ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図

いまにして思えば、20世紀のほとんどの時期、モノやサービスの生産者と売り手はずいぶん牧歌的な環境で仕事をしていた。私が学校を卒業して英国空港に就職・・・イギリス国内の旅客航空ビジネスをほぼ独占・・・もし業績が思わしくなければ、会社のオーナーであるイギリス政府が救済してくれることに・・・土日に働く必要はなく、週末を満喫・・・充実した企業年金制度・・・規模の経済のメリットと安定した市場環境(そういう市場環境を作り出していたのは、たいてい独占や寡占、政府の規制だった)のおかげで、英国空港のような大企業は、競争の荒波に揉まれずにすんだ。中小企業や新興企業の挑戦を受けることもほとんどなかった。企業はもっぱら、消費者に拒絶されない商品やサービスを手頃な価格で提供することだけ考えていればよかった。研究開発部門もあるにはあったが、既存の商品やサービスの小手先の微修正にほぼ終始していた。労働組合との交渉で業界全体の賃金水準が決定されたので、支出の額も事前に概ね予測がついた。・・・1950-2010年の間に、世界の製造業の貿易高は60倍に拡大した。こうしたグローバル化の流れは近年ますます加速しており、それにともない、牧歌的な仕事の世界はもはや過去のものになった。

<現在の日本の典型的な(生産性の低い)大企業、特にインフラ・通信関連(元国鉄電電公社など)ってまさにこんな感じで凋落し続けているなぁ・・・。

変化に押しつぶされないために私たちは3つのシフトを行う必要があると、私は考えている。・・・ 広く浅い知識しか持たないゼネラリストから、高度な専門技能を備えたスペシャリストへのシフト・・・孤独に競い合う生き方から、他の人と関わり協力し合う生き方へのシフト・・・大量消費を思考するライフスタイルから、意義と経験を重んじるバランスの取れたライフスタイルへのシフト

 余暇の時間に受身的にテレビを見て過ごす傾向が世界中で強まっている。・・・1750年、人口の増加と都市化が急速に進んでいたロンドンで、お酒のジンが大ブームになった。街中で大勢の人がジンを浴びるように飲んだ。グラスいっぱいの腎を買う金が無い人は、代わりに人を浸した布を買い求めた。しまいには、酔いを覚ますために少し眠りたい人向けに、藁布団の寝床を時間貸しするビジネスまで登場したほどだった。・・・社会の急激な変化に伴い、当時の人々は、それまで慣れ親しんできたものとまるで異なり、しかも往々にして極めて過酷な生活にいきなり放り込まれた。酔っ払っていれば、そのストレスを和らげられたのだ・・・

1990年代以降の20年間も、社会が大きく変化した時代・・・この時期にジンの代わりに人々の精神安定剤の役割を果たしたのは、テレビだった。・・・2009年、先進国の国民は平均して州20時間テレビを見ていた。テレビを見ることが一種の「副業」と化しているのだ。

ミラノ・ビコッカ大学のマルコ・ギーとルカ・スタンカは、テレビの影響について以下のように指摘している。テレビは、人々の物質主義的な志向と欲求を強く助長する可能性がある。物質主義的な傾向が強い人は、人生の満足感を高める上で人間関係が持つ重要性を過小評価しかねない。その結果、所得を生み出すための活動に過剰に投資し、人と関わるための活動に過小な投資しかしなくなるおそれがある。

 輪をかけて重要なのは、未来に価値を持つ専門技能と能力を見極めて、それを身に着け、しかも、新たに価値を持ち始めた専門分野に次々と脱皮していく心構えを持つことだ。・・・環境に及ぼすダメージを最小限に抑え、人生の満足感と幸福感を最大限に高めるためにどうすべきか、という点である。この課題を成し遂げるために必要なのは、ひたすら消費を追求する人生から脱却し、創造的に何かを生み出す人生に転換すること・

 1990年代、社会の主役に躍り出ようとしていた世代は、第2次世界大戦の爪痕が残る1950年代に生まれたベビーブーム世代だ。この世代は同世代の人口が非常に多いので、他人と競争することが当然だと思って育ってきた。・・・企業はアメとムチの原理で社員の行動を管理しようとする。この種のマネジメント手法・・・アメリカの心理学者ダグラス・マクレガーは1960年に企業の人間的側面という著書を刊行し、権威主義的なマネジメント哲学(X理論)は人間的なマネジメント哲学(Y理論)より効果が乏しいと主張した。・・・Y理論派のマネジャーは、もっと人間味のあるアプローチ手法を取る。エイブラハム・マズロー自己実現理論に基づき、人間にとって仕事は遊びと同じように自然な行為であるという前提に立ち、人々は組織の抱える問題を解決するために高度な想像力と独創力と創造力を発揮できると考えるのだ。・・・戦争による荒廃の中であらゆる不安が吹き出した時代に育ったことを考えれば、ベビーブーム世代の間でこのような発想が主流になったのは意外でない。それに、同世代の人口が極めて多いので、この世代は他人を蹴落として競争に勝ち抜くことを当たり前と感じるようになった。そういう発想は、学校教育の現場で子どもたちの心理に植え付けられ、企業で社員同士がいわば勝ち抜き戦形式で出世を競い合う仕組みを通してさらに強化された。アメリカの有力複合企業GEのCEOを長く務めたジャック・ウェルチに至っては、成績下位10%のマネジャーを自動的に解雇するという10%ルールを取り入れていた。・・・自分の人生にとってもっとも重要な人物は、直属の上司とその上司たち。出世の階段を上るためにもっとも重要なのは、上司のご機嫌を取ることだった。・・・コ・クリエーションを実践するために他の人と手を携えることは、テクノロジーの面でまだ難しかっただけでなく、競争心の強いベビーブーム世代にはそもそも縁遠い考え方だったのである。

