーウィンとウォレスは、「進化は遺伝性変異によって起きる。有利な変異もそうでない変異も同じ確率で起きるが、生存及び生殖の可能性を向上させる変異は広まりやすいのだ」と説明した。
  • 進化のメカニズムとして自然淘汰説が受け入れられるまでには、長い時間が必要だった。ダーウィンの時代には遺伝のメカニズム(つまり、遺伝性変異の出現のメカニズム)は知られていなかったから、もっと目的論的な理論を期待する余地が残されていた。「数千万年にわたってランダムな遺伝性変異に自然淘汰が働いた結果、人類が生まれたのだ」と想像するのは不愉快なことだった。最終的に遺伝の法則と突然変異出現の法則が発見されたことによって、二十世紀に「現代進化論」が誕生し、自然淘汰による進化論はより確固たる基礎の上に築かれることとなった。遺伝情報がDNAという二重らせん構造の分子によって伝達されることが解明されたことによって、ついに現代進化論は化学に、ひいては物理学に裏付けられることとなった。
  • こうして生物学は、物理学に基礎を置く統一的自然観を化学と共有することになった。しかし、この統一に限界があることは認めざるを得ない。生物学の言語や手法を廃して、個々の分子という観点から生物を記述することなどできるはずがない(まして、クォークや電子の観点など論外である)。まず第一に、生化学の大きな分子よりもずっと複雑な生物を、そんな方法で記述することはできない。さらに重要なのは、植物や動物を構成する原子一つ一つの動きを仮にすべて追うことができたとしても、その膨大なデータの中で、本当に知りたいこと―インパラを狩るライオンとか、ミツバチを誘う花とか――を見失ってしまうだろうということである。
  • 化学とは違い、生物学にとって問題はもう一つある(同じことが地質学にも当てはまる)。生物の現在のありようは物理法則だけに従ってそうなったのではなく、そこには無数の歴史的偶然が関わっている。六千五百万年前の地球に彗星または隕石が衝突して恐竜を絶滅させたこともその一つだし、そもそも、原始地球の化学的組成やそれが形成された位置も偶然である。こうした偶然の中には統計学的に理解できるものもあるが、一つ一つの偶然を個別に理解するわけにはいかない。ケプラーは間違っていた。物理法則のみから太陽と地球の距離を計算することは絶対にできない。「生物学とその他の科学との統一」とは、(地質学に関してと同様に)生物学だけに当てはまる独立した原則が存在しないことを意味しているに過ぎない。生物学の一般的原則はすべて、歴史的偶然(定義上、これを説明することは不可能である)とともに基本的物理法則によって成り立っている。

統一された自然観への道のり

  • このような考え方は、(しばしば非難の意を込めて)「還元主義」と呼ばれる。物理学の内部にさえ反還元主義が存在する。液体や固体を研究する物理学者は、熱や相変化といった、素粒子の詳細に左右されない概念(素粒子物理学にはこれに当たる概念は存在しない)の巨視的現象の記述において、「創発」(訳注:部分の性質の単純な総和に留まらない性質が、全体として現れること。要素還元による分析では捉えきれない)の例を挙げることが多い。たとえば、熱力学はさまざまな系に適用できる。マックスウェルやボルツマンによって考察された、多数の分子を含む系だけでなく、巨大なブラックホールの表面にも適用できる。だが、何にでも適用できるわけではないし、熱力学が特定の系に適用できるかどうかを問題にするとき、さらに、適用できる場合にその理由を問題にするときには、さらに深い、さ
    らに真に基本的な物理法則に言及せざるを得ない。この意味では、還元主義は科学的手法を改革するためのプログラムではない。それは、なぜ世界がこのようなものであるのかという一つの見解なのである。
  • これから科学がこの還元主義の道をどこまで進んでいくのかは分からない。人類の持つ手段ではこれ以上の進歩は不可能だという限界が来るかもしれない。現在、水素原子の質量のおよそ倍という質量(「プランク質量」と呼ばれている。同じ距離にある二つの電子間の電気的反発力と同じ強さの重力を持つために粒子が持っていなければならない質量のこと)を基準にすることによって、重力及びその他のまだ発見されていない力を標準モデルの諸々の力と統一できるのではないかと考えられている。だが、人類の経済的資源のすべてが物理学者の自由裁量に任されたとしても、そんな巨大な質量を持つ粒子を実験室内で創造することはできないだろう。
  • あるいは、人類の知的資源のほうが尽きてしまうかもしれない。真に基本的な物理法則を理解するだけの能力は人類にはないかもしれない。あるいは、全科学の統一枠に収めることが原理的に不可能な現象に遭遇するかもしれない。たとえば、意識を引き起こす脳内のプロセスというものは充分に理解できるようになるかもしれないが、意識のある感覚そのものを物理学の用語でどのように記述するかは見当がつかない。
  • それでも、われわれはこれまでこの道を長い間歩んできたし、この道はまだまだ続いている。これは壮大な物語である。天空の物理学と地上の物理学はニュートンによって統一された。電気と磁気の統一理論が開発され、それで光を説明できると分かった。電磁気の量子理論が拡張されて弱い核力と強い核力を包含するようになり、化学と生物学までもが物理学を基礎とする(不完全ながら)統一された自然観に組み入れられた。さらに基本的な物理理論へと、われわれの発見する幅広い科学法則はこれまで還元されてきたし、今も還元されつつあるのである。

