成功する子 失敗する子――何が「その後の人生」を決めるのか

ヘックマン・・・何をするよりも、誰かと一緒に過ごすよりも、方程式を解いている時のほうがくつろげた。十代の頃には頭のなかで大きな数字を最小の要素である素数へと分けるのが楽しみの一つだった。数学者が素因数分解と呼ぶものだ。十六歳になって郵便で社会保障番号を受け取った時、まず行ったのが番号の素因数分解だったという。 

なぜシマウマは胃潰瘍にならないか―ストレスと上手につきあう方法

なぜシマウマは胃潰瘍にならないか―ストレスと上手につきあう方法

 

 私達のストレス対応システムは、他のすべての哺乳動物と同じように、急性のストレスに反応できるように進化してきた。人類がサバンナに暮らし、捕食者から逃げまわっている分にはそれでよかった。しかし現代の人類はめったにライオンと戦ったりしない。今日のストレスの大半さ、さまざまなものごとについて心配するという精神機能からくる。だがHPA軸はその種のストレスに対応するようには出来ていない。

 HPAは「視床下部・下垂体・副腎系」の略で・・・困難な状況への反応として脳から体へと化学信号が流れる様子を表している。・・・まず視床下部が化学物質を放出して下垂体を刺激し、それを受けた下垂体がシグナルを伝達するホルモンを放出する。そのホルモンにより副腎が刺激を受け、グルココルチコイドと呼ばれるストレスホルモンを送り出して特定の防衛反応のスイッチを押す。・・・HPA軸の影響には、自分の体内で起こっていることなのにじかに感知できないものが多い。神経伝達物質の活性化、血糖値の上昇、心臓血管系から筋肉への血液の流れ、血中の炎症性タンパク質の増加などがその例である。

 セリグマンが書くこところによれば、ペシミストには不快な出来事を永続的(permanent)なもの、個人的(personal)なもの、全面的(pervasive)なものと解釈する傾向があるという(3つのP)。「テストに失敗した?準備が足りなかったからじゃない、バカなんだよ」「一度デートを断られたらもう他の人を誘ってもしょうがない、自分が可愛くないのが行けないのだから」というわけだ。これに対してオプティミストは、良くない出来事については特定のものであり、限られたものであり、短期間のものであると解釈する。・・・3つのPの説明の多くが自分や同僚の教員や生徒たちに当てはまると気づいた。

 あらゆるものごとを楽にやり過ごして大学進学適性試験で満点をとるような人々に、いかにもすごいことをしているかのような評価を与えてしまう現状が私は心配だ。結果として、長い目で見れば失敗のお膳立てをしているだけだと思う。そういう人物が突然困難に直面すれば、正直にいって持ちこたえられないと思う。

勉強は厳しい。もちろん楽しく刺激的で満足を与えてくれる側面があることは確かだが、時に気力をくじき、疲れさせ、やる気をそぐ面もある・・・・知力がありながら常に成績の悪い生徒たちを助けるには、気質が知能と同程度に重要であることを、教員と親がまず認識するべきだ。

マシュマロを我慢できた時間とその後の成績の相関には目をみはるものがあった。おやつを15分我慢できた子どもたちの学力検査の得点平均は、モノの30秒で呼び鈴を鳴らした子どもたちの平均を210点も上回った。

高IQグループと中間グループの子供たちはチョコレートを貰った二度目の検査でもスコアが全く変わらなかった。しかしIQの低かったグループでは正答のたびにチョコレートをもらった子どもたちは97までスコアをあげ、中間グループとの差がほとんどなくなった。 

かかっているものや見返りの少ない読み替えスピード・テストが受験者の将来をも通す材料になったのと同じことである。IQは低くなかったかもしれないが、目に見えるインセンティブがなくとも知能検査に真剣に取り組めるという資質に欠けていた。シーガルの調査によれば、それこそが極めて価値のある、持つべき資質なのだ。・・・専門用語では「勤勉性」である。

研究者というのは自分が価値を置くものについて研究をしたがるものです。勤勉性を高く評価するのは知識人でも学者でもない。リベラルでもない。宗教色の濃い保守派で、社会はもっと管理されるべきだと思っている人々です。・・・現時点では、生涯にわたって望ましい成果を上げる一番の要素だと思われます。まさに揺りかごから墓場まで、物事をうまく運ぶためのね。

ボウルズとギンタス・・・資本家が労働者をそのままの階級にとどめるために「教育システムは人々に適度に従順であることを教えこもうとする。」・・・ジーン・スミスの発見によれば、高校生の将来を判断する材料として最も信頼が置けるのは知能指数検査ではなく、まわりの級友たちから性格の強みをどう評価されいてるかだった。スミスの言う性格の強みには誠実であること、責任感があること、どんな時でも規律を守ること、夢見がちでないこと、意志が固いこと、粘り強いことなどが含まれる。・・・この評価は該当者の大学での成績を予測するのに、学力テストの点数、クラス内の順位といった認知スキル評価の3倍も正確な指標となった。・・・ボウルズとギンタスにとっては、学校というシステムが従順なプロレタリアートを作り出すお仕着せであることの証拠だった。・・・上司が部下を評価する方法は教師が生徒を評価する方法と同じだった。創造性や独立心の高い社員には低い評価が下され、如才なさや時間厳守、人望、満足の先延ばしなどの項目に高得点のつく社員が高く評価された。・・・アメリカ実業界の支配者たちはオフィスに安心して配置できる大人しい羊を必要としている、だからそうした気質のものを選び出せるような学校システムを作ったのだ、と。

過剰な自制心は過小な場合と同じように問題になりうると主張した。自己抑制の強すぎる人々は過度に圧迫されている。ブロックと二人の同僚はある論文にそう書いた。そういう人々は決断に困難を覚え、必要もないのに満足を後まで我慢したり、喜ぶことを自らに禁じたりする。

