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Depot

つれづれなるままに、日暮し、PCにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとをそかはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

Curriculum Vitae

Yamanatan Kac

日本科学技術大学理学部物理学科(上田次郎ゼミ)

帝都大学大学院理工学部物理学科(湯川学ゼミ)

Ph.D.

專門:システム科学

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Favorite Food

  • Citrus hassaku
  • Matcha au lait
  • Chocolate-mint ice cream
  • Vinegared ginger (Gari in Japanese)
  • Gōngbǎo Jīdīng(宮保鶏丁)

What I don't like

  • 手段と目的が一致しないこと
  • 本質的でないこと
  • 無知なのに傲慢な人
  • 自己愛性パーソナリティ障害な方々

Favorite Drama

Favorite Movie

Favorite Anime

Dream

  • 黒猫を飼ってセーレムって名付けること
  • 図書館に住む(家を図書館にする)こと
  • フレンズみたいな友達関係を築くこと
  • ウィーン・フィルニューイヤーコンサートを生で聞きに行くこと
  • 出演者全員コスプレの結婚式をあげること

例えばこういうの

Dunafon Castle Wedding - Heather and Bobby — Philadelphia Wedding Photographers - The Willinghams

  • 全編オペラ(参加者も台本付きでガチで参加させる)の結婚式をあげること
  • イビサ島に新婚旅行に行くこと。

帝都大学の有名人について

  • 僕の指導教官でもある湯川学帝都大学物理学助教授(准教授)
  • 理工学部の名物教授といえば、渡来角之進教授。何言ってるかわからない講義で有名
  • 附属病院の下村教授。奥さんと娘さんが美人揃いであることでも有名。
  • UCLA元教授の国立笙一郎さんはうちの医学部出身。
  • 学生時代に文学部を主席で卒業され、現在は文学部で心理学を教えている秋山教授。よく一緒にいる女の人は奥様?
  • 同じく心理学専攻で帝都大学史上最年少で教授になった葛城リョウ先生。秋山さんと葛城さんは学生時代にライバルだったとかいう噂も・・・。
  • 今は刑事になったらしいですが、昔は動物生態学分野で有名だった都島さん。
  • 講義しに来ている推理作家の高村耕司さん。
  • 直森賞、菊川賞、国際文学芸術賞大賞受賞作家の宇佐見さんはうちの法学部OB。

工学部ヒラノ名誉教授の告白 エンジニアが「物書き」になったワケ

 名誉教授号とは、バレンタインデーの義理チョコのようなものだ。その心は、もらっても大して嬉しくないが、もらわないと(みんながもらっているので)かなり傷つく

「君は、理工系人間は恵まれなかったと思っているようだが、エンジニアは好きなことをやったのだから幸せだったはずだ。(数学が不得手な)我々は、仕方なしにつまらない仕事に就いたのだ。同等の能力を持つ2人の人間の一方が好きな仕事をやり、もう一方が好きでない仕事をやった場合、後者がより良い待遇を受けるのは当然ではなかろうか」というお叱りの手紙を頂戴した。

  • (個人メモ)個人的には、同等の能力を持つ人間が同じ仕事をやった時には、その仕事が好きな人間のほうが意欲や創造力の面で相対的に優位なのだから、長期的なパフォーマンスも高くなるだろうし、待遇の面で報いるのは当然なように思われる。日本はとかく「我慢することが偉い」という風潮があり、仕事を楽しんでいる欧米企業にパフォーマンスでボロ負けしているような気がするのだが・・・。いやいや仕事をしていてイノベーションが起こせるとはとても思えない。

本来であれば別の分野に進んだほうが良かった多くの学生が、理工系ブームの中で理工系大学に迷い込んだのである。道を間違ったことに気づいた何人もの学生が文系領域に転身した。・・・野口悠紀雄植田和男、梅沢豊、今田高俊、柳井晴夫、・・・

数学的手法の応用なら、数学科に進んだほうがいいと思う読者もいるだろう。しかし、当時の数学科の教授たちは、代数学幾何学解析学・確率論以外は数学ではないと考えていた。(今も大勢いる)・・・数学者の、数学者による、数学者のための数学と言われていた所以である。

第二次大戦後、アメリカを中心に工学や経済学上の問題に数学を応用する数理科学(工学)が大発展を遂げていた。サイバネティクス、制御工学、数理統計学、OR(オペレーションズ・リサーチ)、数理経済学、計算機数学などである。ところが日本の数学者は、これらの分野に全く関心を示さなかった。

