「家族の幸せ」の経済学~データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実~

  • 2015年時点での先進諸国について、低出生体重児の割合・・・日本はなんと上から2番目で9.5%(コロンビアと同率)と、世界でも低出生体重児が特に多い国のようです。日本人は遺伝的に小柄だからという理由はたしかに当てはまるものの、同じアジアの韓国は5.7%、中国は2.4%であり、遺伝以外の要因も少なからず関わっていると考えられています。

 

  • さらに、最近の研究で新たに明らかになったのは、妊娠中にお母さんが仕事をしていると、生まれてくる赤ちゃんが低体重児になる可能性が増すという事実です。厚生労働省が行った21世紀出生児縦断調査を用いた分析によると、出産1年前にフルタイムで働いていた場合、働いていなかった場合と比較して、出生体重は43グラム軽くなり、低出生体重児となる割合が2.4パーセントポイントも上がります。 この調査における低出生体重児の割合が8.3パーセントですから、2.4パーセントポイントというのはかなり大きな影響であることがわかります。近年、世界中で低出生体重児が増えていることの理由の一端には、働く女性が増えてきたことがあるのでしょう。
  • 妊娠中のお母さんにとってフルタイムで働くことは、健康上、大きな負担となりえますから、生まれてくる赤ちゃんのためにも、 ご本人やご家族はもちろんのこと、職場など周囲の人々が、妊娠中のお母さんに対して特別な配慮をしなければいけません。 妊娠中のお母さんの健康状態は、生まれてくる子どもの一生に関わっていますから、電車で席を譲るといった小さなことにも大きな意義があるのです。

 

  • なぜ数が増えているのか。その背景には、医療者に対する訴訟リスクがあるようです。医療者が最善を尽くしていたとしても、医療事故が起きた際に、遺族から多額の賠償金を請求されるだけでなく、刑事事件として告訴され、マスコミにも批判的に報道されるリスクもきまといます。訴訟リスクをできるだけ小さくするために、少しでも不安があれば帝王切開を選ぶ医療者の立場も理解できます。
  • また、国によっては診療報酬体系のせいで、帝王切開が必要以上に行われているのではないかとも言われています。 提供した医療サービスの内容によって報酬が支払われる出来高払い制度のもとでは、通常分娩よりも帝王切開のほうが高い報酬が支払われます。 こうした診療報酬体系のもとでは、医療者が帝王切開を選ぶ経済的なインセンティブが組み込まれているのです。
  • アメリカの研究では、少子化が進み、出産件数が減ることに伴う収入源を補うため、 産科医が1件あたりの報酬が高い帝王切開を選ぶようになったことが報告されています。 カナダの研究でも、帝王切開で得られる診療報酬が引き上げられた州では、産科医によって帝王切開が選ばれやすくなることがわかりました。
  • もちろん、お金儲け第一主義のお医者さんはどの国でもごく一部に限られるとは思いますが、帝王切開を選ぶことを医療上ある程度正当化できる場合には、帝王切開がより選ばれやすくなることは否めません。これらの研究は、医療においても、経済的なインセンティブが無視できない影響を持っていることを示しています。
  • そして、患者側の都合による帝王切開も少なくありません。 帝王切開のほうが楽に出産できるという誤解が一般の人々の間に広まり、帝王切開を望む患者が増えてきたと言われています。また、患者にとっても医療者にとっても、予定が立てやすい帝王切開を便利だと感じる人が増えてきており、人々が帝王切開を好むようになってきていることも増えている理由だとされています。

 

