シリコンバレーの一流投資家が教える 世界標準のテクノロジー教養

世界に目を背けてきたツケ

  • 三本の柱(5G、クラウド、AI)すべてで日本は後れを取ってしまいました。特にAI分野が致命的に弱い。たとえば日本のトップ層の教育機関にはプログラミングを活用する統計学部が近年までありませんでした。AIを活用してデータ解析する人材を育成する専門機関がないのです。
  • さらに日本でありがちなことに、「人工知能というのだからコンピュータだろう。だったらIT企業に任せればいい」と考えている人が多い。しかしIT企業はプログラミングができても、データから知見を引き出すことについては素人です。AIを扱うにはプログラミングと統計の両方を知らないといけないのですが、そういう人材が日本にはほとんどいません。だから専門の会社もほとんどない。
  • その貴重な人材が、シリコンバレーに行けば、新卒でも年収二千万円ぐらいで雇ってもらえます。しかし日本のIT企業だと新卒ならせいぜい年収五百万円程度です。二千万円なんて役員にでもならないと貰えない額です。 そうなると能力の高い人は、日本企業ではなく外資系企業に行くのが普通でしょう (最近多少変化が見られています)。

ものだけでは利益は生まれない

  • デジタルエコノミーの世界ではSaaSの活用が欠かせません。日本ではSI (受託型のシステム開発・導入)の市場が七兆円くらいあります。 その他に、売り切り型のパッケージソフトが一・五兆円、クラウド全体が一兆円です。 そしてクラウドの半分の五千億円がSaaSといわれています。
  • このSaaSが今、急速に広がっています。 SIやパッケージソフトの課題としては初期コストが高かったり、アップデートやメンテナンスが大変だったりといった欠点が挙げられました。その課題を解決したいという狙いでクラウドSaaSに移行し始めているわけです。
  • 「ですがアメリカと比べるとようやくという感は否めません。 アメリカでは二十年くらい前にSaaSのコンセプトが登場し、今ではその代表格であるセールスフォースの時価総額パッケージソフトの代表格であったオラクルを超えました」(倉林氏)
  • 日本では大企業が大きなシェアを持つSaaSを生み出せていませんが、アメリカも同じだといいます。倉林氏が日本代表を務めた Salesforce Ventures も、 元々はスタートアップだったセールスフォースの投資部門です。 小さい規模で始まったところに、優れたエンジニアとデザイナーとビジネス変革を目指す起業家が集まって、SaaSの歴史を塗り替えてきたのです。

 

  • 「日本企業は『コアコンピタンス経営』や『選択と集中』という言葉が好きで、強みである本業に集中して、他は外注すればいいと考えがちです。しかし現実として事業領域はさほど絞り込めておらず、むしろ経営機能、経営資源を絞り込んでいる企業が多い印象です。そしてTやマーケティング、さらには事業開発機能の重要な一部であるCVCも外注してしまう事例が目につきます。このやり方は本質的に事業運営上の様々な矛盾や軋轢を伴うものであり、CVCという手段が目的化している、日本だけで見られる現象です」(倉林氏)
  • ITやマーケティングももちろん、M&AとCVCも経営の中枢であり、これらを外部に切り出すことはできないのです。実務を外注することはできても、企画やマネージメントは絶対に自社で実行するべきです。

 

IT企業は「下請け」ではない

  • 大企業の経営者でデジタルがわかる人はほとんどいません。それは、ITを外注してきた世代だからです。日本は稀有な国で、IT人材の約七割が富士通NECといったベンダーに所属しています。その上、ほとんどの大企業でⅠT部門の人はエリートではありません。 IT部門出身の社長はとても少ないのです。IT部門の規模も小さく、外注しないとシステムが作れません。
  • 「それでIT部門の人たちが富士通NECにお願いしてシステムを作ってもらっていました。 その富士通NECも本来は顧客のデジタル化を推進する大企業ですが、IT部門の下請け扱いで社会的ステータスが低い。一方で、なぜか日本では広告代理店のステータスは高く、電通博報堂といえばクリエイティブでかっこいいイメージがあります。米国と比較すると、広告代理店とITベンダーの社会的ステータスは完全に逆転しています」(倉林氏)
  • アメリカの広告代理店は、電通のようにクリエイティブやマーケティングに関与せず、 責任者に言われた通りにテレビCMの枠を買うだけの会社です。

