サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠

 ウォール街やロンドンのシティで評価されるのは、MBAあるいは経済や金融、天体物理学をはじめとする定量的科学の修士号や博士号だ。タジク人の結婚の風習というのは、世界経済や銀行システムについて執筆するのにおよそ相応しい予備知識とは思えなかった。

ブルームバーグ・・・筆頭は各組織がどのように情報の流れを管理しているのか(というより管理できていないのか)だ。「測定できないものは管理できない」はお気に入りのスローガンだった。もう一つのテーマは、市役所内のサイロを破壊することだった。ブルームバーグは従業員の交流を促すオープンプラン・オフィスこそ、オフィスを運営する最適な方法だと確信していた。普通の行政機関というのは、そうなっていない。・・・市役所の組合は本当に強く、全員の雇用を守ろうとした。市役所は巨大組織で、2500もの異なる職種がある。この2500ものサイロが本当に強固だった。

・・・求めたのは数理経済学の分かる、そして新たな見方を提供してくれるフレッシュな人材だった。・・・データは何十という異なるデータベースに分かれて保管されていなのだ異なる部局が互いに独立していただけでなく、各部局の内部は更に細かい部署に分かれていた。職員だけでなく、データも恐ろしく細分化されていた。・・・ガキンチョ達は危険な建物は1938年以前、すなわちNYの建築基準が強化される前に建ったものが多いことに気づいた。しかも大抵は貧困地区にあり、所有者が住宅ローンを滞納しており、過去に害獣・害虫の苦情が寄せられていた。・・・つまりファイアトラップとなる住宅を予測したければ、一番の手がかりは311の通報でも火災に関する具体的な苦情でもない。住宅ローンの不履行、建築基準法違反、建物の築年数を示すデータ、周辺の貧困度を示す様々な指標という多様なデータを組み合わせた結果が最も有効だった。・・・それまでは検査官が調べた建物の内、実際に問題を発見できたのは13%だった。それが新しい手法を使うと、検査官が訪れた物件の70%で問題が発見された。追加コストもかけずに、火災リスクの発見プロセスの効率は一気に5倍になったのだ。

ニューヨーク市の法律では、レストランは廃棄物処理会社と契約し、イエローグリース(黄色油脂)を廃棄することになっている。だが従来は法律を無視し、グリースをマンホールつまりは下水道に直接流す店が多かった。・・・廃棄物処理免許を申請していないレストランを抽出し、グリースを廃棄している可能性が高い店のリストを作った。・・・『不法投棄をせずに、バイオディーゼル会社に廃油を売ってお金にしろよ。世の中にはイエローグリースを買いたいっていう企業が山ほどあるんだぜ』

サイロを破壊するメリットはあまりに明白で、しかも効果は強力だった。・・・なぜデータベースを統合しようという試みがこれまで行われてこなかったのか。・・・NY市役所にはあまりにもサイロが蔓延していたため、目と鼻の先に転がっていた問題やチャンスに誰も気づかなかったのだ。・・・成功した本当の要因は、統計データの使い方にあったのではない。我々の職務、データ、部署、生き方や考え方がどのような仕組みになっているかの問題なのだ。

現代社会にはサイロが必要であるという認識から出発している。少なくともサイロがスペシャリストの集まった部署やチームや場所を意味するのなら、間違いなく必要なものだ。理由は明白である。我々はひどく複雑な世界に生きており、この複雑さに対処するには何らかの「体系化」が必要だ。・・・専門化はたいてい進歩につながる。18世紀の経済学者アダム・スミスが指摘したとおり、社会や経済は分業によって栄える。・・・しかし、サイロには弊害もある。専門家チームに分けられると互いに敵対し、リソースを浪費することもある。・・・組織の細分化は情報のボトルネックを生み出し、イノベーションを抑制しかねない。