MONOQLO 202105

  • 暮らしの良いもの特集が気になったので購入。 モゥブレィのプラスチック製キーパーを推奨だが、やはり木製のシューキーパーがほしい。
  • 私はコロニアルを愛用
  • ブラシはコロニル
  • クリームはBootBlack、こちらも定番です。
  • クリームブラシはブリストルだけど、値段で選んでもいいとのこと。
  • 防水スプレーはプロテクターアルファですか。これは自分でも色々と比較検証していたので嬉しい検証です。
  • 見た目(映え)も考慮した評価もありがたいですね。トラスコ中山のスチールテープカッターは買ってみました。
  • ミズノのダンベルボールいいですね。
  • これは気になります。上に乗るだけで全身運動ができるらしい。リングフィットアドベンチャーなんかと組み合わせてもよいのかな?購入検討します。
  • タオルの比較もありがたいですね。私も愛用しているヒオリエのホテルスタイルシリーズで一安心。無印とニトリあたりもコスパよし。
  • 変形電源タップ、私は同じ形状で木目調のものを愛用しています。
  • キッチンタオルはネピアの激吸収
  • ペンギンのトイレットペーパー5倍巻き
  • パイプクリーナーは花王の高粘度パイプハイター
  • ひもくるりん、気になるので購入しました。
  • ワインランキング面白かったです。〇〇コンクール受賞ワインは色々と売っていますが、金賞600のうち、まともなのは10程度でほかは箔付けに過ぎないため、とのこと。またずさんな管理でワインの質が低下している可能性もあるようです。楽天だとヴェリタスやタカムラワインはよいらしい。今度買ってみようかな。
  • バルクオム(メンズコスメ)のテスト企画も良かったです。 ボディクリームとリップクリーム、泡立てネットはバルクオム
  • バルクオムのフェイスウォッシュはOXYのパーフェクトウォッシュより成分、洗浄力、保湿すべてが上
  • ボディウォッシュやハンドクリーム、化粧水、乳液は微妙とのこと。 メンズの化粧水はコルトワ
  • ボディウォッシュはルシード

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やせる経済学

 

  • 経済と言えば、金利、経営計画、金融政策について語る解説者――そんなイメージがあるかもしれない。だけど、それだけではない。経済は意思決定の科学でもある。経済学を用いれば、身体のために何を食べるべきか、減量後の体重を維持するためにどうすればいいかについて、より良い選択ができる。ダイエットに成功したわたしたちは、たまたま経済学が専門で、誘惑に満ちたこの世界で食べすぎないようにするにはどうすればいいかーわたしたちはそれをほんの小さな習慣と呼んでいる――を経済原理にもとづいて理解している。
  • 経済学が体重の増加や肥満の蔓延を解決できると言ったら、まさか、と思うかもしれない。けれど、驚く必要はない。そもそも、なぜ食べすぎてしまうのかという疑問は経済学によって解ける。つまり、過去半世紀のあいだに食べものの値段が下がり、供給が増え、大量消費が可能になったからだ。食べたいという止むことのない欲求を抑える金銭的な制約がなくなれば、太りすぎと分類される人の割合が増加し続ける。
  • ダイエットを始めた人の多くが挫折するのは、そうした環境のせいだ。減量に関する情報が豊富にあっても、安い食べものが大量に押し寄せてきてはどうしたって勝てない。

 

  • お気に入りの昼食はラザニア、それからフライドポテトだ。フライドポテトはイギリスではチップスと呼ばれ、大きく、分厚く、油をたっぷりと含んでいる。健康に良くないことは、栄養学に詳しくなくてもわかる。けれど、炭水化物は憂さ晴らしにはうってつけだ。さらに、スターバックスホワイトチョコレートモカのグランデサイズを飲んで終業時間を待てば、体重はみるみる増える。もちろん、仕事が終わったあとも暴飲暴食は続むなしい1日を過ごしたあとは、まっすぐ家に帰ったり、運動をしたり、健康的な食事をしたりしたくない。だからパブに寄って、また仕事の愚痴をこぼした。それから家に帰り、しっかりと食べる。たとえば、パスタとか、レトルト食品とか、近くのレストランからの出前とかを。体重は増え続け、いけないと思うものの、こうした習慣を変える動機もなかった。

 

