プロフェッショナルコンサルティング

  •  国際化で成功するためには、普遍化を追求するのではなく、逆に独自性=ウェイを大事にする必要があるということですね。
  • 冨山 それがないところはグローバル化で揺らぐ。 逆に無色透明になろうとして、ウェイを失う。ビジョンって、まさにこの議論なんですよね。ここを本当に普遍化できるかどうかが問われる。意外と日本人って、自己同一性を喪失するんじゃないかという恐怖感を持っているんです。でも実際には、やってみると、意外とそのまんまで良かったりする。日本はしたたかです。 仏教だって日本独特のものにしちゃうわけで。みんな独特にしちゃうんで大丈夫なんですよ。なのに、なんか妙に怖がる人たちがいて、グローバル化だから世界に合わせよう、欧米に合わせよう、 アジアに合わせようって、会社を無色透明にしようとすると間違えるんです。普遍化は無色透明になることじゃない。 固有で、癖のあるもののほうが通用したりするんです。

 

  • 冨山 欧米のプロフェッショナルマネジメントは、一つの職種層ですから。コンサルタントも、その社会階層とかなり重複している。欧米は日本と比べて圧倒的に、桁違いにその階層の厚みがありますね。だからIBMを建て直したガースナーのような人も出てくる。そういう土壌がある。
  • 波頭 企業の経営者も、本当の意味のコンサルタントも、かなり専門性の高いプロフェッショナル職種です。MBA的な知識はもちろん必要ですが、それは必要とされる資質や能力のごく一部に過ぎません。MBAで優等生だった人がそのまま経営ができるのだったら、卒業した途端にCEOになっても会社はうまくいくはず。もちろんそんなことはあり得ない。その意味では、日本ではコンサルタントも経営者も極めて高度な知識とスキルが必要とされるプロフェッショナルな仕事だという認識が弱いのかもしれませんね。
  • 冨山 やっぱり会社というものや、経営というものがちゃんと理解されていないんですよ。グローバル化が進む中で、経営上の意思決定や経営者の役割がますます重くなっているのに。

 

