Depot

つれづれなるままに、日暮し、PCにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとをそかはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

Curriculum Vitae

Yamanatan Kac

日本科学技術大学理学部物理学科(上田次郎ゼミ)

帝都大学大学院理工学部物理学科(湯川学ゼミ)

Ph.D.

專門:システム科学

f:id:yamanatan:20151229233043j:plain

About #stars

  • ☆ (must read)
  • ☆☆☆ (nice read)
  • ☆☆☆ (partly interesting)
  • ☆☆(a bit interesting)
  • ☆(oops!)

Favorite Food

  • Chocolate-mint ice cream
  • Gōngbǎo Jīdīng(宮保鶏丁)

What I don't like

  • 手段と目的が一致しないこと
  • 本質的でないこと
  • 無知なのに傲慢な人
  • 自己愛性パーソナリティ障害な方々

Favorite Drama

Favorite Movie

Favorite Anime

Dream

  • 黒猫を飼ってセーレムって名付けること
  • 図書館に住む(家を図書館にする)こと
  • フレンズみたいな友達関係を築くこと
  • ウィーン・フィルニューイヤーコンサートを生で聞きに行くこと
  • 出演者全員コスプレの結婚式をあげること

例えばこういうの

Dunafon Castle Wedding - Heather and Bobby — Philadelphia Wedding Photographers - The Willinghams

  • 全編オペラ(参加者も台本付きでガチで参加させる)の結婚式をあげること
  • イビサ島マヨルカ島に新婚旅行に行くこと。 

帝都大学の有名人について

  • 僕の指導教官でもある湯川学帝都大学物理学助教授(准教授)
  • 理工学部の名物教授といえば、渡来角之進教授。何言ってるかわからない講義で有名
  • 附属病院の下村教授。奥さんと娘さんが美人揃いであることでも有名。
  • UCLA元教授の国立笙一郎さんはうちの医学部出身。
  • 学生時代に文学部を主席で卒業され、現在は文学部で心理学を教えている秋山教授。よく一緒にいる女の人は奥様?
  • 同じく心理学専攻で帝都大学史上最年少で教授になった葛城リョウ先生。秋山さんと葛城さんは学生時代にライバルだったとかいう噂も・・・。
  • 今は刑事になったらしいですが、昔は動物生態学分野で有名だった都島さん。
  • 講義しに来ている推理作家の高村耕司さん。
  • 直森賞、菊川賞、国際文学芸術賞大賞受賞作家の宇佐見さんはうちの法学部OB。

漫画201811

 

 

 

 

 待ちに待ったレイリ最新刊、レイリの内面の成長が本巻のテーマ。ちょっと当初の勢いがなくなってきた。

 

最果てのパラディンII (ガルドコミックス)

最果てのパラディンII (ガルドコミックス)

 

 設定がとにかく作り込まれていて面白そうで、どんどん話を進めてほしいのに、まだスタート地点にも辿り着いていないようにも感じる漫画。なのに、いきなりこの展開は・・・。はじめての村から最初のダンジョンを目指すべき主人公が、なぜか脇道にそれてラスボスのダンジョンに迷い込んで、ラスボスといきなり戦い出すようなプロットです(意味不明)。

 

アルスラーン戦記(10) (講談社コミックス)

アルスラーン戦記(10) (講談社コミックス)

 

 お兄ちゃん初登場とクバード回。

 遅すぎたアニメ化、いやおめでとうございます。プロットも安定していて面白いですし、まだまだ懐深そうです。

虚構推理 限定版(9) (月刊少年マガジンコミックス)
 
虚構推理(9) (月刊少年マガジンコミックス)

虚構推理(9) (月刊少年マガジンコミックス)

 

 本巻は女子高生編とギロチンの二本立て、まとまっているもののやはり今ひとつ感がある。10巻はYES・NO枕付きとな笑。月刊マガジンでは推し作品なんだろうか。

虚構推理(10)限定版 (講談社キャラクターズA)

虚構推理(10)限定版 (講談社キャラクターズA)

 

 

 ようやくレウウィスと決着、ぶっちゃけバトルはあまり面白くなかったですが、次はいよいよ奪還編ですか。バトルで下がったテンションをまた上げていって欲しいところです。彼の動向も気にかかりますし。

鬼滅の刃 13 (ジャンプコミックス)

鬼滅の刃 13 (ジャンプコミックス)

 

 相変わらずIQ低いし画力も高いわけではないのに、ひたすら面白い。ちょっと鬼の性能(というか弱点)の多様性が乏しいような気がするので、そこだけはもう少し頑張ってほしいところ。

  

Publishing and promotion in economics: The tyranny of the Top Five

voxeu.org

  • It raises the entry costs for new ideas and persons outside the orbits of the journals and their editors. An over-emphasis on Top Five publications perversely incentivises scholars to pursue follow-up and replication work at the expense of creative pioneering research, since follow-up work is easier to judge, is more likely to result in clean publishable results, and is hence more likely to be published. This behaviour is consistent with basic common sense: you get what you incentivise.
  • As of the time of the writing of this column, 667 organisations and 13,019 individuals have signed the San Francisco Declaration of Research Assessment, a declaration denouncing the use of journal metrics in hiring, career advancement, and funding decisions within the sciences. Economists should take heed of these actions. We provide suggestions for change in the concluding portion of this column.
  • The current practice of relying on the Top Five has weak empirical support if judged by its ability to produce impactful papers as measured by citation counts.
  • We show that network effects are empirically important – editors are likely to select the papers of those they know.
  • Reliance on the Top Five as a screening device raises serious concerns. Our findings should spark a serious conversation in the economics profession about developing implementable alternatives for judging the quality of research. Such solutions necessarily de-emphasise the role of the Top Five in tenure and promotion decisions, and redistribute the signalling function more broadly across a range of high-quality journals.
  • A more radical proposal would be to shift publication away from the current journal system with its long delays in refereeing and publication and possibility for incest and favouritism, towards an open source arXiv or PLOS ONE format.

経済学をまる裸にする

ベッカー教授やバロー教授、フランクの啓蒙本と並んで、非常によくできた古典的な経済学の啓蒙本。最近は行動経済学やレヴィットのやばい経済学のように、標準的な経済学とはややずれた啓蒙本が流行っているが、やはりこういう正統派経済学の威力を感じられる本はいいなと実感。 

ベッカー教授の経済学ではこう考える―教育・結婚から税金・通貨問題まで

ベッカー教授の経済学ではこう考える―教育・結婚から税金・通貨問題まで

 
バロー教授の経済学でここまでできる!

バロー教授の経済学でここまでできる!

