コンサル一〇〇年史

  • こうして戦後も政府や軍との強いコネクションを維持してきたブーズ・アレン・ハミルトンだったが、二〇〇八年、民間企業やアメリカ以外の政府公共機関に対する戦略コンサルティング部門を別会社として切り離し、アメリカ政府に対するコンサルティング(防衛システムの構築)に特化したファームとなった。このときに切り離された別会社というのが、ブーズ&カンパニということになる。
  • 実はこの動きは、ブーズ&カンパニーが切り離されたというよりも、元のブーズ・アレン・ハミルトンが自らのコア事業(アメリカ政府の防衛関連事業)を社名とともに売却し、そして残ったのがブーズ&カンパニーであると表現したほうが正確だろう。
  • 社名とコア事業を買い取ったのは、カーライル・グループというプライベート・エクイティファンド(PEファンド)だった。
  • さらに二〇一四年三月末、前述の通り、今度はブーズ&カンパニーが大手会計事務所のPwCに買収され、社名はストラテジーアンドとなった。
  • ここ数年、コンサルティング業界は買収・合併が盛んに行われる激変の時代を迎えている。このあたりの業界動向についても、のちほど詳しく説明することにしたい。

 

プロフェッショナル・ファームとコンサルタントの理想を再定義。「経営コンサルティング産業の父」と呼ばれる

  • バウワーはまず、「マネジメント・エンジニア(経営工学士)」の集団から「経営コンサルタント」の集団へとファームの脱皮を図る。そのためにはまず、経営コンサルタントという職業そのものを具体的に定義しなければならなかった。
  • 当時、バウワーが描いたコンサルタントの理想像とは次のようなものだっ
    た。
  • マッキンゼーは 「会社 (company)」ではなく、「プロフェッショナル・フ
    アーム (professional firm)」 である。
  • あくまで企業の存続に関わる重要な問題に注力すべきである(瑣末な問題に関する相談は断る勇気を持て)。
  • 企業の総合的な問題を発見し重要なアドバイスが意思決定に直結するよう、CEOと直接的に関与すべきである。
  • 公平で独立したアドバイザーであり続けるために、経営コンサルティング以外の仕事に手を出すべきではない。

 

経験者しかできない 「グレイヘア・コンサルティング」から、新人にも可能な「ファクトベース・コンサルティング」へ

  • 実はバウワーが行った採用方針の変更は、経営コンサルティングのあり方を考えるうえでも非常に重要な意味を持っている。
  • 経営コンサルティングには「グレイヘア・コンサルティング」と「ファクトベース・コンサルティング」という二つの大きな手法がある。
  • 前者は gray hair、 すなわち銀髪の老紳士が自身の長い人生経験を根拠にアドバイスを与える手法であり、若手のコンサルタントが代替する余地はない。
  • 一方で後者は fact base、 つまりデータなど定量化された事実に基づいて提案を行う手法である。どのような事実を収集、分析、提示するかが重要であって、コンサルタントの年齢や経験は問われない。
  • バウワーによるGSOの開発とそれにともなう新人MBAの採用・育成はまさに、ファクトベース・コンサルティングの誕生を告げるものであり、 学者や会計士などの経験者が専門的な知識を提供するという従来のコンサルティング・ビジネスのあり方からの大きな方針転換を意味するものだった。
  • 学業優秀な学卒者が最新の経営理論と合理的・分析的な思考法によってクライアントの経営課題に向き合うという、現在の戦略系ファームの基本的なスタンスは、このときに確立されたのである。

 

