ヒトはなぜ太るのか?

  • 健康の専門家たちは、この第1法則が「ヒトはなぜ太るのか」に関係していると考える。それは,ニューヨークタイムズが書いたように,彼らが彼ら自身に対して,そして私たちに対して「使う以上のエネルギーを摂取する人たちは、体重が増えるだろう」というからである。これは真実である。真実でなければならない。より太り,重くなるためには,私たちは過食しなければならない。使う以上のカロリーを摂取しなければならない。それは当然のことである。しかし、熱力学はこれがなぜ起きるのか,つまり私たちはなぜ消費するよりも多くカロリーを摂取するのかについて何も示さない。ここでは単に、もし私たちが余計にカロリーを摂取すれば体重は増え、体重が増えれば余計にカロリーを摂取したというだけのことである。
  • ここで「ヒトはなぜ太るのか」について話す代わりに、「部屋がなぜ混んでいるのか」という話題を扱っていると想像してほしい。ここまで私たちが論議してきたエネルギーは,脂肪組織だけではなく、人間のからだ全体に存在する。つまり10人の人間はそれ相当のエネルギーをもち, 11人はより多くもち……という具合である。そこで、私たちが知りたいのは,この部屋がなぜ混雑していて、エネルギー(つまり人々)であふれかえっているのかについてである。
  • もしあなたが私に「部屋がなぜ混んでいるのか」という質問をしたとして、私が「そうだねえ,それは部屋を出た人よりも入った人のほうが多いからだよ」と答えたとすれば、あなたはおそらく私が賢い男か,あるいは逆にばかであると思うだろう。「もちろん、出た人よりも入った人のほうが多かった」とあなたはいい、「それは明白だ。しかし、なぜか?」と聞くだろう。実際,出る人よりも入る人のほうが多いから部屋が混んでいるということは冗長,つまり同じことを2つの違ういい方で表すことであり、意味がないのである。
  • さて、肥満に関する社会通念の論理を借りて、この点を明らかにしたい。私が「あのね、出る人よりも入る人が多い部屋は、混んでいるだろう。熱力学の法則を避ける方法はない」といったとする。するとあなたは「それはそうだが,それがどうした?」と答えるか,私は少なくともあなたがそういうことを期待する。なぜなら、私はまだ原因についての情報を与えていないからである。私はわかり切ったことをくり返しているだけである。
  • 過食が私たちの肥満の原因であると結論づけるために熱力学を利用すると,このようなことが起きる。もし私たちがより太り,重くなっているのなら,熱力学では「からだから出て行く以上のエネルギーが入っている」という。過食は消費するエネルギーよりも摂取するエネルギーのほうが多いことを意味する。それは同じことを違う方法で述べているだけで、いずれも「私たちはなぜ消費する以上のエネルギーを摂取するのか?」「私たちはなぜ過食するのか?」「私たちはなぜ太るのか?」という疑問に対して答えていない。
  • ここでは「なぜか?」という疑問に答えることが,本当の原因を説明することになる。米国国立衛生研究所(NIH)は、インターネット上で「肥満は、人間が消費する以上のカロリーを食物から摂取すると起きる」といっている。NIHの専門家たちは実際のところ,「起きる」という言葉を使うことにより,過食が肥満の原因であるとはいわず,単に必要条件であるといっているのである。専門的にいうと彼らは正しいが,そのとき「わかったよだからどうした? 肥満が起きたとき、次に何が起きるかということは話してくれるけど,なぜ肥満が起きるかについては話してくれないんだね?」というかどうかは、私たち次第である。過食が原因で肥満になる、あるいは過食の結果で肥満になるという専門家たち (大部分だが)は,高校の理系クラスで落第点を取る(または、少なくとも取るべき)ようなレベルの間違いを犯している。彼らは,私たちがなぜ太るのかについて,まったく何も語らない自然の法則と,私たちが実際に太っている場合に起きるべき現象(過食)を取りあげ、語るべきすべて
    の内容を語っていると思い込んでいる。これは20世紀前半に共通した過ちであった。それ以来,それは普遍的なものになってしまった。だから私たちは答えを求めてどこか別の場所を探す必要がある。
  • そのためによい出発点となるのは1998年に出版されたNIHの報告書かもしれない。当時のNIHの専門家たちは,肥満を起こす可能性のある因子に対してもう少し積極的かつ科学的であった。彼らは「肥満は遺伝子型と環境との相互作用から発症する,複雑で多数の因子が関与する慢性疾患である」と説明した。また,「肥満がどのように,そしてなぜ起きるかについての私たちの理解は完全ではないが,社会的,行動的,文化的,生理学的,代謝的,遺伝的な因子が総合的にかかわっている」とも述べている。
  • したがって,これらの因子の総合的な関係のなかに見つかるべき答えがあるのかもしれない。生理学的,代謝的,遺伝的な因子から始め,それらの因子が環境的な引き金へと私たちを導く。私たちが確実に知っておくべきことは、熱力学の法則は常に正しいものではあるが,私たちがなぜ太るのか,あるいは太りつつあるときに、なぜ消費する以上のカロリーを摂取しているのかについては、何の説明もしてくれていないということである。

 

  • 要するに,私たちが摂取するエネルギーと消費するエネルギーは相互に依存している。数学者たちは,これらをここまで取り扱われてきたような独立変数ではなく従属変数であるというだろう。一方を変えると,他方がそれを補正して変わる。すべてではないにしても,毎日または毎週消費するエネルギーのかなりの割合がエネルギーの摂取量を決定し,その一方で摂取し,細胞に供給されるエネルギーが(後述するように重要な点である),エネルギーの消費量を決めることになる。この2つは密接につながっている。これと違うことを主張する人はみな、複雑な生命体をあたかも単純な器械装置のように扱っている。
  • 2007年,ハーバード大学の医学部学長であるジェフリー・フライアーと,彼の妻で肥満に関する共同研究者であるテリー・マラトス - フライアーは雑誌サイエンティフィック・アメリカン(Scientific American)に「脂肪に燃料を注ぐもの」という題名の論文を発表した。そのなかで、彼らは食欲とエネルギー消費の密接な関係を述べ、この2つは人間が意識的に変えることができるようなものではないこと,またこの2つの補正の結果が単に脂肪組織の増減を示すような単純な変数ではないことを明らかにした。
  • 食物を突然制限された動物は不活発になり、細胞のエネルギー利用を低下させることによってエネルギー消費量を減らす傾向があり,それによって体重の減少を抑えている。また空腹感が増し,その結果,食物の制限が解除されると,元の体重に戻るまで以前の基準量以上に食べてしまう。
  • フライアーは100年に及ぶ直感的にわかりきった食事に関する勧告(食べる量を減らしなさい)が,なぜ動物には効果がないかをわずか2つの文章で説明した。もし私たちが,動物の食餌量を制限すると(動物に少なく食べろと命令できないので、動物に対して選択の余地を与えないようにするしかない),動物は空腹になるだけでなく,実際にエネルギー消費量を減らす。そのため代謝は遅くなり,細胞が消費するエネルギーはより少なくなる(なぜなら、消費するためのエネルギーが少ないからである)。動物は、望むだけ食べられるようになると,すぐに体重を取り戻す。
  • 同じことがヒトにもいえる。動物の研究で見られた効果が,ヒトにおいても同様にくり返し示されてきたので、私はフライアー夫妻がなぜ「ヒト」ではなく「動物」といったのか理解できない。ありそうな答えはフライアー夫妻(あるいは学術誌の編集者)が,研究の意味するところをそこまであからさまにしたくなかったということである。つまり,主治医や公衆衛生の専門家たちが常に提唱する食事に関する勧告が間違っているということ,つまり「もっと食べる量を減らし、もっと多く運動をすることが肥満や過体重の有望な治療法ではなく,そのように考えるべきではない」ということである。それには短期的な効果はあるかもしれないが、数か月あるいは1年以上続くものではない。最終的には私たちのからだが埋め合わせをすることになるのだ。

 

志望調節機構にゅうもん

  • 今や袖をまくって、仕事にとりかかるときである。私たちが知る必要のあるのは、脂肪組織内の脂肪の量を調節する生物学的因子が何なのかである。特にこの因子が食事によってどのような影響を受けるのかが重要で、それを知ることによって,私たちが何を間違えているのか,それをどう変えるべきかがわかる。いい方を換えれば,何が体質を決定するのか(なぜ肥満になるのか,やせたままでいるのか)そして,この傾向に影響を及ぼしたり,それを改善するために養育,食事,生活習慣のどの要素を変えることができるのかを知る必要がある。
  • ここでは基礎生物学および内分泌学に関することを説明する予定であり,当然のことながら,これらはすぐに読み進めるのは難しいかもしれない。ただ、注意して読み進めば、ヒトがなぜ太り,改善するために何をしなければならないのかについての知識をすべて得ることができると約束する。
  • 私がこれから話す科学は1920年代から1980年代の研究者たちによって解明されたものである。それはどの地点においても,特に議論を巻き起こすものではなかった。研究を行った人たちはそのしくみに賛成し,彼らは今も同じ立場である。しかし,問題は,前述してきたように肥満の「権威たち」が心理学者や精神医学者でない人たちさえも巻き込んで,過食と座りっぱなしの行動が肥満の原因と盲信してしまったことである。その結果,脂肪組織がどのように調節されているかという科学も含め、肥満に関するすべてがどうでもいいものになってしまったのだ。しかし,「権威たち」は脂肪組織の調節が意味することを嫌ったため(この点については後述する)、それを完全に無視したか,かたくなに拒絶した。この現実を直視しない彼らの態度がどうであろうと,私たちの脂肪組織の調節は重要である。私たちが太るかやせたままでいるかは,脂肪組織の調節にかかっているのである。

基礎(なぜ太る人がいるのか)