 
日常の疑問を経済学で考える (日経ビジネス人文庫)

日常の疑問を経済学で考える (日経ビジネス人文庫)

 
ヤバい経済学 [増補改訂版]

ヤバい経済学 [増補改訂版]

 

 

物理は太陽の周りを回る惑星や、原子のまわりをまわる電子といった単純で閉じた系ならエレガントに説明できる。だが物理科学ですら、自然界で起こることを理解するのには苦労する。天気予報がその一例だ。

気象予報士地球温暖化といった話の長期予測を頼まれると、その予測の幅は経済予想のほうがずっと高精度に思えるほどのものだ。

経済学が物理科学よりも難しいのは、研究室で対照実験を実施できないのが普通なのと、人々が必ずしも予想通りには動かないことがある。行動経済学の大きな一分野は、心理学者と経済学者の洞察を組み合わせることで大いに注目されたが、それでも個人の行動はあまり正確には予想できない。だが、すべてを理解するにはほど遠いからと言って、何もわかっていないことにはならない。個人の行動がインセンティブに強く左右されるのはわかっている。論理的な規則性もたくさんある。すべての売上は購入を伴い、利益の機械が明らかならば、それが見過ごされることは少ないのもわかっているーこれは証券市場がきわめて効率的だという理論の背後にある基本的なアイデアだ。

経済学者のように考えるには、演繹的な推論の連鎖を必要とするし、それを需要と供給といった単純化したモデルと組み合わせて使わねばならない。制約のもとでのトレードオフも見つける必要がある。ある選択の費用を、別の選択から得られたはずの逸失利益として考えることもしなくてはならない。効率性ーつまり限られた資源から最大のものを得ることーという目標も考えねばならない。限界主義的、あるいは段階主義的なアプローチも必要だ。追加の便益を得るのにどれだけ追加費用がかかるかという問題も尋ねる。資源には多様な使いみちがあって、望んだ結果を得るために各種の違う資源で代替できることも考慮する。そして最後に、経済学者たちは個人が独自の選択をすれば厚生が高まり、競争市場が個人の選択を表現するのにきわめて効率の良い仕組みだと考える傾向がある。(マルキールの序文より)

 

航空会社はこれがかなり上手だ。なぜ土曜の夜を現地で過ごすと運賃が急落するのか? 土曜の夜は、いとこの結婚式でみんなが踊っているときだ。娯楽客は通常、目的地で週末を過ごすがビジネス客は週末はほとんど過ごさない。チケットを2週間前に買うと、離陸11分前に買うよりずっと安い。休暇の客は前から予定を立てるが、ビジネス客はギリギリになってから買うからだ。航空券は価格差別の最もわかりやすい例だが、あたりを見ればどんどん目につくようになる。アル・ゴアは2000年の大統領選で、自分の母親とイヌとが同じ関節炎の薬を飲んでいるのに、母親のほうがずっと高い値段を払っていると文句を言った。実はこの話は、ゴアがイヌと人との薬価格差について読んでねつ造した話だったのだが、それはどうでもいい。例としては完璧だ。一部の薬が人とイヌとでちがう値段になっているのは、まったく当然のことだ。人々はペットにやる薬より自分の薬のほうに高値を支払う。だから利潤最大化の戦略は、二本足の患者には高めに、四つ足の患者には安めに売るということだ。
を当然のことだ。

価格差別は、企業が技術によって顧客に関する情報を集められるようになると、もっと広まるだろう。たとえば、オンラインで注文する客と電話注文の客とで価格を変えることもできる。あるいは過去の購買パターンに応じて顧客ごとにちがう価格を提示することもできる。プライスライン(消費者が旅行サービスをめぐって競りをするサイト)のような企業の背後にある論理・・・

財の配分に価格を使うので、ほとんどの市場は自己矯正的となる

石油輸出国機構OPEC)加盟国の石油相たちは定期的に外国のどこかに集まって、石油の世界的な生産制限に合意しようとする。その直後にいくつかのことが起こる。

  1. 原油天然ガスの価格が上がり始める
  2. 政治家たちは、石油市場に介入する各種のアイデアをやたらに繰り出し始める(その大半はろくでもないアイデアだ)。

だが高価格は熱と同じだ。それは症状でもあり、潜在的な治療手段でもある。政治家たちが議会でつばを飛ばして激論している間に、重要なことが起こり始めるのだ。人々は運転を控える。暖房の請求書が届いて、屋根裏の断熱を改善する。フォードのショールームに行っても、高燃費のエクスぺディションの前は通過して低燃費のエスコートに向かうようになる。

ガソリン価格がリッター1ドルを超えたとき、アメリカ消費者のすばやい対応には経済学者たちでさえ驚いた。アメリカ人たちは小さな車を買うようになった(四駆の売上は激減し、小型車の売上は増えた)。乗車距離も減った(30年で初めて月間走行距離が減った)。公共バスや列車に、これまで乗ったことのない人まで乗った。公共交通の乗客は、50年前の州間高速道路網整備以来のどの時期に比べても高くなった。

そうした行動変化のすべてが健全というわけではなかった。多くの消費者は自動車からバイクに切り替えた。これは、燃費はよいが危険性は高い。何年にもわたり二輪車の死者数は着実に減っていたが、ガソリン価格が上昇を始めた1990年半ば以来、上昇に転じた。『アメリカ公衆衛生ジャーナル』の研究によれば、ガソリン価格が1ドル上がると、年間のバイク死者数は1500人ずつ増えるという。

市場システムで価格を固定したら民間市場は他に競争するやり方を見つける

消費者はしばしば、飛行機旅行の「古き日々」について郷愁を込めて振り返る。機内食はおいしかったし、シートはもっと大きかったし、みんな飛行機に乗るときには着飾っていた、と。これは単なる郷愁ではない。エコノミークラスの旅行の質は大幅に下がっている。だが、航空券の価格はそれ以上に急落している。1978年まで、航空運賃は政府が固定していた。デンバーからシカゴへのフライトはすべて同じ値段だった。それでもアメリカン航空ユナイテッド航空は、顧客をめぐって競争していた。その差別化要因は品質だ。業界が規制緩和されると、競争の主要な部分は価格となった。おそらく消費者が価格を最も気にするからだろう。それ以来、航空機に乗ったり近づいたりするのに関係するものはすべて快適さが下がっているが、平均運賃はインフレ分を除けば、ほぼ半額になった。

1995年に南アフリカを旅していたが、途中のガソリンスタンドのサービスがすばらしいのに感激したものだ。店員たちはぱりっとした制服にしばしば蝶ネクタイをしていて、飛び出してきてはガソリンをタンクに入れ、オイルを調べ、窓を拭いてくれる。トイレもぴかぴかだった。

アメリカを運転していて出くわす恐ろしい代物とは雲泥の差だ。南アフリカにはなにか特別なサービス精神があるのだろうか?いや。ガソリン価格は政府に決められている。だから民間企業であるガソリンスタンドは、顧客を引きつけるのに蝶ネクタイと綺麗なトイレに頼っているのだ。

どの市場取引も参加者すべてにとって得となる

企業は自分の利益を最大化するように行動し、消費者も同様だ。これは単純な発想 がすさまじい力を持つ。人を怒らせるような例を考えてみよう。アジアのタコ部屋工場の問題点は、それが不足しているということだ。成人の労働者は、こうした不快で低賃金の製造工場で自発的に働く(ここで言っているのは強制労働や児童労働の話ではない。それは話が別だ)。だから、次の二つのどちらかが正しいことになる。

