いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学

 大規模なマーケティング実験で、一部の顧客には有効期限付きのクーポンを送り、他の顧客には同じような期限なしのクーポンを送った。すると、期限のないクーポンのほうが使える期間は長かったにも関わらず、使われる確率は低かった。・・・データ入力の作業員は給料日が近づくにつれて精を出すようになることがわかった。・・・「イギリス人の頭脳は土壇場で一番よく働く」・・・締切が有効なのは、まさに欠乏を作り出し、注意を集中させるからだ。・・・会議が終わろうとしているときに関係のない話に時間を費やさないし、卒業の直前には大学を最大限に活用することに集中する。仕事でも楽しみでも、時間があまりないときのほうが得るものは大きいのだ。私達はこれを「集中ボーナス」と呼ぶ。欠乏による心の占拠が生むプラスの成果だ。

欠乏は潜在意識レベルでも、人がもっと意識的に行動するときにも、心を占拠することがよく分かる。心理学者のダニエル・カーネマンなら言うだろう。早い思考でも遅い思考でも欠乏は心を占拠する、と。

消防士の死因として、心臓発作の次に交通事故が多いとする推定もある。1984年から2000年まで、自動車の衝突は消防士の死亡者数の20~25%を占めている。そのうち79%で、消防士はシートベルトを着用していなかった。確実なことはわからないが、ただシートベルトを締めることで、その生命の多くが助かったと言ってもおかしくない。消防士はこの統計を知っている。・・・家族にシートベルトをするように言わない消防士もいないと思う・・・なぜ、消防士は消防車から投げ出されて命を落とすのか?・・・集中する力は物事をシャットアウトする力でもある。欠乏は「集中」を生むと言う代わりに、欠乏は「トンネリング」を引き起こすということも出来る。つまり、目先の欠乏に対処することだけに、ひたすら集中するのだ。・・・スーザン・ソンタグ「写真を撮るというのはフレームに入れるということで、フレームに入れるということは締め出すということだ」

ある研究で被験者は、個人的な目標として獲得したいと思う特性を表現する語(たとえば人気や成功)を、書き出すように指示された。半数は自分にとって重要な目標を挙げるように言われ、残りの半数はなんでもいいから目標を挙げるように言われた。その後両グループとも・・・できるだけたくさん目標を挙げるように言われた。すると、重要な目標から始め人たちのほうが、列挙された目標が30%少なかった。・・・重要な目標が活性化されたことで、競合する目標が締め出されたのだ。

処理能力への負荷は、ダイエットが単に難しいだけではないことを示唆している。ダイエット中の人は何をしているときも、心の何処かが食べ物に占領されているので、心的資源が減っていると感じるはずだ。・・・様々な認知テストのすべてで、人はダイエット中だと成績が悪い。・・・ダイエット中の人達の心の一番上にはダイエットに関係する関心事があって、知力を邪魔している。

バックグラウンドで開いているプログラムのせいで、動きが遅くなったコンピュータのたとえを思い出してほしい。あなたはそのコンピュータに向かっていて、他のプログラムに気づいていないとしよう。ブラウザがノロノロとページを開くので、あなたは間違った結論を出すかもしれない。他のタスクで手一杯のプロセッサを、そもそも遅いものと勘違いし、なんて遅いコンピュータだと思うかもしれない。同じように、欠乏による負荷をかけられた頭脳は、元々無能な頭脳と勘違いされやすい。・・・私たちは、貧しい人たちの処理能力が劣っているのではないと、断固として言いたい。全く逆だ。誰しも貧しくなると、有効な処理能力が落ちるのだと言いたい。・・・人は自分の持っているもの(時間、お金、摂取できるカロリーなど)がごくわずかしか無いと考えるとき、欠乏の物理的な意味に重点を置く。・・・負荷をかけられると、少ない心的資源でなんとかやっていかなくてはならない。人は欠乏のせいで莫大な借金を抱えたり、投資しそこねたりするだけではない。生活の他の面でもハンディキャップを負うことになる。まぬけになる。衝動的になる。使える処理能力が減り、少ない流動性知能と実行制御力で、なんとかやっていかなくてはならない―生きるのはさらに大変になる。

ミツバチはぴったり120度の角度で接する壁を作り、見た目完璧な六角形が出来上がる。壁の厚みは0.1ミリ未満、狂いはプラスマイナスわずか0.002ミリ。これは許容誤差2%であり、建築基準として悪くない。ちなみに、米国標準技術局は建築用加工合版の幅に10%の誤差を許容している。ミツバチと同様、ドロバチモスを作るが、こちらはドロで作る。・・巣房はほぼ円筒形だが適当にくっつけられていてミツバチの巣のような精密さは微塵もない。なぜ、ミツバチはそんな精密な構造物を作り、ドロバチはそんな乱雑なものを作るのか?答えは欠乏だ。ドロバチが使う材料は豊富なもの、すなわちドロである。ミツバチが使う材料は乏しいもの、すなわちロウである。

 

3章まで読んだ。4章からはまた時間があるときに。

 

 

いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学

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