サッカーマティクス 数学が解明する強豪チーム「勝利の方程式」

チーム全体が部分の総和を上回るという概念こそがサッカーを数学的なスポーツにする。野球のバッティングやピッチングの統計のように、チームの個々の要素を足し合わせていくだけでいいなら、チーム全体は部分の総和と完全に一致する。

大学の統計学の講座では、パスがくるかどうかはポアソン分布に従うというのが講師の最高の、そして唯一の、ジョークだ。

1898年、私が本書で用いているような形でポアソン分布を始めて応用したのは、ドイツを拠点に活動したポーランド人のラティスラウス・ポルトキーヴィッチだった。彼は2つのデータセットを調べた。一つ目は24年間に自殺した10歳未満の子供の数という恐ろしい統計だった。2つ目のデータセットは馬にたまたま蹴られるなどして死亡した兵士の数に関する統計だ。

どうやら、彼はそのわずか数年前にイングランドフットボールリーグが創立されたことを知らなかったようだ。もし知っていたら、ドイツの死亡統計など細かく調べなくても必要なデータがまるまる手に入っただろう。

彼が調査した280部隊の内、144部隊では全く死亡例がなかった。ところが2つの不運な部隊では、ある年に4人が死亡した。ポルトキーヴィッチがポアソン分布に当てはめることで、これらの部隊が必ずしも他の部隊よりも馬を手荒く扱ったわけではなく、その年にたまたま不運が重なっただけだったことを証明できた。

新しいデータを見せられた時、私が真っ先に行うのはポアソン分布との比較だ。

2015年、応用数学者のクリスチャン・トマセッティと医師のバート・ボーゲルシュタインは統計的理論を用いて、癌の症例の2/3が不運に由来することを証明した。肺がんと喫煙のように生活習慣と関連付けられるがんもあるが、そういう癌は全体の一部に過ぎない。より重要な要因は、人間の体内で必ず起こる細胞分裂に潜んでいる。細胞が分裂するたび、微小な確率で、癌の引き金となる遺伝子変異が発生する。クリスチャンとバートは体内で細胞分裂の速度が速い部分ほど癌になりやすいという事実から、癌は主にこのランダムな突然変異によって説明がつくと結論づけた。

Variation in cancer risk among tissues can be explained by the number of stem cell divisions | Science

BY CRISTIAN TOMASETTI, BERT VOGELSTEIN
SCIENCE02 JAN 2015 : 78-81

癌がランダムだとしたら、癌の原因の研究に巨額の費用をかけるべき理由は?不運という言葉の意味や結論をわかりやすく説明するため、彼らは自動車事故に例えた。自動車の運転時間が長ければ長いほど、事故の確率が高まる。運転の仕方も一つの要因ではあるが、ハンドルを握っている時間も重要なのだ、と。

サッカーの試合では、どの1分間をとっても一定の確率でゴールが生まれるのと同じように、細胞は分裂するたび、一定の確率で癌細胞へとランダムに突然変異する。そういう意味では、癌は不運と考えられる。無失点で試合を切り抜けられるサッカーチームがあるのと同じように、1回も癌にならずに生涯を終えられる人もいる。

応用数学者にとって難しいのは、目の前の問題に対して適切なモデルを選択することだ。シーズン中のボール数を予測するだけなら、たいていはランダム性だけで十分だ。しかし、フォーメーション、動き、スキルについて理解したいなら、構造を理解する必要が出てくる。

いくらグアルディオラが天才だとはいえ彼がシャビ、イニエスタ、ペドロ、メッシに相手チームの選手が双対ボロノイ図の境界線上に位置するようなドロネー三角形分割を作ろうと指示したとは思えない。

自然淘汰が魚同士の相互作用の仕方を形成したのと同じように、プロの選手は数千時間の練習を通じてピッチ上での動きを習得するのだ。かつてアヤックスバルセロナの監督を務めたリヌス・ミケルスは壁パスやシュートの練習を繰り返すだけではメッシがシャビとペトロへのパスで見せたような技術を養うことはできない、と訴えた。大事なのはむしろ、どういう状況でワンツーをすればより効果的かを体得できる練習プランを監督が組み立てることなのだという。

ホルガー・バトシュトゥバーは、一対一のディフェンスを偉大な芸術と呼ぶ。彼によると大事なのはすぐさま相手にプレッシャーをかけ、ぴったりとつき、スペースを与えないことだ。と同時に、早く飛び込みすぎないことも重要だという。経験豊富なアタッカーにはかえってチャンスを与えてしまうからだ。むしろディフェンダーはゴール方向から遠ざかるルートをアタッカーに見せるべきなのだという。一流のディフェンダーは相手の選択肢を狭め、アタッカーが無理して動いたところでボールを奪う。