  1. 労働者がタコ部屋工場で働くのは就業の選択肢としてそれが最善のものだから。あるいは、
  2. アジアのタコ部屋工場労働者たちは頭が悪くて他にいろいろ魅力的な職場があるのに、わざわざタコ部屋工場で働いている。

グローバリゼーションに反対するほとんどの議論は、暗黙のうちに2を想定している。シアトルでWTOに反対して店舗のウィンドウをたたき割っていたデモ隊は、発展途上国の労働者は国際貿易を減らし、先進国のために靴やハンドバッグを作っている工場を閉鎖すれば、途上国の労働者のためになるのだ、と主張しようとしていた。だが、それで
ずばりどのように途上国の労働者のためになるのだろうか?工場を閉鎖しても新しい機会が生まれるわけではない。それが社会厚生を改善し得る唯の方法は、クビになったタコ部屋工場の労働者たちが新しくもっと条件のよい仕事に就ける場合だけだ

 

 民間部門のすごいところは、インセンティブが魔法のように整って、万人が得になるようにしてくれる点だ。そうなんだよね?うーん、必ずしもそうとは限らない。アメリカの企業はてっぺんから底辺まで、整合しない競合インセンティブのゴミ溜めとなっている。ファストフード店のレジ近くに、こんな貼り紙がしてあるのを見たことはないだろうか?「レシートが提供されなければ食事は無料です。店長をお呼びください」。バーガーキングがこうやって熱心にレシートを渡すのは、家計簿をつけるのを楽にしてあげようと思ってのことだろうか?もちろんちがう。バーガーキングは従業員の猫ばばを防ぎたいのだ。そして従業員が猫ばばするには、取引があってもそれをレジに打たず、バーガーやフライが売れたときにレシートを出さないようにして、その代金を懐に入れてしまうことだ。これは経済学者がプリンシパルエージェント問題と呼ぶものだ。プリンシパル(バーガーキング)はエージェント(レジ係)を雇うが、レジ係は会社にとって必ずしも最善の利益にならないことをやるインセンティブがある。バーガーキングは、従業員が猫ばばしないよう監視するために多くの手間暇をかけることもできるし、お客にそれを肩代わりさせるようなインセンティブを提供することもできる。あのレジ横の小さな貼り紙は見事な管理ツールなのだ。

税金が個人に損をさせつつ他に得をする人もまったくいない状況を「死荷重損失」と呼ぶ。

むしろ、すべてのスポーツカーに課税するとか、車すべてに課税するとかしたほうがいい。というのも、ずっと少額の税金でずっと多くの歳入が得られるからだ。だが、ガソリン税は、新車への課税と同じくドライバーから歳入を集めるが、燃料節約のインセンティブもできる。たくさん運転する人はたくさん税金を払う。これで、わずかな税金によりかなりの歳入をあげつつ、環境にも少し貢献しているわけだ。多くの経済学者は、もう一歩踏み出したがるだろう。石炭、石油、ガソリンなど、あらゆる炭素燃料の使用に課税をすべきだ。こうした税は歳入を広い範囲から集めつつ、非再生資源を節約するインセンティブをもたらし、地球温暖化を引き起こすCO2排出を減らす。

悲しいかな、こうした考え方では最適な税は実現できない。単に一つの問題が別の問題に置き換わっただけだ。赤いスポーツカーへの税金を払うのはお金持ちだけだ。炭素税は、貧富問わず支払うが、おそらく貧困者のほうが所得に占める割合は高いだろう。お金持ちより貧困者に重くのしかかる税金は、逆進性のある税金と言われるが、人々の正義感を逆なですることが多い(所得税のような累進税は、貧乏人よりお金持ちのほうが負担が重い)。ここでも他の場合と同様に、経済学は「正しい答え」を与えてはくれない。与えてくれるのは重要な問題を考えるための分析の枠組みだけだ。実際'あらゆるものの中で最も効率的なものー完璧に広範で単純で公平なもの(公平といっても、狭い税金面だけで見た場合の公平だ)ーは一括税で、これはその区域内にいるあらゆる個人に対し均等に課せられる税金だ。かつてのイギリス首相マーガレット·サッチャーは、コミュニティ課金または「人頭税」としてこれを1989年に導入しようとした。何が起きたか?あらゆる大人が、所得や資産とまったく関係なしに、地元のコミュニティサービスに対して同じ金額を支払うことに対し、イギリス人たちは街頭で暴動を起こした(ただし学生、貧困者、失業者は少し割引があったのだが)。つまり経済学でよいことが、必ずしも政治的によいとは限らないわけだ。

 

何年も前に大学院に出願したとき、人を月に送り込める国に、なぜいまだにホームレスがいるのかを不思議に思うという論説を書いた。この問題の一部は、政治的なやる気の問題だ。ホームレスをなくすのが国の優先課題になれば、たぶんかなりのホームレスは明日にでもいなくなる。でも私は次第に、NASAの仕事のほうが実に楽なのだと気づき始めた。ロケットは、不変の物理法則にしたがう。任意の時点に月がどこにいるかはわかる。宇宙船が地球の軌道にどれだけの速度で出入りするかも厳密にわかる。方程式さえきちんとすれば、ロケットは意図した通りの場所に着陸するー必ず。

人間はこれよりもっと複雑だ。回復中の麻薬中毒者は、軌道上のロケットほど予想しやすくはない。16歳の高校生に、ちゃんと卒業するよう促す方程式もない。でも、強力なツールはある。人々は自分の状態がよくなるよう行動することはわかっている。ただし、何がよい状態かの定義は人それぞれだが人間の状態を改善する最高の希望は、なぜ人々が今のように行動するかを理解して、それに応じた計画をすることだ。プログラム、組織、システムは、インセンティブをうまく使うほうが機能する。ボートを下流に漕ぐように。


エコノミスト』誌はいささか意地悪く、小さな子供連れの乗客は飛行機の後方にまとめるよう義務づけ、その他の乗客が「禁子供ゾーン」を享受できるようにすべきた、と示唆した。同誌の論説は「子供はタバコや携帯電話と同じく、近くの人々に明らかに負の外部性を課す。ギャン泣きする赤ん坊が前の列にいる中で12時間フライトした人や、真後ろから退屈した子供にシートの背をやたらに蹴飛ばされ続けた人は、そのガキの首を締め上げたくなるのと同じくらいすぐに、この主張をご理解いただけるだろう。ここには明らかに市場の失敗の一例がある。両親はその費用をすべて負担しない(それどころか赤ん坊は無料だ)ので、平気で騒々しいガキどもを連れてくるのだ。見えざる手がガキどもに、きついお灸をすえてしかるべきではないか?」

