大いなる不安定

 経済学は科学としての地位を確立しようとしており、公式や法則や数学モデルなど、客観性を示す装いを備えているではないか。だが、科学的な真実だという外見の裏では、実に多様な意見が対立し合っており、特に金融危機という難しい問題をめぐっては、意見の対立が激しい。

危機経済学は、市場の失敗がどのように、なぜ起こるのかの研究である。これに対して主流派経済学は、市場が機能すること、しかもうまく機能することに何よりも関心を持ち、どのように、なぜ機能するのかを示そうとする。

ミルによれば、バブルは何らかの外的ショック、新興市場などの「何らかの偶然」によって「投機が盛んになった」ときにはじまる。価格が上昇すると、投機で金持ちになった人がいるのをみて、「無数の模倣者が現れ、当初に価格上昇が予想され時に根拠になった点で正当とされる水準をはるかに超えるまで投機が進むだけでなく、そうした根拠がない商品にまで投機が拡大する。こうした商品も、投機がはじまれば、他の商品と同様に価格が上昇する」。・・・バブルが形成されると、「信用が大々的に供与される。バブルに感染した人が通常より自由に信用を使うようになるだけでなく、通常より多くの信用を得るようになる。異例なほど利益をあげていると見られるようになるし、社会全体にリスクを顧みず冒険しようという感情が高まって、借り手は通常より借り入れを増やそうとするうえ、貸し手は通常より大きな信用を供与しようとし、通常なら貸せない人にまで信用を供与するからである」。ブームが終わるのはいつも、少数の企業が予想外に倒産し、市場に「全体的な不信感」が生まれ、不確実性が広がって、企業は債務を返済できなくなり、倒産が急増する。信用は雲散霧消し、価格は急落し、市場はパニックになる。・・・フィードバックの仕組みで価格が上昇したように、同じ仕組みで価格が下落する。

ジェボンズ説の基礎になっているのは、危機が資本主義とは無関係な外的要因から生まれるという見方であり、19世紀には極めて魅力的だったし、いまでも魅力的である。・・・外的な要因に危機の原因があるとする見方は、いまでも古典派の経済学者にとって極めて魅力的である。市場は基本的に自己調整型であり、外的な要因によって混乱することがあるが、基本的に回復力が強く、崩壊することはあり得ないというのが、古典派の見方なのだ。

マルクスの思想は・・・資本主義が本質的に不安定であって、危機の陥りやすいことを初めて見抜いた思想家であることだ。
ミンスキーによれば、ケインズは資本主義がそもそも不安定であって、崩壊しやすいとの主張を強力に展開している。「不安定性は資本主義の本質的で不可避的な欠陥である」とミンスキーは論じた。

基本的な欠陥があるのは、資本主義の活力と活気に不可欠な金融システムが、つまり、企業家のアニマル・スピリットを投資の有効需要に転換する仕組みが、投資ブームを原動力として歯止めのない拡大を引き起こしうるからだ」

ミンスキーは時間とともに必ず変化していく動的なシステムの一部として債務をとらえ・・・動的な性格のために経済の予想に不確実性が絡んでくることを認識している。好調な時には、成長が続き、利益が今後も得られるとの予想から不確実性が抑えられる、しかし不調になると、不確実性のために金融機関は貸し出しを抑制し、リスクを減らし、資本をためこもうとする。

債務者を資金調達の性格によって3つに分類・・・ヘッジ金融主体・投機金融主体・ポンジ金融主体である。ヘッジ金融主体は、現在のキャッシュフローによって債務の利子と元本をともに返済できる借り手である。投機金融主体は、キャッシュフローによって利子は支払えるが、元本は返済できず、満期が来た債務を新たな債務に借り換えて返済するしかない借り手である。ポンジ金融主体は・・・キャッシュフローでは債務の利子も元本も返済できない。借り入れを増やしていき、借り入れた資金で購入した資産の価値が上昇することに期待をかけるしかない。

