ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学

最先端の経営学は、MBAの教科書に反映されない

  • 「学術的な知見のツール化」は、ファイブ・フォースなどの限られた例を除けば、十分に進んでいるとはいえません。なぜかというと、実は経営学者があまりこの「ツール化」に熱心でないからです。
  • 第2章でも述べますが、その大きな理由の一つは、経営学では「ツール化」が学術業績として認められないからでしょう。 世界の経営学では、研究によって新しい知を生み出すことが重視されているからです。 SMJのようなトップ学術誌で、ツール化についての論文が掲載されることはほとんどありません。
  • では、みなさんがどこで「理論をツール化したもの」に出合える可能性があるかというと、それは「ハーバード・ビジネス・レビュー」(HBR)や「MIT スローン・マネジメント・レビュー」のような、実務家向けの雑誌です。しかし、このような雑誌に論文を書くことは、(少なくとも欧米の)経営学者は熱心ではありません。なぜなら、これらの雑誌に論文を掲載しても、学術業績として認められないからです。
  • 例えば、米国の上位ビジネススクールにいる経営学者たちは、評価の高い経営学の学術誌(「Aジャーナル」と呼ばれます)に論文を複数掲載しないと出世できないのですが、HBRは通常そこに含まれません(ちなみに逆説的ですが、この意味でHBRはみなさんにもぜひ読んでいただきたい雑誌です。そこに掲載されているすべてではありませんが、その中には経営学者が研究した知見を実務へ橋渡しする論文もあるからです)。
  • そして、HBRよりもさらに厳選された「基本的なツール」だけがまとめられているのが、ビジネススクールMBA(経営学修士) プログラムで使われる経営学の教科書なのです。
  • ビジネススクールは実務家を対象とする専門職大学院ですから、その目的は普通の大学院のような学術研究者の卵を育てることではなく、ビジネス・プロフェッショナルを育てることです。したがって、そこで読まれる教科書に必ずしも学術的な理論の子細が書いてある必要はありません(少なくとも、教科書の執筆者はそう考えているわけです)。代わりに、実務で使えそうな基本的な分析ツールが紹介されます。
  • しかしここまで述べたように、経営学者にはそもそもツール化のインセンティブがありません。したがって教科書に掲載できるような新しい分析ツールがなかなか生まれず、その結果、経営学の学術的な研究がどれだけ進んでも、その知見がビジネススクールの教科書には反映されないのです。だからこそ経営戦略論の教科書は、いまだにポーター、 ポーター、ポーター(そしてちょっとだけバーニー)といった感じになっているのです(なおこれは、四半世紀近くたっても取って代わられないほどの普遍的なツールを生み出した、ポーターの偉大さも物語っています)。

 

  • 競争戦略で特に代表的で、欧米MBAの授業で誰もが学ぶのは、いわゆる「ポーターの競争戦略」と「リソース・ベースト・ビュー」 (RBV)です。それは以下のようなものです。

ポーターの競争戦略 (SCP戦略)

  • SCP戦略とも呼ばれるこの戦略は、米ハーバード大学マイケル・ポーターが中心となって発展させたもので、1980年代以降の競争戦略の代名詞になっています。 代表的なフレームワークが、「ポジショニング戦略」です。
  • ポジショニングとは「業界内のライバルと比べて、自社がどのような製品・サービスを顧客に提供していくか」を考えるものです。この「ポジション」は2種類に分かれます。一つは、同業他社と差別化した製品・サービスを提供して顧客に追加価値を提供する 「差別化戦略であり、もう一つはコスト削減に注力して、例えば同業他社よりも低い価格をつけて市場シェアをとる「コストリーダーシップ戦略」です。
  • 一般に両戦略を同時に実現することは難しいと言われており、企業・経営者にはそのどちらかを重視するか、メリハリのあるポジショニングが求められます。

リソース・ベースト・ビュー (RBV)

  • SCP戦略と対比するように使われるのがRBVです。米ユタ大学のジェイ・バーニーを中心に90年代に打ち立てられた考えで、 「企業の競争優位に重要なのは、製品・サービスのポジションではなく、企業の持つ経営資源(リソース) にある」とする考え方です。
  • 経営資源の代表例は、なんといっても人材や技術でしょう。優れた人材、他社がまねできない技術、といった自社の「強み」を磨くことで企業は安定して高いパフォーマンスを実現する、という考え方です。
  • SCPとRBVは、MBAの授業で学ぶ二大戦略フレームワークであり、 他方で両者は主張が対照的なことから、よく比較されてきました。日本でも十数年前に、どちらがより有用なのかを議論する「ポーター vs. バーニー論争」が専門家の間で展開されていたようです。
  • さて、ここからが本題です。 ポイントは、SCP vs. RBVなどと言う前に、そもそも両戦略はそれぞれ適用範囲が限定的ということなのです。有効な範囲が違うのですから、実は両者を比較することに意味すらないのかもしれません。 そして、この点を考える上で有用なのが、「競争の型」とでも呼ぶべき視点です。

三つの競争の型

  • 競争の型は、先のRBVを発展させたバーニーが、1986年に「アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー」(以下AMR) で提示した考えです。 バーニーは、競争戦略を考える上では「三つの競争の型」の理解が重要であり、型ごとに適用できる経営理論が違うことを説明します。それは以下の三つです。
  • IO (Industrial Organization、 産業組織)型:
  • 業界構造が比較的安定した状態で、その構造要因が企業の収益性に大きく影響する業界です。例えば「参入障壁が高くて、新規企業が参入しにくい」「大手2~4社が市場シェアの大部分を占める寡占状態」 「各社が緩やかに差別化しながら、ガチンコ競争を避けている」といった状況です。
  • IO型競争の代表は、米シリアル業界やコーラ飲料業界でしょう。 シリアル業界はケロッグゼネラルミルズなど上位4社が寡占状況を何十年も保っていますし、コーラ業界がコカ・コーラペプシコの2社寡占なのはいうまでもありません。他にも化学分野や、鉄鉱石などの国際的な資源分野にも、IO型の業界が多くあります。日本でIO型に近いのは、例えばビール業界でしょうか。
  • そして、ⅠO型競争をしている業界で有効な戦略は、ポーターのSCP戦略です。なぜなら、SCP戦略はそもそも「競争環境が寡占化に進むほうが、企業は安定して高い収益を上げられるという前提に立った考えだからです。 「(寡占状態を維持するために) 新規参入をどうやって阻むか」「自社はライバル社とどのように異なるポジションをとって、ガチンコ競争を避けるべきか」などを考えるのです。
  • チェンバレン型:
  • ⅠO型よりも参入障壁が低く、複数の企業がある程度差別化しながら、それなりに激しく競争する型です。この型では「差別化しながら競争すること」が前提になっているので、その「差別化する力」を磨いていくことこそ、各社が重視すべき戦略になります。結果、各社は少しでも優れた(差別化された) 製品・サービスを提供するために、自社の技術力やサービス力に磨きをかけます。従ってこの型の業界では、技術・人材などの経営資源に注目するRBVに基づく戦略が有用なのです。
  • 「これまで日本から国際競争力のある企業を生み出してきた業界の多くは、チェンバレン型だった」というのが、私の認識です。例えば、自動車産業はいまだに国内主要乗用車メーカーだけでも8社あって、各社が高品質・信頼性・低燃費などを軸にした差別化をしながら、激しく競争しています。 そして各社とも高品質・差別化のために優れた人材を育成し、技術力を積み上げることを重視しています。
  • シュンペーター型:
  • この型の最大の特徴は、「競争環境の不確実性の高さ」にあります。 例えば、「技術進歩のスピードが極端に速い」「新しい市場で顧客ニーズがとても変化しやすい」といった競争環境です。もちろんIO型でもチェンバレン型でもビジネスに不確実性はつきものですが、それが際立って顕著な環境といえます。
  • 現在なら、ネットビジネスを中心としたIT(情報技術) 業界は典型的なシュンペーター型といえるでしょう。 ネット技術は日進月歩で、顧客ニーズもすぐに変わります。 国内SNS(交流サイト) サービスも数年前まではグリーやミクシィが人気でしたが、いまは無料対話アプリのLINEや短文投稿サイトのツイッターが主流です。とはいえ、この2社だって5年後に安泰かどうかは読み切れない、そんな業界なのです。
  • バーニーが1986年のAMR論文で提示したこの「競争の型」を、いまこそ日本に当てはめることが重要だ、と私は考えています。なぜなら(これは私の仮説ですが)、「競争の型」と「そこで求められる各社の戦略」の関係がビジネスパーソン・経営者に理解されていないが故に、日本企業が取る戦略がちぐはぐになっているのではないか、と考えているからです。