  • なぜ現代社会に肥満が蔓延しているのかを考えてみよう。
  • 様々な理由が論じられている。最近は、腸内細菌の種類が減ったせいだという指摘も多い。フタル酸エステル類の影響で、ホルモン系が破壊され、そのせいで太ると言う人もいる。フタル酸エステル類はプラスチックやさまざまな家庭用製品に含まれている。また、妊娠中の母親の体重が急激に増えると、赤ちゃんが体重過多の状態で生まれてきて、その影響が大人になるまで残ると論じる人もいる。同じようなことが、子供時代に抗生物質を大量に摂取した場合にも起こるらしい。一方、遺伝的な要因もある。親が太っていれば子供が太っているのはそれが理由のひとつだ。
  • こうした科学的研究に異議を唱える立場にはないが、問題はおおむね単純なことではないだろうか。つまり、太る原因は食べすぎだ。必要以上の食べものが手に入るせいだ。経済学的には、世界の多くの地域で、食料が過剰供給の状態にあると言える。
  • 供給が増え、それによって価格が下がると、自制がきかなくなって限界に達する。本書では、そうした状況を「豊かさ」と呼ぶ。肥満の理由とされるものの多くは、豊かさによって説明できる。著者ふたりの愛読書である「ヒトはなぜ太るのか?』(ゲーリー・トーベス著 メディカルトリビューン)では、「太るのは食べすぎのせいではなく、炭水化物のせい」であることが何ページにもわたって論じられている。こうした栄養素はインスリンの分泌を引き起こし、脂肪をため込むように身体にシグナルを送る。炭水化物を多く摂れば、余分な脂肪がつくことになる。理由はあとで説明するが、パスタ、米、砂糖、パンを控えたほうがいいのは間違いない。だが、ディナーの一部として、あるいは軽食として摂るにしても、食べすぎるのは、こうした食品が豊富にあるからだ。

 

  • 肥満率は、豊かな国のもっとも貧しい人々のあいだで高くなっている。それは、貧しい人々が炭水化物を中心とした食事で空腹を満たそうとするからだ。大量生産技術のおかげで、こうした食品は安く生産できるようになった。販売価格が安いために、より健康な食品に比べても魅力的である。その結果、大量に買われる。

 

  • 世界保健機関(WHO)のデータは、所得と豊かさ(生産性の向上が所得の増加につながる)が肥満と関係することをはっきりと示している。3ページにあるグラフを見れば、豊かな国ほど肥満の問題を抱えているのは否定できない。
  • 米国疾病予防センター(CDC)は、アメリカの成人の8パーセントは肥満状態で、およそ8パーセントは体重過多だと推定している。つまり、人口の8パーセント近くが、太りすぎか肥満だということだ。昔からずっとそうだったわけではない。 1970年には、肥満と分類されたのはわずか5パーセント、体重過多は2パーセント。合計で4パーセントだ。いや、確かに、アメリカ人はずいぶん前から太り気味ではある。けれど、過去数十年で、それがさらに加速したのだ。
  • また、これはアメリカだけの問題ではない。WHOの推算では、世界の成人人口のうち5パーセントが体重過多で、1パーセントが肥満状態にある。地球上の人々の大半が、飢餓や栄養不良ではなく、肥満やそれに関連する病気で死亡する国に住んでいることになる。一例として、ホームレスのように痩せている人ばかりが住んでいるとアメリカ人の多くが考えているフランスでも、肥満が問題になっている。1997年には、体重過多か肥満の状態にあるフランス人はわずか37パーセントだったが、2007年には50パーセントへと増加した。

 

  • 2003年、ハーバード大学の経済学者であるデヴィッド・カトラーエド・グライサー、ジェシー・シャピロは、ジャーナル・オブ・エコノミック・パースペクティブ誌に「なぜアメリカ人はさらに太るのか?」という論文を発表した。著者たちが原因としたのは、食品の加工と包装を含む大量生産技術だ。とくに、環境制御、微生物による腐敗の予防、風味の劣化抑制、水分保持、温度制御などの技術が1970年代初めから大きく進化した。こうした画期的な技術によって、食事の準備に要する時間が大幅に短縮されたと同時に、さまざまなものが食べられるようになった。食品の量が増え、種類が増え、食事の時間が増えれば、当然、過食へとつながる。

www.aeaweb.org

 

  • 毎日体重を量る
  • 空腹と満腹を伝える身体の合図を聞く
  • 空腹をすぐに満たそうとしない
  • 友人や家族に精神的な支援を求める
  • 何を食べるかを決める指針となるメタルールを確立する

 

