デジタル円 日銀が暗号通貨を発行する日

集中型と分散型の選択

  • 民間業者が発行するか中央銀行が発行するかにかかわらず、デジタル通貨に関する文献では、集中型と分散型の選択が主要な論点となっている。例えば、いわゆる「マネーフラワー」による通貨の整理を提唱した Bech 氏と Garratt 氏の共著論文でも、両者の選択を主なメルクマールの一つとしている。
  • 集中型は、現在の中央銀行当座預金の運営システムや民間の銀行間決済システムのように、支払や決済に関する情報を1カ所に集約して集中的に決済を行うものを指し、実務家にとって容易にイメージしうる方法である。これに対し分散型は、「暗号資産」の多くが採用したブロックチェーンの技術などによって、支払や決済をネットワーク内の不特定の場所ないし分散した形で行う方法である。
  • 支払や決済の手段がデジタル通貨であるかどうかにかかわらず、両者の間には明確な違いがある。つまり、集中型の場合には決済機関が必要であるが、分散型の場合には決済を認証するルールがあれば良いという点である。
  • 集中型の場合には、決済機関に何らかのトラブルが生じたり、外部からの攻撃を受けたりした場合には、支払や決済が広範囲にわたって影響を受けることになる。それだけに、決済機関に対するセキュリティや頑健性の要求度合いは高く、結果として導入や運営のコストも大きくなる。主要国の銀行間決済システムが民間金融機関による共同出資の形で運営されている理由も、支払や決済を集中して行うことの効率性の反面としてのコストの大きさにあると考えられる。
  • これに対して分散型の場合には、決済機関の導入や運営が不要であるために、運営コストは相対的に低位で、仮に支払や決済の一部に不正を含めて問題が生じても、金融システム全体としては支払や決済を継続できるよう設計することができる。
  • 「暗号資産」の中には、こうした決済のシステム全体としての効率性や頑健性をメリットとして強調するものも多く、その後に中央銀行を含む多様な主体が証券決済や不動産登記のためにブロックチェーン技術を体化したシステムを開発する際には、分散型のこうした優位性が追求されている。
  • もっとも、近年における「暗号資産」の実情をみると、分散型による決済に特有なコンセンサス形成や「分岐」の影響だけでなく、取扱業者におけるセキュリティの不備などによって、特定の支払や決済に生じた問題によって、広範囲にわたる支払や決済が実質的に困難になる局面も散見される。つまり、少なくとも現時点では、集中型と分散型のセキュリティや頑健性に関する相対的な優位性は、実際には当初に主張されていたほど単純というわけではなかった。
  • 両者の選択を中央銀行デジタル通貨の決済に即してみると、集中型は口座形態による支払や決済、分散型はウォレット形態による支払や決済と、各々関連付けられて議論されることが多い。
  • 口座形態での支払や決済は、現在の中央銀行当座預金や民間銀行預金による支払や決済と基本的に同じであり、家計や企業にとってもイメージしやすい。ウォレット形態での支払や決済も、小口の支払や決済に関する最近のイノベーション の下では容易にイメージしうるようになっている。例えば、スマートフォン の支払アプリを使用する際に、銀行券によって「チャージ」するのでなく、中央銀行デジタル通貨によって「チャージ」することを考えればよい。
  • 中央銀行デジタル通貨の支払や決済を念頭に両者を比較する場合、口座形態の優位性を主張することは比較的容易である。なぜなら、支払や決済に関する現在の技術を応用しうる面が大きいほか、個人情報や取引情報の適切な管理や本人確認の仕組みについても、中央銀行デジタル通貨の受払いを担う民間金融機関に引続き実務を委ねることができれば、現在の枠組みを援用しやすいとみられるからである。
  • 同様に、デジタル通貨の発行者である中央銀行がシステムを適切に管理できれば、外部からの不正なアクセスやデジタル通貨の不正使用、デジタル通貨の「偽造」といった問題を有効に防ぐことも可能になる。これら全体を通じて、新たに中央銀行デジタル通貨を発行するのに要するコストや事務負担を軽減できれば、中央銀行デジタル通貨を用いた支払や決済への円滑な移行を実現する上で大きな利点となりうる。
  • 一方でウォレット形態にもメリットは存在する。なかでも、民間主導で進行している金融サービスに関するイノベーションとの親和性が高い点には魅力がある。例えば、中央銀行デジタル通貨を用いて支払や決済を行うためのアプリを、民間業者が提供する広範な金融サービスのためのアプリに組み込むことができれば、ユーザーの利便性が向上するだけでなく、中央銀行デジタル通貨の利便性を強化できる。
  • この結果、中央銀行デジタル通貨の通用力が短期間で上昇するとともに、民間業者がそれをインフラとして活用する多様な金融サービスを開発するインセンティブが高まることで、支払や決済に関するイノベーションが促進されるという好循環も期待される。特に主要国の場合、民間業者がスマートフォンのような分散型端末を用いた金融サービスのイノベーションを進めているだけに、ウォレット形態の採用は、逆にそうした民間サービスをインフラとして活用しつつ、中央銀行デジタル通貨を早期に浸透させることに繋がる面もある。