最も賢い億万長者

上巻

  • シモンズは、才能のある研究者を引き抜いて部署内で管理する独特の方法に目を見張った。ほとんどが博士号を持つ所員たちは、何か特定の専門的技能や知識でなく、知力と創造力と志の高さを理由に雇われていた。研究者に求められていたのは、取り組むべき問題を自分で見つけることと、それを解決できるほどに賢いことだった。熟練した暗号解読者だったレニー・バウムは次のようなフレーズを作り、それが研究所のスローガンとなった。「悪いアイデアは良い。良いアイデアはすごく良い。アイデアがないのはとんでもない」

 

  • シモンズはお金のために必死で働いたが、それは借金を返すためだけではなかった。真の裕福さというものを心から欲していたのだ。高級品を買うのが好きだったが、金遣いが荒いわけではなかった。バーバラもお金のことでとやかく言わず、高校時代の服をそのまま着ていることも多かった。 シモンズを掻き立てたのは、また別の動機だったようだ。世界に何かしらインパクトを与えたいと思っているのではないか、そう友人たちは勘ぐっていた。富があれば独り立ちして影響力を発揮できると、シモンズは思っていたのだ。
  • 「ジムは若い頃から、お金が力になることをわきまえていました。他人の力に従うのは嫌がっていました」とバーバラは言う。
  • ハーバード大学の図書館で腰を掛けると、それまでの人生に対する疑念が再び浮かび上がってきた。シモンズは考えた。何か別の仕事をしたらもっと満足感と刺激が得られて、もしかしたらある程度の富も手に入るかもしれない。少なくとも借金を返せるほどには...。
  • 積もり積もるプレッシャーに、ついにシモンズは耐えきれなくなった。そして新たな道へ進む決心をした。

 

  • 有能な候補者を誘い込むにつれて、シモンズは才能ある人物について独自の見方を取るようになっていった。ストーニーブルック校の教授ハーシェル・ファーカスに話したところによると、一つの事柄に集中して、答えにたどり着くまで数学の問題を解くことをあきらめないような「キラー」を、シモン ズは高く買っていた。別の同僚には、「超優秀」でも独自の考え方をしないような学者はこの大学にはふさわしくないと語った。「学者は大勢いるし、本物も大勢いる」 

 

下巻

  • いかにもウォール街にいそうなタイプは避けた。そのような人たち自体に反感を持っていたわけではなく、もっと優れた才能の持ち主をウォール街以外の場所で見つけられると確信していただけだ。
  • 「お金のことは教えられるけど、賢さを教えることはできない」とパターソンは説明する。
  • さらに、銀行やヘッジファンドを辞めてルネサンスに入社してきた人は、投資の世界に馴染みのない人と比べて、何かのきっかけでライバル会社に移ってしまうことが多いと、パターソンは同僚に語った。 シモンズは社員全員が互いの業務内容を積極的に共有するよう求めていたので、これはきわめて重要な点だった。社員がその情報を持って競争相手のところへ逃げ出してしまわないことを信じるしかなかったのだ。
  • 最後に一つ、パターソンがとくにこだわったことがある。現状の仕事でつらい目に遭っている人材がふさわしいというのだ。「賢いけど不幸せそうな人を選んだのさ」とパターソンは言う。

 

  • 彼らが開発したマシンがチェスの世界チャンピオンを破れば、世間の注目を集められるというのだ。しかもチームのメンバーはIBMの研究の手助けもしてくれ
    るかもしれないと、ブラウンは説いた。
  • IBMのお偉方はこのアイデアを気に入り、スーパーコンピュータ「ディーブ・ソート」計画を進めるそのチームを雇い入れた。だがこのマシンが次々に勝利して関心が集まるにつれ、批判の声が湧き上がってきた。このチェスマシンの名前を聞いた人々は、ポルノ黄金時代の先駆けとなった1972年制作の有名なポルノ映画『ディープ・スロート』を連想したのだ(詳細は差し控えよう)。IBMが重大な問題に直面しているのに気づかされたのは、こんな日のことだった。カトリックの大学で教えていたチェスチームのあるメンバーの妻が、年上の修道女である学長と話をしていた。するとその学長が、「IBMの驚きのディープ・スロート・プログラム」と何度も呼びつづけたのだ。
  • 会社はチェスマシンの新たな名前を決めるコンテストを開き、ブラウン本人が提案したディープ・ブルーが選ばれた。IBMの昔からの愛称ビッグ・ブルーに掛けた呼び名だった。それから数年後の1997年、数百万人がテレビの画面を見つめる中、ディープ・ブルーはチェスの世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフを破り、真のコンピュータ時代の到来を人々に気づかせたのだった。

