算数・数学はアートだ!: ワクワクする問題を子どもたちに

 船を造りたかったら、人に木を集めてくるように促したり、作業や任務を割り振ることをせず、果てしなく続く広大な海に憧れることを教えよ。

アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ

 数学はアート(芸術)だということです。

数学者は、画家や詩人と同様に、様式(パターン)を作る。もし数学者の作る様式が画家や詩人のものよりずっと恒久的であるとしたら、それは「概念・内容(アイデア)」の織りなす様式だからである。

 G・H・ハーディ

 公式や覚えないといけない事実について反対しているわけではありません。語彙を学ぶのと同じく、特定の状況においてはそれも必要なことです。・・・大切な事実は、三角形が長方形の面積の半分を占めることではないのです。重要な事は、線によって長方形を切ることが出来るという素晴らしい考えであり、それがさらに他の素晴らしい考えを引き出し、他の問題の創造的な解決に繋がる可能性があるということです。公式や事実では、こうしたことがもたらされることは絶対にありません。創造的なプロセスを排除して、プロセスの結果だけを提供したところで、そのテーマに真剣に取り組める人がいないことを約束しているだけです。

何に焦点を当て、何故を排除してしまったことで、学校での算数・数学は抜け殻になってしまいました。アートは真実にあるのではなく、説明や根拠にあります。根拠こそが真実にコンテキスト(状況)を与えます。そして、なにが本当に示され、それがどういう意味だったのかを決定します。

偽の数学の永続化、つまり思考が欠落した正解当てっこゲームとしての算数。数学は、それ自体が独自の文化や価値観を創りだしているということです。正解当てっこゲームで巧みになれれば、自尊感情を高めることも、成功体験を得ることも出来ます。そういう人たちが一番聞きたくないことは、数学が、本当は個々人に本能的に備わっている創造的なものを作りたいという欲求や美しさに対する感受性だということです。・・・数学は決して指示に従うことではなく、新しい方向を創りだすものなのです。

多くの人が代数の公式や幾何学的な図をうっすらとしか覚えておらず、しかも算数・数学に嫌悪感を抱くようなことをしているのですから、わたしは社会に対して貢献しているとはまったく思えません。でも、美しい物を見せたり、創造的で、柔軟で、オープンに思考できる機会を提供することには価値があると思っています。

わたしは、数学はアートの目的を持って、アートとして教えられるべきだと思っています。日常的に役立つ部分は、あくまでも些細な副産物としてとらえた方がいいのです。・・・チャレンジしがいのある面白さと、予期しない驚きや発見を含めた数学本来の状態に接することが出来たなら、算数・数学に対する生徒たちの見方と、算数・数学が得意であるという捉え方の両方が劇的に変わることになるでしょう。

今行われている算数・数学教育によって、潜在的に才能があり、創造的で、知的な本来の数学者をたくさん失っています。生徒たちは、意味が感じられず、想像力も使わない教科を当然のごとく拒否します。彼らは、ナンセンスなことに時間を費やすことなどしたくないのです。

学校で必須科目にすること以上に、その教科に対する熱意や興味を奪い去る確実な方法はないでしょう。更に、学力テストの教科に加えるということであれば、教育体制がその教科の生気を吸い取る、つまり活力を失わせることを実質的に保証したことになります。

数学をするということは、

  1. 発見と予想、直観とひらめきなどの行為をすることであり、
  2. 混乱の中に身をおくことであり、
  3. 画期的な考えを思いついたり、
  4. アーティストとしてくじけたり、挫折したり、失望したり、
  5. 痛々しいほどの美しさに畏敬の念を起こさせたり、圧倒されたり、そして
  6. 生き生きと意味のある形で学べること、です。

改革の動きの中で最も悲しい部分は、「算数・数学を面白くする」と「子どもたちの生活に関連付ける」という2つの試みです。・・・日常生活との関連のなさこそがまさに数学の栄光なのです。

「これが問題です。これがその解き方です。はい、テストに出ます。1~35問の奇数番号を宿題とします。」

なんと悲しい算数・数学を学ぶ方法なのでしょうか。まるで、トレーニングを受けているチンパンジーのようです。

算数・数学の教師は少なくとも数学が何であるかを理解し、それが得意で、そして楽しんで授業を行っている必要があるとは思いませんか?

 明日の労働者を今日準備するのキャッチフレーズのもと、子どもたちの役割として年号屋敷、そして語彙を暗記させ、理解もしていないのにテストでそれらを吐き出させるような、創造的な表現を排除した学校を作ってしまうほうが遥かに大きなリスクです。

 でも、自分の詩が書けるようになる前に、文字を学ばなければなりません。つまり、プロセスには必ずスタートとなることがあります。走る前に、歩けるようにならなければなりませんよね。・・・違います。あなたが走って行きたくなる何かが必要なんです。

科学者やエンジニアとにとって最も価値のあるスキルは、創造的に、しかも自立的に考えられる力です。逆に最も避けたいことは、訓練されるということなのです。

私は「2つの数字を足したものの2乗は、それぞれの数字の2乗の合計に、2つの数字を掛けたものの2倍を加えたものに等しい」を暗記させられました。私はその意味が全くわからず、それを覚えられなかったので、先生は私の頭に本を投げつけましたが、私の思考力をかき立てることには全く役に立ちませんでした。 

バートランド・ラッセル

 

無傷で直感を働かせている少数の生徒たちも、自分の優れた美しい考えを馬鹿馬鹿しくて理解しづらい枠組みに翻訳しないと教師から「正解」というお墨付きが得られないのです。その上、生徒を賢くしているのは自分だ、と教師は図に乗ってしまうのです。

 

算数・数学はアートだ!: ワクワクする問題を子どもたちに

算数・数学はアートだ!: ワクワクする問題を子どもたちに