宇宙は何でできているのか

太陽光を分析すると太陽の組成がわかる
  • そんなわけですから、人間であれ探査機であれ、宇宙に「行く」のは大変なことです。しかし「見る」だけなら、もっと簡単にできます。こちらから行かなくても、向こうから地球まで届く「光」さえあれば、望遠鏡の性能をどんどん高めることで、どんなに遠くの星でも観察できるのです。
  • もちろん、「見る」だけでは、宇宙空間に存在する物質に触れることはできませ
    ん。実物が手に入らないのでは、それが「何でできているか」を知ることはでき
    ないと思う人もいるでしょう。
  • しかし実は、現物のサンプルが手に入らなくても、見ることさえできれば、それさえできれば、その物質が何かを調べることができます。たとえば太陽に行ったことのある人はいませんし、探査機も近づいていませんが、私たちは、それが地球と同じ「原子」のかたまりだと知ることができました。
  • 太陽だけではありません。何万光年も離れた遠くの星も、すべて原子でできていることがわかっています。だから学校でも、「万物は原子でできている」と教えることができるのです。これは、20世紀の天文学におけるもっとも偉大な発見だと言えるでしょう。では、なぜ「見る」だけでそれが原子だとわかるのでしょうか。
  • それを教えてくれるのが、地球に届く「光」です。みなさんは小学校の理科の授業で、太陽の光をプリズムに通して「虹」をつくったことがありますよね? そこには、赤から紫まですべての色が含まれています。でも、実はそれだけではありません。もっと精密な機械で分光すると、ところどころに黒い線が入っているのです。
  • 黒いとは、その色の部分だけ「光がない」ということ。正確に言うと、あるものに光が「吸収」されてしまうため、地球まで届きません。
  • その光を吸収しているのが「原子」です。原子の種類によって吸収する波長が異なるので、ある色の波長が黒くなっていれば、その原子が「ある」とわかる。そして、太陽から来た光のどの波長が吸収されているかを分析したところ、間違いなく地球上と同じ種類の原子が存在することがわかりました。まさに光を「見る」だけで、太陽という星が何でできているかが判明したわけです。
  • 光さえあればいいのですから、遠くの星についても同じように調べられることはおわかりでしょう。黒い線の濃さを分析すれば、その星にある原子の量もわかります。ある原子が多いほど、その原子に対応する波長の光をたくさん吸収するので、その部分の線が濃くなるのです。

 

  • 原子の中の電子の波長はおよそ1億分の1センチメートルですから、原子の大きさとほぼ同じです。 FMラジオの電波が建物に「気づく」のと同じように、電子の波が原子の存在に気づくには、波長をもっと短くしなければなりません。
  • 波長は振動数に反比例するので、振動数を上げるほど短くなります。では、波の振動数を上げるにはどうすればいいでしょうか。
  • 答えは「エネルギーを高める」です。電子の運動エネルギーを高めれば高めるほど振動数が上がり、その波長は短くなる。電子を加速することでエネルギーを高め、観察する対象にぶつけるのが、電子顕微鏡の仕組みなのです。
  • たとえばアメリカのバークレー国立研究所にある電子顕微鏡が電子にかける電圧は、30万ボルト。『ポケットモンスター』のピカチュウ君が備えている攻撃力の3倍ですから、相当なエネルギーですね。
  • これほどエネルギーを加えて加速すると、電子の波長は原子の20分の1程度まで短くなります。そのため、原子を回り込んで向こうに抜けることはありません。
  • 原子にぶつかった電子はあちこちに弾き飛ばされますが、その方向や距離は衝突した相手の形で決まります。ですから、電子の弾き飛ばされ方を調べれば、観察対象の形がわかる(=見える)わけです。 

 

