Depot

つれづれなるままに、日暮し、PCにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとをそかはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

Curriculum Vitae

Yamanatan Kac

日本科学技術大学理学部物理学科(上田次郎ゼミ)

帝都大学大学院理工学部物理学科(湯川学ゼミ)

Ph.D.

專門:システム科学

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About #stars

  • ☆ (must read)
  • ☆☆☆ (nice read)
  • ☆☆☆ (partly interesting)
  • ☆☆ (a bit interesting)
  • ☆ (oops!)

Favorite Food

  • Chocolate-mint ice cream
  • Gōngbǎo Jīdīng(宮保鶏丁)

What I don't like

  • 手段と目的が一致しないこと
  • 本質的でないこと
  • 無知なのに傲慢な人
  • 自己愛性パーソナリティ障害な方々

Favorite Drama

Favorite Movie

Favorite Anime

Todo

帝都大学の有名人について

  • 僕の指導教官でもある湯川学帝都大学物理学助教授(准教授)
  • 理工学部の名物教授といえば、渡来角之進教授。何言ってるかわからない講義で有名
  • 附属病院の下村教授。奥さんと娘さんが美人揃いであることでも有名。
  • UCLA元教授の国立笙一郎さんはうちの医学部出身。
  • 学生時代に文学部を主席で卒業され、現在は文学部で心理学を教えている秋山教授。よく一緒にいる女の人は奥様?
  • 同じく心理学専攻で帝都大学史上最年少で教授になった葛城リョウ先生。秋山さんと葛城さんは学生時代にライバルだったとかいう噂も・・・。
  • 今は刑事になったらしいですが、昔は動物生態学分野で有名だった都島さん。
  • 講義しに来ている推理作家の高村耕司さん。
  • 直森賞、菊川賞、国際文学芸術賞大賞受賞作家の宇佐見さんはうちの法学部OB。

2021年クリスマスケーキまとめ

そろそろクリスマスケーキの季節なので、検討した備忘録を兼ねてまとめていきます。主力のホテル・百貨店系は例年10月1日~なので、9月中にしっかりと比較考量して販売開始に臨みたいところです。クリスマスケーキはある程度まとまった数量が見込めることから、通常ラインに比べるとコスパはやや高めの傾向があります。年に1回の機会なので、しっかりと活かしたいですね!

2019年の「マツコの知らない世界」で紹介されたクリスマスケーキで検索されてくる方も多いので、Patisserie QBGさんは昨年と同様であれば、11月1日に受付開始だと思います。ハイアットリージェンシー東京は10月1日からです(下記参照)。DIYケーキは子育て世帯に流行っているのか、小田急ホテルセンチュリーサザンタワーも出してきていますね。ウェスティンホテル東京は10月1日からです(下記参照)。毎年デザイン性のあるケーキを出してくる京王プラザホテルは9月3日からで、すでに受付を開始しています(下記参照)。

HIBIKA、マイスターシュトックユーハイム、マンゴースイーツおきぼた、キャトーズ・ジュイエ、Pâtisserie Noliette、A.Lecomte(ルコント)はまだ情報出てきてないです(9/26時点)。ル・ショコラ・アラン・デュカスのクリスマス限定ショコラはハロウィン終わってから、例年通りであれば11月中旬からだと思います。

パーク ハイアット 京都

www.fashion-press.net

予約受付期間:2021年8月19日(木)~12月22日(水)

クリスマスケーキは、2種類を用意する。“ホワイトクリスマス”をイメージした真っ白なクリスマスショートケーキには、雪の結晶のデコレーションで華やかさをプラス。ふんわり柔らかなスポンジケーキにはあまおう苺をぎっしりとサンドし、生乳本来のうまみを生かしたシャンティクリームをたっぷりとあしらって仕上げた。

京王プラザホテル

www.fashion-press.net

2021年9月3日(金)~ ※受付時間10:00~19:00

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"真紅の薔薇の花束"ケーキ

新作「ラーヤ」は、フィンランド語で"贈り物"を意味するケーキ。艶やかな紫色を帯びたダークブラウンの表面に、"真紅の薔薇のブーケ"を模したチョコレート細工が鮮やかに映える。ジェノワーズやグリオットチェリーの酸味が広がるピスタチオクリーム、ビスキュイシトロンをはじめとする7層から成り、様々な味わいを楽しむことができる。

コンラッド東京

conrad-tokyo.hiltonjapan.co.jp

www.fashion-press.net

予約期間    2021年9月16日(木)~12月23日(木)

ベリー類をこぼれ落ちそうなほど贅沢に使った躍動感あふれるショートケーキや香り高いグランマルニエのケーキなどをご用意しております。

小田急ホテルセンチュリーサザンタワー

ignite.jp

予約受付期間:2021年9月16日(木)~12月20日(月)

ホワイトチョコレートのムースの中にはチョコレートとパッションフルーツのクリーム、苺のジュレが3層になっていて、甘いクリームとフルーツのほどよい酸味が絶妙。パッションフルーツはホテルこだわり食材のひとつ、東京都八王子産を使用。滑らかなクリームとパッションフルーツの種のバランスが良く、香ばしさとザクっとした食感がアクセント。

ホテルメトロポリタン

ikebukuro.metropolitan.jp

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2021年10月1日(金)10:00a.m.~12月15日(水)

人気の“Suicaのペンギン クリスマスケーキ”や、毎年ご好評いただいているショートケーキなど、バラエティ豊かな5種類をご用意いたしました。 ご家族やカップルでお楽しみいただけるほか、シーンに合わせてお選びいただけます。

ホテルインターコンチネンタル 東京ベイ

www.interconti-tokyo.com

www.fashion-press.net

2021年10月1日(金)11:00より

ザ・ショップ N.Y.ラウンジブティックにて、エグゼクティブ シェフパティシエ德永純司がプロデュースするクリスマスケーキ&スイーツの予約受付を、10月1日より開始いたします。2021年のクリスマスシーズンはケーキを4種類、シュトーレンを2種類、チョコレートパズルを2種類をご用意いたしました。クリスマスケーキは、軽さとコクを合わせ持つ、生クリームときめの細かいスポンジが特徴の「クリスマスショートケーキ」をはじめ、青りんごのムースとキャラメルのムースをチョコレートのスポンジで包み、キャラメリゼしたりんごを添えた「ノエルソワール」、いちごのクリームとマスカルポーネのムースに、グレープフルーツのジュレを挟み酸味をきかせた、華やかな装いの「シャルム」、チョコレートのムースにレモンのクリームとムースを重ね、フィアンティーヌとダックワーズで食感を演出した「シオレ」をラインナップいたしました。また、クリスマスギフトやパーティーへの手土産におすすめのスイーツとして、毎年人気のドイツの伝統的な焼き菓子「シュトーレン」を2種、フランス産チョコレートの「クリスマスパズル」を揃えました。

京王百貨店

prtimes.jp

10月1日(金)~12月16日(木)

今年は国内・海外の有名パティスリー5店が初登場。中心価格帯は昨年と同様に4,000円前後で、家族や少人数で楽しむ3~4名向けサイズを中心とした繊細かつ華やかな見た目にこだわったクリスマスケーキをそろえます。そのほかにも人気の高いホテルケーキや国内パティスリーのパティシエが作る、華やかなアートケーキ、コロナ禍で昨年から好評だった”切り分け不要”なプチケーキなど、京王限定販売14型を含む計50型を展開します。

ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町

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予約期間は2021年10月1日(金)から12月21日(火)まで、引渡期間は12月18日(土)から25日(土)まで。

2020年に引き続き、ドイツで100年以上の歴史を誇るテディベアのトップブランド「シュタイフ」とコラボレーションしたクリスマスケーキが登場。2021年はいちごのタルトケーキに、サンタクロースのブーツから顔をのぞかせたテディベアやクリスマスツリーをのせたチャーミングなケーキ「ノエル シュタイフ」を展開する。「シュタイフ」とのコラボレーション以外にも、個性豊かなクリスマスケーキを豊富なラインナップで用意。

横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズ

prtimes.jp

予約受付期間: 10月1日(金)~12月18 日(土)

2021年1月の発売以降ご好評をいただいている「極上ショートケーキ」シリーズ。素材が持つ上品な味わいを大切に、洗練された巧みな技で仕上げていく”極上”シリーズより、今年はクリスマス限定のケーキ3種が新登場いたします。

新横浜プリンスホテル

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【ご予約期間】 2021年10月1日(金)~12月17日(金)

2020年に好評を博した"パフェ型"のクリスマスケーキが今年も登場。「COLORFUL PARFAIT SELECTION -世界を旅するクリスマスパフェ 2nd-」と題し、世界各国の伝統的なスイーツをイメージしたパフェ6個セットを展開する。

ハイアットリージェンシー東京

digitalpr.jp

10/1(金)予約スタート! 

可愛らしい見た目とホテルならではの上質な味わいで、毎年好評いただいているハイアット リージェンシー東京のクリスマスケーキ。昨年より販売を開始した「DIYクリスマスケーキ」に、今年は新作が2種登場します。

ザ・リッツ・カールトン東京

prtimes.jp

2021年10月1日(金)~ 12月14日(火)

今年もバラエティーに富んだ4種類のクリスマスケーキをご提供いたします。スクエア型の「ストロベリーショートケーキ」の3サイズを始め、リッチな味わいをお愉しみいただける「クリスマスリース」と「ピスタチオ レッドベリー ログケーキ」、ユニークなデザインで遊び心溢れる「メリーゴーランド」を模ったチョコレートケーキも限定販売いたします。

東京マリオットホテル

prtimes.jp

ご予約期間:2021年10月 1日(金)~ 12月15日(水)

2021年の東京マリオットホテルのクリスマステーマは「Sparkle(スパークル)」。これから迎えるクリスマスと新年が明るく輝かしい未来になって欲しいという願いを込めて造り上げたアイテムをご用意しました。クリームチーズとトロピカルフルーツを組み合わせた爽やかなレアチーズケーキや、毎年ご好評をいただいているシュトーレンなど、聖夜を楽しむ品々をお届けします。加えて、当ホテルパティシエ・小林 旺広が今夏第1回グランマルニエ杯にて全国109名の応募の中から優勝を飾ったケーキがクリスマスの装いで登場いたします。

ザ・キャピトルホテル 東急

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2021年10月1日(金)から12月20日(月)までの期間

ザ・キャピトルホテル 東急が掲げる2021年のクリスマスのテーマは「トラディショナル クリスマス」。家族や大切な人と温かな時間を過ごすというヨーロッパの伝統を踏まえ、ぬくもりの感じられる全6種のクリスマスケーキを揃えた。

キンプトン新宿東京

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予約受付開始日:2021年10月1日(金) 11:00~ ※ウェブ、または電話にて受付

キンプトン新宿東京の「クリスマスログケーキ」は、きらめくニューヨークの街並みから着想を得た、カラフルでユニークな味わいが魅力。

ウェスティンホテル東京

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2021年10月1日(金)から12月10日(金)

数量限定で展開される「スペシャルケーキ コレクション」の注目は、“森の中の切り株”のようなデコレーションを施した「ノアゼット ピスタチオ」。ピスタチオ・ヘーゼルナッツ・チョコレートの濃厚なケーキに、キノコ型チョコレートやローズマリー、ナッツなどを飾り付け、インパクト抜群のユニークなルックスに仕上げた。

ホテル雅叙園東京

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2021年10月1日(金)から12月17日(金)まで予約受付

ホテル雅叙園東京のペストリー料理長・生野剛哉が手掛けるクリスマスケーキが、2021年もラインナップ。テーマは「Art Temptation - アートの甘い誘惑 - 」で、定番の「玉手箱」や一番人気の「嘉山農園の苺ショートケーキ」、スパイシーな「シュトーレン」の他、新作ケーキ4種が加わる。

リーガロイヤルホテル京都

www.j-cast.com

予約受付を2021年10月1日にスタート

クリスマスケーキが京都らしい重箱に入っている。「でこれ~しょん」「ぽっぷ」「えれがんと」という3種の内容を1段重~3段重で組み合わせ、7通りのパターンができる。

   「でこれ~しょん」は苺のデコレーションケーキ、「ぽっぷ」はキュートなミニケーキアソート16品、「えれがんと」は大人らしいミニケーキアソート15品となっている。家族の団らん、友人とのパーティーなど、様々な用途に合わせられるという。重箱は風呂敷で包まれているため、京都らしい"おもたせ"としてもふさわしい。価格は1段重5000円、2段重9000円、3段重1万2000円。それぞれ120台限定。

