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ハウス・オブ・デット

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ジョン・メイナード・ケインズは、1930年台に起きた世界恐慌の最中に、こう書いている。経済学者たちは、「経済理論から導き出される結果と、実際に観察された事実が一致しないことを気にとめていない」。その結果、一般の人々は「理論上の結果を現実に当てはめた時、観察して結果を確認できるような研究をする別の分野の科学者は尊敬しても、経済学者には同じレベルの敬意を払おうと思わない」。

「論拠を待たずに理論を構成しようとするのは、重大な過ちだ。事実に合う理論を生み出すのではなく、無意識のうちに理論に合わせて事実を捻じ曲げるようになるからね」。『ボヘミアの醜聞』の中でシャーロック・ホームズが言う有名なセリフだ。

2010年にルーベン・グリックとケビン・ランシングが行ったOECD加盟16カ国における08年金融危機に関する研究によれば、1997年から2007年にかけて家計債務が急激に上昇した国と、2008年から2009年に家計支出の急速な下落に見舞われた国は完全に一致する。この研究で、景気が悪くなる前の家計債務の上昇と、金融危機の間の消費の下落には強い相関関係があることが確認された。・・・国際通貨基金IMF)の研究者が、グリックとランシングの研究を、36カ国に拡大し、多くの西欧諸国とアジア諸国を含む2010年までのデータを分析した。この結論は、家計債務の増加が、景気後退の間の家計支出の落ち込みを予測する最良の判断材料のうちの一つになるという見方を裏付けるものだった。・・・08年金融危機が起きる前に家計債務がどのくらい上昇したか知っていたら、08年金融危機の最中に支出の下落が最も激しい国を正確に予測できただろう、というものだ。

 フランチェスコ・トレッビとの研究では、差し押さえの負の影響を推計した。私たちは、差し押さえの規制が州によって異なる事実に着目した。例えば、貸し手が支払いの滞っている借り手を家から追い出すには、司法手続きが必要な州もあれば、必要がない州もある。手続きが不要の州では差し押さえも早い。結果的に、一つの規制の違いで、州によって差し押さえ件数が異なることが分かった。差し押さえが地域の経済に及ぼす影響を推計するのに、この違いが利用できる。2004年から2006年の動きを見てみると、差し押さえ手続きがより簡単な州では、住宅価格の下落もはるかに大きかった。司法手続きが必要な州では、住宅価格の下落が25%であったのに対して、この手続が不要の州での住宅価格の下落は40%以上にのぼった。・・・2007年から2009年にかけて、1%の家計が差し押さえを受けると、住宅価格が1.9%下落することが分かった。

景気後退を引き起こした大きな要因は、家計の消費であり、銀行危機が企業に影響を及ぼしたからではないことが分かる。家計が買うのを辞めたために、雇用喪失に繋がっただけで、企業が投資を辞めたからではない。実際、企業の投資の減少は、家計支出の大幅な下落に反応したものである。

 ハル・ヴァリアン「文明の幕開けから2003年までの情報を全て合わせても、5エクサバイト(5*10^18バイト)の情報しかなかった。ところがいまは、同じ量を2日で蓄積している。10年後の一番クールな職業は統計家でしょう。・・・データを取る能力というのは、データを理解して、それを処理し、その価値を抽出し、可視化させて、それをほかの人が分かるように伝えることです。この先何十年、これが途方も無く重要な技術になるでしょう。」

データ解釈の能力は、マクロ経済学では特に重要である。アメリカ経済全体のデータは、分析対象として扱いが難しいー何百万モノ企業や家計が含まれる体。更に、ある集団の行動がその他全てに影響を及ぼす生態系のように、相互に関連性がある。ヴァリアンが表現したように爆発的に増大した情報を活用して、何が起きているかを突き止められるような、無数の個別データを集めることも出来る。経済を動かしているのはどんな行動7日?もっとも重要な行動主体は誰か?経済復興に役に立つのはどのような方法か?しかし、経済学者がそのデータを整理して分析の骨組みを作らなければ、こういった質問の答を探すうちに、深い数字の海に飲み込まれてしまうだろう。ここで経済モデルが重要になってくる。概してマクロ経済学者は、データ分析が依拠する理論モデルの良し悪しで評価される。モデルがあることで、もっとも重要なデータが特定でき、使える情報を活用するのに必要な骨組みができる。

