ダンナ様はFBI

 「ええとね、そうじゃなくて、キーのプロを探すんだ。日本一腕のいいプロの錠前師 でないと、防犯的なセンスで鍵をつけることができないから」

ああ、頭が痛くなってきた。ややこしいことばかり言ってくるから、英語のリスニングがどんどん上手になるわ。私は平和な日本の一般国民だから、そんな情報事件に巻き込まれたりしないのに。わかったことは、ダーリンが納得のいく安全のための設定が終わるまで、このたぐいのミッションはエンドレスだということだった。

真新しい青畳の香りがする新柔道場スイートホームは、あっという間にできあがった。

人の外見は、その人をかなり正確に表現してしまうって。君は買い物自転車に乗っていても、駅に着いたらビジネスウーマンとしてしゃんとすると言ったけど、どこかであの自転車でバタバタ駅に駆けつける生活の印象が染み付いていくんだよ。・・・プロとして生き残ろうとする女性が、生活に追われるように見えていいのか。

最初の1分間で一つか二つ、ごく簡単な質問でいいと言った。本題に入る前の1分間は、その人個人に集中するのだ、と。・・・世間話ではない。その人しか答えられない質問を投げかけるのだと言った。そのためには、本人の何かに着目する目線が必要だ。細やかな関心を持たないと聞けない質問は、必ず、相手に、私はあなたを知りたいというメッセージとして届くとダーリンは言う。

「心地よいものなんだよね、自分のことを聞かれると。子供のときもそうだったけれど大人になってもそれは変わらない。世界中、同じだよ。・・・日本は無関心に向かって走っているのが気がかりだなあ」

娘の磁力は本当に強くて、いくら一緒にいても飽きることがない。世の中の働く母たちは、この強い磁力とも葛藤しているだろうなあ。だがダーリンは断言する。

自分に投資しなければ、子供にも投資できない。投資は自分に7割、子供に3割だ。自分への投資は必ず子供にも反映するよ。そう信じて働け。

僕が見る限り母親としてのマインド・ボルテージが低いと思う。もちろん娘は絶対だよね。だけど育児以外の仕事の魅力も知っている、というか惹かれているだろ。母親になったら仕事も含めて、子供分野にすべての関心が向くはずだというのは幻想だよ。子供を愛して精一杯育てるのは当たり前だけど、それとキャリアの分野を無理に重ね合わせたら、子供が成長した時に何も手がけるものがなくなる。個性を見ろ。状況の罠に落ちるな。

純正日本人の私は、とくに母親幻想が強いんだなあ、とダーリンの言葉で気づいた。

娘と二人で遺骨の箱をなでながら、「これから、どうする?」と気のない質問をする。彼女は「何か、パパとの思い出になるところへ行こうよ。あのさ、サンフランシスコ湾の沖合にある監獄にいかない?アルカトラズ島」。やっぱりFBIの娘である。変だ。

ダンナ様はFBI (幻冬舎文庫)

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