  • 本書が伝えたいのは、すべての人間に共通の確固たる習慣と思い込んできたものが、実はそうではないということだ。1日3度という食習慣は、比較的新しいものなのである。とはいえ、3食すべてをしっかりした食事にするのでなければ、1日3度、定時に食事をするのは良いことだろう。たとえば、わたしたち著者の行動と体重計の数字に及ぼす影響を考えると、朝、昼、夜に食事をするのであれば、間食は避けたほうがいい。果物ひと切れだけなら間食も大きな問題にはならないかもしれないが、経験によると、間食から受ける刺激はあとを引く。ドリトスを1枚口に入れれば、もう1枚食べたくなる。だから、間食は概して避けたほうがいいし、決まった時間に食事をすれば、間食を避ける助けになる。
  • 企業家にとって、朝食を昼食のように、より健康的なものに改善するというビジネスチャンスが生まれた。もっとも有名な例は、もちろん、菜食主義者だったケ
    ロッグ兄弟だ。ケロッグ兄弟は、菜食主義者で健康改良主義者のシルベスター・グラハムのアイデアを利用して、砂糖を使わないグラハムクラッカーを創業した。(最初のケロッグのコーンフレークは1878年ジョン・ハーヴェイ・ケロッグが考案し、こんにちなお人気がある。現在、食料品店の棚に並ぶシリアルの多くに添加されている大量の砂糖が一切使われていない)。まもなく朝食用シリアルは、食品製造業およびパッケージング業界の新製品だけでなく、販売促進および広告の新たなテクニックを試す場になった。
  • わたしたちがこうした歴史から学ぶべきは、現代の食習慣は、近代都市と工場が出現し、労働者が毎日長距離を移動できるよう交通手段やインフラ網が発展した結果、できあがったということだ。第二次産業革命の進行中は、労働者にとって1日3度の食事が適切なものだった。たとえば、ヘンリー・フォードの自動車工場を想像してみるといい。労働者は、毎日厳しい工程に従うことを要求された。そのため1日3度しっかりした食事をすることは、作業の能率を上げるには不可欠だった。都市の労働者の新しいライフスタイルが、新しい食習慣を生み出した。よって現代の食習慣は150年足らずのものなのである。
  • 1日3度、充実した食事をする習慣は、産業の効率化とあいまって、3世紀に加速度的に広まった。政府も、2度の世界大戦により、それを積極的に推進した。

 

  • しっかりした食事をするのは1日に1度
  • しっかりした食事、軽い食事、多すぎる食事をきちんと認識し、1日に食べる
    量を管理する
  • キッチン道具は必要なものだけを買う。決して使わないような洒落た道具は必
    要ない
  • スナック菓子は手の届かないところへしまう。買わないと決めればさらにいい
  • 太っているいいわけをやめる

 

  • パンについては、トースト、サンドイッチ、クロワッサン、ピザなど、さまざまなものが含まれる。トルティーヤとトルティーヤチップスもだ。これはこの何十年かのあいだにメキシコ料理が人気となったアメリカにとってとくに重要だ。パスタも同様。基本的には小麦が主要な原材料のものは、量を減らすといい。糖分とジャガイモについては、スプーン1杯の砂糖や、ひとつのベイクドポテトということ以上に考えなければならない問題がある。炭酸飲料、キャンディ、カップケーキ、ピーナッツバターは脂肪に加えて、大量の糖を含んでいることだ。炭酸飲料だけでなく、リンゴジュースやオレンジジュースのような飲料も糖分が多い。もう1度言おう。「飲みものではカロリーを摂らない
  • 高果糖のコーンシロップやその他の甘味料を使っているものも同じだ。フライドポテトやポテトチップスもジャガイモなのでだめ。とくにポテトチップスは胴回りにとってとても危険だ。
  • パン、パスタ、糖分、ジャガイモが問題なのは、血糖反応を引き起こすからだ。わかりやすく言うと、血液中の糖(血糖)を増やし、それによって脂肪を蓄えるよう身体に指令を出す。つまり、こうした食品は、同じ分量のサラダを食べるよりも体重増加につながりやすい。科学と食品を専門とするライターのゲーリー・トーベスはそれについてすばらしい本を何冊か書いている。そのひとつ『ヒトはなぜ太るのか?そして、どうすればいいか』(メディカルトリビューン)を、炭水化物や他の食品がどのような生体反応を引き起こすかを知りたい人には勧めたい。
  • データ収集、測定、管理はいいことだが、自分がこれまでどうしてきたか、どこに向かうのかを知り、現実的な行程をみずから描けることが前提になる。つまり、なんのために、毎日体重を量り、カロリーを意識するかを理解しなければならない。経済学の理論を使えば、食べずに我慢した最後の10の不満が、減量する最後の1キロから得られる満足と等しくなるまでダイエットを続ければいい。

 

