ノーベル生理学・医学賞受賞の大隅氏「視野の狭い研究者ほど客観指標に依存する」

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  • 一方で、人間に結びつかない生物学を意味のない研究と考える人が研究者の中にもいる。好奇心に応えることだけでなく、科学の波及効果に対して長年『役に立つ』ことを求められてきた弊害が現れている。理学部はすぐには役に立たないことをやるから存在意義があったが、いまは学生から『役に立たないことをやっていていいのか』と問われる。科学が育たない状況が生まれている
  • M&Aベンチャーを買収しても、その技術を使う時に日本人研究者の基礎力が問われる。同じ科学技術立国を目指していても日本とドイツは違い、日本のイノベーション政策の中には科学はない。科学技術といっても、技術の基礎としての科学、役に立つ科学から抜け出せていない
  • 若手は論文の数や、雑誌のインパクトファクター(文献引用影響率)で研究テーマを選ぶようになってしまった。自分の好奇心ではなく、次のポジションを確保するための研究だ。自分の軸を持てないと研究者が客観指標に依存することになる。だが論文数などで新しい研究を評価できる訳ではない
  • 研究者にとってインパクトファクターの高い雑誌に論文を掲載することが研究の目的になってしまえばそれはもう科学ではないだろう
  • 視野の狭い研究者ほど客観指標に依存する。日本の研究者は日々忙しく異分野の論文を読み込む余裕を失っている面もある。だが異分野の研究を評価する能力が低くては、他の研究を追い掛けることはできても、新しい分野を拓いていけるだろうか。研究者は科学全体を見渡す能力を培わないとダメになる
  • 例えば地方大学で若手を公募すると100人、200人の応募がある。とても一人一人を審査しきれず、有名雑誌に掲載され論文数の多い人から選ばれることになる。だが東大や京大の大きな研究室で研究ができても、地方大の資金繰りの厳しい環境で知恵を絞る研究に向かない。2-3年、研究予算を確保できずに科学を諦める人もいる。そして予算申請に何年も『役に立つ』と作文を続けていると、その気になっていく。これを一概にけしからんとはいえない
  • 『役に立つ』とこじつけた研究や論文が増え、何年も継続して若い世代の視野を狭めている。若手が縮こまれば日本の将来はないだろう
  • 自分が何をやりたいのか一生懸命考え、恐れずやってみることだ。日本人にとって他人と違うことに挑戦することは怖い。ただ欧米は他と同じことやっていると埋もれてしまうという強迫観念があり、個性を示さないと生き残れない社会で競争している。業績づくりよりも自分のやりたいことが先にないと面白い研究はできない
  • 本来、一人の研究者が年間に10本も論文を書くことはおかしなことだ。3年に1本良い論文を出していれば十分良い研究ができている。また科学者は楽しい職業だと示せる人が増えないといけない。雑務に追われる大学教授を若手が見ている現状では難しいかもしれない。米国でも同様の危機意識があり、資産家がコンソーシアムを組んで、自由に基礎科学を研究させる例もある