「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

 海外では健診が長生きに繋がるという強いエビデンスは見られていないのにもかかわらず、日本では2008年に特定健康診査(いわゆるメタボ検診)・特定保健指導がスタートした。・・・このメタボ検診には、2008年から2014年までに約1200億円もの税金が投じられている。

巨費を投じて日本で導入されたメタボ検診に効果はあったのだろうか。厚生労働省は、このことを調べるために、約28億円を投じてデータベースを構築した。しかしこのデータベースに不備があり、収集したデータのうち約2割しか検証できないことが発覚し、大きな問題に発展した。

メタボ検診をいきなり全国展開するのではなく、まずは一部の自治体でランダム化比較試験を実施し、効果があることが明らかになってから、残りの自治体にも導入することも考えられたはずだ。・・・わずか数%の予算を当てれば行うことが出来ただろう。

健診と検診は違う。・・・がん検診などのように、特定の病気についての検査を行う検診には、寿命を延ばす因果効果があると確認されているものが多い。

自分の都合のいい論文の結論だけを正しいとすることはできない。そのような行動のことを英語ではチェリー・ピッキング(サクランボ狩り)と呼び、特に研究では厳に慎むべきだと考えられている。・・・こんな時に用いるのがメタアナリシス・・・複数の研究結果を1つにまとめて、全体としてどのような関係があるのかを明らかにする研究手法のこと

2016年8月に国立がん研究センターの研究者チームが、国内のデータを用いて行われた9つの観察研究をまとめたメタアナリシスを発表・・・日本人でも受動喫煙によって肺ガンのリスクが1.3倍上昇する

この結論に噛み付いたのが日本のタバコ産業を代表するJT・・・9つの研究は「研究次期や条件も異なり、いずれの研究においても統計学的に優位ではない結果を統合したもの」であり、メタアナリシスの結果に基づいて「受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論付けることは、困難である」と主張した。

国立がん研究センターの研究者たちは、直ちにこれに再反論し、「受動喫煙の害を軽く考える結論に至っている」とJTのコメントを批判した。・・・受動喫煙JTが述べるような迷惑や気配りと言った問題ではなく、「科学的根拠に基づく健康被害の問題である」とJTの主張をエビデンスをもとに一刀両断したのである。

 

日本では古くから「小さく産んで大きく育てよ」・・・帝王切開の技術が十分に発達していなかった時代に、妊産婦が出産によって死亡するリスクを低下させるためにそのように言われてきた・・・日本では低出生体重児(2500g未満)の占める割合は他の国と比べても高い・・・アメリカ・ノルウェー・カナダ・台湾で行われた大規模な双子のデータを用いた研究・・・出生児体重が重いほうが、その子供が大きくなった後の成績・学歴・収入・健康状態が良好であることが明らかになった。・・・小さく産んで大きく育てよは子供のことを考えたら正しいアドバイスとは言えない。

最近の経済学の研究成果は、胎児起源説・・・胎児期の環境がのちの人生に決定的に重要である・・・『オリジンズ』・・・アニー・ポール「胎児起源の研究は、妊娠中の母親に起こる不幸な事件や行動を非難するためのものではなく、次の世代の子どもたちのより良い人生を発見するためのものなのです。」

www.ted.com

 

保育所定員率と母親の就業率の間には因果関係を見出すことが出来ない」・・・認可保育所が、詩的な保育サービス(祖父母やベビーシッター、あるいは認可外保育所など)を代替するだけになってしまった可能性が指摘されている。元々就業意欲の高かった女性は、こうした私的な保育サービスを利用しながら就業を継続していた。そのため、認可保育所の定員の増加は、彼女たちに私的な保育サービスから公的な保育サービスへの乗り換えを促しただけで、これまで就業していなかった女性の就業を促したわけではなかった。

保育所整備は母親の就業率をなぜ押し上げなかったのか

http://www.ier.hit-u.ac.jp/Common/publication/DP/DPS-A630.pdf

 

ノルウェーでは、女性取締役比率が2008年までに40%に満たない企業を解散させるという衝撃的な法律が議会を通過した。南カリフォルニア大学のケネス・アハーンらは、この状況を利用して、女性取締役比率と企業価値の間に因果関係があるかを検証しようとした。・・・法律が施行される前の各企業の女性取締役比率を操作変数として用いた。要するに、法律施行前に既に女性取締役比率が高かった企業は、法律施行後、難なく女性取締役比率を40%にすることが達成出来ただろう・・・「法律が施行される前の各企業の女性取締役比率」は・・・各企業の女性取締役の増加率に影響を与えると考えられる。しかしそれが、現在の企業価値に直接影響するとは考えにくいので、操作変数として妥当だと考えられる。

女性取締役比率の上昇は企業価値を低下させることが示唆された。・・・女性取締役を10%増加させた場合、企業価値は12.4%低下することが明らかになった。・・・経験が浅く、経営者の資質に欠ける女性を無理やり取締役にして急場をしのいだ。このことが企業価値を低下させることに繋がったと考えられる。

The Changing of the Boards: The Impact on Firm Valuation of Mandated Female Board Representation * | The Quarterly Journal of Economics | Oxford Academic

 アングリストらは、入試の合格ラインギリギリのところで合格したエリート高校の生徒達(介入群)と、ぎりぎりで落ちて他の高校へ行くことを余儀なくされた生徒たち(対照群)は比較可能であると考えた。この状況で、合格ラインの点数をカットオフ値として回帰不連続デザインを用いることで、学力の高い友人とともに高校生活を送ることが、生徒の学力に与える因果効果を明らかにしようとしたのである。

・・・カットオフ値の前後でその後の学力のジャンプは見られなかった。・・・勉強のできる友人に囲まれて高校生活を送っても、自分の子供の学力にはほとんど影響がないということのようだ。

自己負担割合が低下し、受診や入院の頻度が高くなっても、死亡率は変わらない・・・医療費の自己負担割合が引き下げられると、高齢者は病院に行く回数が増えるものの、それによって死亡率や健康状態に影響が出ることはない

マッチング法とは、介入群によく似たペアを対称群の中から選び出すことによって、2つのグループを比較可能にする方法のことである。・・・共変量とは、原因と結果でない残りすべての変数のこと・・・一方で、交絡因子とはその共変量の中で「原因と結果の両方に影響を与えるもの」のことである。・・・プロペンシティスコアマッチングとい雨手法・・・プロペンシティスコアとは、複数の共変量をまとめて1つの得点にしたもの・・・介入群に割り付けられる確率のこと。

 マッチングの結果・・・ある大学に合格して実際に進学した生徒のグループ(介入群)と、同じく合格したがその大学に行かずに偏差値の低い大学に進学した生徒のグループ(対称群)のあいだで、卒業後の賃金に統計的に有意な差はなかった

Estimating the Payoff to Attending a More Selective College: An Application of Selection on Observables and Unobservables* | The Quarterly Journal of Economics | Oxford Academic 

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