  • 【簡単な質問】そもそも私たちはなぜ脂肪が蓄積するのか? その理由は何か? そう,脂肪の一部は保温のための断熱材の役割を担っているし、その内側にある弱い組織を守る緩衝材の役目も果たす。しかし,その他についてはどうだろうか?たとえばウエスト回りの脂肪はどうか?
  • 専門家たちの典型的な見方は,脂肪の蓄積が一種の長期的な定期預金のように働く(退職金の口座のように,差し迫った必要のあるときにのみ手をつけることができる)というものである。この考え方は、からだが過剰なカロリーを摂取して、それを脂肪として溜め込んでおく。そして、十分な食糧を得ることができずに(ダイエットをしたり,運動をしたり,離れ小島で座礁したりしてその脂肪が動員される日が来るまで脂肪組織に留めているというものである。こうした状況に陥ったら、溜め込んだ脂肪を燃料として使う。
  • しかし,この概念が間違っているのは1930年代から知られていた。肪はたまたま連続的に脂肪細胞から流出し,燃料として利用されるためにからだを巡り、もし燃料として利用されない場合には脂肪細胞に戻される。これは、私たちが直近に何か食べたかや運動をしたかに関係なく続く。1948年にこの科学が詳細に解明された後、ドイツ人の生化学者でイスラエルに移住し、脂肪代謝の分野の父と考えられたエルンスト・ウェルトハイマー(Ernst Wertheimer)は「脂肪の動員と蓄積は,その動物の栄養状態に関係なく連続的に行われる」と説明した。
  • 脂肪細胞の脂肪は,細胞がエネルギーとして使用する燃料のかなりの部分をどんなときにも供給するだろう。栄養学者たちが,どういうわけか、からだにとって炭水化物が望ましい燃料であると考えたい(私たちにいいたい)理由は,(これは単純に間違っているのだが)細胞が脂肪を燃やす前に炭水化物を燃やすということである。これは食後の血糖値の上昇を抑えるために行われる。そして多くの人たちと同じように,あなたが炭水化物を多く含む食事を摂れば,そこには細胞が脂肪に手をつける前に燃やす炭水化物がたくさん存在することになる。
  • ここで炭水化物と脂肪の両方を含む食事(たいていの食事がそうである)を食べていると想像してほしい。脂肪が消化されると,それは貯蔵のために脂肪細胞へ直接送られる。もっとすばやい反応が求められる炭水化物にからだが対応しているあいだ、脂肪は一時的に隅に置かれていると考えてほしい。これらの炭水化物が消化されると,これは血液中にブドウ糖のかたちで現れ、これが「血糖」における「糖」である(「果糖」と呼ばれる炭水化物は特殊な例で後述する)。からだの細胞は燃料としてブドウ糖を燃やし、さらに予備の燃料の補充に使用するが,細胞は何かの助けがなければ血糖の上昇についていくことができない。
  • ここでホルモンであるインスリンが登場する。インスリンはからだのなかでさまざまな役割を果たすが,重要な役割の1つは血糖を調節することである。あなたは、まだ食事前だというのに(膵臓から)インスリンを分泌し始めるだろう――実際,インスリンの分泌は食べることを考えるだけで刺激されるのだ。これはパブロフ反射(条件反射)で無意識に起きる。このインスリンの分泌は,これから食べようとしている食事に対してからだの準備をしているのである。あなたが最初の一口を食べると,インスリンがもっと分泌されるだろう。そして食事から得られたブドウ糖が血液中にあふれると,さらに多くのインスリンが分泌される。
  • 続いてインスリンは、ブドウ糖を血液から細胞内に取り込むスピードを速めるように、からだの細胞に対して信号を送る。前述のように、細胞はこのブドウ糖の一部分を燃料としてただちに燃やし,それ以外は後で使用するために貯蔵する。筋肉細胞はブドウ糖を「グリコーゲン」という分子として貯蔵する。肝細胞は一部をグリコーゲンとして貯蔵し,一部を脂肪に変える。そして脂肪細胞は脂肪として貯蔵する。
  • 血糖(ブドウ糖)が下がり始め、それに伴いインスリン濃度も下がると、不足を補うために、食事中に貯蔵された脂肪が脂肪組織からどんどん遊離されるだろう(少なくとも遊離されるべきである)。これらの脂肪はもともと炭水化物であったものや、もともと食事に含まれていた脂肪だったものであるが,いったん脂肪細胞に貯蔵されると区別がつかなくなる。食事から時間が経過すればするほどより多くの脂肪を燃やしブドウ糖の使用はわずかとなる。夜中に数時間ごとに起きて冷蔵庫をあさることなく眠れる理由(少なくとも眠ることができるべき理由)は,脂肪組織から流れ出す脂肪が朝まで細胞にうまく燃料を送っているからである。
  • したがって、脂肪組織は預金口座や退職金口座というよりも、財布と考えるほうが適切である。脂肪をいつもそのなかに入れ,いつもそれから取り出す。食事中と食後にわずかに太り(脂肪が脂肪細胞から出るよりも多く入る),食事が消化されたらわずかにやせる(逆のことが起きる)。そして睡眠中にさらにやせる。あなたがまったく太らない理想的な世界においては、日中の食事により脂肪として蓄積されるカロリーは,食事が消化された後と夜間に脂肪として燃やされるカロリーと釣り合いがとれているのだ。
  • これに関する別の考え方は、脂肪細胞がエネルギーの緩衝材として働くというものである。脂肪細胞は,食事から摂取してもすぐに使わないカロリーを入れる場所を提供し,必要に応じてカロリーを血液中へと戻すーちょうど財布がATMから引き出したお金を入れる場所を提供し,1日を通して必要に応じて取り出すようなものである。予備の脂肪が一定の最低量に達するときにだけ再び空腹を感じ始め、食欲を感じる(ちょうど,財布に入れておきたい最低限の額があり,そこまでお金が減るとATMまで行って補充するようなものである)。脂肪代謝の分野の卓越した科学者としてエルンスト・ウェルトハイマーを手本にしたスイス人の生理学者アルベール・ルノルド (Albert Renold)は、1960年代初期に,私たちの脂肪組織は「エネルギー貯蔵と移行の積極的な調節機構の主要部分であり,いかなる生物の生存にも重要な調節機構の1つである」と説明した。
  • しかし、細胞がどの脂肪を出し入れし、どの脂肪を閉じ込めておくのかをどのように決めているのかは、脂肪が脂肪組織を1日中出入りしているため明らかにならない。この決定は脂肪の形態をもとに,非常に簡単に行われる。からだのなかの脂肪は異なる目的をもつ2つの異なる形態で存在する。まず,細胞の出入りを行う脂肪は「脂肪酸」と呼ばれる分子のかたちをとる。これはからだで燃料として燃やされる形態である。一方,脂肪の貯蔵は「トリグリセリド(中性脂肪)」と呼ばれる分子のかたちで行われる。これは3つ(トリ)の脂肪酸が1分子のグリセリン(グリセリド)によって,結合されたものである。
  • この役割分担の理由も驚くほど単純である。中性脂肪は脂肪細胞を取り巻く細胞膜をすり抜けるのには分子が大きすぎるのに対して、脂肪酸は細胞膜をすり抜けるほど小さいため、比較的簡単に出入りすることができる。脂肪酸は1日中滞ることなく流れて脂肪細胞を出入りしながら,必要なときにはいつでも燃料として燃やされる。中性脂肪は将来使用されるために脂肪細胞に溜め込まれ、いわば脂肪細胞で脂肪が固定されたかたちをとる。中性脂肪は脂肪細胞のなかで構成要素である脂肪酸からつくられている(専門用語でエステル化という)
  • 1分子の脂肪酸が脂肪細胞へと流れ込む(あるいは脂肪細胞でブドウ糖からつくられる)と,グリセリン1分子に他の脂肪酸2分子とともに結合し,その結果,大きな分子のトリグリセリド(中性脂肪)となり,脂肪細胞の外へ出られなくなる。これら3分子の脂肪酸中性脂肪が分解されるかバラバラになるまで脂肪細胞に閉じ込められ,そして、再び細胞を出て血液循環に戻ることができる。家具を買った後に初めて、大きすぎて部屋に入らないことに気づいた経験のある人なら,お決まりの手順を知っているだろう。(可能ならば) 家具を分解し1つずつドアのむこうに運び、むこう側で家具を組み立てる。そして、引越しでその家具を新居にもって行きたい場合は,同じことを逆にくり返す。
  • 結果として、脂肪酸中性脂肪へと変える脂肪細胞への脂肪酸流入を促進するものは,すべて脂肪を蓄積させるように働き、つまりそれはあなたを肥満にするのである
  • これらの中性脂肪をその構成分子である脂肪酸に分解して脂肪細胞をすり抜けられるようにするものはすべて,あなたをやせさせる。前述のように,それはきわめて簡単である。エドウイン・アストウッドが半世紀前に示唆したように,これらの過程に関与する数十ものホルモンや酵素がある。それらが阻害されることで大量の脂肪が脂肪細胞にに入りすぎ,十分な量が出ていかなくなることは容易に想像できるだろう。
  • しかし,この働きにおいては1つのホルモンが最も重要であり,それはインスリンである。アストウッドは約50年前にこれを指摘し,それに対して異論が出たことはなかった。前述のように,インスリンはおもに食事中の炭水化物に反応して分泌され,この本来の目的は血糖の調節である。しかし,インスリンは同時に脂肪と蛋白質の貯蔵と利用を調節する役割も果たす。たとえば、筋肉の増強と修復に必要な蛋白質が筋肉細胞に十分にあることを確かめ、食間に効果的に働くのに十分な燃料(グリコーゲン,脂肪,蛋白質も)があることを確かめる。そして、燃料の貯蔵庫の1つは脂肪組織であることから、インスリンは「主要な脂肪代謝の調節器」であるといえ,これは1965年にサロモン・バーソン(Salomon Berson)とロザリン・ヤロウ (Rosalyn Yalow)により説明された。この2人の科学者たちは、血中のホルモン量を測定するために必要な技術を開発し、多くの関連する研究を行った(この研究により、ヤロウは後にノーベル賞を受賞した。バーソンがこの受賞以前に死去していなければ、当然この賞を分けあっていただろう)。
  • インスリンはこの仕事をおもに2つの酵素を介して行う。1つ目はLPL(リポ蛋白リパーゼ)で,これはラットの卵巣を除去するとどのように肥満になるかについて説明したときに出てきた酵素である。LPLはさまざまな細胞の細胞膜上に突き出しており、血液から細胞内へと脂肪を取り込む働きをもつ。筋肉細胞の表面にあるLPLは脂肪を燃料として使用するために脂肪を筋肉へと取り込む。LPLが脂肪細胞の表面にある場合には脂肪細胞をさらに太らせる (LPLは血液中の中性脂肪をその構成分子である脂肪酸に分解するため、その脂肪酸が細胞中へと流入する)。前述のよう
    に女性の性ホルモンであるエストロゲンには脂肪細胞上のLPLを阻害することで脂肪の蓄積を減らす働きがある。
  • これまでに述べた,どの部分がいつ太るのかに関しての疑問の多くは、LPLが単純な答えとなる。男と女が違う太り方をするのはなぜか?LPLの分布が異なるため,LPLに及ぼす性ホルモンの影響も異なるのである。
  • LPLの活性は男性では腹部の脂肪組織において高く,したがってそこが脂肪の溜まりやすい場所となる。一方で、ウエストから下の脂肪組織のLPL活性は低い。男性が歳を取るとともにウエストより上の部分が太る理由の1つは男性ホルモンであるテストステロンの分泌が減るためで、テストステロンは腹部の脂肪細胞のLPL活性を抑制する働きがある。テストステロンが少なくなるということは、腹部の脂肪細胞のLPL活性が上昇することを意味し,その結果,脂肪が増えるのである。
  • 女性ではウエストから下の部分の脂肪細胞においてLPL活性が高く,そのため腰まわりや臀部が太りやすい。一方で,腹部の脂肪細胞におけるLPL活性は低い。閉経を迎えると、女性の腹部脂肪細胞のLPL活性は男性と同様になるため,女性は腹部にも過剰な脂肪をつける傾向がある。また,女性が妊娠すると臀部と腰においてLPL活性が上昇する。この部分は、彼女たちが後に乳児を育てるために必要なカロリーを溜めている場所である。脂肪をウエストよりも下に,そして背中側につけると,からだの前方にある子宮で育つ子どもの体重とバランスがとれる。出産後にはウエストより下の部分のLPL活性は下がり,溜めていた脂肪のほとんどを失うが,胸部の乳腺のLPL活性は上昇するため乳児に与える母乳をつくる脂肪をここに溜め込むことになる。
  • LPLは,私たちが運動をするときになぜ脂肪を失わないのかという疑問に対する非常によい答えでもある。私たちが運動をしている間,LPL活性は脂肪で低下し,筋肉細胞で上昇する。これは脂肪組織からの脂肪の放出を促進するため燃料を必要とする筋肉細胞で燃やすことができる。その結果,私たちは少しやせるので,ここまではよい。しかし私たちが運動を終えると、この状況は逆転する。筋肉細胞のLPL活性は失われ、脂肪細胞のLPL活性が急上昇して、脂肪細胞は運動の間に失われた脂肪を補充する。このようにして私たちは再び太るのである(このことは運動が私たちを空腹にするのはなぜかという理由でもある。運動後に筋肉はその補充と修復のために蛋白質を必要とするのに加え,積極的に脂肪の補充も行う。からだの他の部分はこのエネルギー流出を補おうとするため、その結果として食欲が増すのである)。
  • インスリンは脂肪代謝の主要な調節器であるから,それがLPL活性の主要な調節器でもあることは意外なことでない。インスリンは脂肪細胞,特に腹部の脂肪細胞のLPLを活性化する。研究者たちがいうように,インスリンはLPLを「上方調節」する。インスリンを分泌すればするほど,脂肪細胞のLPLはより活発になり、より多くの脂肪が血液中から脂肪細一胞へと貯蔵のために流入する。インスリンは筋肉細胞のLPL活性を抑制するため,筋肉での脂肪酸の使用を減少させる(また,インスリンは筋肉細胞やその他の細胞に脂肪酸を燃やさず,その代わりに血糖を燃やし続けるように指示する)。もし脂肪酸が脂肪細胞から抜け出すときにインスリン値が高ければ,これらの脂肪酸は筋肉細胞には取り込まれず,燃料として使用されないことを意味し,それらは最終的に脂肪組織に戻されるのである。
  • また,インスリンはまだ説明していなかったある1つの酵素——ホルモン感受性リパーゼ (HSL)に影響を与える。これはインスリンが貯蔵する脂肪の量をどのように調節するかにおいてきわめて重要なものである。ちょうどLPLが脂肪細胞を(そして私たちを) 太らせるよう働くように、HSLは脂肪細胞を(そして私たちを)やせさせるように働く。HSLは,脂肪細胞で中性脂肪をそれらの構成分子である脂肪酸に分解し,脂肪酸が血液循環へと流れ出ることができるようにする作用をもち,このことにより脂肪細胞内の脂肪が減少するのである。HSL活性が高いほど脂肪細胞からより多くの脂肪が放出され,それを燃料として燃やすことができるため貯蔵する脂肪量は明らかに減る。インスリンはHSLの働きを抑制して脂肪細胞内での中性脂肪の分解を防ぎ,脂肪細胞からの脂肪酸の流出を最小限にとどめる。インスリンはごくわずかな量で,HSLを抑制し,脂肪細胞に脂肪を閉じ込める偉業を達成する。したがって、インスリン値がたとえわずかでも上昇すると脂肪細胞に脂肪が蓄積してしまう。
  • インスリンはまた(ちょうど筋肉細胞で行うように)脂肪細胞にブドウ糖を送り込み,代謝を上げる。その結果,脂肪細胞内のグリセリン分子(ブドウ糖代謝の副産物)の量が増えるのだが,これらのグリセリン分子は脂肪酸と結合すると中性脂肪になり,さらに多くの脂肪が貯蔵される。さらにインスリンは、脂肪細胞が脂肪で満杯になってしまう場合に備え,新たな脂肪を貯蔵する場所を確保するために新しい脂肪細胞をつくるように働く。そしてインスリンは肝細胞に対して、脂肪酸を燃やさずに中性脂肪につくり直し,脂肪組織に送り返すように信号を送る。肝臓と脂肪組織において、インスリンは炭水化物を直接脂肪酸に変換するよう誘発することさえあるが,(研究室のラットに比べて)ヒトにおいてこれがどの程度行われているかについてはまだ議論の余地がある。
  • 要するに,インスリンが行うことはすべて,私たちが貯蔵する脂肪を増やし,私たちが燃やす脂肪を減らすように作用し,私たちを太らせるのである。

