鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

 対象が異性であろうが、鳥類であろうが、情景の念は知識欲を喚起する。異性を研究しすぎたものは、ストーカーの汚名のもとに逮捕されるが、鳥への興味は学問に至った。

おそらく、一般に名前が知られている鳥類学者は、ジェームズ・ボンドぐらいであろう。英国秘密情報部勤務に同姓同名がいるが、彼の名は実在の鳥類学者から命名されたのだ。

実利の小さい学問の存在理由は、人類の知的好奇心である。

実際に分析したのは器用で寛容な共同研究者だが、のび太の手柄は僕の手柄だ。共同研究とは、苦手な作業を他人に押し付けることである。

光に魅せられた蛾が耳孔に飛び込んだのだ。世界はこんなに広いのに、なぜその軌道を選んだ。・・・いずれ鼓膜を突破し脳に侵入され、私はモスマンに成り果てる。ミュータントモスが腹を食い破り人類を恐怖のどん底に叩き込む。不吉な未来に怯えながら夜明けを待つ。長く戦いすぎて蛾と友情が芽生えてしうかと不安になった頃、朝日の中に迎えの船が現れた。・・・耳栓と鳴き声のどちらをとるべきか、それが問題だ。

湿度の高い中でウキウキしているのは、カタツムリの研究者だけである。

寝る前に別働隊とミーティングしながらクールダウンする。・・・妻が子供連れてっちゃって裁判中でさ・・・あっ俺もバツイチ・・・そうか、俺もだよ・・・色々考えると眠れなくて、もう三日も寝てないよ・・・。調査隊の抱える闇は、夜闇より深い。

ホンダ、ハーレー、モト・グッツィ、バイクのロゴにはしばしば鳥の翼がはためいている。これは、バイク業界から鳥類学への熱いラブコールである。

私の知る限り、動物は足が多いほど不快性が増し、少ないほど美しい。ムカデは100本、蜘蛛は8本、ゴキブリは6本、ドブネズミは4本、鳥類と美の女神アフロディーテは2本。

私は骨格標本を集めている。変態だからではない。鳥類学者だからだ。・・・骨格系ほど機能美を具現化している部位はない。鳥の代々の特徴である飛翔を支えるのは翼だが、その翼を支えるのは骨格である。・・・日本の研究機関に収蔵される鳥類の標本は、そのほとんどが仮剥製なのだ。仮剥製とは、剥製と同じく羽毛をまとった標本・・・羽毛の美しさはたしかに鳥の特徴だが、内面の美しさが大切だと道徳の教科書に書いてある。これは由々しき事態だ。

日本の土壌は酸性であるため、いかに硬い骨とはいえ自然下に放置されたままではいずれ分解されてしまう。

体にTシャツの刻印を刻んだままの水着姿はあまりに貧相で、ひと夏のアバンチュールは夢のまた夢である。ユニクロしまむらも庶民の味方ならば、着たままでむらなく日焼けが出来るUVスルーシャツを作るべきだ。

 

ちっちっ、白いのは尿だよ。糞はその横の黒い部分だぜ。ハニー。

理系はデリカシーないから嫌い。
毛虫を見るような目で蔑まれ、彼女は去っていくかもしれない。しかし、そんな彼女もいつかきっと感謝するはずだ。君のおかげで同じ間違いを繰り返すことなく、次の彼氏の前で不正確な発言をして恥をかかずに済んだことを。

 

2014年、ラートの本家とも言えるネズミの回し車に関する論文が発表された。野外に回し車を設置し、野生動物が遊びに来るかどうかを確かめてみたという遊び心満点の研究だ。その結果、野生のネズミがやってきてひとしきり回していくことがわかった。…カエルやナメクジも遊びに来ていた。

一般に前に進む行為には無駄がつきまとう。鳥は翼を羽ばたかせて進む。羽ばたきとは翼を上げては下ろす行為だが、前進に寄与するのは翼を下ろすときのみだ。持ち上げは次に下ろすための準備でしかない

動物が歩行するときは前に出した足を地につけ後方に蹴って進む。足を出す間は宙に浮いているため推進力は得られない。クロールもバタフライも一連の動作のうち半分は準備である。実に無駄、無駄無駄無駄、時間を止めて説教したくなるくらい無駄だ。

一方で回転運動はエレガントだ。前進のための行為がそのまま予備動作を兼ねており、無駄がない。このため途切れることなく滑らかに前進でき、数ある運動パターンの中でも極めて効率良い運動、すなわち運動オブ運動なのである。