高島屋

www.takashimaya.co.jp

クリスマスケーキ&オードブルカタログ掲載品 10月1日(金)午前10時より承り開始

ル・パン神戸北野

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2021年10月1日(金)~2021年12月13日(月)

毎年根強い人気のイチゴのショートケーキ「ノエル・フレーズ」に加え、サンタクロースをイメージした「ペール・ノエル」に、フランス語でトナカイを意味する「レンヌ」、そして自慢のクリスマス シュトーレンをご用意しました。

マンダリン オリエンタル 東京

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予約期間:2021年10月1日(金)~12月9日(木)

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2021年の新作ケーキには、サンタの帽子をかぶった愛らしいペンギン姿のティラミスが登場。イタリア産マスカルポーネのムースに、コーヒーシロップを染み込ませたスポンジ、チョコレートクランチ、キャラメルクリームを合わせ、本格的な味わいに仕上げた。

渋谷ヒカリエ ShinQs

erecipe.woman.excite.co.jp

2021年10月7日(木)12月20日(月)まで店頭予約

渋谷ヒカリエ シンクスが2021年のクリスマスに向けて掲げるテーマは「Bon voyage ~世界とつながるクリスマス~」。世界各国のカラーやモチーフを取り入れたシンクス限定のクリスマスケーキなど、2021年も豊富なラインナップで展開される。インパクト抜群!ユニークなクリスマスケーキ

<メイプリル>虹色の地球フルオーダーメイドスイーツを手掛けるスイーツ・デザイン・スタジオ「メイプリル(MAPRIL)」は、虹色の花が咲き誇る地球と華やかな蝶が舞う様子を表現した、パステルカラーのクリスマスケーキを展開。ふわふわのスポンジが何層にも重なる地球型ケーキの間には、甘酸っぱいベリー系のフルーツとミルキーな生クリームをサンドした。

小田急百貨店

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10月9日(土)10時~12月14日(火)15時まで

今年は「Christmas Stories」をテーマに、サンタクロースからの甘いおいしさを詰め込んだ招待状をイメージしたケーキを展開。おとぎ話を思わせるような大人かわいいケーキや上質でこだわりのあるラグジュアリーな一品など多彩に揃えます。

パーク ハイアット 東京

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ご予約期間: 2021年10月11日(月)より *ご予約はお受け取り希望日の2日前まで承ります。

フランス出身のエグゼクティブ ペストリーシェフ、ジュリアン ペリネは、東京に来て初めてのクリスマスを迎えます。着任以来、日本の食文化や食材の探求を続け、洗練されたクリエイティビティを発揮してきた彼が、何度も試作を重ねて完成させた自信作をお贈りいたします。

キル フェ ボン

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<2021年10月11日(月)>
グランメゾン銀座、青山、東京スカイツリータウンソラマチ店、横浜
<2021年10月18日(月)>
静岡、浜松、グランフロント大阪店、京都、福岡、仙台

キル フェ ボン30周年を記念した“ティアラ型”のタルトを使用した新作ケーキ「~タルトティアラ~特選イチゴとピスタチオのタルト」だ。タルトの上には、静岡県産「紅ほっぺ」または福岡県産「あまおう」といった大粒のイチゴや“宝石”をイメージした金粉入りのゼリーをトッピング。さらにナッツの女王と呼ばれるピスタチオクリームとムースを合わせ、特別な日にふさわしい優雅で美しいタルトに仕上げた。

松屋銀座・浅草

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10月13日(水) 午前11時 ~ 12月15日(水) 午後5時

今年のポイント
① クリスマスをご家族で、贅沢に過ごしていただけるラグジュアリーなケーキを紹介
② 本格派ケーキを好む方へ、ホテルやレストラン、パティスリーケーキが充実
③ 王道の人気を誇る、ショートケーキが充実
④ 全国配送可能なデリバリーケーキを強化

 

 

 

 

セブン(ジェラートピケ他)

7-11net.omni7.jp

www.fashion-press.net

ファミマ

www.family.co.jp

ローソン(ゴディバ、サダハル・アオキなど)

www.ssnp.co.jp

バンダイ

www.bandai.co.jp

経済学者が考える退職後の正しい生活設計

This Economist Says Most Retirement Planning Is Wrong

ファイナンシャルプランナーは間違っている

www.barrons.com

  • ボストン大学の経済学者、ローレンス・コトリコフ氏は、ほとんどのファイナンシャルプランナーは間違っていると考えている。同氏によれば、ファイナンシャルプランナーは、顧客が退職後の所得目標を達成できるように支援することではなく、生涯の支出額を平準化し、それを維持できるように支出を守ることや、そのための貯蓄を促すことに重点を置くべきである。
  • コトリコフ氏は退職者に対して、たとえ貯蓄を減らすことになったとしても、社会保障給付の受け取りを可能な限り遅らせて最大の利益を得るべきだと助言する。また、住宅ローンを返済すれば確実に安全なリターンが得られるため、退職口座の貯蓄を切り崩して返済することを検討すべきだと言う。本誌は同氏に電話で話を聞いた。
  • 本誌:ファイナンシャルプランナーの基本的な問題とは? コトリコフ氏:人生の目標は富を蓄積することではない。決まった所得の範囲で最高のライフスタイルを確立し、市場が暴落したり、家が焼失したり、100歳まで生きることになったりしても路上で生活しなくてよいようにすることだ。
  • Q:あなたは生涯の消費額を平準化することを提唱しているが、ファイナンシャルプランナーは顧客の退職後の資産ポートフォリオを構築することで平準化を実現しているのではないか? A:退職後に備えた貯蓄は消費の平準化にとって最も重要なステップだ。しかし、貯蓄は少な過ぎても多過ぎてもいけない。経済学者は生涯の所得を踏まえ、支出を続けることができる支出額を計算する。ほとんどのファインシャルプランナーのように、退職後にどれだけお金を使いたいかと聞くことはない。自分の資産の範囲内でしか支出することはできない。資産が分かれば支出できる金額も分かる。
  • Q:自分の資産をどのように投資しているか? A:株式市場のバリュエーションは割高になっており、米連邦準備制度理事会FRB)のサポートや低金利へのコミットメントに依存しているように見える。この政策は持続不可能であり、株式市場は非常にリスクが高いと考えている。現在の投資環境は非常に難しいため、私は資産の約半分を現金で保有している。
  • Q:何百万人もの米国人が社会保障給付の前倒しを選ぶ。これは間違っているか? A:家が燃えなかった時に損をしないように、火災保険の保険料を減らすようなものだ。つまり、論理が屈折しており、間違っている。社会保障給付は、⻑生きし過ぎて貯蓄がなくなってしまうという最大の財務リスクに備えて保険を買うようなものだと理解する必要がある。
  • Q:他に米国人が退職後の資産形成に関して間違っていることは? A:住宅だ。多くの人は小さい住宅に住み替えない。また、米国には住宅価格が安くて、現在以上の生活を送れる地域がたくさんある。退職年齢が早過ぎるのも間違っている。望む生活水準を維持できないなら、仕事を辞めるのはまだ早い。1年退職を遅らせるごとに、生活費を貯蓄で賄わなければならない期間が1年減る。
  • 父とその兄弟は資産の全てをデパートに注ぎ込んでいた。デパートが破綻した時、両親には自宅以外に何も資産がなかった。だから私ときょうだいが面倒を見ることになった。両親の稼ぎの大部分は子供の教育費に充てられていたから、私たちが両親の世話をしたことは投資のリターンだったとも言える。 
  • Q:教育支出は生涯所得を押し上げるため、優れたお金の使い方だとされている。これは本当か? A:大学や大学院に通うだけでなく、配管工になるための投資さえ、分別ある投資ならば利益になる。しかし、大学の入学者の40%は卒業せず、その多くは学生ローンを借りたのに退学している。大学に通うために学生ローンを借りるべきではない。リスクが高過ぎる。
  • Q:住宅ローンを前倒しで返済するのは賢明なことか?私の友人は(元手が大きい方が)株式投資で稼げるから繰り上げ返済はしないと言っている。 A:もし住宅ローンを完済したら、借金をして株式市場に投資するかと友人に聞いてみるといい。そんなことはしないだろう。つまり、友人の言っていることは非合理的だ。
  • Q:近日中に刊行する本では、資産を増やし、リスクを減らし、より良い人生を送るための秘訣(ひけつ)を紹介するということだが、それを教えてほしい。 A:住宅費を節約するために親と同居すべきである、大学に通うために学生ローンを借りてはならない、IRAの貯蓄を切り崩して住宅ローンを返済する、退職後は徐々に株式への投資を増やすといった秘訣がある。予想もしないようなアイデアがたくさん詰まった本だ。
  • Q:2012年と2016年に大統領選に立候補した理由は? A:幅広い政策に関する懸念について、経済学者が必要だと考えることを人々に伝えるのが務めだと思った。そのため、医療制度改革に関するスピーチを書く前に医療経済学者と対談をしたり、税制改革について優れた財政学者の意見を聞いたりした。勝てるとは思っていなかった。
  • Q:個人として経済学のルールに反する間違いを犯したことは? A:休暇用のコテージを改築したことだ。取り壊して一から建てれば半分のコストで済んだが、そのコテージに愛着があった。お金に関する意思決定をするときは、誰でも感情に流されてしまう

失敗の本質

  • 現代に生かすとは、次の戦争を準備することではない。それは、今日の日本における公的および私的組織一般にとって、日本軍が大東亜戦争で露呈した誤りや欠陥、失敗を役立てることにほかならない。
  • では、日本軍の失敗がどうして現代の組織にとって関連性を持ちうるのか、また教訓となりうるのか。
  • そもそも軍隊とは、近代的組織、すなわち合理的・階層的官僚制組織の最も代表的なものである。戦前の日本においても、その軍事組織は、合理性と効率性を追求した官僚制組織の典型と見られた。しかし、この典型的官僚制組織であるはずの日本軍は、大東亜戦争というその組織的使命を果たすべき状況において、しばしば合理性と効率性とに相反する行動を示した。つまり、日本軍には本来の合理的組織となじまない特性があり、それが組織的欠陥となって、大東亜戦争での失敗を導いたと見ることができる。日本軍が戦前日本において最も積極的に官僚制組織の原理(合理性と効率性)を導入した組織であり、しかも合理的組織とは矛盾する特性、組織的欠陥を発現させたとすれば、同じような特性や欠陥は他の日本の組織一般にも、程度の差こそあれ、共有されていたと考えられよう。
  • ところが、このような日本軍の組織的特性や欠陥は、戦後において、あまり真剣に取り上げられなかった。たしかに、戦史研究などによりさまざまの作戦の失敗は指摘された。そして、多くの場合、それらの失敗の原因は当事者の誤判断といった個別的理由や、日本軍の物量的劣勢に求められた。しかしながら、問題は、そのような誤判断を許容した日本軍の組織的特性、物量的劣勢のもとで非現実的かつ無理な作戦を敢行せしめた組織的欠陥にこそあるのであって、この問題はあまり顧みられることがなかった。否むしろ、日本軍の組織的特性は、その欠陥も含めて、戦後の日本の組織一般のなかにおおむね無批判のまま継承された、ということができるかもしれない。たとえばそれは、企業のリーダーが自己の軍隊経験を経営組織のなかに生かそうとしたり、経営のハウ・ツーものが日本軍の組織原理や特性を半ば肯定的に援用しようとする傾向などに、見ることができよう。
  • なるほど日本軍の組織原理や特性は、すべてがいかなる場合にも誤りではなかったであろう。日本軍の組織的欠陥の多くは、大東亜戦争突入まであまり致命的な失敗を導かなかった、ともいえるかもしれない。すなわち、平時において、不確実性が相対的に低く安定した状況のもとでは、日本軍の組織はほぼ有効に機能していた、とみなされよう。しかし、問題は危機においてどうであったか、ということである。危機、すなわち不確実性が高く不安定かつ流動的な状況――それは軍隊が本来の任務を果たすべき状況であった―――で日本軍は、大東亜戦争のいくつかの作戦失敗に見られるように、有効に機能しえずさまざまな組織的欠陥を露呈した。
  • 戦後、日本の組織一般が置かれた状況は、それほど重大な危機を伴うものではなかった。したがって、従来の組織原理に基づいて状況を乗り切ることは比較的容易であり、効果的でもあった。しかし、将来、危機的状況に迫られた場合、日本軍に集中的に表現された組織原理によって生き残ることができるかどうかは、大いに疑問となるところであろう。日本軍の組織原理を無批判に導入した現代日本の組織一般が、平時的状況のもとでは有効かつ順調に機能しえたとしても、危機が生じたときは、大東亜戦争で日本軍が露呈した組織的欠陥を再び表面化させないという保証はない。

