世界の一流企業は「ゲーム理論」で決めている――ビジネスパーソンのための戦略思考の教科書

  • コンサルティング会社マッキンゼーが1800人以上のビジネスリーダーを対象に行った調査では、重要な事業判断を下す際に2つ以上の選択肢を検討するリーダーはほぼ半数であることがわかった。競争相手の反応まで事前に検討するリーダーとなれば、さらに少ない。ゲーム理論をもっと有意義に取り入れていれば、それは当然、組織に優位性をもたらすはずだ。第2に、ゲーム理論は行動を起こすための洞察力をもたらす。私たちの周囲ではさまざまなゲームが繰り広げられているーその多くは私たち自身にはほぼ制御不能だが、ゲーム理論を通じて概要を把握していれば、他者を出し抜いて、その先の展開を理解・予測できる。戦略コンサルティング会社のリーディングカンパニー、モニター社の企業金融部門名誉会長トム・コープランドが指摘している。
  • 「寡占状態が赤字になりやすい理由も、生産能力過剰と供給過剰のサイクルも、最適な選択肢が現れる前に現実的な選択肢に走る傾向も、ゲーム理論で説明がつく」
  • 第3に、これがもっとも重要な点なのだが、ゲーム理論には組織文化を変容させる力がある。組織はゲームの「プレイヤー」となるだけでなく、組織自体が、そこでさまざまなゲームが展開される「ゲーム盤」でもあるのだ。部署間、部下・上司間、オーナーと経営陣、さらには株主や債権者においてもゲームが生じる。全員がともに伸びていける文化と構造を、その組織のリーダーがつくり出しているのなら、ゲーム理論はビジネスのポテンシャルを最大限に開花させる後押しになる。
  • もっと生産的なゲームをしていくために、企業はこれまでと異なるタイプのゲームプレイヤー(「柔軟で、知的厳密性を備え、不確実性に正面から対峙できる人材)を採用・育成し、さらには戦略策定プロセスに対する全員の有意な貢献を促す
    (「オープンで率直であると同時に、偏りのない徹底的な議論の追求を通じて、
    変動要素のすべてを真摯かつ政治的圧力なしに検証できる文化」をつくることによって)必要があるのだ。しかも、ゲーム理論が役立つのはビジネス戦略の策定においてだけではない。経営陣にゲーム認識力があれば、従業員の士気向上から、買い手やサプライヤーとの関係性構築まで、あらゆる面で変容を促していくことが可能となる。
  • ゲーム認識力がビジネスにどれだけの功績をもたらすか。そのポテンシャルをもっとも明白に示した人物といえば、おそらく、ゼネラルモーターズ(GM)の伝説的リーダーであったアルフレッド・スローンをおいてほかにいないだろう。現代のマネジメントの頂点にある者の中でも、スローンはゲーム認識力の使い手の鑑と言っていい。
  • 本人の筆による名著『GMとともに』にありありと浮かび上がっているとおり、
    自動車市場のゲームに対する彼の鋭い理解は、GMのみならず業界全体を大きく変容させた。たとえばスローンは、消費者における流行と憧れという要素の重要性を認識し、毎年新しいデザインの車種を発売して中古車から新車への乗り換えを奨励している。同様に、ディーラーにとって何がインセンティブとなるかを理解し、それまでの戦略の詰めの甘さを把握して、自動車メーカーとして初めて売れ残り在庫を買い戻す制度を導入した。統合型会計システムを採用したのもGMがバイオニア的存在だ。
  • 何より重要な点として、スローンは、部下同士の競争というゲームを理解していた。各部署のマネジャーには、自分の管轄の利益だけを追求したいインセンティブがある。スローンはこの競争心というゲームのゲームチェンジを図り、現代企業に見合った新たな組織構造を考案して、部署同士に同盟を組ませた。これはアメリカのビジネスに、今日にも継続する絶大な影響を与えている。

 

  • 成功するビジネス戦略とは、単に見つけたゲームをプレイすることではない。プレイするゲームを主体的に形成していくことだ。ブランデンバーガー・ネイルバフ
  • ゲーム理論が最大の威力を発揮するのは、展開されているゲームを認識し、有利なゲームチェンジの方法を考えていくところにある。本書では、そこまで踏み込んで読者にゲーム理論を紹介するとともに、読者自身がゲームチェンジャーとなるための道を示したい。ビジネスでもプライベートでも、参戦するゲームを自分が主体的に形成していくことで、戦う前に勝利できるようにしたいのだ。