テクノロジーがわかる人材を得るためには

  • それではDXを推進できる人材はどこにいるのでしょうか
  • 残念ながら日本の伝統的SIerではないようです。 彼らは具体的なシステムに落とし込むことは得意ですが、企業に最適なDXを設計するのは難しいでしょう。 発注側の企業の求めに応じて、業務システムを作ってきただけだからです。
  • DX関連のシステムは、業務の自動化という側面もあります。しかしそれ以上に重要なのは、企業戦略の実行に資するシステム、売り上げを伸ばすためのシステム、データに基づいたマーケティングを実現するシステム、 であるはずです。SIerの社員はほとんどの場合、このようなシステムに関わってきたことがありません。
  • アメリカの伝統的企業、たとえばウォルマートはものすごい勢いでDXを推進していますが、 その手段はスタートアップの買収です。 スタートアップのCEOにそのままポジションを継続してもらい、彼らにDXを任せます。
  • アメリカでは伝統的企業でもデジタル時代の経営をきちっと理解しているということです。つまり、自分がわからなければ、年齢・国籍・性別など関係なくわかる人に権限委譲すればいいと知っていて、その通り実践します」と倉林氏は言います。
  • しかしなぜか日本の大企業の人にはこれができず、私も同氏もそのことが残念でなりません。一括採用・終身雇用・年功序列といったまるでお役所みたいな人事制度に問題があるとしかいえないのです。同じ会社に三十年在籍して、役員の地位に昇った人が、外から来た人間に何億円も払ってDX推進をお願いすることができるかというと、心理的に抵抗があるのでしょう。
  • ただこの傾向ももちろん、すべての企業に当てはまるわけではありません。 ヤフージャパンや楽天は主にBtoCの領域でM&Aを実践してきました。 そして、ソフトバンクも欧米流の経営を進めています。ずっとM&Aを当然の経営手法として駆使してきた孫正義氏は、日本におけるデジタル時代の先達だといっていいでしょう。
  • 孫氏の経営手法は、日本の伝統的な手法とは違うやり方なので、日本では爪はじきにされやすいのですが、最近ではソフトバンクトヨタと提携するなど、こうした風潮も薄れています。孫氏が伝統的企業から認められてきたのは日本にとってはいい傾向ではないかと、同氏は言います。
  • 「ヤフージャパン、楽天ソフトバンクなどに限らず、こうした先達の出身者を社外取締役としてボードメンバーに入れることは、日本企業にとって変わるきっかけになるのではないでしょうか。というよりも、デジタルがわかっている人材を自社の社外取締役に招聘することは今後必須のことになるでしょう」(倉林氏)
  • ただデジタル人材を社外取締役として招き入れるとしても、経営者の意識が変わらないと意味がありません。倉林氏の話では、ある大企業の社員が「うちの社長、スタートアップを集めたイベントでワイシャツの上にTシャツを着るのをやめたらいいのに」と嘆いていたそうです。
  • その社長はイベントの中でスタートアップに対して話を求められても、社員に渡されたカンペを読み上げるだけで、しかも自社の新人社員に聞かせるような内容をスタートアップの経営者の前で話すといいます。そのあとにスタートアップのCEOがプレゼンするセッションになると、プレゼンも聞かず途中退席していた。部下に言われてついてきただけで、ITなんてわからないし、本当はスタートアップにも興味がない情景が目に浮かぶようですが、やはりそういう社長にはデジタル時代の経営は難しいといわざるを得ません。
  • 「セールスフォースのマーク・ベニオフは、あれだけの巨大企業になってもいまだにスタートアップが大好き。 次のミーティングの約束の時間になっても、若い起業家の話に熱心に耳を傾けていました」と倉林氏は目撃談を語ってくれました。
  • そして同氏はその後、セールスフォースを離れ DNX Ventures に参画すると、日本の大企業を担う経営者のITに対する無知やスタートアップを軽視する姿勢を見てがっかりしたといいます。

 