 

  • 本書は大東亜戦史上の失敗例として六つのケースを取り上げ、個々のケースにおける失敗の内容を分析した。六つのケースとは、ノモンハン(執筆担当・村井、軍事史専攻)、ミッドウェー(同・鎌田、組織論専攻)、ガダルカナル(同・野中、組織論専攻)、インパール(同・戸部、政治外交史専攻)、レイテ(同・寺本、組織論専攻)、沖縄(同・杉之尾、戦史専攻)である。各ケースの詳しい内容と分析は1章に譲り、ここではそれぞれのケースを取り上げた理由を簡単に説明しておこう。
  • まず、ノモンハンは、大東亜戦争には含まれないが、その作戦失敗の内容から見て、大東亜戦争におけるいくつかの作職の失敗を、すでに予告していたと考えられる。たとえば、そこでは作戦目的があいまいであり、しかも中央と現地とのコミュニケーションが有効に機能しなかった。情報に関しても、その受容や解釈に独善性が見られ、戦闘では過度に精神主義が誇張された。これらの点を含む日本軍のさまざまな組織特性や欠陥は、あとで見るように、大東亜戦争開始後の重要な作戦でも、程度の差こそあれ、一様に繰り返されたのである。また、ノモンハンでの失敗は、ほとんど学習されることがなかったのであり、その意味でノモンハンは、比喩的にいえば、失敗の序曲でもあった。
  • ミッドウェーとガダルカナルは、よく知られているように、それぞれ大東亜戦争における海戦と陸戦のターニング・ポイントであった。それまで順調に軍事行動を進ませてきた日本は、この二つの作戦の失敗を転機として敗北への道を走り始めたのである。とくにミッドウェーは、作戦の成功と失敗の分岐点を明らかにする事例としても、注目される特徴を有している。この作戦の失敗には、作戦目的の二重性や部隊編成の複雑性などの要因もからんでいるが、米軍の成功と日本軍の失敗とを分かつ重大なポイントとなったのは、不測の事態が発生したとき、それに瞬時に有効かつ適切に反応できたか否か、であった。ミッドウェーのケースでは、この点に着目して分析がなされるであろう。
  • 他方ガダルカナルでは、やはり他の失敗した作戦と同じく、情報の貧困や兵力の逐次投入といった点が指摘されると同時に、太平洋戦場で反攻に移った米軍が水陸両用作戦を開発しそれを効果的に用いたのに対し、日本軍がそれにまったく成功しなかった点にも注意が向けられる。陸戦のターニング・ポイントとしてのガダルカナルには、日本軍がそこで実施すべき水陸両用の統合作戦の開発を怠ってきたことの欠陥や失敗という一面もあったのである。
  • インパール、レイテ、沖縄は、日本の敗色が濃厚となった時点での作戦失敗の主要な例である。いうならば、 この三つの作戦は、本来的な意味における「敗け方」の失敗の最も典型的な事例を提供してくれる。インパールは、しなくてもよい作戦を敢行した、いわば賭の失敗であった。そのケース分析では、戦略的合理性を欠いたこの作戦がなぜ実施されるに至ったのかという点に着目し、主に作戦計画の決定過程に焦点を絞るとともに、人間関係を過度に重視する情緒主義や、強烈な使命感を抱く個人の突出を許容するシステムの存在が、失敗の主要な要因として指摘される。
  • レイテは、まさに"日本的”精緻をこらしたきわめて独創的な作戦計画のもとに実施されたが、いぜんとして作戦目的はあいまいであり、しかも、精緻な統合作戦を実行しうるだけの能力も欠けたままであった。そして参加各部隊(艦隊)は、その任務を十分把握しないまま作戦に突入し、統一指揮不在のもとに作戦は失敗に帰したのである。任務の把握の不徹底という点に着目すれば、レイテの敗戦は、自己認識の失敗であったともいえよう。さらに、その自己認識の失敗は、能力不相応の精緻な作戦計画や、事前の戦果の非現実的な過大評価にも通じるものであった。
  • 大東亜戦争最後の主要作戦たる沖縄でも、相変わらず作戦目的はあいまいで、米軍の本土上陸を引き延ばすための戦略持久か航空決戦かの間を、揺れ動いた。ここでもいくつかの要因によって戦略的合理性が貫徹されなかったが、とくに注目されるのは、大本営と沖縄の現地軍に見られた認識のズレや意思の不統一である。このケースでは、米軍の上陸に対して効果的な措置をとることに失敗した根源を、大本営と現地軍との間の対立や妥協から生まれた戦略策定の非合理性ととらえ、そこに分析のメスが入れられるであろう。
  • 以上六つのケースは、大東亜戦争における主要な作戦のすべてを網羅したものではない。しかし、日本軍の組織特性や欠陥から失敗の本質をえぐり出そうという本書の目的からすれば、 この六つのケースが最も典型的な「失敗」の例を提供してくれるし、また、六つのケースの分析でわれわれの研究目的にはほぼ十分であろうと思われる。陸戦四、海誠二、という配分も、それぞれのなかに陸海統合作戦的なものも含まれているので、ほどよいバランスといえるであろう。

 

 

 

 

 

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toyokeizai.net

  • 『失敗の本質』で最も重い指摘は、日本の中に潜む「適応が適応性を妨げる(Adaptation precludes adaptability.)」という過剰適応とそれによるレガシー(遺制)への幽囚です。戦後の経験と体制を完成形にしてしまい、そこから逃れられない。「永遠平時国家」から脱皮できない。

  • 日米同盟を維持しつつ、アメリカから自律し、自ら国を守る。経済安全保障政策を確立する。有事の体制をつくるため、法制度を洗い直す。コロナ危機は、日本にそうした覚悟を求めているのだと思います。

books.j-cast.com

  • 太平洋戦争の敗戦は、日本軍の「大本営発表」による事実の隠蔽やねつ造が、国民に敗戦の可能性を見えなくさせ、政府部内も含めて批判を許さなかった結果でもある。それに加担したメディアに大きな責任があった。それになぞらえれば、金融政策をめぐる現在の異様な言論空間の持つ意味は、きわめて重大である。

diamond.jp

  • 日本を震撼させた大震災をきっかけにして、水面下で抱えてきた多くの社会問題、経済の課題、国民生活や政治組織の問題が一気に噴出していると、私たち日本人は感じているのではないでしょうか。「第三の敗戦」とは、作家としても有名な堺屋太一氏が、下り坂の20年の末にきた東日本大震災を表現した言葉です。第一の敗戦は幕末、第二の敗戦は太平洋戦争(大東亜戦争)なのだそうです。
  • 最前線が抱える問題の深刻さを中央本部が正しく認識できず、「上から」の権威を振り回し最善策を検討しない。部署間の利害関係や責任問題の誤魔化しが優先され、変革を行うリーダーが不在。『失敗の本質』で描かれた日本組織の病根は、いまだ完治していないと皆さんも感じないでしょうか。

 

起業の天才!―江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男

  • ベゾスは名門プリンストン大学で電気工学と計算機科学を専攻し、米国の成績評価であるGPAで4・2ポイント (通常は4・0ポイントが最高値)という極めて優秀な成績で卒業した。コンサル大手のアーサー・アンダーセン(現・アクセンチュア)、インテル、通信大手AT&Tなど錚々たる企業から就職の誘いがあったが、ベゾスが選んだのは、無名のベンチャー企業、ファイテルだった。1994年にアマゾン・ドット24年にアマゾン・ドット・コムを立ち上げるまでのベゾスの足跡をたどると、ベゾスが極めて計画的にファイテルを選んでいたことが分かる。
  • ファイテルで「株取引のオンライン決済」を学んだベゾスが次に選んだ会社は大銀行のバンカース・トラスト(現・ドイツ銀行)だ。ここでもオンライン・システムの開発に従事した。その優秀さは群を抜いており、23歳の若さで副社長に抜擢された。だがベゾスはこの大銀行にも安住しない。このころ出会ったコロンビア大学コンピューター学科助教授のデビッド・ショーの誘いを受け、彼が立ち上げたヘッジファンドに移籍する。
  • ショーもチチルニスキーに負けず劣らずの天才だった。チチルニスキーが株の国際取引をオンライン化したのに対し、ショーは為替の裁定取引(アービトラージ)をオンライン化した。ショーはコンピューターで裁定取引をする異色のヘッジファンド、「D・E・ショー」を立ち上げ、ベゾスを引き抜いて上級副社長に据え、コンピューター・ネットワークの開発を任せた。
  • ベゾスがファイテル、D・E・ショーというベンチャーでチチルニスキーやデビッド・ショーといった天才たちの下で働いたのは、けっして偶然ではない。プリンストン大学の在学中から「いずれはコンピューターを使ったビジネスで起業する」と決めていたベゾスは、そのために必要な経験を着々と積み上げていた。将来の自分に必要な人脈とスキルを冷静に選んでいたのだ。

 

  • ベゾスはプリンストン大学を出てからの自分のキャリア形成について、「後悔最小化のフレームワーク」という独特の思考方法を使ってこう説明している。
  • 「80歳になったら、自分はウォール街を去ったことを後悔するだろうか? ノー
    ノー。インターネットの誕生に立ち会えなかったことを、自分は後悔するだろうか? イエス

 

  • 江副はさっそく、企画書をまとめ、取締役会に提出した。「『リクルートブック』に次ぐ主力媒体として、不動産を扱う情報誌の創刊」
  • だが現状に満足している多くの役員からは、次々と反対の声が上がった。「不動産屋というのは枕詞に『悪徳』がつくぐらい評判が悪い。これまで人材情報で築き上げてきた日本リクルートセンターのイメージに傷がつく」
  • 「そもそも出版業界には『住宅関連の雑誌は売れない』というジンクスがある」「我々は不動産のプロではない。素人ばかりで不動産の情報誌は作れない」だが江副はいっさい耳を貸さず「絶対に伸びる事業だから」と押し切った。江副には、すでにこの時点で住宅情報誌が『リクルートブック』並みに100億円以上を稼ぎ出す未来が見えている。「儲かると分かっているのに、やらない手はない」というのが江副の考え方である。「失敗するかもしれない」「売れなかったらどうしよう」というネガティブな発想は頭の片隅にもない。

 

  • アップル創業者、スティーブ・ジョブズ、テスラ創業者のイーロン・マスクも同じ類の人間だろう。ジョブズはコンピューターがまだ大企業や政府の持ち物だった時代に、個人がひとり1台のコンピューターを持つ世の中を夢想した。マスクは二酸化炭素を排出しない電気自動車(EV)が普及し、ガソリン車が地球から一掃されるビジョンを見ている。一時期のテスラは3ヵ月に1000億円のペースで現金を燃やしながらEVを作っていた。ふつうの人間から見れば「狂気」だが、マスクにとってそれは「必然」である。そして日本リクルートセンターによる住宅情報誌の発刊は江副にとって「必然」だった。

 

  • 初心で真っすぐな日本リクルートセンターの若者たちは、こうした悪質な商売を一掃した。「駅まで8分」は本当に8分なのか。「閑静な住宅街」が国道に面していることはないか。「情報審査室」を立ち上げ、読者からクレームのあった物件に足を運び、「悪質」と判断した広告は取り下げ、悪質な広告が多いデベロッパーとは取引をやめた。業界で大手と呼ばれる会社も例外ではなかった。
  • 「徒歩1分=0メートル」という業界内の規約が『住宅情報』の出現によって守られるようになり「怪しげな不動産広告」は減っていった。これまで不動産会社に閉じ込められていた情報が消費者に解放され、不動産会社も本当に家を買いたいと思っている人に物件情報を届けられるようになった。『住宅情報』は『リクルートブック』と同じ原理で買い手と売り手をマッチングし、双方をハッピーにした。未知なる不動産業界に飛び込んだ若者たちは「自分たちは世の中の役に立っている」という充実感を励みに、猛烈に働いた。

 

  • 会社をより大きくするため、江副はパッシーナで日本のエスタブリッシュメントとコネを作ろうとした。それがリクルートの理念と相容れないことに、考えが及ばなかったのだろうか。「リクルートブック』は親や教授のコネがない学生が大企業に入るきっかけを作った。『就職情報』と『とらばーゆ』は、後ろ暗いイメージがあった「転職」を当たり前のものにした。『住宅情報』は一般の消費者には知ることのできなかった不動産情報を誰でも手に入れられるようにした。情報誌ビジネスの理念は、既得権者が独占していた情報をオープンにする「情報の民主化」にある。江副は閉ざされた情報を人々に解放する改革者だった。