 

  • メグリオンに携わる社員たちは1997年までに、統計的に有意な金儲け戦略、彼らが呼ぶところの「トレーディングシグナル」を発見するための三段階のステップを確立していた。第一ステップは、過去の価格データの中に異常なパターンを見つけること。第二ステップは、そのアノマリーが統計的に有意で、時間経過にかかわらず一貫していて、ランダムでないのを確かめること。第三ステップは、特定されたその価格の挙動を合理的な方法で説明できるかどうかを見極めることである。
  • しばらくのあいだルネサンスは、研究者自身が理解できるようなパターンにもっぱら賭けていた。ほとんどのパターンは、価格や取引規模などの市場データのあいだの関係性におけるもので、投資家の過去の挙動などの要因に基づいていた。

 

  • 「企業どうしは複雑な形で互いに結びついているのだから、そのような関係性は必ず存在する。その相互関連性はモデル化して精確に予測するのが難しいし、刻々と変化する。ルネサンス・テクノロジーズが開発したマシンは、この相互関連性をモデル化して、その振る舞いを時々刻々と追跡し、価格がそれらのモデルから外れたと思われたときに賭ける」
  • 外部の人にはあまり理解されなかったが、本当の成功の鍵は、これらの要因や力をどのようにして残らず自動トレーディングシステムに組み込むかという、工学的な面にあった。ルネサンスは何千行ものソースコードに基づいて、ポジティブなシグナル(多くの場合は散発的な複数のシグナル)を示した株式を一定の数量買い、ネガティブなシグナルを示した株式を空売りした。
  • ある上級社員は次のように語る。「この株が上がるだろうとか下がるだろうとか說明できるような、個別の賭けはしない。どの賭けも、ほかのすべての賭け、わが社のリスクプロファイル、そして、近い将来または遠い将来に予想される行動に基づいて決まる。それは巨大で複雑な最適化計算であって、その前提となっているのは、未来を十分に精確に予測すれば、その予測に基づいて儲けることができるし、リスクやコスト、影響や市場構造を十分に理解すれば、徹底的にてこ入
    れできるという考え方だ」
  • ルネサンスが何に賭けていたかと同じくらい重要なのが、どのように賭けていたかである。何か儲けにつながるシグナル、たとえばドルが午前9時から午前10時までに0.1パーセント値上がりするというシグナルを見つけても、時計の針がちょうど9時を指したときにドルを買ってしまったら、ほかの投資家に、その時刻になったら必ず値が動くということを悟られかねない。そこで、その一時間のあいだに、予測できないような形で買いを分散することで、トレーディング シグナルが失われないようにする。メダリオンは、競争相手に悟られないよう値動きを「キャパシティーする」(内輪での呼び方)ことで、きわめて強いシグナルに基づくトレーディングをおこなう方法を編み出した。それはちょうど、ディスカウントストアのターゲットで売れ筋商品が大幅に値下げされると聞きつけて、開店直
    後にその値下げ商品を残らず買い占め、セールになったことを誰にも悟られないようにするようなものである。
  • 「一つのシグナルに基づいて一年間トレーディングをしていても、わが社の取引のしかたを知らない人にとっては、そのシグナルはまったく違うように見える」とある内部関係者は言う。
  • 機械学習の大規模活用ととらえることもできる。過去を調べた上で、いま何が起こっていて、それが将来に非ランダムな形でどのような影響を与えるかを理解するのだ」

 

  • 「収益報告などの経済ニュースが必ず市場を動かすことは否定しない。問題は、あまりにも多くの投資家がその手のニュースに注目しすぎていて、彼らの運用成績がほぼすべて平均のすぐそばに集まっていることだ」

 

  • 学生がどのプロ投資家を手本にすべきかと質問すると、投資家が市場を予測することなんて不可能だといまだ考えていたクオンツのシモンズは、答えに詰まった。そしてようやく、マンハッタンで自分の近所に住むヘッジファンドマネージャー、ジョージ・ソロスの名前を挙げた。
  • 「あいつの話は聞く価値があると思う。ただ山ほど話してくるがね」
  • シモンズは聴衆にいくつかの人生訓を説いた。「できるだけ賢い人、できれば自分よりも賢い人と仕事をせよ。 簡単にあきらめずにやり通せ」
  • 「美を道しるべにせよ。 ……会社の経営のしかたも、実験の進め方も、定理の導き方もそうだが、何かがうまくいっているとき、そこには美の感覚、美意識のようなものがあるはずだ」

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