オバマ政権がローンに苦しむ住宅保有者を支援するために施行した制度・・・一定の基準を満たした場合、銀行が月々のローン返済額を減らすという仕組み・・・金融機関の組織があまりにも細分化されており、ある部署が毎月の返済額を減らして住宅ローンの借り手を支援することにしても、その情報を差し押さえを担当する部署に伝えないことが多かったのだ。・・・差し押さえ担当チームが、借り手が債務不履行に陥ったものと判断し、家を差し押さえてしまったのである。・・・グールズビー「ひどい話だった。銀行の中があんなサイロ状態だとは、誰も思いもよらなかった。サイロは非常に強力で、我々が期待していたのと真逆な結果を招いた。」

 ブルデューは元々人類学者を志していたわけではない。若いころは、世界を理解する最も良い方法(ことによると唯一の方法)は哲学を学ぶことだと考えていた。・・・サルトルが圧倒的な支持を集めいていた戦後フランス社会で育ったことを考えれば、自然な発想かもしれない。「(当時は)哲学者という社会的地位の高いアイデンティティを確保することによって神聖な存在となるために、人は哲学者を志した」とブルデューは説明する。

クロード・レヴィ=ストロース・・・フランスの知識人の伝統にならい、言語学者兼哲学者としてキャリアをスタートさせたが、やがて(ブルデューと同じように)抽象的思考にふけることにうんざりした。「私は子供の頃から理屈に合わないことが嫌で、無秩序とされるものの背後に秩序を見出そうとした。私が人類学者になったのは、人類学に興味があったためではなく、哲学から足を洗いたかったからだ。

いずれにせよブルデューは、学問の境界やレッテルにこだわるのはくだらないと感じていた。どのような学問分野についても専門家の領域と考えることを拒み、学者を異なる部族に分けて競わせる大学の傾向を苦々しく思っていた。・・・マーガレット・ミード「人類学に必要なのは、自分が想像すらできなかったことを見聞きし、驚きと感嘆を持って記録するオープンマインドな姿勢である。」

企業戦略の常識に照らせば、やたらと端末の数が多いというのは決定的におかしかった。コンシューマー向け製品を扱う会社が新製品を発表するときには、顧客(あるいは自社の営業担当)を混乱させないように、できるだけプレゼンテーションをシンプルにしようとするものだ。通常は特定の分野ごとに一つの製品しか出さない。・・・1999年にソニーが1つではなく2つの全く異なるデジタルウォークマンを発表した理由は、社内が完全に分裂していたためである。巨大なソニー帝国の異なる部門が、それぞれ「ATRAC3」と呼ばれる、あまり互換性のない独自技術を使って全く異なるデジタル音楽プレーヤーを開発したのだ。異なる部門(サイロと呼んでもいいだろう)はどちらか一方の製品で合意することは愚か、アイデアを交換することも、共通の戦略を見出すことすら出来ない状態だった。・・・数年もしないうちにソニーはデジタル音楽市場から完全にドロップアウトし、「アイポッド」を擁するアップルの独走を許した。

News and Information "MZ-E95"

News and Information "VAIO GEAR"

「どれほど市場調査をしたって、ソニーウォークマンが成功はおろか、たくさんの模倣品が出まわるほどのセンセーショナルなヒット商品になることは見通せなかったはずだ。しかしこの小さな商品は、世界中で数百万人の音楽の聞き方を変えたのだ」と盛田は振り返る。

「アップルには独自の損益責任をもつ『事業部』は存在しない。会社全体で一つの損益があるだけだ。・・・ジョブズがこの時使ったのは真の協業やコンカレント・エンジニアリングといったフレーズだ。製品を技術、設計、製造、マーケティング、流通の各部門に順を追って引き継いでいくのではなく、様々な部門が同時並行的に協力するのだ」とアイザックソンは書いている。

