9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために

 もし歴史が指針となるなら、ある技術に一番近いところにいる人々こそが、その最終的な用途を一番予測できないらしい。

1977年に、世界最大級で最も成功したコンピュータ企業の一つDECの社長ケン・オルソンは聴衆を前に「どんな個人であれ家庭にコンピュータを持つべき理由などない」と述べた。マイクロソフト社とアップル社がその間違いを指摘してからもずっと、1980年台を通じて彼はこの見方に固執し続けた。その30年後、元マイクロソフト社CEOのスティーブ・バルマーはUSA Today紙に対し、「iPhoneがそれなりの市場シェアを獲得する見込みはまったくない」と語っている。

ミシェル・フーコーは、この信念、偏見、規範、慣習のマトリックスが、人々の思考を導くルール群を作り上げ、それが最終的に人々の意思決定を左右すると考えた。かれはそれをエピステーメーと呼び・・・トマス・クーンはこうしたすべてを包含する信念体系をパラダイムと呼んだ。

最も慎重な科学者たちでさえ、そのとき主流のパラダイムの一貫性を維持するために、しょっちゅうデータを無視したり間違って解釈したりするし、科学理論で断層の最初の徴(しるし)となるような異常(アノマリー)を、勝手な説明でごまかしたりしていることがわかった。例えば、ニュートン物理学者たちは、天文学上の観測の異常値にこじつけの説明をつけるため、驚くような知的アクロバットをやってのけていた。そうしたアノマリーがいずれ、アインシュタイン相対性理論につながったのだった。こうした転覆ー科学革命、またはクーンがパラダイムシフトと呼んだものーに続いて一時的に混乱が訪れ、それがやがて、新しいパラダイムを中心に新しい科学的コンセンサスが形成されるにつれて、安定性へと向かう。

SF作家ウィリアム・ギブスンはかつてこう語った。「未来はすでにここにある。単に均等に分配されていないだけだ。」

過去数百年に渡り人類は未来予測となると、絶望的な記録を積み重ねてきた。それどころか、専門家たちや未来研究者たちは最悪の記録保持者たちで、無作為選択よりも成績が悪い。

気候学者たちはよく指摘したがるけれど、地球温暖化というのはちょっと間違った名前だ。あらゆる地域が温度上昇にあうわけじゃない。多くの地域が経験するのは、極端な気候事象の増加だ。・・・変動性をもたらし、一部の地域は乾燥し、一部は雨が増え、ほとんどの地域は台風増加を経験する。

人々は市場を、売り手と買い手が出会って商売を行う場所としか思っていない場合が多い。でもオーストリアの経済学者フリードリッヒ・ハイエクが、情報理論の根本文献の一つとされる1945年論文で述べたように、市場ははるかに価値の高いことをやっている。それは「個人の間に広く分散している」知識を集めて利用する。「社会のそれぞれの成因は、全員が所有する知識のほんの一部しか持っていない。そして(中略)それぞれは従って、社会の機能の元となる事実の大半を知らない」。ハイエクの見方では、市場は「知性を制覇する」ためにヒトが作り出した、偶発的な集約装置なのだ。

D・E・ショー

という新興金融サービス企業・・・こうしたファンドはビジネススクール卒業生など雇わず、コンピュータエンジニア屋や数学者を雇う。・・・起業スタイルからいえば、ウォール街企業よりはシリコンバレーの企業に近くて 、実際に技術企業を名乗っている。ジェフ・ベゾスとジョン・オーヴァーデックは、数学の天才でスタンフォード統計学博士号を持っているけれど、D・E・ショーで働いた経験がある。オーヴァーデックはベゾスの新興企業アマゾンに加わり、アマゾンの顧客に対してすぐに「コレが好きならこちらも気にいるかもしれません」と教えてくれる、とても複雑なーそして非常に儲かるーアルゴリズムの一部を担当しているとされる。

2001年にオーヴァーデックとシーゲルは、自前のクオンツ投資会社ツーシグマを立ち上げた。ウォール街投資銀行は職員を減らして活動を縮小しているのに、ツーシグマは成長している。・・・2013年にツーシグマが雇ったソフトウェアとデータの専門家は、この会社がアナリストやトレーダーやポートフォリオマネージャーを雇った数より多かった。