「未来の自分」との戦いをいかに制するか?ーダイエットの本当の敵

  • 敵ではなく、仇でもなく、おのれのやましい心が人を破滅させる。仏陀
  • 私を帆柱の中ほどに縛りつけろ。まっすぐに縛れ。私が逃げ出せないようにしっかりと。私がほどけと懇願したら、なおさらきつく縛れ。ホメロスオデュッセイア
  • 科学雑誌『アペタイト』が先日、パソコン作業中のチョコレート消費量に関する研究を掲載した。被験者の前には、チョコレートを盛ったボウルがでんと置かれる。被験者はパソコン作業の合間に好きなだけチョコレートをつまんでも構わない。ただし作業に入る前に、まず15分きびきびとウォーキングをするか、あるいは15分じっと座って考えごとをするか、どちらかのタスクをこなさなければならない。運動すればカロリーを消費するのはもちろんだが、それ以前に、運動は一般的に美徳とされる行為だ。ウォーキングをした被験者のほうが自分にちょっとしたご褒美を許し、余分にチョコレートをつまむと考えるのが自然である。ところが結果は反対だった。運動をした被験者のチョコレート消費量は平均15.6グラム、静かに考えごとをした被験者のチョコレート消費量は28.8グラム。運動をしたほうが食べる量は少なかったのだ。
  • なぜこうなるのか。先行する理論によれば、運動は脳内の化学物質の組み合わせに影響を与え、食欲を抑制して、チョコレートのような嗜好品への渇望を抑える。そう考えてみると、運動を選ぶというのは「未来の自分」とのゲームだ。運動をすることによって、チョコレートを食べたがる未来の自分の欲望を変えてしまうのである。
  • たとえば私の場合、ランニングの時間がとれるのは基本的に朝しかない。そしてスナック菓子をつまむチャンスは主に午後にやってくる。「朝のデービッド(私)」は別に走りたくなどないのだが、走っておくことによって「午後のデービッド」が頻繁につまみ食いをするのを防ぐというわけだ。ランニングをしたあとはスナック菓子をそれほど食べたがらないのであれば、つまみ食い問題は解決である。「走らなければ午後のデービッドがつまみ食いをする」と先読みして、「朝のデービッド」はランニングシューズに足を入れる。
  • 「未来の自分」が減量の努力をするようなインセンティブを、どうやって与えればいいだろうか。
  • 経済学者イアン・エアーズとバリー・ネイルバフは、2006年に『フォーブス』誌に掲載された論文で、この問題を奇抜な方法で解決する新ビジネスを提案している。その名も「減量債券」。ダイエットをしたい人は1000ドルを払って、エアーズとネイルバフから減量債券を買う。すると、あらかじめ設定した目標体重を維持している限り、一般的な相場を上回る率で配当が得られる。体重が増えるのは購入者側の不履行であり、これをするとエアーズとネイルバフの儲けが増える。
    ダイエットをしたい人にとっては、減量と維持のインセンティブが大きいので、これが助けになるというわけだ。減量債券は、「現在の自分」から「未来の自分」へ、ダイエット継続のインセンティブを与える手段だ。

コミットミントと「先行者になること」との関係

  • コミットメントは、相手の選択に影響を与えられるタイミングでなければ(そして、相手がはっきりとそのコミットメントを認識できなければ効果がない。ゆえに、コミットするなら「先行者」となる、つまり相手が決定する前にコミットしてみせる必要がある。・・・戦略的見地から先行者となることの真の意味・・・