  • 電子が3つの世代を繰り返すなら、クォークにも3世代がありそうです。ほとんどの人はノーベル賞をもらうまで知らなかったと思いますが、1970年代後半の物理学界は、小林・益川理論が証明されるかどうかで、かなり盛り上がっていたんですね。
  • 3世代目のクォークが初めて見つかったのは、1977年のことでした。性質はダウンクォークと同じで、ストレンジクォークよりも質量の重い「ボトムクォーク」です。ここまで来れば、あとは時間の問題。加速器のエネルギーを高めていけば、いずれアップクォーク、チャームクォークに対応する 3世代目が見つかるはずです。
  • でも、それには予想以上に時間がかかりました。 1970年代には次々と新粒子が出てきたのに、1980年代に入ると見つかりません。日本でも、高エネルギー物理学研究所が大型加速器を使った「トリスタン計画」を進めましたが、新クォークは発見できませんでした。小林・益川のお2人も、さぞやヤキモキされたのではないでしょうか。
  • しかし、ボトムクォーク発見から7年後の1995年、アメリカのフェルミ国立加速器研究所が、ついに「トップ クォーク」の存在を確認しました。ちなみにその質量は、アップクォークのおよそ5万倍。金の原子に匹敵する重さです。同じ世代のボトムクォークと比較しても2倍近い質量があるので、発見まで時間がかかりました。加速器の高エネルギー化によって、小林・益川理論の予言どおり、素粒子は3つの世代を繰り返すことがわかったのです。

 

  • 何のことだかわからないかもしれませんが、たとえば、ここにリンゴが1個あるとしましょう。ごく当たり前の話ですが、そのリンゴが存在する空間に、もう 1個別のリンゴは置けませんよね? 物質とは、そういうものです。
  • フェルミオンに分類される2種類の素粒子は、すべてそういう性質を持っています(これを「パウリの排他原理」と言います)。電子のあるところに別の電子は置けませんし、複数のクォークが同じ空間に重なって存在することもできません。
  • 一方、排他原理に従わず、同じ場所にいくらでも詰め込めるのがボソンです。 不思議な話ですが、たとえば「光子」がボソンの一種だと聞けば、それも納得できるのではないでしょうか。DVDや光通信で使うレーザーがそうであるように、光はいくらでも重ねて強くすることができます。「それは波だからだろう」という
    人は、私の話をよく聞いていなかったことになるので、反省しましょう(笑)。光は「波」であると同時に、「粒子」でもあるのです。
  • 光子のほかにどんなボソンがあるのかは追々お話ししますが、この粒子は排他原理に従わないので、当然、物質を構成できません。では、何のためにそんな粒子が存在するのでしょうか。
  • そこで思い出してほしいのが、前に名前の出た「パイ中間子」です。陽子と中性子のあいだで「力」を伝達し、両者をくっつけている粒子です。ただしパイ中間子そのものは「素粒子」ではありませんでした。クォークと反クォーク(クォーク反粒子)から成る複合粒 子だということがわかっています。したがって、「標
    準模型」の素粒子リストには含まれていません。
  • では、なぜパイ中間子が陽子と中性子をくっつけられるのか。それは、パイ中間子を構成するクォークが、「力」を伝達する素粒子を持っているからです。この「力を伝達する素粒子」こそが、ボソンにほかなりません。

 

  • 標準模型では、電磁気力、強い力、弱い力をすべて「粒子(ボソン)のキャッチボール」で説明します。とりあえず、力を伝達する粒子の名前だけ挙げておくと、電磁気力は光子(フォトン)、強い力はグルーオン、弱い力はWボソンと Zボソン。それだけではありません。まだ見つかっていませんが、重力も「グラビトン」と名付けられた粒子が運んでいると予想されています。
  • 一般的な感覚では、なかなかイメージしにくい話でしょう。ここでのポイントは、離れた物質が引き合ったり反発し合ったりするのですから、(念力のような超能力を使っていないかぎり)そこでは何かがやりとりされているはずだと考えるところにあります。

 