シカゴでリチャード・デイリー市長は、テイクアウトの食品購入2ドルにつき1セントの税金をかけようとした。この「ゴミ税」は、ファストフードの容器が大半を占めるゴミを集める費用の穴埋めに使われるという。市長の経済学はしっかりしていたーポイ捨てゴミは古典的な外部性だ。だがある判事がこの条例を憲法違反だとした。各種のファストフード容器への対応という点で「曖昧であり均等性を欠く」というのが理由だった。いまや、連邦レベルでジャンクフード税(+またはソーダ税)が検討されているが、これは別種の食料関連外部性に対処するためのものだ。その外部性は、肥満だ。肥満に関連したヘルスケア費用は、おおむね喫煙関連のものと同じくらい高い社会は政府の保健プログラムや高い保険料という形で、そうした肥満医療費の一部は負担しているーだから私は、あなたが昼にビッグマックを食べたかどうか気にする理由があるのだ。

 

 

 

編集中

 

経済学をまる裸にする  本当はこんなに面白い

経済学をまる裸にする 本当はこんなに面白い

 

 

10万円以上20万円以下腕時計

はじめに

後輩の頼みで3月に(戯れに)書いた5万円以下腕時計、さらにその記事を見た友達から依頼されて5月に書いた10万円以下腕時計の2つの記事がおかげさまで好評いただいており、私のブログはめでたく雑記ブログから腕時計ブログへと変貌を遂げました(アクセス数上は)。一般人向けの記事なので、10万円以下で打ち止めにしようと思っていた(コスパ的には10万円以下が最強)のですが、続き書かないの?と知り合いからよく聞かれるので、運悪く(よく?)風邪をひいたタイミングで書いてみることにします。基本的な方針はこれまでと同様、コスパに優れていて、シンプルで使いやすい腕時計ですが、少し遊んだものも選んでいます。

時計の分類

いつも通りですが、時計は駆動方式に応じてクオーツ、機械式(手巻き、自動巻き)に分かれています。時計ヲタや世界の富豪が好む○○○万円の時計はすべて機械式ですが、時計の精度ではクオーツの進化系である電波ソーラーや、さらにその上位進化系であるGPS電波ソーラーの方が上です(時刻を自動修正するので)。クオーツと機械式のどちらを選ぶかは、実用性やコスパを重視するのか、時計の機構を楽しむ「遊び」も欲しいのか、で決めればいいと思います。

クオーツ部門

クオーツ時計というのは、そもそも機械式に比べると圧倒的に単純な機構で高い精度を実現できるコストパフォーマンスに優れた時計なので、5万円も出せば実用上は十分すぎる性能のクオーツ時計が手に入ります。そこに付加価値をつけようということで生まれたのが、

  1. 電池交換不要の「ソーラー」
  2. 正確性を極限まで高めるための「電波による修正」
  3. 衛星電波を利用することで、電波を受け取れるエリアを極限まで広げた「GPS電波による修正」

の3要素です。10万円以下では流石にGPS電波ソーラーは射程圏外だったので、ここを狙っていくのが、この価格帯では王道の戦略になります。また、無印クオーツとしては最高峰のグランドセイコーも射程圏内になります。

SEIKO

 まずは鉄板のグランドセイコー(GS)からSBGX261、無印クオーツでは最高レベルの9F62という機械(キャリバー)を積んでいます。ステンレスの磨き、サファイアガラスの透明感とコーティングによる視認性、均整の取れたシンプルなデザインとまったく隙がありません。

 色違いもあります。

 前も書きましたが、ASTRONは全体的にアグレッシブなデザインが多く、基本的には高級カジュアルラインという位置づけ。GPS電波ソーラーのExecutive Lineは比較的デザインは大人し目でつけやすいと思いますが、ケース直径が46.1 mmで存在感あるというより、やや大きすぎるきらいがあります。

[アストロン]ASTRON 腕時計 ASTRON EXECTIVE LINE SBXB123 メンズ

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[アストロン]ASTRON 腕時計 ASTRON EXECTIVE LINE SBXB125 メンズ

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 こちらは限定600本。

CASIO

CASIOに高級無印クオーツは存在しません。買うなら高級電波ソーラーの雄ことオシアナスです。オシアナスは高級ラインになるほど、オシアナスブルーが強調されて派手になっていくので、G1100TがGPS電波ソーラーの中では一番(というか唯一の)大人しいデザインです。定価こそ20万円オーバーですが、実勢はかなり安くなっているので、コストパフォーマンスに優れています。ASTRONと同じく、ケース直径が46.1mmでやや大きく感じます。

派手でもよければG1100TGも有力候補です。個人的に、実物はブルーのベゼルがかなりきらきらしているので、やや付けにくいと感じてしまいます。

CITIZEN 

ブランディングに失敗したせいか、あまり一般には知られていませんが、シチズンにはグランドシチズンとでも言うべき高級ライン、THE CITIZEN(ザ・シチズン)が存在します。GSよりもさらにシンプルなデザインで、仕上げも悪くないので、試着できる環境の人は、候補に入れるべきです。

 とはいえ、やはりCITIZENも主力はエコドライブを擁するATTESAです。ASTRONと同じくフォーマルよりは高級カジュアルラインを志向しているのでアグレッシブなデザインになります。CC4000-59Eが一番大人しいデザインで、他社に比べるとケース直径が44mmとやや小ぶりなのが素敵なポイントです。

まとめ

フォーマルならグランドセイコーかザ・シチズン、カジュアルならGPS電波ソーラーを選ぼう。

機械式(自動巻き)部門

予算を20万円にすることで一番恩恵を受けるのがこの部門でしょうか。5万円以内ならSEIKO一択、10万円以内ならSEIKOとORIENTでしたが、20万円まで予算を増やせば、ようやく様々な海外ブランドが射程圏内に入ってきます。

SEIKO

前回も紹介しましたが、20万円以下ベストバイはSARX055です。予算を20万円に増やしたところで、GSのメカニカル(機械式)には手が届きません。そこでBaby GSとして名高いこのモデルの出番になるわけです。

SEIKOは2018年、新しく6L35という機械を開発して、その第一弾として限定1881本でSARA015という時計を発売しました。ここで採用されているデザインも、SARX055をベースにしていることから、デザインの完成度がいかに高いかを実感できるとともに、「今後は中の機械を変えていくから、バーゲンプライスでこのクラスの時計を買えるのは今だけだよ」というSEIKOのメッセージも感じるわけです(新型の6L35は薄型になった一方で、駆動時間(タイムリザーブ)が50時間から45時間と短くなったのがやや残念です)。

少し変わり種として、琺瑯ダイヤルが美しいこちらのモデルもデザインがハマればおすすめです。

ORIENT

こちらも前回紹介したオリエントスターのメカニカルムーンフェイズです。20万円以内なら間違いなくベストバイの一本になります。

TAG HERUER

現在はLVMHグループ傘下、スイスの高級時計ブランドとして有名なタグホイヤーのエントリーライン、カレラのキャリバー5は一本目の高級時計として定番の一本です。タグホイヤーは戦略的に価格付けしているので、RolexやOmegaといったブランドに比べると、比較的コスパに優れた高級ブランドということができます。

国内定価は約30万円であるのに対して、並行輸入価格は20万円以下です。海外の高級時計を買う際は、並行差別(国内定価で買わない場合、定期的なメンテナンス(オーバーホール)費用を高くするぞ)に気を付けてください(RolexやOmegaが所属するスウォッチグループIWCを擁するリシュモングループのように、並行差別がないメーカーもあります)。長く使う場合は、割高な国内定価で買うほうが、長期的にお得になることがあります。