チェンバレン型の崩壊に対応できない日本企業

  • 先にも述べたように、これまで成功してきた日本企業の業界の多くは、チェンバレン型にありました。例えば家電業界です。日本国内の家電業界は顧客の要求水準が高く、(寡占というには数の多い) ライバル同士が、高い技術水準と高機能の製品で競い合ってきました。結果として、優れたエンジニアの育成に注力する
    RBV戦略が有効だったのです。 チェンバレン型の競争環境と、日本企業の「技術力・人材力重視」の戦略がマッチしていたわけです。
  • しかし近年、日本の家電メーカーにとっての有望市場は海外にシフトしています。そして海外各国の家電市場を見渡すと、その多くの競争はチェンバレン型ではありません。
  • 例えば中国・インド・東南アジアなどの新興国市場では、消費者のボリュームゾーン拡大と地場企業の台頭により、 高機能製品の競争ではなく、「普及品をボリュームゾーンに売る」「高い販売シェアで小売りに強い交渉力を持ち店舗の棚を確保する」「消費者のブランド認知を高める」といったことが重要になっています。 すなわち、競争がⅠO型に近いのです。
  • IO型競争で有効なのはRBV的な戦略ではなく、ポーター的なSCP戦略です。すなわち、それぞれの国・市場で 「コストリーダー」か「差別化」なのか、はっきりしたポジションを取ることです。
  • もしコストリーダーを取るなら、例えば「規模の経済を追求して、性能が限定的な普及品を低価格で大量に売る」という戦略を明確に打ち出す必要があります。 逆に差別化を選ぶなら、ブランドによる徹底した訴求が重要になります。従って、日本で使ってきた以上に広告・各種販促活動に予算を回す必要も出てきます。
  • しかし、そもそも国内でチェンバレン型競争をしてきた日本企業は、このSCP戦略の主張する「割り切ったポジショニング」が得意ではありません。かつての日本企業には「(ポーター的な)戦略など必要ない」と公言する方もいらっしゃいました。日本企業が国内でチェンバレン型競争をしてきたことを考えれば当然の感覚なのでしょうが、しかしIO型の競争になるとそのままではうまくいかないのです。 結果として、競争の型と戦略がマッチしていないのです。

シュンペーター型では戦略を立てる意味がない

  • 他方で家電業界の中には、スマートフォン(スマホ)やウエアラブル端末など、ハイエンドな製品を主軸にしようとする企業もあります。このハイエンド製品では技術革新のスピードは以前よりさらに速くなっており、しかも競合企業は米グーグルだったり、米シリコンバレーや中国の新興IT企業であったりすることすらあります。すなわち、シュンペーター型の競争をしているのです。
  • そして、この不確実性の高いシュンペーター型競争では、ポーターのSCP戦略やRBVに基づいた戦略は通用しなくなります。なぜなら、この手の戦略は「競争環境が当面変わらない」「顧客ニーズに対応するための自社の強み(リソース)は、当面変わらない」といった前提で立てられるからです。すなわち、不確実性がある程度低いときにだけ有効な戦略なのです。 不確実性が低いから 「それなりに将来が見通せる」ので、戦略・事業計画が立てられるのです。
  • しかしシュンペーター型競争では、そういった前提が通用しません。例えば、仮にライバルと差別化したユニークな製品を提示しても、急速な技術変化でそのユニークさの価値がすぐになくなるからです。 顧客ニーズも目まぐるしく変わりますから、それによって求められる企業の経営資源も変化します。
  • このシュンペーター型の競争で必要なのは、SCPやRBVと異なる戦略です。 経営理論でいえば、例えばリアル・オプションを基礎においた考えは有用かもしれません。

リアル・オプション的な思考の有用性

  • リアル・オプションは事業環境の不確実性が高いことを前提にした考えです。その含意を平たくいえば、「不確実性の高いときには、とにかくまずは少額でもいいから投資をしたり、小ロットでいいから製品・サービスを市場に出したりしてみよう」という感じでしょうか。
  • 不確実性が高いのですから、そもそもどのような製品・サービスが当たるのか、どのような技術が有用になるか、誰にとっても判断するのが難しい状態です。ですから、小規模・小ロットでいいから、まずは素早く投資をしたり製品・サービスをローンチしたりして、反応を見ることが重要なのです。
  • もちろん不確実性が高いのですから、こういった行動の多くはうまくいきません。しかし、額投資であればダメージは大きくありません。 製品・サービスも、小ロットならすぐに販売中止ができるので、痛みは小さくて済みます。
  • 他方で、不確実性が高いということは「上ぶれのチャンス」も大きいということですから、当たったときのリターンは非常に大きくなります。 2011年に米国の起業家エリック・リース氏が上梓した 『リーン・スタートアップ」(翻訳書は日経BP社)という本が日本でも話題になりましたが、これはまさにリアル・オプションに近い発想です。シュンペーター型競争の聖地ともいえるシリコンバレーで起業して成功すれば、その発想がリアル・オプションに近づくのは当然かもしれません。

 

「チャラ男」のほうが、クリエイティブになれる

  • 実際、これまでの経営学の実証研究で、「弱いつながりを多く持つ人は、創造性を高められる」という命題を支持する結果が多く得られています。例えば、米エモリー大学のジル・ペリースミスが2006年に「アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル」(AMJ)に発表した論文がそれに当たります。
  • この論文でペリースミスは、米国の某研究所9人の研究員を分析対象とし、各研究員が所内でどのくらい「強いつながりの人間関係」と「弱いつながりの人間関係」を持っているかを調べました。 そして、上司が評価する各研究員の創造性スコアとの関係を統計分析したところ、やはり弱い人間関係を多く持つ研究員のほうが、創造性スコアが高くなったのです。他方で、「付き合いの長さ」で測った強いつながりの人間関係を多く持つ人は、むしろ創造性が落ちるという結果となりました。
  • 似たような結果は、ほかの研究でも得られています。ネットワーク研究の世界的権威である米ケンタッキー大学のダニエル・ブラスら5人の研究者が2009年に「ジャーナル・オブ・アプライドサイコロジー」に発表した論文では、中国のハイテク企業151人の従業員の人間関係を使ったデータを用いた統計分析から、弱いつながりをある程度の数まで持った従業員のほうが、創造性が高まるという結果を得ています。
  • このような主張は、職人気質の強い日本企業の開発部門などでは受け入れにくいかもしれません。あちこち色々なところに顔を出したり、異業種交流会・勉強会に頻繁に参加したり、名刺を配って人脈を広げることは、日本では「チャラチャラしている」「あいつは名刺コレクターだ」といったイメージを持たれがちです。しかし、これまでの研究結果が示すように、そういうフットワークが軽い人こそ、実は長い目で見ると多くの「新しい知の組み合わせ」を試し、創造性を高めている可能性があるのです。