 デトロイト西部では、全く逆の現象が起きていた。2002年から2005年の間、借り手の収入は下がっていたにもかかわらず、貸し手はさらに多くの融資を積極的に提供していたことになる。デトロイトに関して言えば、新しい借り手は所得が上がった人たちではなかった。・・・2002年から2005年にかけての貸し手の行動は、統計的に非常に珍しいパターンを示していた。住宅ローン融資の成長と、所得の成長が負の相関を示していたのだ。・・・所得があまり上がらない地域が、住宅ローン融資をより多く受けていた。私達のデータは1991年から2011年まであるが、この期間で負の相関を示すのは、2002年から2005年までのみである。その他の期間では全て、住宅ローンの増加は、所得の上昇と比例していた。

住宅ローンの増加と住宅バブルの因果関係を検証するには、この住宅供給の弾力性が非常に便利な指標になる。インディアナポリスなどの住宅供給が弾力的な街は、住宅を建てやすいため、価格はさほど上がらないはずである。・・・理論通り、2002年から2006年の間、住宅供給の弾力性は、住宅価格の上昇に大きな影響を与えていた。1999年から2001年までは、弾力的地域と、非弾力的地域とを比較しても大きな差はなかった。しかし、本当の違いは、2001年から2006年にかけての住宅バブルで明らかになった。非弾力的地域の住宅価格は、この5年間で100%上昇した。弾力的地域の住宅価格の上昇は40%のみである。・・・仮に住宅バブルがローン増加の原因ならば、マージナルな借り手へのローンを拡大させたのも、バブルが発生した地域に限られるはずだ。・・・住宅バブルがなかった弾力的地域でさえ、審査基準ギリギリの借り手への住宅ローンは積極的に提供されていたのだ。しかし、弾力的地域では、信用度が高い地域と低い地域で、住宅価格の上昇率に大きな違いはなかった。より多くの住宅ローンが、純資産の低い地域で提供されたが、住宅供給も増加したため、価格が平均以上に値上がりすることはなかった。・・・住宅供給が弾力的な地域ー特に信用度が低い地域ーでは、地理的な特性により供給を拡大できるため、住宅購入のためのローンが増えても、価格にはまったく影響がなかった。しかしながら、住宅供給が非弾力的な地域では、状況が異なる。新しい住宅が簡単には建設されないためである。何十億ドルもの住宅ローン資金が、非弾力的供給地域に投入され、住宅価格が跳ね上がったのだ。この現象は、住宅ローンが利用しやすくなった信用度が低い地域で特に顕著であった。・・・住宅供給が非弾力的で、信用度が高い地域では、2002年から2006年にかけて住宅価格が50%上昇した。信用度が低い地域では、その倍の100%上昇した。

 信用度が高い住宅所有者の場合は、2002年から2006年にかけて、住宅価格が債務に及ぼす影響は小さかった。対照的に、信用度が低い借り手にとって、その影響は非常に大きかった。住宅供給が非弾力的な地域に住む信用度の低い住宅所有者の借り入れは、2002年から2007年の間に70%上昇した。住宅供給が弾力的な地域に住む信用度の低い住宅所有者の借り入れは20%の上昇にとどまった。住宅資産価値が上昇するのに反応して、信用度が低い家計が積極的にお金を借りたことになる。私達の推計では、信用度が最も低いグループは、住宅資産1ドルの上昇に対して、借り入れを40セント増やしていた。・・・住宅所有者は、借りただけではなく、そのお金を消費に回した。・・・そのお金は、一般的消費や家の修繕などに使用されたことが分かっている。例えば、たくさんの住宅所有者は、クレジットカード口座に未払いの借金がありながらも、住宅資産を担保にお金を借りた。・・・「資産効果」とは、住宅価格が上昇すれば、住宅所有者の資産が上昇したことになり、資産が上昇すると、人々は借金をして消費を増やす傾向があることを指摘した議論である。・・・借り入れ制約がある夫婦は、十分な担保価値がある家を利用し、ホーム・エクイティ・ローン(住宅純資産を担保にしたローン)を活用して借り入れができる。・・・この仮説では、この夫婦は合理的な選択をする。ホーム・エクイティ(住宅純資産)が高くなると、貸し手による借り入れ制約が緩和されるため、彼らは、高くなった住宅純資産を担保に消費する。

