やせる経済学

 

  • 経済と言えば、金利、経営計画、金融政策について語る解説者――そんなイメージがあるかもしれない。だけど、それだけではない。経済は意思決定の科学でもある。経済学を用いれば、身体のために何を食べるべきか、減量後の体重を維持するためにどうすればいいかについて、より良い選択ができる。ダイエットに成功したわたしたちは、たまたま経済学が専門で、誘惑に満ちたこの世界で食べすぎないようにするにはどうすればいいかーわたしたちはそれをほんの小さな習慣と呼んでいる――を経済原理にもとづいて理解している。
  • 経済学が体重の増加や肥満の蔓延を解決できると言ったら、まさか、と思うかもしれない。けれど、驚く必要はない。そもそも、なぜ食べすぎてしまうのかという疑問は経済学によって解ける。つまり、過去半世紀のあいだに食べものの値段が下がり、供給が増え、大量消費が可能になったからだ。食べたいという止むことのない欲求を抑える金銭的な制約がなくなれば、太りすぎと分類される人の割合が増加し続ける。
  • ダイエットを始めた人の多くが挫折するのは、そうした環境のせいだ。減量に関する情報が豊富にあっても、安い食べものが大量に押し寄せてきてはどうしたって勝てない。

 

  • お気に入りの昼食はラザニア、それからフライドポテトだ。フライドポテトはイギリスではチップスと呼ばれ、大きく、分厚く、油をたっぷりと含んでいる。健康に良くないことは、栄養学に詳しくなくてもわかる。けれど、炭水化物は憂さ晴らしにはうってつけだ。さらに、スターバックスホワイトチョコレートモカのグランデサイズを飲んで終業時間を待てば、体重はみるみる増える。もちろん、仕事が終わったあとも暴飲暴食は続むなしい1日を過ごしたあとは、まっすぐ家に帰ったり、運動をしたり、健康的な食事をしたりしたくない。だからパブに寄って、また仕事の愚痴をこぼした。それから家に帰り、しっかりと食べる。たとえば、パスタとか、レトルト食品とか、近くのレストランからの出前とかを。体重は増え続け、いけないと思うものの、こうした習慣を変える動機もなかった。

 

  • なぜ現代社会に肥満が蔓延しているのかを考えてみよう。
  • 様々な理由が論じられている。最近は、腸内細菌の種類が減ったせいだという指摘も多い。フタル酸エステル類の影響で、ホルモン系が破壊され、そのせいで太ると言う人もいる。フタル酸エステル類はプラスチックやさまざまな家庭用製品に含まれている。また、妊娠中の母親の体重が急激に増えると、赤ちゃんが体重過多の状態で生まれてきて、その影響が大人になるまで残ると論じる人もいる。同じようなことが、子供時代に抗生物質を大量に摂取した場合にも起こるらしい。一方、遺伝的な要因もある。親が太っていれば子供が太っているのはそれが理由のひとつだ。
  • こうした科学的研究に異議を唱える立場にはないが、問題はおおむね単純なことではないだろうか。つまり、太る原因は食べすぎだ。必要以上の食べものが手に入るせいだ。経済学的には、世界の多くの地域で、食料が過剰供給の状態にあると言える。
  • 供給が増え、それによって価格が下がると、自制がきかなくなって限界に達する。本書では、そうした状況を「豊かさ」と呼ぶ。肥満の理由とされるものの多くは、豊かさによって説明できる。著者ふたりの愛読書である「ヒトはなぜ太るのか?』(ゲーリー・トーベス著 メディカルトリビューン)では、「太るのは食べすぎのせいではなく、炭水化物のせい」であることが何ページにもわたって論じられている。こうした栄養素はインスリンの分泌を引き起こし、脂肪をため込むように身体にシグナルを送る。炭水化物を多く摂れば、余分な脂肪がつくことになる。理由はあとで説明するが、パスタ、米、砂糖、パンを控えたほうがいいのは間違いない。だが、ディナーの一部として、あるいは軽食として摂るにしても、食べすぎるのは、こうした食品が豊富にあるからだ。