企業会ですら企業はもはや伝統的な、インターネット以前の時代のトップダウン式リーダーシップ形式ではまわらないと思っているというところだ。・・・メディアラボみたいな複雑で創造的な組織を率いる時、詳細な計画を持つなんてほぼ不可能だ。実際、多くの点で「率いる」という言葉は多分間違ったイメージを引き起こすだろう。というのも、みんな指導者といえば、凄まじいコントロール力と直接的な権力を持つものと思いがちだからだ。メディアラボを率いるのはCEOになるよりは庭師になるようなものだー植物に水をやり、肥料に気を配って、茂みを刈り込み、後は庭の植物や野生の創造性と生命の爆発が開けるように邪魔をしないでおく、というわけだ。

インターネットはソフトウェア企業に、先人たちによるリスク忌避的で官僚的に承認されたプロトコルを捨てて、アジャイルで許諾不要のアプローチをイノベーションに対して取れるようにしたーそして場合によっては取らざるを得なくした。

安全よりリスクを取る投資家たちも、失敗した投資に対するアプローチを変える必要がある。安全な投資を数件するのではなく、リスクの高い投資をたくさんする場合、成功しないものはあっさり見限る意志が必要だ。

ラリー・ペイジワイアード誌に述べたように、ほとんどの企業がだんだん劣化するのは彼らが以前にやったのとだいたい同じことを、マイナーチェンジしただけで続けようとするからだ。絶対に失敗しないとわかっていることをやりたがるのは自然なことだ。でも漸進的な改善は、やがて陳腐化する。これは特に、確実に漸進的でない変化が起こるとわかっている技術分野ではそうだ。

従業員にリスク追求を許す組織は、大きな創造性を奨励するものだ。・・・あらゆるリスクの高い提案を盲目的に支持しまくる必要はないけれど、イノベーターたちや投資家に、今何かをやる費用と、何かを先送りにしようか考える費用とを天秤にかけるよう促すものだ。イノベーションの速度が加速し続けるに連れて、この等式を一番理解した人が勝つ。

 大学に入る時に絶頂期だった分野を学び始める学生は、しばしば職をめぐってすさまじい競争に直面し、卒業する頃にはその産業は衰退に向かっている。日本の一流大学の入試は、各産業の動向をめぐる遅行指標だとからかう人も多い。

1926年にデュポン社化学部長だったチャールズ・M・A・スタインは、経営会議に対して「純粋科学または基礎科学研究」に資金を出すよう説得した。・・・理由は4つある

  1. 科学的な名声で広告価値が得られる
  2. 画期的な研究を行う機会は、士気を高めて博士号を持つ化学研究者をリクルートする機会をもたらす
  3. 新しい化学知識は、他の組織からの面白い研究と交換できる
  4. 最後に、一番どうでもいいものかもしれないが、純粋研究は実務的な応用につながるかもしれない

1930年6月にスタインが昇進して、後任化学部長はハーバード卒の有機化学者エルマー・ボルトンになった。スタインとは違って、ボルトンは研究に勝ちがあるのはそれが商業的な結果を生み出す限りにおいてだと考えていた。・・・ボルトンが1930年代初頭に是が非でも合成繊維二千年城と命令すると、カロザースは好き勝手な活動ができたスタイン時代の大量の知識を活用した。1935年に、各種ポリアミド、アミド類、エステルの組み合わせについての苛立ちと実験の挙句、彼は「ほら、コレがお望みの人口繊維だよ」と言えた。この繊維はその後急速に開発され、1937年に特許出願された。悲しいかな、その数週間後にカロザースは自殺して、純粋性ホールは間もなく終りを迎えた。・・・彼の創造物ーそれをナイロンと呼ぶようになった

