ノーベル賞受賞者との対話

 科学者にはどうしたらなれるのでしょうか?

白川:まず、とにかく科学が好きで好きでたまらないと、それが一番の条件だと思います。・・・理科だけではなくて社会も国語も英語も、色々なことを勉強する、それが一番大切なことだと思います。

例えば英語で書いているその英語の細かい文法のことを指摘するということ、本質的な問題ではないところを細かく指摘をする傾向がある。それに対して、アメリカあるいはヨーロッパでは、本質をきちんと指摘してくるということで厳しさがある。

嫌なことをやっているわけではなくて、好きで研究をやったわけですから、基本的にはそんなにつらいと思ったり、嫌だと思ったりしたことはないのです。でも、思うようにならないということはしょっちゅうありますから、その時には気分を変えるために、山登りが好きだったから一週間ぐらい山へ行ってしまう。・・・要するに、そこからちょっと遠ざかってしまう。意識的に遠ざかってしまう。そうすると、また色々なアイデアが思い浮かぶますので、それでまたやろうという気持ちになります。そういうことで嫌になったり、つらかったりすることを乗り切ることができました。

「我が人生、私は何をなすべきか」といういわば究極的な自問です。答えは用意ではありませんが、・・・自分で答えを出す努力をしてください。やはり、一番の問題は、コーリング、つまり自分に最も適した仕事をどのように見つけるか、ということです。

ニュートンはこう答えるわけです。「私は他の誰よりも遠くのほうを見ることができたとするならば、それはなんとしても背の高い巨人の方の上に乗ったからだ(If J have been able to see further than others, it was because I stood on the shoulder of Giants.)」 これは非常に意味の深い言葉です。ジャイアンツの上に乗っかるということは、ジャイアンツのやったことを全部マスターしなくてはいけないわけですね

ノーベル賞は偶然と必然の組み合わせだと言いましたが、日本人の中に本当に限界に挑戦するような研究者が少ないということではないでしょうか。

自分が本当にやりたいことをやっている時には、疲れを感じない。もしやっているうちに疲れちゃった、もう嫌になっちゃったというのは、そのやっていることをほんとうに自分がやりたいことなのかどうかということを、もう一度検討して見直す必用があるのじゃないかと思います。本当にやりたいと思っていることだったら、嫌になるということはない。疲れちゃってもう嫌だというようなこともない。ただし、困難に出会うことはありますよ。じゃあ、困難に出会った時にどうするか。・・・もう、とことん考えます。どうしたらこの困難を乗り越えられるか。

1956年、アメリカのシアトルで国際物理学会が会った。そのころ、戦争以後途絶えていたアメリカとソ連の学問の交流が初めて再開されて、ソ連から学者が何人か来ました。その中でボゴリューボフという学者がいて、この人は論文で見る限り、ボゴリューボフ変換という変換を発明して、素晴らしい業績を上げた人なのです。ところが実際にやってきたボゴリューボフは、なんともひどい英語で、英語とはいえないような英語だった。それでも集まってきていたアメリカやイギリスの物理学者は食い入る様に聞き入っていて、そのわけの分からないボゴリューボフの英語と称する演説が終わった後、わ~っと黒板のところへ駆け寄って、通訳を挟んでいろいろな質問を浴びせかけた。だから、結局は、言葉とか顔色とか、そういうことじゃなくて、一体どれだけ中身のあることを持っているか、そういうことだと思うのです。また、そういうことが重要視されるような世界になってほしい、と私は思っているわけです。

 

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