 

  • 血中インスリン濃度は,おもに摂取された炭水化物(その量と質)によって決まるため、最終的にどの程度の脂肪を蓄積するかを決めるのは、これらの炭水化物である。ここに一連の流れを示す。
  1.  炭水化物を含む食事を食べる
  2. インスリンを分泌し始める
  3. インスリンは (HSLを抑制することにより)脂肪酸の放出を止め,血液中から (LPLを介して)もっと多くの脂肪酸を取り込むように脂肪細胞に信号を送る
  4. 空腹になる,またはもっと空腹になる
  5. 食べ始める
  6. もっとインスリンを分泌する
  7. 炭水化物が消化され、ブドウ糖として血液中に入り,血糖値が上がる
  8. さらにインスリンを分泌する
  9. 食事に含まれる脂肪は中性脂肪として脂肪細胞に貯蔵される。また肝臓で脂肪に変換された一部の炭水化物も同様である
  10. 脂肪細胞は太り,あなたも太る
  11. インスリン濃度が低下するまで、脂肪は脂肪細胞にとどまる
  • あなたは、他のホルモンも私たちを太らせるのではないかと考えるかもしれないが, 1つの例外を除いて,その答えは事実上「ノー」である。ホルモンの役割についての1つの考え方は、ホルモンがからだに対して何かを行うように指示を出すもの「成長し,発達する(成長ホルモン),生殖する(性ホルモン),逃避する,または闘う(アドレナリン)]である。また、ホルモンはこれらのさまざまな活動に必要な燃料を供給する。とりわけ,脂肪組織に対して脂肪酸を動員し燃料として使用できるように信号を送る。
  • たとえば、私たちは危険を感じるとアドレナリンを分泌する。それにより必要に応じて逃げるか,闘う準備をする。しかし、襲いかかってくるライオンから逃げなければならないときに,ライオンよりも速く,遠くへ走るための燃料をただちに利用できなければライオンに捕まってしまうだろう。だから、あなたはライオンを見たらアドレナリンを分泌し、アドレナリンは脂肪組織に脂肪酸を血液中に放出するように信号を送る。理論的には、これらの脂肪酸は逃げるために必要なすべての燃料となるだろう。この意味では、インスリン以外のすべてのホルモンは脂肪組織から脂肪を解放するように働く。したがってこれらのホルモンによって少なくとも一時的にはやせる。
  • しかし,血液中のインスリン濃度が上昇しているときに,他のホルモンが脂肪組織から脂肪を取り出すことは,はるかに難しい。インスリンはその他のホルモンの効果に勝るからである。それはすべて非常に合理的である。大量のインスリンがあちこちにある場合,それは燃やすべき大量の炭水化物もあちこちにある(血糖値が高い)ことを意味するはずで、その場合。脂肪酸に邪魔される必要はないし、邪魔をしてほしくない。その結果,これらインスリン以外のホルモンは、インスリン濃度が低い場合にのみ脂肪組織から脂肪を放出する(これらのホルモンはHSLを刺激することにより中性脂肪を分解するが,HSLはインスリンに対する感受性が非常に高い
    ため,その他のホルモンはインスリンの作用を上回ることができない)。
  • 例外はコルチゾールである。これは、私たちがストレスや不安を感じているときに分泌されるホルモンである。実は、コルチゾールは脂肪組織に脂肪を蓄積させる作用および脂肪組織から脂肪を取り出す作用をもつ。それはインスリンと同様にLPLを刺激し、次章で述べる「インスリン抵抗性」という状態を引き起こしたり、悪化させたりすることにより脂肪を蓄積させる。インスリンに耐性をもつようになると,からだはもっとインスリンを分泌し、もっと脂肪を溜めるようになる。
  • このように、コルチゾールはLPLを介して直接的あるいはインスリンを介して間接的に脂肪を蓄積するように作用する。一方で他のホルモンと同様に,おもにHSLを刺激することで、脂肪を脂肪細胞から放出するようにも作用する。したがって、インスリン濃度が高いときコルチゾールはより太らせる方向へ,インスリン濃度が低いときには,その他のすべてのホルモンと同じようにやせさせる方向へと働くのである。ストレスや不安を感じているときやうつ状態のときにたくさん食べて太る人たちがいることやその逆になる人たちがいることは、これによって説明がつくかもしれない。
  • 結論は40年以上知られてきたが,ほとんど無視されてきた。私たちがもっとやせたい(脂肪組織から脂肪を取り出して燃やしたい)と思ったときに絶対にしなければならないことは,インスリン濃度を下げることとインスリン分泌量を減らすことである。ヤロウとバーソンは1965年に,脂肪を脂肪組織から解放し、それをエネルギーとして燃やすことには「インスリン不足の負の刺激のみが必要である」と書いた。もしインスリン濃度を十分に下げることができれば(インスリン不足の負の刺激),脂肪を燃やすことができる。もし下げることができなければ、脂肪は燃やされないであろう。インスリンが分泌されているときや血液中のインスリン濃度が異常に上昇しているときには、脂肪は脂肪組織に蓄積するだろう。このことは科学が私たちに示している。

その関連

  • 脂肪の貯蔵と燃焼の24時間の循環については前述したが,私たちは食事を消化しているときに脂肪を獲得し(炭水化物がインスリンに与える影響のため)、次の食事までの数時間や夜間眠っている間にそれを失う。理論上、蓄積の段階で得られた脂肪は、燃焼の段階で減らす脂肪とつり合いがとれる。私たちが日中に溜める脂肪は夜間に燃やされるが、この循環を制御しているのはインスリンである。前述の通り、インスリン濃度が上昇すると脂肪は蓄積される。インスリン濃度が下がると,脂肪は燃料として動員され、使用される。これは通常必要とされる以上のインスリンを分泌させるものや,高いインスリン濃度を必要以上に長く保つものは、すべて脂肪を蓄積する時間を延ばし、燃焼する時間を短くする。その結果起きる不均衡(脂肪がより多く蓄えられ、より燃やされる量が減る)が1日20カロリーというごくわずかの差になる可能性もあり,このことは私たちを20年以内に肥満へと導
    く可能性がある。
  • 脂肪を燃やす時間よりも脂肪を貯蔵する時間を延ばすことにより,インスリンは間接的に別の影響をもたらす。食後数時間は血糖値が食事をする前の値へと低下するとともに,からだは燃料として脂肪酸を使用することを思い出してほしい。しかし、インスリンは脂肪細胞からの脂肪酸の流出を抑制するため、他の細胞に対しては炭水化物を燃やすように指示する。したがって血糖が正常値に戻るにつれて、からだは代わりの燃料の供給を必要とするようになる。
  • インスリン濃度が上昇したままでは脂肪を利用できない。通常ならば、細胞は必要に応じて蛋白質を燃料として使用できるが,インスリン濃度が高い状態ではそれも利用できない。なぜならインスリンには蛋白質を筋肉にしまっておく作用もあるためである。さらに,肝臓と筋肉組織に貯蔵した炭水化物も使うことができない。なぜならインスリンはそれらの供給にも鍵をかける作用があるからである。
  • その結果,細胞は燃料不足に陥ったことに気付き,そして私たちは文字通り細胞の空腹を感じる。そして,私たちは通常よりも早めに食べたり,いつもよりも多く食べたりする。前述した通り、私たちを肥満にするものは何でも,その過程で私たちを過食にさせるが,これはインスリンによって引き起こされる。
  • このようにインスリンが作用する間は脂肪が増えていくため,からだはどんどんと大きくなり,その結果,燃料の要求も増えていく。また,太るにしたがって脂肪を支えるために筋肉も増える(インスリンのおかげもあって、摂取された蛋白質は、それが何であれ筋肉細胞や臓器の修復、必要であれば筋肉を増やすため使われることなる)。つまり、私たちが太るとエネルギー要求が増え,そのために食欲(特にインスリン濃度が高い場合,炭水化物は細胞が燃料として燃やす唯一の栄養分になるため,炭水化物に対する食欲)も同様に増加する。これは悪循環であり、まさに避けたいものである。太りやすい傾向にあるとき,私たちは肥満の原因となる炭水化物の多い食物を切望するようになるだろう。