3000万円稼げる人が1000万円で満足すれば国は滅びる

  • 波頭 今の日本社会の現状を見ると、社会の仕組みとしてのインセンティブ設計が全然ダメですよね。だから、優秀な人とか、志の高い人が外へ出てしまう。だから、日本経済の競争力が伸びない。GDPが増えない。そうすると、国は支えられなくなる。これはもう政府の社会設計のミスでしょう。 優秀な人が国内で働くほうが、より有利になるインセンティブ設計をしなければいけない。
  • でも、そもそも総体として若い人は外国の若い層と比べて努力の総量においても負けています。たまに例外的に頑張っている人がいても、そのうちに外へ出ていってしまう。なんだか日本の将来は寂しい感じです。
  • 冨山 ちょっとつらいですね。いわゆるロストジェネレーションから下の世代は相当つらい未来になりかねない。 基本的に生産性が高いとは思えないんです。 基礎的な訓練も受けていないし、人間として鍛えられるチャンスもなかった。 知価社会、インテリジェンスが重要な社会だと言っているんですから、ヒューマンキャピタリスト的な意味の知識を持っている人たちを増やして、どういうふうに社会を再構築するかを国が考えないといけなかった。
  • それを考えていくと、やっぱりある種のエリート主義って、どうしても必要なんです。 いい意味で。だから、こういう時代になると、エリートをある意味では重視して、尊重もするけど、とにかく使い尽くすんです。 国家として。その両方の側面を持っていないと、 やっぱりダメなんですよ。 エリートというのは甘やかしてもダメだから。
  • 本来、インテリエリート的な潜在力を持っている人間が、この国では「自分は体育会でバカで~す」って言っていたほうが生きやすい。それが日本でしょう。 これでは危ない。
  • 波頭 自分の全能力をフルに発揮して頑張れば3000万円稼げる人が、周りと調和しながら楽に1000万円稼げるような状況ですよね。 本人はそれでいいやと思っている。
  • 冨山 そうそう。
  • 波頭そうではなくて、ちゃんと3000万円稼がせて、それで本人に2000万円渡して。
  • 冨山 1000万、税金払わせて。
  • 波頭 その1000万円を社会的弱者、あるいは社会インフラのために使うという発想をしたとしたら、それこそが稀少資源の有効活用でしょう。ところが、その有効活用のための仕組みが、社会のインセンティブシステムとしてできていない。
  • 冨山首を引っ込めて、1000万円でやっているほうが社会的に楽チンで、 安全で、おいしいですから。1000万円程度の仕事で流しておいたほうがそこそこ偉くなれたりする。フルに3000万円モードで頑張っちゃうと、うるさい奴になりかねない(笑)。それはみんな人間、バカじゃないから、仕組みの中では適応しますから。それこそ役人には、そんなのが多いんじゃないですか。
  • 波頭でも企業のほうは、最近変わってきていますよね。
  • 冨山 3000万円モードに切り換えようとしてきていますね。でも、マスメディアの一部にはいまだに「3000万円はけしからん」という空気が支配的です。1000万円に押し下げるほうが社会は平等になると思っている。でも、それでは平等にならない。一緒に沈んでいくだけなんです。
  • 波頭 3000万円の人が出るということは、それまで1000万円だった人が600万とか400万にかもしれない、ということです。だけど、国家全体で生み出せるパイは、むしろ広がるはずなので、その分の補填は国が再分配機能を利かせて保障を厚くすればいいわけです。真面目にネジを締めていればよかった70年代までの仕事だったら、突出した人間が調和を乱すよりは、みんなで横並びに頑張らせるのが合理的だった。でも、今みたいにインテリジェンス・インテンシブ(知識集約的)な産業がパイを稼ぐ時代になると、やっぱり突出した人間がいかに活躍するかで生み出されるパイの大きさが左右されるわけです。だから、そこにフォーカスしたマネジメントにシフトしないと日本は企業も社会も持たない。
  • 冨山 企業や経営は気づいているんですよ。
  • 波頭 政治が気づいてないんですよね。ポピュリズム主導の弱者主権、かつてのやり方の下での既得権者主権になっている。
  • 冨山 繰り返しますが、弱者主権でやればやるほど、弱者はますますひどくなるんです。得てして、善意でなされたはずのことが悪徳になるという、まさにマキャベリの指摘どおりになるんですよ。そういうものなんです。 弱者の論理だけでキレイごとの政策を繰り出すと、弱者はますます貧困に陥るんです。 社会主義の失敗に代表されるように、それは歴史で繰り返されてきた明確な結論です。でも、さはさりながら、それはウケる。 メディアだって、自分の視聴者や購読者が見たい現実を見せようとしますからね。
  • ただ問題は、時の指導者や、時のリーダーは、あるいはエリート階層というのは、そこに流されてはいけないということです。そうやって流された国は滅ぶんです。 だから社会全体として、とりわけエリート層、リーダー層に、ある種の知的良心を持っている社会的な塊や、厚みというものを、やっぱりもう1回、この国は再構築してかないといけないんです。そうでないと、ものすごく流される国になっていく。それは本当の危機です。
  • そしてこれは経営も同じことで、会社からそうした知的良心が失われてしまうと、それは目の前にあることにやっぱり流されるから、日本航空カネボウみたいになってしまう。

 

コンサルティングファームでも9割はオペレーショナルな仕事

  • 波頭 まず、俗に言う戦略系コンサルティングというものが、もはやなかなか成立しなくなっているということは知っておくべきでしょうね。トップマネジメントに対して、「戦略そのもの」を提供するというタイプのコンサルティングは極めて少なくなった。単なる戦略プランだけでは 「そんなことはわかっている。どうやったら、それができるのかを考えなきゃいけないんだ」とか言われてしまったりする。 エグゼキューションがストラテジーを規定する時代になったら、どうやってエグゼキューション・ケーパビリティを拡大させるか、という極めて実行寄りのところが戦略を決める。 昔みたいに「戦略とはこうです」って言って、ビ
    ユーティフルでファンシーな"(笑) プレゼンテーション一発みたいなものはなくなっている。
  • 冨山 それはないですね、もう本当に(笑)。
  • 波頭 そういう意味では、純粋な戦略系というコンサルティングファームというのは、もう半分幻想かもしれない。マッキンゼーでも、今はもう仕事の大半はオペレーショナルな仕事だと聞いています。 そうじゃないと、何百人単位のコンサルタントは食わせられない。