IT化の流れに乗った会計事務所

会計システムのIT化とコンサルティング部門の拡大

  • IBMなどベンダー系との棲み分けが図られていたといっても、ITコンサルティング市場はシステムインテグレータ(SIer)によって独占されていたわけではない。増大するITコンサルティング需要の受け皿として、SIerと並んで存在感を高めていったのは、意外にも会計事務所だった。
  • なぜ会計処理の担い手でしかなかったはずの会計事務所がITコンサルテイングの需要に応えることができたのか。
  • 一つ目の理由としては、コンピュータの登場によって(つまり複雑な計算が瞬時に可能になって)、最初にシステム化が試みられたのは売上などのお金の管理、すなわち会計の分野だったことがある。
  • 一九四七年、アーサー・アンダーセンが世界で初めてコンピュータシステムを企業会計に利用したと言われるように、会計のスペシャリストである会計事務所は、もっとも早い時期にコンピュータに触れ始めた職業だったのだ。
  • IT化の波は、追って一般企業へと及ぶことになるわけだが、企業がITの導入を検討する際、会計監査業務を通じて日頃からつき合いのある会計事務所がもっとも頼れる相談相手となったことは想像に難くない。
  • もう一つ、会計事務所が本業の会計監査とは異なる「コンサルティング部門」をすでに抱えていたことも理由に挙げられる。当時BIG8 と呼ばれていた大手会計事務所は、第二次世界大戦後にそれぞれコンサルティング部門を設立しており、税金対策や法務部門のアドバイスをサービスの一つに加えるようになっていた。
  • 会計事務所のコンサルティング部門はやがて、いち早くノウハウを蓄積していたⅠT分野に手を広げ、SIerと競い合いながら大規模なシステム開発を手がけるようになっていく。その先駆けとなったのもアーサー・アンダーセンで、 一九五四年にはGEの給与計算自動化プロジェクトを手がけていたという。
  • 一九七〇年代になるとITの技術革新が加速度的に進展し、コンサルティング需要はさらに急速に高まっていく。企業側もグローバル化などによって業務の複雑化・大規模化に直面し、その解決策をITに求めることが一般的になっていった。
  • こうしたなか、会計事務所のコンサルティング領域は、ITを活用した業務統合や効率化が中心的なテーマとなり、さらにはIT以外の戦略 人事組織といった分野へと徐々に広がっていくことになる。コンサルティング業務は会計事務所の中の一部門であったにもかかわらず、一九九〇年に入る頃には、本業の規模を凌ぐまでに成長していった。
  • 会計事務所の中にありながら本業以上に大きくなるというアンバランスな状態が生まれたことで、コンサルティング部門が独立する事例も出てくるようになる。
  • 一九八九年には、アーサー・アンダーセンコンサルティング部門がアンダーセン・コンサルティングとして分社化された。アーサー・アンダーセンが会計監査業務を、アンダーセン・コンサルティングコンサルティング業務を行うという棲み分けが意図された分離独立だった。
  • しかし、アーサー・アンダーセンが分社時の合意に反して新たにコンサルティング部門を立ち上げたことで両社の関係は悪化。 調停を経て対立関係は清算され、二〇〇一年、アンダーセン・コンサルティングは「アクセンチュア」という新たな社名で再出発を果たすことになる。 アクセンチュアは株式を上場し積極的な資金調達を行って、巨大なITサービス事業者へとビジネスの転換を進めていった。

 

コンサルティング業界から一時撤退へ

それぞれの会計事務所が選んだ道

 

  • さて、二〇〇九年頃から会計事務所系ファームの第二次再編とも言える動きが起こることになるわけだが、その全容は極めて複雑だ。 アウトラインを整理してみよう。
  • まず、コンサルティング部門をIBMに売却していたPwCが、二〇〇九年にコンサルティング会社「PwCアドバイザリー」を新たに設立する。
  • その一方で同年、KPMGから分社化されナスダックに上場していたベリングポイントが破産を申請。その再建策の一環として、アメリカ本社の企業向けコンサルティング部門をPwCに売却、ほどなく前述のPwCアドバイザリーがこれを吸収合併した。
  • さらに公共機関向けコンサルティング部門も売りに出され、こちらはデロイトに買収されることになった(ちなみにベリングポイントは、ヨーロッパ法人の経営陣によるMBOを経て、現在はオランダ・アムステルダムを拠点にコンサルティング事業を継続している)。
  • 買い手としてPwCとデロイトが名乗り出たことからも、会計事務所系フアームのコンサルティング業務強化に対する姿勢がはっきりと見てとれる。

 

コンサルティング・ファームの上場は何が問題か?