 

なぜ私が太り,あなたは太らないのか(逆もしかり)

  • インスリンが人々を太らせるのであれば,それはなぜ一部の人だけを太らせるのだろうか? 私たちは皆インスリンを分泌するが,多くの人はやせているし、彼らは一生やせたままだろう。これは性質(nature, 遺伝的素質)の問題で,この性質の引き金を引くのは養育(nurture) や食事あるいは生活様式といったものではない。
  • その答えはホルモンが孤立している状態で働かないという事実にあり、インスリンも例外ではない。特定の組織または細胞に対するホルモンの影響は,細胞内および細胞外の多数の因子(たとえばLPLやHSLなどの酵素)に依存している。これにより,ホルモンの効果は細胞から細胞,組織から組織,そして発達や人生の各段階においてさえも異なるようになる。この状況におけるインスリンに対する1つの考え方は、インスリンがからだのなかでどのように燃料を分配するかを決めるホルモンであると見なすことである。食後,インスリンとそれが影響を与える各種の酵素(たとえばLPL)は,異なる栄養分がどのくらいの割合で、どの組織に送られるか,どの程度燃やされるか,どの程度貯蔵されるか,そしてこれが必要性と時間によりどのように変わるかを決定する。私は燃料がエネルギーとして利用されるか、貯蔵されるかに関心があるので、インスリンとこれらの酵素が,燃料分配計の上でどちらに針を向けるか決めると想像してほしい。それは車の燃料計のようでもあり,右側の「F」が「full」(満タン)ではなく「fat」(脂肪)を表し、左側の「E」が「empty」(空)ではなくて「energy」(エネルギー)を表すと想像してほしい。
  • 針が右側(「F」の方向)を指すと,それはインスリンが摂取されたカロリーのうちわずかな分しか筋肉で利用しない代わりに,脂肪の蓄積にまわしていることを意味する。この場合,あなたは太る傾向にある。つまり,身体活動に使えるエネルギーが減るため,座りがちな生活になるかもしれない。針がさらに「F」の方向を指すようになるほど,カロリーがもっと蓄積され,さらに肥満が助長される。もちろん,座りがちな生活を避けるためには、脂肪の蓄積により失われたカロリーを補うためにもっと食べなければならない。燃料分配計の最右端の世界に住んでいるのは病的に肥満の人たちである。
  • 針が反対方向(「E」の方向)を指すことは、摂取されたカロリーの不相応な量を燃料として使用していることを意味する。身体活動のためのエネルギーがたくさんあり,脂肪としてはほとんど蓄積されない。このような人はやせていて、活動的で、適度に食べるだろう。さらにEの方向へ傾くと、より多くの身体活動のためのエネルギーが存在し,脂肪の蓄積はもっと減り、よりやせるだろう。やつれて見えるマラソンランナーたちはこの辺りで見かけられる。彼らのからだはカロリーを燃やし(カロリーを溜めない)、そして彼らには燃やすカロリーがたくさんある。第二次世界大戦前の代謝に関する研究者たちが「身体的に活動的であろうとする非常に強力な衝動」と呼んでいたであろうものを、マラソンランナーたちはもっている。では、針が指す方向を決めているものは何であろうか? その答えはインスリンの分泌量といった、ごく単純なものではないだろうが,おそらくその一部には関与しているだろう。同量の炭水化物を含む同じ食事を与えられても,他の人たちよりもインスリンを多く分泌する人たちは脂肪を溜め,身体活動に使うエネルギーはあまり存在しない可能性が高い。彼らのからだは血糖値を制御するために働く。これは高血糖はからだに毒であるためで,必要とあれば脂肪細胞に脂肪を無理して詰め込むこともいとわない。
  • もう1つの重要な因子は細胞がインスリンに対してどの程度の感度を示し,そして分泌されるインスリンに対して細胞がどれくらいで反応しなくなるか(「インスリン抵抗性」と呼ばれる特性)ということである。インスリンに対して抵抗性があるという考え方は,私たちが太る理由と肥満に関連する多くの病気について理解するためには非常に重要である。この問題にはたびたび立ち戻るつもりである。インスリンを分泌すればするほど,細胞と組織はインスリンに対する抵抗性が強くなる可能性がある。それは同じ量のブドウ糖の負荷があっても,血糖値を正常に保つためにより多くのインスリンが必要になることを意味する。これに関する1つの考え方は,細胞がすでに存在する以上のブドウ糖を必要としないと判断し(過剰なブドウ糖は細胞にとって毒である), インスリンによって血液中から細胞内にブドウ糖を取り込ませる働きを抑えるのである。
  • 問題(見方によっては解決法)は、膵臓がより多くのインスリンを分泌して,これに対応することである。その結果は悪循環である。たとえば、簡単に消化される炭水化物に反応して大量のインスリンが分泌されると,少なくとも短期的に,細胞(特に筋肉細胞)はインスリンの効果に対して抵抗する可能性が高い。なぜなら,筋肉細胞にはすでに十分なブドウ糖があるからである。もし、細胞がインスリンに対する抵抗性をもつと、血糖値を正常に保つためにはより多くのインスリンが必要になり、その結果、さらに多くのインスリンが分泌され、インスリンに対する抵抗性をもっと高める。そして、脂肪細胞がインスリンに対する抵抗性をもたない限り,インスリンは脂肪組織を太らせる(カロリーを脂肪として貯蔵する)ように作用する。これは、より多くのインスリンを分泌することが燃料分配計の針を貯蔵(F)の方向へと動かすことを意味する。しかし,健康的な量のインスリンが分泌されているにもかかわらず,筋肉細胞が比較的すぐにインスリンに抵抗性を示すようになる場合にも,同じことが起こるだろう。このインスリン抵抗性に反応してもっと多くのインスリンが分泌され、さらに太ることになるのだ。
  • 3番目の因子は,脂肪細胞,筋肉細胞,肝細胞がインスリンに対して違う反応を示すことである。それぞれの細胞が,インスリンに対する抵抗性を同時的に同程度に,あるいは同じように示すことはない。程度の差はあるが,インスリンに対して他の細胞よりも感受性の高い細胞があり,これは同じ量のインスリンであっても、組織によってその影響の度合いが異なることを意味する。また,これらの組織がインスリンに対してどのように反応するかは、個人により異なるし、たとえ同一人物でも時間の経過とともに異なることだろう。
  • ある組織のインスリンに対する感受性が高ければ、インスリンが分泌されたとき、その組織はより多くのブドウ糖を取り込むだろう。それが筋肉の場合,より多くのブドウ糖がグリコーゲンとして貯蔵され,多くが燃料として燃やされることだろう。一方で、脂肪組織の場合にはより多くの脂肪が貯蔵され、燃料の放出はより少なくなる。もし,筋肉細胞がインスリンに対して非常に高い感受性を示し,脂肪細胞は低い場合,燃料分配計の針は燃料を燃焼させる方向を指すだろう。筋肉は摂取された炭水化物からより多くの割合のブドウ糖を取り込み、それをエネルギーとして使う。その結果、あなたはやせて、身体的により活発になるだろう。もし筋肉のインスリン感受性が脂肪細胞に比べて相対的に低い場合,脂肪組織は摂取さ
    れたカロリーをより多くの割合で蓄積するだろう。その結果,あなたは太り、座りがちになる。
  • ここで事態は複雑になる。インスリンの変化に対し,組織がどのように反応するかは時間とともに変わる(後述するように、食事によっても変わる)。年をとるとともにインスリン抵抗性は高くなるが,これはまず筋肉組織に起こり,その後,脂肪組織に見られるようになる。一般的なルールとして、インスリン感受性は、脂肪細胞では筋肉細胞よりも常に高い状態が続く。そのため、たとえ若いときにはやせていて、活動的で,燃料分配計の針が燃料燃焼の方向を指していても、年をとるに従って,筋肉細胞はインスリン抵抗性を示す可能性が高い。それに伴い,からだはもっと多くのインスリンを分泌して対応するだろう。
  • このことは、年をとるにつれて燃料分配計の針が右に動く(もっともっとカロリーが脂肪へと向けられ,からだの残りの部分への燃料はどんどん減る)ことを意味する。中年になるとやせたままでいることが、いよいよ難しくなってくることに気付くだろう。また、このインスリン抵抗性とそれに関連して起こる高インスリン血症に伴う他の代謝障害,つまり血圧の上昇,中性脂肪の増加,HDL(通称,善玉コレステロール)の低下,血糖の調節が困難な耐糖能異常などを示すようになる。そして、エネルギーの脂肪組織への流入の副作用として、あなたはますます動かなくなるだろう。
  • つまり、世間一般の見解である「中年になると肥満になるのは,私たちの代謝が低くなるからである」という説は、おそらくその原因と結果が逆になっている。筋肉がインスリン抵抗性をだんだんと強め、これが摂取されたエネルギーを脂肪へとより多く分配し、筋肉や臓器の細胞が燃料として使用するエネルギーが減るという可能性が高い。私たちが「代謝が落ちる」というのは,これらの細胞で使用されるエネルギーが減少することを意味しているのだ。私たちの「代謝率」は低下する。もう一度くり返すが,太る原因のように見えるもの(代謝の低下)は、実は結果である。代謝が低下するから太るわけではない。太るから代謝が低下するのである。
  • この問題の食物 (nurture)に関する側面,つまり事態を悪化させる食物,そして、なくても生きていける食物について話す前に、取りあげるべき性質(nature)に関する問題がもう1つある。それは、わずか20~30年前と比べて,今日,子どもたちが太っているのはなぜか? また, 子どもたちが太って生まれてきているようなのはなぜか? これは,世界各国の研究で、最近明らかになった肥満の流行の1つの側面である。今日,かつてないほど多くの子どもたちが肥満であるのみならず、大部分の研究において子どもたちは生後6か月の時点で、以前に比べて著しく太っていると報告されており,この現象は子どもたちの行動とは明らかに何の関係もない。太っている子どもたちは肥満の両親から生まれる傾向があるが,その理由の一部は、インスリン分泌やインスリンに反応するさまざまな酵素,さらにどのようにして、いつインスリンに抵抗性を示すようになるかを,遺伝子が制御しているためである。しかし心配の種となるもう1つの因子もある。子宮内の胎児は栄養分を母親の血液中の栄養分の量に比例して(胎盤と臍帯を通して)受け取る。これは母親の血糖値が高いほど,子宮内で胎児が受け取るブドウ糖の量が多いことを意味する。
  • 胎児は、膵臓を発育させインスリン分泌細胞を増やすことにより,より多くのブドウ糖に対応するようになるらしい。したがって、妊娠中の母親の血糖値が高いほど,胎児ではより多くのインスリン分泌細胞が発達し,出産が近づくにつれてもっと多くのインスリンを分泌するだろう。近年,新生児はより多くの脂肪をつけて生まれ、インスリンを過剰に分泌する傾向があり,成長するにつれてインスリン抵抗性になるだろうと考えられる。また、その新生児は年をとるとともに肥満になる傾向があるだろう。動物実験においては,この傾向は動物がヒトでいう中年に達したときにのみ認められる。この結果がヒトにあてはまるとすれば、たとえ若いときにはこの傾向をほとんど示さないとしても,中年になると肥満になることが、子
    宮のなかにいる段階でプログラムされていることになる。肥満の母親,糖尿病の母親,妊娠中に体重が過剰に増える母親,そして妊娠中に糖尿病になる母親(「妊娠性糖尿病」として知られる状態)が皆,より大きく,より太っている子どもを生む理由はほぼ間違いなくこれである。これらの女性はインスリン抵抗性を示し,血糖値が高い傾向にある。
  • しかし,肥満の母親が肥満の子どもを生み,肥満の子どもが肥満の母親になるとすると,それはどこで止まるのだろうか? このことは、肥満の流行が始まり,私たちがみな肥満になり始めたことにより,もっともっと多くの子どもたちを生後数か月の段階から太るようにプログラムし始めたことを意味する。実際,この特殊な悪循環が肥満の流行の1つの原因であるとしても驚くことではないだろう。このように、私たちが肥満になったときには,自分たちの健康以上に考えるべきことがある。私たちの子どもたちも、そしてその子どもたちも、その代償を払うことになるかもしれない。そして、後に続く世代は、その問題を元に戻すことをはるかに難しく感じるかもしれない。