カリフォルニア大学バークレー校のセリーナ・パン

セリーナらが提案するこの守備アルゴリズムでは。アタッカーの動けるスペースを狭めることが何より大事だ。バルセロナの攻撃の秘訣はなるべく広いゾーンを確保することだが、裏を返せば、効果的な守備の秘訣はそのゾーンを狭めることだ。

セリーナらは続けて、このゾーン最小化アルゴリズムディフェンダー側の必勝であるという数学的証明を与えた。アタッカーの方が目標ライン上の点、この場合ペナルティエリアの枠、に最初から近いのでもない限り、ディフェンダーは必ずアタッカーを捕まえられる。だからこそ、クリスティアーノ・ロナウドネイマールルイス・スアレスなどのフォワードの方がバトシュトゥバーなどのディフェンダーよりもずっと崇拝されるわけだ。もちろんディフェンダーは十分に偉大な芸術家だがディフェンダーを振り切るフォワードは不可能を可能にしているといえる。

Pursuit, evasion and defense in the plane - IEEE Conference Publication

セリーナは自身のモデルを構築するにあたり、雌ライオンによる集団的な狩りの研究にヒントを得た。

 全体的に見ると極値理論が使えると言える程度には過去の実際のデータとの一致が見られる。しかし、メッシの50得点は理論から導き出される曲線よりも上にあることがわかる。理論上の曲線はデータヒストグラムのかなり下側にある。実際網掛け部分は全体の面積の73分の1、すなわち1.37パーセントに過ぎない。つまり、このモデルに従うとすれば、メッシのようなパフォーマンスは73年に一度しか見られないことになる。アルゼンチンの平均寿命が75歳なので、メッシの記録はまさしく一生に一度の奇跡といえるのだ。

 得点の難しさは国や男女の試合によって異なが、どのリーグにも同様の統計的な規則性が見られる。極値理論を用いれば、選手たちが記録を更新する確率を予測できる。そして、大きな出来事に関しては、それがどれだけ特別な出来事なのかを測定できるのだ。

 ボルトは数学的モデルを凌駕しただけでなく、非現実的なくらい楽観的なモデルさえ上回ったということになる。彼は世界記録だけでなく、100メートル走のタイムを正確に予測する人間の能力まで破ってしまった。彼の記録したタイムを見ていると、何を手がかりに次のタイムを予測すればいいのかさえ、もはやわからなくなってくる。

 ただちに統計モデルが全く無効になるわけではないが、過去について分かっている範囲内で最善の予測をするのが統計的モデルの役割なのだと認識しておく必要がある。未来がどういう出来事。用意して待っているのか、それを正確に知ることは残念ながら不可能なのだ。

サッカーの場合チーム的な要素が野球よりも統計をずっと複雑にしている。あるディフェンダーがボール奪取率の統計でトップに立っているのは、監督にその役割を与えられたからなのか、チームメイトがボールを奪われてばかりいるからなのか、それともポジションが悪くて最初に相手のパスをインターセプトできていないということなのか。あるフォワードが多数のシュートを打っているとしても、シュートを打たずにパスを出していた方がチームにとっては良かったかもしれない。難しいのは個人とチームを切り離すことだ。

2014年、デンマークのクラブFCミッティランが、ベッティングサイトマッチブックやスポーツモデリングサービス、スマートウォッチのオーナーであるマシュー・ベナムによって買収された。べナムは数学的モデルを用いた結果の予測を専門にしており、選手やチームの巨大なパフォーマンスデータベースを構築してきた。ベッティングの分野で、彼は自身の統計的手法を用いて財を築いた。

ミッティランのスポーツディレクターのクラウス・スタインラインは、オーナーが数学的モデルの専門家であることのメリットをすぐさま悟った。以前はスカウトが一人でしかもコーチ兼任でした。でも今は数字をガリガリと処理し、我々にふさわしいターゲットを提案してくれるチームがロンドンにいるんですよ、と彼はガーディアン誌の記者ショーン・イングラルに語った。

2015年夏、この科学的アプローチはついに功を奏した。ミッティランが史上初めてデンマークリーグ優勝を果たしたのだ。ミッティランはもしかすると科学がクラブの戦術へときちんと統合される未来のサッカーを体現しているのかもしれない。

