ピクサー

  • 「でも、ピクサーはバンドや俳優と違います。会社です。アニメーション部門にこれから千人採用しても、この契約では、その全員がディズニーの仕事しかしてはならないことになってしまいます。こんなふうに会社全体を縛る契約、ありなんですか?」
  • 「おっしゃりたいことはわかりますよ。でも、ディズニーの立場で考えてみてください。映画を制作した経験のないピクサーと契約するわけです。しかも、実績のない種類のアニメーションですし、監督も無名で実績がありません。かなり危険な賭けだと言えます。ディズニーの資金で制作する映画に集中してもらわないと困るんですよ」
  • つまり、制作資金は全額ディズニー持ちという契約を結べただけで実績のないピクサーにとっては幸運だ、ディズニーにリスクを取ってもらう対価として独占条項は致し方ないということらしい。
  • どういう理由で決まったものであれ、これらの条件は悲惨である。1991年から2004年まで続くであろうこの契約により、ディズニー以外の映画、テレビ、ビデオの仕事がいっさいできなくなってしまった、打診することも考えることもできなくなってしまったのだから。制作に4年の歳月がかかることを考えると、新しい契約で4作目が生まれる可能性があるのは2008年、13年後になってしまう。これほど長い時間、手足を縛られるとは……あぜんとするしかなかった。

 

  • ポートフォリオ事業のようなものだと考えるのがいいでしょう。毎年、たくさんの映画を低予算、中予算、高予算に分けて制作予算を用意します。マーケティングについても同じで、映画ごとに予算を用意します。そして、ヒット作で失敗作の穴埋めができることを祈りながら映画を公開するのです」
  • 「予算枠ごとに何本作るのですか」スティーブが尋ねた。
  • 「いろいろですね。何本がいいということは特にありません。6本と少ないこともありますし、15本から20本と多いこともあります。年によっても違いますし、スタジオによっても違います。資金などの要因によっても違います」
  • 「ヒット作を見分ける方法はありますか?」
  • 「ありません。見分けられればいいのですが、実際には無理です。ヒットは予想が難しくて。大スターを起用すれば滑り出しはよくなりますが、それが最終的な成績につながるとはかぎりません」
  • 「つまり、クリエイティブな戦略であると同時に財務戦略でもあると考えるべきなのでしょうか」こちらは私の質問だ。
  • 「おっしゃるとおりです。もちろん、できるかぎりいい映画を作ろうとはしていますが、大事なのはいい組み合わせにすることです」
  • 「映画の製作というのは、事業としてそれほどいいものではありません。新作で成功するのは大変です。価値があるのは、むしろライブラリーのほうですよ」
  • 「大手スタジオというのは、基本的に、資本の提供と配給が仕事なんだな。いま作っているものをすごくいい製品に仕上げようとは別に考えないんだ。ビジネスモデルがまったく違うということか」と言うスティーブの話を私が引き取る。
  • 「そこそこの興行成績だった映画も、ライブラリーで長年にわたって価値を持つ可能性がある、と。すぐ時代遅れになるテクノロジー製品とは真逆ですね。ということは、実写映画に参入するなら、本腰を入れる必要があります。毎年、ヒット作を夢見て何本も映画を公開し、ライブラリーを構築しなければならないのですから」

 

  • ハリウッドのイメージから、世の中のトレンドを先取りするクリエイティブで魅力的な世界を想像していたのに、現実は、ハイテク会社よりずっと現状維持に汲々としていた、変化を恐れていたのだ。どこに行っても、畏怖と力による政治ばかりに思える。映画会社は、アーティストも映画もテレビ番組も音楽も、なんでもとにかく支配下に置きたがる。縛って言うことを聞かせようとするのだ。1991年にピクサーがディズニーと結んだ契約がいい例である。
  • ハリウッドといえば創造性というくらいなのに、現実はまったく違う。これには驚いた。映画会社が大きなリスクを取ったりイノベーションを起こしたりするのは難しい。リスクを取るより、二匹目のドジョウで安全確実な道を選ぶのだ。つまり、エンターテイメント会社としてピクサーが身を立てるには、イノベーションを抑えるハリウッド流に染まらないようにしなければならないということだ。アットホームな文化を捨て、管理と名声の文化に染まれば、いま、ピクサーを支えているはつらつとした活力が失われてしまう。ポイントリッチモンドなんてへき地に会社を置いてどうするんだと不満に思っていたが、それは大まちがいだったのかもしれない。逆にいい選択で、独自の道を歩きやすいのかもしれない。