 

  • 冨山 ファンドの世界って教科書があるんですよ。たとえば「わかりやすいビジネスをやったほうがいい」とかね。だから小売業とか外食産業、大好きでしょ。だって、それは一見わかりやすそうだから(笑)。有名な投資家とかが、そういう教科書を書いたわけです。 「自分のわからないことは手を出さない」とか。それで小売業やるんだけど、実は小売業って、戦略変数メッチャメチャ少ないんです。 そんな簡単に劇的に良くなりもしない。極めて難しい業界なんです、実は。
  • あと、小売業の経営モデル自体は、基本的にシンプルなんです。特に日本の小売業や外食産業の組織は、「天才と、残り全員は強力な実行部隊(兵隊)」というモデルが少なくない。ところがこの組み合わせの実現が、きれいな戦略を描くことよりもはるかに難しい。 逆に、その天才抜きだと単なる兵隊の集まりに過ぎなくなってしまう。そこにファンドが来たってね、どうにもならないんです。
  • 波頭 冨山さんのカネボウ再生では、有名な話がありますね。現場の最前線の美容部員こそが、最大の資産だと気づいて、ここを徹底的にフォローされたでしょう。強い小売りって、現場の1人ひとりをどれだけ筋肉質にするかが戦略のコアですね。
  • 冨山 それで8割、9割、勝負は決まっちゃいます。

 

  • 冨山 理屈の上ではいろいろできるんですよ。でも、デューデリでは 「おいおい」というものが上がってきたりする。 本当のデューデリの”肝”は、そこにあるのに。「この業界はこうで、ここに成長しろがある」なんてことをレポートされたところで、「それがどうしたの?」という話で。「だったら、みんなもうやってるよ」ということなんです。
  • でも、得てして最終的には、それを発注する側の能力にも仕事は規定されるわけです。 逆に、発注する側の人間が、相当にそのビジネスをジャッジメントする能力があるのなら、当然そのデューデリでは、見たいのは“肝" の部分になるわけですね。
  • 別に、 よくある調査的なことはいいわけです。 調べてもらったほうがいいんだけど、だからと言って「So What?」 「So What?」を繰り返せば、もっと本質的な問題に間違いなく行き着くわけです。でも、その本質的な問題に着目できるかどうかは、発注者側の能力に規定されちゃう。 ここが大きな落とし穴ですよね。 何が求められているかです。
  • 言葉は恐縮ですけど、発注者側が少年少女探偵団に過ぎない場合は、経営者や経営の真髄という観点からの仕事はできないんです。 少年少女探偵団が少年少女探偵団的なことをコンサルタントに依頼しちゃう。そうすると、少年少女探偵団レポートが出てくることになるわけです。こんなに分厚い(笑)。

 

