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エコノミストの昼ごはん――コーエン教授のグルメ経済学

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アメリカの食べ物が駄目になったのはなぜか。・・・アメリカでは、食品の供給網があまりにも急速かつ徹底的に商業化されてしまったせいで、味よりも効率が重視されるようになったというのだ。・・・これまでの通説の誤りを正したいと思う。・・・商業主義こそが低品質なアメリカの食品を産んだのだという通説が、必ずしも正確なものではないことが分かる。・・・真の戦犯と呼ぶべきは、政治家や立法者たちである。アルコールをめぐる政治闘争のせいで、20世紀初頭の数十年間に、最高のレストランが大量に閉店へと追い込まれた。それに続いて立て続けにダメージを食らったことで、良質なレストランの数は頭打ちとなり、他のアメリカ文化が反映した時期に、食文化だけが衰退の一途をたどることになったのである。更に重要と思われるのは、移民割当法をはじめとする一連の対移民政策である。・・・禁酒法、第2次世界大戦、移民制限という3つの社会的な力の凄まじさを鑑みれば、多くの食べ物の質が落ちたのも無理はない。

禁酒法によって、良いレストランの大半が破滅に追い込まれた。特にダメージの大きかったのは高級店である。・・・NYでは、国内有数の有名店だったデルモニコスが1924年に廃業した。酒の売上なしでは儲けが出なかったせいである。・・・行政の腐敗にも問題があった。かつては合法的に営業していたレストランでも、店で酒を売ろうとすれば、突如として違法な存在となり、ギャングの経営する競合店との競争に巻き込まれた。それほど評判の良くない店は、法律や腐敗した警察を逆手に取り、競合店を閉店へと追い込もうとした。他のレストランに自分の客をごっそり取られたら、ライバル店の禁酒法違反を密告すればよいのだ。潰れずに残ったのは、賄賂や汚職、当局とのコネに強い店であって、味は二の次だった。

レストランが以前より子供向けの場所になったのも、禁酒法のせいである。・・・アメリカでは大人が子供に合わせて基準を下げるのに対して、ヨーロッパでは大人の基準が維持される。・・・アメリカの親たちが生産・購入・調理するのは、より刺激が少なく、単純で、甘い食べ物である。これは食に関する主導権を子供が握っているせいである。・・・アメリカの食べ物にはより単純で刺激が少ないものが増えていった。

テレビもまた、アメリカの食習慣を悪化させた一因である。・・・食事に時間を書けることで払わねばならなくなるテレビの代償は高かった。・・・労働市場への女性の参入も、同じく即席の食べ物を増やす原因となった。1940年、既婚かつど持ちのアメリカ人女性の内、仕事についていたのは4.6%だった。この数字は1948年までに26%へと上昇し、1991年には66.8%に達した。・・・1975年までに、主婦が食事の支度塗装時に書ける1周間あたりの平均時間は、1910年と比べて32時間短縮された。こうした時間の短縮は、骨折り仕事からの解法を意味していた。・・・離婚率の上昇によって多くの女性が働かざるを得なくなると、この流れはより強固なものとなった。

アメリカには食材という点では最良の原材料は揃っていないが、人間の才能に関しては最良の原材料が存在している。それはアメリカが移民国家であり、商業主義が比較的発達し、賢く野心的な人々にとって魅力的な条件の整った国だからである。・・・素材中心ではなく校正中心のメニューを探すべき理由がここにも有る。それはアメリカの強みを活かすということなのだ。

レストランは飲み物の販売によって大きな収益を上げている。実乗ろころレストランにとって、食べ物とはそ~ウィンドウの飾り付けのようなものである。つまり、食べ物によって客を引き寄せておいて、別のもの、具体的には高価な飲み物を買ってもらうのが狙いなのだ。・・・飲み物代の高さは、価格差別の一形態であることが多い。・・・メインコースのような腫瘍メニューの代金は、目につきやすく頭にも残りやすいが、飲み物のようなメニューの代金はそれほど目立たない。・・・初期費用(メインディッシュやコースの価格)ばかりに気を取られ、飲み物代を含めた最終的な合計金額のような後発費用にまではあまり気が回らない。・・・実のところ、酒を飲まない美食家にとって、金持ちと近視眼的な人々は、友であり支援者でもある。このような客層は、ドリンク代の分だけ多めに支払うことで、質の高い食べ物の価格を下げ、より身近なものにしてくれている。彼らは、自分でも知らない内に、あなたを含めた他の客を援助しているのだ。