 

  • 肥満率は、豊かな国のもっとも貧しい人々のあいだで高くなっている。それは、貧しい人々が炭水化物を中心とした食事で空腹を満たそうとするからだ。大量生産技術のおかげで、こうした食品は安く生産できるようになった。販売価格が安いために、より健康な食品に比べても魅力的である。その結果、大量に買われる。

 

  • 世界保健機関(WHO)のデータは、所得と豊かさ(生産性の向上が所得の増加につながる)が肥満と関係することをはっきりと示している。3ページにあるグラフを見れば、豊かな国ほど肥満の問題を抱えているのは否定できない。
  • 米国疾病予防センター(CDC)は、アメリカの成人の8パーセントは肥満状態で、およそ8パーセントは体重過多だと推定している。つまり、人口の8パーセント近くが、太りすぎか肥満だということだ。昔からずっとそうだったわけではない。 1970年には、肥満と分類されたのはわずか5パーセント、体重過多は2パーセント。合計で4パーセントだ。いや、確かに、アメリカ人はずいぶん前から太り気味ではある。けれど、過去数十年で、それがさらに加速したのだ。
  • また、これはアメリカだけの問題ではない。WHOの推算では、世界の成人人口のうち5パーセントが体重過多で、1パーセントが肥満状態にある。地球上の人々の大半が、飢餓や栄養不良ではなく、肥満やそれに関連する病気で死亡する国に住んでいることになる。一例として、ホームレスのように痩せている人ばかりが住んでいるとアメリカ人の多くが考えているフランスでも、肥満が問題になっている。1997年には、体重過多か肥満の状態にあるフランス人はわずか37パーセントだったが、2007年には50パーセントへと増加した。

 

  • 2003年、ハーバード大学の経済学者であるデヴィッド・カトラーエド・グライサー、ジェシー・シャピロは、ジャーナル・オブ・エコノミック・パースペクティブ誌に「なぜアメリカ人はさらに太るのか?」という論文を発表した。著者たちが原因としたのは、食品の加工と包装を含む大量生産技術だ。とくに、環境制御、微生物による腐敗の予防、風味の劣化抑制、水分保持、温度制御などの技術が1970年代初めから大きく進化した。こうした画期的な技術によって、食事の準備に要する時間が大幅に短縮されたと同時に、さまざまなものが食べられるようになった。食品の量が増え、種類が増え、食事の時間が増えれば、当然、過食へとつながる。

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  • 毎日体重を量る
  • 空腹と満腹を伝える身体の合図を聞く
  • 空腹をすぐに満たそうとしない
  • 友人や家族に精神的な支援を求める
  • 何を食べるかを決める指針となるメタルールを確立する

 

  • 本書が伝えたいのは、すべての人間に共通の確固たる習慣と思い込んできたものが、実はそうではないということだ。1日3度という食習慣は、比較的新しいものなのである。とはいえ、3食すべてをしっかりした食事にするのでなければ、1日3度、定時に食事をするのは良いことだろう。たとえば、わたしたち著者の行動と体重計の数字に及ぼす影響を考えると、朝、昼、夜に食事をするのであれば、間食は避けたほうがいい。果物ひと切れだけなら間食も大きな問題にはならないかもしれないが、経験によると、間食から受ける刺激はあとを引く。ドリトスを1枚口に入れれば、もう1枚食べたくなる。だから、間食は概して避けたほうがいいし、決まった時間に食事をすれば、間食を避ける助けになる。
  • 企業家にとって、朝食を昼食のように、より健康的なものに改善するというビジネスチャンスが生まれた。もっとも有名な例は、もちろん、菜食主義者だったケ
    ロッグ兄弟だ。ケロッグ兄弟は、菜食主義者で健康改良主義者のシルベスター・グラハムのアイデアを利用して、砂糖を使わないグラハムクラッカーを創業した。(最初のケロッグのコーンフレークは1878年ジョン・ハーヴェイ・ケロッグが考案し、こんにちなお人気がある。現在、食料品店の棚に並ぶシリアルの多くに添加されている大量の砂糖が一切使われていない)。まもなく朝食用シリアルは、食品製造業およびパッケージング業界の新製品だけでなく、販売促進および広告の新たなテクニックを試す場になった。
  • わたしたちがこうした歴史から学ぶべきは、現代の食習慣は、近代都市と工場が出現し、労働者が毎日長距離を移動できるよう交通手段やインフラ網が発展した結果、できあがったということだ。第二次産業革命の進行中は、労働者にとって1日3度の食事が適切なものだった。たとえば、ヘンリー・フォードの自動車工場を想像してみるといい。労働者は、毎日厳しい工程に従うことを要求された。そのため1日3度しっかりした食事をすることは、作業の能率を上げるには不可欠だった。都市の労働者の新しいライフスタイルが、新しい食習慣を生み出した。よって現代の食習慣は150年足らずのものなのである。
  • 1日3度、充実した食事をする習慣は、産業の効率化とあいまって、3世紀に加速度的に広まった。政府も、2度の世界大戦により、それを積極的に推進した。