  • お得感を装う例としてよく見られるのが、アップセリングだ。映画館の売店やよく行くファストフードのレジでSサイズのドリンクを注文する。すると、あと少し多く払えばMサイズが買えますよ、と言われる。量は1.5倍。お得だ!けれど、本当にそうだろうか。こういったことはよくある。長期的に見れば健康に良くないことは考えず、その瞬間は得をしたような気がしてより量が多いほうを選ぶ。これが著者であるロブとクリスがいつも引っかかった罠だった。
  • スターバックスホワイトチョコレートモカ(全乳タイプ)の例を見てみよう。このおいしいコーヒーは、2オンス(約355ミリリットル)の「トールサイズ」で3ドル方セント。20オンス(約594ミリリットル)の「ベンティ」4ドルのセントに比べると明らかに割高だ。1オンス(約30ミリリットル)当たりではベンティは4セント、トールはセントで、トールが20パーセント高い。カロリーはどうだろう。トールが280カロリーなのに対して、ベンティは460カロリーもある。健康のことを考えれば、大きいサイズの割安感など忘れてトールサイズを選ぶほうがいい。(実際は、モカではなくてアメリカーノかドリップコーヒーを勧める。カロリーが低いだけでなく、値段も安い)このような意思決定をするときは、より大きなサイズが「割安」だと一瞬で算出するかもしれないが、将来の健康が犠牲になることを忘れてはいけない。今よりサイズの大きな服を新たに買う費用も発生する。長期的な費用と便益を比べると、量の多い食べものは支払う費用以上の犠牲が発生するため、結局は、製品価値が小さくなる。

 

  • ビヨンセは、わたしたちも好きだ。けれど、たとえ彼女のお気に入りだとしても、ペプシは避けるほうがいい。平均的なアメリカ人(ビヨンセのような体形の人ではない。お忘れなく)は、毎日ひと缶以上の炭酸飲料を飲む。驚くことに、4オンス(約622ミリリットル)の「Mサイズ」のコップ1杯の炭酸飲料には、米国心臓協会が1日の目安とする摂取量をはるかに超える糖分が含まれている。どう考えても、ビヨンセが実際にペプシ(あるいはコカ・コーラやそのほかのソフトドリンク)を飲んでいるかは大いに怪しい。ビヨンセや、ゲータレードの宣伝に出てくるアスリートやジャンクフードを宣伝する有名人の行動は、昔からの鉄則を思い出させる。それは、すぐれた麻薬の密売人は、自分の商品には手を出さないということだ。

 

  • 企業の宣伝によって、わたしたちはこうした食品をたびたび摂ってもいいように思い込まされてきたし、加工食品のほぼすべてに表示されている健康へのメリットはおそらく誇張されている。加工食品を選ぶときの目安が必要なら、これでどうだろう- 本物の果物や野菜は身体に良い。それ以外はそうでもない。
  • 企業は、消費者の食べ方に影響を及ぼすために、マーケティング以外の方法も用いている。2016年9月、米国医師会雑誌(JAMA)に、1960年代と1970年代の医学的所見に製糖業界がいかに影響を及ぼしたかを検証した研究が発表された。当時の研究者たちは糖質の消費による心臓病のリスクを重視せず、かわりに冠動脈性心疾患の原因はおそらく脂肪にあるとしたようだ。この研究では、糖類研究基金として知られるグループがこうした所見に影響を与えたことや、製糖業との関係が隠し通されたことが明らかにされている。また、こんにちでも同じような事例が多く見られる。たとえば、コカ・コーラ社によって設立され、2015年に解散した非営利研究グループであるグローバル・エネルギー・バランス・ネットワークは、糖分の多い飲料と肥満との関係を隠そうとした

 

  • 食品マーケティングの影響を遮断するための簡単なルールをいくつか紹介しよう。
  1. 外食は週1、2回に抑える。事前にネットでメニューを調べて、何を注文するかを前もって決めておくことを勧める
  2. 買い物をするときは買いものリストを作り、リストにあるもの以外は買わない。また、空腹のときは買い物に行くのを避ける。次のセクションで述べるが、できれば実店舗ではなく、インターネットで買うのがいい
  3. HBOナウやネットフリックスのようなコマーシャルのない配信サービスでテレビを観る
  • たとえ、テレビでジャ クフードのコマーシャルを流すのが過去のものになっても、インターネット、雑誌、街の看板からジャンクフードの広告が消えることはない。それをよく理解して、できるならテレビのコマーシャルを見ないようにしよう。システム2の脳に対する絶え間ない攻撃に備えることはできるとしても、ダイエットのために食べるのをあきらめた食品をいつも目にしたいとは思わないだろうから。
  • マーケティングは社会に根づいている。本書だって、マーケティングのひとつの形であり、減量やダイエットに関するわたしたちの考えを読者のみなさんに売ろうとしている。さらに、マーケティングと宣伝は新商品を紹介して、経済を活性化させるという重要な役割を担っている。けれど、質素、節制、拒否を訴える声は、ペプシと5000万ドルで契約を結んだビヨンセを使った広告にかき消される。宣伝やマーケティングに自分は騙されないと信じている人もいるかもしれないが、企業が巨額を注ぎ込むのには理由がある。それは、効果があるからだ。何が起こっているのかによく注意し、それに抵抗しよう。

 

