でたらめの科学 サイコロから量子コンピューターまで

  • 実際、乱数を数学的にちゃんと定義するのは難しい。
  • 現在、乱数はコンピューターで作ることが一般的になっているが、その道の第一人者である広島大学の松本眞教授に尋ねたら、「嫌な定義ならありますよ」と言われた。
  • 嫌な定義? どういうことかというと、「その数字を並べる以上に短くその数列を記述できる方法がない」というのが定義だというのだ。
  • 3、3、3……のように「3」が100個並んだ数列なら、「3が100個」という具合に「圧縮」できるし、2、6、0……のようなものなら「2から始まって4ずつ増えた
    数字を100個」という具合にやはり圧縮できる。
  • つまり何らかの規則性が見つかれば、短く記述できて圧縮できるということだが、乱数とはそうしたルールや特徴がなくて圧縮できない――つまり、覚えるとしたら丸暗記するしか方法がない数の並びのことだ。あるいは、その数字の並びを説明しようとしたらそれ自身を見せるしかないという数の並びのことなのだ。
    この定義は確率論を研究していたロシアの数学者、アンドレイ・コルモゴロフと、情報理論を研究しているアルゼンチンの数学者、グレゴリー・チャイティンの名を取って「コルモゴロフ・チャイティンによる定義」といわれている。
  • なんだか禅問答のようでもあり、「そんなことを考えて何になるのか」と言われそうだが、乱数は実はさまざまなところで幅広く使われている。
  • 身近なところでは、コンピューターのゲームで、キャラクターが出てくる局面を決めるのに乱数が使われている。

 

私はランダム化試験しか信じない

  • 2020年は、新型コロナウイルスが社会・経済に大きな影響を与えた年として記憶されるだろう。治療薬の開発が進んでいるが、有効性を証明する臨床試験にも「でたらめ」が大きな役割を果たしている。
  • 7月にあった米下院の公聴会
  • 米国の感染症対策の責任者で、米国国立アレルギー・感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長は、何度も繰り返した。「私はランダム化プラセボ対照比較試験しか信じない」
  • 所長に迫っていたのは共和党のブレイン・ルートケマイアー議員だった。ルートケマイアー氏は、トランプ大統領が「一押し」していた抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンの有効性を、ファウチ所長に認めさせようとしてこう迫った。「ある臨床研究によると、ヒドロキシクロロキン投与で新型コロナ患者の死亡率が大きく下がった。この臨床研究は十分な分析がなされ、ほかの多くの研究とは違って査読も受けている。データを見た医師や科学者は『この薬を投与することが患者のためになることは明らか』と言っている。私は医師らとも話をした。彼らは『亜鉛と一緒に使うヒドロキシクロロキンが有効になるが、これまでの研究では同時投与をしておらず、効果が限定的だった。今回は同時投与をした。間違いなく効く』と言っている。何かコメントありますか」
  • 明らかに政治的な圧力だ。ファウチ氏の答えはこうだ。
  • 「その臨床研究は『後ろ向きコホート研究』(病気を発症したグループとそうでないグループで、生活習慣などをさかのぼって調査、比較する手法)と呼ばれるもので、研究を目的とせずに集められたデータを利用することから、欠陥がある。特にこの研究では比較群さえも置かれていなかった。よくわかっている人が見れば、ランダム化プラセボ比較試験ではないことは一目瞭然だ」
  • 「これは査読を受けた研究ですよ!」とルートケマイアー氏が突っ込むが、ファウチ氏は譲らない。
  • 「それは関係ない。質の悪い研究でも査読はできる。事実は、その臨床研究が、ランダム化プラセボ対照比較試験ではないことだ。ランダム化プラセボ対照比較試験は薬の有効性を見る最善の方法だが、あらゆるランダム化プラセボ対照比較試験がヒドロキシクロロキンの有効性を示していない。もしランダム化プラセボ対照比較試験で有効性を示したら、私は有効性を認めて投与を勧めるだろう」
  • ファウチ氏がこだわっていた試験は、新しい薬の効き目を調べるため、薬と見かけは同じだが何の薬効もないプラセボ(偽薬)を使い、新薬のグループとプラセボのグループで比較する試験だ。プラセボは、薬だと思って飲むだけで心理的な効果でよくなる人がいるので用意される。
  • 患者はランダムに、新薬群とプラセボ群に割り当てられる。
  • しかし、たとえば新薬群に重症者や年齢の高い人、持病がある人が比較群より多く入っていると、薬には副作用があったように見える。逆に、比較的若い患者ばかりが新薬群に多く割り当てられると、薬の効果があったように見えてしまう。実際には薬の効果がなかったとしてもだ。
  • こうした患者の背景の違いはどうしても起きる。しかしランダムに割り付けを行い、多数の患者を集めると、こうした背景の差が打ち消されて新薬の効果や副作用が見えるようになる。

 