 

  • しっかりした食事をするのは1日に1度
  • しっかりした食事、軽い食事、多すぎる食事をきちんと認識し、1日に食べる
    量を管理する
  • キッチン道具は必要なものだけを買う。決して使わないような洒落た道具は必
    要ない
  • スナック菓子は手の届かないところへしまう。買わないと決めればさらにいい
  • 太っているいいわけをやめる

 

  • パンについては、トースト、サンドイッチ、クロワッサン、ピザなど、さまざまなものが含まれる。トルティーヤとトルティーヤチップスもだ。これはこの何十年かのあいだにメキシコ料理が人気となったアメリカにとってとくに重要だ。パスタも同様。基本的には小麦が主要な原材料のものは、量を減らすといい。糖分とジャガイモについては、スプーン1杯の砂糖や、ひとつのベイクドポテトということ以上に考えなければならない問題がある。炭酸飲料、キャンディ、カップケーキ、ピーナッツバターは脂肪に加えて、大量の糖を含んでいることだ。炭酸飲料だけでなく、リンゴジュースやオレンジジュースのような飲料も糖分が多い。もう1度言おう。「飲みものではカロリーを摂らない
  • 高果糖のコーンシロップやその他の甘味料を使っているものも同じだ。フライドポテトやポテトチップスもジャガイモなのでだめ。とくにポテトチップスは胴回りにとってとても危険だ。
  • パン、パスタ、糖分、ジャガイモが問題なのは、血糖反応を引き起こすからだ。わかりやすく言うと、血液中の糖(血糖)を増やし、それによって脂肪を蓄えるよう身体に指令を出す。つまり、こうした食品は、同じ分量のサラダを食べるよりも体重増加につながりやすい。科学と食品を専門とするライターのゲーリー・トーベスはそれについてすばらしい本を何冊か書いている。そのひとつ『ヒトはなぜ太るのか?そして、どうすればいいか』(メディカルトリビューン)を、炭水化物や他の食品がどのような生体反応を引き起こすかを知りたい人には勧めたい。
  • データ収集、測定、管理はいいことだが、自分がこれまでどうしてきたか、どこに向かうのかを知り、現実的な行程をみずから描けることが前提になる。つまり、なんのために、毎日体重を量り、カロリーを意識するかを理解しなければならない。経済学の理論を使えば、食べずに我慢した最後の10の不満が、減量する最後の1キロから得られる満足と等しくなるまでダイエットを続ければいい。

 