  • 相対性理論が登場するまで、物体の速度は無限に上げられると思われていました。しかしアインシュタインによれば、毎秒 3億メートルという光の速度を超えて物体を加速させることはできません。誰も光を追い抜くことはできないのです。
  • では、光速に近づいた物体を加速させるためにエネルギーを加え続けると、どうなるのでしょう。実は、その物体は加速せず、質量が増えていきます。質量とは物体の「動かしにくさ」のことですから、エネルギーを加えれば加えるほど逆に加速しにくくなる。不思議な話ですが、だから物体は光速を超えられないのです。

月とTGVまで発見してしまった大型加速器

  • 弱い力を伝えるボソン(ウィークボソン)を初めて検出したのは、CERN(欧州原子核研究機関)にあった大型加速器です。陽子と反陽子を衝突させる円形加速器で、全周は7キロメートルでした。反陽子は自然界にないので、まず加速器を使ってつくってからきれいにまとめて改めて加速器に入れるというたいへん手のこんだ装置が必要でした。
  • その後CERNに建設されたLEPという加速器では、さらに精密にウィークボソンを観測できるようになりました。LEPは電子と陽電子を衝突させるタイプの加速器で、全周は27キロメートルです。
  • これだけ巨大な装置だと、実験には思いもかけない苦労が伴います。
  • まず関係者が頭を悩ませたのは、実験中になぜかエネルギーにズレが生じてしまうことでした。あらゆる条件を考慮に入れて計算しているはずなのに、電圧が正しくコントロールできない。精度は加速器実験の最重要ポイントですから、これは大問題です。
  • さんざん考えた挙げ句にわかった原因は、「月」でした。潮の満ち引きを見ればわかるとおり、地球上には月の重力が影響を及ぼしています。 CERN加速器はあまりにも大きいため、月に引っ張られてわずかに形が歪んでいました。そのために精度が落ち、エネルギーがズレてしまったのです。ある意味で、この加速器は月を「見つけた」とも言えるでしょう。
  • この加速器が「見つけた」のは、月だけではありません。
  • 月の重力を踏まえて計算を補正した後も、ある時間帯だけ電圧がフラついてしまい、関係者は再び頭を抱えました。なぜうまくいかないのか、まったくわかりません。しかし、ヒントはその「時間帯」にありました。真夜中から朝5時まではエネルギーが安定しているのに、朝5時から真夜中まではブレていたのです。これは、人間の活動と何か関係しているに違いありません。
  • 終電や始発の世話になることの多い人は、ピンと来るでしょう。そう。朝5時から真夜中までと言えば、電車が走っている時間帯です。そして、この実験施設の近くには、パリとジュネーブを結ぶ TGVという高速鉄道が走っていました。日本の新幹線みたいなものです。これが走ればレールに電気が通ります。それが近くの川に漏れていたのですが、その川の水は加速器の冷却に使われていました。
  • これが、不具合の原因です。実際、エネルギーのブレる時間は、TGVの通るタイミングとぴったり一致していました。 大型加速器は、TGVも「発見」したわけです。

 