 

私たちにできること

  • 太りやすい体質をもって生まれるかどうかは、あなたにはコントロールできない。しかし「肥満症入門」が示していることは,私たちが食べる炭水化物(炭水化物の量と質)は太りやすい体質を助長していることである。前述したように,インスリンの分泌を最終的に決めるのは炭水化物であり,体脂肪の蓄積を促すのはインスリンである。炭水化物を食べたからといって私たち全員が太るわけではないが,太る人にとってその原因は炭水化物である。炭水化物の摂取量を減らすほど,私たちはやせるだろう。ここではタバコと比較してみよう。すべての長期喫煙者が肺がんになるわけではない。男性6人あたりたった1人,女性では9人あたり1人が肺がんになる。しかし,肺がんになる人たちにとって、タバコの煙は最も一般的な原因である。かつてそうであったように,タバコのない世界では肺がんはまれな疾患だろう。そして、炭水化物を多く含む食事がない世界であれば、同じように肥満はまれな状態だろう。
  • 炭水化物を含むすべての食物が同じように肥満の原因となるわけではない。これは重要な点である。最も太りやすい食物は血糖値とインスリン濃度に最も大きな影響を与える食物である。これらは濃縮された炭水化物,特にすばやく消化されるもので、精製された小麦粉からつくられた製品(パン, シリアル, パスタ)、液体の炭水化物(ビール,フルーツジュース,ソーダ)およびデンプン(ジャガイモ,米, トウモロコシ)である。これらの食物はすばやく血液中にブドウ糖を氾濫させるため、血糖値が急上昇し、インスリン濃度が急上昇する。その結果,私たちは太る。驚くことではないが,過去200年近く,これらの食物は特に肥満の原因になると考えられてきた(後述)。
  • ほとんど例外なく,これらの食物は入手可能なもののうち最も安価なカロリー源でもある。これは、貧困な人ほど肥満になる可能性が高い理由をはっきりと説明している。なぜか? 最初に述べたように,今日の米国や欧州諸国と肩を並べるほどの肥満と糖尿病発症率を示すきわめて貧しい集団を見つけることは,過去から現在まできわめて容易なことだからである。これが1960~1970年代に,これらの集団の治療をした医師たちによってなされた説明であり,今や,それが科学によって裏付けられることは明らかである。
  • 英国からジャマイカに移り住んだ糖尿病専門家のロルフ・リチャーズは、1974年に「第三世界の大部分では、炭水化物の摂取量が多い」と書いた。また,「動物性蛋白質よりもむしろデンプン(スターチ)を入手しやすいことが,当然のようにこれらの集団のカロリー摂取量増加に貢献し、脂肪の産生と肥満の発症につながる」とも述べた。これらの集団の人たちは、食べすぎやあまり動かないことにより肥満になるのでなく、彼らが依存している食物(彼らの食事の大部分を構成するデンプンと精製された穀物)が彼らを太らせるのである。
  • その一方,ホウレンソウやキャベツ類などの緑色の葉野菜に含まれる炭水化物は、消化しにくい繊維と固く結びついているため、消化されて血液中に取り込まれるまでには,はるかに長い時間がかかる。また,これらの野菜は水分を多く含むため,その重量の割には消化されるデンプンの量がジャガイモなどに比べて少ない。ジャガイモなどと同じ量の炭水化物を摂るには、はるかに多くの量を食べなければならず,その炭水化物を消化するには時間がかかる。したがって,これらの野菜を食べても血糖値は比較的低く保たれるため,インスリン反応はごくわずかで太りにくい。しかし,なかには食事中の炭水化物に非常に敏感で,これらの緑色野菜でさえも問題となる人たちがいるかもしれない。
  • 果物に含まれる炭水化物は比較的消化が容易であるが、水分が多く希釈されているため,デンプンに含まれる炭水化物ほど濃縮されていない。同じ重量のリンゴとジャガイモを摂取した場合,血糖への影響はジャガイモのほうがかなり高く, これはジャガイモのほうが,より太りやすいことを示唆する。しかしそれは果物によって太る人がいないことを意味するのではない。

 

 

  • 肥満症入門の観点から見て,果物がやっかいである理由は、果糖という一種の糖を含んでいるため甘く、これは炭水化物と同様に太るもとであることだ。栄養学者や公衆衛生の専門家たちが肥満の流行を阻止しようと必死になるにつれて、彼らは緑色野菜と一緒に果物をたくさん食べるように執拗に勧めるようになった。果物は食べる前に加工する必要がないし,脂肪とコレステロールを含まず、ビタミン (特にビタミンC)と抗酸化物質を含むため、論理的にはからだによいに違いないだろう。しかし、太りやす.い体質なのであれば果物の大部分は肥満を改善するどころか、悪化させることはほぼ間違いない。
  • 私たちにとって最悪の食物は、ほぼ間違いなく糖〔特に,スクロース(白糖)と高果糖コーンシロップ)である。最近、公衆衛生の専門家とメディアは、高果糖コーンシロップが肥満流行の原因であるとして攻撃し始めた。高果糖コーンシロップは1978年に導入され,1980年代中ごろまでに米国内の清涼飲料の大部分に含まれる糖に取って代わった。米国人は果糖が糖の一種であることを認識していなかったため,糖(米国農務省は「ノンカロリー甘味料」と区別して「カロリー甘味料」と呼んでいる)の総消費量は,年間1人120ポンド(約54kg)から150ポンド(約68kg) へとまたたく間に増加した。しかし果糖は糖である。事実上,砂糖と果糖はまったく同じであるため,これら両方を糖と呼ぶ。白糖,つまりコーヒーに入れたり、シリアルに振りかけたりする白い顆粒状のものにはブドウ糖と果糖が半々に含まれる。一般的に,私たちがジュース,炭酸飲料,フルーツヨーグルトから摂取する高果糖コーンシロップは、55%が果糖(食品産業でHFCS-55という名称で知られているのはそのため), 42%がブドウ糖,3%がその他の炭水化物である。
  • 果物を甘くするのと同様に,これらの甘味料を甘くしているのは果糖である。そして,私たちを極度の肥満にしている原因はこの果糖であり,したがって甘味料は健康にとても悪いと考えられる。米国心臓病協会(AHA) やその他の専門家は,最近(遅くても何もしないよりはまし),果糖,すなわち砂糖と高果糖コーンシロップを肥満の原因、またおそらく心臓病の原因でさえもあるとし,標的にするようになった。しかし,彼らの主張のおもな根拠は、これらの甘味料は「空っぽのカロリー」,つまりビタミンミネラル, 抗酸化物質を含んでいない点である。しかしこれは的外れである。実際に果糖は健康に悪影響(肥満を含む)を及ぼし,このことはビタミンや抗酸化物質を含んでいないこととはほとんど関係がなく,一方でからだが果糖をどのように処理するかという点と非常に大きな関係がある。果糖とブドウ糖が半々に含まれるという糖の組み合わせは、私たちを肥満にするのに特に効果的かもしれない。
  • 私たちがデンプンに含まれる炭水化物を消化すると,それらは最終的にブドウ糖として血液中に入る。血糖は増加し,インスリンが分泌され,カロリーは脂肪として貯蔵される。砂糖や高果糖コーンシロップが消化されると、ブドウ糖の多くは最終的に血液中に入り血糖値を上げる。しかし,果糖はほとんど例外なく肝臓において酵素によって代謝される。したがって果糖は血糖値やインスリン濃度に対してすぐに影響を与えることはないが,キーワードは「すぐに」であって,長期的には多くの影響がある。
  • ヒトのからだ,なかでも肝臓は,現代の食事から摂取される量の果糖を処理できるようには進化してこなかった。果糖は果物のなかに比較的少量(たとえば,ブルーベリー1カップに30カロリー分) 存在する(しかし,後述するように、果糖の含有量を増やすように何世代も品種改良された果物もある)。ペプシやコカコーラの355mL缶には80カロリー分の果糖が含まれる。リンゴジュース355mLには85カロリー分の果糖が含まれる。肝臓はこの膨大な量の果糖に対して,その多くを脂肪に変え,それを脂肪組織に送り出して対応する。これが,生化学者たちが40年前にあっても果糖を最も「脂肪を生成」する炭水化物(最もすみやかに脂肪に変わる糖)と呼んだ理由である。一方、果糖と一緒に摂取されるブドウ糖は血糖値を上げ、インスリンの分泌を刺激し、脂肪細胞をどこから来た脂肪であろうとすべて(肝臓内で果糖からつくられた脂肪も含む)貯蔵する状態にする。これらの糖を摂取すればするほど、またそれらが食事に含まれている期間が長ければ長いほど、からだは糖を脂肪に変換することに適応していくと考えられる。英国人の生化学者で果糖の専門家のピーター・マイヤーズ(Peter Myers)がいうように,私たちの「果糖代謝の様式」は時間とともに変化する。これは脂肪を直接肝臓に蓄積する(脂肪肝として知られる状
    態)原因となるだけではなく、肝細胞のインスリン抵抗性によって引き起こされる一種の連鎖反応により、筋肉組織がインスリン抵抗性を示す原因にもなると考えられる。
  • そのため、果糖が血糖値とインスリン濃度に対してすぐに影響を与えないとしても、時間とともに(おそらく数年)インスリン抵抗性の予測される原因となり、脂肪として蓄積されるカロリーが増加することの原因にもなる。燃料分配計の針が最初はそうではなかったとしても,やがて脂肪蓄積の方向を指すようになるだろう。
  • もし,これらの糖をまったく食べなかったとすれば,たとえ食事の大半がデンプン質の炭水化物と小麦粉であったとしても,肥満や糖尿病にならない可能性は十分にある。世界で最も貧しい集団で炭水化物の多い食事を摂っていても,肥満や糖尿病にならない集団がある理由はこれにより説明されるが,その一方でそんなに幸運ではない集団もある。日本人や中国人のように肥満や糖尿病にならない(少なくともならなかった)集団は、昔からほとんど糖を摂取していなかった。あなたが太り始めたとき,それを停止させ状況を反転させたいのであれば、まずこれらの糖を除くべきである。
  • アルコールは特別な例である。アルコールはその大部分が肝臓で代謝される。たとえば、ウオッカひと口のカロリーの約80%が直接肝臓に行き、少量のエネルギーと大量の「クエン酸塩」と呼ばれる分子になる。そして、そのクエン酸塩はブドウ糖から脂肪酸をつくる過程を促進させる。そのためアルコールは肝臓内の脂肪産生量を増やし,これがおそらくアルコール性脂肪肝症候群の発症機序であろう。アルコールは別の場所も太らせるかもしれないが,これらの脂肪を脂肪として貯蔵するか燃やすかは、アルコールと一緒に炭水化物を食べるか,飲むかにより支配される。通常,私たちはアルコールと一緒に炭水化物を摂取する。たとえば,一般的なビールのカロリーは、その3分の2がアルコールそのものであるのに対し,約3分の1は麦芽糖(精製炭水化物)に由来する。ビール腹はその顕著な結果なのである。