 

  • 「みなさん若いですね」
  • 若佐は前の会社を思い出していた。新しいことを提案するとまず「リスクが大きい」「前例がない」と後ろ向きな反応があり、どの部署にも「俺は聞いていない」とゴネる中間管理職がいた。ところがリクルートでは「いったいなんのサービス」と言いながら、全員がものすごいスピードで未知の領域に向かって疾走する。福岡の居酒屋が出すめっぽう新鮮なイカの刺身を噛み締めながら、若佐は思った。(ここでなら、思い切り働ける)

 

  • 特捜部は総務部長の竹原が裏ガネ工作に絡んでいると睨み、執拗に取り調べた。霞が関の中央合同庁舎にある特捜部での聴取は週2回から3回のペース。竹原の担当になったのは若い検事だ。
  • 「まず、会社の組織図を見せてください」
  • 「組織図ですか。いちおう、確認してみますが、たぶん、ないと思いますよ」「そんなはずはない。リクルートほどの大企業なら組織図くらいあるだろう」「いや、見たことないです」「じゃあ、職務権限表は」「なんですか、それ?」「君は、俺をバカにしているのか!」「いや、いや確認します。確認しますから電話借りてもいいですか」
  • 検事は電話機に向かって顎をしゃくり「かけろ」と合図した。「うん、そう、会社の組織図と職務権限表がいるらしいんだけど。そんなの、あったっけ。うん、そうだよなあ。俺も見たことないもんなあ」受話器を置いてから、竹原は言った。「やっぱりありません」検事が激昂した。「お前、ありませんでしたで済むと思っているのか!」
  • たえず新規事業が立ち上がり、激しい細胞分裂を繰り返す育ち盛りのリクルートでは、収益責任と人事権を持つ「現場の経営者」であるチームリーダーが頻繁に新しいプロジェクトを立ち上げ、必要な人員を採用したり他のチームから引き抜いたりする。仕事の中身も担当者も3ヵ月に一度のペースでコロコロ変わるので、組織図や職務権限表を作りたくても作れないのだ。あるのは電話の内線表くらいのものだ。
  • だが役所文化に染まった検事に、ベンチャーの内部事情を分かれと言うほうが無理である。「君たち一人ひとりが経営者だ」江副にそう教えられたリクルートの社員と、「検事総長を頂点とした指揮命令系統に服する検察官同一体の原則」の組織で育った検事の攻防は、モハメド・アリアントニオ猪木異種格闘技の試合のような、締まらない展開になった。
  • 泣く子も黙る特捜部に呼び出されれば、どんな大企業のエリート社員でも「自分だけは助けてくれ」と慈悲を乞うのがふつうである。取り調べを始めたところから、相手は降参の白旗を振っており、検事の「勝ち」は決まっている。だが怖いもの知らずのリクルート社員は勝手が違った。「今日は大事なミーティングがあるんで、早く帰してもらえませんか。今日、決めないと査定に響くんです」そう言って、検事を唖然とさせる強者もいた。竹原は捜査が終結するまで、1回3時間の取り調べを計8回受けた。自分が最多記録だと思っていたが、後で聞いたら社長の位田が30回を超えていた。

 

NTTの先祖返り

  • 真藤が去って蘇ったNTTの官僚組織はiモードの成果を自分たちの手柄にし、外人部隊を追い出しにかかった。松永ら外人部隊の大半は3年でドコモを去り、大星の次の社長になった立川敬二は、ベンチャー気風が漂うドコモに「営業利益率2割」を必達目標とする「計画経済」を持ち込んだ。
  • 立川の硬直的な経営でドコモは、KDDI(au)に通話料の値下げ競争や「着うた」サービスで後れを取り、Jフォンが写メールを大ヒットさせても、カメラ付き携帯電話に本気で取り組むまで時間がかかった。
  • 立川は「iモードの技術がいらないという会社があったら、お目にかかりたい」と豪語し、各国の通信会社に次々と出資。その投資総額は2兆円に及んだ。だが公社体質に戻ったドコモの殿様商売が海外で通用するはずもなく、「iモード」は世界に根付かなかった。結局ドコモの海外展開は、1兆5000億円の損失を出して「打ち止め」になる。
  • ドコモの失敗で、iモード対応の携帯電話を海外で売ろうと意気込んでいた電電ファミリーも総崩れになる。2007年にアップルの「iPhone」が出た後も、電電ファミリーはドコモに義理立てして「ガラケー(旧式の携帯電話)」に固執したため、スマホへの対応が遅れた。これが致命傷となり、日本メーカーの携帯電話は世界市場で完敗することになる。
  • 真藤が改革を完遂してNTTやドコモがまともな民間企業になっていたら、iモードの世界展開はまったく違う形になっていたはずだ。iモードが世界標準になれば、今ごろ、日本メーカーがファーウェイを押しのけて世界市場を席巻していたかもしれない。

 

  • 時の政権を倒し、ついに死者まで出した事件について、評論家の俵孝太郎は1989年5月21日付の読売新聞への寄稿で、こう語っている。
  • 「なんの具体的な証拠もないのに、憶測や予断や偏見や政治的打算に基づいて、政治的、道義的責任を問うという美名のもとに個人攻撃を加えるのは、明らかな政治的リンチであって、法が支配する社会で許される行為ではない」
  • こうした冷静な論評は「巨悪を逃がすな」とばかり一億総特捜検察、となった世論の前では、焼け石に水だった。

 

  • バブル崩壊直前に起きたリクルート事件で「不良企業」の烙印を押されたリクルートは、公的資金の救済を受けられるはずもない。3年余の歳月はかかったが、国を頼らず自力で1兆8000億円を返し切った。
  • 位田はデメジでネット時代への可能性を残し、河野は家計簿経営で乾いた雑巾をさらに絞った。そして「プリンス」と呼ばれた柏木の時代に、ついに借金返済のゴールにたどり着いた。江副が去った後もリクルートは「奇跡の会社」であり続けた。
  • バブルの時代に狂ったように貸し出し競争を繰り広げ、天文学的な規模の不良債権を抱えた金融機関を救済するため政府は2度にわたって銀行に公的資金を注入した。1度目は大手銀行と地方銀行、計2行に総額約1兆8000億円。奇しくもリクルートが背負った借金と同額だ。2度目は9年3月、大手銀行と地銀の計5行に総額約7兆5000億円を注入した。経済学者の野口悠紀雄は著書『戦後日本経済史』の中で〈破綻金融機関の処理で確定した国民負担の総額は、2003年3月末までで10兆4300億円に上った〉と推定している。
  • リクルート事件を引き起こした江副浩正は日本の経済史に「巨悪」と刻まれたが、自分たちの栄達と保身のためにバブルを膨らませ、国民に10兆円を超える負担を強いた大銀行の幹部や行政の責任が問われることはなかった。
  • 「信用できるのは大銀行や中央官庁で、起業家やベンチャーはいかがわしい」この価値観もまた、バブル崩壊から30年経っても日本経済が停滞から抜け出せない根本的な原因のひとつなのかもしれない。

 

  • 2018年に日本でもベストセラーになったフレデリック・ラルーの『ティール組織』は、人間が作る組織の進化を「カリスマが率いる衝動型(レッド)」「軍隊式のヒエラルキー型(アンバー=琥珀)」「成果主義型(オレンジ)」「人間関係重視型(グリーン)」「進化型(ティール=青緑)」に分類する。ティール組織は「強力な権限を持つリーダーが存在せず、現場のメンバーが多くのことを決定する」ことが特徴とされる。
  • 日本企業の多くはいまだ「レッド」か「アンバー」に属するが、江副の「社員皆経営者主義」は20年前から「ティール」だった。
  • 革新的なビジネス・モデルと、心理学に根ざした卓越したマネジメント理論。江副の手によってこのふたつを埋め込まれたリクルートは、江副が去った後も成長を続け、日本の情報産業を牽引する企業になった。2012年に1000億円で買収した米国の求人サイト「Indeed(インディード)」の爆発的な成長で、2019年3月期には連結売上高2兆3000億円のうち1兆円を海外で稼いだ。江副が成し得なかったグローバル化にも成功したのである。

 

ようやく時代が江副に追いついてきた

  • 1995年7月1日、まだ事件の余韻が残るリクルートに、たった7人の小さな事業部が生まれた。「電子メディア事業部」。通称「デメジ」である。
  • 事業部長は常務の木村義夫。リーダー格のエグゼクティブプランナーは木村が九州から呼び寄せた高橋理人。1982年入社の高橋は、木村が大阪支社長だったころ、関西版「住宅情報』営業で頭角を現し、この時は九州版『住宅情報」の編集長と九州支社長を兼ねていた。「人格者」で知られる高橋の下には若い暴れ馬が配された。たとえば1987年入社の薄葉康生と1988年入社の笹本裕。
  • 薄葉は東大工学部で情報工学を学んだ。リクルートに入社したあと、社費でロチェスター大学のサイモン・ビジネススクールに留学してMBA(経営学修士)を取得した。
  • 笹本はバンコク生まれで英語が堪能。獨協大在学中に米3大ネットワークNBCの日本支社で通訳兼ニュースデスクをしていた。薄葉と同様、1993年に社費でニューヨーク大学に留学。MBAを取得して1995年に帰国した。ふたりとも、会社が「将来の幹部候補」と見込んでいた逸材である。
  • デメジにエース級を集めた位田は、新聞のインタビューで、その狙いを説明している。
  • 「印刷物に頼った出版という概念だけにとらわれてはいけない。情報提供業と考えれば紙媒体だけでなくインターネットなど多様なメディア、通信と融合したサービスも展開できる。当社は質量とも優れたソフト、情報を持っている。これをベースに『いつでも、どこでも、だれでも』有益な情報に接触できる情報サービスのインフラをつくり上げたい」
  • デメジが誕生した1995年は、優れたネットワーク機能を持つマイクロソフトのパソコンOS(基本ソフト) 「Windows95」が発売された年であり、のちに「インターネット元年」と呼ばれる。その10年前に「紙の情報誌は終わる」と予言した江副が思い描いていた新しい情報産業の姿が、やっとおぼろげに見えてきた。
  • ちなみに江副時代にリクルートが出資した金融決済システムのベンチャー企業「ファイテル」で働いていたジェフ・ベゾスが、ヘッジファンドの「D・E・ショー」をやめて、オンライン書店の「カダブラ」(アマゾンの前身)を設立したのは、デメジが生まれる1年前の1994年7月。スタンフォード大学の学生だった楊致遠(ジェリー・ヤン)とデビッド・ファイロが「ディレクトリー(電話帳)」と呼ばれる「Yahoo!」を設立したのは1995年3月である。
  • 江副が1985年の「ALL HANDS ON DECK!」の演説でオンライン・シフトを宣言してから1年。ようやく時代が江副に追いついてきた。
  • 実は「情報サービスのインフラ」というアイデアを、社長の位田に持ち込んだのは薄葉だった。カーテン屋の息子だった薄葉は子供のころ、店のソロバンが電卓に置き換わったとき、「コンピューターってすげえ!」と目覚めた。大学卒業後はIBMに就職するつもりだったが、東大の先輩、熊澤公平に「日本でいちばんたくさんスーパーコンピューターを持っている会社はリクルートだぞ」と誘われ、ついついリクルートに就職してしまった。
  • 熊澤は希望どおり、元NASAのエンジニア、メンデス・ラウルが所長を務める「スーパーコンピュータ研究所」に配属されたが、薄葉の配属は経営企画部で、直属の部長はのちに社長になる当時20歳の柏木斉だった。
  • 柏木の下で5年ほど秘書業務の修行をした薄葉は、社費留学を許されインターネットの勃興期を米国で過ごした。薄葉はそこで、「紙の終わり」を論理的に理解した。そして帰国した1993年、位田にこう進言した。
  • リクルートの情報誌は、クライアントから、原価と乖離した法外な原稿料を取っています。そんなことができるのは書店やコンビニエンスストアで物理的な棚をリクルートが独占しているからですが、インターネットの時代になればこのアドバンテージが消えて今のような利益は稼げなくなる。われわれが率先してインターネットのビジネスを始め、潜在的な競争相手に進出する気をなくさせてしまうべきです。リクルートは出版社からインフォメーション・プロバイダーになるべきです」
  • 位田の最大の使命は、江副が残した1兆8000億円の借金を返済することだった。銀行に融資を続けてもらうため、当時のリクルートは、毎年、営業利益から1000億円を返済に充てていた。そのためには営業利益率20%というとてつもなく高い収益力が必要であり、位田自身も情報誌のコストを削減するため、製紙工場に交渉に出向いていた。借金漬けのリクルートは新規事業など始められる状態ではなかったが、位田は薄葉の提案に可能性を感じた。そこでリクルートでも屈指の「人材の目利き」である常務の木村に「精鋭中の精鋭」を選ばせた。たった7人の小さなチームが「情報革命」の松明を江副から引き継いだ。