エアビーアンドビーを独り勝ちさせたマーケットの欠陥

  • 個人または法人が所有する別荘や住宅を貸しに出し、個人がそれを予約して宿泊する「バケーション・レンタル・バイ・オーナー(VRBO)という制度がある。このVRBO仲介で市場を大きく押さえているのが、ホームアウェイという企業だ。ホームアウェイ・ドットコム、VRBOドットコム、バケーションレンタルズ・ドットコム、ベッド・アンド・ブレックファースト・ドットコムといった人気サイトを多く運営し、「(全体で)紹介している宿泊先は32.5万軒以上」と謳っている。これほど多くの選択肢があるのだから、すべての出品内容の正確性を把握するのは困難だ。当然と言えば当然ながら、貸し出す住宅について一部のオーナーが虚偽の記載をして、それが審査をすり抜けて掲載されてしまう場合がある。これを表現する「SNAD(significantly not as described 説明と著しく違う)」という用語まで生まれている。
  • viven25というハンドルネームでホームアウェイ・ドットコムを利用するユーザーが、ウェブサイトのコミュニティ掲示板で、SNADに遭遇した体験を萼ている。「書いてあったことは、何もかも、ひどい誇張でした。家からビーチまでは徒歩圏内ではなく(車でも、早くて15分)、大型のシチュー鍋もなく(14人で泊まれると書いてあったのに)、食器洗浄機は壊れているというありさま。まだまだ挙げだしたらきりがないです」
  • とはいえ、少なくともこのユーザーの場合は、泊まる場所が存在していた。消費者の権利を主張する活動家クリストファー·エリオットは、2011年11月に投稿したブログ記事「バケレン詐欺問題の深刻化」で、さらに不幸な目に遭ったタニア・リーベンという、ユーザーの話を紹介している。リーベンはVRBOドットコムを通じて、マウイのコンドミニアムを6週間借りる契約を交わし、オーナーに4,300ドルを送金した。ところが、オーナーのアカウントはハッキングされていて、代金は詐欺の犯人に奪われてしまったのだ。なお悪いことに、コンドミニアムのオーナーもVRBOドットコムも彼女の損失に対して何も責任を負わず、失ったお金、そして休暇も、戻ってはこなかった。
  • ゲーム理論の見地から言えば、これは「手番のタイミング」に問題がある。借り手は、宿泊先が説明どおりかどうか確認する前に、代金を払って予約しなければならない。そのため悪質なオーナーには虚偽の商品を出品するインセンティブがある。幸い、その後登場したエアビーアンドビードットコムというサイトは、抜本的に新しいビジネスモデルで、この問題を解決している。エアビーアンドビーのアプローチでは、支払い義務が発生するのは宿泊開始から24時間後。借り手(エアビーアンドビーではゲスト」と呼ぶ)は家の様子を確かめられるので、虚偽だった場合は支払いをしなくてよい。貸し手(「ホスト」)側はこれを予期して正確に説明しようというインセンティブを抱くし、アカウントをハッキングして詐欺を働いても利益が得られないことになる。
  • こうしたシステムなら、全員が勝者だ。借り手は詐欺やSNADの心配をする必要がない。唯一敗者となる可能性があるのはホームアウェイである。ホームアウェイのシステムではこれと同等の信用性を構築できないので、エアビーアンドビーのモデルが広がれば市場を奪われる可能性が高い。創業まもないエアビーアンドビーに2011年7月の時点で1億ドルの評価額がついたのも、そういう理由なのだろう。ホームアウェイCEOのブライアン・シャープルズは、『ウォールストリート・ジャーナル』紙の取材に対し、心配はしていないと語った(「向こうもなかなかいいサービスだが、うちほどではない」)が、それはおそらく悠長すぎる。心配したほうがいいし、むしろエアビーアンドビーの仕組みを学習したほうがいい。借り手が「先攻」とならないシステム、つまり宿泊先の品質を確認してから代金を払えるシステムをつくるべきだろう。

 

  • 警察が2人の犯罪者を逮捕した。最大で懲役5年となる犯罪だ。だが、彼らはもっと悪い犯罪(武装強盗など)にも手を染めている可能性が高い。こちらは最大で懲役20年。そこで2人を別々の独房に入れ、こう告げる。
  • 「年貢の納め時だぞ。武装強盗の件も自白しろ。お前ら2人のうち、どっちが自白するか、それによってお前が刑務所で過ごす年数も変わってくる。もしお前だけが自白したら、そのまま無罪放免にしてやろう。警察に協力したということだからな。どっちも黙秘したら、両方とも5年間、臭い飯を食ってもらう。2人とも自白したら10年。お前が黙秘して、あっちだけが自白したら、お前は20年だ」