  • 中垣氏は、日本は良くも悪くも現場によるオペレーション改善を繰り返してきていて、そこのレベルは世界トップと誇っていいといいます。 オペレーションを改善しながら、「おもてなし」に代表されるレベルの高い顧客体験を実現してきたのです。
  • しかしそれがテクノロジー導入の足枷になっているというのが同氏の指摘です。 オペレーションが独自のものになっているので、パッケージソフトSaaSなどでまかなえず、自社独自のシステムが必要となるので、最適化されたオリジナルを作ろうとしがちになります。 リテールテック市場は日本でも大きいのですが、ほとんどがSI企業によるシステム開発となっています。
  • 先端のテクノロジーに自分たちを合わせるというよりも、どうやって自分たちのオペレーションに組み込むかという発想なのです。これは小売だけでなく日本企業全般にいえることですが、小売業界は特にその傾向が強い。 オペレーション自体が国内競争における差別化要因になっているので、仕方がない面もありますが、新しいテクノロジーを一〇〇%活用するには大きなマイナス要因になるのだ
    といいます。
  • 「こうした事情から、日本の小売業はかなり多額のIT投資をしていますが、顧客体験はあまり変化していません。特にアメリカのスタートアップが開発するような、乙世代に刺さる顧客体験を提供できていないのです。なぜかというとスタートアップだと、独自のオペレーションに合わせたカスタマイズをしない。というよりも資金的な問題で、できないからです。 カスタマイズしようとすれば、その間に破産してしまいます」(中垣氏)
  • そうするとカスタマイズをしてくれるSⅠ業者に開発を委託することになりますが、SⅠ業者は仕様に沿って機能を作り込むのが業務となるので、Z世代に受け入れられる顧客体験を必ずしも提案できるわけではないということはおわかりいただけると思います。
  • そして、そもそもそのような提案をSI業者に求めるのは本末転倒なのだと同氏は指摘します。 本来は小売業者側からこういうことができれば若い世代に受け入れられるから、こういうものを作ってくれというべきですが、 オンラインとオフラインが融合した現代において、新しい時代に対応するサービスを既存プレイヤーが生み出すことは簡単ではありません。 それが難しいからこそウォルマートは、スタートアップが開発したサービスを買収し受け入れています。日本の小売業者もそのような挑戦をするべきですが、なかなかそうはならないと、同氏は嘆きます。
  • さらに日本の小売業は、規模郊外の大型店と駅前や住宅街の小規模店舗) や業態(スーパーとコンビニ)の組み合わせでビジネスを成立させている会社が多く、過去数年はそれで成長を遂げてきました。その結果、eコマースの強化がおざなりになっていて、 オンライン化のベースができあがっていません。新しいテクノロジーを乗せていくベースがないため、今回のコロナ禍も現場のオペレーシヨンでなんとか乗り越えている、というのが中垣氏の意見です。実際にコロナ禍のアメリカでは、ベースがあるので入店予約アプリを作ってソーシャルディスタンスを確保するなどのことが、すぐに実行できました。しかし、日本だと店員が入店整理をするということをやっています。 テクノロジーを活用しようと努力するのではなく、現場の人間が努力すればいいという発想がいまだに強いのです。

 

オフラインの王者

  • コロナ禍の影響で日本企業も本格的にDXに取り組み始めました。金融業も例外ではありません。たとえばSBIホールディングスが地銀と提携して様々な取り組みを始めています。 しかし生半可なDXへの取り組みでは生き残れないので、決死の覚悟が必要です。どのような取り組みが必要でしょうか。
  • たとえば北村氏は、みずほ銀行ソフトバンクと提携して J. Score を提供していることを、携帯キャリアのデータと銀行のノウハウが良い形でミックスされているとして高く評価しています。
  • しかし同氏はこうした取り組みがあっても、ゴールドマン・サックスなどのスピード感を見てしまうと比較にならないといいます。
  • 「彼らはアップルやアマゾンとの提携も戦略的ですが、その一方でマーカスという独自のオンライン銀行を作って金を集めます。そして、その金を多くのスタートアップに投資・融資するだけではなく、自ら新しいサービスを提供しているのです。私たちのフィンテック投資先の競合としてマーカスの名が真っ先に挙がるぐらい、積極的に動いています。巨大なゴールドマン・サックス本体が直接乗り出してくるのではなく、出島のようなマーカスを作り、その機動力で次々と新しいチャレンジを仕掛けてくる姿はさすがだと感じます」 (北村氏)
  • ゴールドマン・サックスは銀行業界の王者といえる存在ですが、それでもDXの波に対応してきました。これはリテール業界の王者ウォルマートと似ています。 アメリカではオフラインの世界王者がオンラインにも積極的に取り組んでいるのです。
  • たとえばゴールドマン・サックスのトップは、シリコンバレーに何回も来て、即断即決でスタートアップやGAFAとの事業提携の話を進めていきます。
  • なぜオフラインの王者がここまで積極的かと北村氏に尋ねると「危機意識の違いだ」と教えてくれました。アメリカではネットフリックスが出てきた途端にブロックバスターが消え去ったように、デジタル化による業界破壊のスピードが日本の数倍も速いのです。それを見てきた人たちであれば、自分の業界がいつ破壊されてもおかしくないと危惧することは自然です。
  • 日本でも政府主導で金融の自由化・規制緩和が進んではいますが、アメリカと比較すると金融業はまだまだ規制産業として国から守られています。日本のメガバンクゴールドマン・サックスほどの危機感はなく、シリコンバレーには来ていても、深く踏み込んで新しいサービスを作り上げようとしている銀行は見当たりません。この点から同氏は日本の将来を懸念しています。