河野栄子の家計簿経営

  • やがて中古車情報誌『カーセンサー』や書籍情報誌『ダ・ヴィンチ』がオンラインで読めるようになった。これらをまとめたサイトは「Mix Juice(ミックスジュース)」と名付けられた。ミックスジュースは月間7500万PV(ページ・ビュー)の人気サイトになり、7人で始まったデメジの部員数は50人に膨らんだ。
  • 99年1月、デメジの事業部長になった高橋はミックスジュースを刷新し、旅行、車、本など5分野140万件のデータベースを横断的に検索できる「ISIZE(イサイズ)」を立ち上げる。
  • ただこの時代のサイト運営者はPVを稼ぐことに夢中で、マネタイズ(収益化)が後回しになっていた。とにかく面白いコンテンツでPVを稼ぎ、「今、ページを見ている1000万人が月に1000円払うようになれば100億円」という仮想の数字で満足していた。だが実際に課金を始めると、利用者は潮が引くように逃げていく。
  • 高橋は年会費2000円で紹介した飲食店やホテルなどの割引サービスが受けられる
    「ISIZE club e」で、広告収入以外の収益を探ったが、このクーポン・サービスが世の中で認知されるのは10年以上後のことだった。誰もが、インターネットでカネを稼ぐ方法を見つけられないでいた時代だった。
  • 1997年6月、位田に代わって河野栄子が社長に就任した。河野は「何が何でも借金を返す」という鉄の意志を持つ経営者で、インターネットにはまったく興味を示さなかった。デメジ受難の時代が始まった。
  • 「あなた、それ無駄じゃないの」
  • 「それでいくら儲かるの」
  • 江副はもちろん、摑み所がなくて宇宙人と呼ばれた位田にも、大阪商人の中内にも、経営にロマンを求める傾向があった。だが、けっして裕福ではない家庭で育った河野にその甘さはなかった。河野は目の前の現実しか見ない。「ケチ」と言われようと「石頭」と言われようと、余分な経費は少しでも切り詰めて、すべてを借金の返済に回す。河野の経済観念のベースは「家計簿」だった。
  • 麻雀好きの河野は社長になっても5時半にきっちり仕事を終わらせ、雀荘に向かった。勝負師の河野はロマンチックな役満には目もくれず、小さな手でコツコツ上がり、必ず勝ちを拾った。ゴルフも男顔負けの腕前だ。ある日、社員が聞いた。
    「河野さんはどうしてそんなにゴルフがうまいんですか」河野は「何を当たり前のことを聞くのか」という顔で答えた。「あなたたちみたいに危ない場所に絶対、打たないからよ」「そんなにうまいんだから、僕らと同じレギュラーティーからやりませんか」「だって女性の権利だもん」河野はいつもどおりにレディースティーから打ち、コンペの商品をさらっていった。当然のことながら家計簿経営とデメジは相性が悪い。「そんなにおカネがかかるんじゃダメね」
  • 高橋が新しいビジネスプランを持ち込んでも、河野はゴーサインを出さない。その間隙をつくように、ヤフーを傘下に持つソフトバンク楽天などが日本のネット市場を席巻していく。先行したはずのISIZEは後発組に追い抜かれた。
  • もどかしい状況が続く中、ISIZEのメンバーはひとり、またひとりとリクルートを去っていく。
  • 笹本は1999年、ネットベンチャーのクリエイティブ・リンクに入社。翌年には取締役最高執行責任者(COO)として米ミュージック・ビデオ大手MTVの日本法人に移籍。代表取締役CEOを務めた後、マイクロソフトを経て2014年、ツイッター・ジャパンの代表取締役に就任した。
  • 高橋は2007年、ISIZEの経験を買われて楽天に入り、2016年までインターネット・ショッピング「楽天市場」の事実上の責任者として会社の成長を支えた。創業者の三木谷浩実は海外での企業買収からプロ野球まで多忙を極める。グループの中核である楽天市場の日常のオペレーションは高橋が受け持った。高橋が楽天市場の副事業長をしている間に、楽天の流通総額は9810億円(2007年度)から3兆$億円に膨らんだ。
  • デメジからWeb戦略室に移った薄葉は2002年、日本IBMに移り、GEコンシュー
    マーファイナンスを経ていったんリクルートに復帰した。しかし、それも束の間、2011年にはグーグル日本法人のチャンネル・セールスの責任者に就任した。
    グーグルに移籍した薄葉は思った。
  • 「江蘭さんが作りたかったのは、きっとこんな会社だったんだろうな」
  • デメジの中核メンバーは空に飛んだタンポポの種が別の場所で花を咲かせるように、日本のネット産業のあちらこちらで、その才能を開花させた。

 

 

 

MarketHack流 世界一わかりやすい米国式投資の技法

Market Hack流投資術10か条は以下の通りです。

  1. 営業キャッシュフローのよい会社を買え
  2. 保有銘柄の四半期決算のチェックを怠るな
  3. 業績・株価の動きが荒々しい銘柄と、おとなしい銘柄をうまく使い分
    けろ
  4. 分散投資を心がけろ
  5. 投資スタイルをきちんと使い分けろ
  6. 長期投資と短期投資のルールを守れ
  7. マクロ経済がわかれば、投資家としての洗練度が格段に上がる
  8. 市場のセンチメントを軽視する奴は儲けの効率が悪い
  9. 安全の糊代をもて
  10. 謙虚であれ(投資の勉強に終わりはない)

 

営業キャッシュフローとは、ある企業が商品やサービスを売ることで得た売上高から、原材料費などの支出を引くことで得られる現金収支を指します。私が純利益や1株当たり利益(EPS)よりも、まず営業キャッシュフローを重視する理由は、営業キャッシュフローは会計的に一番ごまかしにくいからです。着実に数字が増えていないようなら、その銘柄へは投資しないほうがいいでしょう。

Financials>Cash Flow>Operating Cash Flow

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次にTotal Cash Flow From Operating Activitiesと、先ほど飛ばした「Net Income」を比較します。比較の仕方は縦に、同じ年の営業キャッシュフローと純利益を見比べるのです。ここで気をつけなければいけないのは、Operating Cash Flow、つまり営業キャッシュフローは必ずNet Income from continuing、つまり純利益の数字より大きくなければいけないということです。

もし営業キャッシュフローより純利益のほうが大きくなってしまっている会社に遭遇した場合、その会社は無理矢理利益を計上しているリスクがありますので、絶対に避けるべきです。もう一度いい直すと
Operating Cash Flow > Net Income
でなくてはいけないのです。この基準を満たしていない銘柄は、投資するに値しません。

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営業キャッシュフロー・マージンが15~35%ある会社を狙え

次のポイントは営業キャッシュフローと売上高の比較です。ここで鉛筆と電卓が必要になります。まず最も新しい営業キャッシュフローの数字を紙にメモして下さい。

次に売上高の数字を調べます。先ほどメモした営業キャッシュフローの数字を売上高で割り算して下さい。これが営業キャッシュフロー・マージンです。もう一度、いい直すと:

営業キャッシュフロー÷売上高=営業キャッシュフローマージン

というわけです。理想としてはこの数字が15~35%あると素晴らしいです。平均的な米国株は11.9%前後です。

すでに儲かる構造になっている会社は、よほどのことがない限り、その儲けの構造は崩れないということです。

 

ヘッジファンド・マネージャーの財務分析

このコラムでは、実際にプロのファンドマネージャーが、どんな点に気
をつけながら財務諸表を読んでいるのかを解説します。最初にポイントを
まとめておきます。

  1. EPSはごまかしやすいが、営業キャッシュフローはごまかしにくい
  2. 営業キャッシュフローは、必ず純利益より大きくなければいけない
  3. 営業キャッシュフローは、年々着実に増えているのが望ましい
  4. 決算の数字を作るのに苦労しているかどうかは、リニアリティを見ればわかる
  5. ホッケー・スティック型の売上になっている企業は無理している
  6. その無理はDSO(売掛金の回収に要した日数)が増えることでバレる

企業が決算発表した時、大部分の投資家は売上高が予想を上回っていたか、さらに収益が予想を上回っていたかの2点に注目します。売上高や収益の数字が投資家から注目されているということは、企業の側からすると、この2つの面で「何がなんでも予想数字を達成したい」という気持ちが働くことを意味します。このような動機付けは往々にして無理して数字を作るプレッシャーを与えます。

毎期の決算である会社がちゃんと売上目標を達成しているか、それとも裏で結構苦労して数字をひねり出しているかを見分けるには・・・この概念をリニアリティといいます。・・・四半期末とか年度末とかに追い込みをかけて、最後に売上高がぐいっと伸びることを英語では「ホッケースティック」といいます。・・・一般論でいえば悪い会社です。

ホッケー・スティックで最後の追い込みをかけ「エイヤァ!」と数字を作った場合、P&L、つまり損益計算書で見る限り、ちゃんとコンセンサス予想を達成できているように見えます。でも期末に駆け込みで売った分については、お客さんは当然すぐに支払いしてくれませんから、売掛金が多く残ります。するとバランスシート上の売掛金の残高のところが膨らむということが起きます。つまり損益計算書でつくウソは、貸借対照表で見抜ける場合があるということです。

期末に駆け込みで数字を作った企業の四半期決算は、売掛金が多く残る

空売りを得意とするヘッジファンドなどはこの売掛金の動きを特に注意深く観察します。知っておいてほしい言葉が「DSO」という言葉です。DSOとは「デイズセールスアウトスタンディング」、つまり売掛金の回収に要した日数です。これは売掛金の残高を1日平均売上高で割り算した数字です。当然、この数字は小さければ小さいほうがよいのです。また、前期と比べて今期のDSOが増えているか減っているかを比較するようにして下さい。折角、コンセンサス予想を達成している企業でもDSOが増えていたら「あ、無理したな」というのがわかるわけです。

 

コンセンサス予想を調べる

さて、決算日の他に、投資家が知っておくべきことは何でしょう?それはコンセンサス予想です。コンセンサス予想とは、その銘柄を調査している各証券会社のアナリストの予想の平均値を指します。普通、EPS(EarningsPer Share=1株当たり利益)と売上高が問題にされます。それを調べるには再び英語版ヤフー・ファイナンスを使います。

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決算発表の前にコンセンサスEPSと売上高予想をあらかじめ調べておく

株価というものは絶え間なく未来を織り込もうとするものです。したがって現在の株価は既にコンセンサス予想を反映していると考えられます。「決算がよかった」とか「悪かった」といった場合、必ずこのコンセンサスの数字が基準になります。仮にEPSが去年に比べて + 100%成長した企業があったとしても、コンセンサス予想が+110%を見ていたのであれば、それは落胆すべき結果です。マスコミの報道は、しばしばこのコンセンサスを無視しているので「 + 100%も成長して、素晴らしい!」というトンチンカンな報道になるのです。

別のいい方をすれば、マスコミの報道は投資家の期待というものを理解していないのです。この場合、期待=コンセンサス予想です。それでは期待はどのように形成されるのでしょうか? 通常、投資家の期待は決算発表時に会社側が提示するガイダンスによって形成されます。ガイダンスは、バスガイドのガイドと同じ語源です。つまり来期以降の業績がどうなるかの理解を手助け(=ガイド)するために、会社側が提示する予想数字のことを指すのです。

もう一度、前に調べたEPSの表に戻って説明すると、Next Qtr.(来四半期)のところです。普通、企業は決算に際して来四半期(Next Qtr.)と通年(Current Year) の2つのガイダンスを提示します。ただ企業によってはガイダンスを示さないところもあります。

すると、ある会社の決算がよかったという場合は、まずEPSの数字がコンセンサス予想を上回ることが必要になります。次に売上高の数字もコンセンサス予想を超える必要があります。さらにガイダンスが来期 (Next Qtr.)のEPSと売上高の予想を超える必要があるのです。この三拍子が揃って、はじめて投資家の満足のいく決算だったと評することができるのです。

 

よい決算とは?:

  • EPSがコンセンサスを上回る
  • 売上高がコンセンサスを上回る
  • ガイダンスがコンセンサスを上回る

上場間もなく決算を2回連続でしくじった会社の株は売れ!