住宅ローン・プールに入れるローンを決定するには、信用度の選別基準があった。信用度が620以上の借り手への住宅ローンは、住宅ローン担保証券として認められる可能性が高かった。逆に、620以下の借り手は審査に通らない確率が高かった。結果的に、信用度が615と620では非常に状況が似ているにもかかわらず、住宅ローン証券化される確率に大きい開きがあった。・・・信用度620を堺にして、住宅ローン証券化の確率に、非連続的ジャンプが存在した。・・・信用度620以下と620以上の家計で比較した結果、住宅ローンのデフォルト率は620以下の家計のほうが、620以上よりも、はるかに低かったのだ。つまり、証券化された住宅ローンは、証券化という形でない住宅ローンと比較して、(信用度では上であるにもかかわらず)リスクが高かったことになる。これはまさしく、証券化によって、住宅ローンが、無責任に奨励されていた、という証だ。・・・借り手が給与明細の控えや国税庁からの収入証明を提出しておらず、証拠書類の少ない住宅ローンの申込が特に多いという点だ。・・・証券化というシステムが、借り手を調査して審査するという銀行のインセンティブを低下させたのだ。

 スペインの住宅所有者には、アメリカよりさらに深刻な問題があった。住宅価格の暴落で住宅純資産が消失し、多くの住宅所有者が退去させられた状況はアメリカと同じだ。だが、スペインでは1909年に定められた法により、ほとんどの場合、銀行に家を引き渡した後でも住宅ローンの支払い義務が残った。スペインの場合、住宅ローンの支払の滞納を理由に家を追い払われたとしても、破産することで負債は免除されなかった。元本の全額に責任を負ったのだ。

銀行を特殊にしているのは、バランスシートの負債の側に資金を得る方法である。ほとんどの銀行の主な負債は預金である。ほとんどの預金者は自分たちのお金を銀行に投資しているとは考えていないが、これはまさしく投資である。・・・銀行は預金者のお金を金庫にしまってはいない。預金者のお金を活用して、バランスシートの資産の側にローンを加えていく。預金はすぐに下ろすことができるが、このローンは何年も賭けて返済される。・・・銀行の負債の残りは、預金以外の債務と株主のエクイティである。預金者には通常保険がかかっており、即座にお金を引き出せるため、銀行の預金以外の債務は預金に対して劣位にあると考えられ、通常、劣後債務と呼ばれている。株主のエクイティは最も劣後と考えられ、銀行の専門用語では、資本となる。・・・取り付けを回避し、支払いシステムを維持するのに、政府が銀行の長期債権者と株主を保護する理由はまったくない、というものだ。・・・「金融セクターに対する全体的な政府保障」が銀行株価を押し上げるのに寄与していることを証明した。つまり、住宅所有者を助ける政策はどれも棚上げにされたのに、その一方で政府は、納税者のお金を使って、銀行の債権者や株主を救済していたのだ。

全米独立企業連盟(NFIB)によるサーベイ・データ・・・中小企業は融資を銀行に大きく依存しているため、中小企業は過度に影響を受ける。しかし、大企業は負債による資金調達のため、債権や商業手形に頼れる。・・・主な心配事として、融資と金利を上げた企業の割合は、金融危機を通じて、一度も5%以上になっていないー実際、2007年から2009年にかけては、その割合は減少していた。この事実と、中小企業が銀行から融資を得ようと必死になっている、という見方との整合性を取ることは難しい。一方、2007年から2009年にかけて、販売不振を最大の心配事に上げた中小企業の割合は、10%から一気に35%に跳ね上がった。借金がある家計が支出を大幅に削減したため、企業の売上も大幅ダウンした。更に、業績不振が最大の心配事であると企業が選んだ地域と、家計の純資産が最も下落した地域とは完全に一致した。

 2000年のITバブルと2007年の住宅バブルの経済的影響の違い・・・IT株の主な所有者は富裕層であり、試算が減ってもあまり影響を受けない。一方、負債のある住宅所有者の限界消費性向が高い、ということは、住宅資産崩壊が、ITバブル崩壊よりはるかに悲惨だったという理由を理解するために重要な点である。・・・ベン・バーナンキ「信用仲介システム、金融システム、制度、市場などが、住宅価格の下落や住宅ローンへの影響とその他様々な要因から影響を受けやすいからです・・・仲介する金融システムの能力が破綻していたためです。」・・・銀行融資の能力の欠如が金融危機の主な原因だったと信じていたのだ。・・・事実は違うことを示している。