心臓部の機械には汎用ムーブメントであるETA2824のジェネリックであるSellita(セリタ)のSW200が使われています。時計ヲタ的にこの点は物足りなく、SW200を載せていてもっと安い時計があるので、コスパもいまいちという結論になりがちです(前回説明したエタポン)が、逆にSW200を載せていてもっと高い時計も存在するので、デザインが好きなら買って後悔するほどコスパやクオリティが低いわけではない時計です(並行輸入価格なら)。安定して売れ続けているので、少なくともベンチマークとしては知っておくべき時計と言えます。

Sellita Caliber SW200 Watch Movement | CaliberCorner.com

 Longines

時計界の良心として名高いロンジンです。かつては高級ラインも作っていましたが、現在はスウォッチグループの一員として、Omegaと棲み分けるため、比較的廉価なラインを担当しているブランドです(ロンジンと同格にラドー、その下にはティソやミドー、ハミルトンといったブランドがあります)。

ロンジンはブランド力が相対的に弱く、スウォッチグループ傘下で並行差別がないので、総合的に見てタグホイヤーよりもコスパが高くなります。

マスターコレクションのシンプルな3針モデルは、クラシカルな雰囲気。コスパに優れますが、決め手に欠けます。

そこでおすすめなのが、ロンジンらしい堅実さと(並行輸入価格を考慮した)コスパの良さが存分に発揮されたConquest Classicのムーンフェイズです。デザインがごちゃごちゃしていて使い手こそ選びますが、機能性の高さと素性の良さは魅力的です。

 NOMOS

時計というとスイスが有名ですが、ドイツも負けていません。前回紹介したユンハンスと並んで、バウハウス由来のミニマルデザインを採用しているだけでなく、自社オリジナルのムーブメントを設計することで、新興企業ながらそのデザインと技術力の高さが評価されているのがNOMOS(ノモス)です。

NOMOSは並行差別がありますが、そこまで価格差があるわけではないので、並行輸入で買ってもいいブランドです。TangentはNOMOSを代表するライン、美しいミニマルデザインと裏から見えるムーブメントの華麗さが素晴らしいです。自動巻きではなく手巻きである点は注意してください。

 Louis Erard

 結局似たようなデザインばっかりだなーと思ったあなた、海外ブランドはデザインの幅広さも魅力の一つです。ルイ・エラールは3針が独立に表示されるレギュレーターのモデルを廉価で提供してくれています。レギュレーターは技術的に難しく、この価格で見られるのは稀です(たとえばレギュレーターで有名なJAQUET DROZは200万円オーバーです)。時計としての精度はやや甘めですが、デザインの独自性や美しさは素晴らしいです。

まとめ

前回も書きましたが、30万円以内であれば、日本メーカーがコスパで優位です。ただ、予算20万円であれば、NOMOSやLouis Erardなど、日本にない魅力的なデザインの時計を提供してくれるメーカーが射程圏内に入ってきますので、お気に入りの一本を探す楽しみが出てくると思います。一般に、中価格帯(時計だとアンダー50万円くらいが目安)で海外有名ブランドの時計を買おうとすると、(時計マニア的には)やや割高な時計を買わされる可能性がある点は注意してください(記事内で紹介した高級時計最初の一本の定番、キャリバー5の国内定価は割高だと思います。)。

おわりに

私はオーディオのブログも運営しているのですが、時計と同じく1. 比較的高級で2. 専門性が高いので敷居が高い趣味であり、3. 技術とデザインという二つの要素が商品の価値を構成しているため、「プロによる玄人のための記事(技術的な側面を重視する傾向)」や「アマチュアによる素人向けの質の低い小遣い稼ぎ記事(商品のスペックや見た目など、知識や経験がなくても分かることを適当に並べているだけ)」はネット上に散見される一方、「プロによる素人向けの記事」がほとんど存在しません。そこで始めたのがオーディオブログだったわけですが、腕時計の記事も、腕時計市場で似たような役割を果たしてくれたらいいなと思っています。 

こちらもどうぞ

 

 

 

漫画201810

宝石の国 

 まったく先が読めない。着地点がまったく見えないし、自分がどのような結末を望んでいるのかも分からない。だけどこれだけわくわくさせてくれるんだから、名作と言わざるをえません。しかし、こういう展開になると、これまで以上に記憶力が試されますね笑。

宝石の国(9)特装版 (プレミアムKC)

宝石の国(9)特装版 (プレミアムKC)

 
宝石の国(9) (アフタヌーンKC)

宝石の国(9) (アフタヌーンKC)

 

 無職転生

 いつもの流れから、最後に驚きの展開。メリハリ大事ですね。

無職転生~異世界行ったら本気だす~ 9 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

無職転生~異世界行ったら本気だす~ 9 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

 

七つ屋志のぶ

 ついに例の彼が登場。話も徐々に核心に。

七つ屋志のぶの宝石匣(8) (KC KISS)

七つ屋志のぶの宝石匣(8) (KC KISS)

 

 咲

もはや惰性で読んでます。

咲-Saki-(18) (ヤングガンガンコミックス)
 

 宇宙兄弟

 こちらも惰性読み。30巻超えて似たような話が続くと、やっぱり飽きてきちゃいますね。面白くないわけじゃないし、完成度は高いと思いますけど。

宇宙兄弟(34)限定版 (講談社キャラクターズライツ)

宇宙兄弟(34)限定版 (講談社キャラクターズライツ)

 

 無能なナナ

 バランスブレイカーが出てきてどうなるかと思ったら、話の筋が大転換。ブラック路線で突っ走って欲しかった気もするけど・・・。

俺の現実は恋愛ゲーム? 

 意外感のあるプロットというわけでもないけど、それなりに面白いので継続。

犯人の犯沢さん

 方向性を見失った感すごいwもはやただの動物漫画

トニカクカワイイ

 小ネタ少なめ?師匠を見習って、もっとネタをぶっこんでほしい。可愛いけど。

トニカクカワイイ (3) (少年サンデーコミックス)

トニカクカワイイ (3) (少年サンデーコミックス)

 

とつくにの少女

 5巻を読んでいなかったのでまとめて。独特の雰囲気は維持、プロット力が求められる展開。月並みな話になってほしくない期待がある。

とつくにの少女 5 (コミックブレイド)

とつくにの少女 5 (コミックブレイド)

 
とつくにの少女 6 (BLADE COMIC)

とつくにの少女 6 (BLADE COMIC)

 

HUNTERXHUNTER

 細部を忘れていたので、33巻から読み返しました。ちゃんと読み込むと、しっかりと練り込まれていて、やっぱり面白いなと実感。蜘蛛もようやく出てきてファンも一安心。

HUNTER×HUNTER 36 (ジャンプコミックス)

HUNTER×HUNTER 36 (ジャンプコミックス)

 