人々がせめて一日一時間テレビを見る時間を減らせば、メディア専門家のクレイ・シャーキーが言う「思考の余剰」が世界全体で一日90億時間以上生み出される。・・・大勢の人々が結びついて、集積効果を生み出すようになった結果、専門家より正しい判断を下せる「賢い群衆」が誕生し、世界の最も優れたアイデアを結集させるオープンソース運動が実現するようになった。それにともない、古いヒエラルキーが崩れはじめた。未来の世界では、対等の関係の人間同士が協力して仕事を進めるケースが増え、世界が抱える課題を解決する上で集合知の重要性がもっと評価されるようになるだろう。・・・アメリカの物理学者フィリップ・アンダーソンの有名な言葉を借りれば、「量は質の変化を生み出す」。

 社会学者のアンソニー・ギデンズによれば、大勢の他人によって踏み固められた道を歩むのではなく、自分自身のニーズや思考を反映させた道を選ぶ傾向が高まりつつあるのだ。・・・家族形態の多様化は、ギデンズが近代社会の特性として挙げる「内省性(再帰性)」―議論と内省を通じて自我を形成すること―の産物だ。

 アンソニー・ギデンズは1992年の著書で、「男たちは何を欲しているのか?」・・・「19世紀以降に男たちが欲してきたのは、男たちの中での地位である。男たちは、物質的な報酬を受け取ることを通じて、又、男同士の絆を維持する儀式と結びついた形で、地位を認められることを望む」。男たちのこうした性質は、いくつかの社会的な要因によりお墨付きを与えられてきた・・・社会的な要因とは、男性が公的なバを支配し、女性の発想や言動があいまいで非合理的だと見くだされ、両性の役割が固定化されている状態のことである。・・・公的な場における男性優位は弱まり、女性があいまいで非合理的だというレッテルも剥がれつつある。家事や育児の負担のの多くを女性が担うのが当たり前だという風潮も薄らぎ始めた。その結果、多くの企業でマッチョな企業文化が和らぎ、男性たちは職業生活の中に私生活の要素を持ち込みやすくなる。

 自分にあったオーダーメードのキャリアを実践するためには、主体的に選択を重ね、その選択の結果を受け入れる覚悟が必要だ。ときには、ある選択をすれば、必然的に何らかの代償を受け入れなくてはならない場合もあるだろう。・・・新たに生まれつつあるのは、大人と大人の関係だ。この方が健全だし、仕事にやりがいを感じやすいが、私達はこれまでより熟慮して、強い決意と情熱を持って自分の働き方を選択しなくてはならなくなる。そのために必要なのは、どのような人生を送りたいかを深く考え決断する能力だ。

第一の資本は、知的資本、要するに知識と知的思考力・・・広く浅い知識を持つのではなく、いくつかの専門技能を連続的に習得していかなくてはならない。第二の資本は、人間関係資本、要するに人的ネットワークの強さと幅広さのことである。・・・イノベーションと創造性の価値がことのほか高まることを考えると、多様性のある人的ネットワークを築くことの重要性も増す。・・・第三の資本は、情緒的資本、要するに自分自身について理解し、自分の行う選択について深く考える能力、・・・勇気ある行動を取るために欠かせない強靭な精神を育む能力のことである。

ゼネラリストと会社の間には、社員がその会社でしか通用しない技能や知識に磨きをかけるのと引き換えに、会社が終身雇用を保証するという契約が合った。・・・旧来の終身雇用の契約が崩れ始めた・・・一社限定の知識や人脈と広く浅い技能を持っていても、大した役に立たない。

広く浅い知識しか持っていない「なんでも屋」・・・最大のライバルは、ウィキペディアやグーグル・アナリティクスなど、浅い知識や分析結果を手軽に提供するテクノロジーの数々だ。

有る専門技能や能力が高い価値を持つためには、その技能や能力の持ち主が少なく、そのことが一般に理解されていなくてはならない。

 異なる暗黙のルールを持った複数のグループにまたがる人的ネットワーク・・・イギリスの経営学者マーティン・キルダフによれば、異なるグループの間のギャップを乗り越えるのが最も得意なのは、カメレオンのような人間・・・それぞれのグループで求められる資質に合わせて、自分の振る舞い方を修正・・・核となる信念がないわけではないし、自分のあらゆる側面を変えるわけでもない。どういう部分を環境に適応させ、どういう部分を核として保ち続けるかの見極めが上手なのかもしれない。・・・セルフモニタリング(自己観察)の能力が欠かせない。他の人の言動に鋭く目を配り、そのグループの暗黙のルールを敏感に察知して、それに照らして自分の振る舞いが適切かどうかを観察する能力が必要なのだ。

自分の魅力を高めて、他の人達があなたのグループに自分を適応させたり、あなたと偶然出くわすことを期待したりするよう促すことも目指すべき・・・面白くて知的興奮を与えてくれる人と思われること、そして、自分にアプローチする方法を他の人達に分かりやすく示すことだろう。

キケロ・・・友情が花開くためには、関心と経験を共有している必要がある・・・関心時計ケインの共有という土台の上に生まれて、相互の善意と愛情、対話の深まりを通じて強化されていく、というのである。・・・「世界で最も強い満足感をもたらす経験とは、地球上のあらゆる題材について、自分自身に向かって語るのと同じくらい自由に話せる相手を持つことである」 

 

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