 ソニーの文化は徹底した階層主義で、誰もが分をわきまえ、言われたことにしたがうように教育される。こうした文化では社員は特定の役割を任され、その役になりきる。そうして本当に薄っぺらになるんだ。・・・ストリンガー自身は、サイロ問題は日本に限った現象ではないと考えた。ソニーは極端なケースだったが、機能不全に陥ったサイロは数多くのヨーロッパやアメリカの大企業でも問題を引き起こしてきた。代表格の一つがマイクロソフトだ。ゼロックスも同じである。そこでストリンガーはこの問題に正面から向き合った大企業の事例を探した。その中でアメリカの巨大コンピュータ会社IBMの事例に惹きつけられた。・・・最終的にはガースナーのサイロ破壊の試みは勝利し、IBMアメリカ産業史上稀に見る復活劇に導いた。・・・企業におけるサイロとは、要するに組織内のサブカルチャーのことだ。孤島のようになり、水平的はおろか垂直的コミュニケーションすらしなくなる。・・・もちろんサイロの存在は必ずしも悪いこととは限らない。会社が大きくなれば、専門家は不可欠とは言わないまでも有益なことが多い。・・・他のチームと交流しなかったり、あるいは自らの垂直的ヒエラルキーの上下でコミュニケーションをしなかったりすると、透明性を失い、社内の他の部署や外界で起きている変化に乗じることができなくなる。西欧の企業でサイロの問題が話題になるのは、たいてい企業が大きくなりすぎた時だ。・・・日本語が話せなかったから、かつてのように廊下であった相手と気軽に会話するといったことも出来なかった・・・私がなにか言えば、みな分かりましたと答えるが、実際には何も起きない。・・・リーダーとして1000人の上に立ってはいるが、みな死んだように静かで、誰も口答えをしない。

ウルフのような立場にある人々がCDOについて語るとき、たいていそれを「移送業」と表現した。要するにCDOについて語るときは他の投資家に販売するためのものだというのだ。しかし現実には、銀行にはCDOをすべて売却するという動機付けは働かなかった。CDOには通常「トランシェ」(フランス語でスライス)と呼ばれる複数の階層がある。外部の投資家はCDOのうち高いリターンを支払うトランシェを欲しがった。その一方、安全でリターンの極めて低いスーパーシニア・トランシェへの需要は乏しかった。 ・・・CDOが銀行の帳簿に残ると、そこから生じる少額のリターンはトレーダーが「利益」として計上できる。リターンの割合は年利0.1%程度と極めて低かった。しかしそれが数十億ドルの0.1%となると、CDOチームにとっては魅力的な収入源に思えてきた。・・・2006年初期には自分たちが作ったCDOのスーパーシニア債だけでなく、補完権光が作るCDOのスーパーシニア債まで買い入れるようになっていた。CDOをめぐる建前と現実には大きな乖離があったわけだ。

社内には不動産証券や融資リスクを把握しようとした報告書を含めて、UBSが抱えるリスクを総合的に示そうとする正式な報告書がたくさんあった。しかしデータの取り方が不完全であったため、網羅的な視点が得られることはなかった。

 アプトン・シンクレア「何かを理解しないことで給料をもらっている人に、それを理解させるのは難しい。

 当時(1979年)は中央銀行で経済学博士号が必要、とは誰も思っていなかった。・・・20世紀半ばに、ロバート・ルーカスをはじめとするシカゴ大学の経済学者らが、人間は常に合理的期待によって動いており、それは正確にモデル化出来るという前提に基づく経済理論を打ち立ててた。そこから経済は物理学の「運動の法則」と同じように普遍的な法則によって動いているという考え方が生まれた。それから経済学者は経済トレンドを発見し、理解するためい一段と複雑な定量モデルを駆使するようになった。LSE教授のグッドハートはこう語る。「経済学では精緻で複雑な数学的アプローチを使うことが、実証性という要請に応える能力として高く評価される。最も大切なのは数学的モデルなのだ。」・・・アローとドブルーの数学モデルは、完全かつ効率的市場というユートピアへの道標として強い支持を受けた。