 

  • 現実世界を悩ませている重大なゲームの多くは、囚人のジレンマだ。ビジネスにおいては、競争それ自体が囚人のジレンマとなりうる。・・・競争のインセンティブを少なくする、あるいは撤廃する、信頼性の高い制度を作るなど、様々な方法でビジネス界はジレンマの解消を図っている。
  • 囚人のジレンマの最も重要な特徴は、このように、解決可能なゲームとして戦略的問題を整理できる点ではないだろうか。実際のところ、ゲーム理論は、囚人のジレンマからの「回避ルート」を5種類も提示している。
  1. 規制
  2. カルテル
  3. 報復
  4. 信頼
  5. 関係性
  • たとえば政治問題は「資本主義か、それとも社会主義か」という視点だけで切り取られることが多いが、ゲーム理論に対する深い理解があれば、個人の自由と責任、そして集合的行動といった要素を正しくとらえた実のある話し合いになるだろう。個人のインセンティブがより大きな公共善と衝突し、それゆえに全員が自己利益を追求すると全員が損をするシチュエーションは、まさにゲーム理論で考察すべき領域だ。

タバコ広告の禁止が招いた「真逆の結末」

  • 20世紀半ばのタバコメーカー各社は、膨れ上がる市場で少しでも多くのシェアを確保するべく、あの手この手を尽くして競いあった。マルボロマンなど、タバコブランドの象徴的キャラクターが誕生したのも、そうした手段の一つだ。
  • だが、喫煙がもたらす健康被害の真実が広く知られるようになってからは、公共保健にかかわる各種団体が、こうした広告の影響を懸念するようになる。広告が一般市民を喫煙習慣に誘い込んでいる、と考えたのだ。1967年には連邦通信委員会(FCC)が、タバコのコマーシャルを放送するテレビ局は喫煙の害を強調した公共広告も流さねばならぬ、と義務づけた。
  • 議会はさらに踏み込んで反応し、1970年に「公衆衛生紙巻きタバコ喫煙法」を制定。タバコのパッケージに警告文(「公衆衛生局長官は、喫煙は有害であると判断しています」)の記載を義務づけるとともに、アメリカのラジオおよびテレビ局で流すタバコ広告のいっさいを禁じた。そのかわりとして、禁煙を訴える公共広告も差し止めたほか、連邦裁判所に起こされる将来のタバコ関連訴訟に対し、タバコメーカーは責任を負わぬものとした。
  • この法律の制定は1つの分水嶺だった。だが、多くのアメリカ人が知らない事実がある。パッケージの警告表示を除き、その他の禁止令は基本的にタバコ業界からの提案で制定されたものだったのだ。もちろん、タバコ会社の幹部には今後の免責付与を望む気持ちがあった。訴訟になれば倒産や廃業の可能性があるし、投獄すらされかねない。だが、なぜわざわざテレビ広告とラジオ広告を禁止させたのだろうか。
  • 第一に、明白な理由としては、政府がこれ以上圧迫的な規制へ向かうのを押しとどめるという意図があった。第二の理由として、広告をあきらめればFCCの禁煙キャンペーンもやめさせられる。『ニューヨーク·タイムズ』紙が1970年の記事で指摘したとおりだ。
  • 「タバコ業界は、コマーシャルがビジネスにもたらす効果よりも、禁煙キャンペーンがビジネスにもたらす害のほうが大きいと理解し、それならば両方を捨てたほうが純益になると判断したのである」