「経済学の研究を始める大学院生にどのように助言しますか」と言う何気ない質問に対するサミュエルソンの答えは・・・「若かった時にはおそらく、違うことを言っただろうが、経済史の研究に当然の経緯を払うよう助言したい。仮説を立て、検証するときの材料は経済の歴史にあるのだから。」

株主は、トレーダーが大きなリスクを取るのを阻もうというインセンティブをほとんど持たない。それどころか、逆のインセンティブのほうがかなり強い。上手くいけば、得るものが大きいからである。失敗したところで失うのはわずかな投資額に過ぎない。もちろん懐は痛むが、他人の資金で儲けられる可能性を考えれば、リスクをとる価値はある。
フランク・ナイトによれば、リスクは金融市場で価格を形成できる。事象の確率分布がわかっており、それに応じて投資家が価格を設定できるからだ。一方、不確実性は価格をつけられない。予測も測定もモデル化もできない事象や条件、可能性に関連しているからである。(弾丸が一発装てんされたリボルバーでロシアンルーレットをするか、何も分からない銃でするかの違いだ。)
金融緩和と低金利によって、インフレが起こり、国内の証券取引所を中心に資産バブルが生じた。ピーク時の2007年後半には、中国やインドの株式は、株価収益率が40倍から50倍にも達し、明らかにバブルの領域に入っている。・・・これらの国は危機の犠牲者となったが、それはかなりの程度まで自国に失敗の結果であった。

バーナンキ議長の政策はいったん実施されると規模を縮小しにくいだけではなく、その多くが大規模なモラル・ハザードを引き起こしかねない。FRBは、金融システムの崩壊を防ぐ緊急措置として、流動性不足の機関と支払い不能の期間の両方を救済した。・・・いずれは市場規律の崩壊につながりかねない。・・・同様に問題なのは、同議長の金融政策の一部が、国民の信を受けた政府の財政政策の権限、つまり、財政支出の決定権を侵害しているという事実である。
政策金利の引き下げが、金融システム全体に浸透しなかったのだ。・・・馬を水辺に連れて行くことは出来ても、無理に水を飲ませることは出来ないという格言である。FRBは大量の水、つまり、流動性を銀行に供給できたが、銀行にそれを貸し出させることは出来なかった。

「TEDスプレッド」は3カ月物Tビル利回りと、3カ月物LIBORとの差である。平常時には30ベーシス・ポイント前後で・・・金融危機のピーク時には、TEDスプレッドは465ベーシス・ポイントに達した。・・・TEDスプレッドのような指標は、血圧によく似ている。経済の循環系の基礎的な健康状態を示しているからだ。

プライマリー・ディーラー信用制度(PDCF)・・・FRB公開市場操作を行う際に取引相手になる銀行や証券会社に対して、翌日物ローンを提供するものだ。これらの金融機関はさらに、ターム証券貸し付けファシリティ(TSLF)という別の流動性ファシリティによって、所有する非流動的な証券と引き換えに中期ローンを借りられるようになった。・・・今回の金融危機では、中央銀行は事実上、あらゆる銀行を・・・何ヶ月もの資金を・・・これまで一度もそういった支援を受けたことのない機関・・・プライマリーディーラーや、MMFにも貸し出しを行っている。

「倒産のない資本主義は、地獄のないキリスト教のようなものだ」フランク・ボーマン(イースタン航空CEO)

欠陥のない財政刺激策という考えは幻想にすぎず、少なくともほとんどの民主主義国では実現できない。・・・準備に時間がかかるし、利益誘導型の無意味なプロジェクトや、利用者がほとんどいない橋梁の建設など、資源の無駄遣いが起こる。・・・効果的な景気刺激策を実行したのが中国・・・権威主義的な政治体制をとっている国なので、利益誘導型の政治的配慮をほとんど必要とせず、インフラ近代化に実績を上げてきた既存の計画を前倒しするだけでよかった。
戦場で蛸壺に入った時、無神論者はいなくなるという。だったらたぶん、金融危機の時に自由意志論者はいなくなるとも言えよう。ジェフリー・フランケル