彼ら(経済学者)の社会構造はかなり複雑だ。成人男性の地位は、自らのフィールドに関する数学モデルを作る能力によって決定される。・・・こうしたツールを使いこなす能力を示さなければ大学で終身在職権を持った教授になることは不可能である、・・・数学にそれほど興味がなく、政治学者や社会学者など数学以外の「部族」と交わる経済学者は、低い地位にとどまる傾向がある、と。部族のヒエラルキーの頂点に位置するのは定量的経済学者だ。

20世紀末には経済学の学士号あるいは博士号は西欧諸国の中央銀行財務省に就職するための必須条件と見られうようになった。

 コロンビア大学ビジネススクール教授のチャールズ・カロミリスは「FRBには経済学と金融は全く別物だという強い認識があった。市場を見ているスタッフは、マクロ経済を研究しているチームと全く別の場所にいた」と語っている。同じような隔たりは大学にも見られた。「純粋な」経済分析は専門の経済学部で行われ、金融はビジネススクールの領域とされていた。

タッカーは部下になぜM4がこれほどの勢いで拡大しているのか調査するよう命じていた。調査チームは、統計上「その他金融機関(OFC)」のカテゴリーに含まれる企業群の借り入れと融資が急激に増えていることが主な原因である、と報告した。「OFC」というカテゴリーは感んたんんい言うと、通常の分類システムに当てはまらないものをすべて入れておく「その他もろもろ」のくくりだった。・・・OFCカテゴリーの中に・・・「その他金融仲介会社(OFI)」。。。。CDOSIVコンデュイット(媒介企業)など2002年に存在が確認された、金融ジャングルに潜む奇妙な新種であると判断した。・・・ここ2年というもの、これらの企業群は全体として年率40%以上の成長を遂げてきたのです。・・・ブロードマネーあるいはOFCマネーの拡大が、マクロ経済上どのような意味を持つかを判断するのは極めて困難です。OFCマネーのマネーのマクロ経済上の重要性に関しては、ほとんど研究されていないのですから

CDOという領域で起きていることとマクロ経済を結びつけようと努力したのかと問われれば、今となっては不十分だったと言わざるをえない。ただ重要なのは、それが何を意味するかだ。CDOを研究していた人々がいなかったわけではない。ただ木しか見ていない人が多すぎた。あまりにも大量の論文が書かれていたので森を見ることは不可能だったのだ。・・・マクロ経済学者は経済統計を見ていたが、金融の細部は無視していた。銀行を規制する機関は個別の銀行は見ていたものの、ノンバンクは見ていなかった。民間の銀行で働いていた金融関係者にはシャドーバンクの仕組みに精通していたものもいたが、中央銀行の中枢にいる経済学者とは交流がなかった、一方、「実体」経済で借金をしていた人々、例えば住宅保有者や企業は、金融というエコシステムそのものがどのような仕組みで動いているか全く理解していなかった。UBSという組織が縦割りで、ロンドンのトレーダーがニューヨークで何が起きているかを全く知らなかったように、政策立案車の間でも重要な情報の交換が行われず、経済が順調であるかのように思われたため、誰もが自らの狭い領域に閉じこもり、そこから敢えて外に踏み出そうとはしなかった。その結果、金融システムが過剰なレバレッジ(負債)を抱え込んだというもっとも重要な事実に誰も気づくことが出来なかった。

サイロを打破するのに大切なのは、いろいろな対策を打つことではなく心の持ち方だ。好奇心と他者の言葉に耳を傾ける寛容さを持てるかだ。・・・過去には規制機関の間に隙間があり、その裂け目の部分で様々な問題が起きていた。今ではサイロを防ぐために敢えて重複を作るようになった。重複があると様々な問題が絡み合ってくるので官僚にとっては厄介だが、社会にとっては重複より隙間のほうが危険だ。

スティーブ・ジョブズ「私が大学にあった唯一の週次のコースに顔を出していなかったら、マックが多様な書体や非固定ピッチフォントを持つこともなかった。未来を見ながら点と点を結びつけることは出来ない。つながりは過去を振り返った時初めて分かるものだ」。そして学生たちにリスクをとり、「点と点がいつか何処かで結びつくと信じるしかない」と訴えた。