  • 食料品店は、肥満の蔓延にひと役買っている。確かに、自分で材料を買い、料理をすれば、身体に良い、バランスのとれたものが食べられる。けれど、レストランと同じようにスーパーも商売であり、売り上げを最大限に伸ばそうとする。わたしたちが勧めに従って詳細な買いものリストを作っていても、店は懸命に衝動買いを誘い、「オレオが特売!それなら……」と思わせようとする。商品の陳列方法も、商品をより多く売るために、消費者のシステム1の脳を利用する例のひとつだ。マーケティングの第一人者であるパコ・アンダーヒルは、著書『なぜこの店で買ってしまうのか――ショッピングの科学』(早川書房)において、スーパーで買われる商品の8~10パーセントは無計画のものだと述べている。ペンシルベニア大学ウォートン校の教授デヴィッド・R・ベルがそれに続いて行なった調査では、衝動買いの比率はもっと低いものの、スーパーでの購買においてかなりの割合を占めているとした。平均20パーセントだそうだ。また、その研究では、比較的高
    収入の若い世代(わたしたちふたりも太り始めた頃はそうだった)の約3パーセント近くが一般の消費者よりも衝動買いをしやすいことも明らかにされている。正確な数字がどうであれ、食料品店で予定外のものを買えば、身体に良いものを食べたいという意思が簡単に覆されることは経験からわかる。

  • レジで支払いをするまでが問題をさらに悪化させる。何ドルか払えば買えるチョコレート、ガム、リオンス(約622ミリリットル)の炭酸飲料がレジの横にうまく並べてある。もちろんこれは意図的な陳列方法で、行動経済学では「選択設計」と呼ばれる。情報や商品の置き場所は、消費者の意思決定に大きな影響を与えるらしい。
  • レジ横にお菓子を並べるのは、販売のための効果的な戦術だ。それは直感的なシステム1の脳のふたつの特徴による。ダニエル・カーネマンによると、直感は「量に対する感応度の逓減性」を示すという。つまり、ショッピングカートがいっぱいになると、わたしたちは会計の直前にカートに追加する商品の金額やカロリーについてあまり気にしなくなる。食品を100ドル買ったのだから。スニッカーズのチョコレートバーが1個くらい増えてもどうということはない。
  • さらに、カーネマンが「認知的負荷」と呼ぶものも、悪い意思決定に深く関わっている。1章で述べたように経済的な不安に悩まされる人は、借金をする際に誤った決断をしがちだ。同様に、節食を強いられている人は、不合理なお菓子の誘惑に負けてしまう。そもそも、ダイエットで精神的にかなり消耗しているせいもある。たいていの場合、レジに並ぶ頃には疲れて頭も回らず、空腹も感じている。支払いを済ませ、店を出て一刻でも早く家に帰りたい。そうした認知的負荷がかかるときは、目の前でこちらを見つめているスナック菓子につい手が出てしまうのも無理はない。健康に良くないスナック菓子が、わたしたちがコントロールできるシステム2の脳が機能しなくなっているであろうタイミングで現れるのだから。
  • 考えてみると、予定外の買い物はほぼ間違いなくジャンクフードではないだろうか。無意識にケールを1束買って、翌日の昼食用のサラダを作ろうと思ったことなどあるだろうか。

 

  • 食料品はネットショップのインスタカートで買うが、アマゾンフレッシュ、ピーポッド、フレッシュダイレクトなどを使うときもある。週に1、2時間節約できるようになっただけでなく、健康により良いものを買うようになった。新鮮な果物や野菜を増やし、ポテトチップスや焼きたてのバゲットやチーズの盛り合わせなどはあまり買わなくなった。買いものリストにあるものだけを買うようにしているのと、店にいるときよりもよく考えて買うようになったからだ。システム1とシステム2の思考の違いを考えれば、驚くことではない。家の静かな環境のなかでシステム2の脳を使って集中すれば、間違った選択をすることが最小限に抑えられる。

 

  • 減量を成功させたいのであれば、流行りのダイエット法はすべて忘れたほうがいい。どの減量プログラムも短期間もしくは決まった期間での成功を目指し、長続きしない方法でそれまでの食習慣を変えさせようとする。パレオダイエットのように厳しい制限のある食事計画は、たいていの人には続けられないので(とくにお抱えのシェフがいない場合は)、一時の流行とみなすべきだろう。ダイエットの失敗率に関する厳しい統計結果には十分うなずける。複数の調査を批評したある研究によると、10キロ以上減量して3年以上リバウンドしなかった人は、5パーセントしかいない。これはダイエットを試みる人には、流行の、手っ取り早い方法を好む傾向があることを示している。
  • 同じように問題なのは、ダイエット効果を謳う飲食品の表示だ。ダイエット、低脂肪、心臓に良い、無脂肪、砂糖不使用、低炭水化物といった表示が信用できないことはすでに説明した。ここでは、よく売れている「ダイエット食品または飲料」のいくつかを見て、こうした商品がわたしたちをいかに惑わすかを検証してみよう。端的に言えば、ダイエットと謳っているものは避けたほうがいいことがわかる。

 

