ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望

ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望

ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望

 
  • 今日の世界はテクノロジーのおかげで繁栄しているように見えるが、彼によればそれはまやかしだ。いまや米国は、1960年代のアポロ月面着陸計画のような大きなビジョンを追うことも、イノベーションを推進することもやめてしまった。iPhoneに使われているテクノロジーは、アポロ計画のそれに匹敵します。でもその使いみちは?怒った鳥をブタに投げつけるスマートフォン用ゲーム (「アングリーバード」のこと)です。もしくは飼いネコの動画を全世界に見せびらかすためです」
  • ティールによれば、現代世界の深刻な停滞を打ち破るのはイノベーションとテクノロジーだ。彼はテクノロジーが果たすべき社会的責任にくりかえし言及している。いわく、テクノロジーは人間に奉仕し、世界を改善するために役立てなければならない。シリコンバレーイノベーションと進歩の中心地であるかもしれない。だが、まだすべきことは山ほどある。
  • シリコンバレー」という語を使いはじめたのはジャーナリストのドン・ヘフラーで、この単語はエレクトロニクス専門雑誌エレクトロニック・ニュースの半導体産業に関する1971年1月11日の記事に、はじめて登場する。すでにアップル、フェアチャイルド・セミコンダクターヒューレット・パッカードインテルといった数多くのテクノロジー企業が、サンフランシスコとサンノゼの間にあるこの谷に本拠地を置いていたが、爆発的な成長を遂げるエリアの総称として使われるようになったのはそれからだ。
  • いまでもティールにとって、ハーバードは誤った競争主義の象徴だ。2014年に彼がスタンフォード大学で担当したゲスト講義「競争は負け犬のもの」で、彼はハーバード・ビジネススクールを徹底的にこきおろしている。「あそこの学生たちはアスペルガー症候群の対極にあります。やけに外交的で、自分の考えというものを持っていない。2年間もこういう連中と一緒にいると、群衆本能ばかりが発達し、誤った決断を下すようになってしまいます
  • ウェブブラウザの考案者で、しばしばティールとともに投資家として名を連ねるマーク・アンドリーセンは、「大学で学ぶ価値があるのは数学系の学問だけで、哲学のような人文系を専攻しても靴屋になるのが関の山です」とまで言っている。
  • ティールの世界観と、ビジネスや投資判断の流儀に決定的な影響を与えたのは、スタンフォード大教授だった著名フランス人哲学者、ルネ・ジラールである。ティールはジラールの主著『世の初めから隠されていること』(法政大学出版局)を学部時代にはじめて読んだ。ジラール思想の核にあるのは模倣(ミメーシス)理論と競争だ。ジラールによれば、人間の行動は「模倣」に基づいている。人間には他人が欲しがるものを欲しがる傾向がある。したがって模倣は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む。
  • フォーチュン誌のインタビューで、ティールはジラールについて熱弁をふるい、私たち人間は模倣から逃れることはできないと指摘している。「模倣こそ、僕らが同じ学校、同じ仕事、同じ市場をめぐって争う理由なんです。経済学者たちは
    競争は利益を置き去りにすると言いますが、これは非常に重要な指摘です。ジラールはさらに、競争者は自分の本来の目標を犠牲にして、ライバルを打ち負かすことだけに夢中になってしまう傾向があると言っています。競争が激しいのは、相手の価値が高いからではありません。人間は何の意味もないものをめぐって必死に戦い、時間との闘いはさらに熾烈になるんです」
  • ティールはジラールの知見から、すぐれた起業家・投資家の本質を学んだようだ。「人は完全に模倣から逃れることはできはせん。でも細やかな神経があれば、それだけでその他大勢の人間を大きくリードできます」とティールは語っている。
  • 約25年後の2014年、ティールは自分の「模範的」な学歴をあしざまに語っている。「もっとも才能に恵まれている若者たちがみな同じエリート大学に入って、みな数少ない専門分野のいずれかを学び、数少ない人生コースの選択肢を選ぶとしたら、社会のためにいいとは思えないですね。人生で何をすべきかという問いを考えるとき、それじゃあまりに視野がせますぎます。社会にとっても、学生にとってもいいはずがありません。これは、スタンフォードロースクールで過ごした僕自身の年月にもそっくり当てはまります。また僕が同じ立場になったら、そのときは、なぜそうするのか自分に問うでしょうね。いい成績をとって、世間に認められたいだけなのか?弁護士になりたいと真剣に考えているのか?この問いにはたぶん正しい答えとまちがった答えがあります。いまふりかえると、20代のはじめに僕は誤った答えに執着しすぎてしまったんです」
  • シリコンバレーアイデンティティーの危機におちいっていた。マウスやグラフィカルなデスクトップといったアイディアを盛り込んだPCのイノベーションを推し進めたのはアップルだったが、もうかったのは東海岸剽窃者だったからだ。マイクロソフトゲイツは、他社のイノベーションを臆面もなくコピーし、その独占的立ち位置を利用して市場に入り込み、途方もない利益を上げたために、シリコンバレーでは嫌われていた。