  • 物理学でも、昔はそう考えられていました。どんな物理現象も、左右を逆にした
    ときに法則が変わることはありません。自然界は左右を区別しないのです。重力や電磁気力や強い力も同様です。そこには左右という概念がないので、空間を反転させても物理法則は変わりません。
  • 量子力学では、この空間反転のことを「パリティ変換」と呼び、左右を入れ替え
    てもパリティは不変だとされてきました。これが「パリティの保存則」です。
  • まともに説明すると波動関数などが出てきて難解になるので簡単にお話ししますが、とにかく、粒子には「パリティ」という属性があると思ってください。そのパリティにはプラスとマイナスがあって、これは粒子が崩壊した後も変わりません。たとえばベータ崩壊の前後でエネルギーが保存されているのと同じように、パリティも保存されるのです。
  • ところがあるとき、この保存則にしたがわない現象が見つかりました。宇宙線
    中から発見され、多くの物理学者の頭を悩 ませたのは、「タウ」と「シータ」という粒子です。
  • 2つの粒子は、それぞれ弱い力によって複数のパイオンに崩壊しました。タウ粒子のほうはパイオン3つに崩壊。パイオンパリティはマイナスで、パリティはかけ算で合算するので、トータルはマイナス×マイナス×マイナスでマイナスになります。したがって、崩壊前のタウ粒子パリティはマイナスのはずです。
  • 一方のシータ粒子は、パリティがマイナスのパイオン2つに崩壊しました。 マイ
    ナス × マイナスですから、こちらはトータルでプラスになります。したがって崩壊前のパリティもプラス。パリティという性質が逆なのですから、タウとシータは別の粒子だと誰もが思いました。
  • しかし不思議なことに、両者をよく調べてみると、質量と寿命がまったく同じ。
    この2つは別々に見つかった粒子ですから、こんな偶然はちょっと考えられません。物理学者としては、どうにかして理論的に説明したい。これが「タウ=シータの謎」です。
「右」と「左」には本質的な違いがあった!
  • この謎に対して、アメリカで研究していた2人の中国人物理学者ヤンとリーが、
    1956年に大胆なアイデアを発表しました。その仮説によれば、タウとシータは
    同じ粒子です。ならば、質量と寿命が同じなのは不思議でも何でもありません。ごく当たり前のことです。
  • でも、そうなると不思議なのは、パリティの違いです。ヤンとリーは、そもそも
    タウとシータのパリティに違いはないと考えました。それなのに崩壊後のプラスとマイナスが逆になるのは、パリティが保存されないからだというのです。
  • つまり、弱い力はパリティの保存則を破る―それが彼らの基本的な主張でした。保存則にしたがわないなら、弱い力に反応した粒子のパリティは、プラスにもマイナスにもなり得るわけです。それはたしかにそうですが、ほかのどの力も破れないパリティを弱い力だけが破るというのは、にわかには信じられません。
  • しかしその翌年には、同じくアメリカで活動していた中国人のウー女史が、彼ら
    の仮説を裏付ける実験を行いました。非常に精密な実験を得意としていた学者です
  • 彼女が行ったのは、コバルト60の原子核の回転方向を揃えて、ベータ崩壊で飛び
    出す電子の方向を調べる実験でした。磁石で強力な磁場をつくって原子核の向きを
    揃えるのですが、当時の技術ではかなり難しい作業だったと思います。エネルギーが高いと反対に回転する原子核が出てきたりするので、温度もかなり下げなければいけません。
  • そうやって原子核の向きを揃えた状態で、電子の飛び出す方向を調べたところ、鏡に映した世界と「こちら側」の世界を区別できることがわかりました。「こちら側」の世界では、原子核左巻きにスピンするとき、電子は下向きに多く出ます。鏡の中では「スピン」は右巻きですが、電子はやはり下向きに多く出ます。もしパリティが保存されているなら、スピンの向きに関係なく電子は上にも下にも同じように出るので、ここではパリティが保存されていません。これは、ヤンとリーの理論とも合致していました。彼らの仮説を突き詰めていくと、弱い力に反応するのは「左巻き」の粒子だけだという結論になるのです。
  • これは実に衝撃的な結果でした。自然界の法則が右左を区別する、つまり「右」
    と「左」には本質的な違いがあるということを意味しているからです。
  • そうなると、先ほどのパラレルワール ドも話が違ってきます。弱い力は、地球上
    だけで働くものではありません。 その法則は、宇宙全体に共通です。それなのに、もし地球とは左右反対の惑星でベータ崩壊も「右」に偏っていたら、「それは弱い力の法則に反しているからおかしい」と言えるわけです。右と左は「どちらでもいい」ものではありません。弱い力が働くほうが「左」。それが宇宙のルールなのです。