ソニーやUBSといった企業の部門がそれぞれデータを抱え込もうとしたように、警察、FBI、CIAのお異なる部署も自己防衛本能と猜疑心と部族的ライバル意識から情報を抱え込んでいた。このため情報の流れは滞り、時にはそれが最悪の結果を招くこともあった。有名なのは、2001年にワールド・トレード・センターが攻撃される前にCIA。が犯した失策だ。様々な部署にアルカイダがテロを計画しているというシグナルが寄せられていたにもかかわらず、組織全体で連携して脅威に対応する動きには結びつかなかった。情報が巨大な官僚機構の異なる場所に散在していたからだ。・・・調査資料はトイレットペーパーに書いたほうがまだましなんじゃないか。そうすれば誰かが使うだろう。

アルゴリズムが人気上昇中のレストランを特定し、顧客に紹介するのに役立つなら、犯罪パターンを追跡するのにも役立つかもしれない。

フェイスブック幹部「僕らは非ソニー、非マイクロソフト的でありたい。彼らを見て、自分たちはこうはなりたくないというのを確認するんだ。」

何が起きたかを突き止めようと駆け寄ってきたフェイスブックの同僚たちは、彼女の失敗を責めたり、あるいはエクスチェンジチームとバグツールチームという2つの既存部署の縄張りを犯したことを咎めるよりも、なずタスクリーパーをつくったのかの方に興味があるようだった。どういうつもりだ!などという人は一人もいなかった。・・・他の大企業では、それぞれの部署が自分の縄張りを社外から、そしてお互いから守ろうとする。部門間の競争も激しく、領海侵犯は歓迎されない。・・・仕事のやり方がいささか無秩序に見えるだけではなく、同業他社と比べると社内対立や硬直性といった問題が目立たなかった。少なくともゴールドファインが見る限り、ソニーを蝕んだようなサイロや官僚組織は存在しないようだった。

 2008年夏、FBは・・・コンピュータ技術者の数が150人を突破したことに気づいた。・・・150という閾値を突破したことに不安を抱いた。理由はイギリスの進化生物学者で人類学者のロビン・ダンバーが提唱したダンバー数と呼ばれる理論だ。・・・150人までなら人間の脳は社会的グルーミングを通じて緊密な絆を維持できるが、それ以上は無理だから、と。集団がそれ以上の規模になると、直接的交流や社会的グルーミングを通じてつながりを維持することが出来なくなり、強制あるいは官僚機構に頼るしかなくなる。

 フェイスブック経営陣は、プロジェクトごとに専門性の高い専従のグループを作るのと同時に、そうしたチームが硬直的で競争意識の強いサイロに変貌するのを防ぐためにあらゆるソーシャルツールを活用していた。そうした手段の一つが建物の構造だ。

 フェイスブックの経営陣は、ハッカソンに参加する人々に他部門のメンバーと組み、普段の仕事とは無関係のプロジェクトに取り組むことを求めるようになった。

ウルスス・ウェールリ
物事をひっくり返してみたり、絵画や状況を違う角度から見るのが好きだ。そうやって視点を変えると、モノの見え方がどう変わるか確かめるんだ。

コスグローブはクリーブランド・クリニックを医者の専門分野に応じた部門に分けるのを辞め、患者の病気を中心とした組織にしようとしていた。それは「疾患」や「体組織」ごとに異なる専門分野を集めた組織を作り、外科医や内科医などさまざまな専門医が患者の治療に協力する仕組みを意味する。・・・頭痛に苦しむ患者はとにかくそれを治してもらいたいと思う。自分に必要なのが神経科の医者なのか、神経放射線科の医者なのか、彼らにはわからない。だからすべてまとめるのが理に適っている。この実験を担う人材探しは難航した。・・・トップレベルの外科医の多くは、内科医や精神科医と同等に扱われるのを嫌がる。それは医学会の慣習に反していた。