クリエイティビティーイノベーションは違う

  • ここからがさらに重要なポイントです。 では弱いつながりを多く持って創造性を高めれば、それがそのままイノベーションに直結するかというと、実はそうではありません。
  • 本章冒頭で述べたように、そもそも創造性とイノベーションは、学術的にも実務でも、互いに異なる概念です。なぜなら、いくら創造的で新しいアイデアを出しても、それが製品化、 会社での導入・特許化など、実際に活用されるところまでたどり着かなければ「イノベーティブ」とはいえないからです。
  • イデアは「実現 (Implement)」されて、初めて周囲からイノベーティブと評価される可能性が出てきます。 すなわち、創造性とはあくまでイノベーションをゴールとするプロセスの通過点に過ぎず、イノベーションという成果を得るには、まずアイデアが「実現」される必要があるのです。
  • この点に注目したのが、 米ワシントン大学のマーカス・バエアーが、2010年にAMJに発表した論文です。バエアーはこの論文で、企業内のクリエイティビティーの高い人 (発案者)が、さらにそのアイデアを「実現化」するために、何が必要かを研究しました。バエアーは、そのためには発案者に二つの条件が必要だと主張します。
  • 第一に「発案者の実現へのモチベーション」です。これは言うまでもないでしょう。例えば、「アイデアを実現まで持っていけば、上司に評価される」「給料に反映される」と発案者が期待していれば、当然実現への意欲は高まります。
  • しかし意欲だけ高まっても、本人にその力が備わっていなければ実現はできません。そこでバエアーが注目した第2の条件は、その発案者の「社内での人脈」です。しかも、「その人脈は『強い」ものでなければならない」という主張なのです。
  • いくらクリエイティブな人でも、アイデアを実現するまでに持っていくには、社内の多くの人の賛同を得なければなりません。組織が大きくなればなるほど、稟議書を何カ所も通す必要がありますし、根回しも必要です。ここで発案者が社内で強い人脈を張り巡らしていれば、それは大きなアドバンテージになります。社内に強いつながりのある人を多く持っていれば、彼らがサポーターとなってくれるので、アイデアが実現にたどり着く可能性は高まるからです。
  • この考えを基に、バエアーは米国を本拠とする巨大農産品加工企業の531人の従業員と111人の上司からデータを収集し、統計分析をしました。その結果、予想通り「従業員の創造性の高さ」→「アイデアの実現」の関係は、その人が (1) 実現へのインセンティブを強く持ち、(2) 社内に強い人間関係を多く持っている場合にのみ、大きく高まる、という結果を得たのです。

 

知の探索

  • 世界最先端のイノベーション研究で最も重視されている理論、それは第5章で紹介した Exploration (本書では「知の探索」) と Exploitation (本書では「知の深化」)です。 米スタンフォード大学経営学者ジェームズ・マーチが1991年に「オーガニゼーション・サイエンス」に発表して以来、多くの研究が蓄積されてきました。
  • 第6章で述べたように、イノベーションを起こすには、「なるべく自分から離れた遠くの知を幅広く探し、今自分の持っている知と新しく組み合わせる」ことがその第一歩となります。これが 「知の探索」です。一方、組み合わせた知が収益性のあるビジネスになりそうなら、当然それは深掘りする必要があります。 これ
    が「知の深化」です。
  • しかし、組織はどうしても知の深化に傾斜し、探索をなおざりにする傾向があります。これは短期的には効率性を高めるのですが、その結果、中長期的なイノベーションが枯渇することをコンピテンシー・トラップと呼ぶと、述べました。
  • では、知の探索を促してイノベーションを活性化させたり、組織学習を高めたりするには、具体的にはどのような施策が必要でしょうか。 第5章では USAトゥデーの事例を紹介しましたが、ここではより根源的な視点を紹介しましょう。それは、先のマーチの1991年論文の研究成果です。
  • 実はマーチの1991年論文は、「知の探索」「知の深化」という概念を提示したことだけが功績なのではありません。それは論文の前段に書かれていることで、後半は、むしろどうすれば組織は知の探索を促しながら、組織学習を高められるかを分析しています。その手法として、マーチはコンピュータ・シミュレーションを使いました (イノベーション・組織学習分野では、シミュレーション分析はよく使われます)。マーチは、組織において「組織の考えをメンバーが学ぶ」「組織がメンバーの考えを学ぶ」という双方向の学び合いがあったときにどのようなことが起きるかを、シミュレーションで分析しました。その結果、以下のような発見があったのです。
  • 発見1:メンバーが組織の考えを学ぶスピードが遅いほうが、最終的な組織全体の学習量は増加する。
  • これは、マーチの1991年論文以前から指摘されてきたことなのですが、メンバーが組織から学ぶスピードは、実は早いほうがいいとは限りません。なぜなら、組織から早く学んでしまうと、メンバーが組織の考えに「染まって」しまい、知の探索が起きなくなるからです。結果として、最終的な組織としての学習量は減ってしまいます。私たちはなんとなく「学習は速い方がいい」と思いがちですが、ゆっくりと学ぶスロー・ラーナー (Slow learner) が組織にいるほうが、組織全体の知の探索には向いているのです。
  • 発見2:組織の考えを学ぶのが速いメンバーと、遅いメンバーが混在しているほうが、最終的な組織全体の学習量は増加する。
  • これはまさに13章で述べるダイバーシティーの効果を示していると言えます。組織には、多様な考えや能力を持ったメンバーがいて、全員が同じペースで組織
    の考えに染まらないほうが、知の探索が起きるからです。
  • 発見3 : 組織のメンバーは一定の比率で入れ替えがあったほうが、組織の最終的な学習量は増加する。
  • メンバーが入れ替われば、新しく来たメンバーは組織の考えに染まっていないため、知の探索を起こすからです。日本でもよく「組織に新陳代謝が必要」と言われますが、この結果はまさにそれを示しています。
  • 発見4:発見3で得られた効果は、特に組織を取り巻く環境の不確実性が高い時に強くなる。
  • 事業環境が不確実な時ほど、知の探索が必要になるということです。現在のビジネス環境は、以前より不確実性が高くなっているかもしれません。そうであれば、やはり知の探索は必要ということになりそうです。
  • 私は、このマーチの1991年の論文を読むたびにいつも驚嘆させられます。 ダイバーシティの効能や、組織の新陳代謝、不確実性化での知の探索の重要性など、現在のビジネスや経営学にきわめて重要な示唆を、四半世紀も前の論文のシンプルなコンピュータ・シミュレーションで、マーチは既に示していたのです。

 

大事なのは「情報の共有化」ではない

  • トランザクティブ・メモリーは、世界の組織学習研究ではきわめて重要なコンセプトと位置づけられています。その要点は、組織の学習効果、パフォーマンスを高めるために大事なのは、「組織のメンバー全員が同じことを知っている」ことではなく、「組織のメンバーが『ほかのメンバーの誰が何を知っているのか』を知っておくことである」というものです。英語で言えば、組織に必要なのはWhatではなく、 Who knows what である、ということです。
  • よくビジネス誌などで「情報の共有化」という言葉が使われます。そして多くの方は、情報の共有化とは、「組織のメンバー全員が同じことを知っていることである」と認識されているはずです。
  • しかし考えてみてください。ヒト一人の知識のキャパシティーには限界があります。それなのに全員が同じことを覚えていては、効率が悪いはずです。

 