  • リード・ホフマンは最近ブルームバーグのインタビューでこう、コメントしている。「マクロ経済関連やファイナンスのことならいまでもまずピーターに相談していますし、ビッグデータのようにカネになるテクノロジーのことならマッ
  • クスに、リスクが 計れないほどデカいことをやるべきかを考えるときにはイーロンに相談しますよ」
  • ティールには「創業者のパラドックス」という持論がある。ペイパルの6人の創業者たちは、既存の枠から完全にはみ出していた。旧弊な大企業の人事部が6人の履歴書に書かれた経歴と趣味を読んだら、おそらく面接にすら誰も呼ばれなかっただろう。ー「何せ、うち4人は高校時代に爆弾をつくっていたのですから」。それだけではない。5人は23歳にもなっておらず、4人は外国生まれ、そのうちの3人は共産圏出身だった。
  • 重要なのは「とりくむのにふさわしい課題を解決する」ことだ。「早すぎもせず、遅すぎもせず、とりくむにふさわしい顧客との約束を果たすことができれば、スタートアップは原則として成功します」とベクトルシャイムは言う。
  • 「『毎日を人生最後の日であるかのように生きよ』という決まり文句を聞いたことがあるでしょう?でも実際は逆です。『毎日を自分が永遠に生きるかのように生きよ』が正しい。つまり、きみのまわりにいる人間を、これからも長くつき合うつもりで扱うべきなんです。きみが毎日下す一つひとつの選択がとても大事です。その結果は時間の経過とともにどんどん大きくなりますから」
  • アインシュタインは、『複利効果』は私たちの宇宙でもっとも強大な力だと言ったとされています。これは金融や貨幣の話にとどまりません。重要なのは、不変の友情や長期的な関係を築くことに時間を投資することによって、人生最高の利益が得られるということです」
  • 部外者には混乱そのものに見えたペイパルには、実は明快な論理があった。おそらくペイパルは、「超迅速(アジャイル)」なビジネス展開と製品開発を全社的に実行したはじめてのスタートアップだ。当初の大きな損失やビジネスモデルの不安定さといったさまざまな問題から、改善点がはっきりと浮かび上がり、ペイパルはこれを経営の中で着実に解決していった。
  • ティールは古典的な教育制度をあまり評価していない。ブルームバーグのエミリー・チャン記者が、もう一度教育を受けるとしたら何を学びたいかと質問したのに対し、きっぱりと「教育という言葉と縁を切ります」と答えている。「教育機関は19世紀のままなんですよ。学生たちをもっと個性的に育て、多種多様な学生が自分にあったペースで学習できるような方法を見つけるべきです」
  • 「次のビル・ゲイツはOSをプログラミングしたりしません。次のラリー・ペイジセルゲイ・ブリン検索エンジンを開発したりしません。他の人間がやったことをコピーするのは1の世界をnにすることで、既知のものに何かを付け加えるにすぎません。ですがまったく新しいものをつくれば、0から1になるのです。明日の勝者は、現在の市場の傍若無人な競争からは生まれません。彼らはみな競争を回避します。彼らのビジネスは唯一無二のものだからです」
  • 『ゼロ・トゥ・ワン』は米国の未来の発展に対して楽観的な視点を展開し、イノベーションについての新たな考え方を示している。ティールは、「価値あるもの」を発見できる「予期せぬ」場所に私たちを導こうとしている。まるでイースターエッグ探しだが、ティールのメッセージは明快だ。「秘密を信じ、それを探す者だけが、踏み固められた道の向こう側にある新しい可能性を発見できるでしよう」
  • すでに述べたティールの挑発的な主張「競争は敗者のためのもの」は、いまだに語り草になっているが、それは彼の狙いでもある。彼は経済学者の多くが、競争は価値を生み出しうるという誤解にとらわれていると見ている。だがそれは逆で、法外な利益を生むのは独占だけで、それによって持続的な価値が生まれるのだ。
  • フェイク起業家になるな。人生で何をしたいかと問われて、「起業家になりたい」と答えているようではだめだ。「カネ持ちになりたい」とか「有名になりたい」と答えるのと同じで、そんなビジョンでは起業は失敗する。投資家としてのティールは、これまでどの企業も政府もとりくまず、解決しようと思わなかった重要課題にとりくんでいる企業と経営者を探すようにしている。
  • ステータスや評判だけを基準に評価するな。ステータスに惑わされて下した決定は長続きせず、価値がない。ティールはスタンフォード時代と法律事務所時代にこのことを実感した。当時をふりかえると、彼は自分が本当にしたいことよりも、面目や規範を気にしていたのだった。その教訓から彼は「ステータスより中身をとれ」と言うのである。
  • 競争は負け犬がするものまわりの人間を倒すことに夢中になってしまうと、もっと価値があるものを求める長期的な視野が失われてしまう。ティールは若い頃から競争を熟知していた。競争からは幸福感も充実感も得られなかった。彼は固い友情と信頼関係を生かしてビジネスを展開した。また起業と投資に際しては、可能なかぎり競争を避け、他に例を見ないビジネスモデルに基づいて行動した。