  • お母さんについては、帝王切開のために入院期間が長くなり、分娩後の出血や心停止のリスクが上がることが報告されています。また、その次以降の妊娠にも悪影響があるとされており、胎盤の異常が発生しやすくなったり、早産が起こりやすくなったりするようです。
  • 帝王切開で生まれてくる子どもについては、肺や呼吸器の機能に問題を抱えたり、免疫発達に問題が生じ、アレルギーや喘息を患いやすくなったりするようです。また、腸内細菌の種類が減少したりすることも報告されています。 一方で、注意欠陥・多動性障害や自閉症との関係はないものと考えられています。
  • さまざまな研究が帝王切開の持つ健康上の悪影響を報告していますが、これらにも限界はあり、確定的な知見を得るには至っていないことには注意が必要です。一般的に言って、帝王切開を行う場合には、そうでない場合と比べて、お母さんと胎児の健康状態が悪い可能性があります。もしそうならば、帝王切開を行ったお母さんと子どもには健康上の問題が生じやすくなりますが、それはもともとの健康状態が悪かったせいで、 帝王切開が原因ではありません。
  • 多くの研究では、もともとの健康状態を考慮に入れて統計学的な分析がなされていますが、そうした取り組みが完璧に行われていない可能性は十分にあるため、まだまだ確定的な評価を下すのは難しく、さらなる研究が必要とされています。
    帝王切開が子どもの健康に及ぼす悪影響について、決定的な証拠が出てきてはいないものの、そのメカニズムについては三つの仮説が提示されています。
  • 一つめは、お母さんが持つ細菌や微生物を、 赤ちゃんがうまくもらうことができないというものです。こうした微生物は免疫機構の発達に必要で、特に生まれてからの数週間には重要な役割を果たすと考えられています。
  • 二つめは、通常分娩の際に生じるお母さんのストレスホルモンと、産道を通る際にかかる物理的な力を受けられなくなってしまうためだというものです。 これらは赤ちゃんにとって生理学上重要な刺激ですが、帝王切開では生じないものです。
  • 三つめは、出産方法により遺伝子発現が影響を受けて変化してしまい、赤ちゃんのその後の健康に影響を及ぼすというものです。
  • いずれの説も、その正しさが十分検証されたとは言えないようですが、出産方法と生まれた子どもの健康の間に関係があることは、生物学的にも説明がつきうるようです。

 

  • 母乳育児は生後1年間の子どもの健康面に好ましい影響を与えることが確認されました。 胃腸炎アトピー性湿疹を抑え、さらには乳幼児突然死症候群を減らしている可能性が示されています。
  • 一方で、健康面や知能面に対する長期的なメリットは確認されませんでした。健康面についてはすでに取り上げた肥満・アレルギー・喘息に加え、虫歯についても検証がなされましたが、いずれについても効果が認められませんでした。 知能面では、6歳半時点では好ましい効果が見られたものの、 16歳時点では効果が消えてしまっているようです。
  • 母乳育児に関する研究は数多くあり、その中にはここで紹介したベラルーシの追跡調査と異なる結果を出しているものもあります。しかし、そうした研究のほとんどは、母乳育児で育った子どもとそうでない子どもを比較することで母乳育児の効果を測っています。そのため、子どもの発達の違いが本当に母乳育児の有無によるものなのか、家庭環境や両親からの遺伝、両親の子育てに対する態度の違いといった要因によるものなのか、必ずしも区別をつけることができません。

 

  • ドイツでは子どもへの長期的な影響に関心があったため、高校・大学への進学状況や、 28歳時点でのフルタイム就業の有無と所得を調べました。その結果、生後、お母さんと一緒に過ごした期間の長さは、子どもの将来の進学状況・労働所得などにはほぼ影響を与えていないことがわかりました。
  • 同様の結果は、オーストリア、カナダ、スウェーデンデンマークにおける政策評価でも報告されています。先に述べた「愛着理論」のように、子どもが幼い間、特に生後1年以内は母子が一緒に過ごすことが子どもの発達に重要であると考えられてきましたが、データは必ずしもこうした議論の正しさを裏づけてくれませんでした。
  • では、子どもにとって、育つ環境などどうでもいいということなのでしょうか。
    もちろん、そんなことはありません。 各国の政策評価を詳しく検討してみた結果わかったのは、子どもにとって育つ環境はとても重要であるけれど、育児をするのは必ずしもお母さんである必要はないということです。きちんと育児のための訓練を受けた保育士さんであれば、子どもを健やかに育てることができるようです。
  • 実は、上で挙げた国々と異なり、ノルウェーでは育休制度の充実により、お母さんと子どもが一緒に過ごす時間が増えた結果、子どもの高校卒業率や30歳時点での労働所得が上昇したことがわかりました。
  • ただ、育休改革が行われた1977年当時のノルウェーでは、公的に設置された保育所が乏しく、保育の質が低かったと考えられています。したがって、お母さんが働く場合、子どもたちは発達にとって必ずしも好ましくない環境で育てられていたということになります。
  • 育休制度が充実することで、お母さんと子どもが一緒に過ごせるようになれば、子どもたちは質の悪い保育所に預けられることはなくなり、その結果、子どもは健やかに育ったというわけです。