理想的な世界では、株主とその代表が問題に気付き、「インセンティブの矛盾のない」報酬制度を作って、トレーダーがレバレッジとリスクをとりすぎないようにするはずである。・・・問題の核心部分に、つまり報酬という点に迫ることができるだろう。第一に、制限付き株式を使う・・・従業員は引退するまで売却を制限されるべき・・。もっと大きな問題はウォール街のボーナス文化であり、・・・長期的な結果にはほとんど関心を持たないまま、短期的に極めて高い「アルファ」リターンを生み出すリスク・テークを奨励する結果になっている。・・・解決する方法の一つは、ボーナスのプールを作って、・・・数年間の平均リターンに基づいて報酬を支払う。

ボーナス・プール方式の一種をラグラム・ラジャンが提案している。・・・ボーナスを数年間エスクロー勘定に預託する。・・・損失を被った場合、既存のボーナス勘定からペナルティを差し引く。・・・組織全体で過去のボーナスを回収できるようにし、全員のボーナスを減らすようにすれば、トレーディング部門全体が慎重になるともみられる。極端な解決策・・・各人が組成した複雑怪奇な証券で報酬を支払う方法である。

報酬制度を最終的にどう変えるにしろ、、一斉に実施しなければならない。・・・政府の関与が不可欠なのである。

証券化は廃止すべきだという意見もある。だがこれは近視眼的な見方だ。証券化は適切に改革すれば、システミック・リスクの悪化ではなく、軽減をもたらす貴重な手段になりうる。しかし、証券化が機能するには、現在よりはるかに透明で、はるかに標準化された商品にしなければならない。

格付け機関が力を持つようになったのは1930年代からである。・・・1975年、SECが公認格付け機関(NRSRO)制度を作った。フィッチ、S&P、ムーディーズはいずれもこの権威ある資格を与えられている。・・・SECは合計7つの期間にこの資格を与えたのだが、その後の合併によって有名な3社だけが残ることになった。・・・投書は、投資対象になりうる銘柄の評価に対して料金を支払う投資家からの収益に頼っていた。やがて、収益モデルが変化しており、その一因は一部の投資家が格付け機関発行の格付けマニュアルを買うのではなく、友人から借りてコピーするようになったことにある。・・投資家にではなく、発行体にサービスを販売するようにしたのである。・・・1980年代には新しい事業形態への移行が終わり、債券発行体が格付け取得にあたって報酬を支払うようになった。しかし、この方式では大がかりな利益相反が生まれる。発行体は証券の発行にあたって、格付け機関の中から最高の格付けを付与する機関を探すことができる。・・格付け機関は徐々に、顧客が望む格付けを付与するのが得策だと考えるようになった。・・・証券化商品を組成している投資銀行に助言して報酬を得るようになったのである。・・「コンサルティング」か「モデリング」のサービスだという。教授が学生に試験でAをとる方法を教えて報酬を得るようなものだ。・・コンサルティング・サービスやモデリング・サービスの提供を全面的に禁止するべきである。
モデルの善し悪しはそれを使う人次第である。リスクを無視して短期的に利益を押し上げたいと思えば、どのようなモデルであっても、望み通りの答えを引き出すことができる。・・今後のリスク管理はサイロ型の体制から脱却し、組織全体のリスクを鳥瞰して管理する体制を築かなければならない。

中央銀行がバブルの形成を抑えることに消極的なのは、学界でも官界でも、バブルを抑えるべきだとする見方に賛否両論があるからだ。・・グリーンスパンは・・「バブルが破裂した時の被害を緩和し、次の景気拡大への移行を容易にする」政策に焦点を当てる・・・大規模なモラル・ハザードを生み出す。・・資産バブルをしぼませようとして政策金利を引き上げれば、、深刻な不況の引き金になる・・しかし、穏やかな予防的な利上げは適切であり、バブルが膨らんでいるときには何もせず、ついに破裂した時に何でもありの政策をとる現在の政策よりはるかに好ましい。

ハイマン・ミンスキーがこう論じている。「事態を完全に改善できる可能性はない。不安定性は、ある改革によって解消しても、新たな装いであらわれてくる。」危機をなくすことは出来ない。管理し、緩和することができるだけだ。

大いなる不安定

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