 

不公平が生む悪循環

  • 肥満症入門のメッセージはきわめて単純である。あなたが太りやすい体質で,健康を損なうことなく,できるだけやせていたいのであれば,炭水化物を制限し,血糖値とインスリン濃度を低く保たねばならない。注意するべき点は,カロリーを減らして脂肪を減らすのではないことである。太らせる食物(炭水化物)を削ることで、脂肪を減らすのである。もし体重を希望の数値まで落とした後に,これらの食物を食事に戻せば,再び肥満になるだろう。一部の人だけが炭水化物によって肥満になるということは(ちょうど一部の人だけがタバコを吸って肺がんになるのと同じように),もしあなたがそのうちの1人であって脂肪を減らしたり,脂肪を減らしたままにしたりしたいのであれば、これらの食物を避けることでしか実現できない。
  • ここで関係する不公平はこれだけではない。それは最悪のものでさえもない。イントロダクションで述べたように,この肥満の解決には、犠牲を払わずに減量する方法やそれを維持することはできない。これまでのメッセージは,炭水化物が私たちを太らせ,太ったままにしておくということである。しかも、私たちを太らせる原因となる食物は,私たちが大好きで、それなしでは生きられないというぐらい食物のリストの最上位に位置するだろう。ここにはベーグル, パン, ポテト, スイーツ,そしてビールが含まれる。
  • これは偶然の一致ではない。動物実験からは、動物たちが優先的に、おそらく過剰に摂取する食物は,細胞に最も速くエネルギーを供給するもの(簡単に消化される炭水化物)であることが明らかになっている。
  • そして、もう1つの要因は私たちがどのくらい空腹であるかであり、これは最後の食事からどの程度時間が経過したか,その間にどの程度のエネルギーを消費したかを示している。食間が長いほど,そしてより多くの工ネルギーを消費するほど,私たちはより空腹になるだろう。そして空腹であればあるほど食物をよりおいしく感じるだろう。あー, とてもおいしとよくいわれるが、それに理由がないわけではない」と、1世紀以上前に書いた。
  • 食前であっても,インスリンには空腹感を増す作用がある。食べること(特に炭水化物の多い食物と甘いものを食べること)について考えるだけでインスリンは分泌され始めるが,このインスリン分泌が食物をひと噛みして数秒以内に増加することを覚えているだろうか?それは消化が始まる前,ブドウ糖が血液に取り込まれる前に起こる。インスリンには血液中にある他の栄養分(特に脂肪酸)を蓄え,もうすぐやって来る大量のブドウ糖に備えてからだを準備する働きがある。そのため私たちの空腹感は単に食べることを考えるだけで強くなり,そして最初の何口かを食べることで、さらに強くなる(フランスには「食べるほどに食欲が出る」ということわざがある)。
  • フランスの科学者ジャック・ル・マグナン (Jacques Le Magnen)がいったように,食事が続くにつれて,この「空腹の代謝的背景」は弱まり,食欲は満たされるが,それと同時に食事への嗜好性,つまりどれだけおいしく感じるかという感覚も弱まる。インスリンは脳内で食欲と食事行動を抑制するように働いている。結果として,最初の何口かは,最後の何口かよりも、常に、おいしく感じられるだろう(「最後のひと口までおいしい」という文句が,特に味がよく楽しめる食品やそうした経験を描写するために使われたのはこのためである)。これが,私たちの多く(やせていようと,
    太っていようと)がパスタやベーグル,その他の炭水化物に富んだ食物を「好きになる理由として,もっともらしい生理学的な説明である。それらの食物を食べることを考えるだけで,インスリンは分泌される。インスリンは栄養を血液循環から一時的に取り除いて貯蔵することで私たちを空腹にし,その結果,最初のひと噛みがよりおいしく感じられるようにする。血糖とインスリンの反応が大きい食物ほど,私たちはそれを好み,よりおいしいと感じるのである。
  • この「血糖値とインスリンによるおいしさ」の反応は,太っている人や太りやすい体質の人たちでは、ほぼ間違いなく増大されている。そして、彼らが太るにつれて,インスリンはより効果的に脂肪を脂肪組織に,蛋白質を筋肉に溜め込み,それらを燃料として使えなくするため,彼らはますます炭水化物の多い食物を食べたくなる。
  • いずれ起こることだが、いったんインスリン抵抗性になると、より多くのインスリンが静脈のなかを1日のほとんどの時間流れるようになるだろう。その結果,燃やすことのできる燃料が炭水化物由来のブドウ糖のみであるという状態が、1日のなかでより長くなるだろう。インスリン蛋白質,脂肪,グリコーゲン(炭水化物の貯蔵型)までも,後のために安全にしまい込む働きをしていることを覚えているだろうか? インスリンは、細胞に対して燃やすべき過剰なブドウ糖があることを示しているが,実際にはブドウ糖はない。そのため、私たちはブドウ糖を渇望する。たとえ脂肪と蛋白質(たとえば、パンなしのハンバーガーやチーズの厚切り)を食べたとしても,インスリンはからだがそれらを燃料として燃やすかわりに,これらの栄養を貯蔵するように働くだろう。それに,少なくとも炭水化物をたっぷり含むパンが一緒でなければ,あなたがこれを食べたいと思うことはほとんどないだろう。なぜなら,その時点において,からだは脂肪や蛋白質を燃料として燃やすことがほとんどできないからである。
  • 甘いものは特別な例であるが,これは甘党の人たち(あるいは子どもを育てた経験のある人たち)にとっては驚くことではないだろう。まず,肝臓内における果糖の独特の代謝は、ブドウ糖インスリン刺激効果と合わせて、太りやすい体質の人たちに甘いものへの渇望を起こさせるのに十分かもしれない。さらに脳に対する影響もある。プリンストン大学のパートリー・ヘーベル(Bartley Hoebel)の研究によると、砂糖を摂取するとコカイン, アルコール、ニコチン,その他の常習性のある物質が標的とするのと同じ脳の部位(「報酬中枢」として知られている)の反応を引き起こす。すべての食物にはこれと同じ効果がある程度あり,これは報酬中枢系統がこのような行動,つまり種に利益をもたらす行動(食べることや繁殖行為)を強めるために進化したためと考えられる。しかし,砂糖はコカインやニコチンと同じように,その信号を不自然なまでに脳へ送っているようである。動物実験の結果を信用するのであれば,砂糖と高果糖コーンシロップは薬物と同じような常習性があり,それはほぼ同じ生化学的な理由によるものである。
  • さて、それは悪循環としてどのようなものか? 私たちを太らせる食物は、私たちが太りやすい食物をほしがるように仕向ける(くり返しになるが,これは喫煙と変わらない。肺がんを起こすタバコもまた,私たちに肺がんの原因になるタバコを渇望させる)。それらの食物が私たちを肥満にしやすいほど,それらを食べるときにあなたが肥満になりやすいほど渇望は大きくなる。その循環を断ち切ることは可能であるが,こうした渇望と闘う必要があり(ちょうどアルコール中毒者たちが禁酒し,喫煙者たちが禁煙するように)、継続的な努力と注意なしには断ち切ることができない
    のだ。

 

  • 定期的な運動を行うことによって余分な体重を減らしたと断言する人たちにも,同じことがいえる可能性が高い。週5回のランニングや水泳,エアロビクスを始めたにもかかわらず,食物には何の変更も加えないという人たちはまれである。むしろ, ビールや炭酸飲料の摂取を減らし,甘い物を控え,おそらくデンプンを緑色野菜に置き換えようとさえ考えるだろう。例によって、カロリー制限を用いた食事療法が失敗するとき(運動プログラムについても同じことがいえる),その理由は肥満の原因とはならない食物を制限するからである。こうした食事療法はインスリンと脂肪蓄積に対して長期的な影響はないが,エネルギーや細胞や組織を修復するために必要となる脂肪と蛋白質を制限してしまう。こうした方法は脂肪組織を確実に標的にするのではなく,からだ全体の栄養とエネルギーを枯渇させてしまったり,半枯渇状態にしてしまったりする。食事療法を行っている本人が半飢餓状態を我慢できる限り,減らした体重は維持できるが,その間にも筋肉細胞が修復と機能維持のために蛋白質を得ようとするのと同じように,脂肪細胞は失った脂肪を取り戻すために働き、食事療法を行っている人が消費する総エネルギー量はそれを補うために減少するだろう。
  • 肥満症入門が最終的に示唆することは,減量は食事に含まれる太らせる原因となる炭水化物を取り除けば成功することである。炭水化物を取り除かなければ失敗する。本質的に脂肪組織を調節し,過剰に蓄積したカロリーを放出させることである。この目的のためにならないような変更を行っても(特に摂取する脂肪と蛋白質を減らすこと),別のかたち(エネルギーや筋肉を修復するために必要な蛋白質)でからだを飢餓状態にし,その結果として起きる空腹が失敗へと導くだろう。

  • この2000年の分析が示したように,重要な点は,今日の典型的な西洋の食事における全摂取カロリーの60%以上を占める現代の食物 (穀類,乳製品,飲物,植物油とドレッシング,砂糖とキャンディーを含む)が,「典型的な採集・狩猟生活者が食事から摂取するカロリーにはまったく関与していなかった」ということである。容易に消化できるデンプン,精製された炭水化物(小麦粉と白米),砂糖が太る原因とされるもっともらしい理由は,私たちの遺伝子が炭水化物を食べるように,また今日ほどの量を食べるように進化しなかったことだろう。こうした食物を含まない食事がより健康的であることは一目瞭然のように思われる。蛋白質と脂肪を摂取するための肉,魚および鶏は,250万年の間,私たちの祖先にとって健康的であった食事の主成分である。
  • この進化に関する議論をひっくり返すと,現代の西洋化した社会で,伝統的な食事から,だんだんと私たちが日常的に食べるような食事をするようになった集団に行きあたる。公衆衛生の専門家たちは、これを「栄養の「移行」と呼び,それは例外なく病気の移行(今日,西洋の病気として知られている一連の慢性疾患の出現)も伴う。これらの疾患には肥満,糖尿病、心疾患、高血圧と脳卒中,がん, アルツハイマー病やその他の認知症,虫歯, 歯周病,虫垂炎,潰瘍,憩室病,胆石,痔核,静脈瘤,便秘症が含ま
    れる。これらの病気や健康状態は,西洋の食事を食べ、現代的な生活を送る社会において一般的であるが,そうでない社会においては,まったく存在しないとまではいかなくても、まれである。それらの伝統的な社会が,西洋的な食事と生活習慣を[貿易または移民(自発的または奴隷貿易のように強制的に)を通して]受け入れると,これらの疾患がほどなく出現するだろう。
  • この慢性疾患と現代の食事生活習慣との関連は,19世紀中ごろ,フランス人の医師スタニスラス・タンショウ (Stanislas Tanchou) が「がんは、精神異常と同様に,文明の進歩に伴い増加するように思われる」と指摘したときに初めて注目された。マイケル・ポランが指摘するように、それは、今や食事と健康に関する疑いの余地のない事実である。西洋の食事を摂れば西欧の疾患(特に肥満,糖尿病,心疾患,がん)に罹る。
  • これが,公衆衛生の専門家たちががんも含めたすべての疾患の原因は食事と生活習慣である(不運や悪い遺伝子の結果ではない)と信じる理由の1つである。
  • この例として、乳がんを考えてみてほしい。この疾患は日本では比較的まれで、米国の女性のような悩みの種でないことは確かである。しかし、日本人女性が米国に移住すると,彼女たちの子孫がその地域の他の民族集団と同じ乳がん発症率となるまでに、たったの2世代しかかからない。これにより米国の生活習慣や食事に関する何かが乳がんの原因になっていることがわかる。問題はそれが何かということである。