 

  • 育休中に支払われる給付金についても、現行制度以上に引き上げたり、給付期間を延長したりすることには慎重になるべきだと、筆者は考えています。
  • その理由の一つは、お母さんの就業と子どもの発達を考えるならば、育休よりも保育園の充実にお金を使うべきだからです。保育園の充実がお母さんの就業と子どもの発達に及ぼす影響については章を改めてお話ししますが、育休の充実よりも効果的です。
  • もちろん、育休の給付金のお金を保育園に回すというのは、制度上単純な話ではないのですが、社会全体でのお金の使い方としてはより有効だと考えています。
  • もう一つの理由は、育休の給付金の充実は、金持ち優遇につながりかねないという心配があるためです。給付金額は、育休前に得ていた所得に比例するため、所得の高い人ほど給付金額も大きくなります。こうした制度を大きくしてしまうと、貧富の格差を拡大してしまうことにつながりかねません。
  • 貧富の格差拡大を受け入れるかどうか自体は、人々の価値観の問題ではありますが、少なくとも制度変更が社会に何をもたらすかについては、よく理解した上で議論されるべきでしよう。

 

  • なぜ体罰は良くないと考えられているのでしょうか。それは、親が体罰を行うことで、自分の葛藤や問題を暴力によって解決してよいという誤ったメッセージを伝えることになってしまうためだと考えられています。

 

  • 保育園通いの効果を、母親の学歴別に表示しています。 言語発達については、母親の学歴によらず、保育園通いによって0.6から0.7程度改善しています。これは偏差値換算で6から7ですから、大きな伸びです。
  • 真ん中のグラフは多動性指標に対する効果を示しています。お母さんの学歴によらず、多動性が減少していますが、特に効果があったのは、お母さんが高校を卒業していない場合です。
  • 一番下のグラフは攻撃性指標に対する効果です。 お母さんが4大卒以上であれば、ほとんど効果はありませんが、お母さんが高校を卒業していないと、子どもの攻撃性がマイナス0.4と大きく減少しています。
  • 保育園通いは、特定の家庭環境の子どもの多動性・攻撃性といった行動面を大きく改善させることが明らかになったのです。

 

  • 人口動態統計によると、2017年の離婚件数が2万2262件、結婚件数が60万6866件
    ですから、たしかに数字は合っています。しかし、この数字は本当に「結婚した3組に1組は離婚する」ことを意味しているのでしょうか。
  • ある年に結婚した夫婦のうち、どのくらいが離婚で終わりを迎えるのかを知るためには、夫婦のどちらかが死ぬか、離婚するまで待たないといけないので、正確に知ろうとすると何十年もかかります。 そこで、簡単な方法として、今年行われた離婚件数を結婚件数で割るという方法が採られることがあるのです。
  • しかし、この計算方法には大きな問題があります。 分母にある夫婦の結婚は今年行われたものですが、分子にある(今年離婚した) 夫婦の結婚は過去に行われたものだからです。
  • 結婚件数が時代を通じて安定しているならば、この方法でもいいのですが、実際には、年々、結婚件数は減っています。 この簡便法による計算では、真の離婚率が全く変化していなくても、結婚件数が減るのにともなって、離婚率が上昇してしまうのです。ですから、「結婚した3組に1組は離婚する」という話は、実態よりも大きな数字になっていると考えられます。