数理工学コース・・・東京大学工学部30年に1人の大秀才と呼ばれた森口教授・・・ペアを組む伊里正夫助教授も、森口教授以来16年ぶりの秀才で、この人と対抗できるのは、経済学部の天才竹内啓助教授だけだと言われていた。

人間は才能が80%で努力が20%だと考えていた・・・ところがこれは大間違いだった。人間は才能が20%、努力が20%、運が60%なのである・・・

実績がない若者が取るべき戦略は、有力な研究者に頭を下げて、仲間に加えてもらうことである。研究資金のおこぼれを頂戴して研究を行い、そこで得た成果を踏み台にして、独自の研究費を申請するのである。・・・実績がない男の申請はなぜ合格したのか。一つ目の理由は、筑波大学助教授ではなく、東京工業大学教授だったこと。二つ目は、線形計画法の父にして、後に20世紀のラグランジュと呼ばれることになるジョージ・ダンツィク教授の弟子だったこと。3つめは、有り余る時間を使って、説得力がある申請書をきれいな字で書いたこと。四つ目の、そして最大の理由は、運が良かったことである。

1970年代までの金融理論は、経済学部・商学部・法学部の不可侵の領土だった。金融ビジネスに必要な数理的素養は、四則演算くらいだから、理工系スタッフが手がけるべき仕事は、計算機のお守りだけだった。ところが80年代に入ると状況はがらりと変わった。

研究者は、二つの研究テーマを持っている時にもっとも生産性が上がる。研究者は優秀な仲間と協力すると生産性が上がる。

理工系研究者の独創性は20歳がピークで、70歳でゼロになる。一方、分析力は20歳ではゼロだが、以後単調に増大する。研究能力が最大になるのは、この両者の積が最大になる45歳であるという江崎玲於奈理論には説得力がある。

白川浩氏を始めとする優秀な仲間と巡り会えたのは、とても幸運なことだった。このような幸運に巡り会えたのは、勤め先が一流大学だったからである。学生と分業して研究を行う工学部教授が研究業績を上げる上で、優秀な学生に恵まれるか否かがカギを握っている。東大、京大などの一流大学教授は、プロ野球で言えば、二勝のハンディをもらってプレーオフ7連戦を戦うようなものである。

 バブルがはじける前の(文系)大学は、たしかにレジャーランドそのものだった。例えば、東大経済学部の学生の中には、11枚つづりの地下鉄回数券を余らせてしまう人がいたという。有効期間二ヶ月の間に、五日しか大学に行かないということである。あまり勉強しなかったにもかかわらず、大銀行に採用された彼らは高給をエンジョイしていた。

 尊敬する小川洋子氏・・・「もの書きを目指す人が心がけるべきことは、必ず必ず毎日机(PC)の前に座ること、そして一度書き始めたものは、必ず最後まで書くことである」

工学部教授が 国際競争で勝利するためには、海外の研究集会に参加して、一流の研究者と情報交換を行うことが必須である。海外に出かけなくても、一流ジャーナルに発表される一流論文を読めば十分ではないかという人は、研究競争の実態を知らない人である。

論文を数で評価する時代であれば、何か書きさえすれば業績になった。ところが21世紀に入って、論文は数ではなく質で勝負する時代がやってきた。・・・大学教員には研究以外に教育、管理業務、社会的貢献などの重要な任務がある。・・・すべての教員が、適性があるなしにかかわらず、管理業務を均等に負担するのが原則になっている。世界的な研究者が、ローテーションで学科主任(雑用係)やキャンパス美化委員、交通問題検討委員などをやらされているのである。

一方アメリカの大学では、優れたジム管理能力を持つ教員が学科主任を引き受ける。たとえばスタンフォード大学では、計算機科学科もOR学科も、ジョージ・フォーサイス、ジェラルド・リーバーマンというスーパーマネージャーが、10年近くにわたって学科主任を務めていた。・・・アメリカの大学では強力な権限を与えられた学科主任学科内における細々した問題を自分の責任で処理する。・・・日本の学科主任は権限がないので、些細な事でも会議に諮ったうえで決めようとする。この結果、すべての教員が会議に忙殺される。

主任になると教員の生産性はガクンと落ちる。・・・事務能力が乏しい教授にとって、5年に1回の学科主任はまさに苦役である。誰が考えても、アメリカの大学のやり方のほうが、日本より効率的であることは明らかである。

またアメリカでは、すべての教員が論文書きに血道を上げているのかと言えば、そうでもない。ひとたびテニュアを獲得した人は、論文を書かなくても解雇される心配はない。従って、特別に優れた教育能力を持つ教員は、論文書きより教育活動に集中することが出来るのである。アメリカでは、それぞれの分野に定番教科書があって、教育上極めて重要な役割を果たしているが、これらは知識吸収能力と解説能力に長けた教授が何年もかけて書いたものである。