一般論として、どんなに歴史の長い企業でもEPS、売上高、ガイダンスの3つの点でコンセンサスを上回ることが必要です。しかしIPOして間もない企業の場合、この要求はきわめて厳しくなります。

IPOに際して主幹事証券は「上場後初の決算は絶対よい決算にならないといけません。だから業績の見通しは、あらかじめ大幅にサバを読んだ、楽勝に達成できる低い数字を語って下さい」と経営者に念を押します。だからのっけから決算でズッコケるというのは、あってはならないことなのです。もし、IPOして間もない若い会社が、2回連続して決算でしくじったら、どんなに損していても、その株はぶった切って下さい。なぜなら、その水準からさらに半値になるリスクが大きいからです。それでも淡い期待を持ち、「アホールド」してしまうのは、ひとえに皆さんの経験が浅いからです。


よい株というのは、来る決算も来る決算も、毎回、キッチリと予想を上回る株です。

英語版ヤフー・ファイナンスに「Earnings History」(アーニングス・ヒストリー=過去の決算の歴史)というのがあります。

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ここでEPS Estというのはコンセンサス予想です。EPS Actual というのは結果です。そしてSurprise %というのはどのくらいこれら2つの数字が乖離していたかを示しています。リンクトインの場合、全てアップサイド、つまり予想を上回るサプライズになっていることがわかると思います。このくらい「これでもか、これでもか!」というほど嬉しい思いをさせてくれれば、イヤでもファンになりますよね?

典型的な「凍死家」は、株を買う前だけ、一応、下調べします。それで「よいかな?」と思って株を購入すれば、もうそこでリサーチは終わったと錯覚します。ところが、プロはそうではありません。プロは「この株、どうかな?」と思ったら、まず打診買いといって、少し株を買ってみるのです。その理由は実際にポートフォリオの中にその銘柄を入れたほうが、調査に身が入るし、その企業のことを早く理解できるからです。でもそれは勉強の始まりを意味するのであって、個人投資家のように調査の終了を意味するのではありません。

個人投資家は(おれがちゃんと調べて買った株に、間違いはない)と全く根拠のない自信を持ち、決算もチェックせずにその株を抱き続けます。これは投資家ではなく、単なる「信者」です。いやしくも自分が投資家だと名乗るのであれば、最低限必要な継続的努力を続けて下さい。(よい株なんだから、いつかは自分の持ち株が上がるだろう)という考えは、リサーチではなく単なるHOPE(希望)です。

 

値幅取りの上昇余地に目を奪われる人ほど確率(オッズ)という問題に盲目なのです。

個人投資家株式投資ではせいぜい10銘柄から16銘柄程度が目の行き届く限界

最近では株式投資のリターンをベータ(市場全体のボラティリティからくる利食い部分)とアルファ(投資家の腕前)に分けることが流行っています。そこでは、投資資金の大部分をヘッジファンドなどの代替資産へ投資してアルファを取る、そういうやり方がされるのです。

 

グロース投資はここに気をつけろ

グロース投資を定義します。グロース投資とは、その企業が市場平均に比べてより高い収益成長の見込める場合、株価収益率、つまりPERや株価純資産倍率、つまりPBRなどの水準を気にせずに投資する方法のことを指します。

グロース・ファンドの先駆けはフィデリティが1958年に設定したアグレッシブ・グロース・ファンドで、当時のファンドマネージャーはジェラルド・サイという人でした。彼の成功を見て、いろいろなファンドが登場しました。フレッド・アルジャー、フレッド・メイツ、フレッド・カーといったファンドマネージャーたちが続々とグロース・ファンドを出したのです。当然ブームにはいつか終わりが来るので、ゴーゴーファンド・ブームも終焉を迎えました。

株式投資の際、一般に投資家は業績、モメンタム、マーケット、バリエーションについて考慮すると思うのですが、グロース投資の投資家は株価のモメンタム(勢い)や業績の成長率にとりわけ注意を払います。グロース投資の投資家は、マーケットそのものが強気相場に入っているか、それとも弱気相場か?という点にも敏感です。その反面、バリュエーション(割安かどうか?という株価評価)に関してはほとんど注意を払いません。

グロース投資の長所は、株を買った直後から利が乗り始めるケースが多いという点です。逆にいえば、株を買った直後からすぐに利が乗り始めないのなら、銘柄選択や買うタイミングをあなたが間違った可能性が高いのです。その場合、すぐ処分すべきです。

グロース投資で株を買った直後から利が乗り始めないのなら、銘柄選択や買うタイミングを間違った可能性が高い。すぐ処分せよ

グロース投資は、順張りで、しかも目をつける点が比較的明快なので初心者にも実践しやすいです。さらに相場環境そのものがよい時、グロース株はベータ値が高いので市場平均よりさらに大きなリターンが期待できると考える人もいます。

一方、その問題点としてはチャートが崩れた時、あるいは決算発表で悪い数字が出ているのに、なんだかんだと希望的なシナリオを描いて見切りをつけられない人がいるという点です。早目の損切りが断行できない人は、クロース投資をするべきではありません。

注ベータ値:市場全体の動きで説明できる株価の上下のこと。例えば日経平均が1%上昇した時、ある株が同じく1%上昇したなら、ベータ値は1.00になります。

あなたが未練がましい人間なら、グロース投資には向かない

またバリュエーションが高くても目をつぶって買いにいくことから、バブルの天井をつかむリスクがあります。さらに泡沫的企業や短命な商品、浮わついたアイデアに依存する危ない会社の株を買ってしまうリスクがあります。それから、ベア・マーケット(弱気相場=一般に直近の高値から20%以上下落した時は「ベア・マーケット入りした」と考えられます)になった時は、市場平均よりもっと遥かに大きな痛手をこうむります。なぜならベータ値が高いからです。今仮にベータ値が2.0 の株があるとすれば、その株は市場全体の動きの200%、つまり2倍、上昇も下落も激しいわけだから、マーケット全体が20%下げた局面では、40%下落することを覚悟しなくてはいけないのです。

グロース投資の投資尺度をもう一度整理します。

まずEPS成長率、これが大事です。売上高成長率にも注目する投資家もいます。それから市場全体に比べてその株価や業績の推移が優っているか?という比較感、それを「レラティブ・ストレングス」といいますが、これにこだわります。さらに決算を発表するたびにポジティブなサプライズが出ないといけないです。なぜなら、上方修正の繰り返しがモメンタムを生むからです。

バリュー投資はここに気をつけろ

次にバリュー投資に移ります。まずバリュー投資を定義します。バリュー投資とは、株価がその企業の内在価値に比べて割安に取引されている時を見計らって投資するスタイルのことを指します。

内在価値とは、英語では「イントリンシック・バリュー」と呼ばれます。これは企業を買収して、その資産をバラバラにして売却した場合の価値というケースもあると思いますが、むしろキャッシュフローを生み出す潜在力を指す場合が多いです。

さて、先ほど見たチェック項目にもう一度戻ると、バリュー投資家の場合、モメンタムはあまり気にしません。またマーケットの地合いにも頓着しません。一方、バリュー投資家はその銘柄にいったいいくら払うんだ?という買い値にはとても厳しいです。別のいい方をすれば、バリュー投資家は上値に手をつけるということは恥だと思っているフシがあります。

買い値にシビアでないくせに、バリュー投資家を自称する人は、もぐりである

逆にいえば、業績がガクンと悪くなって、株価が急落した局面でも、それはいっときのことで、また業績は元に戻ると思えば、ガッツで買い向かいます。だから悪い決算が出た時、グロースの投資家は躊躇せずブン投げて、それをバリューの投資家がせっせと拾うということは毎回繰り返される光景なのです。

バリュー投資のよい点はメチャクチャ短期で儲かったりしないかわり、比較的安定した投資成果が期待できる点にあります。また人気に流されたり、バタバタ取引しないので効率がよいし、バブルのド天井をつかんでしまうリスクも低いです。また常に余裕を見て、いわゆる、安全のための糊代を考慮しながら投資するため、それがクッションとなってダメージを小さく抑えるケースが多いです。

その一方で、バリュー投資の問題点は1年か2年くらいちょっと投資を勉強した程度では本格的なバリュー投資はできないという点にあります。つまりバランスシートや損益計算書を自在に読みこなせる能力が要求されるという点です。

ただ単にヤフー・ファイナンスなどでPERを見て、「うわあ、この株のPERは安い!」と思うのは、バリュー投資ではありません。なぜなら、本当に今の瞬間だけ割安になっている株と、万年割安放置されている駄目会社が区別できないからです。別のいい方をすればバリュー投資とは、過去にだいたい高い評価を維持できていた会社が、何かの拍子に今だけ割安に放置されており、黙って持っていれば自然にまた昔の姿に戻る……だから今の割安は、あくまでかりそめの姿なのだということを読めないといけないわけです。

このためにはある程度歴史がある会社でないと投資の対象にはならないし、インターネットのような新しい商品やサービスは投資の対象としては歴史がなさすぎるので不向きです。

バリュー投資でいうよい会社とは?

それではバリュー投資でいうよい会社とは、どんな会社でしょうか?ウォーレン・バフェットはよく「ワイド・モート(wide moat)」という言葉を使って、よい企業を説明します。そこで「ワイド・モート」の意味ですが、まずモート (moat)とは、中世の城の堀のことを指します。城池といういい方がされる場合もあります。これが巡らされていると、攻城戦の時、なかなか相手を攻略しにくいわけです。つまり投資用語でいうところのワイド・モート銘柄というのは、そういう卓越した防御力を持ったビジネスを指すわけです。

単純に考えれば、誰も参入したくないような仕事は、ある種の防御力を持っているといえますが、それだけでは投資用語でのワイド・モート銘柄とはいえません。まず大前提として、普通の会社以上に儲かっていることが必要です。次に、その儲けの構造が簡単に消失してしまわないことが条件となります。それではライバルの参入を撃退する際、何が武器、つまり城池になるか?ですが:

  1. 事業規模がバカでかい
  2. 市場占有率が圧倒的である
  3. 構造的競争優位(=多くの場合低コストになる特別な秘密を持ってい
    る)
  4. 太刀打ちできない無形資産(ブランド)
  5. ネットワーク効果
  6. ユーザーや顧客にとって乗り換えコストが大きすぎる

などが参入障壁となります。長寿の優良企業は、上に列挙した要素の1つだけを持っているのではなく、複数の武器を持っている場合が多いです。そのような深くて幅が広い城池を持っている企業は、簡単に打ち負かすことができないので、自ずと高い潜在事業価値が与えられます。さらに理想的には折角、そういう素晴らしい城池を持っているのだから、その会社の経営者が自ら堀の水を抜いたり、城壁を壊したりするような、防御力の破壊行為をしないことも重要です。

その一例は、奢った本社ビルを建てるなどです。つまりワイド・モート企業の最後のテストは、経営者が資本破壊的投資をしないこと、という条件になります。ここで特筆すべきは、普通、成長株へ投資する際、競争優位の源泉となる、新技術や新製品は、ワイド・モートとは無関係だということです。

さて、次の問題ですが、安く買うということは相場のセンチメントが悪い時に買うことを意味します。それはつまりすぐに利が乗らないことを意味するし、みんなが売っている時に買い向かうので強い信念が必要です。

皆が売っている時に、皆が嫌う会社を買うのだから、バリュー投資家は強い信念がなければいけない

よいビジネスを選別できなければいけないのですから、商売に対する鋭い嗅覚も必要になります。乱暴ないい方をすれば、実際に自分で商売をやったり、会社を経営したりしたことがある人のほうが有利であり、経験値がモノをいいます。

ろくに実社会でのビジネスの経験もないくせに、バリュー投資が極められると思うのは錯覚にすぎない

バリュー投資のルーツはグロース投資より古い

バリュー投資のルーツはグロース投資より古く、理論的な礎は1934年に出た「証券分析」という本が元になっています。ベンジャミン・グレアムとデビッド・ドッドというコロンビア大学の教授が書いた本ですけど、彼らはウォーレン・バフェットの師匠です。バフェットは今でもほぼ忠実にこの本に書かれている価値観やルールを実行しています。

この本が出る前は株式投資に対する体系的な理論というのは存在せず、株というのは賭け事と同じだと考えられてきました。でも機関投資家は当時も存在しました。それでは機関投資家は何に投資していたか? というと、それは主に債券でした。社債とか、鉄道債、電力債などが中心だったのです。

1929年に大暴落に至る株式ブームでは、人々は噂やムードに流されて手当たり次第株を買いました。だから暴落が起きた時は「やっぱり株なんて、手を出すもんじゃない」という否定的な意見が多かったのです。