ブレストではアイデアを出せない

  • 「アイデア出しが目的のはずのブレストが、アイデアを出すのに効率が悪い」ことは、「プロダクティビティー・ロス」という矛盾として、経営学社会心理学では古くから知られてきました。このテーマに関する研究の多くは、 実験手法からその傾向を見つけています。
  • この手の研究では、例えば数十人を集めて5人くらいずつの組をつくり、「5人が顔を突き合わせてブレストする組」と「5人が個別にアイデアを出して最後にアイデアを足し合わせる組」に分けて、それぞれから出てきたアイデアを比較します。 そしてこれまでの多くの研究で、前者よりも後者のほうが、よりバラエティーに富んだ質の高いアイデアが多く出ることが示されているのです。
  • 例えば、米シラキュース大学のブライアン・ミューレンら3人の研究者が1991年に「ベイシック・アプライド・ソーシャルサイコロジー」に発表した論文では、「メタ・アナリシス」手法を使って、それまでに発表された16本のブレイン・ストーミングの実証研究結果を集計した分析をしています(メタ・アナリシスについては338ページの経営学ミニ解説1をご参照ください)。そして過去の研究の総合的な結果として、やはり個人がバラバラでアイデア出しをするほうが、ブレストよりも、出てくるアイデアの数 (バラエティー) も、 アイデアの質も高まる傾向を示しています。

ブレストはなぜ失敗するのか

  • なぜブレストではプロダクティビティー・ロスが起きるのでしょうか。経営学 (および社会心理学)では、主に二つの説明がされています。第一は「他者への気兼ね」です。複数人だと、どうしても「自分のアイデアを他の人はどう評価しているか」が気になります。もちろんブレストでは「他人の意見を否定しない」ことが基本ルールなのですが、それでもやはり人は他人の評価を気にするものです。 この気兼ねにより、参加者からは思い切った意見が出にくくなります。
  • さらに、前述のミューレンたちのメタ・アナリシス研究からは、この傾向が特に「権威のある人」がブレストに参加すると顕著になることも示されています。みなさんも、ブレストと称して会議をしながら、同席した本部長に気兼ねして意見が出せず、結局本部長だけがしゃべり続ける、という場面に遭遇したことがあるかもしれません。
  • 第二の理由は、「集団で話すときは思考が止まりがち」なことです。個人でアイデアを考えている限りは、思考はいくらでも飛躍させられます。しかしブレストでは相手の話も聞く必要があり、その間は自分の思考は止まってしまいます。「せっかく何か思い付きかけていたのに、他人の話が思考をさえぎった」という経験のある方は多いのではないでしょうか。 これが、全体のロスを生むのです。
  • もちろん複数人のアイデアを組み合わせることは、前章まで述べてきたように、知と知の新しい組み合わせを生みますから、それは創造性の源泉でもあります。しかし、そのメリットを上回ってプロダクティビティー・ロスが深刻な場合は、ブレストではアイデアが出にくくなるのです。
  • では、みなさんがブレストをすることは、何の意味もないのでしょうか。 興味深いことに、 世間で「クリエーティブ」と呼ばれる組織がいまだにブレストを重視しているのも事実です。 では彼らは、なぜ効率が悪いはずのブレストをするのでしょう。
  • この疑問に正面から取り組んだのが、米スタンフォード大学(当時)の二人の経営学者、ボブ・サットンとアンドリュー・ハーガドンです。

世界最高のクリエーティブ集団のブレスト

  • サットンとハーガドンが1996年に経営学の主要学術誌「アドミニストレイティブ・サイエンス・クオータリー」に発表した論文では、米デザイン企業のIDEOで行われているブレイン・ストーミングが分析されています。
  • IDEOはご存じの方も多いでしょう。 世界で最も成功したデザイン会社であり、世界で最もイノベーティブな会社と呼ばれることもあります。そのアイデアを生み出す手法は、多くのクリエーター、デザイナー、エンジニアから注目されています(同社は東京にもオフィスを構えています)。
  • サットンとハーガドンは、IDEOシリコンバレー本社で、1994年から90年にかけて徹底的な内部調査をしました。具体的には、社内の約60人のデザイナーやスタッフと四つのデザインチームにインタビューし、またほかの多くのデザイナーと数百回もインフォーマルに議論し、さらに同社の顧客10社にも取材しています。さらに、二人はIDEOの社内会議に出席し、社内のブレストに参加し、多くのブレストの様子を録画して分析しました。
  • そしてサットンとハーガドンが出した結論は、「IDEOのブレストは、『アイデアを生み出す」ことを超越した役割を持っている」というものだったのです。

ブレストは組織の記憶力を高める

  • その役割は六点にも及ぶのですが、 本章のテーマに関連して特に重要なのは以下の二つです。第一に、IDEOでのブレストには「組織(IDEO)全体の記憶力を高める」効果があることです。
  • IDEOには、世界中から多様な業界の製品デザインの依頼が来ます。 この多様な業界・製品の知の組み合わせこそが、IDEOの創造力の源泉といえます。しかしそのためには、それらの多様な情報・知が組織内で蓄積され、共有される必要があります。
  • サットンとハーガドンは、デザイナーたちが顔を突き合わせてブレストをすることは、「誰がどのようなアイデアを持っているか」「誰がどの製品に詳しいか」などについて広く知る機会となり、それがIDEOの「組織の記憶力」を高める結果になっている、と主張したのです。
  • ここで注目したいのが、前章で取り上げた「トランザクティブ・メモリー」です。トランザクティブ・メモリーは、組織学習研究の重要なコンセプトです。 その骨子は「組織に重要なのは、組織の全員が同じことを知っていることではなく、『組織の誰が何を知っているか」を組織の全員が知っていることである」というものです。
  • ヒト一人の記憶力には限界があるのですから、組織全体に蓄積されている知全体を各自が覚えるのは非効率です。そうではなく、「誰が何を知っているか」だけを共有しておき、ある知識が必要になったときには、すぐ 「その知を持っていると思われる人」に聞けばよい、というのがトランザクティブ・メモリーの考え方です。
  • そして、前章で述べたように、トランザクティブ・メモリーを高めるには、顔を突き合わせての直接交流が重要である可能性が、複数の研究で指摘されています。
  • アイコンタクトや身振り手振りを交えてブレストをしたり、あるいは(デザイン会社なら)製品のプロトタイプなどに共に触れながらブレストをしたりするほど、知らずしらずのうちに「この製品の知識のことは彼に聞けばよい」といったことが組織全体で共有化されていくのです。

ブレストはメンタルモデルを揃える

  • ブレストの第二の役割は、参加メンバーが組織の「価値基準・行動規範」を共有しやすいことです。例えばIDEOのブレストでも、一般的なブレストのルール同様、互いのアイデアを肯定することが尊重されます。そしてこの価値基準は、「より突飛で大胆なアイデアを出す」行動を促します。
  • さらに、この行動規範はブレストの場を超えて、組織全体に浸透することが期待できます。 ブレストを繰り返すほど、多様なメンバーが入り交じって同じ価値を共有し、それが日ごろの業務でも意識されるようになるのです。実際、サットンとハーガドンの論文によると、IDEOではブレストが終了した後もデザイナーたちがそのまま意見交換を始めることがよくあり、そうしたインフォーマルな交流から新しいアイデアが出てくることも多いようです。
  • 経営理論では「シェアード・メンタル・モデル」がこの考えに近いといえます。 これは「組織学習では、組織メンバーがメンタル・モデル(=基本となる思考体系)を共有していることが重要」という考えです。 先の価値基準・行動規範はまさにメンタルモデルです。そしてトランザクティブ・メモリー同様、顔を突き合わせての直接交流のほうが組織はシェアード・メンタル・モデルを高めやすい、という研究結果も出ています (例:米テューレーン大学のメリー・ウォラーたちが2004年に「マネジメント・サイエンス」に発表した研究など)。
  • このように、ブレストは「その場でアイデアを出す」機能としては実は効率が悪いのですが、他方でブレストの場を超えて、企業全体での学習能力を高める効果がある、というのがサットンとハーガドンの主張なのです。