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  • つまり、業界全体の広告を一律に禁止させることが、業界全体にとっての勝利の道だったのだ。
  • 特に「一律に」というのがゲームチェンジのカギだった。広告が禁止されるまで、それぞれのタバコ会社には自社商品の広告を出しつづけるインセンティブがあったのだ。この状況を理解するために、タバコ広告のゲームを定型化してペイオフ·マトリクスに整理している。
  • このゲームにおいては、自社ブランドを宣一伝するのが支配戦略だ。自社ブランドを宣伝すれば、市場シェアを獲得するというメリットがある。そのメリットは、広告を出せばもれなくついてくるFCCの禁煙メッセージによって市場全体が受けるダメージよりも優先される。だが、両社が広告を出しつづけていると、市場シェアを奪いあおうとする双方の試みがほぼ相殺され、FCCの禁煙キャンペーンによって双方が弱体化する。
  • 両社が「広告を出す」という支配戦略を選べば、両社が損を被るのだから、タバコ広告ゲームも囚人のジレンマの一例だ。
  • 広告を出さないほうが「純益になる」という発想を奇異に感じる読者もいるだろう。そこでもう少し掘り下げて考えてみたい。1970年のタバコ広告問題が囚人のジレンマであるとすれば、広告禁止という新しい規制によって、タバコ会社にとっての利得とインセンティブは変化した。ゲームが変わったのだ。もはや「広告を出す」ことは支配戦略にならない。むしろ、各社が法を破って広告を出しつづければ、それは最悪の帰結を招くと考えられる。各社とも「出さない」ほうが好ましい帰結になるというわけだ。しかも、広告を出すことによって生じるコストとリスクが消え、結果的に各社とも利益が増える。実際、まさにこのとおりの展開になった。
  • タバコ広告禁止の経緯は、社会科学者がイベント·スタディとして注目するユニークな事例である(イベント·スタディとは、企業活動に関する何らかの情報の発表が、その企業の市場価値にどのような影響を与えるか分析·研究すること)。タバコ業界が投じた広告費と、業界が得た利益の額を、禁止令施行前と施行直後で比べてみれば、明らかに禁止令が原因で生じた変化だけが見えてくる(より長期的なトレンドは多様な要因が組み合わさつている可能性がある)。経済学教授ジェームズ・L・ハミルトンが1972年に発表した論文「タバコ需要について広告、健康への不安、タバコ広告禁止」によれば、1970年と比べて1971年は「広告費が20-30 %減」。そして「1971年上半期の業界収益は前年同期比で30 %増」だった。
  • 免責を確保したうえに、収益が30 %も伸びたのだ。まさに一挙両得となった理由は、タバコ業界がタバコ広告をめぐる真のゲームを、規制当局よりもよく理解していたからだった。FCCの禁煙推進派は、タバコ広告が人々に喫煙を始めさせていると想定していた。そうでなければ、大手タバコ会社が巨額を投じて毎年広告を打つ理由はないだろう、と。しかし、「ビッグ·タバコ」というのは総称だ。そこには熾烈に戦う個々のタバコ会社がいる。彼らにしてみれば、お互いから既存の喫煙者を奪いあうのが広告の第一目的であって、新たに喫煙を始めさせるという狙いは二の次だった。
  • 規制当局が当初のタバコ会社同士のゲームを真に理解していたら、その囚人のジレンマに彼らを縛りながら業界全体を弱体化させていくことができたはずだ。実際のところ、広告禁止令が出るまで、タバコ業界は自分 たちのビジネスを殺す禁煙キャンペーンを金銭的な面で完全にーしかも「自主的」にー支える格好になっていた。

 

  • 経済学も、人間が非最適行動をするという現実をかねて認め、それを意思決定モデルの一部として取り入れている。政治学者ハーバード·サイモンは、「限定合理性」に関する長期的な研究(その始まりは1940, 50年代にさかのぼる)を評価され、1978年にノーベル経済学賞を受賞した。サイモンの経済学的考察の基盤となっていたのは、人間は直面する選択に対してたいてい限定的な情報しかもたない、という見解だ。そして、その限定性ゆえに、発見的な問題解決法(ヒューリスティクス)、すなわち経験則によって「それで事足りる(グッド·イナフ)」の結果を得ていく傾向がある、という観察である。
  • では、何が「グッド·イナフ」か判断するにはどうしたらいいか。方法の1つは実験していくことだ。経済学では、ここで言う実験を「探索(サーチ)」と呼ぶ。探索理論(サーチ理論)は、もっとも重要な経済理論の一分野だ。
  • エドワード・コナード・・・配偶者をを見つける最高かつもっとも合理的な方法を説明している。
  • 「測定(calibration)」の時間をしばらくとること。可能な限り多くの相手とデートをして、結婚市場はどんなものであるか感覚をつかむ。それから選択フェーズに入る。このフェーズの目的は永続的な伴侶を選ぶことだ。測定フェーズで出会ったなかで最高の女性よりも、さらに相性のよい女性に最初にめぐりあったら、その女性が結婚すべき相手だ。