一方日本の大学では、建前上すべての教員の能力は同等だということになっている。また理工系大学では、研究が教育や社会的貢献の上位に置かれる傾向があるため、教員は論文生産競争に血道をあげる。しかしジャンク論文を量産するより、学生に良質な教育を施すほうが、大学人にとって遥かに有意義である。我が国の理工系大学が、世界的競争に伍していくためには、各教員が自分の適性にあった役割分担を行うことが必要ではないだろうか。

 

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

 親が本気じゃないとダメだと思う。でも、大抵の親は本気だよ。特にピアノ専攻やヴァイオリン専攻では、二歳とか三歳から音楽やってて当たり前だから。小学校から始めたら、遅くてハンデがあるねって言われるくらい。

演奏家は体力勝負だもの。ハードなのよ、コンクールの前に掌いっぱいの砂糖を食べるピアニストもいるくらいだから。年とともに体力は衰えていくでしょう。入試に何年も書けたら、もったいないのよ。だったら他の大学に入って、早くプロとして活動し始めたほうがいい。

油画を描くのに必要な道具・・・なかなかに大きな鞄が必要となる。・・・入試当日は、エレベーターが使えないんです。そして困ったことに、油画の試験は絵画棟の5階とか6階で行われるんです。・・・運動不足の人は顔真っ赤にしてますね。途中で離脱してしまう人もいると思います。『ハンター試験』って呼ばれてますね

ふと、理想の音にハッと気づいたりするんです。最初は偶然鳴って見つけることもありますし、あるいは他人の演奏を聴いて、こんな音を出したいって思ったりすることもあります。

技術は習うことが出来ますが、それを使って何をするかは、自分で見つけるしかないんです。やりたいことがないと潰れちゃいますし・・・売れる方法なんかは自分で探すしか無い。そもそも売れる方法は、教授にだってわからないんですよ。藝大で評価されなかった人が、大成功することもありますからね

 

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

 

 

経済数学の直観的方法 マクロ経済学編

 日本の経済学部を眺めると、筆者にはどうも経済学部の学生が置かれている状況が、江戸期の和算家と似ているように見えなくもない。つまり天体力学こそいわば微積分の魂だったのだが、経済学部では、天体力学の話は文系には馴染みがないとして下手にそれを省略することで、これが魂のないテクニックにしか見えず、かえって話の理解を難しくしているように思えるのである。

ワルラスなどの体系はあまりにもニュートンの力学を経済学に移し替えただけの一種の単なる翻訳に過ぎず、どこにもオリジナリティが感じられない、という意見が多い。そしてもう一つ重要なことがあり、それらは実は天体力学と違って、本格的に微積分を使えてはいないのである。特に、・・・「微分方程式」を駆使することがほとんどできておらず、この点で一挙に評価が下がってしまっている。

ケインズ経済学・・・彼には古典派のようなミクロ的な均衡原理を基礎に、あらゆる時代、あらゆる局面で使える経済の統一理論を作り上げようという意思自体が最初から希薄である。・・・彼の言葉に「経済学には、モデルに即して考えるサイエンスの部分と、現在の経済状態にはどのモデルが適合するのかを見抜く「アート=術」の部分がある。そして全社の部分に関しては人材を量産できるが、後者は希少な才能によるしかない」・・・ケインズの場合、とにかく今現在、国や社会が抱いている経済問題を解決するために、いわば一回限りの理論を作れればそれで良い、というスタンスが根底にある。・・・一回限りで使い捨てにするには惜しいほど、深く経済メカニズムの本質をついたものが相当含まれていたため、結果的に理論全体が一種の普遍的な体系として残り、それがケインズ経済学と呼ばれるようになったと言える。

 理系側の人間には先程のルーカス批判での「理論の結論が政策トッして公表されてしまうと、それが理論の前提となるデータを変えてしまう」という話が、量子力学不確定性原理での観測が実験対象を変えてしまうという話に何か似ているという印象がある。

生成装置であるラグランジュアンの式は、できるだけ冗長であるほうが望ましい。実際それが冗長であるほど、それをいろいろな角度からいじって何個もの式を生み出すことが出来るからである。

ラグランジュアンは何かを最小化するという思想からスタートしているのに対し、ハミルトニアンは何かを常に一定不変にするという思想がベースとなっている。

 西洋代数学ならそれ1個を覚えればよいのだが、和算の場合、鶴亀算や植木残などをそれぞれ別の理論としていちいち覚えねばならず、簡略化ということが不十分にしか行われていなかったのである。

