AI現場力 「和ノベーション」で圧倒的に強くなる

AIについてあまり分かっていない方による無知と誤解に基づくAI論が2割、残り8割はAIと関係ない筆者の経験談だが、いまいち議論の焦点が見えにくい。

 

米軍も活用する「シミュレーションによる学習」

  • ロールプレイングやケーススタディバーチャルリアリティの戦争ゲームなど、シミュレーションを行って経験の幅を広げることがこれまでも多く行われてきた。新たな能力をより効率的・効果的に「加速学習」することができるからだ。米軍では実際に、コンピュータゲームをはじめとしたさまざまなシミュレーションを用いて、兵士の訓練も実施している。 メリットは大きく3つだ。
  • レセプター(受容体)を効率的に育成できる。
    • レセプターとは、その人の持っている基本的な考え方や知識、それに過去の経験を反映した神経構造をいう。レセプターがなければ、新しいメッセージや情報は脳の構造に取り込まれず、理解不能ないし意味不明のままになってしまう。無意識に自らに設置しているアンテナのようなものだ。
    • 辣腕経営者は長年のビジネス経験を通して、正確なパターン認識と効果的な意思決定をするためのレセプターを身に付けていく。 しかし、現実世界で行き当たりばったりで経験を積むよりも、現時点で欠落している特定の経験に焦点を絞って、集中的に訓練すれば、必要なレセプターを、より迅速かつ効率的につくることができる。ハーバード・ビジネス・スクールなどで、ケースメソッドという手法を取り入れているのも、そうした意図があるからだ。
  • 現実世界で体験するのが困難あるいは不可能な状況、危険な状況やまれにしか起こらない状況についても練習できる。
    • ジャンボ機が操縦不能になった状況でどう行動すべきかを学ぶときには、実際の状況を再現して訓練するのは危険すぎる。米軍がさまざまなシミュレーションを用いる理由の1つは、リアルでは再現しにくい状況での訓練ができることにある。こうした能力を育成するには、シミュレーションのほうが効果的だ。
  • 実際に悪い結果をもたらすことなしに、失敗から学ぶことができる。
    • ビジネスゲームで大赤字を出したり、戦闘ゲームで敵に狙撃されたりしても、実害はない。 成功するよりも、失敗したほうが、その経験は深く心に刻み付けられ、なぜそのような結果になったのかという振り返りや学習が進むものだ。シミュレーションであれば、安全に失敗を体験できる。
  • それぞれの組織や個人の目的を踏まえたレセプターを持った上で、たくさんの経験をどんどん積み重ねていく。そのスピードをAIやVR、ARといったデジタルの力を使って高めていけば、これまでにない速さで人の能力向上が実現できるはずだ。

 

標準化をテコにした戦い方

  • 日本企業には自前主義にこだわり、高性能な独自規格をつくり、それをブラックボックス化していくというアプローチがよく見られるが、これがイノベーションのスピードを低下させる要因だ。もちろん、日本でも標準化を狙う取り組みもあるが、その多くは自らの規格をデファクト・スタンダード (事実上の標準) にしていこうとするものだ。デファクトを取るとその後の事業運営が有利に進められると考えている。
  • 確かに、デファクトは有効だが、世界の標準化をめぐる戦い方はそれだけではない。特に欧州では、標準化団体などの公的機関によって規定されるデジュール・スタンダードという標準が主流だ。こうした標準化をうまく使うことができれば、標準に乗り遅れることがないばかりか、リソースが捻出できる。そして、空いたリソースは圧倒的な強みをもつモジュールの構築や活用に使える。
  • また、標準化団体での議論を通じてイノベーションを生んでいく仲間の輪を広げることもできる。デジュールにおける標準化とは限りなくオープンな議論で生み出す、オープンなモジュール、プラットフォームを意味するのだ。
  • たとえば、ドイツの中小企業で計測制御用コントローラを手がけるベッコフオートメーションは、デジュールの議論を主導しつつ、デジュール化した規格を使った制御装置を開発・販売するというオープン戦略をとっている。どんな装置にもすぐにつなげるというオープンさを評価する企業での採用が進み、市場でのプレゼンスを上げている。
  • 実際に、同社が開発した工場の生産設備をつなぐフィールドネットワーク規格「イーサキャット」は、トヨタに採用され大きな反響を呼んだ。自社や系列内にある装置を相互につなぐという大きな目的を、オープンなありものの規格を活用して、なるべく早く実現する。こんなことを考えたのではないだろうか。そして、これはもちろん新たな価値の創出により多くの時間が使えるようになることを意味する。
  • 「標準を握られることがまずい」ではなく、「これで標準の部分をつくるのに時間を使わなくていい。標準を使って生み出す新たな価値に時間が割ける」というマインドセットが必要なのだ。

後発企業でも参入可能

  • 標準化には必ず更新のタイミングが訪れる。後発でもそれを見据えてはるかに性能を高めた要素技術を開発し、そのタイミングで投入すれば、標準化においても存在感を発揮できる可能性がある。というのは、すでに活用している一定のルールを守りながら、大きな性能向上が果たせる場合、大多数の参加企業にはその合理性がすぐにわかり、支持をとりつけることができるはずだからである。