  • お得感を装う例としてよく見られるのが、アップセリングだ。映画館の売店やよく行くファストフードのレジでSサイズのドリンクを注文する。すると、あと少し多く払えばMサイズが買えますよ、と言われる。量は1.5倍。お得だ!けれど、本当にそうだろうか。こういったことはよくある。長期的に見れば健康に良くないことは考えず、その瞬間は得をしたような気がしてより量が多いほうを選ぶ。これが著者であるロブとクリスがいつも引っかかった罠だった。
  • スターバックスホワイトチョコレートモカ(全乳タイプ)の例を見てみよう。このおいしいコーヒーは、2オンス(約355ミリリットル)の「トールサイズ」で3ドル方セント。20オンス(約594ミリリットル)の「ベンティ」4ドルのセントに比べると明らかに割高だ。1オンス(約30ミリリットル)当たりではベンティは4セント、トールはセントで、トールが20パーセント高い。カロリーはどうだろう。トールが280カロリーなのに対して、ベンティは460カロリーもある。健康のことを考えれば、大きいサイズの割安感など忘れてトールサイズを選ぶほうがいい。(実際は、モカではなくてアメリカーノかドリップコーヒーを勧める。カロリーが低いだけでなく、値段も安い)このような意思決定をするときは、より大きなサイズが「割安」だと一瞬で算出するかもしれないが、将来の健康が犠牲になることを忘れてはいけない。今よりサイズの大きな服を新たに買う費用も発生する。長期的な費用と便益を比べると、量の多い食べものは支払う費用以上の犠牲が発生するため、結局は、製品価値が小さくなる。

 

  • ビヨンセは、わたしたちも好きだ。けれど、たとえ彼女のお気に入りだとしても、ペプシは避けるほうがいい。平均的なアメリカ人(ビヨンセのような体形の人ではない。お忘れなく)は、毎日ひと缶以上の炭酸飲料を飲む。驚くことに、4オンス(約622ミリリットル)の「Mサイズ」のコップ1杯の炭酸飲料には、米国心臓協会が1日の目安とする摂取量をはるかに超える糖分が含まれている。どう考えても、ビヨンセが実際にペプシ(あるいはコカ・コーラやそのほかのソフトドリンク)を飲んでいるかは大いに怪しい。ビヨンセや、ゲータレードの宣伝に出てくるアスリートやジャンクフードを宣伝する有名人の行動は、昔からの鉄則を思い出させる。それは、すぐれた麻薬の密売人は、自分の商品には手を出さないということだ。

 

  • 企業の宣伝によって、わたしたちはこうした食品をたびたび摂ってもいいように思い込まされてきたし、加工食品のほぼすべてに表示されている健康へのメリットはおそらく誇張されている。加工食品を選ぶときの目安が必要なら、これでどうだろう- 本物の果物や野菜は身体に良い。それ以外はそうでもない。
  • 企業は、消費者の食べ方に影響を及ぼすために、マーケティング以外の方法も用いている。2016年9月、米国医師会雑誌(JAMA)に、1960年代と1970年代の医学的所見に製糖業界がいかに影響を及ぼしたかを検証した研究が発表された。当時の研究者たちは糖質の消費による心臓病のリスクを重視せず、かわりに冠動脈性心疾患の原因はおそらく脂肪にあるとしたようだ。この研究では、糖類研究基金として知られるグループがこうした所見に影響を与えたことや、製糖業との関係が隠し通されたことが明らかにされている。また、こんにちでも同じような事例が多く見られる。たとえば、コカ・コーラ社によって設立され、2015年に解散した非営利研究グループであるグローバル・エネルギー・バランス・ネットワークは、糖分の多い飲料と肥満との関係を隠そうとした

 

  • 食品マーケティングの影響を遮断するための簡単なルールをいくつか紹介しよう。
  1. 外食は週1、2回に抑える。事前にネットでメニューを調べて、何を注文するかを前もって決めておくことを勧める
  2. 買い物をするときは買いものリストを作り、リストにあるもの以外は買わない。また、空腹のときは買い物に行くのを避ける。次のセクションで述べるが、できれば実店舗ではなく、インターネットで買うのがいい
  3. HBOナウやネットフリックスのようなコマーシャルのない配信サービスでテレビを観る
  • たとえ、テレビでジャ クフードのコマーシャルを流すのが過去のものになっても、インターネット、雑誌、街の看板からジャンクフードの広告が消えることはない。それをよく理解して、できるならテレビのコマーシャルを見ないようにしよう。システム2の脳に対する絶え間ない攻撃に備えることはできるとしても、ダイエットのために食べるのをあきらめた食品をいつも目にしたいとは思わないだろうから。
  • マーケティングは社会に根づいている。本書だって、マーケティングのひとつの形であり、減量やダイエットに関するわたしたちの考えを読者のみなさんに売ろうとしている。さらに、マーケティングと宣伝は新商品を紹介して、経済を活性化させるという重要な役割を担っている。けれど、質素、節制、拒否を訴える声は、ペプシと5000万ドルで契約を結んだビヨンセを使った広告にかき消される。宣伝やマーケティングに自分は騙されないと信じている人もいるかもしれないが、企業が巨額を注ぎ込むのには理由がある。それは、効果があるからだ。何が起こっているのかによく注意し、それに抵抗しよう。