 

  • 金融に関していえば、情報セキュリティこそ最重要のトピックであると同氏はいいます。そのため世界中の金融業者は、シリコンバレーに来て最先端の情報を自ら集め、最先端のセキュリティ製品をテストする、ということを実際にやっています。目的を達成するためにITエンジニアだって、シリコンバレーに連れてくるのです。
  • ところが、日本の金融機関がITエンジニアを派遣することはほとんどありません。それは第二章で倉林氏が指摘してくれたように、ITを過度にアウトソーシングしてしまっているからです。 一方海外の金融機関は、ITエンジニアを自社に抱え、シリコンバレーにもIT部隊を置いています。 彼らが直接シリコンバレーで技術を学び、自社システムとして実装するという流れができています
  • 日本の情報システム部門の人たちがシリコンバレーで情報を集めてきて、それをアウトソーシング先に伝えるのでは、スピードという面でまったく勝ち目がないことはおわかりいただけるはずです。世界は加速度的に変化する時代です。さらに、情報システム部門はIT企画やプロジェクトマネージメントに特化して実装に疎いので、伝わる情報もすぐに使える実戦的なものではないという状況も起こり得ます。
  • 業種は違いますが、ニューヨーク・タイムズのトップが、 これからは出版社でもなく新聞社でもなくITの会社になると公言しているという例を、同氏は紹介しました。事実、すでに同社では、オンラインの収入がオフラインを超えました。
  • 世の中がそれほど変わる中、金融機関も自分たちはITの会社だという認識が必要なことは当然です。ITサービスの一環として金融サービスを提供していくという方向に、頭を切り替えなければなりません。
  • 「金融があってのITではなく、ITがあっての金融という考え方です。金融こそ情報が最も重要な産業です。コンピュータの歴史も金融があってこそ発展してきた面があります。金融とITは表裏一体。切っても切り離せない関係なのです」(北村氏)

 

  • 二〇二〇年にはグーグルが銀行と提携することや保険業に参入することを伝えるニュースがありました。 北村氏が説明してくれたように、金融業=データという見方ができます。そのため、莫大なデータを持った企業が参入してしまうと、既存の会社は負けてしまう可能性が高いのです。
  • 金融というのは世界的に見ればもはやインフラです。 電力会社のように、どこにでもサービスを提供していくという話に当然なってきます。 ところがインフラになる準備ができているところと、できていないところがある。 これは危惧すべき事態ではないでしょうか。
  • 手数料で利益を得るというビジネスは難しくなっています。 データを通じて決済し、最新の金融サービスを提供して、データでさらにより良いサービスを生んでいくというサイクルに持っていくのが、今の時代の戦い方です。単にDXだからといってソフトウェアを導入するだけでは不十分です。 その先で、データを活用するサイクルをどう作っていくかというところを見据えなければなりません。
  • 日本は人口構造上、金融資産の七割以上を高齢者が保有しています。そのため金融業が考えるお客さんというのは高齢者を指してしまうことが多い。結果、ややこしいスマホアプリは提供しにくいと考えてしまいます。
  • しかし長期的に考えれば、数十年後に金融資産は次の世代に移っています。 今から対策をしていかなければならないはずです。
  • お話にあった方策を一刻も早く検討・実践するべきなのです。
  • 短期的に見ればDXをせずに乗り切れる部分もあるかもしれませんが、長期的に見れば、間違いなくデジタル化を推進しなかった企業は淘汰されることになります。そうならないためにも、北村氏のお話に合った方策を一刻も早く検討・実践するべきなのです。