  • 株式を上場した場合、コンサルティング・ファームは自動的に「株主利益の追求」という命題を抱えることになる。それは本来、もっとも大切にしなければならないクライアントの利益と必ずしも一致しない。いったい誰のためのコンサルティングなのか――。コンサルティング・ファームの上場は、コンサルティングというプロフェッションの本質を揺るがしかねない問題を常にともなうのである。
  • さらに、株式市場を介して特定の企業が大株主となった場合も同様だ。その大株主と競合関係にある企業へのコンサルティングは、道義的に許されないことになってしまうだろう。 厳密な秘匿性を担保しつつ業界の知見を複数の企業に提供するというビジネスモデルが、これでは成り立たない。ほとんどのコンサルティング・ファームが上場という道を選ばないのは、そうした背景があるからなのだ。

 

  • さて、会計事務所系ファーム再編の動向に話を戻そう。
  • コンサルティング部門を一度は分離独立させていた(これがベリングポイントになった) KPMGも、二〇〇九年に「KPMG BPA」を設立し、コンサルティング業務を再び本格化。キャップジェミニコンサルティング部門を売却していたEYもやはり、二〇一〇年に新会社「アーンスト・アンド・ヤング・アドバイザリー」を設立している(二〇一三年、グループの「EY」ブランド統一方針にともない 「EYアドバイザリー」に改称)。

 

淘汰される戦略コンサルとBIG4の〝買収合戦"

  • コンサルティング市場への攻勢を強める会計事務所系ファームの勢いは、〝買収合戦〟という形で明確に表れている。今、業界の地図は大きく書き換えられようとしていると言っても過言ではないだろう。
  • コンサルティング・ファームのM&Aなどを手がける Equiteq 社が公表した「Global Consulting Mergers and Acquisitions Report 2013」 によると、経営コンサルティング業界では、二〇一二年に世界中で五七五件もの企業買収が行われたという。
  • もっとも活発な買い手がBIG4で、同レポートによればEYが九社、KPMGが一〇社、デロイトが一七社、PwCが七社を買収した。
  • 会計事務所系ファームを中心とした業界再編を象徴する一つの事例が、デロイトによるモニター・グループの買収である。
  • 一九八三年設立のモニターは、世界の二六都市にオフィスを展開する有力な戦略系コンサルティング・ファームだった。 しかし二〇〇八年以降の経済不況の煽りを受け、業績が悪化。 「Monitor's end」 と題された 『The Economist』 の記事(WEB版、2012年11月14日公開)は、モニターの凋落を次のように分析している。
  • 「経済が急降下した二〇〇八年以降、純粋な戦略系コンサルティング・ファームに金を払う企業はほとんどなかった。その一方で、戦略だけでなくオペレーションの領域にまで入り込んでいたトップ層のファームは、経営のスリム化を手助けする存在として雇われ続けていた。そうした役割を担うことができ、かつ規模も大きなファームは荒波を乗り切ることができたのだ。
  • しかし、モニターは違った。不安定な経済状況のなかで企業は世界進出の計画を実行に移すには至らず、純粋な戦略コンサルティングの需要が回復するには数年間という時間が必要だったからだ」
  • 厳しい経済状況がコンサルティング・ファームをふるいにかけた結果、中規模かつ純粋な戦略系ファームであるモニターは生き残ることができなかったのだ。 二〇一二年一一月に破産を申請、翌二〇一三年一月にデロイトに買収されることになった。
  • さらに二〇一四年、PwCがブーズ&カンパニーとの統合を完了するなど、会計事務所系ファームのコンサルティング強化路線は今も続いていると見られるが、その業績も着実に拡大しているようだ。
  • これについては、 『THE WALL STREET JOURNAL』 の記事が詳しい。(WEB版、 「Ernst & Young Revenue Grows 5.8%」 2013年8月8日公開)
  • EYの二〇一三年六月期決算を見ると、グローバル収入が前年比五・八%増加しているが、そのうちアドバイザリーサービス部門が前年比一八%も増加したことが業績の向上に大きく寄与したという。EYだけでなく、PwCは全体で四%、デロイトも三・五%の成長を遂げている。
  • いずれの会計事務所にも共通して言えるのは、新興市場でのコンサルティング収入を大きく伸ばしている点だ。同記事によれば、EYのコンサルティング収入はトルコでプラス一九%、インドでプラス一七%、中東でプラス一三%、アフリカでプラス一一%と大幅に増加したという。

