結局、「メタバース」とは何なのか

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 2つ目は、「投資やユーザー規模の大きさ」だ。米モルガン・スタンレーはメタやグーグル親会社のアルファベット、ゲームプラットフォームのRoblox(ロブロックス)などを念頭に、「メタバースは8兆ドル(約1080兆円)規模の市場となる」との予測を公表しているほどだ。この中には既存の市場も含まれていると思われるが、新たに生まれる市場への期待感は大きい。

 メタバースにおいては、「The Sandbox(ザ・サンドボックス)」や「Decentraland(ディセントラランド)」などのブロックチェーンゲーム・サービスが、NFTを生かそうという試みである。例えば、ザ・サンドボックスのゲーム内では、プレーヤーが$SAND(サンドボックスによるトークン)を使って、自分が所有するバーチャルな土地の構築や売買などを行える。

 ザ・サンドボックスやディセントラランドは、プレーヤーがゲーム内で遊んでいるうちに、ゲームにおける資産がたまっていき、それを売買することでトークンを稼ぎ、トークンを法定通貨に変えることもできる。このようなビジネスモデルを「Play to Earn(プレイ・トゥ・アーン、遊んで稼ぐ)」と呼ぶ。新興国を中心に、こうした形で一日中ゲーム内で活動し、Play to Earnのゲームで稼いで生計を成り立たせているプレーヤーも出てきている。

 韓国の代表的なMMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)である「リネージュ」シリーズの開発会社NCsoft(エヌシーソフト)は、21年11月の決算発表で独自の暗号資産の用意があることを明言した。また、同社が開発するすべてのゲームにPlay to Earnモデルを取り入れる可能性にも言及している。

NFTには技術的な限界もあるとみられる。ブロックチェーンは改ざん不可能な形で情報を記録できるため、登記情報の公示のようにデジタル資産の取引履歴を誰もが閲覧可能な形で残せる。しかし、無断で他人の著作物をNFT化しているかどうかの判断はつかない。また、デジタル資産そのものはコピー可能であるうえ、NFT上で表現された「所有」と法律上の「所有」が必ずしも一致するわけではない。

 VRバイス自体が普及しないという意見に対しては、少なくとも2022年時点では「普及し始めている」段階であると言っておきたい。VRヘッドセットは16年に「PlayStation VR」などが一斉に発売されて話題を集めたが、大きく普及することはなかった。その当時の印象が残っている人も多いのではないかと思う。

 その後も各社は、機能追加・小型化・高性能化などを繰り返し、市場の反応をうかがう状況が続いてきた。そして、20年10月に発売された一体型VRヘッドセット「Meta Quest 2(メタクエスト2)」がスマッシュヒットとなり、世界累計出荷台数はすでに1500万台を超えている。これはiPhoneの第2世代である「iPhone 3G」の累計販売台数を上回る水準だ。

 

ゲームの運営は、例えばモンスターから取得できるゲーム内の通貨の量を減らすこと(通貨の発行量を減少させる)や、ゲーム内のNPCから購入する必需品の価格を上げる、または種類を増やす(通貨の吸収を行う)ことで、ゲームワールド全体に流通する通貨の量をコントロールできる。これにより、物価を調整するという、いわば中央銀行が行う金融政策のようなことが理論上は可能である。

さらに、MMORPG内ではモンスターからDROPするアイテム自体の取得率をコントロールすることも可能だ。そのため、値上げさせたい特定のアイテムの取得率を絞ることや、その逆を行うことでも物価の調整ができる。メタバースでも、NFT(非代替性トークン)などを用いてモノの供給量を絞るような取り組みや、メタバース内で流通させる通貨を開発する暗号資産決済のアプローチなどがある。MMORPGでは、それに似たようなことが20年以上前から行われてきたといえる。

経済活動について触れたので、オンラインゲームに付きものの「RMT」も解説しておきたい。RMTはReal Money Trade の略で、ゲーム内だけで使われている通貨やアイテム、ゲームアカウントそのものなどを、現実のお金で売買する行為である。多くのゲームでは利用規約上禁止されているが、筆者のプレーしていたゲームを含め、ひそかにRMTを行うユーザーもいたのが実態である。また、オンラインゲーム大国である韓国では、子供にお年玉のような感覚でゲーム内通貨を買ってあげる親もいるとの話もあり、RMTがゲーム文化に溶け込んでいる。