 

日本製ロボットの強みと弱点

  • モティワラ氏は、日本でも多くのスタートアップを支援し、関わりを持っています。日本のロボティクスに対する率直な意見を聞いてみました。
  • 「ロボティクスにおける日本企業の強みは質・量ともに豊富な知的財産です。東京大学をはじめとして、多くのロボット工学の教授がいて、研究室もあります。ハードウェアやモーションプランニング(タスクに応じてロボットの動きをスムーズにするための技術)の技術はとてもすばらしい。一方でソフトウェアについての弱点があります」(モティワラ氏)
  • 日本ではロボットというと組み込み型のソフトウェアをイメージする人が多く、実際に発達しているのもこの技術です。 しかし、世界的に見ればクラウドからのリモート操作が主流になりつつあります。最近はSaaSでロボットの遠隔操作環境を提供するベンチャーも増えてきました。
  • ロボットに取りつけたセンサーからデータを収集し、そのデータで学習したAIでロボットに付加価値をつけるということを考えれば、クラウドのほうが圧倒的に有利なことがわかると思います。一方で組み込み型ソフトには学習する術がありません。豊富なデータが溢れる現代では、時代遅れの方法と考えられるでしょう。 特に、検査や監視といった分野ではロボット+AIによる自動化で価値が
    出るところですが、日本の取り組みは遅れているということを同氏は心配します。
  • クラウドを活用してAIを作り、それでロボットに付加価値をつけることが日本にはできないのです。 しかも日本の技術者は、それを弱点とも思っていない。このことは直ちに認識を改める必要があるのではないでしょうか。
  • しかも弱点は一つだけではありません。仕事の仕方が日本独自なので、海外に展開することが難しいのです。

 

  • コロナはほんの一例で、このように数字などという一見客観的な概念でも、本当に測りたいものを測っているとは限らないことを理解する必要があります。櫛田氏はこうしたことはビジネスにおいていくらでもある話であると説明し、アンケートの例も紹介してくれました。
  • 自社製品の売り上げを分析しようと、数多くのお客さんにアンケートを送り、どこを気に入ってくれてどこに改善の余地があるのかを聞き取ることは一般的です。 そこで集まった客観的なデータをもとに品質の改善や機能の追加をすればよいと考えがちですが、そこには「自社製品を買わなかった人」のデータが入っていません。 すでに買った人や企業のデータを分析した上で改良を加えた場合、
    それはすでに買った人にもう一度購入を促すかもしれませんが、買わなかった人がなぜ他を選んだのか、どうすれば引き寄せられるのかという分析にはなっていないのです。
  • 「自社製品に対する評価のデータは自社製品を購入した人に限ったものなのか、それとも自社製品を購入しなかった人を含んでいるのか。そして自社製品を買わなかった人からはどのようにしてデータを集めたのか。こういったことをしっかりと見極め、正しい基準を作っていくことは、データサイエンティストの仕事というよりは、データサイエンティストを使う側の仕事のはずです」(櫛田氏)
  • 今日本には、データを分析する技術を持つデータサイエンティストやAIを活用したアプリケーションが作れるAIエンジニアも必要です。しかしそれ以上に数として必要なのは、データサイエンティストやAIエンジニアを使いこなすことができる経営者や管理職であることを同氏は主張するのです。こうしたビジネス領域がある程度わかる人たちにエンパワーメントするための取り組みが、 本来のDXです。

社内の情報の流れを変えよ

  • ここまでにお話ししてきたことを実現するためにはどんな取り組みが必要でしょうか。その答えを櫛田氏は、「社内の情報の流れを変えないといけません」と教えてくれました。
  • このことは過去の日本とアメリカのビジネス体制から考えてみると、必要性がよりわかりやすくなるのだそうです。

 