 

健康的な食事の本質

  • 炭水化物が私たちを太らせる原因であるからには,肥満を避ける最善かつ唯一の方法は炭水化物の多い食物を避けることである。このことは,すでに肥満の人やもう一度やせたい人が行うべき最善かつ唯一の方法であることを暗に示している。その論理は単純明快である。しかし、医師はこうした食事が有益である以上に害をもたらすと信じており,そうでないと信じることは困難である。
  • ここに1960年代からくり返されてきた,炭水化物制限食に対する3つのおもな反対論を示す。
  1.  炭水化物制限食は食べる量を減らすことや運動をすること,またはその両方を行わずに減量することを約束しているが,これは熱力学の法則と入るカロリー/出るカロリー説の最優先事項に反するため詐欺である
  2. 炭水化物制限食は1つの栄養素(炭水化物)のみを制限しているが,健康な食生活の第一法則はおもな食品群のすべてから偏りなく食べることであるため,この食事は栄養のバランスがとれていない
  3. 炭水化物制限食は高脂肪食でもあり,特に飽和脂肪を多く含むため、コレステロール値を上げて心臓病を引き起こすだろう
  • 太りやすい炭水化物を制限する食事においては,必須栄養素(ビタミン,ミネラル,アミノ酸を含む)が不足しているという論議は説得力がない。まず、この食事法で避ける食物は太りやすいものであり,葉物・緑色野菜やサラダではない。これだけでもビタミンやミネラル不足に対するいかなる表面的な懸念も取り去られるはずである。さらに,太りやすいため制限される炭水化物(デンプン,精製炭水化物,糖類)は、どのみち必須栄養素を事実上含んでいない。
  • たとえあなたが体重を減らすには摂取カロリーを減らす必要があると信じていても,太りやすいこれら炭水化物はまさにこの理由により減らすのには理想的な食物だろう。あなたが一般通念に沿って、総摂取カロリーをたとえば3分の1に減らすとすれば,すべての必須栄養素も3分の1に減ることになる。英国人の栄養学者ジョン・ユドキン (John Yudkin)が1960~1970年代に論議したように,砂糖,小麦粉,ジャガイモ,ビールを禁止し,肉,卵,葉物・緑色野菜の摂取を無制限に認める食事法は,すべての必須栄養素を残すことができるどころか、増やしさえするかもしれない。なぜなら,この食事法ではこれらの食物を多く食べることができるからである。
  • 動物性食品は飽和脂肪を含み,それは健康に悪影響を及ぼす可能性があると初めて論議された1960年代以来,栄養学者は肉には生命に必要なすべてのアミノ酸,すべての必須脂肪酸,13種類の必須ビタミンのうち12種類が驚くほどたくさん含まれていると指摘することを控えてきた“。それは事実である。特に肉は豊富なビタミンAとE,すべてのビタミンB群の源である。ビタミンB12とDは動物性食品にのみ含まれる(しかし、日光浴を定期的に行うことでも,十分なビタミンDを得ることができる)。
  • ビタミンCは動物性食品には比較的少ない唯一のビタミンである。しかし、ビタミンB群において見られるように,太りやすい炭水化物を多く摂るほど,これらのビタミンが必要となる。ビタミンBは細胞内でブドウ糖代謝するために使用されるため,炭水化物を多く摂るほど,(脂肪酸の代わりに)ブドウ糖を燃やし、食事からさらに多くのビタミンBを摂取する必要がある。
  • ビタミンCはブドウ糖と同じしくみを使って(必要とされる)細胞内に入るため、血糖値が高いほどブドウ糖が余計に細胞に入り,ビタミンCの吸収は少なくなる。インスリンもまた腎臓におけるビタミンCの吸収を抑制し,その結果,炭水化物を食べると,体内に保持して利用すべきビタミンCが尿と一緒に排泄される。もし食事に炭水化物が含まれなければ,必要とするすべてのビタミンCは動物性食品から得られる可能性が高い。
  • これは進化の観点から見ても理屈に合っている。なぜなら,赤道から離れ長い冬を経験する場所に住む集団は、数か月あるいは数年(たとえば氷河期)の間,猟によって手に入れた獲物以外は何も食べずにすごしていたからである。これを考えると,必要なビタミンCを得るためにオレンジジュースか新鮮な野菜を毎日食べる必要があるという考えは不合理のように思われる。これはまた、ほとんど炭水化物を食べ物も食べなかったであろう孤立した採集・狩猟生活者がそれでも繁栄した理由を説明することになるだろう。
  • 炭水化物は健康的な人間の食事に必要ではない。別のいい方をすれば,(炭水化物制限食の支持者がいったように)必須炭水化物といわれるようなものは存在しない。栄養学者は健康な食事には120~130gの炭水化物が必要だというだろうが、これは食事中の炭水化物が多い(1日あたり120~130g)場合に,脳と中枢神経系が燃料として燃やすものと,私たちが実際に食べなければならないものとを混同しているだけである。
  • 食事に炭水化物が含まれない場合,脳と中枢神経系は「ケトン体」と呼ばれる分子を燃料とする。これらは肝臓において、脂肪や炭水化物を摂取せずにインスリン値が低いときに脂肪細胞から動員される脂肪酸,さらにアミノ酸からも合成される。食事に炭水化物が含まれていない場合、ケトン体は脳が使うエネルギーの約4分の3を供給するだろう。炭水化物を厳しく制限した食事が「ケトン生成 (ketogenic)」食として知られている理由はこれである。残りの必要なエネルギーは、中性脂肪が分解されるときに遊離されるグリセリンや,蛋白質アミノ酸を使って肝臓で合成されるブドウ糖から得られるだろう。太りやすい炭水化物を含まない食事には多くの脂肪と蛋白質が含まれており,脳の燃料不足は起こらないだろう。
  • 脂肪を燃料として燃やしている(結局,私たちが脂肪を使って行いたいこと)ときはいつでも,肝臓もこの脂肪のいくばくかを使い, ケトンに変換し,それを脳がエネルギーとして使っているだろう。これは自然な作用である。これは私たちが食事を抜いたときに起こり,昼間に蓄積した脂肪を使ってからだが機能するもので(少なくともからだの脂肪を使って機能しているべき)、特に夕食や夜食と朝食の間の時間帯に顕著に起こる。夜がふけるにつれて、徐々に多くの脂肪を肝臓に動員しケトン合成を増やす。朝までに専門的に「ケトーシス」として知られる状態になり、脳はおもにケトンを燃料として使用している。これは,炭水化物を1日あたり約60g以
    下に制限した食事により起こることと違いはない。研究者たちはブドウ糖よりもケトン体を燃料としたほうが脳と中枢神経系がより効率的に機能することを報告している。
  • この軽度のケトーシスを,炭水化物を食べていない時代(人類の歴史の99.9%の期間)のヒトの代謝の正常な状態と定義することができる。こうした理由から、ほぼ間違いなくケトーシスは単なる正常な状態であるのみならず、健康的な状態でさえあるといえる。この結論を支持する1つのエビデンスは、1930年代から医師たちが手に負えない小児期てんかんを、ケトン生成食事法を使用して治療し,治癒までさせていることである。そして,最近,研究者たちは成人のてんかんも同様にケトンを生成する食事法で治療でき,そしてがんの治療と治癒すらも可能であるという考え(私が論議するように,あなたが思うほうど非常識ではない考え)を検証し始めた。

 

  • さて、私がここまで勧めてきたことを行うように指示した臨床試験(これまで食べていた太りやすい炭水化物を,脂肪や飽和脂肪が多い動物性食品と交換する試験)において,対象者たちに何が起きたかを見てみよう。
  • 過去10年間に,研究者たちは炭水化物が非常に少なく、脂肪と蛋白質が非常に多い食事(おもに1972年のベストセラー『アトキンス式 低炭水化物ダイエット(Dr. Atkins' Diet Revolution)」で, ロバート・アトキンス (Robert Atkins)医師により知られるようになったアトキンス式ダイエット]を,米国心臓病協会(AHA)や英国心臓財団(BHF)により推奨される低脂肪,低カロリー食と比較するかなり多くの試験を行ってきた。
  • これらの試験は高脂肪,高飽和脂肪の食事を摂ることが,体重および心臓病と糖尿病の両方に関する危険因子に与える影響について調べた,かつてない優れた研究である。その結果は驚くほど一貫していた。これらの試験では、被験者たちは食べたいだけの脂肪と蛋白質(食べたいだけの肉、魚,鶏)を食べ,炭水化物を避ける1日50~60g以下(200~240カロリー相当)]ように指導され,一方で,総カロリーを減らすのに加えて,特に脂肪と飽和脂肪を避けるように指導された対照と比較された。その結果,主として脂肪と蛋白質を食べた人たちには次のようなことが起きた。
  1. 少なくとも体重が大きく減少した
  2. HDLコレステロールは増加した
  3. 中性脂肪はかなり減少した
  4. 血圧は低下した
  5. コレステロールはほとんど変化しなかった
  6. LDLコレステロールはわずかに増加した
  7. 心臓発作に対する危険性はかなり低下した

 

結未

  • これはダイエット本ではない。なぜなら私たちが論議しているのはダイエットではないからである。過食や座りがちな生活ではなく炭水化物が私たちを太らせるという事実を,あなたがいったん受け入れれば、体重を減らすために「ダイエットを始める」という考えや健康の専門家が「食事療法による肥満の治療」と呼ぶものは,もはや実質的な意味をもたない。今や、議論する価値がある唯一の話題は,原因である炭水化物(精製された穀物,デンプン類,糖類)を避ける最適な方法と,健康へのベネフィットを最大にするために他に何を行うかである。
  • 1950年代以降,いくつかの非常によく考えられたダイエット本が体重を調節するために炭水化物を制限することを勧め,これらの本は近年かつてないほど重版されている。当初、その著者は医師で、一般的には彼ら自身が体重の問題を抱えていた。そのため彼らの経験は似たようなものであった。彼らが食べる量を減らして運動をしても体重は減らず、最終的に炭水化物を制限する考えに行きあたった。彼らはそれを試し,うまくいくことに気付き,それを患者に処方した。それから、彼らはそのメッセージを伝えるために,彼らは経験に基づく本を書いた。その食事法が効果的であったこと,またその食事法がうまくいく可能性があると思えばどのような新しいダイエットでも試してみようとする人たちが常に存在するため、当初これらの本は売れた。
  • 「脂肪を食べてスリムになろう(Eat Fat and Grow Slim, 1958年)」,『カは、継続はどちらを食べるほうが容易で,最も楽しみが得られるのはどちらかという点である。あなたが,皮のない鶏の胸肉,脂肪の少ない肉や魚の切り身,卵白のオムレツで満足であるならばそうすればいい。しかし,肉の赤身と同様に脂身を食べること,卵白と同時に卵黄を食べること,バターとラードで調理された食物を食べることは、この食事法を継続するために,そしてまた健康のためにも,よりよい処方であるかもしれない。