 

組織が学習した先にあるもの

  • 「成功体験と失敗体験のどちらが望ましいか」についての研究は、世界の経営学では組織学習(Organizational Learning) 分野の範疇になります。同分野では「組織はどのように過去の経験・体験から学ぶか」について、これまで様々な形で研究されてきました。
  • 例えば、統計分析などを使った実証研究で、 組織学習について以下のようなことが分かっています。
    1.一般に、組織は過去の経験から学習できる。実際、過去に同じような経験を繰り返すほど、その後の生産性・効率性などの組織パフォーマンスが向上することは、多くの統計分析を使った実証研究で確認されている。 例えば、「同じチームのメンバーで手術を繰り返すほど、手術の時間は短くなる」 「造船所でチームが同じ作業を繰り返すほど、生産性は向上する」などといった効果が、確認されている。
    2.ただし、組織がどのくらい学習できるかは、組織や業界の特性で異なる。例えば2010年にUCLAのマーヴィン・リーバーマンらが「ストラテジック・マネジメント・ジャーナル」に発表した研究では、1973年から2000年までの全米の製造プラント約5万5000のデータを使って「経験の学習効果」を推計し、特に医薬産業やコンピュータ産業では学習効果が高く、製紙業や製糸業などは学習効果が低いことを明らかにしている
    3. 組織の学習メカニズムは、個人の学習メカニズムとは異なることも分かっている。例えば、組織には「トランザクティブ・メモリー」 「シェアード・メンタル・モデル」といった記憶のメカニズムがあり、これらをうまく活用できるか否かで、組織学習の効果が変わってくる(これらの考えについては、第8章 9章を参照のこと)。

 

発見1:一般に成功体験そのものは、「その後の成功確率を上げる

  • まず、打ち上げの「成功体験」と「その後の打ち上げ失敗確率」の関係は、マイナスになりました。 「成功すればするほど、その後も失敗しなくなる(=成功する)」わけです。すなわち「組織は成功体験から学んで、パフォーマンスを上げる」ということですから、冒頭に述べた「成功体験はむしろ足を引っ張る」という見方は間違っている、ということになります(しかし実は必ずしもそうではないことを、後で述べます)。

発見2:とはいえ、 大事なのは成功体験よりも失敗体験

  • 次に、打ち上げの「失敗体験」と「その後の打ち上げ失敗確率」の関係はどうだったかというと、実はこれもマイナスになりました。すなわち、組織は失敗からも学習して、その後のパフォーマンスを高められるのです。
  • だとすればポイントは、「成功体験と失敗体験のどちらのパフォーマンス向上効果のほうが大きいか」ですが、マドセン=デサイの分析では、それは「失敗体験のほうである」という結果になったのです。
  • 例えば、「成功体験」と「失敗体験」のその後のパフォーマンス向上効果(回帰分析の係数でみた失敗減少の確率)をみると、前者はマイナス0.02なのに後者はマイナス0.08で、明らかに後者の影響力が強い結果になっています。 その他の各種統計テストでも、やはり失敗効果のほうが強いことが示されました。

成功すると「サーチ行動」をしなくなる

  • なぜ成功体験よりも失敗体験のほうが、その後のパフォーマンス向上に貢献するのでしょうか。マドセン= デサイは、それを組織の「サーチ行動」の理論に求めます。
  • 世界の経営学では、組織学習に最も重要な基本原理の一つが 「サーチ行動」だというのは、学者のコンセンサスになっています。これはノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンの時代から、 認知科学分野で打ち立てられてきた考えです。
  • 組織というのは、サーチ行動をすることで学習していきます。 サーチ行動とは、一言でいえば「新しい考え方・アイデア・知見・情報などを常に探す」ことです。学習するということは、常に経験を通じて新しい考えや情報を自分に取り込んでいくことです。 そして一般に、なるべく幅広くサーチ行動をすればするほど、「広い世界」の中から多様な情報を取り込み、また「広い世界」での自身の立ち位置が客観的に分かってきます。本書を最初からお読みいただいている方に
    はお分かりでしょうが、第5章で紹介した「知の探索」は、サーチの概念が基になっています。そして組織は、失敗を経験すればするほど「これまで自分がしてきたことは、正しくないのではないか」と考えるので、新しい知見を求めてサーチ行動をするようになります。したがって長い目で見ると学習効果が増して、成功確率が上がってくるのです。 逆に成功体験を重ねると、「自分のやっていることは正しい」と認識しますから、いつのまにかサーチ行動をとらなくなるのです。
  • さて、ここで一つの疑問が生じます。もしサーチ理論が正しいなら、成功した組織はサーチ行動をとらなくなるのですから、 「成功体験は、組織のパフォーマンスを下げていく」はずです。しかし発見1にあるように、このマドセン= デサイの研究では「一般に成功体験は失敗体験ほどではないが)、その後の組織パフォーマンスを高める」という結果になっているのです。この矛盾をどう説明すればいいのでしょうか。
  • 実はこの矛盾を解消する分析結果も、マドセン=デサイは得ているのです。それは、以下のような発見です。

発見3:組織に失敗体験が乏しい場合に限り、その組織の成功体験はむしろその後の失敗確率を高める(パフォーマンスを下げる)

  • すなわち「全般的には成功体験はよい効果をもたらす」 (発見1)のですが、しかし「失敗経験が乏しいまま、成功だけを重ねてしまうと、むしろその後は失敗確率が高まっていく」(発見3)のです。
  • 逆に言えば、これは発見1のサンプルには「失敗経験を十分に重ねてから、その上で成功を重ねた組織」が含まれていたことを示唆します。そしてこういう組織は、むしろその後の成功確率が著しく高まるため、その効果がサンプル全体を引っ張って、発見1のような結果が得られていると解釈できます。

yamanatan.hatenablog.com

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  • 法則1:ジョシたちの分析、ホーウィッツたちの分析のどちらとも、「タスク型の人材多様性は組織パフォーマンスにプラスの効果をもたらす」という結果となった。
  • 法則2:「デモグラフィー型の人材多様性」については、ホーウィッツたちの分析では「組織パフォーマンスには影響を及ぼさない」という結果となった。さらにジョシたちの研究では、「むしろ組織にマイナスの効果をもたらす」という結果になった。
  • このように、過去の研究を集計したメタアナリシスから得られた事実法則では、組織に重要なダイバーシティーとはあくまで「タスク型の人材多様性」のことであり、性別・国籍・年齢などの多様性は組織に何の影響も及ぼさないどころか、場合によってはマイナスの影響を及ぼすこともあり得る、という結論になったのです。

多様性を仕分けよ

  • なぜこのような結果になるのでしょうか。 経営学者たちの間では、以下のような理論的説明がなされています。
  • まず、「タスク型の人材多様性」の効用は明らかでしょう。 ここからは企業に不可欠な「知の多様性」が期待できるからです。
  • 第5章や第6章で述べたように、これまでの経営学の研究蓄積で、「イノベーションの源泉とは知と知の組み合わせ」であり、そのためには「組織の知が多様性に富んでいること」が重要だと分かっています。すなわち、多様な教育・職歴・経験の人材を集めることです。こうした視点からバラエティーに富んだ人材がいるほど、組織の知の多様性を高めるのです。 「タスク型の人材多様性」は、組織が新しいアイデア、知を生み出すのに貢献するのです。
  • これに対して、「デモグラフィー型の人材多様性」 を説明する代表的な理論は、社会分類理論(Social Categorization Theory) と呼ばれる、社会心理学の理論です。同理論によると、組織のメンバーにデモグラフィー上の違いがあると、同じデモグラフィーを持つメンバーと、そうでないメンバーを「分類」する心理的な作用がどうしても働き、同じデモグラフィーを持つ人との交流だけが深まります。結果として「組織内グループ」ができがちになってしまいます。そして、いつのまにか「男性対女性」とか、「日本人対外国人」といった組織内グループの間で軋轢が生まれ、組織全体のコミュニケーションが滞り、パフォーマンスの停滞を生むのです。