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ダイヤモンドは永遠の輝き

  • デビアスはビジネス競争の一般的な法則には従わない。同社は長らく、その理念のもとで経営を行ってきたのである。オッペンハイマーは、同じく1999年の基調講演で、こうも述べている。
  • 私が会長を務めるデビアスは、世界でもっとも有名で、もっとも長く経営が続いている独占事業である、と喜んで自称したい。シャーマン氏の戒律を破る(シャーマン法、つまり反トラスト法に違反するという意味)ことこそ、我々の方針の目指すところだ。ダイヤモンド市場を制圧し、供給を管理し、価格を制御し、ビジネスのパートナー企業と共同行為を行うつもりはございません、などとうそぶくつもりはない。・・・デビアスの試みはデビアスと、ダイヤモンド生産者のすべてに利するだけでなく、消費者の利益にもなると信じて疑わない。
  • デビアスの選択が「消費者のため」というのは疑わしく聞こえるかもしれない。だが実際には、ダイヤモンド市場に完璧な自由競争が存在しないほうが、消費者にとっては確かに得なのだオッペンハイマーの主張を今一度思い出してみよう。「投資をする(ダイヤモンドの婚約指輪を買う人は(デビアスカルテルを)支持している」という彼の言葉に偽りはない。ダイヤモンドの婚約指輪を所有する人にとっては、それができる限り価値をもったままであってほしい。ダイヤモンドに限らず、あらゆる耐久財にも当てはまることだ。不動産もしかり。住宅を所有している人は、当然ながら、住宅価格を高く維持する方針を支持するに決まっている。
  • 興味深いのは、オッペンハイマーの言葉の奥に暗黙的にこめられた主張のほうだ。デビアスカルテルによってすべての消費者が得をする、という表現には、
    まだダイヤモンドの婚約指輪を買っていない消費者も含まれている。結婚を控えた人たちは、本質的に約束を買うものだからだ。ダイヤモンドの値段は絶対に下がらない、ゆえに彼らの指輪は「永遠に」その象徴的価値を保つ、という約束を買っている。自由市場はそんな約束を守れないが、デビアスは守った。1世紀以上も。
  • しかし、デビアスが約束を守りつづける日々は終わりを迎えた。近年のダイヤモンド市場は、分裂と細分化を始めているからだ。1999年には高級ジュエリー·ブランドのティファニーが、カナダのダイヤモンド鉱山の株式買収を発表。将来的にはデビアスからのダイヤモンド調達を行わない旨を宣言した。2003年には、カナダの採掘グループ「エイバー・ダイヤモンド・コーポレーション」が高級宝石商ハリー・ウィンストンを買収し、アメリカ、日本、スイスに店舗を構えている。つまりは採掘業者が販売業者と手を組み、デビアスによる独占取引の必然性を回避するようになったのだ。
  • デビアス独占体制は崩壊した。もはや、高いコストをかけてまで価格を円滑かつ安定的に維持するインセンティブをもったプレイヤーはいなくなったという意味だ。2001年の『フォーチュン』誌の記事には、デビアス取締役のガイ・レイマリーの発言が掲載されている。
  • 「世界を覆い尽くしてすべてのダイヤモンドを買い押さえようという気はない。売値に近い、もしくは超える価格でダイヤモンドを買っても、我が社にとって何の得があるというのか。馬鹿げている。市場の60%を押さえる今の状態で完全に満足している」
  • 「世界を覆い尽くす」。そして、高い代償を払ってでも、すべてのダイヤモンドを確保する。それはこれまでのデビアスの事業戦略の原則だった。しかし競争のすべてを吸収するには多大なコストがかかる。そのコストを呑む意欲がなければ、独占的な権力、あるいは独占的な利益の維持などかなわない。デビアスが世界のダイヤモンド供給を一手に押さえようとは思わない、と認めたレイマリー氏の発言は、事実上、デビアスが独占体制の維持をあきらめたということを意味している。実際に2000年から2005年にかけて、世界のダイヤモンド供給におけるデビアスのシェアは65 %から45 %にまで縮小した。この市場に起きた潮目の変化を裏づける数字である。
  • デビアスがかつてのデビアスでなくなったのだとすれば、ダイヤモンドの価格は遠からず、かなり変動的になっていく可能性がある。自由競争が主流となっている一般的なコモディティと同じだ。ダイヤモンドの価格が変動すれば、上昇であれ下落であれ、そのたびごとに販売業者にとっては痛手になるーダイヤモンドの価値は「永久不滅」であるという消費者の信頼が損なわれ、永遠の愛のシンボルとしてふさわしいというステイタスを失っていくからだ。
  • こうした変化の波は一夜にして実感するものではない。数十年かかるかもしれないが、いずれダイヤモンドの婚約指輪が完全に地に堕ちるときが来たならば、それは雪崩のように一気に進むと考えられる。