賢者の孫

 プロットに特筆すべきところなし、リストラ候補。

賢者の孫(8) (角川コミックス・エース)

賢者の孫(8) (角川コミックス・エース)

 

波よ聞いてくれ

 積読していた新刊を読了。噂には聞いていたが、おかしな方向に。面白いからいいんだけど、やや今後が不安。

波よ聞いてくれ(5) (アフタヌーンKC)

波よ聞いてくれ(5) (アフタヌーンKC)

 

 異世界居酒屋のぶ

 実家のような安心感、これといって印象に残るエピソードは特になし。

異世界居酒屋「のぶ」(7) (角川コミックス・エース)

異世界居酒屋「のぶ」(7) (角川コミックス・エース)

 

  

統計学をまる裸にする

アメリカの統計学啓蒙本を読んだことがない人・初学者にはおすすめ。一冊以上読んだことがあるなら、そこまで目新しい話が多いわけではない(いい本だとは思う)。

 

私は高校で物理学が大好きだった。でも物理学はスミス先生の講義で私が拒否してきたのとまったく同じ微積分に依存しているのに。なぜか?それは物理学には明確な目的があるからだ。高校の物理の先生が、ワールドシリーズの間に加速度の基本公式を使い、ホームランがどこまで遠くに飛んだかを計算する方法を教えてくれたのは忘れられない。これはクールだーそして同じ公式が、もっと社会的に重要な数々の形で使える。
大学に入ると、私は確率が心底おもしろいと思った。それが現実生活のおもしろい状況について洞察を与えてくれるからだ。今にして思えば、微積分で私がつまずいたのは、 数学のせいではない。それが何のためのものか、だれも説明してくれなかったせいだったのだ。数式のエレガンスだけで夢中になる人でなければーそして私は絶対にちがうー微積分は単に面倒で機械的な数式の固まりでしかない。少なくとも私はそういう教わり方をした。

 

 テスト得点統計のごまかしも、同じくらいまったくみごとなものだった。(ヒューストンであろうと、どこであろうと)テスト得点を向上させる方法のひとつは、教育の質を改善して、生徒がもっと学習し、テストでもっと良い成績を出すようにすることだ。テスト得点を向上させるもうひとつの(あ まり高潔でない)方法は、成績が最も低い生徒たちにテストを受けさせないようにすることだ。成績が最も悪い生徒たちの得点を排除すると、たとえ他の生徒全員にまったく向上がみられなくても、学校・地区の平均得点は上がる。テキサス州では、州全体の学力テストを10年生でおこなう。ヒューストン学区では、最も学力の劣る生徒たちをなるべく10年生に進級させないようにしていたようだ。特にひどい例では、3年間9年生として過ごして、そのよま11年生に進級させられた生徒がいるー学力が劣る生徒を退学させることなく、10年生の標準テストを受けさせない、ずる賢いやり方だ(退学させると別の統計に表れてしまう)。

ロッド・ペイジがヒューストンの教育委員長在任中に、この統計のごまかしに加担していたかどうかは明らかではない。しかしかれは、退学およびテスト得点の目標を達成した校長に現金賞与を与え、目標を達成できなかった校長を解雇あるいは降格する、綿密な成績責任プログラムを実践した。校長たちは例外なくインセンティブに反応した。これがさらに大きな教訓だ。評価対象の人たちが、本来の目標に一致しない方法で自分たちを(統計上)良く見せかけることが絶対にできないようにしておくこと。

ニューヨーク州は、苦い経験を通してこれを学んだ。 ニューヨーク州は、冠動脈血管形成手術(心臓病の一般的な治療法)をおこなう心臓専門医の患者の死亡率を評価する「スコアカード」を導入したのだ。これはまったく合理的で有用な、記述統計の使い方のように見受けられた。心臓専門医の執刀中に死亡した患者の比率は、知っておくべき重要事項だし、政府がそのデータを収集、公表するのも理にかなっている。そうでなければ、個人はこのようなデータにアクセスできないからだ。これは良い政策か?イエス。ただし、それがおそらく人を死なせる結果になったことを除いては。

心臓外科医は、当然ながら「スコアカード」を気にする。しかし執刀医が死亡率を改善する最も容易な方法は、死なせる人を減らすことではない。おそらくほとんどの医師たちは、患者を死なせないようにすでに懸命に努力している。医師が患者死亡率を改善する最も容易な方法は、重篤な患者の手術を拒むことだ。ロチェスター大学医科歯科大学院の調査によると、一見すると患者のために役立つスコアカードが、患者の不利益にもなり得るという:調査した心臓専門医の83%によると、公的死亡率統計のせいで、血管形成術が有効かもしれない患者が、それを受けられない場合があるというのだ。そして医師の79パーセントによると、個人的な医学的判断の一部が、死亡率データが収集、公表されることに影響を受けたという。この一見有用な記述統計学の悲しい矛盾は、心臓専門医たちが合理的な反応をして、治療を最も必要とする患者たちへの治療を差し控えたという点だ。
統計指標は、

 

『USNW』誌によると、「最も重要なのはどの性質に関する指標かというわれわれの判断にもとづいて、各指標には加重がかけられています」。判断と、恣意性とは別ものだ。国立大学および短大のランキングにおいて、最も大きな加重がかけられている変数は「教育的評判」だ。この評価の基盤となっているのは、他の短大\大学の職員たちが記入した「相互評価調査」と、高校の進路指導員たちを対象にした調査だ。マルコム・グラッドウェルは相互評価方式について、痛烈(だがユーモラス)な批判をしている。かれが引用したのはミシガン最高裁判所の首席判事が約100人の法律家たちに送付したアンケートで、このアンケートでは,法科大学院を質の順に10位まで選択するように求められていた。ペンシルバニア州立大学の名前も、法科大学院のリストの中にあった法律家たちはこれを中程に位置づけた。当時、ペンシルバニア州立大学に法科大学院はなかったのだ。
『USNWR』誌はたくさんデータを収集してはいるが、有望な学生たちの注目すべきことをこのランキングが示しているかどうかはわからない:その学校ではどれだけの学習がおこなわれるかということだ。フットボールファンは、パスレーティングの計算方法についてとやかく言うかもしれないが、その構成要素ーパス完了、ヤード、タッチダウンインターセプトーがクォーターバックの総合的能力に重要であることは、否定しようがない。『USNWR』誌の基準だと、そうとは限らない。『USNWR』誌の基準のほとんどは、教育実績よりも、どんな資源を学校が投入しているか(例:どんな学生が入学しているか、教員陣の給料、常勤教員の比率はどれくらいか)に注目している。

マイケル・マクファーソンが指摘している通り、「在学中の4年間に受けた教育が生徒の才能を伸ばしたか、知識を豊かにしたかどうかについては,『USニュース』誌からは
まったくうかがい知ることはできません」