 

  • 食料品店は、肥満の蔓延にひと役買っている。確かに、自分で材料を買い、料理をすれば、身体に良い、バランスのとれたものが食べられる。けれど、レストランと同じようにスーパーも商売であり、売り上げを最大限に伸ばそうとする。わたしたちが勧めに従って詳細な買いものリストを作っていても、店は懸命に衝動買いを誘い、「オレオが特売!それなら……」と思わせようとする。商品の陳列方法も、商品をより多く売るために、消費者のシステム1の脳を利用する例のひとつだ。マーケティングの第一人者であるパコ・アンダーヒルは、著書『なぜこの店で買ってしまうのか――ショッピングの科学』(早川書房)において、スーパーで買われる商品の8~10パーセントは無計画のものだと述べている。ペンシルベニア大学ウォートン校の教授デヴィッド・R・ベルがそれに続いて行なった調査では、衝動買いの比率はもっと低いものの、スーパーでの購買においてかなりの割合を占めているとした。平均20パーセントだそうだ。また、その研究では、比較的高
    収入の若い世代(わたしたちふたりも太り始めた頃はそうだった)の約3パーセント近くが一般の消費者よりも衝動買いをしやすいことも明らかにされている。正確な数字がどうであれ、食料品店で予定外のものを買えば、身体に良いものを食べたいという意思が簡単に覆されることは経験からわかる。

  • レジで支払いをするまでが問題をさらに悪化させる。何ドルか払えば買えるチョコレート、ガム、リオンス(約622ミリリットル)の炭酸飲料がレジの横にうまく並べてある。もちろんこれは意図的な陳列方法で、行動経済学では「選択設計」と呼ばれる。情報や商品の置き場所は、消費者の意思決定に大きな影響を与えるらしい。
  • レジ横にお菓子を並べるのは、販売のための効果的な戦術だ。それは直感的なシステム1の脳のふたつの特徴による。ダニエル・カーネマンによると、直感は「量に対する感応度の逓減性」を示すという。つまり、ショッピングカートがいっぱいになると、わたしたちは会計の直前にカートに追加する商品の金額やカロリーについてあまり気にしなくなる。食品を100ドル買ったのだから。スニッカーズのチョコレートバーが1個くらい増えてもどうということはない。
  • さらに、カーネマンが「認知的負荷」と呼ぶものも、悪い意思決定に深く関わっている。1章で述べたように経済的な不安に悩まされる人は、借金をする際に誤った決断をしがちだ。同様に、節食を強いられている人は、不合理なお菓子の誘惑に負けてしまう。そもそも、ダイエットで精神的にかなり消耗しているせいもある。たいていの場合、レジに並ぶ頃には疲れて頭も回らず、空腹も感じている。支払いを済ませ、店を出て一刻でも早く家に帰りたい。そうした認知的負荷がかかるときは、目の前でこちらを見つめているスナック菓子につい手が出てしまうのも無理はない。健康に良くないスナック菓子が、わたしたちがコントロールできるシステム2の脳が機能しなくなっているであろうタイミングで現れるのだから。
  • 考えてみると、予定外の買い物はほぼ間違いなくジャンクフードではないだろうか。無意識にケールを1束買って、翌日の昼食用のサラダを作ろうと思ったことなどあるだろうか。