  • 冨山だって、事業会社が発注したら、それこそプロ中のプロなんですから。たとえばコマツが建機の問題でコンサルティングファームに事業デューデリを発注することもありうるわけですよね。そこで少年少女探偵団レポートが上がってきても価値はない。 玄人が頼んでいるのだから。
  • 航空会社の案件でLCC(格安航空会社)について聞いたら、 「LCCというものはこう
    いうもので、こういうふうにできます」っていうレポートが出てくるわけです。 いや、理屈の上ではできるんですよ。でも、それは理屈の話なんです。 発注者の顔や、日本の航空行政の現実を浮かべて、本当にできるのかを考えないと。
  • 波頭 現実の会社組織や社員の実態を踏まえるとあり得ないようなことを、戦略的ブレークスルーとか言って平気で出したりする(笑)。
  • 冨山 そこが大事じゃないですか。 「LCCは理屈の上ではできるけど、この航空会社の人間を使ったら絶対できません」というのが正しいレポートなんです。でも、そういうレポートにはならない。そうしないと、仕事にならないと思っている。適当なレポートを書いておけば、とりあえずそこで仕事は貰えるから。
  • 波頭 最近の案件は実効性のあるソリューションが難し過ぎて、荒唐無稽か安易なものかになってしまいがちなのでしょう。
  • 冨山 これは反省点もあるんです。いわゆる事業デューデリは、ある意味、産業再生機構が持ち込んだコンセプトに近いから。日本においては。でも、その事業デューデリの中身が多くの場合、極めてお粗末になってしまっている。あれはコンサルティングファームを堕落させたと僕は思う。昔の「What is Japan?」に近いぐらいの楽な仕事で稼げるようにしてしまった。だって多くの場合、相手は素人だから。 その甘さから、スポイルされてしまった。
  • 波頭私が頼まれたケースでも「これはうまくいかない」というレポートは、アクセプトされないことがありました。 どうしても理解してもらえなくて、私はその段階でそのケースから下りちゃったんですけど、後から別のコンサルティングファームが受けてGOのレポートを出したと聞きました。一応自分の名誉のために言っておくと、その事業は結果的にはうまくいかないで潰れたようです。いずれにせよデューデリって、M&Aのための形式的な通過儀礼のようになってしまっている観がありますね。
  • 冨山 多いですよ。特にファンドは、投資委員会を通すための材料として、事業デューデリのレポートを欲しいですからね。
  • 財務デューデリや法務デューデリはいいんですよ。問題点を発見するためのレポーティングだから。そこで問題があったら問題が把握できて、それをどう潰すかっていうのはテクニカルな話なので。あるいはバリュエーション(買収価格の値付け)の話だけなので。
  • ところが事業デューデリは、本質的にはイエス・ノー・クエスチョンなんです。 自分たちがこの会社を買収し、経営に関与して、バリューを上げられるか上げられないかという判断をする。それはバリュエーションで調整できる問題じゃないんです。 あるいは契約書で、なんとかできる問題ではない。それはもうまったくもって、イエス・ノー・クエスチョンなんです。そこでノーだったらね、あとは何がよくてもやんないほうがいい、という話で。
  • 波頭そうですね。 デューデリに加えるなら、ターンアラウンド (事業再生) ストラテジーもそうでしょう。 これも絵空事のような事業計画が多い。 やれるもんならやってみろ、みたいな話ばっかりに走っている(笑)。私は事業デューデリの「Go or No Go」より、経験としてはターンアラウンド・ストラテジーの尻拭いみたいな仕事が多かったのですが、かなりお粗末なものが少なくなかった。
  • 冨山 ターンアラウンドもその手の話は多いですよ。ターンアラウンドで言うと、たとえばある会社があるチャネルを持っています、と。 販売チャネルがある。そうすると、少年少女探偵団的には「このチャネルをこう使えば、こういうものが売れるじゃないか」と考えるわけです。 ターンアラウンド・ストラテジーとして。
  • でもそれって、たとえばカネボウ化粧品の美容部員さんに、カネボウ化粧品の美容部員のままロレアルの化粧品を売ってもらえませんかっていう発想に近いわけです。理論的には売れるんですよ。でも美容部員さんたちは売りたくないでしょう。 だから、そんなものは売れないという結論になる。 経営上的には、やっぱりそう考えるのがリアリティなんです。
  • にもかかわらず、超絵空事を書いてきたりするでしょう。 それは、ダイムラーに軽自動車を作ってください、みたいな話なんですよ。そんな効率の悪いことするんだったら、最初から別の会社を作ったほうがいいわけだから。
  • そのあたりのビジネスリアリティとか経営のリアリティが、少年少女探偵団にはわからない。しかも頼んでいるファンドのほうも少年少女探偵団だから、経営観はなかったりする。でも事業会社の担い手は、とんでもなく厳しいですからね。本当に厳しい世界ですから。

 