これらはすべて、どうでもいいことのようにも思える。だがこれが、かならずしも学生や高等教育の益にならないことを奨励してしまっているらしいのだ。たとえば、ランキングの計算に用いられていた統計のひとつは、その学校の学生1人当たりの資金力だ。問題は、その資金がどれだけうまく用いられているか、示す指標がないことだ。少ない資金で高い効果を上げる学校が、順位付けのプロセスで不利になってしまう。また、短大と大学には多くの学生たちの出願を奨励するインセンティブがあり、現実的には入学できる見込みがない学生も数の内に含まれる。そうすることで、見かけ上は選択される可能性が高い学校になれるのだ。あやしげな出願に対応するのは、学校にとっても、そして実際に受け入れられる機会がないのに出願する学生にとっても、リソースの浪費だ。
筆者は『USニュース&ワールドリポート』誌のランキングが当分なくならないほうに賭けよう。バードカレッジの学長レオン·ボットスタインが指摘しているように、「人は簡単な答を愛する。最高なのはどこか?1位のところだ、と」。

1981年、ジョセフ·シュリッツ醸造会社は、低迷しつつあったブランド「シュリッツ」のため、おそろしく大胆で危険ともいえるマーケティング活動に170万ドルを投じた。スーパーボウルのハーフタイムに,世界の1億人が見守るなか、おもな競争相手である「ミケロブ」との試飲対決を生中継したのだ。さらに大胆なことには、この2種類のビールを飲む人を無作為に選ばず、ミケロブ愛飲家を100人選んだNFLプレーオフ期間、シュリッツ社がずっと続けてきたキャンペーンの集大成だった。試飲は5回にわたってテレビで生中継され、毎回競合プランド(バドワイザー、ミラー、ミケロブ)の消費者100人が、愛飲しているビールとシュリッツの飲み比べをおこなった。この試飲はプレーオフ期間の試合の宣伝さながらに、毎回さかんに宣伝された(「シュリッツ対バドワイザーAFCプレーオフ中に生中継」など)。

マーケティングメッセージは明白だった:別のブランドが好きだと思いこんでいる
ビール愛飲家も、飲み比べではシュリッツを選ぶ。

雇って、飲み比べを見守らせた。大観衆を前に生中継で飲み比べをさせるのはかなりリスクが高いことから考えて、シュリッツ社はよほどすばらしくおいしいビールを造ったんですよねえ?

かならずしもそうとは言えない。この策略ーこの言葉は、たとえビールの宣伝の話であっても軽々しく使ってはいないーがほぼ確実に良い結果をもたらすためには、シュリッツ社には凡庸なビールと、統計学に対するしっかりとした理解さえあればよかったのだ。実はシュリッツ社のビールと同じ価格帯のビールは、どれもほぼ似たり寄ったりなのだ。皮肉なことに宣伝活動はまさにその点を利用している。世間の典型的なビール愛飲家には、シュリッツ、バドワイザー、ミケロブ、ミラーの区別がつかないとしよう。その場合、どの2種類の目隠し飲み比べも基本的にはコイン投げに等しい。平均的には試飲した人の半数がシュリッツを選び、半数がシュリッツの「対戦相手」を選ぶだろう。この事実のみでは、たぶんあより効果的な宣伝にはならない(「ちがいがわからない人のための、シュリッツ」)。そしてシュリッツはまちがいなく、自社の忠実な顧客を相手には、この飲み比べをやりたくないはずだ。およそ半分が競合ブランドを選んでしまう。最も肩入れしてくれているはずの愛飲家が、飲み比べでライバルブランドを選んで
しまうと、見た目によろしくないーだがシュリッツ社はこれを、競合相手にやろうとしていたのだ。
シュリッツはもっと賢明なやり方に出た。この宣伝の賢いところは、飲み比べの参加者をライバルブランドが好きだと主張したビール好きに絞ったところだ。飲み比べがコイン投げにすぎないとしたら、バドワイザー\ミラー\ミケロブ愛飲家のおよそ半数がシュリッツを選ぶ結果になる。シュリッツがとても引き立つわけだ。バドワイザー愛飲家の半数がシュリッツを選びました!

飲み比べ参加者100人のうち、少なくとも40人がシュリッツを選べば、シュリッツ者は満足だとしよう。生中継での見比べに参加する100人全員がミケロ分愛飲者だと告白していることを考えれば、立派な数字だ。そしてこれ以上の結果が出る可能性が非常に高い。飲み比べが本当にコイン投げ同様なら、基本確率から、少なくとも40人がシュリッツを選ぶ確率は98%、少なくとも45人がシュリッツを選ぶ確率は86%わかる。

さてシュリッツはどうなったか?1981年のスーパーボウルのハーフタイムに行われたの見比べでは、ミケロ分愛飲家のちょうど50%がシュリッツを選んだ。

ここから得られる重要な教訓は2つ:確率が非常に強力なツールであること。そして1980年代の主なビールの多くは、全く差がなかったこと。

 

この種の情報を得て、正しく理解するだけで、意思決定もしやすくなり、リスクも明確になることが多い。たとえばオーストラリア運輸安全委員会は、交通手段ごとの死亡リスクを定量化した報告を発表している。飛行機は広くおそれられているが、民間航空機の利用に伴うリスクはわずかだ。オーストラリアでは1960年代以降、民間航空機の利用による死亡者は出ていないため、移動距離1億キロメートル当たりの致死率は、ほぼゼロ。自動車運転については、1億キロメートル当たりの致死率は0.5。非常に印象的なのが、バイクの数値だー臓器提供者をめざす人にはすばらしい。バイクの致死率は、自動車の35倍だ。

 

リソースに制約がある場合や、入手できるDNAサンプルがごくわずかの場合、あるいは汚染がひどく13の座を調べられない場合、事態はもっと興味深く、議論を招くものとなる。『ロサンゼルスタイムズ」は2008年に、DNAの証拠採用を検証する記事を連載した。特に『ロサンゼルスタイムズ」が疑問を呈したのは、当局が一般的に用いる確率は、偶然の一致の可能性を軽視していないかという点だった(全人口の遺伝子データは解明されていないため、FBIなどの搜查当局が法廷で提示する確率は、推定値といえる)。学問的な反動が生じたのは、アリゾナ州のある鑑識官が州のDNAデータベースで照合をおこなっていて、無関係の重罪犯2人のDNAが9個の遺伝子座で一致するのを発見したときのことだ。FBIによると、2人の無関係な人間で9個の座が一致する率は、1\1130億。その後ほかのDNAデータベースを調べたところ、1000組を超える組み合わせで、9個以上の座における一致がみられた。この件については当局と被告側弁護士たちに任せよう。ここでの教訓は、あのみごとなDNA分析の科学は、裏付けに用いられる確率次第ということ

 

ほとんどの統計本は、すぐれたデータが用いられることを前提にしている。料理本が、いたんだ肉や腐った野菜など材料として買ってこないことを前提にしているように。だが最高のレシピですら、傷んだ材料でつくった料理は救えない。統計においても然り。どんなに手の込んだ分析をしたところで、根本的に欠陥のあるデータの埋め合わせはできない。「入力がゴミなら結果もゴミ」と言われる所以だ。データは尊重されるべきだ。

 