  • たとえば、2015年にサンアントニオにあるテキサス大学健康科学センターが出版したシャロン・ファウラーらの研究では、ダイエット炭酸飲料の消費と高齢者の体重増加に関連性があるとしている。ダイエット炭酸飲料が血糖値のコントロールに影響を与えて体重増加を引き起こすことを理論化している科学者や栄養学者も多い。
  • つまり、人工甘味料も、インスリンを分泌させて脂肪をため込むよう身体に指令を出すという糖質とまったく同じ働きをしているのかもしれないということだ。いずれにしろ、摂らないほうがいい。少なくとも、ダイエット炭酸飲料が減量に役立つと考えるべきではない。痩せている人が普通の炭酸飲料を飲み、太っている人がダイエット炭酸飲料を飲んでいるのをよく見るので、ダイエット炭酸飲料は減量の助けになっていないのだろう。 ホワイトチョコレートモカのラージサイズを(砂糖なしの)アメリカーノに替えるほうがよっぽど効果的だ。理想的にはどんな炭酸飲料も飲まないほうがいいが、誘惑に勝てずに飲むなら、普通の炭酸飲料でもダイエット炭酸飲料でもどちらを飲んでもいい。

 

  • 流行のダイエット法やダイエット食品に無駄なお金を使わない
  • アップセリングにのらない
  • できるだけ小さなサイズを注文する
  • 食品の宣伝、とくに「ライト」という言葉に騙されない
  • 可能であれば、食料品はネットショップで買う。または買い物リストを作って、
    店で衝動買いをするのを抑える
  • 大量安売りのスーパーは避ける
  • コーヒーや紅茶には砂糖や人工甘味料を入れない

 

  • 減量し、リバウンドを防ぐことは難しいが、立ち向かうべき問題をきちんと知り、正しい考え方で始めるなら不可能ではない。体重の減量分と食べる量を減らす分とが1対1の比率になるというのは、次の章で論じるように、その場しのぎの流行のダイエットには問題があることを明確に示している。そうしたダイエットが失敗に終わるのは、長い時間をかけて食生活を調整することを教えないからだ。だから、続けられるようなプランで始めることが大事だと思う。つまり、初日から、いかに食べる量を減らすか、食べすぎる誘惑を避けるかを学ぶ必要がある。食事の摂取量をある均衡から別の均衡へと移行させるのは、医者に命じられたときよりも、自分で決めたタイミングのほうがずっといい。
  • 肥満の問題に向き合い、食べる量を減らして、より健康的な未来を迎えるために新たな均衡へ移行することは、経済においては、個人支出を抑えて豊かな未来のために貯蓄を増やし、実体経済への投資を増やして長期的な成長力を高めるという新しい均衡に移行するのと似ている。単に似ているだけでなく、コインの両面とも言える。このふたつは、新しい持続可能な均衡に達するために、永続的な調整が必要な過剰消費の例だからだ。
  • 簡単に言うと、たくさん食べたとしてもそれが昼食なら、その日は節制できる時間が長くなるということだ。夕食をたくさん食べる予定があるからと日中の食事を抑えるよりも、昼食をたっぷり食べてから節制するほうが実行は容易に思える。配分の考え方で言えば、事前に節制してごちそうの余地を作っておくよりも、食べすぎた分をあとから清算するほうが簡単だ。
  • 読者のみなさんのなかには、まだ断食や準断食が極端なやり方だと思っている人がいるかもしれない。体重をコントロールするために食事を抜く必要はないだろう、と。ただ、そう思うのは(一部の)幸運な人だけかもしれない。以前のわたしたちふたりのように太っていて、ときおりピザやハンバーガーなどをたくさん食べるための余地を作りたい人は、ぜひとも断食すべきだ。

 

  • 毎日体重計に乗ってみて、1週間のごちそう(プチごちそう/プチ断食)の回数を決めるようにする。この習慣を続ければ、身体が何を必要としているかがわかるよう
    になる。さらに重要なのは、何を必要としていないかがよりよくわかるようになることだ。先ほど説明したように、週に何回ごちそうを食べていいかという問いへの答えは、体重を減らしたいのか、現在の体重を維持したいのかによって変わる。体重を減らしたいのなら、週に1回にとどめておくのがいいだろう。
  • こうした行動は、有名な投資家であるウォーレン・バフェットが示した、投資は生涯に20回までというルールから着想を得ている。バフェットは、パンチカードの例えを用いてこのルールを次のように説明した。投資を1回するたびに割り当てられた場所に穴をひとつ開けるとする。一生に3回しか投資できないなら、毎回の意思決定を健全なものにするために最善を尽くすようになるだろう。
  • このパンチカードの例えがすばらしいのは、投資1回1回について真剣に考えよと促していることだ。食事についても同じように考えてみてはどうだろうか。 ごちそうを 週に1、2回しか食べられないなら、その機会を価値あるものにしてほしい。それを忘れなければ、誘惑に抗う力になる。たとえ火曜日の昼食にごちそうが食べたくなっても、マクドナルドに駆け込んでビッグマックをほおばってしまえば、金曜の夜に近所の新しいバーベキュー店で親友と一緒に食事をするのをあきらめなければならないことを思い出すだろう。両方が同じように重要でないのは明らかだ。原則として、また、ごちそうが果たす役割について本章の初めに述べたことを思い出し、ごちそうを食べるなら交流の機会にしよう。
  • ごちそうの回数を1週間に1回か2回までと決めれば、とくに好きでもないごちそうでカロリーを摂るのがどんなに馬鹿らしいことかすぐに気づく。ごちそうを食べたことを後悔しようと、1週間のカロリー摂取量が増えることには変わりがないし、体重に表れる影響を相殺するために1食抜いても、翌朝体重が増えている可能性は五分と五分だ。
  • もし、自分なら選ばないような場所で特別な昼食会や夕食会が行なわれ、そういった場に出席しなければならないときも、ダイエットをあきらめてはいけない。こういう食事から摂るカロリーの多さは無視できず、出席する義務があるというのは免罪符にはならない。こういった場ではサラダを注文し、別の機会にもっと良いごちそうを楽しもう。大事なことなので、もう1度言う。好きでもない料理から無駄なカロリーを摂ってはいけない