コンサルティングファームが直面するリアリティ

  • 冨山本当に厳しい世界の事業会社が発注者になったら、本当の肝の意思決定や、 その肝で困っていることに対する解答やヒントが求められる。それは、MBAを出たての30代の若いコンサルタントが集まっても答えは出ない。 事業会社もそれはわかってきている。
  • だから、得てしてアリバイ作り系の仕事になっちゃうわけです。肝のヒントも欲しいけど、アリバイ作りの側面の仕事もたくさんあるのが現実です。だって、若い連中を鍛えようと思ったら、そういう役割も必要だから。ある意味で事業デューデリと同じなんだけど、やっぱり会社って、いろんな意思決定を、いろんな事情でしなければいけない背景があるから、アリバイ作りのための仕事というのは、やっぱりそれなりにあるんです。だから、そこはどうしても経営者はせざるを得ない。
  • ファンドだって結局、アリバイ作りで事業デューデリレポートをやっておかないと、あとで突っ込まれると困るということなんだから。でも、それだけやっていたら、コンサルタントとしては、まず成長できないですからね。 将来、大変になりますから。
  • 波頭 ビジネスとしてコンサルティングをやっているファームの経営的観点からすると、20代、30代の若いコンサルタントでやれるレポート作り代行みたいな仕事のほうが取りやすいし大量にある。だから、たとえば100人食わせようと思ったら、そういう仕事を大量にやらざるを得ない。一方、経営企画室やトップと一緒に悩んで考えて、的確なソリューションを生み出すことができる優秀なコンサルタントを育てようと思ったら、10人中1人、しかも100年も15年もかかってやっと育つわけです。
  • それまで、ずっと投資をし続けるわけにはいかないから、やっぱり稼げるところで稼ごうとして、アリバイ作りのレポート作りをしてしまうのでしょう。 本屋で売っている本を集めてきてまとめ直すだけみたいな、そういう仕事をやってしまう。そうしているうちに、どんどんどんどん、やっているコンサルティングの性質がそっちへシフトしていっちゃったんですよね。
  • そうすると、実効性があり、かつ抽象度の高い戦略性の核心とか、戦略施策の中での優先順位の判断の重さとかが、見えなくなっていく。その重さをわかろうと思ったら、机に座って資料を見ながらレポートを書くだけでは決してやれない。 仕入れのリアリティだったり、美容部員のリアリティだったり、あるいは、様々なトレードオフの関係とかを総合して判断しないと実効性のある答えは見えてこない。安易なレポート書き中心に仕事をしていると、そういう仕事ができなくなってしまいますね。

 

  • 冨山 僕はとにかくコンサルティングの世界のマーケットが大きくなっていくこと自体には、あまり批判的ではないんです。 いいと思う。とりあえずエントリーは増えるわけですし。プロフェッショナルな人生を送りたいっていう人で見ると、ひとつのエントプールであることは間違いないですから。
  • 波頭 なるほど。
  • 冨山 ただ、次に大事なことは、その中で、そういう今風のコンサルタント道を突き詰めるという道もあるけれど、そうじゃない道もあるということに気づいておいてほしいということですよね。本当に物事をわかって、もうちょっと本物とも言える世界で、自分なりの、 ある種の人生の自己証明をしたい人は、もっともっと前に出なくちゃいけない、ということ。たとえ10人に1人だったとしても、間違いなくいるし、ひとつ上のステップを目指せるわけだから。
  • 波頭 そのとおりだと思います。 クライアントからもよく聞きます。 コンサルタントには優秀な人が多い。でも、それだけ。 すばらしく優秀なコモディティーという印象なんです。”すごくよくできたカローラ"なんですよ。
  • 冨山 便利でかわいい頭のいい奴でいいか、ですよね。それは僕だって、プロジェクトを始めるときは、そういうコンサルタントと一緒に組みたいと思うもん(笑)。いろいろ決めるのはこっちなんだから。極めてやりやすいから。だから、とりあえず使える。シミュレーションとか数字とかで、前提条件をこっち入れてどうなるって、誰かにやらせなくちゃいけないんだから。それは自分で作る暇がないから。
  • だから、これは誰かが言っていましたけど、自分の計算機であったり、自分の目や耳の代わりになる人、波頭さんが時々、皮肉を込めて使われる言葉をお借りすると「文房具」はあったほうがいいし、それは優秀だったほうがいい。
  • でも本物のコンサルタントを目指すには、相当な覚悟をしてもらわないといけないということです。 文房具じゃ終わらないぞ、という覚悟を持たないといけない。

 