  • 過去に執着するな。なぜ失敗したのかすばやく分析し、あとは前を見て、方向を修正していこう。シリコンバレーでは人は失敗によって賢くなると言われている。だがティールによれば失敗は人間をひどく損なう。特に、膨大なエネルギーを注いで新しいことにとりくんだのに、うまくいかなかった場合は。失敗からは新しいスタートアップを興す教訓を引き出すことはできない。彼は失敗の原因として「人選がまずかった」「アイディアが悪かった」「タイミングを誤った」「独占の可能性がなかった」「製品が狙ったように機能しなかった」の五つをあげている。
  • 「誰もが小さなドアから外に出ようとひしめき合っているが、きみのそばには、誰も通らない秘密の近道があります。その近道を探し当てて、人より先に歩みだそう」・・・当たり前だと思っていたことを疑い、新しい視点で徹底的に考え直すのです
  • ティールの成功はまぐれなのだろうか? たまたま幸運だっただけでは?毎度おなじみの「成功は運か実力か」論争は無意味だとティールは言う。たとえばフェイスブックの成功が運か実力かを確かめるには、1000とおりの条件でフェイスブックを創業し、何度成功するかを実験しなければならないからだ。言うまでもなくそんなことは不可能だ。スタートアップ投資家の多くは「じょうろで水を注いで、
    あとは祈る」だけだ。投資先と創業者をよく知らないのにむやみにカネをばらまき、そのどれかが芽を出して、全ポートフォリオの利回りが上向くのを祈っている。だがそれでは宝くじを買うのと同じで、創業者と投資家の双方にとって害だ。ティールにとってそれは無能の証である。
  • ティールにとって、世界を0から1に変える投資は、新しい何かをつくりだすための前提だ。伝的なリスクキャピタル業界がだめになった理由も、実はここにある。この10年間というもの、多くのリスクキャピタル企業は投資でプラスの利益を出せなかった。たいていの投資家はイノベーションが少ないとこぼしつつ、真のイノベーションを避けて通っている。安全な馬にまたがって、二番煎じのカメラアプリやSNSに投資しているのだ。だがこうした模倣製品からは、高い利回りは期待できない。・・・真のイノベーションだけが投資の成功をもたらす。
  • はるか先の企業収益を読むには、時間という要因が重要になる。言いかえれば、重要なのは長期性と恒常性だ。F1では、たとえ最速のレーシングカーであっても、総走行距離を持ちこたえなければレースに勝てない。テクノロジー企業で言えば、高い成長率は大前提ではあるが、本当に必要なのはむしろ継続性である。ここでもティールは逆張り思考をして、「終わり」からさかのぼって考える。
  • 彼は、キューバの外交官でチェスの世界チャンピオン、ホセ・ラウル・カパブランカの言葉を好んで引用する。成功の秘訣を訊かれたカパブランカはこう答えた。「他のことはさておき、まずは終盤戦の作戦を練ることです」だがほとんどの人間は市場に一番乗りしなければならない、つまり先発者が優位だと信じている。それに対して、ティールは最後にやってきて、熟した果実を収穫しようと考える。
  • 「最良の企業は、独自のマーケットを創出するものです」これはティールの投資哲学そのものだ。彼は独占志向のテクノロジー企業を探しているのだから。つまりこういうことだ。リスクキャピタル企業の大半はより低リスクな投資に集中するのに対し、ファウンダーズ・ファンドとティールは、革新的なテクノロジーで世界をよりよいものに変えようとしている企業と起業家を探している。ファウンダーズ・ファンドのマニフェストは、テクノロジー主導の投資戦略を明快に謳うものであり、その点でウォール街流の金融工学とはまったく異なるし、昨今のシリコンバレー投資家の大部分ー投資先候補の製品やサービスを専門的に評価せず、ただエクセルのシートに基づいて投資決定をくだす連中ーとも一線を画しているのだ。
  • ソーシャルニュースサイトのレディットでティールは愛読書について語っており、特に愛読するジャンルは「未来について書かれた過去の本」だという。中でも好むのは次の4冊だ。
ニュー・アトランティス (岩波文庫)

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アメリカの挑戦 (1968年) (タイムライフブックス)

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ポール・クルーグマンは、本書の電子版によせた序文で、この本を「すべての世代に対して影響力を持つ」と評している。

The Great Illusion: A Study of the Relation of Military Power to National Advantage (Classic Reprint)

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ダイヤモンド・エイジ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

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ダイヤモンド・エイジ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

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