学力の経済学

「子育てに成功したお母さんの話を聞きたい」という欲求自体に問題があるわけではありません。しかし、どこかの誰かが子育てに成功したからといって、同じことをしたら自分の子供も同じように成功するという保証は、どこにもありません。・・・数多の研究が示す「子供の学力に最も大きな影響を与える要因」・・・は、親の年収や学歴です。・・・教育経済学者の私が信頼を寄せるのは、たった一人の個人の体験記ではありません。個人の体験を大量に観察することによって見いだされる規則性なのです。

「今ちゃんと勉強しておくのが、あなたの将来のためなのよ」・・・子供の頃にちゃんと勉強しておくことは、将来の収入を高めることに繋がるのです。

学力テストの結果が良くなったのは、インプットにご褒美を与えられた子どもたちだったのです。・・・アウトプットにご褒美を与える場合には、どうすれば成績をあげられるのかという方法を教え、導いてくれる人が必要であることが分かります。

内的インセンティブには統計的に有意な差が観察されませんでした。すなわち、ご褒美が子供の一生懸命勉強するのが楽しいという気持ちを失わせてはいなかったのです。

自尊心が高まれば、子どもたちを社会的なリスクから遠ざけることが出来るという有力な科学的根拠は、ほとんど示されなかったのです。

バウマイスター教授らは、自尊心と学力の関係はあくまで相関関係に過ぎず、因果関係は逆である。つまり学力が高いという原因が、自尊心が高いという結果をもたらしているのだと結論づけたのです。

むやみやたらに子供を褒めると、実力の伴わないナルシストを育てることになりかねません。

子供のもともとの能力を褒めると、子どもたちは意欲を失い、成績が低下する。・・・こどもをほめうときには、具体的に子供が達成した内容を挙げることが重要です。

テレビやゲーム「そのもの」が子どもたちにもたらす負の因果効果は私達が考えているほどには大きくないと結論づけています。・・ゲームの中で暴力的な行為が行われていたとしても、それを学校や隣近所でやってやろうと考えるほど、子供は愚かではないのです。

確かにテレビやゲームと、子供の学習時間の間には負の因果関係があることが示されています。・・・しかし、・・・残念ながら、1時間テレビやゲームを止めさせたとしても、男子については最大1.86分、女子については最大2.70分、学習時間が増加するにすぎないことが明らかになりました。・・・子供が、1日1時間程度、テレビを見たりゲームをしたりすることで息抜きをすることに罪悪感を持つ必要はありません。

父母ともに「勉強するように言う」のはあまり効果がありません。むしろ、母親が娘に対して「勉強するように言う」のは逆効果になっています。・・・逆に、「勉強を見ている」または「勉強する時間を決めて守らせている」という、親が自分の時間を何らかの形で犠牲にせざるをえないような手間暇のかかるかかわりというのは、かなり効果が高いことも明らかになりました。・・・子どもと同性の親の関わりの効果は高く、特に男の子にとって父親が果たす役割は重要だからです。

学力の高い友達の中にいると、自分の学力にもプラスの影響があるのです。・・・実は学力の高い優秀な友人から影響を受けるのは、そのクラスで元々学力の高かった子どものみなのです。中間層やもともと学力の低い子どもたちは、何ら影響を受けないことがわかっています。・・・もともと学力が低かった子どもには、マイナスの影響があるということを示す研究もあります。・・・学力の高い友達と一緒にいさえすれば、自分の子供にもプラスの影響があるだろうと考えるのは間違っています・・・逆効果になる可能性すらあるのです。

問題児の存在が、学級全体の学力に負の因果効果を与えることを明らかにしました。・・・1人の問題児によって、他の児童が新たな問題行動を起こす確率は17%も高くなると推計されています。

ルームメイトから成績に対して受ける因果効果はほとんどない一方で、行動に対して受ける因果効果はたいへん大きなものだということが分かりました。

習熟度別学級は、ピア・エフェクトの効果を高め、特定の学力層の子どもたちだけではなく、全体の学力を押し上げるのに有効な政策であることを明らかにするものも出てきています。・・・デュフロ教授・・・教員が習熟度に合わせて指導をすることが出来るならば、習熟度別学級は全ての学力層の子供の学力を上げる大きな因果効果を持つ。・・・特に大きな学力上昇が見られたのは、もともとの学力が低い子どもたちでした。

ハヌシェク教授の研究では、子供の学齢が低い時に習熟度別学級を実施すると、格差が拡大し、平均的な学力も下がってしまうと指摘されています。

 最も収益率が高いのは、子供が小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)です。・・・人的資本への投資はとにかく子供が小さい内に行うべきだということを示しています。

ベリー幼稚園プログラムの社会収益率は年率7~10%にも上ると指摘されています。・・・4歳の時に投資した100円が、65歳の時に6000円から3万円ほどになって社会に還元されているということです。