副作用と医師について

  • 摂取する炭水化物を脂肪に置き換えるとき,あなたは細胞がエネルギーとして燃やす燃料に,根本的な変化をつくり出している。細胞は,おもに炭水化物(ブドウ糖)で動いている状態から、脂肪(からだの脂肪と食事中の脂肪の両方)で動いている状態になる。しかし,この変化には副作用を伴う可能性がある。副作用には虚弱感,疲労,悪心,脱水,下痢,便秘,起立性低血圧(急に立ち上がると血圧が急激に低下し,めまいを起こしたり,気を失ったりすることさえある),痛風の悪化などが含まれることがある。1970年代に専門家たちは、これらの「副作用の可能性」が,その食事法を「一般的に安全に使用すること」ができない理由であると主張し、絶対に行うべきでないと示唆した。
  • しかしそれは、炭水化物の禁断症状として考えられる短期的な影響と,その離脱症状を克服し,より長い期間やせて、健康的に生きることの長期的な利益とを混同したものであった。炭水化物の禁断症状は、より専門的な用語では「ケト適応 (keto-adaptation)」と呼ばれ,これは1日約60g以下の炭水化物しか摂取しなかったことにより起こるケトーシスの状態に適応しているためである。炭水化物の制限を試みる人たちのなかで、すぐにあきらめる人がいる理由はこれである。ウェストマンは「炭水化物の禁断症状は,しばしば「炭水化物の必要性」と解釈される」という。さらに「それはタバコを止めようとしている喫煙者たちに向かって,その禁断症状は『タバコの必要性』により引き起こされ,その問題を解決するために,再び喫煙するように示唆するようなものである」と述べている。
  • 副作用の理由は、明らかであり,炭水化物の制限を処方する医師はそれらの治療と予防が可能であるという。これらの症状は食事の脂肪含有量が高いこととは何の関係もない。むしろ、それは蛋白質の摂取が多すぎ,脂肪の摂取が少なすぎること,食事に慣れるまで十分な時間をとることなく激しい運動を試みること,また,ほとんどの場合,炭水化物制限に対してからだが十分に埋め合わせをできずインスリン値の急激な低下が起こることの,いずれかの結果であるように見える。
  • 私が前に,少し話したように,インスリンは腎臓にナトリウムを再吸収するように信号を送り、その結果、水分が保持され血圧が上昇する。炭水化物を制限する際に起こるように,インスリン値が下がると,腎臓は貯留していたナトリウムを水と一緒に排出するだろう。ほとんどの人にとってこれは有益であり,炭水化物の制限により血圧が下がるのはこのためであるこの水分の喪失は体重200ポンド(約90kg)の人で、6ポンド(約3kg)以上になることもあり、初期の体重減少の大部分を占める可能性がある]。しかし,人によっては、水分の喪失を妨げる必要があると,からだが判断
    することもある。それは代償性反応のネットワークを通して行われ,水分の保持と電解質不均衡(ナトリウムを保持するために、腎臓がカリウムを排出する)へとつながり,その結果、先に述べた副作用が起こる。フィニーが言及したように,この反応はナトリウムを食事に加えることで予防することができる。つまり、1日あたり1~2gのナトリウム(小さじ1/2~1杯の塩)を摂るか,鶏か牛を煮出したスープを毎日2カップ飲むことであり,現在,ウエストマン, バーノン,その他の医師はこれを処方している。
  • これらの副作用は、太りやすい炭水化物を避ける決心をする際に,知識の豊富な医師の指導を受けることの重要性について語っている。あなたが糖尿病や高血圧症である場合には,医師の指導は必須である。炭水化物を制限することは血糖値と血圧の両方を下げるため、同じ作用のある薬をすでに飲んでいる場合には,その組み合わせは危険である可能性もある。血糖値の異常な低下(低血糖として知られる)はけいれん、意識の喪失、また死に至ることもあるかもしれない。血圧の異常な低下(低血圧)はめまい,失神,けいれんを起こしうる。
  • ヒトがなぜ太るのか,そして、それにどのように対処すべきかを理解している医師を見つけることはとても困難である。そうでなければ,この本は必要ない。本当に残念ながら,体重調節の現実を理解している医師たちでさえも,患者に炭水化物の制限を処方することをしばしばためらう(たとえ、彼らが自分の体重をそのように維持しているとしても)。肥満の患者に対し,食べる量を減らし、もっと運動をするように指導したり,専門家たちが勧める低脂肪,高炭水化物の食事を摂るように指導したりする医師は、患者の誰かが2週間後、2か月後に心臓発作を起こしたとしても,
    医療ミスにより訴えられることはないだろう。確立された医学的慣習に逆らい、炭水化物の制限を処方する医師にはそのような防衛手段はない。

 

限られた量であれば食べられる食品

  • チーズ:1日4オンス(約110g)まで。スイスチーズ、チェダーチーズなどの固く,熟成させたチーズ,またブリーチーズ,カマンベール,プルーチーズ、モッツァレラチーズ,グリュイエールチーズクリームチーズ,ヤギ乳チーズを含む。ヴェルヴィータのような加工(プロセス)チーズは避ける。ラベルを確認し,炭水化物の量は1食あたり1g以下であるべきである
  • クリーム:1日大さじ4杯まで。高脂肪のもの、低脂肪のもの、サワークリーム(コーヒーに入れるクリームは不可)
  • マヨネーズ:1日大さじ4杯まで。Duke'sマヨネーズとHellmann'sマヨネーズの炭水化物含有量は少ない。他社の製品はラベルを確認のこと
  • オリーブ(黒,または,緑): 1日6粒まで
  • アボカド:1日半分まで
  • レモン/ライムジュース:1日小さじ4杯まで
  • 醤油:1日大さじ4杯まで。キッコーマン醤油の炭水化物含有量は少ない。他社の製品はラベルを確認のこと
  • ピクルス、ディルピクルスまたは砂糖無添加:1日2食分まで。Mt.Oliveは砂糖無添加のピクルスをつくっている。ラベルで炭水化物と1人前の分量を確認のこと
  • 間食:豚の皮を揚げたもの、ペパロニの薄切り,ハム,牛,七面鳥,その他の肉を巻いたもの、辛く味付けした卵

おもな制限:炭水化物

  • この食事法では,糖類(単炭水化物)とデンプン(複合炭水化物)を用いない。唯一推奨される炭水化物は、次のリストに示されている,栄養分が高く,食物繊維を多く含む野菜である。
  • 糖類は単炭水化物である。この種の食物は避けること。具体的には,白砂糖、黒砂糖,蜂蜜,メープルシロップ,糖蜜, コーンシロップ,ビール(大麦モルトを含む)、牛乳(乳糖を含む),味付けされたヨーグルト, フルーツジュース,果物である。
  • デンプンは複合炭水化物である。この種の食物を避けること。具体的には、穀粒(「全」穀粒さえも),米,シリアル,小麦粉、コーンスターチ、パン, パスタ, マフィン,ベーグル,クラッカー,じっくり調理した豆(インゲンマメ, ライマメ,黒豆),ニンジン,パースニップ(シロニンジン)トウモロコシ,豆, ジャガイモ,フライドポテト, ポテトチップスなどの「デンプン質の」野菜である。

油脂(脂肪と油)

  • すべての脂肪と油は、バターであっても食べられる。オリーブ油とピーナツ油は,特に健康な油であるので調理に使用したほうがよい。トランス脂肪を含むマーガリンやその他の硬化油は使用しない。
  • サラダのドレッシングに関しては,家庭で手づくりした油と酢のドレッシングが理想的であり,必要に応じてレモンとスパイスを足す。ブルーチーズ,ランチ,シーザー, イタリアンドレッシングも, ラベルに1食分の炭水化物が1~2g以下と表示されていれば使用してもよい。「低カロリー」ドレッシングは、一般的に多くの炭水化物を含むので避ける。細かく刻んだ卵,ベーコン,おろしたチーズをサラダに加えてもよい。
  • 脂肪は味がよく,満腹感を与えるので、一般的に脂肪を加えることは重要である。したがって肉と一緒に出される脂肪や皮は,皮にパン粉をまぶしていない限り食べることができる。低脂肪ダイエットをしようとしてはならない。 

甘味料とデザート

  • 何か甘いものを食べる必要性を感じるときには,最も理にかなった代替甘味料を選ぶべきである。入手可能な代替甘味料には,Splenda(スクラロース), Nutra sweet(アスパルテーム), Truvia(ステビアとエリスリトールの混合), Sweet'N Low(サッカリン)などがある。さしあたり糖アルコール(ソルビトール, マルチトールなど)は避けること。これらは時々胃を痛めることがあるが,今後,少量の使用は許されるかもしれない。

飲物

  • 許可されている飲物を飲みたいだけ飲みなさい。しかし、無理に飲んではいけない。最良の飲物は水である。風味の付いた人工炭酸水,ボトル入りの天然水やミネラルウオーターもよい選択肢である。
  • カフェインの入った飲物:カフェインの摂取により減量と血糖値の制御が妨げられる患者もいる。この点を考慮し,コーヒー(ブラック,人工甘味料,またはクリーム入り),お茶(無糖,または人工甘味料入り),またはカフェインの入ったダイエット炭酸飲料を1日3カップまで飲んでもよい。

アルコール

  • この食事法では,最初はアルコールの摂取を避けること。減量し,食習慣が確立したところで,後日,炭水化物の少ないアルコールを適度に食事に足してもよいかもしれない。

摂取量

  • 空腹なときに食べること。お腹がいっぱいになったらやめる。この食事法は、「食べたいときに食べる」方式(つまり,空腹であればいつでも食べ,満足する以上に食べない)が一番効果的である。からだに耳を傾けることを学びなさい。低炭水化物食には、無理なく食事の摂取量を徐々に,ゆっくりと減らしていく自然の食欲減少効果がある。したがって,食物がそこにあるからといって、皿の上にのっているものをすべて平らげることはやめる。一方で、空腹をがまんしないこと。カロリー計算はしません。空腹感や渇望のない、無理のない減量を楽しむことが重要である。
  • 1日を栄養価の高い、低炭水化物の食事で始めることを勧める。ただし、多くの薬や栄養サプリメントは、食事ごとまたは1日3回,食物とともに服用する必要があることには注意が必要である。

重要な情報と助言

  • 次の品目はこの食事法には含まれていない。砂糖,パン, シリアル,小麦粉を含むもの,果物,ジュース,蜂蜜,全乳または無脂肪乳、ヨーグルト,缶入りスープ,乳製品代用品,ケチャップ,甘い薬味と付け合わせ。
  • 以下のよくある間違いを避けること。「無脂肪」または「低カロリー」のダイエット製品や食品には、「隠された」糖やデンプンが含まれることに注意する(たとえばコールスローや無糖クッキーとケーキなど)。飲み薬、咳止め、咳止めドロップ,その他の薬局で入手可能で糖を含む可能性のある薬はその表示を確認する。「低炭水化物ダイエットに最適」と表示された製品を避けなさい。

 

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