  • 経験はすごく大事です。たとえばさっきの冨山さんや私の話でもありましたが、経営者としてもコンサルタントとしても、臨床例の蓄積、経験の蓄積という経験がすごく大事です。
  • だけど、ただ馬齢を重ねているだけでは経験にはならないわけです。本来は同じ仕事をやるにしても、本来は経験が長いほうが有利なはずでしょう。 10年選手と20年選手だったら、同じ素質を持って同じように頑張っていれば、経験が長い人のほうが優秀で有能なはずなんですよ。でも現実はそうはなっていない。優秀で有能な若手の頭を優秀じゃない年長者が抑えている。これによって若手がモチベーションダウンしたり、若手人材の成長が阻害されたりするという意味でも問題ですし、優秀じゃない年長者が重要なポジションに就いているわけですから、会社全体のパフォーマンスも落ちてしまう。 実力主義の配置ができていたら勝てたはずの競争で負けてしまうことになり、それが元で事業が赤字になったり、会社が潰れたりしてしまうわけです。
  • だから、とにかく優秀で有能な人が育ち、活躍して、会社のパフォーマンスを最大化するためには、これからは有能な人をちゃんと配置することが絶対不可欠。そうなれば年功序列は組織風土としても結果としては徐々に崩れていって、優秀・有能な若手のモチベーションも上がり、成長のスピードも速くなり、企業全体のケイパビリティは持続的に強化されていく。
  • 今の日本企業でいろんな合理的な意思決定がなされない、あるいは組織の生産性が上がらないのって、年功序列の弊害がすごく大きいと思う。だから年功序列を実質的にきちん と解体すれば、8割から9割の問題って解決すると思っています。
  • 冨山 同感ですね。 これをコンサルタントはもっと言わなきゃいけないですね。 しかも、それをやったほうが終身制は守れるんですよ、きっと。
  • 波頭 私もそう思います。
  • 冨山 逆に年功制を守ろうとすると終身雇用は崩壊する。 年功序列が残って、終身雇用が壊れる。意外にそうなってしまう場合は多いんですよ。 上の世代の既得権に切り込めず、年功的要素が残ってしまい、終身雇用の方が危うくなっているところがありますよね。組織内の人たちのリアリティとしては、年功序列のほうに結構、しがみつくんです。 年功序列で権力を持っている上の世代が自分たちの年功特権と終身雇用だけを守って、若い世代については、終身雇用を事実上放棄してしまうパターンです。
  • 波頭 職務給ベースで仕事と組織が構成されている米国と日本を比べると違いが明確です。米国では、年齢と賃金が正相関しているのって、30歳ぐらいまでです。
  • 冨山 そのぐらいまでですね。
  • 波頭 職能ベースで仕事をする欧州でも年齢と賃金が相関しているのは40歳ぐらいまで。州はマイスター文化があって、米国と比べたら年功的な要素が残っているのですが、そんな欧州企業ですら、40歳くらいまでしか給料は上がっていかない。
  • 冨山 給料の上昇は止まっちゃいますね。
  • 波頭 日本だけですよ、50代半ばまで年功によって上がるのは。35歳ぐらいまではある程度、経験年数とともに報酬が上がっていくのにも一定の必然性と合理性があるけれども、そこから上は、やっぱり年功制を崩してかなきゃいけない。
  • 富山 昔は「10年選手」ってよく言ったもんですよね。要するに10年ぐらいから差が付き始めるんですよ。 もっと伸びる人と下がっちゃう人に、やっぱりばらつく。
  • 誰かも言っていたんですけど、お酒もそうらしいんです。 ウイスキーも10年まではね、熟成するんだそうで、ほぼ全部。で、そこから先は、ものによってばらつくそうで。
  • 波頭 それは面白い。
  • 富山 だから、たぶん10年ぐらいですよ、年功が意味を持っているのは。
  • 波頭だから、そこから先の年功序列を崩すことには大きな合理性がある。人材とポジションのマッチングに関しても、企業風土に関しても、計り知れないくらい大きなメリットがある。
  • 富山 特にマネジメントにかかわっていく人間に関しては、もう35歳を過ぎたら、伊達に年くってりゃいいってもんじゃないと認めるべきです。マネジメントとして真剣勝負で生きていくなら、覚悟を決めるという本人の姿勢と、そういう関係を鍛え上げないといけない。
  • 波頭 現在の企業経営は、トップはもちろんマネジャーの仕事も昔よりずいぶん難しいですからね。さっき冨山さんが言われたように、その司、司に、経営者的な感覚を持ったリーダが座っているかどうかで企業全体の競争力が全然違ってくるのが今の会社組織。 

 

つかさ
【司・官】
1.
役所。官庁。
2.
役目。官職。務め。