グレアムとドッドはバブルの残骸の中から、「いや、そうじゃない、株式だって比較的安全に投資する方法があるはずだ」ということを主張したのです。別のいい方をすれば、株というものが機関投資家のまともな投資対象として、選択肢の1つに入るきっかけを作ったのがこの本なのです。

これをイメージしてもらうため、ちょっと脱線すると、オプションの価格決定理論に「ブラック・ショールズ理論」というのがありますが、あれが出る前はオプションというのは博打であり、機関投資家がオプション投資に手を染めることはありませんでした。でもブラック・ショールズ理論が出てからは、オプションやデリバティブに対するプロ投資家の認識がガラッと変わったわけです。「証券分析」という本は、ちょうどブラック・ショールズ理論と同じような一時代を画する型破りな本だったのです。その「証券分析」の本にはいろいろな投資のヒントが出ていますけど、私なりに参考にな
るなと思った言葉を抜き書きしてみました。

  • ある株が投資に値するかどうかの判断は市場全体の流れの中で決まるもので、「この値段なら買い」というふうに自動的、固定的なものは存在しない
  • 企業の内在価値は「薄価」と同じではない。また内在価値を企業の収益力の観点から捉えようとする場合でも収益力というのは一般化しにくい概念であり、その援用には注意を要する
  • ある株を分析することの有効性は偶然の要素がその分析に入り込む度合いが増えるにつれて薄まってしまう
  • ある株を買う時、「いくら払うか?」という問題は完成度の高い投資判断をするにあたって絶対欠かせない考察点である
  • 何が「よいビジネス」か?という定性的な判断の重要性はよく指摘されるところだが、その定義は簡単ではない
  • ある証券の「安全さ」は差し押さえることのできる担保価値によって決まるのではなく、その企業の返済能力によって決まる
  • 担保差し押さえ等の権利行使に際しては実際には理論と違って不都合なことがたくさん起こる
  • 株の買値には合理的に説明できる根拠がなくてはならない
  • 1銘柄だけに投資することを、投資とは呼ばない。投資であるためには分散ポートフォリオである必要がある
  • 「安全の糊代」を十分にとることだけが分析に交じり込む数々の不確実性に対する予防方法である

最後にバリュー投資の際に使われる投資尺度をもう一度まとめておきます。

 

マクロ経済がわかれば、投資家としての洗練度が格段に上がる

ジョージ・ソロスのグローバル・マクロという投資戦略

投資家によっては、経済の動きを心配するのは時間のムダだという人もいます。その典型的な例は米国屈指の投資信託会社、フィデリティで、かつて伝説的なファンドマネージャーだったピーター・リンチでしょう。彼は経済の分析をするような時間があったら、個別の銘柄を研究しろという主義でした。

この半面、主にマクロ経済の動きを観察することでトレード戦略を決め、素晴らしい成果を上げている投資家もいます。その代表はジョージ・ソロスです。彼はグローバル・マクロという投資戦略をとっています。

このように経済の動きを重視するかしないかに関しては、いろいろな意見があるのです。ただ1ついえることは、マクロ経済の動きがわかれば、それに沿ったカタチで自分の投資戦略を調整することができ、投資家としての洗練度は格段に上がるということです。

マクロ経済の動きがわかれば、投資家としての洗練度が格段に上がる

グローバル・マクロとはヘッジファンドを分類する時のカテゴリーの1つです。ヘッジファンドの投資戦略の1つだと申し上げてもよいでしょう。その特徴はマクロ経済の動きの中に不均衡を探す点にあります。

マクロ経済とは、財政収支や貿易収支やGDPなど、経済の巨視的な捉え方のことを指します。マクロ経済に対する概念はミクロ経済です。マクロ経済に何か不均衡があると、それが原因でストレスがたまります。そのストレスは、ある時点で堪え切れなくなって大きな訂正の局面を迎えます。このような激しい価格訂正の機会を捉えてFX、商品、株などをトレードするのがグローバルマクロヘッジファンドの投資戦略というわけです。

彼らのもう1つの特徴はそういうトレードをする際、レバレッジを使うという点です。また株なら株だけ、FXならFXだけというふうに自分の投資対象を限定せず、儲かると思えばなんにでも手を出すのがグローバル・マクロの特徴です。

ジョージ・ソロスは1992年にイギリスがEMS (European Monetary System、欧州通貨制度=ユーロの前身として採用された、地域的半固定為替相場制度)から脱退せざるをえなくなった時、ポンドを大量に売って「イングランド銀行を破産させた男」という異名を取りました。

ソロスはグローバル・マクロの投資戦略について次のように語っています。「私はあるルールにしたがってトレードするのではない。ゲームのルールが変わる瞬間をめがけてトレードを仕掛けるのだ」

グローバル・マクロ戦略ではまず投資のルールを決めて、それにしたがってトレードするのではなく、ゲームのルールが変わる瞬間をめがけてトレードを仕掛ける

危機が起こる可能性を探している

これは大変興味深い発言です。なぜなら多くの投資ストラテジーは、まずトレードに際してルールを確立して、後はそのルールに実直にしたがって投資するケースが多いからです。

例えばウォーレン・バフェットはバリュー投資家として知られています。彼の場合、師匠であるベンジャミン・グレアムが打ち立てたバリュー投資理論に基づいて、安全で長く生き残る会社が、何かの理由で割安になった時に買うという投資手法を持っています。だから急にFXに手を出したり、次はゴールドを取引したりとかはしないのです。

これに対してジョージ・ソロスに代表されるグローバル・マクロ・ヘッジファンドは、常に次におかしくなるところ、つまり危機が起こる可能性を探しているわけです。これは安いものを探すバリュー投資、急成長している会社に投資するグロース投資などとは根本的に異なるメンタリティです。

危機というのはみんなが安心し、慢心しているときにしのびよるものです。だからそういうチャンスを発見するのは簡単ではありません。また人の逆を行くコントラリアン(=へそまがり)の気質がなければそういうチャンスは発見できません。もう1つグローバル・マクロのトレーダーに要求されるものは、ちょうど何かが破綻する直前にポジションを建てるというタイミングのよさです。

レバレッジをかけるということは借りてきたお金、つまり金利のかかるお金でトレードするわけなので、イベントが起こらない1日、1日は損をこうむっているというふうにも考えることができます。またトレンドに逆らうコントラリアンである以上、早すぎる出動は命取りになりかねないのです。ここまで考えてくるとグローバル・マクロというのは、けっこう上級編の投資ストラテジーだということがおわかりいただけると思います。

グローバル・マクロというのは上級編の投資ストラテジー

グローバル・マクロのヘッジファンド・マネージャーの考えに接する

そんな難しいトレードを個人投資家がマネしてうまくいくのか? という素朴な疑問が出ます。確かにグローバル・マクロ・マネージャーたちの戦いは、我々が簡単に加担できるような生易しいものではありません。ただ個人投資家にはグローバル・マクロ・ヘッジファンドより圧倒的に有利な点があります。それは、トレードする資本が小さいので小回りが利くという点です。

有名なグローバル・マクロのヘッジファンドは数十億ドルもの資金を運用しています。しかも投資リターンを上げるために10倍から数十倍ものレバーレッジを利用することがあります。すると莫大な資金を投入できる投資対象でないと駄目だし、1日でカンタンに出たり入ったりできないのです。つまりスーパータンカーみたいなものです。すると、それらの巨大ファンドがどう動いているかということはウォール街じゅうに察知されてしまうし、手の内をさらけ出しながらトレードを成功させないといけないのです。

ヘッジファンドがポジションを建てることを「インプリメンテーション」といいます。インプリメンテーションは細心の注意を払って実行されます。でも手口がバレないことは稀です。だから例えば、ジョージ・ソロスなどの場合でも、自分がどう考えているか、自分がどういう投資戦略をしているかはそれほど包み隠ししません。

他の有名なヘッジファンド・マネージャーの例でいえば、例えばジョン・ポールセンはサブプライム問題が発生したとき大儲けしました。エンロンの崩壊を予測したジム・チェイノスは、最近は中国経済の減速を予言しています。またリーマンの破綻を予言したデビッド・アインホーンは日本国債をショート(売り)しています。このように有名な人がやっていることは新聞などにも書いてあるし、それほど苦労しなくても知ることができるのです。

それではなぜ一般投資家はそういう有名人のトレードを模倣することから利益を得ることができないのでしょうか?それは彼らの相場観は世間的常識から外れていることがほとんどだし、容易に受け入れがたい発想ないしは価値観だからです。

だからこそ、みすみす有名なヘッジファンド・マネージャーがある特定の相場観に基づいて動いていることを知りながら、それに合流できないのです。つまり耳を澄ましてそういう卓越したグローバル・マクロのマネージャーのいっていることを聞くことは大事だし、自分の先入観を疑って、全く正反対の視点から物事を考え直してみることも、時には必要なのです。そしてなぜ彼らがそういう結論に至ったかの根拠を理解するように努めて下さい。

グローバル・マクロのヘッジファンド・マネージャーの考えに接することで、自分の先入観を疑い、全く正反対の視点から物事を考え直してみる訓練ができる

 

安全の糊代をもて

安い仕込み値段だけが投資家にとっての防御だ

安全の糊代は、ウォーレン・バフェットの師匠であるベンジャミン・グレアムが「賢明なる投資家』という本で展開した議論です。崖っぷちギリギリのところを歩くのではなく、万が一に備えて、もっと内側を歩くという心構えに似ています。実際の投資に際しては、安全の糊代を提供するのは「仕込み値段」です。

安全の糊代を提供するのは、究極的には「安い仕込み値段」だけだ

株にはリスクがつきもの。だからこそなるべく安い値段で仕入れることで、物事が自分の思い通りの展開にならなかった場合でも、最悪のケースから自分を守ることができる..…そういう発想です。安い仕込み値段だけが、投資家にとって究極のプロテクション(防御)だ、という価値観だといい直してもよいでしょう。これはウォーレン・バフェットも、もちろん励行していることです。

この「無理をしない」という発想は、既に説明した分散投資にも相通じることですし、「ホームラン狙い」ばかりで、業績や株価の動きの荒っぽい気柄ばかりを狙う愚行を改めることにもつながります。

安易にPERの数値を信用するな

それではPERを使うこと自体に意味がないのでしょうか? 私は、そうは思いません。PERは「あーあ、やっちまったなあ」というデカいミスを避けるという意味で有効です。例えばPERが50%を超えているような銘柄を買ってしまうと、株価が半分や3分の1になるリスクを負いながら投資しているにほかならないのです。

PERは期待の高さを示しているのです。それはつまり「熱気 (hot air)」にほかなりません。もちろん、投資家は「この会社のEPSは、どんどん伸びる!」と信じているから高いPERを払うわけですが、勢い余って、熱気部分が業績の伸び(=EPS、成長率)より先走ることも多いのです。このような場面では、ベンジャミン・グレアムのいう安全の糊代は全くありません。

 

謙虚であれ(投資の勉強に終わりはない)

「最小限の努力で、最大のリターン」を考える奴はイチコロに死ぬ

投資を始めたばかりの人は(いつになれば必要最低限の知識を全部マスターできるだろうか?)ということに思いをはせます。そんな皆さんに、悪い知らせがあります。「これさえ知っておけば、OK」という、免許皆伝のようなことは、残念ながら投資の世界にはありません。

投資の世界でイチコロに死ぬのは、(最小限の努力で、最大のリターンを)と横着なことを考える奴です。そういう痛い投資家ほど、蜃気楼を追いかけるようにウマい話を追いかけます。そういう人に限って「百戦百勝」とか、「投資リターン数百%」という願い文句にコロッと参ってしまうのです。

「百戦百勝」とか「投資リターン数百%」などの「蜃気楼の法則ウマい話は蜃気楼と同じ。それを信じるのは、情弱な奴だけ

これが野球なら、もし誰かが「オレは打率8割だ」と自慢したら、すぐに大ボラだと気がつくでしょう。なぜならプロ野球で3割打てれば超一流だということは、誰でも知っているからです。しかしこれが投資の世界になると、とたんに「百戦百勝」式の文句に踊らされやすくなってしまいます。これはひとえに投資家の側に常識が欠如しているからです。


「オレは打率8割だ」と自慢する奴を(こいつはイタイ奴だな)と思えないのは、聞き手のリテラシーが低いから。投資の世界も全く同じ

投資はマーケットという絶えず波動を繰り返している不確実な相手と戦っているわけですから、これだけやっておけば万全ということはありません。またビジネスの世界は常に変化しているわけですから、ビジネスマンも新しいことを学ばなければいけないし、投資家もそれは同じです。だから投資の勉強に終わりはないのです。