IMF「家計債務の大胆な再構築政策は・・・債務の支払負担を大幅に削減し、多くの家計のデフォルトと差し押さえを減らすことが出来る。このため、このような政策は、家計のデフォルトが次々に発生するのを回避する手助けになり、さらには、住宅価格の下落や、さらなる所得の収縮を避ける手助けにもなる。」

 これは無実な人間から罪のある人間に富が移転するのではない。住宅所有者も債権者も双方が、住宅バブルの誘発を責められるべきである。問題は、両者に責任があるバブルが弾けた時に、その損失をどう分配するかである。

インフレ期待重視説の問題点は、家計消費が、実質金利の変化に非常に敏感に反応すると想定している点である。・・・過剰債務に陥り、資産価値が暴落した経済では、債務を持つ家計は消費を大幅に切り詰めざるを得ない。そして、彼らはたとえ借りたくても、信用市場から追い出されている。結果的に、たとえマイナス金利であっても、支出を著しく増加させることは出来ない。 

 大卒の学位取得のために高い費用がかかるにもかかわらず、ほとんどのエコノミストがそれでも価値があると考える理由は、その後に高い報酬が待っているからだ。だが、不況のときの学生ローン負担は、全体の経済リスクを不公平に背負わせているのと同じだということに、より多くの若者達が気づき始めた。たとえ労働市場が悪化している時でも、債務契約は貸し手を保護するので、卒業生はローンの返済金をなんとか工面しなければならない。アメリカの若者にこのようなリスクを背負わせることは、経済的に意味が無い。・・・家の購入もしくは大学教育に関わる債務には、署名する契約書には、値下がりのリスクの共有が含まれていなければならない。債務契約は、この金融システムが助けとして働くように、その時々の経済状況を反映させるような形にすべきである。言い換えれば、債務というよりもむしろ、エクイティ的にすべきである。

※シラーは家計債務及び公的債務について、もっと平等にリスクを共有する金融契約を積極的に奨励してきた。Stefano Athanasoulis & Robert J. Shiller & Eric Van Wincoop, 1999. "Macro markets and financial security," Economic Policy Review, Federal Reserve Bank of New York, issue Apr, pages 21-39. ケネス・ロゴフもまた、公的債務に関して、エクイティ的な契約を奨励している。

債務の問題と、エクイティ・ファイナンスの利点に関する概要は、アデール・ターナー卿による以下の演説が詳しい。

学位を習得した時点で労働市場が悲惨である場合には、卒業生は守られるべきである。その代わりに、好況である場合には、逆に、貸し手はもっと保証されるべきである。学生ローンに関して債務の不利益を語ることは、特に過激な左派的思考とは言えない。・・・ミルトン・フリードマン「教育への投資に対して、固定ローンを不適切に使用すると混乱が増す。・・・平均期待利益は高いかもしれないが、その平均の回りには大きな分散が存在する。死亡と身体的就労不能は分散を生み出す明らかな要素ではあるが、能力、エネルギー、そして幸運による差もより重要な要素である」。

住宅価値の下落で、ジェーンは消費支出を大幅に減らすだろう。そして、もし彼女が住宅ローンの返済を続けることにすれば、支出をもっと減らすだろう。もし差し押さえを受ければ、住宅価格がもっと下がる。こうやって損失の悪循環が生まれるのだ。・・・責任共有型住宅ローンSRM,Shared-Responsilibility Mortgages)と典型的ローンとの重要な違いは、家の価値が購入時より下がった場合に、ダウンサイドプロテクションがあることだ・・・支払いスケジュールと地域の住宅価格インデックスとをリンクさせることで可能に・・・意図的に家の手入れをせずにローンの返済を少なくする可能性を回避できる。・・・支払いを公開された指標に連動させるという考え方は新しいものではない。たとえば、・・・インフレ連動債

 よりエクイティ的な性質を持ったファイナンス・システムこそが、痛みを伴う景気後退を回避し、持続可能な経済成長を促す助けになるのである。

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