 

ゲームデザイナーで代替現実ゲーム(ARG)研究者であるジェイン・マクゴニガル氏は、こうしたゲームの中でもたらされる努力による勝利のことを「Epic Win(直訳すると壮大な勝利)」と呼んでいる。マクゴニガル氏はさらに、ゲームの中には大きく4つの重要な要素があるとする。

(1)Urgent Optimism:成功への希望はあるか

 多くのゲームでは、人は必ず「自分はこのゲームをクリアできる」と信じてプレーしている。良いゲームは常に成功を意識させるが、それは「失敗をしない」ということではない。ゲームオーバーさえ楽しいと思わせるような「楽しい失敗」を設計し、Small WinとSmall Lossを繰り返すことが重要である。

(2)Social Fabric:ゲームにおいて、人々は強固に結び付けられる

 例えば、筆者が経験したMMORPGでは、グループ単位が協働してゲームを行っており、難しい敵にも協力して作戦を練って立ち向かうことができた。また、掲示板やTwitter、現在ではコミュニケーションツールのDiscord(ディスコード)といった外部ツールを使って、ゲーム外でも連絡を取り合っている点も特徴的で、ゲームの中だけではない連帯感がある。

(3)Blissful Productivity:人間は本来、生産性を喜びとする

 ゲームの中では、自分が何を成し遂げたか、何に影響を与えたかという多くの部分が可視化されている。これによって喜びが生まれている。例えば、レベル上げをすることが快感につながるのは、その典型例だ。また、誰かのために協力してクエストをこなしてあげたり、誰かのためにアイテムを獲得、あるいは制作してあげたりするなど、誰かにとって生産的であることで人は喜びを見いだすことができる。

(4)Epic Meaning:何か壮大な目標に向かっているか?

 筆者がプレーしていたMMORPGでは、絶対倒せないと思われていた強力なボスモンスターを皆で倒すイベントを計画した1人のプレーヤーに賛同者が続々と現れ、力を合わせて討伐に至ったという記録ができた。このような壮大な目標に対し、連帯感を持って取り組めるかどうかは、ゲームが生む「幸せ」に直結しているといえる。

 

 そう考えると、ゲーム会社は今後メタバースの構築において重要な役割を担うだろう。現に22年1月、米大手ゲーム開発会社のActivision Blizzardアクティビジョンリザード)の買収に絡んで米マイクロソフトのサティア・ナデラ会長兼CEOは、英フィナンシャル・タイムズの取材に対して、「このようなインタビューも近い将来にはアバターやホログラムで作られた会議室で行われるようになる。そして、それと同様のことをこれまでずっと行ってきたのはゲームだ」と発言している。

 

仮想空間で考えられるビジネスポジションは、大きく以下の4つに分かれる。

(1)メタバースの基盤をつくる役割
(2)モノづくりをサポートする役割
(3)メタバースでモノづくりを行う役割
(4)メタバース上でサービスを提供する役割

(1)メタバースの基盤をつくる役割は、メタバースのプラットフォームなどを提供するプレーヤーである。ユーザーがメタバースを体験するときに意識することすらない無数のベース技術を開発し、受け皿を整え、維持する役割だ。現実世界では、この役割は自然界が担っているが、メタバースにおいては、すべて人工およびAI(人工知能)が生成・維持すると考えられる。ハードウエアやプラットフォームなど、メタバースバリューチェーンの多くがこの役割に該当する。

(2)モノづくりをサポートする役割は、19世紀の米国でブームとなったゴールドラッシュでは、金山を掘り当てた人よりもスコップやジーンズを売っていた人が一番もうけたといわれるが、それと同様の役割である。メタバースにおけるスコップとジーンズは、メタバースでモノづくりをする人たちへのサポート機能だろう。メタバースが普及したときに各プラットフォームにおけるワールドやアバターをつくるためのツール、その基となる3DCGをつくったり管理したりするツールは、継続的にニーズが発生する。

 最後に(4)メタバース上でサービスを提供する役割である。例えば、バーチャル店舗を運営する、バーチャルライブを行うなどのサービスが該当する。つまり、小売り、アパレル、音楽など既存のリアルビジネスを行っている企業がメタバースにも取り組むことだ。プレーヤーは、(3)メタバースでモノづくりを行う役割と同一の場合も多い。