しかしあくまで想像どまりで、野生動物で見られる回転運動はガチャピンのバク転ぐらいしかない。回転という画期的運動が、野生動物では未採用ようなのだ。

最後の希望をかけて鳥の飛翔に注目して探したが、やはり誰も回っていない。ブーメラン型の翼形を持つアマツバメはもしやクルクルしていないかと期待したが、買い被りであった。唯一見つけたのは、モズが電線に止まり、尾を無駄にクルクル回す姿だけである。鳥類原理主義者として無念極まりない。

鳥類は視覚に頼る動物である。同じく多くの昼行性動物が視界に頼る。食物の発見でも捕食者の警戒でも、視界は重要な役割を果たす。しかし回っていると景色が動き続けて視界が安定しない。これでは獲物も捕食者も到底発見できない。いかに運動効率がよくとも、命の危機は採用を見送る大きな根拠となる。彼らは回らなくて当然なのだ。人間が回転を利用できたのは、自分ではなく道具を転がしたからなのである。

とはいえ、本当に回転運動は野生動物に採用されていないのだろうか。例外のない法則はあるのだろうか。もしかしたら、どこかでひっそりとコロコロしているかもしれない。私は野生の回転を求めて旅に出ることにした。時に岩の割れ目に挟まったダンゴムシに失望し、時にこたつで丸くなる猫を叱咤激励する。しかし回転は見つからない。エレキングの角でもグミラのドリルでもいいから回ってくれ。いっそ怪獣が上陸して明日の会議中止になれ。そんなことを考えながら遊歩道を歩いていた秋のある日、ついにその時が来た。

岩上の一匹のオカヤドカリと目が合う。私に驚いたのか殻の中に体を引っ込める。すると、支えを失った彼は大岩の側面を転がりながら私の視界から消えていくではないか。ネズミの穴を目指すおにぎりほどの猛スピードである。
ついに見つけた。これこそが野生の回転だ!効率の良い回転で日常にない速度を稼ぎ、一気に敵の視界から逃げ去って命の危機を回避する。実に天晴、日本晴れ。私のド旅もようやく終わりだ。ありがとうオカヤドカリ!動物が陸上に進出して約四億年、回転運動はきちんと開発されていたのである!

コロコロコロ…ガチャン!
ぬっ?な何だ、その岩にぶつかって割れた殻は。何だ、その殻を見捨てて逃げていく弱々しい甲殻類は!
後先考えぬ回転により視界から消えたオカヤドカリは、勢い余って岩にぶつかり割れたのだ。仮にも彼らは天然記念物…私は歩いていただけだよな。私が割ったわけじゃないよな。そもそも割れたのは彼らの仮宿であって彼ら本体でもないしな。そうだよな。…私は悪くないよな。

回転運動は絶望的に視界を失う制御不能の無謀運転にすぎない。野生の回転が進化しなかった理由を目の当たりにし、私の旅は秋風と共に終わりを告げた。

小さな感傷に浸る私の視界の端で何かがくるくる回転する。イマサラ何だ?それは回りながら宙を舞い落ちてくるカエデの種だった。

回転により落下時間が延長され風でより遠くまで散布される効果がある。まさか植物で採用されていたとは恐れ入った。動物にとって視界を失うデメリットは大きすぎる。しかし、視覚のない植物には関係ない。

 

 だいたいNASAが悪い。月とか火星とか行っている暇があったら、まずは早々にほんやくコンニャクの開発だろう。サーズデイに発表があるといえばサタデーなんだねと相槌を打たれ、バードの研究をしているといえばそれはどんな昆虫かと聞き返される私の会話力をなめるな。どう考えても悪いのは私ではなく日本の教育制度とNASAのせいなので恥じ入ることはない。腹をくくって国際会議に潜入することにしよう。

 国際会議とはいえレベルはピンキリである。欧米教育の賜物か、彼らはどんな内容でもキラキラと発表する。だが、よく聞くとツッコミどころ満載の発表も少なくない。

 慣れぬ仕事には労力がかかるが、断るのにはさらに大きなエネルギーを要する。気の弱い私にそんなことできるはずもない。なぁに、元々特定のテーマを探求するために研究を始めたわけではない。舌先三寸と八方美人を駆使して私は受け身の達人になることに決めた。

 世の中は積極性至上主義がまかり通る。将来の夢を描けない小学生は肩身の狭い思いをするが、受動性に後ろめたさを感じる必要はない。これを処世術に上手く生きていくのも一つの見識である。

 研究者にも色々なタイプがいる。一つのテーマをコツコツと掘り下げる土星人タイプ、最先端のテーマをバリバリこなす金星人タイプ、あれこれつまみ食いする火星人タイプだ。典型的な火星人タイプの私は受動性を発揮しながら研鑽を重ね、楽しく研究を続けていた。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。