 

  • 食料品はネットショップのインスタカートで買うが、アマゾンフレッシュ、ピーポッド、フレッシュダイレクトなどを使うときもある。週に1、2時間節約できるようになっただけでなく、健康により良いものを買うようになった。新鮮な果物や野菜を増やし、ポテトチップスや焼きたてのバゲットやチーズの盛り合わせなどはあまり買わなくなった。買いものリストにあるものだけを買うようにしているのと、店にいるときよりもよく考えて買うようになったからだ。システム1とシステム2の思考の違いを考えれば、驚くことではない。家の静かな環境のなかでシステム2の脳を使って集中すれば、間違った選択をすることが最小限に抑えられる。

 

  • 減量を成功させたいのであれば、流行りのダイエット法はすべて忘れたほうがいい。どの減量プログラムも短期間もしくは決まった期間での成功を目指し、長続きしない方法でそれまでの食習慣を変えさせようとする。パレオダイエットのように厳しい制限のある食事計画は、たいていの人には続けられないので(とくにお抱えのシェフがいない場合は)、一時の流行とみなすべきだろう。ダイエットの失敗率に関する厳しい統計結果には十分うなずける。複数の調査を批評したある研究によると、10キロ以上減量して3年以上リバウンドしなかった人は、5パーセントしかいない。これはダイエットを試みる人には、流行の、手っ取り早い方法を好む傾向があることを示している。
  • 同じように問題なのは、ダイエット効果を謳う飲食品の表示だ。ダイエット、低脂肪、心臓に良い、無脂肪、砂糖不使用、低炭水化物といった表示が信用できないことはすでに説明した。ここでは、よく売れている「ダイエット食品または飲料」のいくつかを見て、こうした商品がわたしたちをいかに惑わすかを検証してみよう。端的に言えば、ダイエットと謳っているものは避けたほうがいいことがわかる。

 

  • たとえば、2015年にサンアントニオにあるテキサス大学健康科学センターが出版したシャロン・ファウラーらの研究では、ダイエット炭酸飲料の消費と高齢者の体重増加に関連性があるとしている。ダイエット炭酸飲料が血糖値のコントロールに影響を与えて体重増加を引き起こすことを理論化している科学者や栄養学者も多い。
  • つまり、人工甘味料も、インスリンを分泌させて脂肪をため込むよう身体に指令を出すという糖質とまったく同じ働きをしているのかもしれないということだ。いずれにしろ、摂らないほうがいい。少なくとも、ダイエット炭酸飲料が減量に役立つと考えるべきではない。痩せている人が普通の炭酸飲料を飲み、太っている人がダイエット炭酸飲料を飲んでいるのをよく見るので、ダイエット炭酸飲料は減量の助けになっていないのだろう。 ホワイトチョコレートモカのラージサイズを(砂糖なしの)アメリカーノに替えるほうがよっぽど効果的だ。理想的にはどんな炭酸飲料も飲まないほうがいいが、誘惑に勝てずに飲むなら、普通の炭酸飲料でもダイエット炭酸飲料でもどちらを飲んでもいい。

 

  • 流行のダイエット法やダイエット食品に無駄なお金を使わない
  • アップセリングにのらない
  • できるだけ小さなサイズを注文する
  • 食品の宣伝、とくに「ライト」という言葉に騙されない
  • 可能であれば、食料品はネットショップで買う。または買い物リストを作って、
    店で衝動買いをするのを抑える
  • 大量安売りのスーパーは避ける
  • コーヒーや紅茶には砂糖や人工甘味料を入れない

 