 

競争を激化させる

戦略系トップ3とBIG4

  • 攻勢を強める会計事務所系ファームに、モニターやブーズなど有力な戦略系ファームが飲み込まれてしまう時代- コンサルティング業界はこのままBIG4のものとなってしまうのだろうか。
  • 実はそうとも言い切れない。中堅の戦略系ファームが苦境に立たされている一方で、トップ3のマッキンゼー、BCG、ベインは順調な成長を遂げているからだ。『The Economist』の記事を引用したい。
  • 「三大戦略コンサルティング・ファームは、世界的な経済の停滞をよそにここ数年二ケタ成長を遂げている。二〇一一年のデータだが、各ファームの収入は前年比でベインが一七三%、BCGが一四・五%、マッキンゼーが一二・四%伸びた。そして三社とも、新しいオフィスをオープンさせている」(『The Economist』 WEB版 「To the brainy, the spoils」 2013年5月11日公開)
  • つまり、現状を単純化して言えば、トップ3の戦略系ファームと、中堅フアームを買収しながら規模を拡大する会計事務所系ファームがしのぎを削っているという構図が浮かび上がることになる。
  • さらに、クライアントに求められるコンサルティングのあり方が近年変わってきたことも、両者の競争激化の要因の一つに挙げられるだろう。
  • 今、コンサルティングの現場では、パワーポイントの資料を提出して終わりという旧来の姿は通用せず、戦略の「実行」にもファームが関与することがかつてないほどに重視されるようになってきている。戦略の構築や提案を主戦場としてきた戦略系ファームにとって、これは新たなチャレンジだと言える。
  • 一方で、規模の面で優位性のある会計事務所系ファームは、マンパワーを要する「実行」の能力に長けている。コンサルティングのスタイルがこうした変化を遂げてきた結果、両者の垣根は取り払われ、一つの土俵に立たざるを得ない状況が生まれつつあるのだ。
  • ただし、互いの認識の間には大きなズレがあるようだ。 先に引用した記事には、デロイトとPwCの戦略コンサルティング部門のトップのコメントが掲載されている。彼らは「マッキンゼー、BCG、ベインと競合しているか?」との問いに、それぞれ「日常的に競合している」「今は間違いなく張り合っているし、将来的にはさらにそうなる」と答えている。
  • しかし、ベインのトップであるボブ・ベチェックは「四大ファームとの競争は確かに過去数年あるにはあったが、それはほんの数%だ」と話しており、高成長を続けるトップの戦略系ファームが強気の姿勢を崩す気配はない。
  • 自信の背景にあるのは、確かなニーズにほかならない。二〇一三年、アメリカのコンサルティング・ファームのクライアント二五〇社を対象に行われた調査(下表参照)では、今後一二ヶ月間、「コンサルティングにかける費用を減らす予定がない」と答えた企業が八二%に上り、その半分近い四二%の企業は「より多くのコンサルタントを雇うことを検討している」という結果が出ている。
  • ヘルスケアやエネルギー分野のコンサルティング市場は高成長を見せ、さらに近年では、タブレットなどのモビリティーバイスソーシャルネットワーキングといったデジタル技術分野の需要も高まっている。