クリーブランドの改革の噂を聞きつけたアメリカ外科医師会とアメリカ内科専門医協議会は当惑し、警戒心を抱いた。どちらも国内の医学教育プロセスを承認する役割を担っており、それぞれ病院は内科と外科に分かれているという前提にもとづいて動いていた。こうした境界を崩そうとする病院など見たこともなく、この申請な区別を失くすことでクリーブランド・クリニックの医師教育に不都合が生じるのではないかと不満を伝えてきた。・・・複数の専門家をまとめた各センターの背後に。従来の専門家を非公式の組織構造としてのこうことにした。・・・保険会社も、保険料に支払いはセンター単位ではなく、従来通り専門科単位にするよう求めてきた。・・・二重構造の存在によって医師たちは仕事をする中で、医療行為を定義し分類する方法は一つとは限らないことを常に意識し、状況に応じて異なる分類法の間を行き来するようになった。・・・全てはどのような視点で世界を見るかで決まる。

アメリカの病院のほとんどが採用する成果報酬型のシステムでは、専門医のチームが1人の患者に対してできるだけ多くの治療を施そうとするので、治療費が膨らむ傾向がある。・・・クリーブランドの医師は固定給なので、過剰な治療をするインセンティブを抑える効果がある。・・・他の病院では、専門医が一番得意な治療法を勧めるだろう。。。。クリーブランドではさまざまな専門医が一つのチームであり、5つの選択肢は全て同等だ。

報酬制度の違いも大きい。我々がサイロを破壊できた一因は報酬制度にある。成果主義的モデルの下では同じことは出来ない。・・・長年続いてきた思考法や習性は変えざるを得なくなるまで変わらない。ハーバード大学が変わる必要が無いのは長い歴史がある上に、世界最大の基金に支えられているからだ。一方、われわれはエリー湖の辺りの人口減少の続く斜陽都市にある非営利組織だ。自らを改善し、クリエイティブになるしかなかった。

我々のシステムを金で買ったところでサイロを破壊することは出来ない。システムは自ら創らなければ意味がない。新しいシステムを構築するプロセスやそれについて議論することを通じて、組織は変わっていくのだ。

 フェルドシュタインのヘッジファンドは、ウォール街の大手銀行が業務を硬直的なチームやトレーディング・フローにどのように割り振っているかを研究し、そのような分類システムから生じる弱点を付く方法を見つけることに全力を傾けていた。・・・フェルドシュタインらは金融世界で硬直的なサイロが形成されれると、市場や価格の歪みにつながりやすいと考えていた

科学者で組織理論学者のジョン・シーリー・ブラウンはこう述べている。「イノベーションはたいてい境界で生まれる。新しいタイプのチャンスや課題の存在を示唆するパターンが見つかるのもそこだ。」ビジネスの世界で境界を超えてみると、人はクリエイティブになる。金融も同じで、トレーダーが市場、資産クラス、制度の境界を飛び越えたり、既存の境界に疑問を抱いたりすると大儲けに繋がることが多い。

フェルドシュタインは・・・JPモルガンでの経験を通じて、金融機関が大きくなると官僚主義や分断化が進むことをいやというほど見てきたからだ。・・・大手銀行内部のサイロは歪んだインセンティブを生み、トレーダーはミクロレベル(個別の部署の利益)では理にかなったように見えてく、マクロレベル(銀行全体の利益)ではとんでもなく愚かなことをしでかす。・・・大手金融機関で働く人々は金融市場の内自らが直接担当する部分(報酬の対象となる部分)だけに集中するように訓練やインセンティブを与えられる。・・・金融のエコシステム全体に目を向け、より大きな文脈の中でパターンを見出そうとした。ピエール・ブルデューの表現を借りれば、「踊る者」だけでなく「踊らない者」、メンタルマップの内一般の人々が話題にしない部分に目を向けたのだ。