  • 減量し、リバウンドを防ぐことは難しいが、立ち向かうべき問題をきちんと知り、正しい考え方で始めるなら不可能ではない。体重の減量分と食べる量を減らす分とが1対1の比率になるというのは、次の章で論じるように、その場しのぎの流行のダイエットには問題があることを明確に示している。そうしたダイエットが失敗に終わるのは、長い時間をかけて食生活を調整することを教えないからだ。だから、続けられるようなプランで始めることが大事だと思う。つまり、初日から、いかに食べる量を減らすか、食べすぎる誘惑を避けるかを学ぶ必要がある。食事の摂取量をある均衡から別の均衡へと移行させるのは、医者に命じられたときよりも、自分で決めたタイミングのほうがずっといい。
  • 肥満の問題に向き合い、食べる量を減らして、より健康的な未来を迎えるために新たな均衡へ移行することは、経済においては、個人支出を抑えて豊かな未来のために貯蓄を増やし、実体経済への投資を増やして長期的な成長力を高めるという新しい均衡に移行するのと似ている。単に似ているだけでなく、コインの両面とも言える。このふたつは、新しい持続可能な均衡に達するために、永続的な調整が必要な過剰消費の例だからだ。
  • 簡単に言うと、たくさん食べたとしてもそれが昼食なら、その日は節制できる時間が長くなるということだ。夕食をたくさん食べる予定があるからと日中の食事を抑えるよりも、昼食をたっぷり食べてから節制するほうが実行は容易に思える。配分の考え方で言えば、事前に節制してごちそうの余地を作っておくよりも、食べすぎた分をあとから清算するほうが簡単だ。
  • 読者のみなさんのなかには、まだ断食や準断食が極端なやり方だと思っている人がいるかもしれない。体重をコントロールするために食事を抜く必要はないだろう、と。ただ、そう思うのは(一部の)幸運な人だけかもしれない。以前のわたしたちふたりのように太っていて、ときおりピザやハンバーガーなどをたくさん食べるための余地を作りたい人は、ぜひとも断食すべきだ。

 

  • 毎日体重計に乗ってみて、1週間のごちそう(プチごちそう/プチ断食)の回数を決めるようにする。この習慣を続ければ、身体が何を必要としているかがわかるよう
    になる。さらに重要なのは、何を必要としていないかがよりよくわかるようになることだ。先ほど説明したように、週に何回ごちそうを食べていいかという問いへの答えは、体重を減らしたいのか、現在の体重を維持したいのかによって変わる。体重を減らしたいのなら、週に1回にとどめておくのがいいだろう。
  • こうした行動は、有名な投資家であるウォーレン・バフェットが示した、投資は生涯に20回までというルールから着想を得ている。バフェットは、パンチカードの例えを用いてこのルールを次のように説明した。投資を1回するたびに割り当てられた場所に穴をひとつ開けるとする。一生に3回しか投資できないなら、毎回の意思決定を健全なものにするために最善を尽くすようになるだろう。
  • このパンチカードの例えがすばらしいのは、投資1回1回について真剣に考えよと促していることだ。食事についても同じように考えてみてはどうだろうか。 ごちそうを 週に1、2回しか食べられないなら、その機会を価値あるものにしてほしい。それを忘れなければ、誘惑に抗う力になる。たとえ火曜日の昼食にごちそうが食べたくなっても、マクドナルドに駆け込んでビッグマックをほおばってしまえば、金曜の夜に近所の新しいバーベキュー店で親友と一緒に食事をするのをあきらめなければならないことを思い出すだろう。両方が同じように重要でないのは明らかだ。原則として、また、ごちそうが果たす役割について本章の初めに述べたことを思い出し、ごちそうを食べるなら交流の機会にしよう。
  • ごちそうの回数を1週間に1回か2回までと決めれば、とくに好きでもないごちそうでカロリーを摂るのがどんなに馬鹿らしいことかすぐに気づく。ごちそうを食べたことを後悔しようと、1週間のカロリー摂取量が増えることには変わりがないし、体重に表れる影響を相殺するために1食抜いても、翌朝体重が増えている可能性は五分と五分だ。
  • もし、自分なら選ばないような場所で特別な昼食会や夕食会が行なわれ、そういった場に出席しなければならないときも、ダイエットをあきらめてはいけない。こういう食事から摂るカロリーの多さは無視できず、出席する義務があるというのは免罪符にはならない。こういった場ではサラダを注文し、別の機会にもっと良いごちそうを楽しもう。大事なことなので、もう1度言う。好きでもない料理から無駄なカロリーを摂ってはいけない