  1. 毎朝体重を量る。デジタル体重計を持っていないなら、すぐに買おう。この習慣がやる気を削ぐものだと言う人も多いが、わたしたち著者の意見は逆だ。毎日、体重を確認すれば、自分の食習慣が良くも悪くもどのように自分の体重に影響を及ぼすかがわかるので、その日1日、正しい選択をしようという意思を保つことができる。また、空腹感に対処する助けにもなる。もちろん、いけないとわかっていながら、ポテトチップスやピザを食べたいという気持ちに負けてしまうこともときにはあるだろう。けれど、毎朝体重計に乗れば、食べたいという衝動を抑え、長期的に食べる量を減らすことができる。
  2. しっかりした食事は1日に1度だけ。1日3度食べてはいけないということではな
    い。朝、昼、晩と食べるのは文化でもあるからだ。けれど、1日3度しっかり食べるという習慣は期限切れだと言えるだろう。食品加工技術の革命によって1食分の量が増えているこんにち、3度の食事のうち2度は軽めにするべきだ。しっかりとした食事とはグリルした肉とつけあわせの野菜2種といったようなものだが、きちんと理解するには、体重計と自分の身体を使った実験をする必要がある
  3. カロリーを意識する。どれだけカロリーを摂取しているかという実践的な知識があれば、減量はより簡単になる。カロリー計算は勧めないが(負担が大きすぎる)、カロリーは意識しよう。つまり、カロリーがわかるときは、低カロリーのものを選ぶ。たとえば、 、マクドナルドで食事をするなら、特別な機会でない限り、ビッグマック(560カロリー)ではなく、チーズバーガー(310カロリー)を選ぶ。
  4. 流行のダイエット法やダイエット食品にお金を使わない。果物、サラダ、野菜は健康にいい。そんなことは言われなくてもわかると思う。けれど、読者のみなさんのなかには、以前のわたしたちと同じように、より健康的なもの、より太らないものなら、いくら食べても大丈夫だと思っている人もいるかもしれない。わたしたちは、今はもう「低脂肪」「ダイエット」といった宣伝文句を信じない。疑わしいだけでなく、単に食べすぎる人が多いという問題から目をそむけることになるからだ。
  5. 食事の変化を減らす。変化があれば人生はおもしろいが、いつもさまざまな食べものを楽しんでいるとしたら、その報いは体重計の数字に表れる。

 

  • 本書を通して、自分の健康は自分で守るべきだということ、他者のせいにしたり、他者を頼ったりしてはいけないということを述べてきた。そのため、わたしたちが提案する小さな習慣はすべてダイエットを行なう人に向けられたものだ。食品製造者や政府に向けたものではない。では、わたしたちが食品業界に対して政府による介入や規制強化を望んでいないかというとそうではない。けれど、わたしたちは現実主義者だ。飽食の時代に生きている限り(おそらくこれからもずっとそういうことになるだろう)、必要以上に食べる機会からは逃れられない。だからこそ、自分自身に責任を持つ必要がある。
  • 米国食品医薬品局(FDA)が レストランチェーンに食事のカロリー情報開示を求める
    ようになったのはすばらしいことだ。そうした情報があれば、より良い決定ができる。ただし、情報開示の水準はまだ十分ではない。たとえば、科学的研究やわたしたち自身の経験から、炭水化物を摂りすぎると体重が増えることがわかっている。そのため、食品医薬品局は、カロリーだけでなく、体重増加につながりやすい食品を考慮した「体重増加スコア」の開発を後押ししている。このスコアがすべての食品について開示されれば、どんな食品を買うかを決めるときに大きな助けとなる。さらに、小学生から退職者まですべての年代の人に向けた栄養に関する教育を政府の援助によって進めるのは良いことだと思う。もちろん、大がかりなものにする必要はなく、まずは「もっとたくさんサラダを食べよう」と勧め、砂糖はどのくらい摂れば摂りすぎなのか、といったことを説明することから
    始めればいい。