IG9インデックスを買うと125社の信用度に一度に投資できる。・・・市場ではIG9の価格はインデックスに含まれるさまざまな信用デリバティブの平均値とほぼ同等と考えられていた。だが2011年夏、こうした認識は妥当性を失っていた。・・・CDO全体の価格が、それを構成するトランシェの総和と一致しなかったのと同じように、デリバティブ・インデックスの価格はそこに含まれるデリバティブと乖離することも珍しくなかった。・・・JPモルガンのCIOがIG9や他の信用商品で大規模なポジションをとっていることが分かった。・・・CIOは安全な取引しかしないことになっていたので、個別企業の信用デリバティブにまとまった額の投資をすることは禁じられていた。それはリスクの高い行為と見られていたからだ。一方インデックス商品は比較的安全とされていたため投資することが認められていたん。・・・・CIOはインデックスは書いながらもそれを構成する個々のデリバティブは買わなかったからで、それは価格の歪みにつながった。またしても人工的な境界やルールが市場を混乱させていたのだ。・・・監査人が調べたところ、CIOは保有していた信用デリバティブを、投資銀行部門とは違う方法で評価していたのだ。・・・ドナルド・マッケンジーが指摘したとおり、銀行内部の別のチームあるいはサイロは同じモデルを使っているはずが、複雑な商品を別々のやり方で評価していたのである。

協力を妨げていた最大の要因は、報酬制度だった。アナリストはそれぞれの担当領域のトレーディングを増やすようなインセンティブしか与えられていなかった。ボーナスは担当する商品グループのパフォーマンスによって決まっていた。年金基金メリルリンチの顧客企業の内部も同じように強固なサイロに分かれていた。要するにアセットクラス間の協力という発想は理屈の上では正しくても、現実には多くの社員が長期的にそれに取り組もうとするインセンティブが欠けていたのだ。

ブルーマウンテンがしているのは、まさにバケツ破壊なのです。・・・金融システムは細切れのバケツに分かれていますが、そうした分類は往々にして極めて人為的なものです。我々はそのような境界を打破していきたいと考えています。・・・当惑あるいは明らかな警戒感を浮かべている人々もいた・・・年金基金、小規模な基金、あるいは地方自治体など長い歴史を持つ資産運用団体・・・彼らも大手銀行と同じように、各部門の投資方法について毎核なルールが存在する官僚的世界に生きていた。取引にも投資会社にも、分かりやすく馴染みのあるラベルがついていて欲しいと思うタイプだ。明確な境界、あるいは馴染みのあるカテゴリーが存在しない世界では、どうやって性交を判断すればよいかわからない。ブルーマウンテンが主張するようなバケツ破壊戦略には全くついていけなかった。

見方を変えれば、ブルーマウンテンが成功したのは異端であったからにほかならない。金融システムにサイロがはびこっているほど、そうした人為的な境界を乗り越える意思を持った企業には多くの機会が生まれる。市場に価格の歪みが繰り返し発生するのは、異なる分野で働く人々におかしな形のインセンティブがある、あるいはお互いにコミュニエーションや情報共有をしないためである。組織内の境界は硬直的だが、マネーの流れは違う。

マルセル・プルースト真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ。

 予想もしない人や物との出会いを受け入れ、世界を旅し、インサイダー兼アウトサイダーの視点を獲得するには、時間と労力がかかるのだ。サイロの中にとどまること、継承した境界を無批判に受け入れることのほうが一見ずっと楽だ。我々が身をおく社会では合理的にキャリアを形成し、スペシャリストになることが良しとされる。学校や大学では早くから学生を特定のコースに振り分け、大学の学部も細分化されている。・・・細分化されたスペシャリスト的行動パターンが支配する世界では、往々にしてリスクやチャンスが見逃される。・・・サイロをコントロールする第一歩は、本当に簡単なことだ。自分が日々、無意識のうちに身の回りの世界をどのように区切っているのか、思いをめぐらせてみるのである。

サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠

サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