19世紀の酒場では、ドリンク代による内部相互補助を極限まで活用した、「フリーランチ」という文字通り無料のランチを顧客たちに提供していた。・・・1901年に実施されたシカゴの酒場の調査では、ほぼ全店がフリーランチを提供していた。シカゴのフリーランチは特によく知られていた。当初、厳格な礼儀作法として、フリーランチを食べる人は飲み物を注文することになっていた。しかし、飲み物無しでフリーランチだけをたべる「たかり」が次第に増え、この慣習はレストランにとって機能しなくなった。1910年までには、フリーランチは不潔な食事を提供するものとして批判されるようになった。

 現在の映画館は、チケットの売上の大半をスタジオに送り返している。映画の上映が始まる週末には、最大90%ものチケット売り上げが映画の製作者に対して支払われ、上映期間全体を通じてはチケット売り上げの約半分が映画の製作者へと支払われる。これは収益の配分としては合理的なものである。・・・対照的に劇場は、ポップコーンの販売によって多くの金を稼ぐ。ポップコーンの売上は一切、制作会社に支払われることがない。劇場側のインセンティブは、映画料金を下げ、ポップコーンの価格を上げることである。

 たくさんの美女が群がっていると、食べ物が美味しいかどうかにかかわらず、その店に行ってしまう男が大勢いる、ということが問題なのだ。こうなってしまうと、店の側も食べ物のクオリティを落としてくる。

 日本の中華料理は、単に本場の味を再現したものというよりは、日本的な要素が色濃いものになっている。日本の中華料理では、麺類に重点が置かれている。点心の分野では、日本風の餃子が幅を利かせている。中国の地域ごとの差異や特色は消え失せ、豆腐、日本のナス、鍋物がやたらと使われる。

 最高のフランス料理を食べたいならば、予算とストレスを減らすためにも、東京に来ることを検討したらいい。

 本当に、本当に美味しい日本料理の問題は、競争相手が本当に美味しい日本料理だという点で、どちらも本当に、本当に美味しいという点では大差がない。日本は食べ物にお金を使うには絶好の場所だが、それほどお金をかけなくても美味しいものが食べられるのだから、どこで散財するかについては慎重になったほうがいい。経済学は限界での選択に関する学問であるが、東京でうまくやるためには、大枚をはたく必要はないのだ。

居酒屋を「賑やかで素敵な雰囲気、肉野菜炒めや煮込みうどんや焼き鳥などのメニューも楽しく、素晴らしい体験でした。」

日本へ旅をするのは正解だ。日本の都市部では、経済活動・・・特に小売りが人類史上新たな高みへと達しており、その中には食も含まれている。

大金を払うのでないかぎり、パリは物を食べるにはフランスの中で最悪の場所である。・・・ミシュランガイド・・・星なしでフォーク2つのレストランを探そう。・・ミシュランの星は、料理におけるイノベーションや、シェフの総合評価に対して与えられることが多い。それは結構なことだが、フランスの食べ物、少なくとも料理の素晴らしい仕上がりのほとんどは、観光客である私にとって目新しいものである。さらなるイノベーションは私にとっては不要であるし、おそらく私はイノベーションを避けようとしている。私はただ、完璧なポトフが食べたいのだ。私は料理の専門家たちにとってのイノベーションを好むが、少なくともそれと同じくらい、いつでも古典的な料理  きちんと作られたもの を楽しみたいと思っている。

エコノミストの昼ごはん――コーエン教授のグルメ経済学

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