統計学の教科書には、標本抽出法についてもっと詳細が盛り込まれている。調査会社や市場調査会社は、さまざまな母集団を代表するすぐれたデータを、最も費用対効果の高い方法で手に入れるために何日も費やす。さしあたって理解しておくべき重要なことはつぎの通り:

  1. 代表的標本はすばらしく重要。統計学が持つ最も強力なツールへの扉を開くからだ。
  2. 良い標本の入手は、思ったより困難。
  3. すぐれた統計手法を悪い標本に適用すると、実にとんでもない統計的主張が出てくる。よいデータに悪い統計手法の場合よりひどい。
  4. 規模は重要で、大きいほど良い。

 

標本がいくら大きくても、標本構成のエラー、すなわち「偏り」を埋め合わせることはできない。悪い標本は悪い標本だ。スーパーコンピュータや、複雑な手法を使っても、ワシントンDCの住民を対象とした電話調査のみで回答者を抽出した大統領選全国世論調査の妥当性は救えない。ワシントンDCの住民は、投票行動が他の州の住民と異なるので、ワシントンDCの住民1000人でなく10万人に電話調査をしても、根本的問題は解決しない。実際のところ偏りのある大きな標本は、ほぼまちがいなく、偏りのある小さな標本より悪い。結果について、間違った自信をもたらすからだ。

ニューヨークタイムズ』紙が、うつの治療に用いられる薬に関する出版バイアスについて掲載した記事の冒頭はこうだ:「プロザックパキシルなどの抗うつ剤のメーカーは、政府の認可を得るためにおこなった治験の約1\3については、結果をまったく公表しておらず、これらの薬の実際の有効性について、医師および消費者の誤解を招いている」。これらの薬の有効性について、肯定的な結果が出た研究の94パーセントが公表されている一方、肯定的でない結果が出た研究のうち、公表されているのは14パーセントのみであることがわかった。うつに苦しむ患者にとっては重要な問題だ。すべての研究を考慮に入れると、抗うつ剤は偽薬より「ほんのわずか」すぐれているにすぎない。

この問題と戦うために、いまや医学誌では、後に研究を公表する場合は、開始時に登録するよう求めることが一般的になっている。これで編集者たちは、肯定的結果と否定的結果の率についての証拠を入手できる。スケートボードが心疾患に及ぼす効果を調べる研究が100件登録されて、最終的に肯定的結果を発表するために提出されたのが1件のみであれば、編集者たちは、他の研究が否定的結果であったと推測できる(あるいは、少なくとも他の研究が否定的結果であった可能性を調査できる)。

 

ニューヨークタイムズ·マガジン』は、この思い出しバイアスの油断ならない性質について、こう述べている:乳ガンの診断は、女性の現在と将来を変えただけでなかった。過去も変えていた。乳ガンを発症した女性は(無意識のうちに)脂肪分の高い食事が素因だった可能性があると考えて、(無意識のうちに)脂肪分の高い食事を思い出す。このいわくつきの病気にかかったことが、ある人には、痛いほど覚えがあるパターンだ:彼女たちは、過去にこの病気にかかった無数の女性と同様に、記憶をたどって原因を探し、その原因を記憶に刻んだのだ。

思い出しバイアスは、縦断的研究が横断的研究より好まれることが多い理由のひとつだ。縦断的研究では、データはタイムラグなしに収集される。研究参加者には、5歳の時点で学業への取り組みについて尋ねる。そして13年後、同じ人物のもとをふたたび訪れて、高校を退学したかどうか調べる。横断的研究では、すべてのデータをある時点で収集する。18歳の高校退学者に、5歳の頃の学業への取り組みについて尋ねなければならない。本質的に信頼性が低いのだ。

 

慣行としては、帰無仮説が正しい場合に20回に帰無仮説は棄却する。もちろん、研究を20回やれば、あるいは単一の回帰式にクズ変数を20個入れれば、平均ではひとつ、統計的に有意だがデタラメな発見があるはずだ。『ニューヨークタイムズ·マガジン』は、医療統計家で気鋭の学者リチャード·ペトロからの引用で、この緊張関係を見事にとらえている。「疫学は実に美しくて、人間の生死に実に重要な視点を与えてくれるが、驚くほどのゴミ論文が刊行されている」。

2011年に、『ウォールストリート·ジャーナル」は1面で「医学研究の不都合なちょっとした秘密」という記事を載せた。「ほとんどの結果は、最高の査読雑誌に掲載されるものですら、再現できないのだ」(査読誌というのは、研究や論文が刊行を認められる前に、同じ分野の他の専門家が手法的な問題点がないかを査読する雑誌だ。

この「秘密」の原因のひとつは、第7章で述べた「出版バイアス」だ。研究者たちや医学雑誌が、「影響がある」という結果にばかり注目して、「影響がない」という結果は無視するのであれば、その薬が効果を持つという1本の研究を掲載して、それが効果を持たなかったという19本の論文はボツにすることになる。一部の臨床試験はまた、標本
サイズが小さく(めずらしい病気ではそうなりがちだ)、おかげでデータの無作為な変動が必要以上に注目されてしまう可能性はさらに増大する。加えて、研究者たちは、意識的にか無意識のうちにか、強いバイアスを持っているかもしれない。何か事前に強い思いこみがあったり、影響があるという発見のほうがキャリアにとって有利だという事実があったりするためだ(ガンに効かないものを見つけたところで、有名にも金持ちにもなれない)。

こうした各種の理由から、専門的な研究のうち驚くほどの比率が実はまちがっているのだ。ギリシャの医師で疫学者であるジョン·イオアニディスは、有力な医学雑誌3つに掲載された論文49本を検討した。どの調査も、医学文献で1000回は参照されているものだ。だがそうした研究のおよそ3分の1は、後の研究で否定されている(たとえば、検討された論文の中にはエストロゲン代替療法を推奨したものもある)。イオアニディス医師は、刊行された科学論文のうちおよそ半分は後にまちがいだと証明されると推計している。この研究は、『アメリカ医学会ジャーナル』に刊行されたが、これは研究対象となった論文が掲載された雑誌のひとつだ。これは確かに、頭の痛い皮肉を作り出す。イオアニディス医師の研究が正しいなら、かれの研究がまちがっている可能性も高いことになるのだから。

 

若いやる気のある教官たちは、 高齢の古臭い教授たちに比べ、もっと教育熱心なのだ。多分年寄り連中は、1978年に使った黄ばんだ講義ノートをいまだに使っているのだろう。パワーポイントなんて、エナジードリンクの一種とでも思っているはずだーいや、エナジードリンクの何たるかさえ知らないかも。明らかにこのデータを見ると、古い頑固教師どもは首にするか、少なくとも潔く引退していただくべきだ、ということになりますよね?

キャレルとウェストは、入門講義で経験の豊かな教官に教わった数学や科学の学生たちは、入門講義で経験の浅い教授に教わった学生たちに比べ、必修の追加講義でも成績が高いことを発見した。・・・経験の浅い教師は入門講義で「試験にあわせた講義」をする可能性が高いということだ。

統計学をまる裸にする データはもう怖くない

統計学をまる裸にする データはもう怖くない