www.paulzimnisky.com

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  • メキシカン・スタンドオフは、「相互確証破壊(MAD)」と言われるゲームの一例である。MADゲームの最大の特徴は、どちらかが激しい先制攻撃をして、相手を苦しめても、そのあとで相手が破壊的な反撃をする力をもっていることだ。このMADゲームのもっとも有名な例が、冷戦中のアメリカとソ連の関係だった。

 

  • (p154)たとえばコカインの売人のほうが、自分の評判を重視しているとしよう。一度の取引で長年の評判をつぶしたくはないので、つねに約束を守っている。つまり売人は信頼性のあるプレイヤーだ。この売人が「先にカネを払ってくれ。そしたらヤクを渡す」と約束してみせる(コミットする)。
  • 買い手はその約束について思案する。代金を払ったとしても、売人が約束を守らなければ、薬物は手に入らない。だが自分が代金を払わなければ、薬物は間違いなく手に入らない。「代金を払わない+薬物が手に入る」という帰結は、この場合成立しえない。売人の実績を考えると、評判を重視していることがわかるので、今回の約束も守ると信頼できる。

 

  • (p160)カーディーラーと自動車メーカーは、複数の理由から、中古車認証という第三者的なシステムを挟むことによって得をしている。第1の理由は、中古車購入者が買った車に満足すれば、同じメーカーで新車を買う可能性が高いこと。
    シカゴ自動車貿易協会(CATA)の元会長、ジェリー・シゼックがカーズ・ドットコムの記事で語っているとおりだ。
  • 「認定中古車を提供する理由の1つは、それが自動車メーカーにとって、購入者を囲い込む手段になるからだ。中古車で興味を引き、満足させることができたなら、その購入者は新車購入の際に同じブランドを選ぶと考えられる。その後さらに新車を購入する際もリピーターになると期待できる」
  • 第2の理由として、品質認定を受けることで、その中古車自体が高く売れるという利点がある。差額が800ドルから1300ドルほどもあれば、たいていは認定検査費用を相殺できる。ディーラーにとっては、ふつうに中古車を売るより認定中古車のほうが儲けが出るというわけだ。
  • しかし、だとすれば、買い手個人が自主的にメカニックを雇って検査をすればいいのではないか。中古車販売業者ADESAの副社長、トム・コントスが、カーズ・ドットコムで説明している。
  • 自分で入念に車を検査するか、メカニックを雇って検査させ、さらに延長保証サービスも加える。そこまでできるなら、擬似的な認定中古車となるだろう。・・・自分で検査する能力と時間がある人にとってはそのほうがいいだろうし、節約にもなる。

 

これは実に稀有な本だ。初めてゲーム理論を知る読者を専門用語なしで導きつつ、同時に、最高の戦略が往々にしてゲームチェンジを伴う様子を斬新な視点から描き出している。あらゆる場面で推薦したい1冊。

 ——アルヴィン・ロス 経済学者 2012年ノーベル経済学賞受賞

ビジネスの戦略を語るなら、多様な競争の状況にあてはめられる総括的な考察を提示しつつ、その考察を深く掘り下げて実用的な戦略形成を披露する具体例も提示することが望ましい。本書には、まさに分析と実践、その両方がふんだんに詰まっている。

 ——R・プレストン・マカフィー 元グーグル・チーフエコノミスト