物理学に生きて

誰もが受け入れてきた考えーごく自然で、当たり前のように思われる考えーを捨てるのは、本当に難しいことだからです。思うに、物理学の進展において最も努力を要するのは、古い概念を捨てなければならなくなった時ではないでしょうか。

パウリは、私(ハイゼンベルク)とはだいぶ違った性格の持ち主でした。彼のほうがはるかに批判的でしたし、また、彼は一度に2つのことをやろうとするのに対し、私の方は、たとえ最高の物理学者であろうとも、一度に2つのことをやるのは難しいと思っていました。彼はまず実験からインスピレーションを得て、物事の関係性を直感的に把握しようとしました。それと同時に、その直感を論理的に理解しようと努め、自分の言ったことは全てしっかり証明すべく厳密な数学的枠組みを見出そうとしたのです。しかし私は、それはいかにもやり過ぎだと思うのです。どちらか一方を諦めていれば、もっとたくさん論文をかけたでしょうに、彼はその生涯で僅かな数の論文しか発表しませんでした。

ボーアは、結局は正しいことがわかるにしても、自分では証明できなかった論文もあえて発表しました。また、論理的に筋道だった方法や、堅固な数学的方法を用いてたくさんの仕事をした人たちもいます。しかしその両方を同時にやろうとするのは、一人の人間には過ぎたことだと思うのです。そういうスタイルを貫くのが難しいとわかると、パウリはすっかり落胆して、とても残念な形で研究をやめてしまいました。

ハリー S ジョンソン教授はこう言われました。「研究の天分に恵まれたものは社会が面倒をみるべきだといった主張は、地主は遊んで暮らす権利があるという主張となんら選ぶところがなく、恵まれた個人は平凡な人間よりも社会的価値があるという主張と同じ仮定の上に成り立っている」と。私たちはこうした批判を受けずに済むよう、あらゆる努力をすべきでしょう。さもなければ社会と科学との間に対立が生じ、それは双方にとって、とりわけ巨大科学にとって、百害あって一利なしだと思うのです。ウィグナー

ランダウ・・一般相対性理論の信じられないほどの美しさ・・量子力学を生んだハイゼンベルクシュレーディンガーの論文を読んで強烈な喜び・・これらの論文が素晴らしいのは、科学として美しいからだけでなく、そこに人間の独創性の威力が感じられるからで、独創性の最大の勝利は、時空の曲率や不確定性原理のように、思い描くことすらできないものを理解する力にこそあるというのでした。

物理学者は少なくとも一般論としては、解こうとしている問題の物理的側面に集中できるぐらいには、数学的な手法に熟達している必要があるというのがランダウの考えでした。・・学生はその数学的知識をみにつけて初めて、理論物理学の全領域に渡る基本的知識からなる「理論ミニマム」の7科目を学ぶことを許されました。

ウィグナー・・物理学の目的は、自然界のすべてを説明することではなく、自然界の規則性を見出すことである。そもそも物理学がこれほどの成功をおさめることができたのは、ありとあらゆる出来事を説明しようとするのでなく、法則の発見に目標を絞ったおかげであり、何が説明可能であるのかを明らかにしたことこそ、物理学の最大の発見である、と。

物理学に生きて―巨人たちが語る思索のあゆみ (ちくま学芸文庫)

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