確かに数学や科学は役に立つ。科学的な道具を使えば、パターンを明らかにし、ランダム性を手なずけられる。数学的モデルを適用するたび、世界の成り立ちがより鮮明に理解できるようになる。しかし、数学者や科学者は、その限界も自覚するべきだと思う。サッカーであれ人生であれ、論理で説明のつかない物事は必ずある。たが、心配はご無用。むしろ、それは喜ぶべきことだ。


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勝ち点2の方が筋は通っているとしても、勝利にインセンティブを与えることはできない。

長い目で見れば負ける試合は増えるが勝つ試合も増え、全体的な獲得点も増える。勝ち点3の制度によって、期待される勝ち点のパイが大きくなり、より攻撃的なサッカーが繰り広げられるようになるのだ。

 ジミー・ヒルが提案した勝ち点3はしごく筋が通っている。勝ち点2の場合、両チームの奪い合う勝ち点のパイが固定されている。弱小チームは妥協する方が常に得策だ。その結果強豪チームがアドバンテージを生かし、弱小チームが守りに徹するという退屈な推移的序列構造が出来上がる。一方、勝ち点3では弱小チームにも大きなインセンティブがあるため、理論上、より攻撃的なサッカーが展開されるというわけだ。

引き分け数の上位5シーズンはいずれも勝ち点3への変更前で、下位4シーズンはいずれも変更後だ。このデータは統計的検定を適用するのに十分であり、勝ち点の変更が攻撃的サッカーを促進したという結論を十分に裏付けている。

勝ち点2の場合、弱い方のチームは常に守るべきだとわかる。あなたのチームの方が負ける確率が高ければ、守備に徹する方が常に得策なのだ。ここでもやはり、強豪チームの攻め、弱小チームの守りという厳格な序列が出来上がる。ところが、勝ち点3になると結果が異なる。あなたのチームの負ける確率が勝つ確率の2倍未満なら攻撃するべきだ。一方、相手チームの勝つ確率があなたのチームの2倍以上なら守るべきだ。勝ち点3の場合、弱い方のチームが攻撃的サッカーを採用すべき状況が広がるわけだ。

画期的なのは彼がサイバネティックスの考え方を指導に取り入れた方法だ。

 彼はサッカーチームを数学的システムとして考案した最初の指導者として行っていい。サッカー戦術の歴史の著者ジョナサン・ウィルソンは、ロバノフスキーにとって、サッカーとは11の要素からなるサブシステム2つが一連の制約を受けながら定義された領域内を動き回るゲームだったと記している。ロバノフスキーにとって、サッカーの驚くべき性質とは、サブシステムの有効性がサブシステムを構成する要素の有効性の総和を上回るという点だった。彼はチームのパフォーマンスが時としてその部分の総和を上回ることにいち早く気付いたわけだ。

 部分の総和が全体を上回るチームは、全員がチームに貢献すると不釣り合いに強くなるが、裏をかえせば、部分部分が崩壊し始めると不釣り合いに弱くなってしまうとも言える。選手の貢献が高まるとチームが一気に強くなるということは、その貢献がなくなると一気に弱くなるということでもある。選手の貢献がある程度まで下落すると、機能不全のチームのために頑張っても誰も得をしなくなる。監督の指示通りに動けば選手の利益になるなら、選手のやる気を鼓舞するのは簡単だが、そうでない場合には難しくなる。

 超線形性とそのパラドックスを理解しているオランダ人は、先日のマデリン・ビークマンだけではない。

 ルイ・ファン・ハールは、監督の仕事とはチームの規律と自己の規律、個人の責任と集団の責任を教えをこむことであり、それができて初めて、全体が部分の総和を超えるものになると述べている。

ゴールの発生地点のモデルを作成するのは簡単だ。ピッチをいくつかのゾーンに分割し、各ゾーンからシュートが決まる確率を調べればいい。例えばゴールエリア、ペナルティエリアペナルティエリア外を3つのゾーンとして定義し、各ゾーンからのシュート数とゴール数を計測することができる。

 試しに過去のシーズンのシュート数とゴール数を調べてみると、先ほどの3つのゾーンからシュートが決まる確率はそれぞれ31.2%、12.4%、3.4%だ。3つ目の数値には驚かされた。この数値を見る前はストライカーがペナルティエリア付近まで来るために立ち上がり、シュートしろと叫んでいたが、そんなことはもうやめる。成功率3.4%には興ざめだ。平均するとペナルティエリア外から打たれたシュートは、約30分に1本しか決まらない計算になる。フォワードがあと数メートルだけでも前進できれば、ゴール率は3倍に増えるのだ。

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