 

  • 第一に、「デモグラフィー型の多様性」のマイナス効果は時間の経過とともに薄れていく可能性が、複数の研究で確認されています (例:米インディアナ大学のクリストファー・アーリーたちが2000年にAMJ誌に発表した論文)。 時を経てメンバー間のコミュニケーションが進めばその軋轢が消えていく、ということです。
  • しかし、他方で「このような軋轢は時が経過しても消えない」という研究結果もあり、結論は出ていません(例:香港科技大学のジオタオ・リーたちが2005年AMJ誌に発表した論文)。第二に、それよりも私が注目しているのは、経営学で近年注目されている「フォルトライン(=組織の断層) 理論」です。

フォルトライン理論の重要な示唆

  • フォルトライン理論は、1998年に加ブリティッシュ・コロンビア大学のドラ・ロウと米ノースウエスタン大学のキース・マニンガンが「アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー」誌に提唱して以来、研究が進んできています。この理論では、人のダイバーシティにも複数の「次元」がある点に注目します。
  • 例えば、6人のメンバーから成る組織があったとして、そのうちの3人全員が「男性×白人×50代」で、残りの3人全員が「女性×アジア人×30代」だったらどうでしょう。 この場合、それぞれの3人のグループが、「性別、人種、年齢層」の複数次元で共通項を持ってしまうので、それぞれの3人同士が固まりがちになってしまいます(=組織にフォルトラインができてしまう)。
  • これに対して、もし男性3人には30代、40代やアジア人もおり、 他方で女性3人の中にも、 30代や白人もいたらどうでしょうか。この場合は、男性・女性以外に、両者に複数のデモグラフィーの「次元」が入り込むので、はっきりとした組織内グループの境界線(=フォルトライン)がなくなり、結果として組織内のコミュニケーションがスムーズになるのです。
  • 実際、その後の複数の実証研究で、この「デモグラフィーが多次元にわたって多様であれば、組織内の軋轢はむしろ減り、組織パフォーマンスは高まる」という命題を支持する結果が得られています。
  • この考えを応用するなら、これまで「男性×日本人」 中心であった日本企業に、例えば「女性×30代×日本人」だけを何人加えても、それはフォルトラインを高めるだけの結果になってしまいます。しかし、もしここに、さらに「女性×50代×日本人」や「男性×アジア人」、あるいは「女性×50代×欧米人」など、色々なデモグラフィーの「次元」の人々を加えていけば、結果として組織内でのフォルトラインは減っていくことが予想できます。

 

リーダーシップには2種類ある

  • その二種類とは「トランザクティブ・リーダーシップ」と「トランスフォーメーショナル・リーダーシップ」です。欧米のリーダーシップ研究者で、この区分けを知らないものはいない、と言ってもいいかもしれません。まずトランザクティブ・リーダーとは、部下の自己意思を重んじ、まさに取引のように(=トランザクティブ) 部下とやりとりするリーダーです。部下に対して「アメとムチ」をうまく使えるタイプのリーダー、ともいえます。
  • さらにこれまでの研究で、トランザクティブ・リーダーシップは三つの資質に分解されることも分かっています。第一は「コンティンジェント・リワード」です。日本語では「状況に応じた報酬」とでも呼べばいいでしょうか。
  • これは、成果をあげた部下に対して正当な報酬をきちんと与えることです。ここでいう「報酬」は金銭的なものや昇進だけでなく、例えば「よくやった」と声をかけるようなことも入ります。いずれにせよ、部下が自分の成果に対して「きちんと評価されている」と満足できることで、そのさらなる行動・成果を促すことを意味します。
  • 第二と第三の資質は関連しています。両方とも英語では「マネジメント・バイ・イクセプション」というのですが、それがさらに第二の資質「能動型」と第三の「受動型」に分かれます。こう書くと抽象的ですが、要はどちらも「部下が犯す失敗にどう対処するか」ということです。
  • 能動型は、部下が何か問題を起こす前に「そのままだと失敗するぞ」と介入するタイプのことです。 受動型は、部下が失敗しそうでも敢えてそこで介入せず、実際に失敗してから問題に対処するタイプのリーダーです。 なお、この三つの資質は、必ずしも互いに相いれないものではなく、一人のリーダーが複数の資質を持ち得ます。

トランスフォーメーショナル・リーダーシップとは

  • もう一つのリーダーシップは「トランスフォーメーショナル型」です。 1980~90年代に米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校のバーナード・バスが初めて分析して以来、この概念は世界のリーダーシップ研究できわめて重要なものとなっています。
  • 先のトランザクティブ型リーダーは「アメとムチ」を重視しますが、 トランスフォーメーショナル型リーダーが重視するのは「啓蒙」です。
  • このタイプのリーダーは、四つの資質から構成されます。すなわち (1) 組織のミッションを明確に掲げ、部下の組織に対するロイヤルティーを高める、(2) 事業の将来性や魅力を前向きに表現し、部下のモチベーションを高める、(3) 常に新しい視点を持ち込み、部下のやる気を刺激する、そして (4) 部下一人ひとりと個別に向き合いその成長を重視する、の四つです。
  • よくいわれる「カリスマ型リーダー」は、これに近いかもしれません。日本では「革新的リーダー」という言葉も使われますが、これもトランスフォーメーショナル型に近い意味合いではないでしょうか。この「トランスフォーメーショナル」と先の「トランザクティブ」もそれぞれ異なる概念ですが、これらもまた一人が両方の資質を持ち得ます。

リーダーシップの種類は、業績に影響する

  • ではこれらの資質のなかで、特に組織の成功に重要なのは何でしょう。
  • ここでは、 米ノースカロライナ大学グリーンズボロ校のケヴィン・ロウェら3人が1996年に「リーダーシップ・クオータリー」に発表した、メタアナリシスを使った研究を紹介しましょう。
  • ロウェたちは過去の実証研究3本を使って、リーダーシップの資質と組織パフォーマンスや部下の満足度との関係について、メタアナリシスを使いました。 そしてその結果、「トランスフォーメーショナル型の4資質は、組織パフォーマンス・部下の満足度のいずれとも正の相関を持つ」「トランザクティブ型の中では、第一の資質 『コンティンジェント・リワード』が部下の満足度と正の相関がある」という結果となりました。
  • 同じような結果は、その後の研究でも見られます。前出のバーナード・バスら4人の研究者が2003年に「ジャーナル・オブ・アプライドサイコロジー」に発表した論文では、米陸軍のライフル小隊のデータを使った統計分析をしました。
  • そしてやはり、トランスフォーメーショナル型の4資質とトランザクティブ型の「コンティンジェント・リワード」を持っている隊長が率いる小隊ほど、軍事シミュレーションでの成績が良くなることを明らかにしています。
  • このように全般的な傾向として、 「相対的に『トランザクティブ型』よりも、『トランスフォーメーショナル型の4資質」を持ったリーダーのほうが、高い組織成果につながりやすい」という結果になっているのです。また、トランザクショナル型の資質の中では、コンティンジェント・リワードが高い組織成果につながります。他方、一般に組織成果につながりにくいのは「マネジメント・バイ・イクセプションの受動型」というのが、私の理解です。

日本に必要なのはトランスフォーメーショナル型?