服従、特に問題解決のような極度に重要な領域での不服従は、しばしばルール準拠より大きな見返りをもたらす。イノベーションには創造性が必要で、創造性はー善意の(そしてあまり善意でない)管理職たちの大いなるフラストレーションの源ではあるけれどーしばしば制約からの自由を必要とする。・・・新しいパラダイムはほぼ間違いなく、どこかの科学者が支配的な思想を受け入れなかったからこそ実現した。・・・進歩のためにはルールを破らねばならないということだ。 言われた通りにしているだけでノーベル賞を受賞できた人はいないし、だれかの設計図に従っていただけで、ノーベル賞をもらえた人もいない。

現代の会社、サイロ状に細分化された仕事、教育システムさえも、興味に基づく学習や探求を抑えがちで、生徒たちにルールに従って質問するなと教えたがる。だからこそ多くの人は歳をとると昔ほどクリエイティブでなくなったように感じるのだ。

yamanatan.hatenablog.com

 才能と仕事とをマッチングさせる最高の方法は、少なくともナノバイオ技術の世界では、一番華々しい学位の持ち主を一番難しい仕事に割り振ることではなく、むしろ何千人もの行動を観察して、その仕事に必要とされる認知技能に最大の適性を示すのは誰かを見つけることだ。

 伝統的に、大企業は・・・資源を積み上げて、階層型マネジメント構造や厳格なプロセスや、カオスの力から守ってくれるはずの詳細な五カ年計画を導入した。言い換えると。彼らはリスクより安全を重視し、プルよりプッシュ、創発より権威、不服従よりルール従属、コンパスより地図、システムより物体を重視したということだ。

失敗を克服するだけの回復力を持つ組織は、免疫系効果からも便益を得る。丁度健康な免疫系が感染に対し、病原菌への新しい防衛を発展させることで対応するように、回復力ある組織は間違いから学んで環境に適応する。

長期では、強さより回復力を重視することで、組織がもっと活気ある、堅牢で、ダイナミックなシステムを発展させる一助となるだろう。これはとんでもない破綻に対してずっと耐性が高い。・・・イノベーションの費用ーしたがって失敗の費用ーは実に急減しているので、回復力より強さを重視するのはもはや筋が通らないかもしれない。

 音楽業界と新聞業界・・・安泰で儲かっていた時代に、まともな形で新製品をイノベートするための投資を怠り、おかげで利潤が細った時に多くの大企業がしおれ、縮小してしまった

 メディアラボをユニークにしているのは、能力や才能は尊重される属性ではあるけれど、最も重視される特徴は独自の思考、大胆な実験、極端な野心だということだ。

過去25年で人類は単純なシステムが支配する世界から、複雑系に左右され面食らう世界へと移行した。・・・シフトの背後の力・・・複雑征、非対称性、最後に予測不可能性だ。・・・21世紀のユーザーマニュアルを提供しようというのに負けないほど野心的な(目標)・・・回復力、アジャイル性、教育上の失敗を核とした組織を作ることがわれわれの目標だ。

ハーバード大学ジョージ・チャーチ「やっていることに競合があるようなら、何かつまらないことをやってるんだよ」

ティモシー・リアリー「権威を疑問視して自分で考える」

 

9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために

9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために

 

 

president.jp

  • 今ある制度や組織は、昔の人が「よかれ」と思って作ったわけですが、社会が変化したことによって、それが邪魔をしているケースはたくさんあります。縦割り行政は、その最たるものです。
  • 9つのプリンシプルの中に、「Disobedience over compliance(従うより不服従)」というものがあります。そこには、「言われた通りにしているだけでノーベル賞を受賞できた人はいないし、だれかの設計図に従っていただけで、ノーベル賞をもらえた人もいない」「インターネットの先駆者たちは、だれ一人ビジネスプランなんかなかったし、だれも許可なんか求めなかった。やるべきこと、やりたいことをやっただけだ」とあります。法を遵守しているだけではイノベーションは起こせません。ましてや、何でもかんでも役人におうかがいを立てているようでは、話になりません。

  • 役所というのは減点主義で動いている組織ですから、役人に、前例のないこと、新しいことを「やっていいですか?」と聞いたら、ダメだと言うにきまっています。私が役人であっても、そう言うと思いますよ。