IQや学力テストで計測される能力のことを、一般に「認知能力」と呼びます。ベリー幼稚園プログラムは、3~8歳ごろまでは認知能力を上昇させる効果を持ったものの、その効果は8歳頃で失われ、決して長期にわたって持続するものではありませんでした。・・・改善されたのは、「非認知スキル」または「非認知能力」と呼ばれるものでした。・・・将来の年収、学歴や就業形態などの労働市場における成果にも大きく影響することが明らかになってきたのです。

ヘックマン教授らは、学力テストでは計測することが出来ない非認知能力が、人生の成功において極めて重要であることを強調しています。また、誠実さ、忍耐強さ、社交性、好奇心の強さ、これらの非認知能力は、人から学び、獲得するものであることも。

一歩学校の外へ出たら、学力以外の能力が圧倒的に大切だというのは、多くの人が実感されているところではないでしょうか。

重要だと考えられている非認知能力の一つは「自制心」・・・もうひとつの・・・「やりぬく力」です。・・・ダックワース准教授が成功を予測できる性質として・・・GRITとも呼ばれています。・・・非常に遠い先にあるゴールに向けて、興味を失わず、努力し続けることができる気質。

少人数学級は学力を上昇させる因果効果はあるものの、他の政策と比較すると費用対効果は低い政策であることもまた明らかになっているからです。

「教育を受けることの経済的な価値」に対する誤った思い込みを正すだけで、子供の学力を高めることが出来ることを示唆しています。

巨額の財政赤字を抱えている日本で、少人数学級になるときめ細かい指導ができるなどという根拠の無い期待や思い込みで、財政支出を行うのは極めて危険だ・・・財務省文部科学省のどちらからも信頼できるデータや分析に基づくエビデンスが示されることもなく、35人学級が据え置きとなる顛末を迎えました。

学力テストの県別順位は、単に子供の家庭の資源の県別順位を表しているにすぎない可能性もあるのです。

学力テストの結果を学校名とだけ紐付けると、本来学校や教員が負うべきでない責任を、彼らの責任にしてしまいます。・・・もしも順位を公表するなら、学校名だけでなく、その学区の生活保護率、就学援助率、学習塾等事業者の数や売上など、家庭の資源を表す情報も紐付けて公表すべきです。

家庭の資源に格差がある中で、全ての子供に同じ教育を行えば格差が拡大していくだけ

 ゆとり教育の一環として学校週休2日制が導入・・・親の学歴によって、子供の学習時間に顕著な格差が生じていたのです。・・・高所得者層が子供の学習費を増加させたことが明らかになっています。

平等主義的な教育は、「人間が生まれながらに持つ能力には差がない」という考え方が基礎となっています。・・・子供の学力には、遺伝や家庭の資源など、子ども自身にはどうしようもないような要因が大きく影響しています。しかし、平等主義的な教育のもとでは、こうした現実にはあまり目が向けられることはありません・・・子供は、本人が努力しさえすれば教育によって成功を得られる、別の言い方をすれば、成功しないのは、努力をせずに怠けているからだと考えるようになってしまい、不利な環境に置かれている他人を思いやることのない嫌なタイプの人間を多く育ててしまっているのです、と。

世代内の平等に固執するあまり未来に繋がる政策評価が出来ない状態を続けるよりも、なるべく不平等を作らずに実験を実施することに知恵を絞るべきではないかと思っています。

南アフリカ政府の関係者・・・「データを開示すれば、政府がわざわざ雇用しなくても、世界中の優秀なエコノミストがこぞって分析をしてくれる」

 国民の税金を投じて収集されたデータは政府の専有財産ではありません。国民の財産であるべきものです。

遺伝や家庭の資源など、子ども自身にどうしようもないような問題を解決できるポテンシャルを持つのは「教員」だということです。

ハマーメッシュ教授・・・「美人の先生ほど授業評価が高かった」

チェティ教授・・・付加価値が教員の質の因果効果を捉えるのに、極めてバイアスの少ない方法であることを明らかにしました・・・少子化が進んでいく中では、少人数学級によって教員の数を増加させることよりも教員の質を高める政策のほうが、教育効果や経済効果が高い可能性があるのではないでしょうか。

教員研修が教員の質に与える因果効果はないという結論が優勢です。

ティーチ・フォー・アメリカの教員が教えた生徒は、教員免許を保有する教員らに教えられた生徒と比べて成績が良いか、成績には差がないということが明らかになっています。・・・教員免許の有無による教員の質の差はかなり小さいというのがコンセンサス

世界には、専門家ですらも驚愕するようなことがしばしば起こりうる。ある政策介入が人々の政策に大きな影響を及ぼすと考えられる時に、ランダム化比較試験を行うよりも非倫理的な行動があるとすれば、それはランダム化比較試験を行わないという選択をするということなのではないか(ハーフォード:フィナンシャル・タイムズ2014.4.25) 

「学力」の経済学

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