一つの仕事に情熱を持って関わり、揺らぐこと無く専念できる資質。ダックワースはその資質にやりぬく力(グリット)という名前をつけることにした。

yamanatan.hatenablog.com

若者の気質を育てる最良の方法は、深刻に、本当に失敗する可能性のある物事をやらせてみることなのだ。ビジネスの分野であれ、スポーツや芸術の分野であれ、リスクの高い場所で努力をすれば、リスクの低い場所にいるよりも大きな挫折を経験する可能性が高くなる。しかし独創的な本物の成功を達成する可能性もまた高くなる。「やりぬく力や自制心は、失敗を通して手に入れるしか無い」とランドルフは説明する。しかしアメリカ国内の高度にアカデミックな環境では、たいてい誰も何の失敗もしない。

もっとも重要なものは、認知における柔軟性と自制の2つだ。認知の柔軟性は、ある問題に対しこれまでとは別の解決を見つける能力、既存の枠組みにとらわれずに考える能力、馴染みのない状況に対処する能力である。認知の自制、本能あるいは習慣による反応を抑制し、代わりにもっと効果の高い行動を取る能力である。・・・チェスを教えるのは、思考にともなう習慣を身につけさせるのと同じことよ。自分の間違いをどう理解するか、思考の過程をもっとよく自覚するにはどうしたらいいか。それを教えるってこと。・・・普通はチェスの勉強と言ったら本を読むの。楽しいし、知的な面白さもあるから。でもそれはスキルに直結しない。本当にうまくなりたいなら、自分の試合を見てどこが悪いのか考えなければ。・・・チェスの試合で負けた場合には、攻めるべき人間は自分しかいないとはっきり分かっている。勝つために必要な物は全て持っていたはずなのに、負けてしまった。一度きりのことなら言い訳でも探すか、あるいはもう考えないことにしたっていい。・・・負けというのはその場その場の行動の結果であって、永続する状態ではないということを、生徒たちに教えたいの。

 野心について言うなら、何かを欲することと選ぶことの区別は極めて重要だ・・・世界チャンピオンになりたいと思ったとすると、きっと必要な猛勉強をしそこなうだろう。世界チャンピオンになれないだけでなく、望んだゴールに届かずに失望や後悔をたっぷり抱え込むという不快な経験をすることになる。しかしもし世界チャンピオンになることを選ぶなら、自分の選択を、行動や決意を通して表明していくことになる。すべての行動でこれが自分だと示すのである。

最強の選手と初心者を隔てるものはなんだろう?・・・サー・カール・ポパーが書いたところによれば、本来、科学的な理論とは決して実証できるものではない。ある理論の妥当性を調べる唯一の方法は、それが間違っていると証明することである。このプロセスをポパー反証と呼んだ。この考え方は認知科学の分野に広がっていき、科学理論だけでなく日常生活においても反証の下手な人は非常に多いことがわかった。ことの大小を問わず何かの理論を実証しようとするときに、人はその理論に反する証拠を探そうとはせずに、どうしても自分が正しいことを証明するデータを探してしまう。「確証バイアス」として知られる傾向である。これを乗り越える能力がチェスの上達においては極めて重要な要素だった。

2006年の論文で、ロデリックは大学での成功に決定的な意味を持つ要素は非認知的スキルであり、そこには学習能力、学習習慣、時間管理、助力を求める行動、社交及び学業における問題解決能力が含まれるとした。・・・現在の高校のシステムが出来た時の第一の目的は、大学に行かせるためでなく仕事に就かせるために生徒を訓練することだった。当時そこでは「批判的思考や問題解決能力はあまり高く評価されなかった」。だから従来のアメリカの高校は、生徒が物を深く考える方法を学んだり、内なるモチベーションを高めたり、困難に直面した時に粘ることを教えたりするようには出来ていない・・・・だが、まさにこれが大学に残るために必要なスキルなのだ。現状の高校は大体において、単に出席し、起きて座っているだけで報われるようになっている。

子供に全てを与えたい、子供を全ての害悪から守りたいという衝動と、本当に成功者になって欲しいならまずは失敗させる必要があるという知識との葛藤である。もっと正確に言えば、失敗を何とかすることを学ばせる必要があるのだ。

若い人々がアメリカで最高の高等教育機関を卒業しながら、素晴らしい卒業証書と研ぎ澄まされた受験テクニックの他には世の中で道を切り開いていけるだけのものを持っていないという現実。昨今ではアメリカ最良の大学を卒業した起業家というのは減っている。急進的な改革者も、アーティストも、誰も彼もが減っている。例外は投資銀行家と経営コンサルタントだ。ニューヨーク・タイムズ紙の最近報告によれば、2010年のプリストン大学の新卒者の36%が金融業界に就職し、26%がプリンストン大学が突出して強い職種、つまり経営コンサルティングの仕事に就いている。言い換えれば、クラスの半分以上が投資家コンサルティングの世界に入るということだ。2008年に金融業界が崩壊しかけた後のこのご時世に。・・・アメリカで最も頭の良い部類の若者の多くが、言ってみれば個人の満足度や社会的貢献度が高いことで有名なわけではない職種に送り込まれている事実・・・典型的なハーバードの学部生は「とくにこれをやりたいという確固たる願いよりも、成功者になれないことへの恐怖に突き動かされているアイビーリーグの学生の卒業後の選択は「おもに2つのルールによって方向付けがなされる。(1)できるかぎり選択の余地を残すこと、(2)先々、標準以上の成果につながる可能性を増やすことだけをする」。

成功する子 失敗する子――何が「その後の人生」を決めるのか

成功する子 失敗する子――何が「その後の人生」を決めるのか