思考経済・・・最小の知識で最大限の事象を理解する・・・記号の簡略化は、時に難しい方程式を解くより大きく数学を発展させることがある。・・・クラウゼヴィッツ「知識を単純化した人を天才と言う」

経済数学の直観的方法 マクロ経済学編 (ブルーバックス)

経済数学の直観的方法 マクロ経済学編 (ブルーバックス)

 

 

なぜ良い戦略が利益に結びつかないのか―――高収益企業になるための5つの実践法

本当の勝ち組企業は、自社を差別化する小数のケイパビリティを経営の中心に置き、それらを巧みに融合させている。これを実現した企業のことを、我々はコヒーレンス(一貫性)を有する企業と呼ぶ。

  • その企業と他社との違いを際立たせるバリュープロポジション(我々はしばしばこれを市場での「戦いのパターン」とも呼ぶが、以下、本書では「価値提供」と表記する。)
  • 特徴あるケイパビリティが相互に強め合い、企業が価値提供を実行できるようにする体系
  • こうしたケイパビリティを活かすように選択された商品・サービスのポートフォリオ 

 2001-2012年に発表された9業界540件の大規模な国際的取引を対象にした研究によると、コヒーレンスに基づいた論理的根拠がある(取得する事業が取得者のケイパビリティにフィットする、またはそれを強化する)M&Aでは、そうではないM&Aと比べて年福利の株主利回りが連結ベースで平均14ポイント高かった。

 イケア(IKEA)という企業名も自身の名前(Ingvar Kamprad)、育った農園(Elmtaryd)、育った村(Agunnaryd)の頭文字から取った。・・・カンプラードは、・・家具の小売価格を抑えるために竜るう業者を介さずに直接メーカーから家具を仕入れるようになった。スウェーデンの業界リーダーらは彼の手法に脅威を感じ、サプライヤーに商品を販売させないようにした。そこで彼は低コストの東欧のメーカーにシフトし、彼の要望する商品カスタマイズに応じる会社から、さらに安価に調達した。

標準産業分類(SIC)は米国行政管理予算局が1997年に多くの項目を更新したのが細心であるが、商品・サービスが当てはまる領域を判断するための従来の境界線を定義する。しかし、ケイパビリティのフィットという観点で見ると、この定義は非常に誤解を招きやすい。例えばSIC。はオートバイと自転車を同じカテゴリーに分類するが、両者では生産方法も顧客層も全く異なり、商品の発売やマーケティングに必要なケイパビリティもまったく違う。・・・ケイパビリティに慎重に目を配らないと、「隣接の罠」に陥る危険がある。つまり成功に必要なケイパビリティが全く違うことを考慮せずに、一見似ている別の商品やサービスに手を広げてしまうのである。

ジェフ・ベゾス・・・「『今後10年で何が変わるか』という質問はしょっちゅう受けますが、『今後10年で変わらないものは何か』という質問を受けたことは殆どありません。私が思うに、実際には二番目の質問のほうが重要です。なぜなら時を経ても変わらないものを柱にして事業戦略を立てることができるからです。」・・・「弊社の小売事業について言えば、顧客は低価格を求めています。これは10年後も変わらないでしょう。顧客は迅速な配送や幅広い選択肢も求めています。10年後に顧客が私のところにやってきて、「ジェフ、私はアマゾンが大好きだ。もう少し価格を上げて、もう少し時間をかけて配送してほしいのだが」と言うとは到底思えません。長い目で見ても正しいと思えることがあれば、そこに大いにエネルギーを注ぎ込むことが出来ます。」

 文化は組織のもっとも一般的な業務運営に影響を与えるが、その多くは公式というよりも非公式で、人々の行動に現れるが、特に意識したり言葉に出したりすることがないものである。暗黙知と同様に文化は管理しようとしても管理できないが、そこには確固とした影響力がある。MIT教授で、企業文化という概念を初めて提唱したエドガー・シャインは「文化の力は強い。それは意識しないところで発動するからだ」と書いた。

「当社(インカグループ)はスーパースターやカリスマ性を持つ人が集まった組織ではありません。当社では行動がC評価のものより、業績がC評価のものに対してずっと寛容です。もし業績が基準に達しなくても、正しい業務と正しい価値観で行動するものには組織からのサポートがあるでしょう。それと同じ考え方で、私たちは好業績の店舗を称えることはせず、好業績の店舗が業績の劣る店舗を助けることを称えます。」