  • 一方で、「トランスフォーメーショナル型のリーダーシップが望ましいかは条件付きである」という主張もあります。なかでも興味深いのは、現欧州経営大学院(INSEAD)のパニッシュ・プラナムらが2001年に「アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル」に発表した研究です。
  • この研究でプラナムらは、フォーチュン誌の世界主要500社の中の4社のCEO(最高経営責任者)のリーダーシップの型と、その企業の事後的な業績の関係を統計分析しました。その結果、「トランスフォーメーショナル型のリーダーシップは、『不確実性の高い事業環境』下にある企業においてはその業績を高める」のに対し、「事業環境が安定している(不確実性が低い)ときには、むしろ企業業績を押し下げる」という結果になったのです。
  • 日本でも、例えばソフトバンク孫正義氏や日本電産永守重信氏のようなカリスマリーダーと呼ばれる方は、多くが創業経営者です。すなわちまだ企業として若く、事業環境の不確実性も高いから、リーダーのカリスマ力が必要といえます。
  • 逆に、既に成熟している企業や、何らかの理由で事業環境が安定している企業なら、このようなリーダーを抱えることはむしろもろ刃の剣になりかねない、という結果なのです。とはいえ、近年の日本の事業環境は、全般的に不確実性が高まっている可能性は高いといえます。 また仮にそうでなくとも、これからの日本では、起業したり、新規事業を起こしたりするようなリーダーが求められていることは間違いありません。そしてこういった新規事業は、当然ながら不確実性
    が高くなります。そう考えれば、やはりこれからの日本に望まれるのは一般にトランスフォーメーショナル型リーダーといえるのではないでしょうか。
  • では、そのトランスフォーメーショナル型リーダーには、どのようなタイプの人がなりやすいのでしょうか。もちろん、本人が持っている資質、人生経験など色々な背景があるでしょうが、近年の経営学で明らかになりつつある一つのファクターは実は「性別」 です。 しかも、男性よりも女性のほうが、トランスフォーメーショナル型のリーダーの資質を身に付けやすい、という結果なのです。

トランスフォーメーショナル型になりやすいのは女性

  • 性差とリーダーシップについて多くの研究に携わっているのは、米ノースウェスタン大学の心理学者アリス・イーガリーです。例えば、彼女がオランダ・ティルバーグ大学のマーローズ・ファン・エンジェンと2003年に心理学の主要学術誌である「サイコロジカルブリテン」(PB)に発表した研究では、やはりメタ・アナリシス手法を使い、男女によるリーダーシップの違いを分析しています。
  • イーガリーたちは、本の研究を集計した分析をしました。その結果、まさにこれまでの研究で組織成果を高めるとされた「トランスフォーメーショナル型の4資質」と「トランザクショナル型のコンティンジェント・リワード資質」で、女性が男性を上回ったのです。
  • イーガリーはソーシャル・ロール(社会での役割) 理論を使って、この結果を説明しています。この理論の骨子は、「人の属性には、一般に社会で持たれている『ステレオタイプなイメージ』があり、人々はそれを意識した行動をとる」というものです。例えばリーダーなら社会で持たれているステレオタイプな「リーダー像」があって、本人も周囲もそれを意識して行動し、女性には世間のステレオタイプな「女性像」があって、本人も周囲もそれを意識して行動する、という
    ことです。

 

ハイブリッド起業家は、世界では珍しくない

  • ハイブリッド起業とは、 「会社勤めを続けながら、それと並行して起業すること」です。要するに「副業として起業する」わけです。
  • 日本では、起業というと「会社を辞めて起業するか、辞めずに起業をあきらめるか」の二者択一と思われがちです。 しかし世界的にみると、ハイブリッド起業は極めて一般的な形態であることが、近年の調査で明らかになりつつあります。
  • 例えば、英クランフィールド大学のアンドリュー・バーケたちが2008年に「スモール・ビジネス・エコノミクス」に発表した研究では、英国の1万1361人を対象にした調査から、「完全に独立した起業家(以下、フルタイム起業家)」よりも、会社勤めを続けながら起業する「ハイブリッド起業家」のほうが多いことを明らかにしています。
  • 他の調査でも、フランスでは全起業家のうちの18%、スウェーデンでは32%、オランダでは88%がハイブリッドとなっています。1997年の米Inc Magazineの「急速に成長しているスタートアップ500」特集では、500社のスタートアップCEO(最高経営責任者)の2割が、「起業後もしばらくの間は、前の会社で働いていた」と回答しています。
  • 著名起業家の中にも、ハイブリッド起業の例は多くあります。典型的なのが、米アップルの共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックです。もう一人の「スティーブ」であるジョブズが早々にアップルの事業に専念したのに対し、ウォズニアックは創業後もしばらく米ヒューレット・パッカードにとどまっていたのは有名な話です。 ピエール・オミダイアもイーベイ設立後しばらくの間、ゼネラル・マジック社という企業に勤めていました。
  • ハイブリッド起業を初めて明示的に分析したのは、現米コネチカット大学のティム・フォルタ、仏EMリヨンのフレデリック・デルマー、英インペリアル・カレッジのカール・ウェンバーグが2010年に「マネジメント・サイエンス」に発表した論文です。ハイブリッド起業は、世界の経営学でもようやく注目され始めた形態なのです。

 

クリステンセンが見つけた起業家の思考パターン

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/sej.59

  • 筆者はこの論文を、近年の起業家精神研究の中でも特に興味深い一本だと考えています。実はクリステンセンは著書こそ多いものの、学術誌での論文掲載数はそれほど多くありません。 クリステンセン・ファンにとっては、その意味でもこれは貴重な一本でしょう。
  • この研究で対象となったのは、先にも述べたような「これまでには存在しなかった製品・サービス・技術を生み出した起業家」です。クリステンセンたちはこれを「イノベーティブ・アントレプレナー(革新的な起業家)」と名付けました。
  • 中でもクリステンセンたちが着目したのは、彼らの「思考パターン」です。 革新的な事業を生み出すには、 人はどのような思考パターンを持つべきなのでしょうか。
  • この疑問に答えるため、クリステンセンたちはまず世界中の「イノベーティブ・アントレプレナー」たちにインタビュー調査をし、そこから彼らの思考パターンに共通点を見つけることにしました。
  • 驚異的なのは、インタビューされた22人の起業家のリストです。とにかくびっくりするぐらい豪華なのです。 一部の名前を挙げるだけでも、ジェフ・ベゾス (アマゾン)、マイケル・デル(デル・コンピューター)、ハーブ・ケラー(サウスウェスト航空)、ピエール・オミダイア(イーベイ) ニクラス・ゼンストローム(スカイプ)、マイク・ラザリディス(RIM)、ピーター・―ティール(ペイパル) と、まさにキラ星のごとき著名起業家ばかりです。
  • この豪華なインタビューシリーズは、クリステンセン教授の高い知名度があってこそ可能だったのでしょう。 いずれにせよ、これだけの起業家のインタビューをまとめているというだけでも、この論文は読む価値があると思います。
  • インタビューの結果、クリステンセンらはイノベーティブ・アントレプレナーに共通する思考パターンは、以下の四つにまとめられると主張しました。
    1) クエスチョニング (Questioning)
    現状に常に疑問を投げかける感度のことです。中でも重要な言葉が 「What if」です。 イノベーティブ・アントレプレナーたちは事業を立ち上げる前から、「もし私がこれをしたら (if)、 世の中はどうなるか (what)」 を考え続けるのが共通の思考パターンなのです。
    (2) オブザーヴィング (Observing)
    興味を持ったことを徹底的にしつこく観察する思考パターンです。
    (3) エクスペリメンティング (Experimenting)
    それらの疑問・観察から、 「仮説をたてて実験する」思考パターンです。例えば同論文によると、ジェフ・ベゾスは小さい頃から自宅ガレージを 「実験室」のように使っていたようです。
    (4) アイデア・ネットワーキング (Idea Networking)
    「他者の知恵」を活用する思考パターンです。 例えばイーベイ創始者のピエール・オミダイアにとって何か疑問ができたときに重要な思考パターンは、「自分がどう考えるか」ではなく、「まずこの問いを誰と話すべきか」なのだそうです。
  • さらにこの論文では、インタビュー分析で得られた結果をふまえて定量分析もしています。
  • クリステンセンたちは、この四つの思考パターンについてのアンケート調査を382人の起業家・経営幹部(うち何割かはイノベーティブな事業を起こしたことがある)に実施し、そのデータを因子分析などで解析しました。その結果、やはり「これら四つの思考パターンがある人ほど、革新的な事業を生み出す確率が高い」との結論を得ています。
  • この論文はイノベーティブ・アントレプレナーの思考パターンに焦点を定めたという意味で、「起業家精神」研究のフロンティアを切り開いたものだといえるでしょう。