科学的な新薬試験とは
  • 新しい薬を市場に出す場合、通常は、臨床試験の「第三相」と呼ばれる段階で、多数の患者を集めた二重盲検試験で効果が認められなければならない。
  • だが新谷さんによると、この種の試験が行われることは、資金が潤沢にある製薬企業が実施する試験に比べ、規模の小さい医師主導試験では実は多くはない。いろいろ制約があるのだ。
  • 見かけはそっくりだが、効き目のないプラセボを用意するにはお金がかかる。
  • たとえば手術の手技のようなものの効果を測る場合、プラセボという考え方自体が成り立たない。手術をしたようなふりはできないからだ。
  • 新谷さんは日本発の新型コロナ治療薬として期待されるアビガン(一般名ファビピラビル)の臨床試験に参加したが、これもプラセボを使った二重盲検試験ではなかった。
  • 臨床試験が始まったのは、新型コロナの第1波が落ち着きつつあったころ。終息すると患者が来なくなって試験ができなくなるので、「一日でも早く試験を立ち上げよう」と大急ぎで始めることになったため、プラセボの手配が間に合わなかったのだ。
  • この試験では、最後までアビガンを投薬しないという完全な対照群を置けなかった。その理由は報道などでアビガンへの期待が高まり、試験に参加する人に「アビガンを治療に使わない」という選択肢を設定できなくなったのだ。
  • 盲検試験では「新薬群」か「プラセボ群」かを誰にも知らせないように注意深く試験を進める工夫が必要になるが、今回はそれもできなかったので、無作為割り付けの結果、患者は自分が「はずれ」だったらすぐわかってしまう。「そんなんだったら参加しません」という患者が続出することが想定され、「はずれでも、5日待ったら飲んでもらいます」と説明して参加してもらう試験となった。2020年7月の発表時点では、盲検化できないがゆえに、体にとどまるウイルスの量のような、客観的なデータしか評価に用いることが出来なかった。
  • 完全な比較群をおけなかったために、試験の結論は投薬開始から5日間のデータのみの比較になり、「有効性があるどうかは統計的に確かめられなかった」というやや弱い結果につながることになった。
  • 「飲み始めを遅らせる群ではなくて、最後まで使わない盲検化された群(プラセボ群)を設定できれば、入院日数の差など、他にも多くの項目を評価に用いることが可能になり、有効性に関するデータはもう少し出やすかったと思います。それでも、当時の状況を考えると、あれがベストな状態ではありました」
  • アビガン試験では無作為割り付けは行われているが、無作為割り付けもしていない試験が実際には多いという。
  • 「単群試験」といって、患者全員に未承認薬を飲ませ、前後で症状を比較したり、過去の文献と比較するといったものだ。
  • 患者数が非常に少ない病気の試験の場合はやむを得ない面もあるが、薬を飲まなくても治ってしまう病気は少なくなく、薬を飲むことによる心理的効果もある。比較群のない試験は科学的とはいえない。
  • また「観察研究」といって、たとえば「あなたは高血圧の薬を飲んでいますか」と質問し、「飲んでいる」と答えた人と「飲んでいない」と答えた人に分けて観察する試験もある。
  • やはり新型コロナで8月、「ヨード入りうがい薬でうがいをする人はウイルスが少なかった」という試験結果を大阪府の吉村洋文知事が発表して、薬局の店頭からイソジンが消えるという騒ぎがあったが、その原因となった試験はこの種のものだ。
  • うがいをする人はもともと健康志向が強く、食べ物に気をつけていたり、積極的に運動していたりする可能性があるが、そういう背景の影響が考慮されていないので、うがい薬の効果を見ることは本当はできない。
  • 「観察研究でも、うまく統計的に背景を調整すれば、ある程度の科学性は担保できます。でもやはり研究の妥当性は二重盲検の無作為化試験に勝つものは何もないと思いますね。そういう意味では、ファウチ氏の意見に100%賛同します」
  • アビガンの臨床試験では、その後、参加する患者の数を増やすなどして10月には承認申請にこぎつけた。

 

  • 従業員10人の「ゑびす堂」だ。もともと製本業を営んでいたが、1955年に「ナンバリング専業」という珍しい業態の印刷会社になった。
  • 普通、印刷というと同じものを大量に刷るものだが、お札のように、図柄は基本的は同じだが、番号だけはすべて違っているものがある。そういうことを実現する技術を「ナンバリング」とか「可変印刷」と呼ぶ。
  • 例えば領収書の番号なども可変印刷で作られているが、通常の印刷とは違う技術が要求され、どこでもできるというわけではないという。ゑびす堂はそうした技術のノウハウがある。

 

  • なぜ乱数調整ということが始まったのでしょうか。
  • 古いゲームでは、強いキャラクターが出てくる確率が非常に低いものがありました。コンピューター相手ではなく、誰かと通信して対戦する場合、自分が強いキャラクターを持っていないと負けるわけですが、出てくる確率があまりにも低いのでかなり長時間のプレイを強いられ、苦労していました。
  • 一方で、ゲーム機が使っている疑似乱数が比較的解析しやすいものであることがわかり、先ほど説明したような乱数調整が一般的になりました。それで強いキャラクターも短時間で手に入れられるようになりました。私が遊んでいたゲームの場合、人間同士で対戦するときは、「乱数調整するのが当たり前」というほどでした。現在では強いキャラクターが出る確率が上がるようにゲームソフトのプログラムも調整されているので、乱数調整の必要性は下がっています。
  • 「乱数調整しやすいゲームと、しにくいゲームがありますか。
  • あります。昔のゲームは乱数のビット長が短く、しらみつぶしで初期値を当てることはしやすかったです。しかし最近のゲームは乱数のビット長がビットまで長くなったりしており、しらみつぶしはかなり難しくなります。
  • またゲーム機によっては、疑似乱数の中でも予測可能性がない高度な「暗号論的疑似乱数」を使っているものがあります。これは初期値の特定はまずできません。