アラン・ケイ「他人、つまりあらゆるライバルがしようとしていることを気にしないようにしましょう。将来を予測する最善の方法は、自分でそれを作り上げることです」と述べた。アンダーアーマーの創業者であるケビン・プランクは最近、この名言を改訂した。・・・「最高の商売人は、何がクールかを予想するものではなく、それを決める者である。」 

ミケランジェロ「大抵の人にとって、より大きな危険は、目標を高く設定しすぎて達成できないことではなく、目標を低く設定しすぎて達成してしまうことである」

 

なぜ良い戦略が利益に結びつかないのか―――高収益企業になるための5つの実践法

なぜ良い戦略が利益に結びつかないのか―――高収益企業になるための5つの実践法

 

 

財務省広報誌 「ファイナンス」(平成29年3月号)

神田:日本は、決断をくださないほうが減点がないため、リスクを取らない傾向があるが、積極的にリスクを追うことは将来のリスクを最小限にすると『決断力』で指摘されています。たしかに、リスクアバースな大多数が足を引っ張り、偶々上手くいったときはフリーライドしてくる現象に見飽きてきましたが、羽生さんは果敢に様々な新たなことに挑戦されています。

羽生:TED・・・2番めに踊りだす人を大事にしようというテーマの話があったのです。・・・最初に草むらにて、その中の一人が訳もなく変な踊りをするのですね。みんながそれを「変なやつがいるな」という感じで見ているのです。そこで、その隣りにいる友達が一緒に踊りだします。そうすると、「じゃあ自分も踊ってみようかな」と踊りだして、1分くらい立つとそこの草むらにいる全員が踊りだすと。注目されるのは1番最初に踊る人なのだけれども、本当に大切なのは、2番めに踊りだす人だというプレゼンなのです・・・一緒に同調してやってくれる人がいるかどうかというのが新しいイノベーションや新しい発想を生み出す大事な要因になるのではないかと思います。

www.ted.com

http://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201703a.pdf

ブルーバックス通巻2000番小冊子

 大栗博司「私はアメリカの大学に勤務していて、職業は英語ではプロフェッサーといいます。これは本来はラテン語で、自らの信じることを公に述べるという意味でした。たとえば、カソリック教会でキリスト者になるときに行う信仰告白の「告白」は、プロフェスと言います。ところが、19世紀のドイツで近代の大学生度が整備されると、今まで誰も知らなかった真実を発見し、その新しい知識を次の世代に伝えるもののことを、プロフェッサーと呼ぶようになりました。ですから、自分の研究をこの本のような科学解説書にして公に述べ、人類の将来を担う若い世代に科学のすばらしさを伝えることは、私の職務の一部と考えています」

 

演繹的方法はどちらかと言えば数学的な思考などに用いられることが多いようです。1つの定理を基に新たな公式を導くようなことです。ですから、主に法則・理論の作成、検討などに用います。一方、帰納的方法は、厳密さを重んじる論理学ではあまり評価されません 。具体から抽象へ進めるときに必ず飛躍を伴うからです。しかし、論理的思考(科学の実証的思考)の多くはこの方法に依ります。現実世界の事柄との関わりを扱わねばならないからです。

研究者になろうと思ったら、今はだめでもいつかは、という研究の卵を3つか4つ抱え込んでおいて、それらについて絶えず考え続けていけよ

 大学入学時にすでに現代数学の基本的知識を全て身につけていたという、神童ドゥリーニュ(1978年にフィールズ賞受賞、当時34歳)・・・1989年度の京都賞を受賞した旧ソ連の数学者ゲルファントは、19歳のときに著名な数学者コルモゴルフに見いだされるまで、正規の高等教育を受けた経験がなかったことから苦学の人とも呼ばれています。そのゲルファントにしても、こう語っているくらいです。「数学者としての才能のほとんどは、13位から17歳までの時期に現れます。この時期に形成された数学の美的イメージは、今日に至るまで私の数学の基礎になっているのです」・・・デュドネ・・・「通説と逆に、創造的な時期が23歳から25歳以前であることはまれ」であり、ガロアやドゥリーニュやセールのようなケースは「きわめてまれである」と明言しています。

小平は天分も去ることながら、もっと大事なのは運であると述べています。つまり、「数学の才能があるかどうかは、実際に数学の道を歩んでみないと分かりません数学者として成功するのに一番必要なのは運だと思います。新しい分野が開拓されたときに、その研究の中心となる場所にいて、刺激を受けながら研究するのは、ものすごくトクしますから」というわけです。

 

ブルーバックス通巻2000番小冊子