道のりは長いです。だから「昨日より、今日のほうが少しだけよい投資家になりたい……」、そういう地に足のついた態度で粛々と研鑽を積む以外に、成功への道はないのです。

 

 

 

 

フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔

  • ある日曜日の午後、一一歳のノイマンと一緒に散歩をしていた一二歳のウィグナーは、ノイマンから「群論」を教えてもらったという。ウィグナーは、後にノーベル物理学賞を受賞することから推測できるように、幼少期から数学も抜群に優秀だったが、群論はまったく未知の概念だった。その当時、ノイマンの数学はすでに大学院レベルに達していた。
  • この頃、ウィグナーが「おもしろい定理があるんだけど、証明できるかな?」とノイマンに尋ねたことがあった。それはウィグナーには証明できない「数論」の難解な定理だった。彼は、いくらノイマンでも、容易に証明できるはずがないと思って尋ねたのである。
  • するとノイマンは、「この定理を知っている? 知らないか……。あの定理はどうか
    な?」と、さまざまな数論の基本的な定理を挙げて、ウィグナーがすでに知っている定理をリストアップした。そして、それらの定理だけを補助定理として用いて、遠回りしながらではあるが、結果的にその難解な定理を証明してみせたのである。さらにノイマンは、ウィグナーの知らなかった別の適切な補助定理を用いれば、もっと簡潔に証明できることも説明してみせた。
  • 自分が難解だと思っていた証明をノイマンが いとも簡単に導いたのを目のあたりにしたばかりか、自分の知識からだけでも証明できたことを思い知らされたウィグナーは、大変なショックを受けた。この日以来、彼はノイマンに「劣等感」を抱くようになった。

 

  • 一九四一年八月には、実際に逮捕された経歴もある。当時二八歳のエルデシュは、プリンストン大学大学院に留学中だった二九歳の角谷静夫と二二歳の学生と一緒にシカゴの学会に車で向かう途中、「立入禁止」の立札を見過ごして、レーダー基地のあるロングアイランドの海岸線に出てしまった。そこで呑気に記念撮影していた三人が「スパイ」ではないかと疑われ、FBIに誤認逮捕されてしまったわけである。
  • エルデシュは、ある定理の証明についてノイマンに話したことがあった。ノイマンは、あまり興味を感じていないようだったが、それでも紳士的に最後まで話を聞き終えて、「その証明は何かがおかしいね」と言って立ち去った。
  • エルデシュが証明を再検討したところ、たしかにノイマンの指摘が正しいことに気付いた。彼は「理解力の速度という意味で、フォン・ノイマンは尋常ではなかった」と述べている。エルデシュは、ノイマンのことを「出会った中で最も優秀な人物」と評価し続けた。
  • ェルデシュが最後にノイマンと接点を持ったのは、一九五一年のことである。この年、エルデシュは、過去六年間に発表された最も優れた数学論文の著者に授与される「コール賞」を受賞した。この賞を授与したのが、当時「アメリカ数学会会長」になっていたノイマンだった。

 

  • ワイル教授が出張に出掛けた学期には、大学院生としての資格で、ノイマンが代理で同級生に講義したこともあった。
  • ポリア教授は、当時のノイマンについて、次のように述べている。
  • 「彼は、私を怯えさせた唯一の学生でした。とにかく頭の回転が速かった。私は、チューリッヒで最上級の学生のためにセミナーを開いていましたが、彼は下級生なのに、その授業を受講していました。ある未解決の定理に達したとき、私が『この定理は、まだ証明されていない。これを証明するのは、かなり難しいだろう』と言いました。その五分後、フォン・ノイマンが手を挙げました。当てると、彼は黒板に行って、その定理の証明を書きました。その後、私は、フォン・ノイマンに恐怖を抱くようになりました!」
  • 一九二五年八月、ノイマンスイス連邦工科大学チューリッヒ校を卒業し、応用化学の学士号を取得した。
  • さらに、この年の『数学雑誌』に掲載された「集合論の公理化」は、ブダペスト大学大学院数学科の学位論文として認められた。ノイマンは、一九二六年に実施された最終口頭試問でも最高評価を得て、博士号を取得した。
  • つまり、二二歳のノイマンは、大学を卒業すると同時に大学院博士課程を修了し、博士論文も完成させて、前代未聞の「学士・博士」となったわけである。

 

  • 代数学の第一人者として知られるハーバード大学のラウル・ボット教授が、プリンストン高等研究所の研究員だった時代の思い出を述べている。パーティの席で、ボットは酔った勢いで、ノイマンに「偉大な数学者であるということは、どういうお気持ちなんですか」と尋ねた。ノイマンは答えた。「『偉大な数学者』だったら、一人しか知らない。ダフィット・ヒルベルトだよ!」

 

ハイゼンベルクシュレーディンガー

 

  • もしノイマンが一九二〇年代に「ゲーム理論」を追究して、より高度な成果を導いていれば、後にノーベル経済学賞を受賞した可能性も高かっただろう。しかし、若き天才ノイマンの興味は、一分野に留まることがなかった。
  • ノイマンは、量子力学であろうと数理経済学であろうと、 いかなる分野であろうと、既存の概念や偏見に左右されずに、新たな視点から数理モデルを定式化して、効率的な成果を導くための筋道を切り開き、長年の未解決問題でさえ、あっさりと解 い てしまうという離れ業を得意にしていた。
  • ただし、その「開拓」を終えると、すぐに興味を失ってしまう。彼は、睡眠時間を四時間と定め、残りの二〇時間を「楽しいことに使う」と決めていた。その「楽しいこと」の大部分は「考えること」であり、残りが、一流レストランで美食を楽しみ、ベルリンのキャバレーで飲むことだった。
  • 後にノイマンと共に「マンハッタン計画」を推進し、原子核反応理論でノーベル物理学賞を受賞するコーネル大学のハンス・ベーテは、次のように学会発表を点数付けしていた。
  • 「母親にわかる話が一点。女房にわかる話が二点。私にわかる話が七点。発表者とノイマンだけにわかる話が八点。発表者にもわからないがノイマンだけにわかる話が九点。ノイマンにもわからない話が一〇点だが、そんな話は滅多にないね」

 

  • ノイマンが一一月二九日付でゲーデルに送った手紙は、すでにゲーデルが第二不完全性定理を証明していることが明白であり、「もちろん私は、この結果を発表するつもりはあり りません」と記されている。が、その行間からは、ノイマンの大きな「失望」を読み取ることができる。
  • 当時「ヒルベルト学派の旗手」と呼ばれていたノイマンは、「ヒルベルト・プログラム」に基づいて「数論の完全性」を導くためのセミナーをベルリン大学で担当していたが、そのセミナーも打ち切られることになった。
  • このクラスにいたプリンストン大学の論理学者カール・ヘンペルは、次のように述べている。
  • 「ある日授業に来たノイマンが、突然、『ヒルベルト・プログラム』は達成不可能だと言った。彼は、それを証明したウィーン の若い論理学者の論文を受け取ったばかりだった」
  • ノイマンのように生まれてから一度も人に先を越されたことがない 天才にとって、自分が推進しようとしていた「ヒルベルト・プログラム」が「達成不可能」だと論理的に証明されたこと、しかもその事実に自分が先に気付かなかったことは、二重のショックだったに違いない。
  • この経験は、少年時代のウィグナーがノイマンに抱いた「劣等感」よりも、さらに深いダメージをノイマンに与えたかもしれない。
  • その後、ノイマンは、この分野の第一人者の地位をゲーデルに譲り、二度と数学基礎論に関する論文を発表しなかった。

 

  • ノイマンとウィグナーは、「人間の意識が量子論的状態を収束させる」という「ノイマン・ウィグナー理論」を提起したのである。
  • この理論によれば、最初に箱を開けたシュレーディンガーが猫の生死を「意識」した瞬間に、量子論的状態は収束し、無限連鎖のパラドックスは消滅する。とはいえ、当然のことながら、その「意識」とは何かという新たな疑問が生じる。
  • ノイマンは、それ以上は、量子論の解釈論争に深入りしなかった。そもそも「観測」を「意識」で定義するという理論についても、彼はウィグナーと共にセミナーの際に口頭で述べただけで、論文では一度も正式に触れていない。
  • この事例にも表れているように、ノイマンは、物理現象の解釈問題や、哲学的信念を伴うような論争には、基本的に立ち入らなかった。後に詳細を述べるが、彼は徹底した「経験主義者」であり、観念論争を嫌っていたのである。
  • ノイマンは、感情的な人間とも議論しなかったが、それは言い争っても時間の無駄と考えていたからだろう。彼は、パーティでもゲストが議論を始めそうになると、すぐにジョークで巧みに話題を逸らすというホスト役を務めていた。

 

  • ある日、一八世紀末から未解決の難問とされていた「中心極限定理」のことを考えているうちに、チューリングは、その定理を証明してしまったのである。
  • 実は、この「中心極限定理」は、すでに一九二二年にフィンランドヘルシンキ大学講師イヤール・リンデベルグが証明していたのだが、ニューマンとチューリングは、そのことを知らなかった。
  • いずれにしても、確率論の超難問を大学生が証明したとは驚愕だった。 この成果のおかげで、チューリングは、二二歳の若さでキングズ・カレッジ の「フェロー」に選出された。

 

  • チューリングの博士論文「序数に基づく論理システム」は、一九三八年五月に受理された。この論文は、「チューリング・マシン」における「計算不可能性」の限界を超えた「オラクルマシン」(神託機械)を想定する数学的に難解な内容である。そのイメージの中には、現代の「オンライン・ネットワーク」を予見するような一面もあった。
  • ノイマンは、チューリングの論文を非常に高く評価して、年俸一五○○ドルでプリンストン高等研究所の彼の助手にならないかと誘った。当時、ノイマンの助手になることは、研究者としての前途が約束される名誉ある就職だった。
  • チューリングは、かなり悩んだが、結果的にイギリスに帰国する道を選んだ。祖国イギリスへの「愛国心」のためだったと説明する伝記が多いが、同時に、彼が「アメリカ嫌い」で、環境に適応できなかったことも大きな理由の一つだろう。
    もしチューリングノイマンと一緒にアメリカでコンピュータを開発していたら、コンピュータは異次元の進化を遂げていただろう。しかし、その反面、ドイツ軍の暗号は解読されず、第二次大戦の行方が大きく変わっていたかもしれない。

 

  • ノイマンが誰よりも高く評価していたゲーデルは、集合や概念などの「数学的対象」が「人間の定義と構成から独立して存在する」こと、そして、そのような実在的対象を仮定するととは、「物理的実在を仮定することと、まったく同様に正当であり、それらの実在を信じさせるだけの十分な根拠がある」と信じていた。
  • ところが、ノイマンは、ゲーデルの「数学的実在論」に真正面から対立して、「あらゆる人間の経験から切り離したところに、数学的厳密性という絶対的な概念が不動の前提として存在するとは、とても考えられない」と断言している。ノイマンは、数学は、あくまで人間の経験と切り離せないという「数学的経験論」を主張しているわけである。
  • さらにノイマンは、数学が「審美主義的になればなるほど、ますます純粋に『芸術のための芸術』に陥らざるをえない」と皮肉を述べ、「結果的にあまり重要でない無意味な領域に枝分かれし、重箱の隅のような些事と煩雑さの集積に陥るようであれば、それは大きな危険と言えます」と警告する。
  • ノイマンの講演は、実に簡潔明瞭で、文学的にも洗練された印象を受ける。たとえば「何事も始まるとき、その様式は古典的です。それがバロック様式になってくると、危険信号が灯されるのです」という言葉は、ノイマンのように幅広い教養がなければ発することのできないものだろう。
  • 要するに、ノイマンは、「純粋数学」の限界を見極めて、「応用数学」の重要性に目を向けるべきだと主張しているわけである。「経験的な起源から遠く離れて『抽象的』な近親交配が長く続けば続くほど、数学という学問分野は堕落する危険性がある」というのが、ノイマンが未来の「数学」に強く抱いていた危機感だったのである。

 

  • ノイマンには、さまざまな職場で秘書のスカートの中を覗き込む「癖」があった。そのため、机の前を段ボールで目張りする秘書もいたほどだという。
  • 彼の助手を務めたスタニスワフ・ウラムによれば、ノイマンは、スカートをはいた女性が通ると、放心したような表情でその姿を振り返って見つめるのが常であり、それは、誰の目にも明らかな彼特有の「癖」だったと述べている。
  • 常に頭脳を全力回転させていたノイマンの奇妙な「癖」は、彼の脳内に生じた唯一の「バグ」だったのかもしれない。

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