  • そもそもITツールを向上させるのはIT部門や情報システム部だけの仕事ではないはずだと同氏は考えます。各部門が自らデータを集め、分析し、仮説を検証するために実験を行わなければなりません。
  • 「こうしたこともすべて含めてDXだといえます。実はシリコンバレーでは、DXという言葉は流行っていません。トランスフォーメーションなどしなくても、そもそもみなデジタルを活用しているのです」(櫛田氏)
  • GAFAはもちろんのこと、 動画配信サービスであっという間に世界を変えたネットフリックスでは「デジタルという言葉すら聞いたことがありません」と元社員は語っているといいます。だから実はシリコンバレーの人たちにどうすればDXができますかと聞いても答えは得にくいのです。彼らは自分たちがあたりまえにやっていることは説明できても、どうやったら既存のやり方や組織からそこに辿り着くのかというプロセス、つまり現状からトランスフォームできるのかということ
    はわからない。つまり根本的にDXが実現できている会社とそうでない会社では社内の流れが違い、まずはこれを改善しなければならないのです。 これが同氏の答えでした。

 

  • 「AI人材を作らなければと口では言いますが、それはどういうイメージの人なのかがわかっていません。AIが作れたり、そのアルゴリズムを応用したりする人も重要ですが、それよりも彼らを使いこなせる人こそが、今の日本に必要なAI人材です」(櫛田氏)
  • 日本人は、平均的なレベルは非常に高いのだと同氏はいいます。しかし、大学卒業以降の人たちを見てしまうと、途端に教育水準が低くなる。 博士どころか修士も、MBAも少ない。 これらの高学歴者に対して、なぜか実世界のことを理解していないとバカにする傾向さえあり、日本の大企業は彼らを使いこなせないどころか、そもそも求めていないという風潮すらあります。 櫛田氏はここを問題視しているのです。重要なことはエグゼクティブ教育を継続的に受けて、知識をアップデートしていくことであるはずです。
  • 日本にとって幸いなことに、ここ二十年で日本のビジネススクールがだいぶ増えました。ただどこのビジネススクールも教員は日本人が多い。彼らがどこで教育を受けているかということも、 ビジネススクールを選ぶ重要なファクターだと櫛田氏はアドバイスをくれました。
  • 「あとは小さくてもいいからアクションを起こすこと。日本では小さなハサミの事業であっても一つのプロジェクトでの成功率が求められがちですが、そこはVCのようにポートフォリオ的思考で、小さな投資・案件・プロジェクト・実験を数多く行い、その中からホームランを狙うという考え方をしたほうがいいのです。途中で投資先を乗り換えてもかまいません」(櫛田氏)
  • 成功率や早期の収益化は重視しません。グーグルやアマゾン、その前にはアップルやインテルなどの企業が急激な成長を見せました。しかしこれらの企業に投資して膨大なリターンを叩き出したトップVCたちの成功率は、実はものすごく低いのです。
  • 収益化にも何年もかかっています。既存の大企業の大きなハサミの考え方で投資していたら、今のシリコンバレーにあるトップ企業のほとんどは育たなかったでしょう。
  • DX案件でいう小さなハサミに関していえば、数多く種を蒔いて芽が出そうなところがあれば、そちらに賭けていく。こういう従来の日本企業にない発想を可能とするには新しいプロセスが必要です。その新しいプロセスを可能にするには、新しい組織と「両利きの経営」の考え方が重要となります。DX時代に必要なデータ・プロセス・組織の改革にはこのような考え・行動を取ることが必要なのだと同氏は最後に教えてくれました。

 

  • 大企業がスタートアップと同じスピード感で動くのが難しいことは、スタートアップ側もよく承知しています。彼らは、時間がかかること自体を全否定することはありません。そこは誤解しないでいただきたいと野村氏は指摘します。
  • 「ただ、短期間で会社を急成長させる必要のあるスタートアップからすると、協業検討先の大企業から何の音沙汰もなければ、ただじっと待っていることをせずに素早く動いてくれる別の協業相手を探すということはあたりまえの動きです。 最後の会話から一、二ヶ月経ってスタートアップに連絡をしたらもう返事が来なくなってしまった、などはよくある話です。ですので、全体のタイムラインにど
    ういうマイルストーンがあり、現在どの地点にいるのかを、大企業の窓口がスタートアップへこまめに知らせることが重要なポイントです」(野村氏)
  • このような配慮がどの企業もなかなかできません。企業からの返答に二、三週間も経ってしまえば、イライラの限界に達したスタートアップがそっぽを向いてしまうことは当然でしょう。 こうしたもったいないケースが、実際に結構な数起こっているのだと同氏は嘆きます。