  1. 毎朝体重を量る。デジタル体重計を持っていないなら、すぐに買おう。この習慣がやる気を削ぐものだと言う人も多いが、わたしたち著者の意見は逆だ。毎日、体重を確認すれば、自分の食習慣が良くも悪くもどのように自分の体重に影響を及ぼすかがわかるので、その日1日、正しい選択をしようという意思を保つことができる。また、空腹感に対処する助けにもなる。もちろん、いけないとわかっていながら、ポテトチップスやピザを食べたいという気持ちに負けてしまうこともときにはあるだろう。けれど、毎朝体重計に乗れば、食べたいという衝動を抑え、長期的に食べる量を減らすことができる。
  2. しっかりした食事は1日に1度だけ。1日3度食べてはいけないということではな
    い。朝、昼、晩と食べるのは文化でもあるからだ。けれど、1日3度しっかり食べるという習慣は期限切れだと言えるだろう。食品加工技術の革命によって1食分の量が増えているこんにち、3度の食事のうち2度は軽めにするべきだ。しっかりとした食事とはグリルした肉とつけあわせの野菜2種といったようなものだが、きちんと理解するには、体重計と自分の身体を使った実験をする必要がある
  3. カロリーを意識する。どれだけカロリーを摂取しているかという実践的な知識があれば、減量はより簡単になる。カロリー計算は勧めないが(負担が大きすぎる)、カロリーは意識しよう。つまり、カロリーがわかるときは、低カロリーのものを選ぶ。たとえば、 、マクドナルドで食事をするなら、特別な機会でない限り、ビッグマック(560カロリー)ではなく、チーズバーガー(310カロリー)を選ぶ。
  4. 流行のダイエット法やダイエット食品にお金を使わない。果物、サラダ、野菜は健康にいい。そんなことは言われなくてもわかると思う。けれど、読者のみなさんのなかには、以前のわたしたちと同じように、より健康的なもの、より太らないものなら、いくら食べても大丈夫だと思っている人もいるかもしれない。わたしたちは、今はもう「低脂肪」「ダイエット」といった宣伝文句を信じない。疑わしいだけでなく、単に食べすぎる人が多いという問題から目をそむけることになるからだ。
  5. 食事の変化を減らす。変化があれば人生はおもしろいが、いつもさまざまな食べものを楽しんでいるとしたら、その報いは体重計の数字に表れる。

 

  • 本書を通して、自分の健康は自分で守るべきだということ、他者のせいにしたり、他者を頼ったりしてはいけないということを述べてきた。そのため、わたしたちが提案する小さな習慣はすべてダイエットを行なう人に向けられたものだ。食品製造者や政府に向けたものではない。では、わたしたちが食品業界に対して政府による介入や規制強化を望んでいないかというとそうではない。けれど、わたしたちは現実主義者だ。飽食の時代に生きている限り(おそらくこれからもずっとそういうことになるだろう)、必要以上に食べる機会からは逃れられない。だからこそ、自分自身に責任を持つ必要がある。
  • 米国食品医薬品局(FDA)が レストランチェーンに食事のカロリー情報開示を求める
    ようになったのはすばらしいことだ。そうした情報があれば、より良い決定ができる。ただし、情報開示の水準はまだ十分ではない。たとえば、科学的研究やわたしたち自身の経験から、炭水化物を摂りすぎると体重が増えることがわかっている。そのため、食品医薬品局は、カロリーだけでなく、体重増加につながりやすい食品を考慮した「体重増加スコア」の開発を後押ししている。このスコアがすべての食品について開示されれば、どんな食品を買うかを決めるときに大きな助けとなる。さらに、小学生から退職者まですべての年代の人に向けた栄養に関する教育を政府の援助によって進めるのは良いことだと思う。もちろん、大がかりなものにする必要はなく、まずは「もっとたくさんサラダを食べよう」と勧め、砂糖はどのくらい摂れば摂りすぎなのか、といったことを説明することから
    始めればいい。