 

重要なのは、産業か、企業そのものか

  • 企業の「もうかる・もうからない」を決める要因って、結局は何なのでしょうか。まず、産業による違いは大きいかもしれません。例えば米国では、製薬業は全体的に収益率が高いといわれます。他方、航空業界は過当競争といえる状態にあり、多くの企業が厳しい経営を強いられています。
  • とはいえ、同じ産業でも会社ごとに業績は違います。全体的には厳しい米航空業界でも、サウスウェスト航空やジェットブルー航空は、それぞれ固有の戦略を背景に高い利益率を出しています。
  • では、おしなべてみると企業の収益率を決めるのは、「どの業界にいるのか(=産業効果)」なのでしょうか、それとも「企業ごとの特性・戦略 (=企業効果)」なのでしょうか。この問いに答えるため、世界の経営学では、企業収益性の要因を地道に「測定」する実証分析が積み重ねられてきました。
  • 中でもエポックメーキングだったのは、1985年に経済学のトップ学術誌である「アメリカン・エコノミック・レビュー」に掲載された、米マサチューセッツ工科大学 (MIT)のリチャード・シュマレンジーの論文です。シュマレンジーは企業業績を決める要因を測定するために、Components of Variance (COV) という、当時としては画期的な統計手法を用いました。
  • ここではCOVの子細には立ち入りません。「大規模サンプルを基に、企業収益のばらつき(分散)を分解する手法」とご理解ください。
  • シュマレンジーが1975年の米企業1775社の総資産利益率ROA)データを基に、COV手法を使って得た結果は驚くべきものでした。彼の分析では利益率のばらつきの約20%だけを説明できたのですが、その20%のほぼすべてが「企業がどの産業にいるか(=産業効果)で規定される」という結果になったのです。

ルメルトの追試

  • ルメルトが1991年に「ストラテジック・マネジメント・ジャーナル」(SMJ)に
    発表した論文は、まさにタイトルも「産業効果はどのくらい重要か?(筆者訳)」という、シュマレンジーの結果に挑戦するものでした。
  • ルメルトは、シュマレンジーの統計手法の問題点を指摘し、さらに1975年の単年だけのデータを使ったことを問題視しました。 1年だけの分析では、その年の景気の影響などを考慮できません。そこでルメルトはCOV手法を精緻化し、74年から7年の複数年データで観測数を6931に拡張して再分析しました。
  • その結果、 シュマレンジーが20%しか説明できなかった企業利益率のバラツキを、 ルメルトの分析では65%も説明できる、という結果になりました。そして63%の内訳の約八割が企業効果である、という結果になったのです。 産業効果は2割にとどまりました。
  • この結果は、経営学者を勇気づけるものでした。 「企業ごとの経営特性・戦略は収益率を決める上で重要である」といえるからです。やはり経営学は意味がある、というわけです。
  • 他方で一部の学者からは、ルメルトの結果に対して、「いくらなんでも産業効果が小さすぎる」という批判も出てきました。 確かに現実には、もうかる業界ともうからない業界の間には、かなり差がある気もします。 産業効果が企業効果の4分の1しかないというのは本当でしょうか。
  • そこでさらなる追試をしたのが、マイケル・ポーターです。

ポーターの再追試

  • ポーターが、現・加トロント大学のアニータ・マクガハンと1997年にSMJ誌に発表した論文では、さらに包括的なデータベースから85年から91年の米企業データを取り出し、 観測数約5万8000のサンプルで測定をしました。
  • そしてこの分析で企業利益率のバラツキの約50%を説明できること、その内訳は産業効果が四割ぐらいで、企業固有の効果は六割ぐらいにとどまる、という結果を得たのです。二人が2002年に「マネジメント・サイエンス」に発表した論文でも、同じような結果を得ています。
  • 興味深いのは、このポーターの結果は、まさに彼の経営理論にぴったり当てはまるものだったことです。
  • ポーターが中心となって1980年代に確立したSCP理論では、「企業の競争優位には二重のポジショニングが重要である」とされます。第一に「収益性の高い産業を選ぶべき」というポジショニングであり、第二に「その産業内で、自社が他社と比べてユニークなポジショニング(競争戦略)を取るべき」というものです。
  • SCP理論はこのように「産業も、戦略も重要」と主張しているわけで、まさにポーターが自ら得た「産業効果が4割、企業効果が六割」という測定結果と整合的です。みなさんも、この結果には肌感覚として納得いくかもしれません。

見過ごされていた次元

  • ところが、話はこれで収まりませんでした。今度は「コーポレート効果があまりにも小さいのではないか」という批判が出てきたのです。
  • 「コーポレート効果」とは、企業が複数の産業をまたいでビジネスをすることで得られる追加効果(=多角化の効果)のことです。実はルメルトやポーターの研究は、このコーポレート効果も測定していました。そしてその結果は、どちらも 「コーポレート効果はほとんど存在しない」というものだったのです。
  • これは、特に多角化戦略の重要性を説く学者には納得できないものだったでしょう。2001年に米ペンシルベニア大学エドワード・ボウマンたちがSMJに発表した論文では、過去の研究手法に疑問を呈し、これまでの研究はコーポレート効果を過小評価しているのではないか、と主張しています。
  • さらに、「国の違いによる効果」もあるのではないか、という研究も出てきました。この論文を2004年にSMJ誌に発表して話題を読んだのが、香港中文大学の牧野成史、慶応ビジネススクールの磯辺剛彦という、国際的に活躍する二人の日本人経営学者です (香港大学クリスティン・チャンとの共同論文)。
  • 牧野たちは、観測数2万8000の企業の海外子会社データでCOV分析をしました。 この分析では、海外子会社の利益率のバラツキの50%強を説明することができて、「国の違いによる効果」だけでその二割を占める結果となっています。
  • これまでの研究の前提を否定する研究も現れました。欧州経営大学院 (INSEAD)のガブリエル・ハワウィニたちは2003年にSMJに発表した論文で、「企業がすべて同じように産業効果・企業効果に影響されるという前提が、 そもそもおかしい」と主張しました。
  • そして「特に業績の優れた企業・悪い企業」と、「その他大部分の企業」に分けてCOV分析をすると、企業効果があるのは前者だけで、後者の収益性はほとんど産業効果で説明できる、という結果を発表したのです。すなわち、経営・戦略の良しあしで業績が決まるのは「飛び抜けて成功した企業か、失敗した企業」だけで、残りの普通の起業の収益性は「どの産業にいるか」で決まっている、というのです。